機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
アクシズの静寂を切り裂くように、地球圏からの使者が現れた。
エギーユ・デラーズ。かつてギレン・ザビが全幅の信頼を寄せた、潔癖すぎるほどの軍人。
彼が掲げる「大義」という名の眩しすぎる光に当てられ、私は自分がどれほど救いようのない、薄暗い場所を這いずる「クズ」であるかを、嫌というほど再確認させられていた。
「……連邦の驕りを正し、ジオンの魂を再燃させる。そのための『星の屑作戦』か。実に壮大で、そして、実に空虚な計画だな」
私は私務室の椅子に深く背を預け、冷え切った電子煙草の煙を吐き出した。
モニター越しに見たデラーズの眼差しには、一切の迷いがなかった。あのような瞳を持つ男は、自分自身の破滅さえも、聖戦への捧げ物として喜んで差し出す。
私には、それがひどく滑稽で、そして少しだけ羨ましかった。
「シャア、そんな言い方……。彼らは私たちの同胞なのよ?」
傍らに立つハマーンが、咎めるような視線を送ってくる。
15歳の彼女は、この1年で驚くほど「摂政」としての威厳を身につけ始めていた。けれど、その瞳の奥には、まだ割り切れない少女の情動が、澱(おり)のように沈んでいる。
彼女の指先が、テーブルの上に置かれた作戦の概要書をなぞる。
真珠色のマニキュアは、最近、どこか金属的な冷たさを帯びた輝きに変わっていた。
「同胞、か。ハマーン、君はまだ信じているのか? 言葉ひとつで世界が変わるなどという、甘い幻想を」
「信じているわけじゃないわ。ただ、何かに殉じようとする彼らの熱が、この凍りついたアクシズには必要だと思っているだけ」
彼女の視線が、私の仮面を射抜く。
交差する、氷と炎のような視線。
狭い私務室。窓の外に見えるのは、光さえ届かない宇宙の深淵。それはまるで、放課後の誰もいない暗い廊下で、出口の見えない問答を繰り返している、行き止まりの恋人たちのように。
彼女は私の「熱」を求めている。けれど、私の中にあるのは、かつてララァを失ったあの日から燃え殻さえ残っていない、ただの虚無だ。
「熱、か。……ならば私には、君に与えられるものは何もないな」
「貴方はいつもそうやって、自分を突き放す。……ねえ、シャア。デラーズからの要請、本当はどう思っているの?」
ハマーンが歩み寄り、私の肩に手を置いた。
指先が、震えている。
それは、大義に殉じようとする男たちへの共鳴ではなく、目の前の男が、今にもこの小惑星から消えていってしまいそうな予感に対する、必死のしがみつきだった。
「私は死に場所を探しているだけかもしれん。……この作戦が、私の望む『終わり』を運んできてくれるなら、協力するのも悪くはない」
「……死に場所? 冗談はやめて!」
ハマーンの声が、鋭く室内に響く。
彼女の指先が、私の軍服の布地を強く、引きちぎらんばかりに握り締める。
その爪が、私の皮膚を抉(えぐ)るような錯覚さえ覚える。
「貴方は私を摂政に据え、ミネバ様を育て、ジオンの再興を説いた! なのに、自分だけはさっさと逃げ出す準備をしているの!?」
「ああ、そうだ。私はクズだよ、ハマーン。君が期待しているような、英雄でもなければ、聖者でもない」
私は彼女の手を、冷酷に振り払った。
彼女の瞳に、溢れんばかりの涙が溜まる。
その雫が、頬を伝うよりも速く、私は背を向けて窓の外の暗闇を見つめた。
「デラーズに伝えろ。アクシズは、彼らにノイエ・ジールを供与し、一定の支援を行うと。だが、私は行かない。私にはまだ、ここで果たすべき……あるいは、壊すべき『遺産』が残っている」
「……シャア。貴方は、私を壊したいのね。それとも、壊されるのを待っているの?」
ハマーンの声は、もう震えていなかった。
そこにあるのは、諦念を通り越した、暗く深い、憎しみによく似た愛の残響。
彼女の指先から、真珠色の輝きが消えていく。
「(……ああ、そうだ。私は君を、一人の少女として愛することなどできない)」
心の中で、私は誰にともなく謝罪した。
デラーズのような潔癖な男には、私のような濁った人間は理解できないだろう。
大義も、誇りも、私にとっては自分を塗り固めるためのペンキに過ぎない。
宇宙世紀0083。
星の屑が宇宙を舞い、志半ばで散っていく男たちの悲鳴が届く頃。
私は、目の前の少女の心を、取り返しのつかない形で摩耗させていく。
「行って、シャア。貴方の死に場所がここじゃないなら、私がそこを、貴方が二度と逃げ出せない墓場に変えてあげる」
彼女が部屋を去る際、一度も振り返らなかった。
残されたのは、不自然なほど静かな空間と、電子煙草の焦げた匂い。
地球圏で燃え上がる炎とは裏腹に、アクシズの孤独は、ますますその深度を増していった。