……唐突になんてことを言いだすんだろうか、この娘は。
己の言っていることの意味を果たして理解しているのだろうか。
確かに昔からちょっとアホな所はあったが──
「……お嬢様、ジェノベーゼのスパゲッティでございます」
「わー♡ ボクこれ大好きー♡ ……じゃなくって! サラッと流さないでよ! ボクが恥ずかしい事を言ったみたいじゃん!」
「みたいじゃねーんだよ、恥ずかしい事を言ってるんだよ。今なら聞かなかったことにしてやる。大体オメー、数日前の自分の発言を忘れたか?」
「忘れた」
家から放り出してやろうかな、そろそろマジで。
俺がお前の所為でどれだけ悶々としていたのか知らないだろう。知る由も無いか。
「今回の件はお互い忘れよう、無かったことにしよーって話じゃなかったか? お嬢様」
どかっ、と隣に座る。
俺の分のパスタには明太ソースをたっぷりかける。
兎にも角にも先に飯だ。
正直、この話をミライの方から蒸し返してくるのが意外だったのだが……。
「……だって、忘れられなかったんだもん」
パスタを啜りながら──ミライは目を逸らす。
「……土曜日も日曜日も、今日も……ずっと、あの時の事考えてて頭から離れられなくって。正直、フられたのとか、部活で先輩がシメられてたのとか、どうでもよくなっちゃって……ずーっとボーッとしてて」
「……」
「それに、キミも平気じゃなさそーだったし」
「どういう意味だよ」
俺は──きっと、顔が赤くなっていたと思う。
この3日間、俺が誰の事を考えて生活していたか。
料理も勉強も運動も何も手が付かず、この有様だ。
「……キミ、ずっとボクの事見てた」
「うっそだろ!?」
「ウソじゃない、朝も授業中も、隙あらばボクの方見てた」
「……なんか、すまん」
「女の子はそういう視線、すぐ気づいちゃうんだからね」
……確かに無意識のうちにミライの事を目で追ってしまっていた。
何ならバレていないとまで思っていたが、そんな事は無かったらしい。
「……鷹斗……こないだの時、すっごく興奮してたから……さ。やっぱり、キミも……忘れられないのかなーって思ったんだけど。ボクの思い違い?」
あの、ミライさん? やめません? 俺、恥ずかしくてこの場で自害したくなるんだけど。
「だから、その……鷹斗が嫌じゃないなら、悪い話じゃ……ない、と思うんだけど」
「……はぁぁぁー」
こいつめ。こいつめこいつめこいつめ。
今まで俺がどれだけオマエを妹のように可愛がっていたと思ってるんだ。
……いや、もう後の祭りか。既に手を出してしまった後なのだから。今更誠実ぶるのはやめよう。
むしろ、ミライはミライなりに勇気を絞り出しているわけで、それを無碍にして恥をかかせるのは──それこそ例のクソ野郎先輩と同じだ。
「ごめん。やっぱ忘れて! ボク、ヘンになってるみたい──」
「……着替えはあるのか?」
ミライは押し黙った。
そして小さく首を横に振った。
「な、ないけど」
「んじゃあ着替え取ってきてシャワー浴びて……大人しく俺の部屋で待ってろ。鍵は開けておくから」
「ッ……」
返事は無かった。
俯いたミライは──小さく頷いた。
それから俺達は一言も喋らず、黙々とパスタを食べていた。
着替えを取りに帰ったミライを見送りながら、俺は歯を磨く。
そして、極力無心になりながらシャワーを浴びる。
……多分俺達はもう、二度と元の関係に戻れない。
それから30分程しただろうか。
先に俺の部屋に入ったミライを少し待たせてしまった。
肝心のミライはと言えば、少し恨めしそうな顔で俺を見上げた。
怖気づいたなら此処で引き返してやろうかと思ったが、そうではないらしい。
あくまでも待たされたのを怒っているようだった。
「おそいよ……」
「コンビニ行ってた」
「コ、コンビニぃ!? あ、あのねえ、ボクがどんな気持ちで待ってたか──」
そうやって文句を言われるであろうことが分かっていたので、ベッドの上にビニール袋を放り投げる。
その中身を見たミライは押し黙ってしまった。中に入っていたのは避妊具の箱。
「……保険の授業で貰ったアレっきりだったから」
「ッ……ご、ごめん。ボク、考えなしだった……」
「だろーと思った」
隣に座って──俺はぽんぽん、とミライの肩を叩く。
「……オマエ、昔っから生き急ぎすぎなんだよ。彼氏の件と言い、こないだの件と言い。……彼氏の件は……俺が悪いか」
散々子供っぽいと揶揄ってきたのだ。例の先輩の事は正直俺も強くは言えない。
それでこいつが恋愛に焦ってしまったのだとしたら、俺の所為だ。
ミライは唇を尖らせて言った。
「……クラスの女子が、カレシの自慢してくるの。マウント取ってるわけじゃないんだろうけど……」
「もしかして慌てて告白とかしようとしてたのって」
「……先輩が好きだったのはホントだよ。ショージキ、今でもショック」
「そりゃあ悪いござんした。そんで結局、初めてが俺なんかで……」
「でも……初めてがキミで良かったって今は思ってるけどね」
初めても何も。
今からその二回目をするのを分かっているのだろうか、彼女は。
髪を解いたミライは、何処となくいつもよりも大人びて見えた。
「なんつーの……子供っぽいとかあんま気にすんなよ」
「自分で言っておいて。結局……ボクでドーテー捨てたくせに」
「オマエだって俺で処女捨ててんだろ」
「……それは。そうだけど」
何だか変な気分のまま俺達は黙った。
俺達は明らかに大事なものを1つ2つすっ飛ばしてしまっている気がする。
そして、何か大事なものを誤魔化してしまっている気がする。
だけどもう元には戻れない。後には引けない。
難しい話も、御託ももう要らない。今此処にいるのは、情を持て余した年頃の男女だ。
「ねえ。抱き締めてほしい、かな」
少し緊張した様子でミライが言った。
そう言われても、どうすれば良いのか俺も困る。
そっぽを向いたまま俺は問うた。
「前から? 後ろから?」
「……後ろからが、良い。なんか、安心したくって」
ミライはベッドに寝そべった。
そして──彼女の脇に腕を通し、抱き枕のように抱きつく。
心地よさそうにミライが悶えた。
「あは。人の体温って安心するね。それとも……キミの体温だからかな」
「……ミライ、オマエ……」
「分かっちゃう? 分かっちゃったかな。ボク、今すっごくドキドキしてるんだよ」
こんなに近いと、嫌でも伝わってくる。
自分のものではない鼓動だ。
俺だけじゃない。こいつも緊張しているんだ。
「このまま一緒に寝ちゃおっか?」
「此処まで来て、それは無いだろ」
悪いが、俺も年頃の男子高校生なのだ。
潤んだ目。上気した頬。
そして、肩までずり落ちさせた寝間着にドルフィンパンツ。
結び目を解いたいつもよりも大人っぽいミライ。
正直──このまま理性が蒸発してしまいそうになっている。
俺は、自分で思っていた以上にこいつのことを女として見ていたらしい。
いや、むしろ──だからこそ、認めたくなくて、目をそらしていたのかもしれない。
「……あ、やだ」
「……イヤならやめるけど」
「……やめてほしくは、ないかも。ただ、顔がバクハツしちゃいそうだけど」
寝間着の下に手を滑らせると、ミライは恥ずかしそうに身をよじらせた。
熱い。まるでカイロのように発熱している。
まだ素肌には触れていない。肌着越しに彼女に触れているだけだ。
だが、その下を想像するだけで、自然と俺も盛り上がってくる。
このまま滅茶苦茶にして、彼女が狂い悶える様を見たい。
「今日は……キミの好きなように、してほしいな」
「……そういうことを言うと、止まれなくなるぞ?」
「いいよ。ボク──待ってたんだから」
指と指が絡み合う。
……正直、優しくできる自信は無い。