Pieces of a Story about the Fleet Girls 作:青色3号
スズメのさえずりに重なってピピピと目覚まし時計の電子音が響く。モゾモゾと毛布の下で華奢な身体をもぞつかせる荒潮の隣のベッドで朝潮がのそりと上半身を起こす。
「おはようございます…荒潮は、まだ起きてないようですね」
言いながら隣のベッドの荒潮に目を向ける。枕を抱えて微笑み浮かべ、がっちり爆睡している荒潮の桜色の唇から幸せそうな小声が漏れる。
「うふふ…ねこ~、ねこ~」
なんの夢を見ているのか一発で分かる。頭をひとつ振り、朝潮は独り言つ。
「いい夢を見ているようです…起こすのがかわいそうですね」
「ねこ~♪」
「しかしここは心を鬼にして…荒潮ー、朝ですよー、起きましょうー、起きましょう―」
ベッド際まで移動して荒潮の身体を揺さぶる。ゆさゆさと揺すってみるが、荒潮の起きる気配はない。はぁ、とひとつ息をつき一度荒潮から身を起こす。と、いきなり荒潮が起き上がりばっと手を朝潮の方に伸ばし、朝潮にしがみつくとそのまま再びベッドに倒れ込む。
「のあっ!?あ、荒潮、寝ぼけてるんですか!!」
「うふふ~、て~とく~♪」
「猫ちゃんじゃなかったんですか!というかまだ起きないんですか!お願いですから起きてください!」
「うふふ~、えへへ~、て~とく~♪♪♪」
「あ、荒潮、顔が近い、近いですっ!!…わ、ダメ、お願い荒潮起きて~~~~~~!!!」
駆逐艦寮の食堂にて、焼きジャケの身をほぐし白米に乗せながら朝潮がぶちぶちと文句を言う。
「あやうくファーストキスを荒潮に奪われるところでした…」
「だからゴメンナサイってばぁ~…そうか、朝潮ちゃんはキスの経験はまだなのねぇ~」
「なんですかその『荒潮お先に行かせていただきました』的上からマウント取り発言は」
提督とおつきあいしている荒潮は当然キスもその先も経験済みである。そのことは朝潮にとっても今更のことではあるが、時にこう「先駆者の余裕」的態度を取られるとむっとすることもないではない。なにも焦ることではないけれど…と思う朝潮に向かい、荒潮は話題を変えて話しかける。
「今日の朝一の座学は海洋国際法だったっけ?」
「そうですね…二限目は、工廠で新型電探の説明が行われるはずです」
海の上で、開発工廠の金属チューブで、生を受けたその時から艦娘には一定の知識・教養は備わっている。それ故、鎮守府で受ける座学の類もそのことを踏まえた高度なものとなる。そのことが戦後中学高校などに通うことになった多くの艦娘たちにひどく授業を退屈に思わせる結果となるのだが───そんなことはこの時には知ることもなく、荒潮と朝潮は朝食を進めた。
海の上での戦いが本分の艦娘たちではあるが、実際のところ連日連夜出撃しているわけではない。深海棲艦の動向を探る通常兵力からなる偵察部隊の報告を受け、出撃はその都度決定される。最近は軍事偵察衛星からの報告も哨戒機からの報告も深海棲艦の太平洋地域での活動を示唆してはおらず、比較的平穏な日々が続いていた。
とはいえども、備えを怠るわけにはいかない。座学と演習、それが艦娘の日々となる。荒潮たち第八駆逐隊も連日の訓練をこなしながら来るべき出撃の日に備える。「精鋭」の通り名にふさわしい成績を演習などで残しながら。
しかしながら本作の目的は荒潮のぽんこつ具合を記録するものなので───そのあたりは、割愛。
日にもよるが夜戦演習などがなければヒトゴマルマルには艦娘は自由な時間を与えられる。しかし鎮守府の長、提督はそんな余裕ある生活を送れるわけもない。情勢報告や作戦会議、数々の決済をこなしながら空いた時間で提督は鎮守府への客を迎える。提督執務室に現れた白い海軍将校服の軍人は敬礼ひとつ捧げると気安いくだけた口調を机の向こうの提督に向ける。
「久しぶりだな、元気そうだ」
「そちらもな」
「ふん、人類の存亡を背負う重圧にやつれてやせんかと心配していたんだがな」
「期待していた、だろう?相変わらず悪趣味だな」
意味ありげな笑み唇に浮かべただけで提督と海軍士官学校での同期だった軍人は提督の言葉を肯定も否定もせずにいなす。階級こそ中将と中佐と差はあるが、人目のないところでは同期の絆はお互いを気安い関係に戻すことを許す。くだけた口調は変えぬまま、軍人は提督にいきなり切り込む。
「駆逐艦娘と個人的につきあっているそうだな」
「さすが情報将校、耳が早いな。というか、そんなことまで海軍情報部は調査しているのか」
苦笑とともにそんな言葉で提督は彼の言葉の内容を認める。皆まで言わせずとも提督は机の上の黒電話の受話器を持ち上げ慣れた様子で荒潮のスマホの番号を呼び出す。有事にはもっと安全性と機密性の高い通信手段がとられるが、この程度の用件なら艦娘も皆持っている個人のスマホへの連絡が一番手軽だ。
「ああ、荒潮か?ちょっと、執務室まで来てほしいんだが…」
まもなく荒潮が執務室に姿を現す。
「荒潮です~。いつも提督がお世話になってます」
おすまししながらそんな挨拶を敬礼代わりに荒潮は軍人に向ける。その荒潮に向けて軍人は好奇心を隠そうともしない表情浮かべ不躾な視線浴びせる。流石に居心地の悪さを荒潮が感じ始めた頃、軍人は提督に顔を向けると冷たい声で言い放つ。
「ふん、艦娘など所詮は兵器。その兵器に入れ込むとはお前も焼きが回ったか」
ぐさり、と言葉が錐となって荒潮の胸を穿つ。そういう見方をする人もいる、そのことはわかっていたつもりだけど目の当たりにするとショックを隠せない。俯き、言葉失くす荒潮の耳に憤然とした提督の声が届く。
「なんてことを!荒潮、ちょっとこっちを向け!」
言われて考えるより先にのろのろと身体を提督の方に向ける。その荒潮につかつかと近づくと提督はやおらその手を荒潮の胸に伸ばす。
…もみっ!
「ぴぎゃああああああああああああああああ!?」
「胸を揉まれて悲鳴をあげる兵器があるか!?」
「…お前、他に反証方法なかったの?」
胸を抑えて真っ赤な顔でうずくまる荒潮、怒りもあらわに自分に食ってかかる提督、そのふたりを見比べながら軍人は呆れた表情を隠そうともしなかった。
ようやく落ち着きを取り戻した荒潮が立ち上がるのを見守りながら軍人が誰にともなく言葉放つ。
「しかしまあ、言われてみれば人間と変わらんな」
「本人の前で言うなよ…実際、変わらんよ」
不躾な視線を浴びせられ流石の荒潮も落ち着かない気持ちになって冷や汗一筋額に垂らす。そんな荒潮から視線を逸らし、軍人は提督に二言三言言葉を向ける。鎮守府の情報参謀に本来の用事があって、提督のところにはほんの顔見せだけのつもりだったらしい軍人がひとつ敬礼捧げ執務室をあとにするのを返礼の代わりにお辞儀で見送ると、荒潮は扉に顔を向けたまま提督に向かい言い放った。
「あれが提督の士官学校同期…人間離れした容貌ね」
「本人の前で言うなよ」
客もいなくなった執務室から、しかし荒潮はすぐに離れる気にもなれず提督に向かって問いかける。
「陸奥さんは?」
「秘書艦殿なら開発工廠…しばらくは、帰ってこないぞ」
意味ありげな微笑み浮かべる提督の様子に気づくと荒潮は妖艶な笑み自らも浮かべ提督に向かって囁く。
「あらあら~。なにを考えているのかしら~?」
「さあ、なんだろうな」
「うふふ~、いけないこと考えている顔ねぇ~」
「そうかな?…荒潮、こっちにおいで」
机の向こうで手を広げる提督にはにかんだ表情ひとつ見せると、荒潮は素直に提督のところに歩み寄った。
まもなく、扉をノックする音とふたり聴きなれた満潮の声が部屋に届く。
「司令官ー、入るわよー」
「「あわわわわわわ」」
ドタバタと部屋の中でばたつく気配が満潮に伝わるはずもなく、満潮は重い扉を押し開く。その満潮の視界に飛びこんだのは執務室の床に座り込んで首をのけぞらせ涙目でひきつった笑顔浮かべる荒潮の姿と、その荒潮の首もとでなにやらごそごそと指を動かす提督の姿。
「あ、あら~…満潮ちゃ~ん…うふふ~…」
「み、満潮、これはだな、その…クソ、外れん」
「…首輪嵌めてるところに出くわすのって脱がしているところに出くわすのより一種えろいわね」
必死に荒潮の首から自ら嵌めた首輪を外そうと悪戦苦闘する提督と真っ赤な顔でひきつり笑いを浮かべる荒潮に遠慮なく冷ややかな視線を満潮は浴びせた。
それから間もなく、甘味処・間宮にて荒潮と満潮の姿が見られる。
「さっきはとんでもないとこ見られちゃったわぁ~…」
「見つけたのが私でよかったと思いなさいよ…つか神聖な提督執務室で首輪プレイに勤しむな」
またも真っ赤な顔になり身をすぼめる荒潮の前で満潮はクリームあんみつ口に運ぶ。控えめな甘さ楽しみながら満潮は荒潮に向けてか自分に向けてか言い放つ。
「しかしまぁ何が悲しゅうて首輪嵌められて喜んでいられるんだか」
「満潮ちゃんにはまだわからないわよ~。そのうち『この人にはハメられたい!』って思える人が現れるわ」
「言葉が違う意味に聞こえるんですけど…つかそんな恋の落ち方、イヤすぎる」
冷ややかに言い放つ満潮の態度に不満げな顔を向けながら荒潮はプリンアラモードをひとさじ掬った。
満潮と別れてその足で荒潮は再び提督執務室に向かう。やはり暇があれば恋人の顔を見たくなってしまうのは恋する乙女の宿命だ。とはいえただ顔を出すのも芸がないしな…などと「芸が必要なのか?」とツッコむ者もいないまま荒潮は執務室の扉を開ける。
「おう、荒潮」
上機嫌で自分を迎えてくれる提督の前ではたと思いつくと、荒潮は両腕を大きく広げて明るい声を放つ。
「ぱんぱかぱーん♪」
なんじゃ?と不思議そうな顔をする提督に向かい荒潮は種明かしをする。
「愛宕さんの真似ー♪」
「ああ、…うーん、似てるんだが何かが物足りない気が…」
「なにかしらぁ?」
楽し気な笑顔見せる荒潮の両腕拡げた姿見つめながら提督は何やら考えていたが、やがて「あー」と一言口にする。
「わかったかしらぁ?」
「揺れてないんだ」
提督の視線が自分の胸元に向いていると気が付いた瞬間、ぴしり!と荒潮の笑顔が凍り付いた。
その数分後、駆逐艦寮の内線電話から提督執務室に朝潮の切羽詰まった声が届く。
「司令官、大変です!荒潮がお布団にこもって出てきません!」
「荒潮―!俺の失言だったー!機嫌直してくれー!」
少しは機嫌も直ったか、それでもぷりぷりと怒った表情浮かべたまま荒潮は大潮と並んで鎮守府本館の廊下を歩く。
「どうして男の人はすぐに胸の話をするのかしらぁ…荒潮がBカップだからってバカにしないでほしいわぁ」
「あれ?荒潮ちゃんは大潮と同じAカップですよね?」
「…Aカップよ」
盛ってすいません、と荒潮は心の中だけで謝り不貞腐れる。その視線が廊下の向こうから歩いてくる駆逐艦娘の二人組を捉える。
「浜風ちゃん、磯風ちゃん」
「ああ、荒潮、大潮」
同僚の駆逐艦娘に近づいたとき、はたと荒潮の脳裏にある疑問が湧きあがる。
「ねえ、浜風ちゃん。昨日の夕食、なんだった?」
「え?イカフライ定食ですが…それが、なにか?」
「ううん、ありがとー」
聞くだけ聞いてすれ違う荒潮のことを浜風は不思議そうに見ていたが、隣の磯風が思いついたように言う。
「『何食ってそんなに胸が』の婉曲表現じゃないか?」
「…ああ、」
納得する浜風の視界の中で荒潮は次のターゲットに声をかけていた。
「あ、浦風ちゃーん。昨日の夕食何だった?」
どたどたと荒潮が鎮守府本館の廊下を走る。涙をその瞳に湛えながら。廊下の向こうから近づいてくる満潮の姿を認めると、荒潮は何も説明せず満潮の胸に飛び込みしがみつく。
「満潮ちゃーん!うわーん!」
「あ、荒潮、どうしたの???」
「また秋雲ちゃんの同人誌のネタにされた―!」
「あ、また…しょうがないわよ、提督との公式カプなんて設定美味しすぎるもの」
「だからってなんで提督と荒潮とのプレイ内容まで知ってるのぉ!?」
「あ、あれ結構リアル寄りなんだ…エグいことされてるのねぇ、荒潮」
てんやわんやの一日も夕方の声を聴く時間になる。埠頭で、朝潮と並び夕暮れの色に染まる水平線を見つめながら荒潮は微笑みその顔に浮かべる。
「今日も騒がしい一日だったわねぇ…」
「そうですね…まあ、まだ終わっていませんが。夜はこれからですよ」
「うふふ、楽しみねぇ~」
本当に楽しそうに笑って見せる。くるり、とその身を翻す。水平線に背中を向け駆逐艦寮に朝潮と並び向かいながら今日のお夕飯は何にしうかな、と考える。
今日も、素敵な一日だった。明日もきっと、素敵な一日。
了