Pieces of a Story about the Fleet Girls 作:青色3号
公休日くらいお寝坊したいと思うのが人情だが、その日に限って早く目が覚めてしまった。ピンクのパジャマに身を包んだデ・ロイテルはむくりとベッドの上で身を起こす。
「ふにゃ~……」
情けない声をひとつあげ、デ・ロイテルは隣のベッドで身を丸め安らかな寝息を立てるパースを見やる。
「パースは……まだ寝てるか。こんな時間だもんね」
うんしょ、と声を上げてベッドから降りパースはパジャマ姿のまま部屋の扉を開け廊下へと踏み出した。
廊下に立って伸びをしてデ・ロイテルは眠気を吹き飛ばす。通りがかったヒューストンの姿が目に入りデ・ロイテルはひらひらと手を振る。
「おはよう、ヒュー。早いね」
「おはよう、ロイテル……あなた廊下でなんて格好しているのよ」
腰に片手を当てて呆れた表情を見せるヒューストンにデ・ロイテルは「えへへ」と笑顔見せる。まだ残る眠気を振り払おうとデ・ロイテルは寮の階段へと向かう。
「ちょっと待ちなさいロイテル!あなた、そんな恰好でどこ行く気!?」
「おそと~」
「待ちなさい!あなたパジャマなんかで!」
「こんな時間誰もいないよ~」
慌てるヒューストンを尻目にデ・ロイテルはとんとんと軽い足音を残し階段を降りていった。
初夏の爽やかなそよ風がパジャマ姿のデ・ロイテルの髪を靡かせる。
「ん、この季節はやっぱり気持ちいいね~」
両腕を頭の上で組んで伸ばし、デ・ロイテルは軽く体操する。誰か通りがかる前にお部屋に戻ろうかな、と思ったとき目の前に白い海軍将校服姿の背の高い青年が現れた。
「え、て、提督……?」
ずり、とパジャマの肩口がずり落ちる。白い肩を片方露出させたデ・ロイテルの叫び声が朝の空に轟いた。
「やっば~~~~~~~~~~い!!!!」
制服に着替えて幾ばくか、寮の一階休憩室の一角でべそべそとデ・ロイテルは鼻を鳴らす。
「なんで提督があんな場所にいるのよ~……」
「二階の台所スペースの冷蔵庫の調子が悪いって苦情があったんだって」
その程度のこと施設課なりなんなりの人間にでも任せればいいものをわざわざ自ら寮監のところに足を運ぶのがこの鎮守府の提督の提督たる所以か。テーブルを挟んでパースと椅子に座り、デ・ロイテルは膝に両手を突っ張ってべそべそもだもだ情けない泣き声を出す。そんなデ・ロイテルの哀れな姿をパースは黙ってしばらく見ていたが、やがて一言デ・ロイテルに問う。
「デ・ロイテル。あなた提督とおつきあい始めてどのくらいだっけ?」
「え?なによ唐突に……八か月、くらいかな?」
「ふーん……そんなになるか」
デ・ロイテルと提督が結ばれるのに少なからぬ働きをしたパースは感慨深そうな声を上げる。デ・ロイテルの方に顔を突き出してパースはいきなり切り込む。
「パジャマ姿どころか、その中身まで見られててもおかしくないくらいの時間よね?」
「ぴゃ!?」
デ・ロイテルの顔が真っ赤に染まる。ぱたぱたと両手を振りながらパースから顔を背けデ・ロイテルは早口でまくし立てる。
「や、やばいよそんなの!私と提督はそんな関係じゃないし!」
「いやそーゆー関係でしょ」
呆れ声でツッコミを入れパースは言葉続ける。
「まああなたのことだから進展遅いだろうとは予想していたけれどね」
これにはデ・ロイテルもむっとくる。図星なだけにむっとくる。眉を逆八の字にしてデ・ロイテルはパースに勢い込む。
「遅くないもん!初デートでいきなりキスしたもん!」
「それはそれは」
「これでもちゃんと一回キスしてるんだもん!」
身を乗り出して力説するデ・ロイテルを見つめ直しパースは確認するように口にする。
「……一回?」
「一回!」
「八か月で、一回?」
「こ、こういうのは量より質だもん!」
顔を真っ赤にして力説するデ・ロイテルを見つめるパースは、どのような感想を持っていいのかわからなかった。
夜のとばりの降りた提督執務室、秘書艦も帰してしまいペンの音だけが室内に響く。その音も止み、部屋の主の提督は顔を上げてソファに座り読書中の少女に向けて声をかける。
「デ・ロイテル、待たせたな。ひと段落ついたぞ」
「お疲れ様~」
ぱたんとハードカバーの本を閉じてデ・ロイテルは嬉しそうな笑顔を見せる。そのデ・ロイテルの方に足を進めその隣に腰を下ろす提督にデ・ロイテルは声をかける。
「コーヒーでも、淹れようか?」
「いや、この時間だからな」
多忙な提督の仕事上がりのひと時の逢瀬、その時間を繋いで自分は生きている―――なんて大袈裟かな、とデ・ロイテルは考える。
「すまないな、今回は休みを合わせられなくて」
「あ、ううん。しょうがないよ」
さて、今夜は何のお話をしようかな。朝方のパースとの会話を教えるわけにはいかないし―――と思いを巡らせていると、提督の視線に気がついた。
いつもにも増して真剣な表情、自分を射抜くようなその視線。その視線に少しばかりデ・ロイテルは身体を竦ませる。提督の両手がデ・ロイテルの薄い肩を掴み、その顔が寄せられる。
唇を覆う柔らかく熱い感触に、二回目のキスだと気がつかされた。目を閉じ、その感触に身を任せる。身体から力が抜けていく。心が、ふわふわと浮かび上がっていく。
提督の腕に力が籠められる。そのまま、デ・ロイテルの身体が傾いてゆく。静かな、しかし断固とした力で提督はデ・ロイテルをソファに押し倒そうと―――
その瞬間、ふたりの顔が離れデ・ロイテルからくしゃみが放たれた。
「へっくち!」
世界が、音を取り戻した。両手をパタパタさせながら姿勢を直したデ・ロイテルが提督に謝罪する。
「わわっ、ごめんなさい!こんな至近距離で!」
「いや、構わんが……」
自分を飲み込もうとした雄の気配が嘘だったかのように提督はデ・ロイテルに笑顔向ける。
「もうこんな時間だな。デ・ロイテルも部屋に帰りなさい」
「あ、はい……」
何もなかったかのような提督の態度、しかしその瞬間は確かにあった。なかったことになどできるはずもなかった。“その瞬間”は確かにデ・ロイテルの心臓に刻まれた。
翌日、座学の時間を終えデ・ロイテルは鎮守府本館の中庭を歩く。顔を伏せ気味に、昨日のことを思い出しながら。
「デ・ロイテル」
「あ、提督……」
思い描いていたその人が近づいてくるのを認め、デ・ロイテルは足を止める。知らず、片手を胸に当てる。そのデ・ロイテルの一歩前に立ち止まり提督は気さくな声を向ける。
「今は、休憩中か?」
「あ、うん。次の講座まで少し時間空いたから……」
そうか、と微笑む提督からは優しさしか感じられない。デ・ロイテルは昨夜のことを思い出す。二回目のキス、優しいキス。そしてそこから起きかけたこと―――
―――この優しい人にできることは何だろう、答えは既にわかっていた。
ペンの音だけが響く提督執務室、秘書艦も帰ってしまい提督ひとりきりのその時間。その静寂を控え目に割るように遠慮がちなノックの音が部屋に響く。
「どうぞ」
提督の応えに応じて扉が開く。姿を現したのは、デ・ロイテル。
「やっぱりデ・ロイテルか。ちょうどひと段落ついたところだ。今夜はどんな話を―――」
「提督」
決意をその瞳に秘め、デ・ロイテルは提督に告げる。
「今夜、お部屋には戻らないってパースに言ってきた」
その言葉を提督は静かに受け止める。椅子から立ち上がり、デ・ロイテルのところに向かう。デ・ロイテルの一歩前で立ち止まりその肩に手をのせると、少女が微かに震えているのがわかる。
「……無理、しているんじゃないのか?だったら……」
「無理しなきゃ、無理できないよ」
伏せていた顔を上げ、ほのかに濡れた瞳で提督を見据えデ・ロイテルは囁くような言葉奏でる。
「ホントは、怖いよ……だから、この怖さを提督が追い払って」
頷く代わりに顔を寄せる。少女の唇を優しく奪う。三回目の、キス。ふたりの何かが変わる、キス。
デ・ロイテルを誘い執務室を離れる。向かう先は、ほど近い提督の私室。執務室の扉が閉まる。後には、静寂だけが残される。
提督愛用の万年筆が、執務机の上で鈍い光を放つ。
了