さて、あれから時は少し流れ強襲科の授業。
強襲科の
「お前らぁ、やるからには犯罪者相手やと思って殺す気でやり合え! 半端なことしたらウチが殺すぞ!」
この武偵校においてもトップに位置する危険人物である蘭豹先生は、愛銃である
楕円形上のフィールドの周りには防弾ガラスの衝立が建てられており、その向こう側には野次馬という名の強襲科生たちの姿が。
「殺すつもりで行けって、蘭豹先生は難しいことを言うよね」
「犯罪者との戦いは常に捕まえるか死ぬかよ。その心構えでいかないと、いつか足元を掬われるのは確かだわ」
屈伸をしつつ、蘭豹先生の言葉に若干の同意を示す神崎さん。
そんな彼女と対面に立つ僕たちは、刃を潰した模擬戦専用の刀を鞘に納めその重量を手に馴染めていた。
そんな様子を準備運動をしながら観察していた神崎さんは
「銃は使わないのね」
「生憎と銃が壊滅的でね。まぁ、昔から
「そう。そしたらあたしも同じ条件で戦うわ」
その一言に瀬奈の額に小さな青筋が浮かぶ。
おそらく彼女は挑発的に言ったのではないとはわかっているが、今の瀬奈にその発言を聞かせるのは少しまずかった。
「随分と舐めてくれるな、神崎・H・アリア」
「別に舐めてるとかそういうわけじゃないわ。ただ、あたしだけ銃ありじゃフェアじゃないでしょ?」
「……まぁいい、悪気は感じないからな。それならば、銃を使わせるほど追い込めばいい話だ」
「そういうことよ。まぁ、やれるものならやってみなさい」
……なんか勝手にヒートアップしてるけど、あくまでも模擬戦だからね? お互い本当に殺し合いそうな雰囲気だしてるけど、そこはわかってるよね?
互いに火花を散らし合いながら、瀬奈と神崎さんは模擬刀を構える。
「制限時間はなし! 互いに再起不能になるまで存分にやりあえや!」
再起不能はいけませんよ先生。
そんなセリフを口に出す勇気はなく、胸の中だけの反論にとどめる。
蘭豹先生はまるで運動会の徒競走のように、その愛銃を天に掲げると
「模擬戦開始や!」
――ドォゥッ!
普通の拳銃など可愛らしいほどの轟音を合図に、瀬奈と神崎さんはほぼ同時に駆け出した。
「それじゃ見せてもらうわよ! あんた達の実力!」
「望むところだ!」
甲高い音を立てて、潰れた刃同士がぶつかり合う。
瀬奈の身長は160センチと少し。対する神崎さんはおそらく140センチ程度だろう。上から押さえつけるような形となるが、受け止める神崎さんの表情に焦りはない。
抑えつけた刀を自身の刀身を滑らせるようにして横に逸らすと、さらにその力を利用し右回し蹴りを瀬奈にお見舞いする。
「ぐっ!?」
「へぇ、いい反応するわね」
すんでのところで片手を刀から離し、頭部への直撃を防御する瀬奈だが、小柄な体からは考えられない力に横に吹き飛ばされる。
対する神崎さんはガードされるとは思っていなかったらしく、少し感心したように笑みを浮かべていた。
「さて次はあんたね。さっさとかかってきなさい」
「わかった。それじゃいくよ!」
クイクイ、と指を折り曲げて挑発のポーズをとる。
さて、Sランク武偵相手にどこまでできるか……。
地を蹴り、できる限りの全力で神崎さんへ肉薄する。
そのまま勢いに任せ袈裟切りをするが
「遅いわね!」
その声とともに神崎さんの姿が視界から消える。
バスケットで言うダックインのように、視界に斜め下へと素早く潜り込まれ、標的を失った僕の刀は空しく空を切り、伽藍洞になった脇腹へ強烈な蹴りをお見舞いされる。
「うぐっ!」
何とか体を捻って受け身を取り、衝撃を可能な限り少なくする。
痛む脇腹を押さえつつ、すぐに立ち上がると、今度は自分がとばかりに瀬奈が横を駆け抜けていった。
「――五の太刀『五月雨』」
横一文字に刀を振るう。
その軌跡を読んでいた神崎さんは姿勢を低くして回避するが、
「っ!」
空を切った左手には振るったはずの刀は握られておらず、少し驚いた神崎さんは目を見開かせたまま視線を瀬奈の右手へ向ける。
そこには空中に置き去りにされた刀があり、それを残された右手でキャッチした瀬奈は、未だ身を低くしている神崎さん目がけて振り切る。
「――ちっ!」
しかしその虚を突いた一撃すらも、並外れた反射神経と身体能力を持ってバク転で回避してしまう。
もはや常人ができる動きじゃないな……。瀬奈も確信をもって打った一撃だったけど、躱されてしまった以上、二度目は同じ手は通じないだろう。
「面白い剣術ね。どこかの流派の技?」
「私は桃哉様の『牙』。桃哉様のためになるならと、どんな資料も読み漁り鍛えてきた」
そう言いながら、瀬奈は刀を鞘に納める。
幼い頃から僕のためにと、いつも頑張ってくれていたことを知っている。彼女の家に伝わる巻物も、漫画といったフィクションの産物ですら、彼女はその技をものにするため日々刀を振るってきた。
「……桃哉様、1分時間をください。そしたら、私があの鈍らを叩き切ってみせます」
「わかった。信じてるよ、瀬奈」
とは言ったものの、1分の時間を神崎さん相手に稼ぐのは相当骨が折れるだろう。
僕たちの会話を聞いていた神崎さんも、不機嫌そうに眉を顰めている。
「そっちならともかく、あんたに私を1分も足止めできると思う?」
「そうだね。模擬戦のままだったら難しいかもしれないね。」
そう、これが模擬戦であると僕自身が思っている以上は。
蘭豹先生が言った通り、これは対犯罪者との戦いだと、僕は自身に言い聞かせる。
相手は同級生ではなく
「神崎さん、僕はこれから君を
「あら、レディ相手にその言い方はないんじゃない……って、冗談で言っているわけじゃないようね」
何かを察知したのか、腰からもう一振りの刀を抜き双剣の構えを取る。
僕の準備も整ったし、ここからは
先ほどと同じように大地を蹴り、神崎さんに肉薄する。だが神崎さんの表情は、前回とは違い驚愕へと変わっていた。
「さっきより速いのね!」
瞬きの間に間合いを潰し、今度は躱す暇もない速度で袈裟切りをお見舞いする。
「力も強くなってるようだし、いったい何をしたのかしら!?」
両手の刀で受け流した神崎さんは、もはや手加減はないのか頭部目がけて蹴りを入れてくる。
ただ、その一連の動作は
先ほどまでと違い、スローモーションのように映る世界の中、顔面までほぼ10センチというところまで近づいてきた神崎さんの右足を、膝を沈めて回避する。
まさか回避されるとは思っていなかったのか、まんまるな
ただ動揺は一瞬。すぐに頭を切り替えると、空ぶった勢いを利用して双剣を横薙ぎに振るってきた。
流石はSランク武偵。常に次の動きを考えて動いているのだろう、攻撃への繋ぎが淀みない。
でも、僕だって黙ってやられるわけにはいかない。瀬奈が僕を信じてくれているんだから、せめて彼女への繋がる一手を!
「そりゃあッ!」
「これも防ぐってわけ! 面白いわね!」
潰れた刃が僕に届く直前に、振り下ろした刀を無理やりに振り上げてかちあげる。
無理やりに動かした反動で、直ぐには次の動きへ繋ぐことができないが、それでも一瞬だけ彼女の自由を奪うことには成功した。
宙に浮かび、胴はがら空き。この瞬間を彼女が逃すはずがない。
「――お見事です、桃哉様!」
僕の頭上を飛び越え、誇らしげに叫ぶのは、先ほどまで後方で待機をしていた瀬奈だった。
刀身を鞘に納めたまま、居合の構えで突っ込む彼女だが、神崎さんはこの刹那の差で防御の構えを取っていた。
……本当に、本当にすごい武偵だ。これで彼女が銃を使っていたのなら、ここまで追い込むことはできなかっただろう。
「……
「四の鞘――」
「
鞘から解放されたその一太刀は、白銀の軌跡を作り神崎さんの双剣を真ん中から叩き切った。
カランカラン、と空しい音を響かせ地へ落ちる二つの
その光景を目にした神崎さんは一瞬目を伏せ、即座にスカートの中に忍ばせた二丁拳銃を引き抜く。
「……まさかここまでやられるとわね。正直予想外だったわ」
「僕の友人もなかなかやるでしょ?」
「えぇそうね。ただこの模擬戦はあたしの勝ちよ」
僕と瀬奈、それぞれの頭に向けられた銃口。
武偵法9条により、武偵は人を殺めるのを禁じられている。ただしこれは対犯罪者を想定した模擬戦。
犯人に銃口を向けられた時点で、僕たちはほぼ殺されているも同然だ。
「ただし、勝負はあんた達の勝ちね。拳銃抜かされちゃったもの」
やれやれと頭を振り、してやられたという風に笑う。
どうやらひと泡を吹かせることには成功したらしい。
「あんたのことについては、また後で聞かせてもらうとして」
「キンジの件だね。話はするけど、人気のないところで頼むよ」
「わかってるわ。放課後、あたしの指示した場所まで来なさい」
そう言い、連絡先の書かれた紙を僕に渡すと、神崎さんは踵を返して体育館を後にした。
「ごらぁ、なに勝手に終わっとんねん! 再起不能になるまで言うたやろうが!」
「さて、模擬戦が終わってすぐだけど――逃げるよ、瀬奈!」
「はいっ、桃哉様!」
ご立腹な蘭豹先生に捕まる前に、僕と瀬奈は顔を見合わせ第1体育館の出口へと駆け出した。
Sランク武偵にこれ以上ないほどの善戦をしたことに対する、仲間たちの歓声と拍手を身に受けながら。
――しかし結局は校内放送で呼び出しを喰らい、後日僕と瀬奈は仲良く蘭豹先生からの