Pieces of a Story about the Fleet Girls 作:青色3号
ベージュ色のチノパンはいつも履き慣れている純白の海軍将校制服より柔らかい。3月とはいえ風はまだ肌寒いからジャケットを羽織ってきてよかった。しかしこの紺のジャケットもいささか定番に過ぎるな。あまり服装に凝る方ではないが、今度別の色を試してみるか。
鎮守府の正門に向かう途中で部下の軽巡娘に行き逢った。
「提督、お出かけですか?」
「おう大淀。今日は公休日でな」
敬礼の代わりに片手をひらひら。軍属ではあるが軍人ではなく、戦う存在ではあるが戦士の振る舞いは教育されていない艦娘たちとの付き合い方も堂に入ったものだ。同じように手をひらひらさせてくる大淀に笑顔を返して俺は正門を潜った。
途端、二組の視線を感じる。一組は慣れたものだ。俺の警護に当たる憲兵隊の隊員たち。
では、もう一組は?外国の諜報員か?
……いや、この素人臭さは違うな。反戦過激派か……反艦娘過激派の構成員か?
振り返って正体を確かめるか……それとも、撒くか?しかしここで尾行を撒くような行動を取れば警護の奴らにいらん苦労を与えることになってしまうな。とりあえず気が付かないふりをしておくか。
公園の時計台の下、彼女は先にそこにいた。
「提督〜、待ちくたびれちゃった〜」
「すまん、荒潮。いつも通り5分前についたんがな」
「ウソウソ。そんなに待ってないわよ」
琥珀色の大きな瞳にふうわりと背中まで広がる栗毛のロング。ピンクのジャケットでその華奢な身体を覆いカモシカのような脚をグレーのミニスカから伸ばしている。
ああチクショオ、今日もかわいいなコイツ!
かわいいよな、ホントかわいいよな。この子が俺のカノジョなんだぜ?全世界に向かってざまーみろ!
「じゃあ行くか。スパイアクション映画だったか?」
「そうよ〜。今、評判らしいの」
視線の主は三組に増えている。増えた一組は荒潮についている県警のSPたちだ。ということは、あの正体不明の一組はまだ俺たちを尾けているってことか。
「提督、どうしたの?早く行きましょ?」
「ん?ああ」
荒潮を誘い、歩き出す。尾行されていることなど想像だにしてないだろう荒潮を気遣いながら。
映画館のスクリーンの中、主人公のスパイが接触先目指して夜の路地裏を歩く。その後をひっそりと尾けるのは敵国の秘密警察の局員たち。
スクリーンを見つめる荒潮がぽつりと呟く。
「尾行されるって、本当にあるのねえ〜」
「そりゃあ……あるさ」
現に今も俺達に三組……
……ん?一組減ってるな。目的を達して、ずらかったか?公園で待ち合わせして映画館に入っただけなんだがな。シロートのやることはよくわからん。
「あ、見つかった!」
「さあ、ここから派手なドンパチかな?」
まあいい、映画館の中でなにかあることもなかろう。ここは悪いが警備の二組に任せて映画を堪能するとしよう。それにしても最近のCGは凝ってるな〜。
映画を観終え、街に戻ると視線も三組に戻っていた。
……まじか!あいつら、映画観てやがった!俺等の尾行を一旦置いてスパイアクションに耽溺してやがった!おいおい、素人にもほどがあんぞ。尾行対象と一緒に映画鑑賞に勤しんでどうする!
「提督、どうしたの?変な顔して」
「ん?俺、そんな変な顔してたか?」
いかんいかん、表情に出てしまっていたか。俺も修行が足りないな。というか、荒潮と付き合うようになってから俺も感情表現が豊かになった気が……
荒潮のリクエストで商業ビルのひとつに入る。婦人服でも見るのかなと思っていたら荒潮がエスカレーターを降りたのは紳士服・紳士雑貨のフロアだった。
ショーケースに並ぶ紳士用鞄を見つめる荒潮の背中に問う。
「なんで、紳士用なんか探してるんだ?」
「ん〜?もうすぐ提督のお誕生日でしょ?プレゼント、何がいいかなと思って」
「……誕生日?俺の?」
「……忘れちゃったの?」
ショーケースから視線を外してこちらに呆れたとも驚いたともつかぬ表情を荒潮は見せる。
「荒潮や他の艦娘たちの進水日は忘れないのに自分のは忘れちゃうのねえ〜」
ぐうの音も出ない。それにしても……こいつわざわざ俺にプレゼントを?
まじ天使かよコイツ!!
ああ撫で回したい抱きしめたい。人目がなけりゃ即やってる。なんて幸せものなんだ俺は。全世界に向けてありがとう!
「あまり、気を使わなくていいぞ?」
「そういうわけには行かないわよ〜……うふふ、お誕生日楽しみにしててね〜」
にっこり笑う荒潮を見つめる俺の顔は、多分これ以上なくニヤけていたと思う。
三組の尾行者をお供につれてのデートもそろそろ終わりだ。鎮守府の正門を潜ると少し名残惜しい気持ちになってしまう。どうせ明日も鎮守府の中で会うのにな。
「じゃあね、提督。おやすみなさ〜い」
「おう、またな」
手のひらを振って寮に帰る荒潮を見送る。俺も、鎮守府本館を目指す。とりあえず自室に戻って楽な格好に着替えるか。
……まだ、視線を感じるな。
鎮守府の正門を潜ったときから視線のうち二組は消えている。それはそうだ、鎮守府内で俺たちを警護しなけりゃならないほどこの国の国防機関の情勢は悪くない。残る素人の尾行者の正体はするってえと……
いきなり走り出し、建物の角を曲がったところで立ち止まる。壁に背中を付け、慌てた様子でこちらを追う足音に耳を傾ける。タイミングを見計らって飛び出すと……
「きゃ!」
「ひゃ!」
「……金剛?榛名?」
……そこにいたのは部下の艦娘ふたり。流石に呆気にとられて俺は私服姿のふたりに問いかける。
「俺を、朝から尾けてたのはお前らか?」
「わわわっ、気がついていたのですカー!」
「お姉様、あっさり認めちゃダメです!」
慌てるふたりに俺は質問を続ける。
「なんだって、俺を一日尾けたりしたんだ?」
「そ、それは……テートクのお誕生日が近いから……」
「お姉様!」
ぱちくりと目を瞬かせて俺は口にする。
「誕生日?」
「そ、そのサプライズパーティーのプレゼント、何がいいかわからなくて……」
「お姉様!」
それで一日俺を尾け回したってわけか。プレゼントのヒントを得ようとして。思わず頬が緩むが、この場合仕方ないよな?
「そうか、ありがとう」
「はわわ、全部喋ってしまいましター!」
「もうお姉様、ダメですぅ!」
榛名のその声を合図に、ふたりはくるりと背を向けて駆け出してゆく。その並んだ背中に俺は声を投げる。
「パーティー、楽しみにしてるぞー」
「はわわ、忘れてくだサーイ!」
小さくなってゆく背中を見送って、俺は再び本館に向かう。正面玄関に繋がる階段を登り、建物の中に足を踏み入れながら俺はしみじみ思う。
俺は、幸せものだな。恋人に恵まれて、部下に慕われて。建物に入ったところで白い海軍制服に身を包んだ壮年の士官に出迎えられる。
「中将閣下、お待ちしておりました」
そう、俺は幸せものだ。
「参謀長、どうした?」
「お休みの日に申し訳ございません。深海棲艦に新たな動きが」
「そうか、制服に着替えて執務室に向かう。報告はそこで聞こう」
たとえ、今が戦時中であるとしても。
了