Pieces of a Story about the Fleet Girls 作:青色3号
ある日、深海棲艦はその姿を消した。
もう何度目になるかわからない大規模作戦、しかしその作戦を期に深海棲艦は急速にその勢力を減じていった。瞬く間に出現個所を減らし、個体数を減らし、いくばくもせず世界の海からいなくなった。
数か月後、各国政府は「深海棲艦との戦争終了」を宣言した。
戦いから解放された艦娘たちを待っていたのは半年間にわたる鎮守府の施設を目的替えしての社会復帰プログラムだった。海の上で、あるいは工廠で生を受け、生まれ落ちたときから艦娘としての戦いの日々を送ってきた彼女たちに与えられた教育プログラム、神風型駆逐艦一番艦・神風もそのプログラムの受講者だった―――
―――殺風景な鎮守府の会議室にしつらえられたパイプ椅子に神風は身体を固くして座る。これから社会に参加するにあたっての新しい身分を与えられるのだ。目の前に三人の官僚が机越しに座っている。そのうちのひとり、法務省民事局から派遣されてきた官僚が神風に簡単に告げる。
「神風型一番艦、神風……戦後戸籍名『神林紅緒』」
これから社会で名乗ることになる新しい名前、その名前を聞いて神風は思う。
―――ふーん、紅緒か……なんだかオシャレでいいじゃない。なんかどっかで聞いたことある響きのような気もするけれど……まあいいわ。
そこで法務官僚は一拍置き、なにか言いづらそうに眉をしかめると言葉を続ける。
「戦後身分、中学2年生編入を相当とする」
―――ちゅ……
「ちゅ~~~~~~~がくせえ~~~~~~~~~~~!!!???」
神風の素っ頓狂な声が会議室に響いた。
ドタドタと派手な足音が廊下の向こうから近づいてくる。「あ、来たな」と提督執務室で書類に向かいながら提督は思う。果たして、バン!と扉をはね開けて紅の袴の艦娘が真っ赤な顔で現れる。
「司令官!私が中学生ってどーゆーことよ!」
予想はしていた神風の怒りにあてられつつも、提督もこの期に及んでうまい言い訳が見つからない。見つからないまま提督は言い訳にもならない言い訳をしようとする。
「いやまあ戦後査定の内容は俺にはどうしようもないから……」
「それじゃなに!?司令官は中学生の女の子にあーんなことやこーんなことをし続けていたってわけー!?」
「昼間っから何を言っとるんじゃお前は……というか、その話ここでする?」
恋人同士として深い仲のふたりではあるが、ここでその話をされるとやりづらい。やりづらいまま提督はなんとか神風を宥めようとする。
「まあお前の見かけや日頃の言動を総合的に判断すれば妥当な結論だとは……」
「どこが妥当よー!」
「お前、たまにおばあちゃん扱いされると怒ってたじゃないか」
「中間はないのかー!」
腕をぶんぶん振り回しつつの神風の抗議はそれからも続いた。
到底納得できるはずもなく、それでも査定の結果を覆せるはずもなくぷりぷりと怒りながら神風は駆逐艦寮の自室に戻る。同室の朝風が声をかけてくる。
「おかえり、神風姉ぇ。新しい制服届いてるわよ。中学の」
「手際よすぎじゃないですか!?」
和室の真ん中に鎮座する箱を一瞥して神風は腕を組み目を逸らし断言する。
「私、着ないからねそんなの!絶対着ない!」
「あら、着ないの?学校に通う前に試着はしておいた方がいいわよ?」
「中学校になんか通わない!」
反抗期の中学生のような態度で神風は腕を組んだまま制服に背中を向けていたが、しばらく無言でいるとちらりと制服の箱の方に顔を振り向かせて呟く。
「ん、でも、まあ……袖を通すくらいは、いいかな」
好奇心に負けた形で神風はひょこひょこと箱に近づいていった。
白ブラウスにブルーのリボン、ベージュのブレザーに黒に近いグレーのプリーツスカート。その真新しい制服に包まれ神風は姿見の前で声をあげる。
「わあ……」
なんだか、自分じゃないようだ。こうしてみると、本当に市中の学生と変わらない。新しい身分を受けたような気がして、いや実際受けるのだが、神風は姿見の中の自分の姿に目を見開く。
「よく似合ってるわよ。かわいい」
「そ、そうかな。えへ、えへ、えへへへへ……」
朝風の言葉に頭を掻き掻き照れ笑いを浮かべる。腕を広げてくるりと身体をターンさせ神風は部屋を横切る。
「ちょっと、司令官に見せてくる!」
チョロいわね、という言葉は朝風の口からはかろうじて発せられなかった。
扉を開けてベージュのブレザーの少女が提督執務室に現れる。満開の笑顔を浮かべ神風は机の向こうの提督の前でくるりと身体を一回転させる。
「見て見て司令官!新しい、制服!」
「おお、かわいいな」
提督もつられるように笑顔になる。身体を回転させたり左右に揺らしたり神風はしばらく真新しい制服姿を提督に披露していたが、身体の動きを止めるとしげしげと自分の姿を見やり呟く。
「それにしても最近の学校制服はオシャレねえ~……」
「まあ袴姿の女学生の時代に比べればな」
「……私はセーラー服や紺ブレの話をしているんだけど」
「ゴメンナサイ」
ジト目を向けてくる神風に提督は頭を下げた。
新しい制服がいたくお気に召したようで神風はその格好のまま執務室で過ごす。ソファに座って足をぶらぶらさせる神風に、仕事がひと段落した提督が近づいてくる。
「やっぱり新鮮だな。それにしても可愛いな」
「ちょ、ちょっと待って!こんなところで制服プレイなんていけないわ!風紀が乱れる!」
「お前、俺を何だと思ってる」
真っ赤な顔で腕を提督に向けて突っ張る神風に提督は呆れ顔向けた。
即席ファッションショーをいつまでも続けていたかったが、午後は午後とて社会復帰プログラムの講義があり神風はいつもの袴姿に戻って他の艦娘たちと混じって教室の椅子に身を下ろす。戦時中も公休日は街中にお出かけしたりしていた艦娘たちだが、いざ街で暮らしていこうと思えば知らなければいけないこと、覚えなければいけないことは山とある。例えば鎮守府では寮の部屋に鍵などなかったが、これからは外出のたびに扉に鍵をかける習慣を身につけなければならないのだ。
今日の午後の講義は防犯の中でも”特殊詐欺”についてだった。黒板の前で具体的な詐欺の手口について述べる講師の話に神風は熱心に聞き入った。
講義も終わり神風は講義棟の廊下を歩く。と、ポケットに収めたスマホが振動する。
「はい、神風です」
「おう、俺だ」
「あ、司令官?」
聞き慣れた声に神風はなんの疑いもなく応える。
「いつもと電話番号が違うわね」
「ああ、今主計課の部屋からかけているからな」
「ふーん」
特に不審に思うこともなく神風は提督の言葉を受け取る。
「今日の講義はどうだった?」
「ふふん、振り込め詐欺の手口は覚えたわ。もう完璧よ!」
「毎日のように新しい手口が現れるから日々警戒が必要なんだが……ところで」
そこで提督は声の調子を変え、困ったような口調で神風に告げる。
「鎮守府の手持ち金庫を失くしてしまってな……100万円穴埋めしなきゃいけなくなった。100万ほど貸してくれないか?」
スマホを持ち直し慌てた口調で神風はまくしたてる。
「た、大変!今すぐ用意するわ!100万円は、司令官の口座に振り込めばいい!?」
「お前、今すぐ補講の申し込みしてこい」
提督と防犯講師にこってりお説教され、さすがの神風もしょげかける。提督執務室のソファの上で膝を丸めて抱え込み、神風はくすんと鼻を鳴らす。
「どーせ私は単純ですよーそうですよー」
「講義直後にアレでは流石にな」
書類仕事を勧めながら提督が神風にトドメを刺す。うりゅ、と涙浮かべる神風の姿に流石に提督もかわいそうになったか、仕事の手を止め神風の座るソファのところまで移動する。神風の隣に腰を下ろし、その薄く小さな肩に手を回し囁きかける。
「でもまあ、そんな純真な神風が俺は好きだよ」
神風の濡れた瞳が提督に向けられる。その視界に提督の微笑みが映る。ふたりの顔が近づいていく。ふたりの唇が触れ合おうと―――
バン!と扉が跳ね開けられ雷が飛び込んでくる。
「司令官、入るわよ!」
「「あわわわわわわ」」
埠頭に立ち、神風は海を見つめる。海風が神風の髪を靡かせる。水平線の向こうに目を凝らす神風の姿を認めた提督が神風の背中から声をかける。
「こんなところにいたのか、神風」
「うん」
水平線を見つめ続ける神風の隣に提督は立つ。その提督に向けてか、自分に向けてか、神風は呟く。
「もうこの海に深海棲艦はいないのね」
「観測されない、ってのが正確だけどな……もういないのかな」
「うん、いない。なんとなく、わかる」
それは艦娘としての直感か、時を同じくして消えた妖精さんたちの不在の告げる感覚か。どちらにしても神風の言葉に強い説得力を感じて提督は神風に語りかける。
「これからは、海の向こうでもどこへでもいけるな」
「そうね」
「アメリカ、イギリス、ドイツ、オーストラリア……」
「あ、私スイス行きたい!ハイジ!」
自分を見上げ笑顔を咲かせてそんなことを言う神風に提督は優しい声向ける。
「そうか、連れて行ってやる」
「約束ね!」
「ああ、約束だ」
今まで、生きて帰る約束をいくつも紡いできた。今まで、幾度も生き残ってきた。その果ての約束、その果ての明日。これから、どんな明日が待っているのだろう、どんな人生が待っているのだろう。
それが何であれ、前を向いて生きていこう。取り戻した平和を、生きていこう。この人とふたり、生きていこう。そう神風は心に誓う―――
―――砲声のない明日を、迎えて。
了