Pieces of a Story about the Fleet Girls 作:青色3号
しとしとと、さらさらと、秋雨が降る。鎮守府本館の廊下の窓枠に手をかけて秋月は雨空を見上げる。細かな水の粒子空から降り注ぐのを見つめながら秋月は自分の思いに沈む。
ここ数日、提督に昼食を一緒に取るよう命じられた。自分の質素な食生活を哀れんでの同情で命じられたのなら嫌だなと思った。しかし、自分を誘った理由を問うた秋月に提督が返した答えは「秋月とメシが食ってみたかった」だった。
その言葉に、期待してしまう自分がいる。その言葉を、期待しすぎてはだめだと立ち止まる自分がいる。提督の真意を知りたい自分がいる。提督の真意を知るのが怖い自分がいる。
提督に恋している、自分がいる。
提督執務室を秋月は訪れる。提督の面影を、そこに求めて。ノックをして扉を開けるとそこにいるのは書類棚にファイルを戻す格好の秘書艦・妙高と執務机に陣取る提督その人。
「秋月か、よく顔を出してくれたな」
嬉しそうに自分を歓迎する提督に曖昧な微笑みを向ける。秋月の揺れる心には気づかぬまま、提督は秋月に気安く声を向ける。
「今ちょうど妙高とひと休みしようと言っていたところだ。どうだ?秋月も一緒にお茶にしないか?」
「……いただきます」
一瞬答えに間が空いたのは思いがけない幸運に思わず心が躍ったから。ソファに座る提督に倣いその向かいのソファに腰を下ろそうとしたら、お茶を入れている途中の妙高に声をかけられた。
「秋月さん、提督の隣に座ったらいかが?」
その言葉に、心臓が跳ねる。移動して提督の隣に位置を取る。肩が触れ合わないほどの距離、その距離でも傍らにいる提督の存在を意識してしまう。
こうして側にいるときにお話したいことはたくさんあったはずなのに、いざとなると言葉が出ない。今度提督とお話しする機会があったら聞きたいことがたくさんあったはずなのに、いざその場になると何も聞けない。
妙高の入れてくれた日本茶とお茶請けの間宮羊羹、その味も秋月にははっきりとはわからなかった。
いつまでもお邪魔しているわけにもいかず秋月は提督執務室を後にする。廊下を歩き始めたところで背中から声をかけられる。
「秋月さん」
振り向くと、そこに両手を揃えて立っていたのは妙高。自分を追ってきたらしい妙高に向き直り、その言葉を待つ。
「提督の顔を見に来たのでしょう?健気ね」
健気ね、の一言に自分の想いが見透かされていることを知る。ぼっ、と音を立てそうな勢いで顔が赤く染まる。わかりやすく自分の感情を表情で表現する秋月に妙高は優し気な声向ける。
「提督に、想いは伝えないの?」
「それは……」
軽く握った片手を胸に当て、妙高から目を逸らして俯きながら秋月は小さく答える。
「……怖い、です」
そう、と答える妙高はそれ以上の言葉は言わなかった。無理に秋月の心を引き出そうとしない妙高の優しさが、ありがたかった。
秋雨は、翌日も降っていた。秋月は今日も提督執務室を訪れる。頻繁な来訪が自分の心を知らせるきっかけにならないかと恐れながら、それでも提督の姿求める心を抑えきれないままに。
「おう、秋月。今日も顔を出してくれたのか」
いつもと変わらず自分を歓迎してくれる提督の姿、いつもと変わらぬ穏やかな時間。こんな時間が続けばいいのかもしれない。知るのは怖い、変わるのは怖い。提督の真意はまだわからねど、わからぬままならそれでもいいと、優しい時間に身を浸していればいいのかもしれない。
「今日は、妙高さんはいないんですか?」
「妙高なら事務局。なんだ?妙高に用事か?」
「いえ、そういうわけでは……」
言葉はまたもそこで途切れてしまう。続ける言葉も知らないままに、秋月は俯き足元に視線を落とす。そんな秋月のことを提督は黙って見つめていたが、やがて少し思い切ったように秋月に問う。
「秋月、なにか悩みでもあるのか?」
「え?」
「いや、最近よく執務室に現れるし……その割には、いつも無口だし」
ぽかんと提督を見上げ、そして苦笑浮かべる。どうやら秋月の悩みの主因たるこの人は、そのことに何も自覚がないらしい。「大丈夫です」と一言答え、身を翻して執務室を離れるその時に背中に声をかけられた。
「なんか悩んでいることがあるなら言えよ?なんでもするぞ?」
はい、と背中越しに答え、それでもその悩みを提督その人に打ち明けられる気は全然しないままに、秋月は扉を閉めた。
雨も三日続くと少し憂鬱な気持ちになる。少し仄暗い灰色の空気纏う鎮守府本館の廊下を秋月は歩く。と、向こうから提督が歩いてくるのが見えて思わず胸を高鳴らせる。
「おう、秋月」
笑顔とともに片手をあげる提督に頷きを返す。立ち止まってお話したいのに、臆病な心が秋月をここから逃げ出させようとする。急ぎ足で提督とすれ違い、そのまま足を速めようとしたその時に提督の声が耳に届いた。
「……どうも、俺じゃ頼りにならんかな」
その言葉に目を見開き足を止める。振り向いて、提督の顔を見上げる。その秋月を見つめ返しながら提督は寂しげに微笑んで独り言のように言う。
「秋月が、何か悩んでいることは知っているよ。でも、俺には言えない悩みか?」
その静かな声に誘われるように秋月はまた顔を俯かせながら呟く。
「……私の悩みを聞いてくれるのは……私が、司令の部下だからですか?」
「ん?」
突然の秋月の言葉の意味を提督は図るようにしていたが、率直に簡潔に答える。
「それもあるけどな……俺が、気になるんだよ。秋月が元気ないと」
その言葉に、期待してしまう自分がいる。その言葉を、期待しすぎてはだめだと立ち止まる自分がいる。提督の真意を知りたい自分がいる。提督の真意を知るのが怖い自分がいる。
今が知るべき時だと、心の中で叫ぶ自分がいる。
「……悩みは、あります」
「俺でよければ」
「恋の悩みです」
その言葉に、提督が身じろぎする。大柄な身体を揺すり動揺する提督を再度見上げ、その瞳正面から見つめながら秋月は告白する。
「司令に恋をしてしまった自分がいます。司令を好きになってしまった、自分がいます。……この想いを、どうすればいいのかわからないのです」
震える声で、それでも真っ直ぐに自分の想い全て伝え、秋月は潤む瞳提督に向ける。突然の秋月の告白を受け、驚いたように提督はその目見開くが、やがて静かに秋月に向けて手を伸ばす。
秋月の細い身体を引き寄せる。秋月の華奢な肢体が提督の胸に収まる。秋月の耳元に、確かめるかのように提督は囁きかける。
「俺で、いいのか?」
「司令じゃなきゃ、いやなんです」
雨はいつの間にか止んでいた。窓から差し込む秋の陽光が、提督に抱かれる秋月のことを照らし包み込んでいた。
了