Pieces of a Story about the Fleet Girls 作:青色3号
シーツの海に沈む少女を朝の陽光が優しく照らす。うつぶせに全裸の肢体を横たえる荒潮を、朝の陽光が穏やかに包み込む。
「ん…」
ひとつ身じろぎして荒潮は目を覚ます。ゆっくりと目を開けてまず視界に入ったのは、肘で頭を支えた姿勢でこちらを見つめる提督の顔。
「おはよう」
「…荒潮の寝顔、ずっと見てたの?」
「あまりに可愛いもんでな」
にっと笑う提督に向かい荒潮はぷくっと膨れて唇を尖らせて見せる。文句のひとつも言おうと荒潮が口を開く前に、提督が荒潮に手を伸ばす。
荒潮の手首を掴み、そのまま提督は荒潮を組み伏してしまう。いきなりのことに流石の荒潮も動揺した声を漏らす。
「ちょ、ちょっと待って、朝から!昨夜、あんなにしたのに…」
「荒潮がかわい過ぎるのが悪い」
抗おうと身じろぎする荒潮の唇を提督は塞ぐ。深いキスで荒潮の抵抗を止めると提督はそのまま荒潮を奪った。
うつぶせの姿勢でぐったりとしたまま荒潮は激しい交合の余韻に身を任せる。ようやく口が開けるようになったところで荒潮は顔だけを横に向け、提督に向かって妖艶な笑み見せる。
「ひどいことするのね~…」
「人聞きが悪いな…可愛がってやったのに」
悪びれもなく言ってのける提督に荒潮もそれ以上言葉を続ける気を失くす。起き上がり、ベッドからバスローブを取り身につけると提督は部屋の扉に向かいながら背中越しに荒潮に声をかける。
「珈琲でも持ってきてやろう…もう動けるだろ?」
提督が部屋を出たところで荒潮はその裸体を起こし、ベッドに腰掛けながら床に広がっていた提督のYシャツを羽織る。床に散らばる自分の制服が目に入り、思わず荒潮は顔を赤らめる。もじもじと身を揺する時間がしばらく過ぎたのち、提督がマグカップを両手に戻ってくる。
「持ってきたぞ」
「ありがと~」
Yシャツ一枚身につけた格好で両手を伸ばしてマグカップを受け取り荒潮は珈琲を口に運ぶ。苦みのある黒い液体の熱さが荒潮のぼんやりした頭を覚醒させる。ゆっくりと珈琲を飲み干し、荒潮は傍らに座る提督に声向ける。
「さて、と…着替えるから、部屋を出てくれる?」
「なんで?」
ぼすっ、といい音立てて荒潮の投げた枕が提督の顔に直撃する。何が何だかわからないというように提督が荒潮に問いかける。
「なんだ、今さら恥ずかしがることがあるのか?」
「でりかしぃ!」
顔を真っ赤にして怒る荒潮の剣幕に提督は肩を竦め部屋を出る。閉じた扉に向けて荒潮はしばらく唇尖らせていたが、やがて身を起こすと床に散った制服を拾い上げた。
扉を開く音にソファに座る提督が振り向くと、そこにはいつものジャンパースカートの制服に身を包む荒潮の姿があった。
「では改めて…おはようございまーす」
両手を後ろ手にすました笑顔見せる荒潮を提督は初めて見る相手であるかのように見つめる。制服に覆われたその清楚な姿からは、昨夜の、そして先ほどの乱れ喘いでいた荒潮を想像することは難しい。そんな提督の考えていることなど知らぬまま、荒潮は提督私室のリビングを横切る。玄関につながる廊下に出る直前荒潮は提督に振り向き弾んだ声向ける。
「じゃあ、10時にまたいつもの場所でね?」
今日はふたりの公休日が重なる日、待ちに待ったデートの日。荒潮とおつきあいを始めてから多少ならず職権乱用気味に自分と荒潮の公休日をぶつけてきた提督だが、ここしばらくはスケジュール調整がうまくいかずふたりのデートも久しぶりだ。荒潮と同じように心弾むのを感じながら提督は荒潮に向かいひとつ頷いた。
海沿いの公園の時計台の下、荒潮は提督を待つ。ハイネックの黒いカシミヤセーターと濃いグレーの膝丈スカートの上に白のスプリングコートを纏い、すらりとした脚をタイツで覆って荒潮は提督を待つ。わざわざ鎮守府の外で待ち合わせるのは、一応はおつきあいしていることをあまりおおっぴらにはしないというふたりの取り決めからと、なんとなくその方がデートだという気がすると荒潮が感じるからである。約束より少し早く来すぎちゃったな、と荒潮が腕時計をちらりと見たとき、荒潮と合わせたようなハイネックの黒セーターとチノパン、紺のジャケット姿の提督がこちらに近づきながら声をかけた。
「すまん、待たせたようだな」
「ううん、そんなに待ってないわよ。荒潮が早く来すぎちゃった」
健気にそんなことを言う荒潮の頭を提督はくしゃっと撫でる。嬉しそうに笑顔見せる荒潮を誘い、提督は公園を歩き出した。
ふたりがまず向かったのは街中にある映画館、最近少し話題の邦画を荒潮が観たいとおねだりしたのだ。人気の若手俳優が主演を務める恋愛映画となれば提督にとっては少し観るのが気恥ずかしくなるが、大切な恋人のおねだりならばと提督も開き直ることにした。
意外と荒潮は物語に没入しやすい性格で、映画の中の二人の困難に負けず想いを貫き通そうとする姿にいたく心打たれた様子だった。両手を絞るように握りしめ、一心不乱にスクリーンを見つめ大きな瞳に涙浮かべながらスクリーンの二人を見守る荒潮をちらちら見ながら提督は若い少女の感性にいたく感心するのであった。
映画が終わっても興奮冷めやらぬ様子の荒潮を提督はオープンカフェに連れてゆく。昼食にBLTサンドのドリンクセットをふたりで頼み、口に運びながら先ほどの映画の論評をする───と言っても、喋るのはほとんど荒潮だが。
「やっぱり普通だったらあそこで別れちゃうと思うでしょう?でも、彼はあきらめなかったのよ。あくまで彼女を信じて…」
目をキラキラさせて映画の中のカップルを祝福する荒潮の姿は観ていて飽きなかった。
次にふたりが向かったのは大型スポーツ用品店。今度は提督のリクエストでふたりテニスをすることになったのだ。とは言っても当然テニスなどしたことのない荒潮のこと、まずは道具とユニフォームを揃えるところからの出発点となった。
「提督が学生時代テニス選手だったなんて改めて意外ねぇ~…」
「高校の頃の話だけどな…これでも、全国まであと一歩だったんだぞ」
少し自慢するように言いながら提督はラケットを数本選び取り順に荒潮に手渡す。順番に軽く手に馴染ませて荒潮はそのうち一本を選び取る。
「これがいいかしら」
「じゃあ、次はテニスウェアとシューズだな」
ラケット売り場の近くのテニスウェアコーナーに足を運び荒潮は壁に飾られたテニスウェアを物色する。荒潮の視線の先にあるテニスウェアに目を向けると提督は不満げな声を出す。
「荒潮さん?そちらは、キュロットタイプのウェアですが?」
「え?なにか、まずかったかしら?」
「スコートだったらこちらですが?」
「…提督も分かりやすいわねぇ…」
大きな買い物袋を手に電車に乗り、テニスコートの最寄り駅を目指す。駅に降りて歩いて10分ほど、大型のテニス場に辿り着く。
レストハウスの更衣室で着替えるが、初めて着たテニスウェアに改めて荒潮は気恥ずかしさ覚える。思い切ってコートに向かい歩き出し、先に着替えていた提督と合流する。
「思った通り、似合っているな」
純白のテニスウェアに包まれた華奢な肢体、スコートから伸びるカモシカのような脚。珍しく後ろでまとめた髪型も新鮮だ。ラケットを胸に抱き少し不安げな表情見せる荒潮に提督は歩み寄ると満足げな笑顔見せる。
艤装もつけていない状態ではただの少女に過ぎない荒潮は気づいていないが、常人よりはるかに勘働きのいい提督には周りの視線が荒潮に集中しているのがはっきりとわかる。荒潮くらいの美少女がテニスウェア姿で現れれば、そりゃどうしたって耳目を集めることとなる。若いプレイヤーからの羨望の視線に優越感感じながら提督は荒潮にテニスの手ほどきをする。
「まずは、ラケットの握り方から…」
「こ、こう?」
「そうそう、振るときは…」
わざとらしく荒潮の手を取り腰を取り提督は荒潮にテニスの手ほどきをする。提督の導くがままに素振りを繰り返す荒潮の動きが、ぎこちないそれからだんだん滑らかになってゆく。しばらく基本の動きを繰り返してから、提督はもういいだろうと荒潮に指示を出す。
「じゃあ、コートのあっち側に立って」
「はーい」
素直にお返事して荒潮はコートの反対側に立ちラケットを構える。試合の時とはうって変わって優しいサーブを提督が放つと、荒潮は素早く反応し思いのほかきれいなフォームで打ち返す。
ボールの弾む軽い音が響き、ふたりのラリーが続く。まだ思い通りにボールを打つ方向を定められない様子の荒潮だが、そこは艦娘、初めてとは思えないくらい器用に提督に向かいボールを打ち返してゆく。荒潮が放つ左右に振れるボールをこれまた器用にラケットで拾いながら提督は荒潮が打ち返しやすい場所にボールを運ぶ。
そのうち、荒潮が慣れてきたと見て提督はボールを左右に打ち分ける。ボールを追いかけ荒潮はそのすらりとした脚を必死に駆けさせる。細い荒潮の身体が躍動するのに見惚れながら提督はラリーを続ける。
しまった、ちょっと厳しいコースを攻めすぎたと感じた。てっきり、荒潮にはおいつけないだろうと考えた。しかし荒潮は足を速め、必死にボールに追い縋る。
初心者の荒潮がそのボールに追いついただけでも驚きだろう。しかし、やはり無理はあった。身体のバランスを崩し荒潮はつんのめるようにコートに転んだ。
「荒潮!大丈夫か!?」
「あいたたた…」
コートに座り込み足首を抑える荒潮に提督は駆け寄る。「すまん」と謝り荒潮の腰と膝裏に手を回す。お姫様抱っこの恰好で荒潮は抱き上げられる。
「きゃ!?だ、大丈夫だからぁ、歩けるからあ!」
荒潮の声が届いていないように見えるのは、提督もテンパってるのかそれとも聞こえないふりをしているのか。周りの視線びんびんに突き刺さるのをさすがに今回は感じながら荒潮は真っ赤に染まる顔を俯かせ声も出せぬまま提督のなすがままに運ばれた。
幸い、荒潮はケガをした様子もなかった。これが潮時とレストハウスでシャワーを浴びてすっきりし、着替え終わったふたりはテニス場近くの公園のベンチに並び腰掛ける。
「すまなかったな。あんなに強い球を打つ気はなかったんだが」
「そ、それはいいんだけど…そのぉ…そのあと…」
「ん?」
「…なんでもない」
不覚にも少しならず喜んでしまった自分がいる以上、荒潮にも先ほどのお姫様抱っこを強くは言えない。もじもじと身を揺すり荒潮は続ける言葉を探そうとする。
「ねえ、提と…」
言葉を見つけられないまま傍らの提督を見上げる荒潮の目に入ったのは、こちらに顔を近づける提督のアップだった。その意味するところを理解するより早く、荒潮は唇を塞がれた。
いたわるような優しいキス、それは何秒続いただろう。ぴりぴりと唇から全身に広がる甘い刺激感じながら荒潮は目を閉じる。自分の肩を抱く提督の逞しい手に身を預ける。うっとりと荒潮は流れゆく時間に身を任せる。
やがて、提督の唇が離れてゆく。ほぅっと息をつき荒潮はゆっくりと目を開ける。
「荒潮もキスに慣れたんだな…ファーストキスのときは泣いたのに」
「もう…キスのあとが、そのセリフ?」
ぷくっとほっぺたを膨らませる。「うふふ」と微笑み荒潮は提督にぎゅっと抱きついた。
ショッピング街を冷やかし、カフェでケーキセットにふたり舌鼓を打ち、カラオケでちょっと流行っている曲を頑張って歌った。荒潮の歌う声優歌手のラブソングは提督にたいそう好評だった。洒落たレストランでディナーを取り、腹ごなしに海際の遊歩道を歩く。
夜の帳が街に降り、星々が煌めく。星明りと共演するかのように街の光が荒潮を照らす。遊歩道をしばらく歩いたところでふたり立ち止まり、海からの風に身を任せる。
「今日も終わっちゃうわねえ…」
「時間はあっという間に過ぎるな」
「うん…楽しかった」
その声に、少しばかりの寂しさが含まれているように感じたのは決して気のせいではないだろう。ふたりの時間はもうすぐ終わりを告げ、明日からはまたいつもの日々が始まる。いつも通りの日常、そしていつも通りの闘いの日々。
「荒潮、」
「ん?」
「その、だな…その、なんというか…その…」
珍しく歯切れの悪い提督の言葉、その言葉の続きを微笑み浮かべながら辛抱強く荒潮は待つ。荒潮の見守る前で提督はなにやら言い辛い言葉を絞り出すような様子を見せていたが、やがて意を決したかジャケットの内ポケットに手を突っ込むと小さな箱を取り出す。
「…受け取って、くれるか?」
「なにかしらぁ?」
「なにかしらって…その…」
言葉で説明するより見たほうが早いと、提督は手に乗せた小箱をもう片方の手で開く。小箱から姿を現したのは銀の光放つ荒潮のための指輪。
「そ、れ…」
「あくまでカッコカリだけど…今は、これしか渡せないけど…」
両手で口を覆う荒潮の瞳に涙が浮かぶ。提督と艦娘の間の強い絆を約束する、それは小さくも確かな証。その輝きから目を離せないままの荒潮の唇から呟き漏れる。
「…いいの?いいの?荒潮で、いいの?」
返事の代わりに提督は指輪を手にする。そのまま荒潮の左手を取ってその薬指に指輪を嵌める。街の灯りが反射する銀の指輪嵌めた荒潮の手を両手でそっと包み込む。そのまま、荒潮の手を握りしめ引き寄せる。荒潮の小さな身体が提督の胸に収まる。
荒潮を強く抱きしめる。壊してしまうほど、強く。決して壊れないように、優しく。
荒潮の温かな体温が伝わる。愛おしいその温かさ、抱きしめる。もう離さないと心を決めて。いつまでも共にいると心に誓って───
───星がふたりに祝福を与えるかのように煌めいた。
了