ボーイッシュ幼馴染と一線を超えたら   作:タク@DMP

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第四話:オマエが嬉しいと俺も嬉しい

 ……一頻りやることをやった後。

 お互いに寝落ちてしまい──そして目が覚めた。

 何も着ていないので、肌寒かったのかもしれない。

 唐突に空腹感に襲われた。仮にも陸上部だった彼女の体力にはついていくだけで精一杯だ。

 

「……あ、起きた」

 

 現に、先に起きて俺の寝顔を眺めていたらしい。

 

「……腹減ったな」

「喉ガラガラ。なんか飲みたいかも」

「お茶くらいしか無いな今。なんか買いに行くか?」

「ん。ボクも夜風に当たりたい気分」

 

 時計を見ると、夜の10時。

 昼間の疲労もあるし、このくらいで勘弁しておこう。明日に響くかもしれない。

 

「シャワー浴びるか……べとべとのまま寝ると気持ち悪かったし」

「一緒に浴びちゃう?」

「またしたくなるから却下」

「えー……? ……もしかして、ボクのこと、もう飽きちゃったの?」

「アホか、無限ループになっちまうからだろ」

「……それって」

「いちいち恥ずかしがるんじゃねーよ。俺まで恥ずかしくなるだろ」

 

 無限ループの意味を理解したのか──シーツを引っ張り胸元を隠すミライ。

 

「……ボクは無限ループでも良いけどね?」

「オメーは朝から部活だろ……」

「サボっちゃってもいいけど。寝坊したって言えば良いし」

「オメーな……」

「なんなら──もう、部活もやめようかなって思ってるんだ」

 

 俺は思わず黙ってしまった。

 ミライが陸上部をやめる?

 考えた事も無かった。あれだけ走る事に固執して、走れなくなったときは死ぬ程落ち込んで、そして──今だって縋るような思いでマネージャーとして陸上部に入っているんじゃないかとまで思っていたからだ。

 

「ただ──何となく惰性でマネージャーやるのがイヤになったから、かな」

「……本当に、やめちまうのか?」

「ぶっちゃけあの先輩が居たから入ってたようなモンだし。こんな事になったならもう、無理して残る理由もないんだよね」

「……マネージャー、楽しくなかったのか?」

「……楽しくなかったに決まってるじゃん」

 

 臆面も無く──ミライは言った。

 

「何かの形で陸上続けようとは思ってたよ。それこそ選手をサポートできればそれで良いって思った。でも、来る日も来る日も他の皆が目の前で走ってる姿を見てるだけで……ボクは何やってるんだろうって……」

 

 シーツを捲り上げ、彼女は──未だに大きな傷を残している太腿を見せた。

 

「……ブランクもあるし……やっぱり、何度全力で走っても、途中で脚が停まっちゃう。いきなりピタって脚が停まって、転んじゃってさ……」

「オマエ、試したのか……!? そんな危ない事──」

「……どうなるか分かってても、止められないんだ。でも……ダメだった。だったらもう、諦めるしかないじゃん」

 

 俺は──頭を抱えそうになった。

 結局、表面上どれだけ傷が癒えたように見えても。歩けるようになっても。

 彼女の心の傷は癒えないままだった。

 ミライの症状は──所謂イップスというやつだ。

 甚大なダメージを受けた脚を、無意識に脳が庇ってしまうのだ。

 

「それにね。今更復帰したって、今全力でトレーニングしてる子達には追いつけないよ。何よりボク自身が……衰えた自分の走りを感じたくないんだ」

 

 にし、とミライは力無く嗤ってみせる。

 

「幻滅したでしょ? ……もう頑張るのとか疲れちゃったんだ。走ってる他の子を見ると……苦しくなってきちゃう。なのに、あんな先輩の為に……下心でマネージャー続けてさ。バッカみたいだよね」

「下心でも、頑張ってきたのは……事実なんじゃないか」

「塗り潰したかったんだよ。恋とか、愛とか、キラキラしたもので──惨めなボク自身を塗り潰したかった」

 

 そんな事は無い、と言い切れなかった。

 人生の合間に走っているのではなく、走っている合間に人生をやっているような少女だった。

 だから──走りを奪われた時、ミライは生きる意味を奪われたも同然だった。

 あれだけ嘆き悲しんだのも、絶望したのも、彼女にとっての生き甲斐が全部砕けてしまったからだった。

 だからミライは埋めようとしたのだろう。走り以外で、彼女の中の欠けた大きな穴を。

 

「こんな醜いボク、キミに見てほしくなかった。あの頃のボクはもう居ない。キミが全力でサポートしたがってたボクは、もう居ない。ボクの事なんて忘れて、もっと良い人と付き合って、そのまま何処にでも行っちゃえって思ったよ」

「……」

「でも結局、ボク……キミに頼っちゃった……ワガママ言って……ホント、ボクってサイテーだ」

 

 だけど──だからこそ俺は放っておけない。

 ミライの肩を抱き寄せた。

 

「……サイテーなのは、俺も同じだろ」

「え?」

「お前は散々自分の事を腐してるけど、俺も大概だぞ。例の先輩と変わらん」

「違う。そんなことない。だってキミは……ボクが一番辛い時にも一緒に居てくれた。……なんで、ボクの為に、ここまでしてくれるのさ。ボクなんかの為に」

「先に言っておくぞ。オマエがどうなろうが、オマエがどう思ってようが幼馴染なのは変わらねーよ」

 

 そう。それだけは事実だ。

 ずっと隣に住んでいて、ずっと同じ学校で過ごして来た。

 辛い時も、嬉しい時もずっと近くに居た。兄妹と思ってしまうほどに。

 

「お前が嬉しけりゃ、俺も嬉しい。お前が悲しかったら、俺も悲しい。ただそれだけの……単純な話だろ」

「……なにそれ。答えになってるのか、なってないのか……」

「十分答えになってるだろ」

 

 好きだとか嫌いだとか、友情とか恋愛だとかそれ以前の問題だ。

 きっと──これだけは死ぬまで変わらないのだと思う。

 どれだけ道を違えても──決して曲がらないと思う、と断言できる。

 

「だから……これからは俺をもっと頼れ。オマエが……そこまで思い詰めてたのに気づけなかったのは……正直悔しい」

 

 正直、俺も上手くやれていると思ってしまっていた。

 高校に入って普通に友達も居るし、陸上部でマネージャーをやっているしで、すっかり立ち直ったものだと思ってしまっていた。

 だけど、違った。あれだけの傷がそう簡単に癒えるはずがなかった。

 他でもない俺が──目を逸らしてしまっていた。

 ミライ自身の言葉を言い訳にして。

 

「走れなくっても、本当は部活行きたくなくっても……他にまた好きなヤツができても、俺は……お前が嬉しかったら嬉しいし、お前が悲しかったら悲しい」

「……何処まで本気なんだか……いや、本気だよね」

「だからもうちょっと俺を信用しろよ相棒」

「……相棒、か」

 

 中学の頃の事を思い出す。

 トレーニングを考えて、それに合わせた食事も考えて。

 自主練にも付き合って──二人で全国獲ろうって意気込んで。

 確かにあの時、俺達は通じ合っていた。

 

「……全く、キミには敵わないよ。ちょっとボクの事が好きすぎるんじゃない?」

「揶揄ったら良い顔するからな」

 

 割と本気で頬を抓られた。

 

「……いだい」

「全く。他の娘だったら、今ので全部パーだからね。絶交宣言されてもおかしくないよ」

「そんなに悪かったかよ」

「悪い。あーあ、ご機嫌でいる理由無くなっちゃったよ。これは何か良いものを奢って貰わなきゃダメだね」

「あれだけ付き合ったのに……」

「走れないボクは……気分屋で、癇癪持ちな──ただのメンドーな女の子なのですっ」

「よーく知ってる。走ってない時のオマエもずっと見てるんだぞこちとら」

「……そうだね」

 

 それで気をよくしたのか、ミライは起き上がる。

 そして俺の手を引っ張るのだった。

 

「ねえ、シャワーやっぱり一緒に浴びようよ」

 

 ……無限ループになっても知らんぞ俺は。

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