五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない 作:熊々
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低評価ばかりだと削除したくなるので、高評価がエネルギーです。
これからも頑張るので、優しい目で応援お願いいたします。
エニエス・ロビー突入回です。
アズールは麦わらの一味より先に、別ルートで司法の島に潜入します。武装色を流した刀「闇」で気配を完全に消し、海軍艦隊の影に紛れて上陸。塔の中を縫うように進み、ロビンの位置を見聞色で特定する——、暗殺者時代のスキルが、ここで全部出てくる回です。
霧が裂けた。
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ウォーターセブンの倉庫街を抜けて外洋に出るまでに、小一時間かかった。
俺が選んだのは漁師町の外れに係留されていた小型の早船だった。
一本マストの古いやつで、船底はわりと荒れているが帆の張りはまだ生きている。
所有者の名前は船尾に消えかけのペンキで残っていた。誰かが捨てたわけじゃない。当分使う予定がないだけだ。
だから持ち主の枕元にベリーを少し多めに置いてきた。
前世の感覚で言えば窃盗だが、海の上では「借りる」と「奪う」の境界線が陸より曖昧になる。
曖昧なら俺の都合のいい方に倒す。
前世の救急医時代に規則より患者を優先したときの罪悪感の処理を、海はもうちょっと雑にやらせてくれる。
海というのはたぶん、陸の罪を一段減らす装置みたいなものなんだろう。
帆が孕んだ。霧雨はもう上がっていて、海風がそのぶん冷たくなっていた。
俺は舵に手を置いたまま北東の海平線を見た。
汽車海道は俺の左舷の遠くを走っている。
線路の鋼鉄が朝の光を反射して、海の上に細い銀の筋を一本引いていた。
その銀の筋の端のほうから、白い煙が真横に伸びている。
パッフィングトムだ。
——もう走り出してやがる。
煙は思っていたより速い。原作で見た速度感覚より一割増しだ。
たぶんCP9はロビンを乗せたあの汽車を、海軍の艦隊と合流するタイミングに合わせて急がせている。だから速い。だから俺は汽車より先に、司法の島に着く必要がある。
舵を切った。帆が一度ばたついて、すぐに張り直した。船首が北東を向く。
汽車海道と並走するルートではなく、外洋を一度迂回して司法の島の南側、海軍の艦隊が来るほうの逆側に回り込む航路だ。
海図はガレーラ社の倉庫から借りた一枚に頼っている。借りたぶんのベリーはもう倉庫の机の上に置いてきた。
借りパクはしない。前世の癖だ。前世で病院の備品を勝手に持ち出して怒られた研修医時代から二十年経っても、こういう細かい潔癖だけは抜けない。
脳の奥にこびりついている習慣ってやつは、死んでも転生しても残る。
海軍の艦から聞こえてくる号令と訓練の声が、左舷越しに薄く流れてくる。
あの規律の声が遠くなっていくのを耳で確認しながら、俺は航路を最終確定した。
(——原作で見たまんまの規模だな。やっぱデカい)
水平線の向こうに、それは少しずつ姿を現した。
巨大な城門。そびえる五本の塔。塔の周囲を取り巻くように停泊する海軍の艦隊。
そのさらに外側で滝が、海そのものを支えるみたいに垂直に流れ落ちている。司法の島ジャッジメント・ハーバー。
世界政府の白い権威がそのまま石と鋼鉄の建造物に化けたような、寒気のする規模感だった。
ひとつひとつの塔の根元から立ち上る湯気のような蒸気は、たぶん司法府の動力炉が吐き出している排熱だ。
原作で描かれていなかったディテールが、ここに来てじわじわと埋まっていく。
アニメや漫画の構図では拾えなかった「巨大建築物の生活感」みたいな匂いが、潮風と一緒に鼻の奥に届いた。
俺は舵から手を離さず、ゴーグルを首から目元に下ろした。
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艦隊の影に滑り込むのは、思っていたほど難しくなかった。
海軍の艦は警戒の網を島の外側に向けていた。
麦わら一味が来るのは汽車海道の方からだと司令部は読んでいる。
だから島の南西、外洋から回ってきた一隻の小型船は、艦隊の哨戒の死角に簡単に入った。
原作の知識と前世の暗殺者時代の感覚を半分ずつ合わせればこういう「権威が見落とす場所」はだいたい予測がつく。
権威は自分が見ている方向しか見ない。
帆を下ろした。船を最寄りの艦の影に寄せて舳先のロープを岩礁にかけた。
これで船は流されない。戻ってくるかどうかは別の問題として戻れる可能性は残しておく。
前世の救急医時代に学んだことのひとつだ。「来た道を残す」のは患者を助けるより先にやる手順だった。
退路がない救命は救命じゃない。ただの心中だ。
刀「闇」を腰に差し直した。鞘の握りを一度叩いた。
——いくぞ。
無下限を浅く張る。気配の輪郭を海の湿気と艦の鉄錆と石の冷たさに溶かす。
シャボンディでもウォーターセブンでも同じことをやった。
ここでは三つ目の素材として「権威の匂い」を混ぜる。
海軍の艦から漂うあの独特の油と硝煙と規律の匂い。それを自分の表面にうっすら塗る。
気配を消すんじゃなくて「ここにいてもおかしくない誰か」に擬装する。
完全な無音より適切な雑音のほうが見つからない。
前世で潜入訓練を受けた最初の半年は徹底的にこれを叩き込まれた。
「無は目立つ。雑音になれ」。教官の口癖だった。
あのときは何度も舌打ちされた声を、なぜか今でもこの世界の空気の中で再生できる。脳というのは妙な記憶の仕方をする。
岸壁に飛び移った。足音は鳴らない。月歩を浅く踏んでいるから着地の衝撃は石ではなく空気が受ける。
海軍の歩哨が二人、五メートル先の角を曲がっていく。俺はその影の縁に身体を滑り込ませた。
歩哨の背中が遠ざかるのを待ってから塔の根元の通用口に向かう。
岸壁の継ぎ目には海藻が貼りつき、潮位の跡が黒く一線、引かれていた。
司法の島は人を裁くだけの場所じゃなく潮の干満も几帳面に裁いている。
海面の高さまで規律で揃えるのか、と思わず鼻で笑いそうになった。笑いはしなかった。笑い声は気配の中で一番よく目立つ。
通用口の上には電伝虫が一匹いた。殻の縁が黒いやつ。監視用の改造型だ。
原作で見た覚えがあるが実物は初めてだった。
殻にくっついている水晶玉に司令室の映像が同期している。レンズに捉えられたら十秒以内に廊下が封鎖される。
俺は通用口の手前で止まった。電伝虫は左右にゆっくり首を振っている。
視野角はだいたい百二十度。死角は真上と真下、首の振り幅の端の零コンマ数秒の遅延。
前世の暗殺者時代に何度も見たタイプの監視装置と原理は同じだ。生き物を使ってるか機械を使ってるかが違うだけで観察者の都合で死角が決まる構造そのものは変わらない。
首が右に振り切った瞬間に地を蹴った。
通用口の上を月歩で一歩、電伝虫の真下を抜けてその先の廊下の影に身体を流し込む。
零コンマ三秒。電伝虫の首が左に戻ったときには俺はもう廊下の角を曲がっていた。
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廊下の照明はガス灯だった。天井の低い石造りの長い廊下が塔の内部を蛇みたいに巻き上がっている。
歩哨は十メートル間隔で立っているが彼らの集中は前方に向いている。
背後と頭上は彼らの視界の外だ。
——なつかしいな。
ふと前世の感覚がよぎった。暗殺者として動いていた数年。あれは前世のもうひとつの仕事だった。
表向きは救急医、裏で動いていた頃の身体の使い方。
廊下の天井近くを月歩で這いながらふとそのときの呼吸が戻ってきた。
あのときは無下限がなかった。覇気もなかった。あったのは経験と緊張と相手より一秒だけ早く動くための習慣だけだった。
今はそれに無下限と覇気が乗っている。当時の自分が今の自分を見たら何と言うだろう。たぶん皮肉のひとつくらいは言う。
——条件が違いすぎる。
呟きそうになって口の動きを止めた。止めたのはほんのわずか前方に「気配の塊」を感じたからだ。
見聞色を一段だけ深く差し込む。廊下の四つ先の角に五人。武装色の濃度が違う。
三人は普通の歩哨、二人がCP9の配下クラス。本命じゃない。やり過ごせる。
だがそのさらに奥、二つ上の階——
(ロビン)
呼吸の温度が一段だけ落ちた。
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ロビンの位置は、塔の構造図と見聞色を重ねれば三秒で確定した。
五番目の塔の中層。複数のCP9に囲まれている。
先頭がカリファ、後ろにブルーノ、その横にカク。フクロウは少し離れた階下にいる。ジャブラはひとり別行動でこの塔の上層、ルッチは塔の最上階で、たぶんスパンダムと一緒だ。
(——カリファとカクとブルーノ。ジャブラとフクロウもどこかにいる。本命のルッチは——、塔の最上階)
居場所が分かれば動きが組める。俺はいったん廊下を抜けて外壁の窓から月歩で塔の外側に出た。
風が一段強くなる。塔と塔をつなぐ渡り廊下の屋根の縁に着地して別の塔へ移る。
海軍の艦隊が眼下に見える。艦の上の歩哨は誰も俺を見ていない。誰も上を見ない。
前世でもそうだった。権威の歩哨は基本、横と前しか見ない。
上から落ちてくる暗殺者は構造上、想定の外側に置かれる。
二つ目の塔の屋根に出た。海風の中で俺は一度だけ深く息を吸った。
司法の島の風は湿気の質が陸の島と違う。塩を含んでいるのに乾いている。
世界政府が島ごと乾燥させているような感覚だ。
湿気の密度を空気で操作しているわけはないのに、なぜか島全体が乾いて見える。
権威の匂いってやつかもしれない。
乾いているのは空気じゃなくて、ここで裁かれてきた人間の血と涙がすべて石の中に吸い取られてしまったあとの空気だからだ。
湿気はあるはずなのに何かが足りない。たぶん命が足りていない。
刀「灯」と「闇」、両方の鞘を一度ずつ確かめた。
——まだ抜かない。
抜くのはロビンの居場所を視界に入れてからだ。
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その瞬間、背後で空気が揺れた。
「あぁん?」
声は粗野で低く、わずかに濁っていた。
「お前、招待状あんのか?」
振り返ると、塔の屋根のもう一段上、煙突の影から男がひとり、月歩を踏みながら降りてきていた。
狼の獣身を浅く出した男。シルクハットのつばを指で持ち上げる癖。
ジャブラだ。
(——出会い頭か。原作とちょっとズレたな)
「悪いな」
俺は腰を半分落としながら言った。
「ノックの代わりにこれでいいか」
刀「灯」を抜くより先に、月歩で一歩。
ジャブラの目の前まで距離を詰めた。
ジャブラは狼の獣身を一段深く出して、爪を振り上げる。
爪先が空気を切る音より早く、俺は無下限を一枚、爪と俺の首の間に挟んだ。
爪が、止まった。
止まったというより、届かなかった。
「は——?」
ジャブラの口が半開きになった。
「届いてねえだろ」
俺は無下限を維持したまま言った。
「ジャブラ、お前の狼狼、原作通り強いんだろうな」
「あぁ? なに言ってんだお前」
「悪い、こっちの話だ」
ジャブラの眉間が歪んだ。意味は分かっていない。でも馬鹿にされていることだけは伝わっている。
馬鹿にされていることだけ伝わるのがメタツッコミの真骨頂だ。
前世のテレビを見ていた頃の感覚で言えば視聴者にだけ届いてキャラには届かない種類の冗談。それを今ここで一発空気に置いた。
「指銃」
ジャブラが指を撃ってきた。俺はその弾道を見もせずに、月歩で半歩横にずれた。
指銃が俺の頬の横を抜けて、煙突の石を貫いた。石の破片が舞う。
ジャブラは続けて剃で消える。次の瞬間に俺の真後ろに現れて、紙絵で姿勢を崩しながら、狼の爪を首筋に振ってくる——はずだった。
無下限はその全部を「届かない」状態で受けた。
爪も、指銃の二発目も、剃で迫った膝も、紙絵で消えた腕も、全部、届かなかった。
届かないというのは命中しないという意味じゃない。物理的に距離が縮まらないという意味だ。
ジャブラの腕は俺の首から二センチ手前で、永遠に二センチを縮められなかった。
「な——、んだコレは」
ジャブラの声が初めて掠れた。
「黙れ」
俺は刀「灯」の柄に、武装色を深く流した。
「お前みたいなのに割く時間も言葉もない」
抜き打ち。刀身が空気を切るより先に黒い線が走って、その線がジャブラの肩から胸の斜めに落ちた。
——黒閃。
打撃の閾値を超えた瞬間に空気が黒く弾ける、あの一撃。ジャブラの身体が後ろに飛んだ。
煙突の石をひとつ砕き、屋根の縁を一度跳ねて、それから動かなくなった。
胸の斜めに刀傷が一本。深くは入っていない。
武装色を反転させて、刃先で叩いた。殺してはいない。気絶だけだ。
気絶のまま放っておけば、たぶん仲間がそのうち見つける。それでいい。俺の今日の用は、こいつじゃない。
俺は刀「灯」を、鞘に戻した。戻すときに、鞘の口で一度だけ小さく音が鳴った。
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塔の渡り廊下の上階に出た。下の廊下に、足音がある。数は五人。
先頭がカリファ、その後ろにブルーノとカク。
中央にひとり、女性。両腕は紐で縛られていない。連行というより「同行」に近い形で歩かされている。
海楼石の手錠だけが、両手首に光っていた。
ロビンだ。
俺は屋根の縁の影に身体を潜ませて見下ろした。
距離は十数メートル。足音と呼吸の数で、人数は確定している。
カリファは正面、カクは斜め後ろ、ブルーノは殿。ロビンは中央。歩幅はゆっくりだが規則的。
連行する側もされる側も互いの呼吸をすでに合わせて歩いていた。長く一緒にいた者同士の歩き方だ。
ロビンの視線がふと上を向いた。ほんの一瞬だった。
カリファに気づかれない角度で首を斜めに半度だけ傾けて廊下の天井のさらに上、俺がいる屋根の縁の影に視線が届いた。
目が合った。
ロビンの瞳は無表情だった。驚きも安堵も怒りも、何も浮かばない。
浮かばないのが返事だった。
浮かべない訓練を受けた人間が浮かべないことで何かを返すときの、あの返事だった。
ロビンの左手の指がほんの少し動いた。ほんの数ミリ。人差し指が内側に折り畳まれた。
それだけだった。
(——花花の、抑制)
俺の見聞色は彼女の能力が一瞬だけ走りかけて本人の意思で止められた波形を捉えていた。
手首の海楼石越しに能力の予兆だけが滲んで彼女自身の指がそれを抑え込んだ。
彼女は俺がいることを知っていてそして「まだ動かない」を選んだ。
俺は声を出さなかった。声を出すかわりに瞼を一度だけ閉じて開けた。
(まだだ、ロビン)
(お前が、声を出すまで、待つ)
ロビンの視線がすっと外れた。カリファが何か囁いた。「行きますわよ」とかそんな言葉だったかもしれない。
ロビンは小さく顎を引いてまた歩き出した。
連行されていく後ろ姿は俺が原作で何度も見た後ろ姿と寸分違わなかった。
違ったのはその後ろ姿が屋根の縁の影を一度だけ振り返らなかった点だった。振り返らないのが俺への返事だった。
——分かった。
俺も振り返らなかった。
⸻
塔の最上階の屋根まで、月歩で一気に上がった。風が強い。
司法の島の俯瞰は、そのまま絵葉書のような構図だった。
中央に裁判所の白い屋根、その手前に五本の塔、塔の根元を取り巻く海軍の艦隊、艦隊の外側に流れ落ちる滝、滝の向こうの霧。
絵葉書のあるべき位置にあるべきものが全部きちんと並んでいる。並びすぎている、と言ってもいい。
世界の悪意がここまで几帳面な構図を組むとき、その絵の中で泣いている誰かのことは、いつも構図の外に追いやられる。
視界の隅、汽車海道の終点に、いま、ちょうど、白い煙が到着しつつあった。
パッフィングトムだ。
煙が止まった。汽車が司法の島の門の前に停車した気配がある。
蒸気が一気に抜ける音がここまで届いた。次の瞬間、別の蒸気の音が重なった。
汽車海道のもっと奥、原作で言えば「スネーク」のあの蒸気船の音だ。
麦わら一味がそこにいる。彼らは彼らの方法でここまで追ってきた。
たぶん途中で何があったのかは、今は知らない。知らなくていい。
俺は俺の方法で先回りした。
刀「闇」を腰の左に、刀「灯」を腰の右に、もう一度それぞれの鞘を撫でた。
「闇」の柄頭を、指先で一度叩いた。「灯」の柄頭も、指先で一度叩いた。
ジャブラの斜めに走らせた黒閃の感触は、まだ右の手首に残っていた。
あれはほんの挨拶だ。ここから先の相手は、挨拶では済まない。
(まだ、茈は使わない)
(まだ、領域も展開しない)
(マリンフォードまで、温存する)
それまでに使えるものは、刀と、無下限と、覇気と、それから——、声に出さない決意だけだった。
風が吹いた。塔の縁の旗が、ばたばたと音を立てた。
海軍の艦隊の中央旗艦から号砲が一発、空に向かって鳴った。
麦わら一味の到着を司令部が確認した、合図だ。
たぶんあの号砲を聞いて、カリファたちは塔の中層から動き出す。歩幅が変わる。連行が、移送に切り替わる。
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鐘が鳴った。
司法の島の、鐘だった。
俺は刀を、抜いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ジャブラ戦、書きながら何度も削りました。
ジャブラは原作で「強くてうるさい」ところがチャームポイントの男ですが、本話の主役はあくまでロビンとの視線交差です。だから戦闘は短く、決め技を黒閃で切り上げる構成にしました。本気で殴り合うのは、もっと先の人——、最上階の鳩の男です。
ロビンの指の動きは、書く前に一番悩みました。
原作の彼女は、無表情の下に何でも隠せる人です。だからこそ、わずかに動く左手の指——花花を抑える指——だけで、彼女の意思を伝える描写にしました。「待って」「動かないで」「私はまだ、自分で歩く」。指のひと動きに、それくらいの意味を込めたつもりです。