機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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月の沈黙、銀の擦過音

地球の重力圏を離れ、再び宇宙(そら)の静寂に身を投じる。エゥーゴの象徴としてフォン・ブラウン市へ降り立った私は、そこで歓迎の喧騒に包まれながらも、心ここにあらずといった体だった。

百式。この金色の機体のコックピットに滑り込むたび、シートの冷たさがかつてアクシズで触れた少女の指先を思い出させる。

 

「……大尉、月の裏側からの通信を傍受しました。暗号形式は旧ジオン公国の流儀です」

 

通信士の声に、私の心臓が僅かに、けれど不快なリズムで跳ねた。

モニターに映し出されたのは、ノイズにまみれた静止画。小惑星アクシズが、ゆっくりと、けれど確実な殺意を持って地球圏へと進路を取っている。

彼女が放った「完璧なジオンを作り上げてみせる」という宣言。それが、現実の質量となって私を押し潰そうとしていた。

 

「(……来ると言うのか、ハマーン。君が守り、君が憎んだその石塊と共に)」

 

私はレバーを握る。指先が微かに震えた。

それは恐怖ではない。

文化祭の準備で賑わう放課後の教室、自分だけが不参加を決め込み、窓の外から楽しげな声を眺めているような、あの救いようのない疎外感。

彼女は今、アクシズの摂政として、千の亡霊を率いる「女帝」となっているはずだ。

その指先のネイルは、もはや銀色ですらないだろう。

 

不意に、サイコミュのシステムが過敏に反応した。

全天周囲モニターの端々が、火花を散らすように明滅する。

それは敵のプレッシャーではない。私自身の脳波が、かつての記憶という名の澱みに触れたがゆえのバグ。

 

(シャア……。月の影は冷たいわね。貴方が浴びているその金色の光、それは偽りの太陽なのよ)

 

脳内に、直接ハマーンの思考が流れ込む。

視界が歪む。

コックピットの計器類が、アクシズのアーカイブ図書室の古い本棚へと塗り替えられていく。

窓の外には、月のクレーターが教室の校庭のように広がっていた。

そこに彼女は立っていた。

銀色のマニキュアを施した指先で、私がかつて彼女に贈った古い機動戦術の教本を、破り捨てることもできずに抱きしめている。

 

(見て。貴方が逃げ出した後のこの場所で、私は一人で夜を明かしてきた。貴方が教えた『革新』なんて、ただの孤独の別名だったじゃない!)

 

「……っ」

 

私は歯を食いしばり、強制的にサイコミュ・リンクを遮断した。

幻影は消え、無機質な百式のコンソールが戻る。

だが、私のグローブの上には、彼女の銀色の爪が立てた「擦過音」が、今も耳の奥にこびりついて離れない。

 

「大尉? センサーが乱れています。敵影ですか?」

 

カミーユの声が、無線越しに私を現実に引き戻す。

私は自身のクズな独白を、月のクレーターの闇へと葬った。

宇宙世紀0087。

アクシズの到来は、単なる軍事的な脅威ではない。

それは、私が踏みにじった少女の純情が、巨大な質量となって復讐に現れるという、避けることのできない審判なのだ。

 

「……何でもない。ただの、通信障害だ。カミーユ、アクシズの進路を再計算しろ。私たちは、彼女を……ジオンの亡霊を迎え撃たねばならん」

 

私は、かつて愛した少女を「撃つべき敵」と呼んだ。

その瞬間、私の心の中で、また一つ何かが死んだ音がした。

金色の機体は、月の引力に逆らい、漆黒の宇宙(そら)へと加速する。

 

彼女がアクシズという重いマフラーを首に巻き、私の喉元にその銀色の爪を突き立てる日は、もうすぐそこまで来ていた。

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