機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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図書室のモビルスーツ

アクシズのアーカイブ室は、古い紙の匂いと、熱を持ったサーバーの排気音が混じり合う、奇妙な聖域だ。

私たちは今、分厚い情報の壁に囲まれ、かつてのジオン公国が遺した映像記録を紐解いている。

 

「……これが、父様たちの信じた『形』なのね」

 

ハマーンが、ホログラムの光の中に浮かび上がるデギン・ザビの演説映像を見つめて、ぽつりと呟いた。

彼女の横顔を、淡い青の光がなぞる。

映像の中のデギンは、理想と野心に燃え、スペースノイドの自立を叫んでいた。だが、私にはわかる。その声の裏側で、すでに権力という名の毒が、ジオンという理想を内側から腐らせ始めていたことを。

 

「そうだ。そして、その『形』が、私の父を殺し、宇宙(そら)を真っ赤に染め上げたのだよ」

 

私は、端末を操作して映像を切り替える。

燃え盛るサイド3の街並み。瓦礫の下で泣き叫ぶ人々。

私が壊したかった、そして今も壊し続けている、ジオンという名の呪縛。

 

「シャア……。貴方は、すべてを壊したいの? 私の父様が守ろうとしている、このアクシズさえも?」

 

ハマーンがこちらを向いた。

視線が、静寂の中で激しく激突する。

人気のないアーカイブ室。棚に並んだ古いマイクロフィルムの列が、まるで放課後の図書室の背表紙のように、私たちの間に高い壁を作っている。

彼女の瞳が、不安と、それ以上の期待を孕んで揺れていた。

近づきたい。けれど、自分たちの背負っている「家」と「業」が、それを許さない。そんなもどかしさが、彼女の指先を、膝の上でぎゅっと握り締めさせていた。

 

「私はね、ハマーン。不純なものが嫌いなのだ。理想を掲げながら、その実、特権にしがみつく。そんな人間たちが作り上げた形など、灰にしてしまったほうがマシだ」

 

「……でも、そこには人も住んでいるわ。心だってある。貴方は、その心さえも灰にするつもり?」

 

彼女は、震える指先をそっと私の手の甲に重ねた。

真珠色のマニキュアが、アーカイブの薄暗い光の中で、冷たく、けれど確かに主張している。

彼女は、私がかつて否定した「古い人類」の象徴であるマハラジャの娘だ。

けれど、その掌から伝わってくる熱は、どんな大義名分よりも生々しく、私の魂を揺さぶる。

 

「(……いけないな、ハマーン。君は私を正気に戻そうとするのか)」

 

私は、彼女の指先をそっと払い、立ち上がった。

棚に飾られた古いザクの模型。その無機質なモノアイが、私たちを冷笑しているように見える。

 

「形を守ろうとする者は、いつかその形に殺される。君の父も、君も……そして、私もだ」

 

「私は、殺されたりしない! 貴方が……貴方が私の傍にいてくれるなら、私はどんな形にだってなれるわ」

 

ハマーンが、背後から私の軍服の裾を掴んだ。

その力の強さに、私は息を呑む。

彼女は、ジオンの遺産というランドセルを背負いながら、そこから溢れ出した孤独を私で埋めようとしている。

それは、恋などという綺麗なものではない。

共食いに近い、魂の削り合いだ。

 

「……シャア。私を見て。貴方の瞳に映る私は、ジオンの摂政じゃない。ただの、ハマーンでしょう?」

 

私は、ゆっくりと振り返った。

彼女の瞳には、涙が溜まっていた。

その雫がこぼれ落ちる直前、私は彼女の頬を指先でなぞった。

指先に伝わる、震えるほどの体温。

この瞬間、私は確かに「クズ」だった。

彼女を突き放すこともできず、かといって、彼女を愛するという嘘さえも、ジオンの影に怯えて、完全には吐ききれない。

 

「ああ、君はハマーンだ。……そして、私の孤独を分かち合う、唯一の共犯者だ」

 

「……それでいい。それだけで、いいの」

 

彼女は、私の胸に顔を埋めた。

真珠色の爪が、私の背中で微かな音を立てて震える。

私たちは、モビルスーツという名の戦争の道具が並ぶ図書室で、出口のない愛の形を探していた。

 

外では、アクシズの無機質な重機が、今日もジオンの再興のために虚しい音を立てて動いている。

宇宙世紀0081。

それは、少女が「女」になり、亡霊が「人」に戻り損ねる、残酷な放課後。

 

「(……すまない、ハマーン。私は、君の未来を今、ここで食い潰している)」

 

私は、彼女を強く抱きしめた。

その腕の強さは、彼女を守るためではなく、私自身が深淵に落ちないための、卑怯なしがみつきだった。

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