「この辺のはずだけど……」
私は今、獣人族の里を探して樹海の中を彷徨っています。
新大陸に一番乗りしたはいいものの、一人で隅々まで探索出来るはずもなく。
後から到着した調査団の本隊が、人海戦術であっという間に里を見つけ出しました。
獣人族の里にある『覚醒の祭壇』ではレベルキャップ解放とキャラクター種族の変更が可能で、特にレベルキャップ解放は急務です。
樹海に蔓延るモンスターたちと戦いながら、ネット情報に載っていた方角を目指して歩いていました。
そんな時です。
ガサリ、と茂みが音を立てました。
――索敵スキル『
「……モンスターじゃない? そこにいるのは誰?」
スキルによって脳内に浮かんだ情報には、茂みの向こうにいるのがモンスターではなくNPCであると表示されていました。
もしや獣人族でしょうか。
しばらく沈黙が続きましたが、やがて観念したのか、ゆっくりと茂みからその人物が現れました。
「ひ、ひいい……食べないでください……」
「……わたしがモンスターに見えるの? 食べないから話を聞かせて」
現れたのは黒猫の獣人族でした。
黒い短毛が全身を覆い、ピンと尖った猫耳が頭の上で主張しています。
尻尾は細長く、足の間にきつく挟み込まれていました。
くりくりとした金色の瞳が、震えながらこちらを見つめています。
物腰や服装からして女性ですね、同い年くらいの印象です。
「名前は?」
「ミ、ミミムですぅ……」
「そう、わたしはライザ。ここで何してるの?」
「その、食べ物を探してて……果物とかないかなって……」
「果物? その槍は狩りの道具じゃないの?」
「えっと、一族の試練で、モンスターを狩ってこいって言われたんですけど……私、戦いが苦手で……果物で許してもらえないかなって……」
「……ん、ん、ん」
察するに、この獣人族の代わりにモンスターを狩ってこいというイベントでしょうか?
そのお礼として里に案内してもらう、と。
ありそうな話ではあります。
……ですが。
「ふざけてるの?」
「……えっ?」
「試練ならちゃんと立ち向かうべき。戦いを避けるのは間違ってないけど、それは獣の正しさ。あなたは
「……そんな」
黒猫の少女、ミミムは俯いてしまいました。
……ああ、やってしまいました。
ですが「ライザ」としては、立ち向かう勇気に焦がれた者として言わずにはいられませんでした。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れます。
「……だって、仕方ないじゃないですか」
呟くようなミミムの声が沈黙を破りました。
「私、なんの取り柄もないんです。力も強くないし、足だって速くないし、皆から馬鹿にされるのも当然で。こんな弱い私がどうやって戦えばいいんですか。ライザさんは強いからそんなことが言えるんです」
「……」
ここで「私は強くない」と言うのが駄目なのは分かりますが、どう答えればいいでしょうか。
――推奨台詞スキル『ユアセレクト』。
「……」
む、無言……つまり何も言えることはないと。
これはイベント失敗か、そう思ったその時です。
発動中だった『索敵音界』がこちらへ接近するモンスターを捉えました。
◇
襲いかかってきたのは恐竜のような梟でした。
「きゃあああっ!?」
「ドラクルス・ディノウル!? なんて間の悪い!」
音もなく飛びかかってくる樹海の暗殺者、それがドラクルス・ディノウルです。
一度姿を見失うと非常に厄介なので索敵スキルが欠かせないのですが、おり悪く『索敵音界』はちょうど効果終了し、リキャストタイムに入ってしまいました。
襲撃タイミングからして、これはまず間違いなく護衛イベント。
逆に言えばイベントはまだ失敗していません、ここは踏ん張りどころです。
「このっ、『パイルピアス』!」
「ひええええ!」
「『破山閃断』!」
「いやあああ!」
「『遮那王憑き』!」
「ぴいいいい!」
「やっと明けた、『索敵音界』!」
「助けてえええ!」
……なんだか妙ですね。
NPCを庇って攻撃を受ける、なんてことが起きません。
よくよくミミムの動きを観察してみると、彼女は大きな悲鳴こそ上げていますが、実際には全ての攻撃を危なげなく回避していました。
今なんて死角からの攻撃を見もせずに避けましたよ。
なるほど、そういうことだったのですね。
私は一連の流れに納得すると、リキャストの明けた『索敵音界』で補足したドラクルス・ディノウルを斬り捨てました。
◇
「ごめんなさい」
「……えっ、ええっ?」
戦闘が終わった後、私はミミムに対して深く頭を下げました。
面食らっているミミムに謝罪を続けます。
「わたしが間違ってた。あなたはちゃんと戦ってる」
「……そんな、嘘を言わないでください。私はまた逃げてばっかりでした……」
「それは違う、敵に攻撃することだけが戦いじゃない。あなたは敵の攻撃を引き付けて、わたしが攻撃しやすいよう助けてくれてた。回避盾は立派な戦い方の一つ」
「……ほ、本当に……?」
「ミミム、後ろからの攻撃も全部避けてた。あれはどうやってた?」
「えっ……それは普通に、耳を澄ませれば音で分かるじゃないですか」
「ミミム、それは普通なんかじゃない。あの梟は音もなく忍び寄る厄介なモンスター。普通の人は音なんて聞こえないし、聞こえても避けるなんてできっこない」
ミミムの回避能力はずば抜けていました。
背後からの攻撃を見ずに避けるなんてプレイヤーでも、『索敵音界』を使っても無理です。
あれは敵の位置が分かるだけで、どんな攻撃が来るかは分からないのですから。
「誇って。あなたの耳はとてもすごい、誰にも負けないあなただけの強さ」
「……う、ううう……うわああああん!」
泣きだしたミミムが落ち着くまで、私は彼女をそっと見守り続けました。
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
「全然。それより敬語はもういい。あなたは強者だもの、どっしり構えるべき」
「わ、分かったよ……その、ライザ」
敬語の下りは『ユアセレクト』の提示です。
確かに「ライザ」はそういうことを言いそうですね。
「あっ、そういえばライザはどうしてここに来たの?」
「ん、獣人族の里を探してたの。里にあるっていう祭壇を使わせてほしくて」
「祭壇……ああ! 聞いてるよ、私たち獣人族の協力者が必要なんでしょ? 里に戻ったら誰かにお願いしてみるね」
「ミミムがいい」
「えっ?」
「協力者はミミムがいい。あなたの強さをわたしも見習いたいから……だめ?」
こちらは『ユアセレクト』を使うまでもありません。
ライザの言葉に、ミミムは嬉しそうにはにかむのでした。
◇
獣人族の里にて。
里の中央に位置する『覚醒の祭壇』へと、二人の少女が進んでいきます。
それを見た周囲の獣人族たちは互いに囁き合いました。
「おい、あれってミミムのやつじゃないか」
「あの臆病者の? 隣のは最近現れたって言うニンゲンか?」
「祭壇に向かっていくな。そういや、ああやって二人で祭壇に行くとニンゲンが俺たちみたいになるらしいぞ」
「おいおい、じゃああのニンゲンはミミムみたいに臆病になるってことかよ」
「ハハハ、違いない! おいアンタ、悪いことは言わないから止めときな!」
投げかけられる野次にミミムは体を硬くしています。
私はそんな彼女の手をそっと握りました。
「気にしない。ほら、行こう」
「ライザ……うん!」
『
『プログラム「Extend」承認、実行を開始します』
『あなたの開拓に幸あらん事を』