機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
アクシズ近傍の暗礁宙域。そこは、私という男がこの小惑星に残した最後の痕跡を、彼女が完膚なきまでに塗り潰すための処刑場だった。
私の駆る「百式」の試作機は、まだその金色の輝きを鈍く光らせるだけの未完成な器だ。対する彼女の「キュベレイ」は、白磁の装甲の下に私の想像を絶する憎悪を、高機動の神経系として張り巡らせている。
「……随分と、反応が鈍いわね。シャア。いえ、クワトロ大尉とお呼びすべきかしら?」
通信回線を介さず、脳の裏側に直接響くハマーンの声。
それは、放課後の誰もいない廊下で、隠し通していた嘘を暴かれた時のような、逃げ場のない鋭さを持っていた。
17歳。彼女の指先は、コックピットの中で銀色のマニキュアを閃かせながら、もはや迷いなく殺戮のトリガーを引いている。
「未完成の機体で君と踊るには、少々荷が重かったかな。だが、この百式の機動性は、私の意思に追いつこうとはしているよ」
「嘘よ。貴方は、自分の意思をどこか別の場所に置き去りにしている。その金色の皮を被って、何から逃げているの?」
キュベレイの背後から、10基のファンネルが射出される。
それらは、かつてのララァが見せた優雅な舞いとは決定的に違っていた。
執着。
嫉妬。
そして、置いていかれた者の絶望。
それらが複雑な共鳴(レゾナンス)を起こし、私の百式を全方位から包囲する。
視線が、交差する。
物理的な距離を超え、ニュータイプ空間が戦場を「放課後の教室」へと変質させていく。
窓の外には燃えるような夕焼け。静まり返った室内で、彼女は机に銀色の爪を立て、私という虚像を睨みつけていた。
(貴方は、私に追い越されたいのね。シャア……。そうして、責任をすべて私に押し付けて、自分だけが綺麗な『革新者』になりたいだけだわ!)
彼女の意識の濁流が、私の防壁を容易く突き破る。
ファンネルの軌跡が交錯し、私の百式のバインダーを掠めていく。
指先が震えている。
それは死への恐怖ではない。
目の前の少女を、ここまで追い詰めてしまった自分自身に、今更ながら眩暈を覚えているのだ。
「……追い越してくれれば、それでいい。君がアクシズを、そしてジオンを担うなら、私は私の役割を演じられる」
「ふざけないで! 貴方はそうやって、いつだって私に『代用品』としての完璧さを求める! だったら、貴方のその金色の仮面ごと、私が壊してあげる!」
キュベレイが加速する。
白磁の肩(バインダー)が、彼女の激昂に呼応するように大きく羽ばたき、私の視界を真っ白に染め上げた。
ファンネルから放たれるビームが、百式の金色の塗装を容赦なく剥ぎ取っていく。
その閃光の中で、私は見た。
銀色のマニキュアを施した彼女の指先が、レバーを握り締めながら、悲しいほど激しく震えているのを。
彼女は私を殺したいほど憎み、殺したくないほど愛していた。
その矛盾が、ファンネルの共鳴を狂わせ、致命的な一撃を私から逸らさせる。
(……救いようがないな。私も、君も)
私は自身のクズな独白を、加速するGの中に沈めた。
宇宙世紀0084。
ティターンズが勢力を拡大し、エゥーゴが立ち上がる動乱の予兆。
私は彼女に、私を超える「力」を与えた。
だが、それは彼女を幸福にするためのものではなく、彼女が独りで地獄を生き抜くための、呪いの装備だった。
「シャア! 貴方は私に、何を見てほしかったの!? 私のこの銀色の爪が、貴方の赤を求めて震えているのを、知っていたはずなのに!」
「……知っていたよ、ハマーン。だからこそ、私はその手を取ることができなかった」
私の意識が彼女の精神を突き放す。
共鳴が途切れ、幻影の教室はふたたび冷たい宇宙の残骸へと戻った。
模擬戦終了の合図が、虚しくコックピットに鳴り響く。
キュベレイは、私の目の前で優雅にその翼を畳んだ。
「……貴方が、私から逃げ切れると思わないことね。たとえ地球の重力の下へ逃げようとも、私のファンネルは、貴方の魂を追い続けるわ」
彼女は一度もこちらを見ず、アクシズへと帰還していく。
百式のモニターに映る彼女の背中は、もはや一人の少女のものではなく、亡霊たちの期待を一身に背負った、孤独な怪物そのものだった。
私は、剥がれ落ちた金色の破片が宇宙に漂うのを見つめながら、これから始まる終わりの予感に、静かに目を閉じた。