Pieces of a Story about the Fleet Girls 作:青色3号
目の間の鼻の付け根を強くつまんで首を振ると、ほんの少しだけすっきりしたような気がした。顔を上げて提督は、そこに演習報告に来たらしくバインダーを胸に抱えた狭霧の心配そうな表情を見つける。
「狭霧、来てたのか……すまないな、気が付かなくて」
「提督、お疲れですか?」
返事の代わりに提督は曖昧な微笑みを狭霧に返す。その力ない笑みに狭霧は恋人の疲労を改めて見て取る。
「少し、お休みください……狭霧は心配です」
「ああ、ありがとう。狭霧の報告を受けたら少し休憩をとるかな」
わずかばかりの休憩では癒えきるはずもない提督の苦痛、そのこと知りながら今なにもできないことを狭霧は歯がゆく感じるのであった。
駆逐艦寮一階の休憩スペース、そこにしつらえられた簡素な白木のテーブルに向かって狭霧は座り膝に手を置いて考えに沈む。目の前で恋人が消耗しているのになにもできない自分を不甲斐なく思う。ひとつため息を吐いた時「ふにゃ~」という情けない声が近くの席から聞こえてきた。
顔をそちらに向けると目に入ったのはテーブルに突っ伏す荒潮の姿。向かいに座る朝潮が少しためらいがちに荒潮に声をかける。
「荒潮、大丈夫ですか?」
「ふにゃ~。大丈夫じゃないわ~。昨夜カレったら滅茶苦茶激しくて全然寝かせてくれなくて~」
鎮守府の参謀士官とお付き合いしている荒潮の台詞、その台詞の意味くらい経験のない狭霧にもさすがにわかる。荒潮のあけすけな言葉に顔を赤らめてそむける狭霧の耳に荒潮の続く言葉が届いてくる。
「でも荒潮の身体で癒されてくれるならねえ~……カレもストレスが溜まっていたみたいだし。こんな時はオンナの身体を持って生まれ変われたことをよかったと思うわ~」
もう一度荒潮たちに顔を向ける狭霧の目に映ったのは、テーブルに乗せた腕の上に顎をのっけた姿勢の荒潮の満足そうな姿。その穏やかな表情を見て狭霧は思いにふけるのであった。
寮の自室に戻ってベッドの上に腰かけ、狭霧はこちらに背を向けて本棚を漁る天霧に問う。
「天霧さん……狭霧の身体で提督を、癒すことができると思いますか?」
「え?」
狭霧らしからぬ大胆な台詞に驚いて天霧が振り返るとうつむいて思いつめた顔をする狭霧の姿が目に入る。その真剣な面持ちを天霧はしばらく見つめ考えに耽っていたが、やがて穏やかにも聞こえる声で狭霧に言葉向ける。
「そうだな……男には、女の身体が精神的にも肉体的にも必要な時があると聞く。今が、その時なのかもしれないな」
天霧の言葉に狭霧はひとつこくんと頷いた。
時計の針はとっくにてっぺんを回り、丑三つ時に近づいていた。提督私室のソファに身を預け、提督はそろそろ寝床に移ろうかと手にしていた書類をリビングテーブルに放る。明日、というより今日の朝も早いしいくばくも眠れないだろうが、まったく寝れないよりも全然いい。
重い腰をソファから上げた提督の耳に届くためらいがちなノックの音。緊急事態か?と扉を開く提督が目にしたのは両手を前で揃え目を閉じた表情でうつむく狭霧の姿。
「どうした、狭霧?こんな夜中に」
「提督、あなたはお疲れです」
言葉の行方が分からず立ち尽くす提督に狭霧は続ける。
「女の身体で、男の人を癒すことができると聞きました。だから提督……」
身体の前に揃えた手をぎゅっと握り、狭霧はささやくような声でしかしはっきりと口にする。
「狭霧の身体を、お使いください」
どれくらいの時が流れただろう、時間にすればほんの数秒の間だったかもしれない。目を閉じたまま提督の次の行動をただ待つ狭霧に、提督は静かに微笑んで告げる。
「女の子が、自分の身体を使えだなんて言うもんじゃない」
その言葉に狭霧は目を開ける。顔を上げ、そこに提督の穏やかな微笑みを見つける狭霧に提督は続ける。
「狭霧の気持ちは嬉しいよ。それだけで、十分だ」
ああ、この人は本当に私を大事にしてくれている―――その実感が狭霧を包む。同時に、自分の心の一番深いところから湧き上がる想いを狭霧は感じ取る。
この人に、抱かれたい。
この優しい人に、この自分をなにより大事にしてくれる人に自分を捧げたい。この人と、ひとつになりたい。初めて感じる強い衝動に少し慄きつつも、狭霧は先ほどよりも大きな声で提督に告げる。
「わかりました、言い方を変えます」
提督を、狭霧はまっすぐ見つめる。
「狭霧を、私を抱いてください」
ふたりの視線が交差する。狭霧の視線が提督を貫く。そこにいるのは自己犠牲の覚悟を決める少女の姿ではなく、愛する人に己を捧げつくす覚悟を決める少女の姿。
いいのか、とは提督は訊かなかった。その言葉は狭霧を傷つけると思った。だから、提督は黙って狭霧を抱き上げた。狭霧の小さく熱い身体を寝室へと運んでいった。
寝室の扉が、閉じられた。
了