五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない   作:熊々

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ワンピース×呪術廻戦のクロスオーバー、転生IF長編連載になります。

主人公は前世が日本の救命医、現世は無下限呪術持ち。マリンフォード戦争でエースを救うことを当面の目的に、ロジャーの遺志・"D"の謎・自分が転生してきた理由を追っていく話です。

第1話は導入回。前世の死から転生、五歳の悲劇、レイリーとの邂逅までを一話で駆け抜けます。少しだけシリアス強めですが、第2話以降は本来の飄々とした主人公像が前面に出てきます。

俺TUEEE・原作改変・ハーレム・微エロ・暗殺要素、ぜんぶ詰めます。気軽に、お暇なら、最後まで付き合ってください。

ご感想・★評価・お気に入り登録は、何より続きを書く燃料になります。よろしくお願いします。


第一話 死神、異世界で生き返る

海軍本部マリンフォード——処刑台。

黒い処刑刀が振り下ろされる、その刹那。

 

「——おっと。間に合った」

 

空間が、歪んだ。

処刑刀は、ポートガス・D・エースの首筋から二センチ手前で、見えない壁に阻まれて止まっている。

 

戦場の全員が、沈黙した。

海軍も、海賊も、白ひげすらも、その男の存在を、その瞬間まで認識できなかった。

 

黒髪に、片目だけ蒼い瞳。腰には二振りの刀。

男は処刑台の上で、エースの肩を軽く叩いた。

 

「よ、エース。遅くなって悪いな」

 

——三日前。シャボンディ諸島。

俺、レイヴン D アズールが、この戦争に介入を決めた日まで、時を遡る。

 

 

いや、もっと前から話そう。

そもそもの始まり。俺がまだ「アズール」じゃなかった頃の話だ。

 

 

烏丸蒼(からすま・あおい)、二十九歳、救命救急医。

それが前世の俺の名前だった。

 

その日も、当直明けからの連勤だった。三十六時間ぶっ通しで救急車を捌いて、ようやく交代の時間。同僚の研修医は仮眠室で死んだように寝ていて、起こすのが忍びなくて、俺はそのまま病院を出た。

 

ロッカーの鏡に、ひどい顔の自分が映っていた。クマと無精髭。前髪はぺしゃんこで、白衣の袖には誰のものかわからない血が乾いている。

 

毎度のことだ。

毎度のことだから、もう、何も思わない。

 

「先生、お疲れさまでした」

 

夜勤明けの看護師が頭を下げる。俺は片手を上げて応える。声を出すのも面倒だった。

 

外はもう薄明るい。冬の朝の、青っぽい空気。

 

——コンビニでコーヒーでも買って帰るか。

 

そんなことを考えていた。帰っても誰もいないアパートに、淹れる気もないコーヒーを買って帰ろうとしていた。前夜亡くなった患者の顔を、忘れたくて忘れたくて、それでも忘れられない朝だった。

 

裏路地に入ったのは、別に近道のためじゃない。ただ、駅前の人混みを避けたかっただけだ。三十六時間も人の血を見続けたあとに、健康な人間の喧騒は、なぜか妙に応える。

 

背後に足音。

振り返る暇もなかった。

 

「死ねよ、医者」

 

腹に、熱。

そのあと一拍遅れて、痛みが来た。

 

崩れ落ちる視界の端で、男が走り去るのが見えた。顔は見えない。ただ、笑っていた気がした。

 

ああ、なるほど。通り魔か。それとも、俺が救えなかった患者の遺族か。

どっちでも、もういいや。

 

冷たいアスファルトの上で、俺は自分の血溜まりに浸かりながら、ぼんやりと考えた。

 

「……人を救うために生きてきたのに、人に殺されるのか。皮肉だな」

 

そのまま、意識が落ちた。

 

 

——気がつくと、白い空間にいた。

天井も床も壁もない。ただ、白い。

 

「やあ、烏丸くん」

 

正面に、人影が立っていた。性別も年齢も判然としない、ぼんやりとした輪郭の何か。

 

俺は周囲を見回した。脇腹を確認する。傷はない。血もない。白衣すら、汚れていない。

 

「死後の世界?」

「まあ、そんなところ」

「あんた、神様か」

「神様というには俗物すぎるね、私は」

 

ぼんやりとした人影は、笑った——気がした。表情はないのに、笑ったとわかる。不思議な感覚だった。

 

「単刀直入に言うよ。烏丸くん、君を異世界に転生させたい」

「……は?」

「君は人を救いすぎた。その業が、こちら側にも届いていてね。一度、好きに生きてみたらどうだい」

「いや、好きに生きるって——」

「能力もつけてあげるよ。何がいい?」

 

選択肢の意味がわからなかった。頭が回らない。死んだ直後で、感情のスイッチがまだ戻っていない。

俺はとりあえず、その時いちばん憧れていたものを口にした。

 

「……無下限呪術」

「いいよ」

「は」

「いいよ、って言ったんだ」

 

軽すぎる。人類の到達点みたいな能力を、コンビニのレジくらいの軽さで譲渡された。

 

「ちなみに転生先は、君が好きなあの海賊漫画の世界ね」

「待って」

「五歳のとき、君の住む島に海賊が来る。これは確定事項。変えられない」

「待ってくれ」

「あと、ひとつだけ忠告」

 

ぼんやりとした人影は、すこし真面目な空気をまとった。

 

「君の母親になる女性は、強くて優しくて、きっと君が好きになる人だ。でも、彼女の運命は、私には書き換えられない」

 

——その言葉の意味は、五年後にわかることになる。

 

意識が、ふっと白に溶けた。

 

 

次に目を覚ましたとき、俺は赤ん坊だった。

視界はぼやけている。手足は短く、自分の意思で動かない。産湯につけられて、さっぱりした布で包まれた。

 

「——可愛い男の子ですよ。お母さん」

 

しわがれた女の声。産婆だろうか。

そして、温かい腕に抱き上げられた。

 

「ああ……」

 

その声を聞いた瞬間、なぜだか涙が出た。赤ん坊の身体だから、涙腺が緩いだけかもしれない。それでも、確かに、俺は泣いた。

 

「アズール」

 

母親の声は、夜明けの海みたいに澄んでいた。

 

「あなたの瞳の色から取ったの。アズール。アズール・D・レイヴン」

 

——"D"。

転生して最初に得た情報がそれかよ、と内心ツッコミながら、俺はその腕の中で目を閉じた。

 

温かかった。前世で死ぬ間際に感じたアスファルトの冷たさを、上書きするように、温かかった。

 

 

五年は、あっという間だった。

 

母さん——ミラ・レイヴンは、漁師町の薬師だった。父親はいなかった。「あなたが生まれる前に、海に出たまま帰ってこなかった」と母さんは言った。それ以上は聞かなかった。聞くべきじゃない気がしたから。

 

母さんは強い人だった。朝はまだ暗いうちから薬草を煮て、昼は漁師たちの傷を縫い、夜は俺に絵本を読んで聞かせた。前世で何百人もの母親を見てきた俺の目から見ても、母さんの強さは、ちょっと頭ひとつ抜けていた。

 

なのに、俺の前ではいつも、優しい声で笑った。

 

「アズール、また高いところに登ってるの。落ちたら知らないわよ」

 

そう言いながら、結局、両手を広げて受け止めてくれる人だった。

 

俺は赤ん坊のフリをしながら、密かに無下限呪術の制御を練習した。

順転、反転、虚式『茈』。

教科書通り——というか、原作通り——能力は発現していた。ただし五歳の身体は脆弱で、術式を一度展開しただけで意識が飛びかける。

 

それでも、毎晩、屋根裏でこっそり練った。母さんの寝息を聞きながら、人差し指の先に黒い球を作っては消した。

 

——いつか役に立つときが来る。

 

そう思っていた。来てほしくなかったけれど、来ると知っていた。

『君が五歳のとき、君の住む島に海賊が来る。これは確定事項』。

あの白い空間の言葉が、毎晩、頭の隅で点滅していた。

 

 

その日は、よく晴れていた。

俺は浜辺で貝殻を拾っていた。母さんは少し離れた岩場で、薬草の根を掘っている。

 

風が止んだ。不自然なほど、止んだ。

顔を上げると、水平線に黒い帆が三つ、並んでいた。

 

——来た。

 

胃が、ぎゅっと縮んだ。頭ではわかっていた。覚悟していたつもりだった。

それでも、心臓は勝手に跳ねた。

 

「母さん!」

 

俺が叫んだ瞬間、最初の砲弾が浜辺の小屋を吹き飛ばした。

 

漁師町は混乱した。逃げ惑う住民。泣き叫ぶ子供。誰かの母親が、誰かの子供を抱きしめて走る。そのすべてが、無意味に近かった。

 

海賊たちは、笑いながら上陸してきた。

 

「いい島だなぁ。女も子供も、全部俺らのもんだ」

 

先頭の男がそう言って、近くにいた老婆を蹴り飛ばした。

俺の頭の中で、何かが切れた音がした。

 

 

「触れるなよ」

 

俺は前に出た。母さんを庇うように。

五歳の身体。震える膝。それでも、声だけは、前世の救命医のときみたいに冷静だった。

 

「お前らの手は、俺の母さんを撫でるには汚すぎる」

 

海賊たちは、一拍置いてから笑った。

 

「あぁ? ガキが何言ってんだ」

「親と一緒に焼いてやるよ」

「いや待て、こいつ言葉が達者だ。先に舌だけ抜いて飼うか」

 

下卑た笑い声が浜辺に広がった。男たちの数は、ざっと見ても二十を超えている。船まで含めれば、たぶん百はくだらない。

 

普通の五歳児なら、泣いて逃げる場面だ。

俺は逃げなかった。逃げる理由が、背中の母さんにあったから。

 

先頭の男が、剣を振りかぶった。

俺は右手を、前に、突き出した。

 

——『無下限』。

 

俺の周囲、半径二メートル。

そこに、見えない壁が、立った。

収束する、無限。

触れる手前で、永遠に止まる、距離の概念。

 

剣が、振り下ろされた。

 

——届かなかった。

 

刃が俺の頬の三センチ手前で、止まる。

正確には、止まっているように見える。

本当は、無限に細かく分割された距離を、剣がいつまで経っても踏破できないだけだ。

 

(——よし、効いてる)

(原作通りなら、こいつら、俺に触れない)

 

「な、なんだ……?」

 

剣を持った男が、後ずさる。

俺は左手を、上げた。

 

——順転『蒼』。

 

引き寄せの力。

五歳の指先に、青い光が、灯る。

引き寄せの座標を、海賊たちの中心に、固定する。

 

「うっ——」

「あ——」

 

最前列の三人が、青い球に吸い込まれて、一点に潰れた。

血は、出ない。

ただ、ぐしゃり、と肉の塊が、青い球の中心で重なっただけだ。

 

(……人を、こんな殺し方、するんじゃなかった)

(でも、止まれない)

 

俺は、息を、吐いた。

 

——術式反転『赫』。

 

右手から、赤い光が、放たれる。

発射ではない。

押し出す、爆ぜさせる、純粋な反発の暴力。

 

二列目の海賊たちが、家の壁ごと、吹き飛んだ。

何人かは、塀を越えて、海まで飛んでいった。

何人かは、岩に叩きつけられて、動かなくなった。

 

(……マジかよ。なんで俺、五条悟になってんの)

 

頭ではわかっていたのに、いざ発動してみると、自分でも引いた。

これ、人間が使っていい技じゃないだろ。

倫理どこ行った。

 

それでも、まだ、海賊たちは、残っていた。

船の方から、新手が、雪崩れ込んでくる。

二十、三十——いや、もっと。

 

「全員、化け物だ! 囲め!」

「逃げるな、撃て撃て撃て!」

 

銃声が、続けざまに、響いた。

 

——届かない。

無下限の壁が、銃弾を、無限に止め続ける。

 

でも。

撃たれ続ければ、いずれ集中力が、削れる。

五歳の身体じゃ、無下限を、長時間維持できない。

原作で読んだ、五条悟ですら、無下限の維持には、呪力の消耗がある。

俺は、五条悟じゃない。

五歳の、ガキだ。

 

(……一発で、終わらせる)

 

両手の指先を、合わせる。

順転と、反転を、同時に。

その狭間に、生まれる、虚の一閃。

 

——虚式『茈』。

 

 

無と有の衝突。

世界の歪みを、まっすぐ撃ち出す光。

紫の閃光が、浜辺を、貫いた。

 

音が、ない。

最初は、音がなかった。

光だけが、ただ、走った。

 

一拍遅れて、衝撃波が大気を引き裂き、爆音が浜辺を揺らした。

砂が抉れる。

海が割れる。

海賊たち、海賊船の残骸が、その先の水平線ごと、消し飛んだ。

 

水平線にぽっかり穴が開いた。

雲の切れ間に、空のもう一つの青が、覗いていた。

 

——あ、やりすぎた。

 

冷静になった瞬間、自分の戦果に少し引いた。

前世で例えるなら、すり傷の患者にエクモを繋ぐくらい過剰だ。

でも、もう取り返しはつかない。

 

 

膝が、砕けた。

 

茈の反動だった。

原作通りだ。

打った後、しばらく、術式が、回らない。

身体の中の、呪力という呪力が、空っぽになった感覚。

 

俺は、砂の上に、四つん這いになった。

吐きそうだった。

五歳の身体が、虚式に、耐えきれなかった。

 

(……動け、俺)

(動け、動け、動け)

 

なんとか、顔を、上げる。

浜辺は、静かだった。

砲撃も、悲鳴も、銃声も、全部消えた。

ただ、波の音だけが、戻ってきた。

 

——勝った。

そう、思った。

母さんを、守れた。

そう、思った瞬間。

 

視界の隅で、何かが、揺れた。

 

 

母さんが、倒れていた。

最初の砲弾だ。俺が叫ぶより、ほんの一瞬早く、最初の砲弾が落ちていた。岩場に、母さんの細い身体が、横たわっていた。

 

——気づかなかった。

戦っている間、ずっと、気づかなかった。無限の情報を扱える術式を持ちながら、たった一人の母親の生死すら、感知できていなかった。

 

「……母さん」

 

俺は走った。無下限呪術で武装した身体が、五歳の足で、砂を蹴った。

 

「母さん、母さん——」

 

抱き起こすと、母さんの胸の真ん中が、赤かった。赤い染みは、白い服の繊維に、ゆっくり、ゆっくり広がっていた。

 

呼吸はある。まだ、ある。

 

「反転術式——」

 

俺は、震える手を、母さんの胸に当てた。

負のエネルギーを、正に変換する、唯一の治癒術式。

原作で、読んだ。

五条悟が、自分自身に使って蘇生する技。

だが——他者治癒は、できない。

家入硝子という、特殊な術師だけが、例外的に他者を治せた。

 

俺は、家入硝子じゃない。

分かっていた。

それでも、試した。

試さずに、いられなかった。

医者だった俺が、試さずに諦めるなんて、許せなかった。

 

呪力を、収束させる。

反転に、反転に、反転に——回す。

 

「……っ、頼む、効いてくれ……」

 

——光は、灯らなかった。

俺の手のひらは、ただ、母さんの体温を、奪うだけだった。

 

何度、試しても。

何度、回しても。

反転術式は、俺自身の、傷だけを、塞いだ。

母さんの傷には、触れもしなかった。

 

「……っ」

 

知っていた。

分かっていた。

それでも、確かめなければ、医者だった俺が、ずっと、自分を許せなかった。

 

「母さん、目を、開けて——」

 

母さんが、薄く目を開けた。そして、微笑んだ。

その表情は、前世の救命センターで何度も見た、覚悟を決めた患者の顔だった。

 

俺の頬に、震える指で、触れた。指先は、もう、冷たかった。

 

「アズール……あなた……強かったのね……」

「違う、違うんだ、もっと早く、もっと早く動いてれば」

「……いいえ……あなたは、間に合ったわ」

 

息が、細い。

 

「母さんを、守ってくれた。それだけで、十分」

「やめろ、しゃべるな、息を整えて——」

「アズール、聞いて」

 

母さんの目が、ふっと焦点を結んだ。死ぬ間際の人間特有の、最後の明晰さ。前世で何度も見た光。

 

「あなた、ずっと、不思議な子だったわ」

「……」

「赤ん坊のときから、目の奥に、誰か別の人がいるみたいだった」

「……母さん」

「でも、母さんはね、それでよかったの。誰でもいいの。あなたが、私の腕に来てくれたなら、それで」

 

涙が、出なかった。涙腺が、出し方を忘れていた。

 

「アズール」

 

母さんの手が、俺の頬から、ゆっくり落ちた。

 

「強くなりすぎないで……あなたは……優しい子のままで……」

 

その手は、もう上がらなかった。

 

俺は、しばらく、何も考えられなかった。砂が、母さんの髪に絡まっていた。それを、丁寧に、指で払った。それしか、できることがなかった。

 

 

風が吹いた。潮の匂いがした。

俺は母さんの遺体を抱いたまま、空を見上げた。

 

——あの白い空間で、あいつは言った。

『君の母親になる女性の運命は、私には書き換えられない』。

 

そういうことか。そういう、ことか。

 

 

「やれやれ」

 

背後から、声がした。低くて、落ち着いていて、それでいてどこか軽みのある声。

俺は振り返らなかった。振り返らなくても、わかった。

 

——強い。

 

無下限の知覚を通しても、その存在感が異常に重い。海より深く、空より広い、なんとも言えない圧。

 

足音が、ゆっくり近づいてきた。砂を踏む音が、まるで音楽みたいに、規則的だった。

 

「派手にやったな、坊主」

 

足音は、俺の数歩手前で止まった。

俺は無下限を解かなかった。視界の端で、その男の輪郭を、ほんのわずかに捉えた。

 

——金色の眼鏡。白くなりかけの、長い金髪。背中の、太い棒。

 

ぴしり、と背筋が冷えた。

知っている。俺は、この男を、知っている。

 

「……レイリー」

 

口が、勝手に動いた。

男は、わずかに眉を上げた。眼鏡の奥の目が、ほんの少しだけ、面白そうに細められた気がした。

 

「俺の名前を知っているのか、坊主」

 

しまった、と思った。

——口が滑った。完全に滑った。漫画キャラ相手にうっかり名前を呼ぶの、転生者あるあるすぎて自分で笑える。今は笑えないけど。

 

でも、もう遅い。

俺はゆっくり振り返った。無下限を解き、母さんを地面に横たえ、その瞼を指でそっと閉じてやってから、立ち上がった。

 

シルバーズ・レイリーは、俺の前に、立っていた。

抉れた砂浜。消し飛んだ海賊船。割れた海面。そして、母さんの遺体。

レイリーは、それらをゆっくり見回した。

 

口元には、薄い笑み。ただし、目だけは、笑っていなかった。

そして、最後に俺の目を見た。

 

ぞわ、と背筋が粟立った。

 

——これが、覇王色か。

 

漫画で読んでいた「圧」が、現実の重みとして首筋に乗ってきた。膝が震える。前世で死ぬ寸前と同じ、原始的な恐怖。

無下限呪術で守られた身体ですら、この圧の前では、紙一枚みたいに頼りない。

 

それでも、俺は逃げなかった。逃げたら、母さんに、申し訳が立たない。

 

「ほぅ」

 

レイリーが、軽く感心したように息を漏らした。

 

「俺の覇気を浴びて、立ったままか。たいした坊主だ」

「……あんたが、加減してくれてるからだろ」

「気づいてたか」

 

レイリーは、笑った。今度は、目も、笑っていた。

 

「名前は」

 

レイリーが、短く聞いた。

俺は、答えた。

 

「アズール・D・レイヴン」

 

レイリーの眉が、ぴくりと動いた。眼鏡の奥の瞳が、ほんのわずかに、揺れた。

 

しばらく、沈黙が落ちた。潮騒だけが、二人の間に流れていた。俺の背中で、母さんの髪が風に揺れる音まで、聞こえる気がした。

 

やがて、レイリーは、ゆっくりと呟いた。

 

「——"D"、か」

 

 

俺はその目を、まっすぐ見返した。

頭の中で、ひとつだけ、はっきりした思いがあった。

 

この世界、原作で見たやつだ。

——なら、俺は、好きにやらせてもらう。

 

母さんは、もう守れなかった。

でも、これから出会うやつらは、絶対に、死なせない。

エースも。白ひげも。あいつもこいつも、全員。

 

俺の前で死ぬなら、その前に俺を殺してからにしろ。

 

そう、心の中で、母さんの遺体に誓った。

レイリーの金色の眼鏡が、朝日を反射して、ちかりと光った。

 

 

——次回、第2話「冥王と悪魔の弟子」

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。

第1話、いかがでしたでしょうか。


次回は、レイリーに連れられたアズールの修行編。シャボンディ諸島での日々、姉的存在シャクヤクとの出会い、覇気の習得、そして"あの男"との初邂逅。第1話のシリアス分を回収しつつ、本来の飄々口調が解禁されます。

更新は、不定期ですが、なるべく止めないように頑張ります。

★や感想、お気に入り登録、何かひとつでも残していただけると、本当に嬉しいです。
「次回も読みたい」と思っていただけたなら、ぜひ。

それでは、また第2話で。
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