機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
グリプス2を巡る混迷は、もはや政治という名の仮面を維持できぬほどに過熱していた。
百式の金色の装甲は、無数のビームの擦過とデブリの衝突により、その虚飾を剥がされつつある。コックピットの全天周囲モニターには、漆黒の宇宙(そら)を切り裂く極彩色の光の奔流。
その中心に、白磁の悪魔――キュベレイがいた。
「(……まだだ。まだ私は、君に墜とされるわけにはいかないのだよ。ハマーン)」
私は奥歯を噛み締め、操縦レバーを握る手に力を込めた。
指先が、微かに震える。
それはゲルググの中で震えていた彼女の指先を、私が上から重ねて止めたあの日の記憶の反転。今の私の震えを止めてくれる者は、この広い宇宙のどこにもいない。
視線が、交差する。
私という存在を視界から抹消しようとする、あの痛々しいほどに鋭利な拒絶。
「クワトロ大尉! アクシズの包囲網が狭まります! 脱出してください!」
カミーユの絶叫が、ノイズの向こう側で弾ける。
だが、私の意識はすでに、眼前の少女が放つ強烈なプレッシャーによって、戦場ではない「どこか」へと引きずり込まれていた。
サイコミュが、意図せずしてあの密室の感覚を再現する。
(シャア……。まだ、しがみついているのか。その金色の、空っぽなプライドに。見苦しいぞ)
脳内に直接響く声。
もはやそこには「捨てないで」と飲み込んだ少女の影はない。
冷徹で、高貴で、そして絶望的に孤独な「ハマーン・カーン」の響き。
(……見よ。私の指を。貴様が愛した真珠色は、もう二度と戻りはせぬ)
モニターのノイズが、一瞬だけ「誰もいない放課後の図書室」の幻影を見せた。
そこには、紫色のネイルを施した指先で、私がかつて彼女に贈った――そして彼女自身の手で「キュベレイ」へと昇華させた――機体設計図を握りしめる彼女がいた。
指先の震えは、もう止まっている。
代わりに、その瞳には、私という男を処刑するための、曇りのない決意が宿っていた。
「……ハマーン。君を、ここまで追い詰めたのは私だったな。だが……」
「黙れ、俗物が! その名で呼ぶなと言ったはずだ!」
キュベレイのバインダーが大きく波打ち、彼女を包み込む。
射出されたファンネルが、百式の死角から銀色の糸のようにビームを放つ。
金色の機体は、その細い左腕をビームに貫かれ、肩口から火を噴いた。装甲が剥がれ、内部のムーバブル・フレームが剥き出しになる。
火花がコックピット内を舞い、非常用アラートが鼓膜を突き刺す。
私は、剥き出しになった百式のカメラアイ越しに、キュベレイのモノアイを見つめ返した。
「(ああ……。そうか。君は、私に壊されたかったのだな。アクシズの重圧からも、ジオンの呪縛からも。……だが、私はそれをしなかった。君を玉座に縛り付け、一人で逃げ出したのだ)」
「……貴様は、いつもそうだ。キャスバル・ダイクン! 都合が悪くなれば仮面を被り、名前を変え、女の温もりに逃げる。その薄汚い魂、私がこの手で浄化してやろう!」
「私(わたし)」という、かつてと変わらぬ、けれど何千倍も重く鋭くなった一人称を叩きつけてくる彼女。
だが、その奥底で鳴り響くニュータイプの共鳴は、かつての少女が上げた悲鳴のままだった。
視線が、ふたたび交差する。
最高に甘酸っぱくて、最高に心根の腐った、私たちの「断罪」の時間。
「……カミーユ。下がれと言ったはずだ。これは、私自身の過去(ケジメ)だ」
私は、自身の卑怯な自白を通信回路に乗せることなく、ただ一人の男として、レバーを押し込んだ。
宇宙世紀0088。
崩れゆくグリプス2の光の中で、左腕を失い、バランスを崩した金色の残光と白磁の亡霊が激突する。
それは、かつて偽りの家族を演じた二人が、本当の家族になれなかったことを証明するための、最後のダンス。
私は、彼女の紫色の指先が、私の心臓を貫くその瞬間を、どこかで待ち望んでいる自分に気づき、自嘲した。
どこまでいっても、私は、運のない男だった。