機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
アクシズを離れ、地球圏の重力に魂を引かれ始めた私を待っていたのは、塗り潰された「赤」の終わりだった。
中立地帯のドック。そこには、かつてのジオンを象徴する紅蓮の色彩ではなく、成金趣味とも取れるほどに輝く金色のモビルスーツ――百式の試作機が鎮座している。
「……クワトロ・バジーナ大尉。塗装の仕上がりを確認していただきたい」
メカニックの声が遠く聞こえる。
私は、まだ乾ききっていない金色の装甲に指を滑らせた。
指先に伝わるのは、冷徹な金属の質感。
そして、私の網膜に焼き付いているのは、アクシズの暗闇で私を射抜いた、あの銀色のネイルを施したハマーンの視線だ。
「シャア。貴方は、私の『赤』を忘れるのね」
背後から響いた幻聴に、私は思わず振り返りそうになった。
だが、そこに彼女はいない。
いるのは、エゥーゴという新たな組織の、名もなき「大尉」としての私だけだ。
17歳になった彼女は今、遠く離れた小惑星で、私への執着をキュベレイという白磁の刃へと変え、研ぎ澄ませているはずだ。
「(……ああ、そうだ、ハマーン。私は、君が守ろうとした『ジオン』という名の赤を捨て、この滑稽な金色の仮面を被ることにしたよ)」
私は自身の内側にあるクズのような卑怯さを自覚し、仮面の裏で自嘲的な笑みを浮かべた。
彼女に「摂政」という重すぎる王冠を押し付け、その孤独を放置したまま、私は一人、新時代の「革新」を語るために地球へ降りようとしている。
それは、自分だけが自由を求めて夜の街へ消えていくような、最低の背信行為だ。
視線が、モニターに映る百式のカメラアイと交差する。
無機質なセンサーの輝き。
それが、アクシズの工廠で交わした、あのじっとりとした熱を持つ彼女の瞳と重なる。
彼女の指先は、いつも震えていた。
私への殺意か、それとも救いを求める祈りか。
その震えを止める術を、私は持っていた。
だが、私は彼女の手を握る代わりに、その手を振り払い、操作レバーを握ることを選んだのだ。
「塗装はこれでいい。……赤は、もう私には眩しすぎる」
私はメカニックにそう告げると、百式のコックピットへと這い上がった。
狭い空間。
そこには、アクシズの図書室のような古い紙の匂いも、彼女が密かに纏っていた香水の残り香もない。
ただ、冷たい電子音と、酸素の循環音だけが支配している。
「(……すまない、ハマーン。君が私を憎めば憎むほど、私は君を完璧な摂政へと育て上げたという確信を得る。私は、君の純真を燃料にして、この金色の機体を加速させるのだ)」
私は、自身の独白を宇宙の静寂に沈めた。
宇宙世紀0084。
ティターンズの台頭と、加速する地球圏の混乱。
私は、エゥーゴの男として、新たな偽名と新たな色に身を包む。
けれど、指先に残るあの銀色のネイルの冷たさだけは、どれだけ金を塗り重ねても、消し去ることはできなかった。
「クワトロ・バジーナ、出る」
カタパルトが唸りを上げ、私は漆黒の宇宙(そら)へと射出される。
背後で遠ざかるドックは、まるで彼女が一人で守り続ける、出口のないアクシズの縮図のように見えた。
私は、彼女から奪った赤色を背に、救いようのない未来へと加速していく。