機動戦士ガンダム ハマーン様、恋をする 14歳の少女が、愛したクズ男に捨てられて、最強の女帝に覚醒するまでの4年間。   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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ガトーとの邂逅

アクシズのドックは、狂信に近い熱気に包まれていた。

地球圏での「星の屑作戦」を目前に控え、デラーズ・フリートから派遣された使者たちが、その武骨なモビルスーツとともに居並んでいる。

 

「……あれが、ソロモンの悪夢か」

 

傍らに立つハマーンが、微かに息を呑む。

彼女の視線の先には、一本の筋が通ったような、あまりにも真っ直ぐな男がいた。アナベル・ガトー。その瞳には、かつての私や、多くのジオン将校がとっくに捨て去った「大義」という名の輝きが、眩しいほどに宿っている。

あまりに眩しすぎて、直視すればこちらの汚濁が炙り出されそうだ。

 

「大佐、お会いできて光栄です。貴公の武勇、このガトー、片時も忘れたことはありません」

 

ガトーが歩み寄り、完璧な軍人の礼をとる。

その所作一つにまで、ギレン・ザビが唱えた「選民思想」の、最も純粋で、最も毒性の強い結晶が透けて見える。

私は仮面の裏側で、冷え切った笑みを浮かべた。

 

「ソロモンの悪夢にそう言われるとは。だが、私にとっては過去の遺物だよ、ガトー。今の私は、ただこの石塊(いしころ)の番人をしているに過ぎない」

 

「謙遜を! 貴公こそがジオンの再興を担う……」

 

「……愛も誇りも、ここでは贅沢品なの。アナベル・ガトー少佐」

 

冷や水を浴びせるようなハマーンの声が、重苦しいドックの空気を切り裂いた。

ガトーが驚いたように彼女を見やる。15歳の摂政。その瞳には、ガトーのような情熱を反射する余裕など微塵もない。彼女は今、アクシズの乏しい資源と、いつ終わるとも知れない漂流の現実に、その魂を磨り潰されている。

 

「ハマーン様……。しかし、武人の誇りなくして何のための再興か!」

 

「誇りだけでミネバ様を育て、この民を食わせていけるなら、苦労はないわ。貴方たちは地球(テラ)へ降りて華々しく散る場所がある。けれど私たちは、この暗闇で生き延びなければならないの」

 

ハマーンの指先が、感情を抑えるように軍服の太もものあたりを強く握り締めている。

その指先、真珠色のマニキュアが、作業用ライトの無機質な光を弾いた。

彼女の指は、震えていた。

それは、ガトーの説く「理想」に感化されたからではない。

自分の中に芽生え始めた、この男(シャア)と同じ「冷徹」という名の孤独に、耐えきれなくなったゆえの悲鳴だ。

 

「(……いけないな、ハマーン。君は、私に似すぎてしまった)」

 

私は、彼女の震える指先を隠すように、その細い肩を抱き寄せた。

ガトーの瞳に、一瞬、戸惑いの色が走る。戦士としての絆を語りに来た男にとって、私たちの間に漂う、湿り気を帯びた執着や、泥濘のような共依存は、理解しがたい「不純物」に映ったのだろう。

 

「ガトー。彼女の言う通りだ。我々には我々の、君たちには君たちの戦いがある」

 

「……左様ですか。赤い彗星ともあろうお方が、これほどまでに牙を抜かれていようとは」

 

ガトーは失望を隠そうともせず、背を向けた。

その背中は、散りゆく桜のように潔く、そして救いようがない。

あのような男こそが、ジオンという呪縛を最も強く完成させてしまうのだ。

 

「シャア……。私、間違っていたかしら」

 

ガトーが去ったあと、ハマーンは私の胸に顔を埋めた。

ドックの喧騒が遠のき、2人だけの沈黙が流れる。

彼女の指先が、私の胸元のボタンを探り、そして力なく解こうとして、やめた。

三浦……いや、まるでもどかしい冬の放課後の、冷え切った渡り廊下で立ち尽くす少女のような、行き場のない手のやり場。

 

「いいや。君は、誰よりも正しくなりつつある。……私と同じようにね」

 

「……最悪な褒め言葉ね。でも、貴方にそう言われると、心が安らぐ自分が一番嫌い」

 

ハマーンは顔を上げ、私を見つめた。

視線が、至近距離で交差する。

彼女の瞳には、ガトーが見ていた「ジオンの栄光」など映っていない。

ただ、目の前にいる、嘘つきで、虚無を抱えた男の仮面だけを、必死に追いかけている。

その指先が、私の頬に触れる。

仮面の冷たい感触と、彼女の熱い指先。その温度差が、私たちの決定的な「ズレ」を浮き彫りにする。

 

「私、誇りなんていらない。貴方が、このアクシズという箱庭の王でいてくれるなら」

 

「(……ああ、ハマーン。君がそう願うほどに、私は君の王冠を奪いたくなるのだよ)」

 

私は彼女の真珠色の爪を、そっと唇に寄せた。

宇宙世紀0083。

熱き戦士たちが地球圏で「星の屑」となって消えてゆく裏側で。

私たちは、自分たちの孤独を確かめ合うために、お互いの魂を少しずつ蝕んでゆく。

愛という名の贅沢品を、最も汚れた形で消費しながら。

 

ドックのハッチが閉まる音は、まるで私たちの逃げ場を塞ぐ、牢獄の扉の音のように響いた。

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