五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない   作:熊々

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エニエス・ロビーの塔。中層を抜けたアズールの足は、最後の階段を踏んでいる。
四年前、訓練施設の地下で覇王色をぶつけ合ったあの男が、最上階で待っている。


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第十五話 鳩の男

階段は、最後の十数段だけ妙に長かった。

 

石の磨耗がほとんどない。下層と違って、踏まれていない段だ。

誰も上がらない。誰も降りない。

最上階に常駐する人間が、そもそも少ないということだった。

 

足音は殺さなかった。

殺気も出さなかった。

ただ無下限の境界だけは、薄い水の膜のように、体の輪郭から外側へ流し続けた。

 

(——上で待ってる男に、こっちの間合いを最初から見せてやる)

 

階段の最後の段を踏んだ。

 

最上階の扉は両開きで、片側が中途半端に開いていた。

扉の縁にひっかき傷のような跡が残っている。獣の爪痕だった。

鳩の男がここを通ったとき豹に変じていた、という痕跡だ。

 

俺は扉の隙間から最上階に入った。

 

⸻

 

最上階は天井が高かった。

 

塔の最上部に当たる空間で、円形の床の中央に、審問台らしき石の机が一つあるだけだった。

机の向こうの壁際に、小柄な男が立っていた。

スーツの肩が左右で違う高さに上がっている。両手をやけに動かす癖の、男だった。

 

スパンダムだ。

 

机の向こうから少し離れた床に、女が一人座らされていた。

両手両足に鎖。両手は石枷で固定されている。

顔の半分が髪に隠れている。

俯いていた。

 

ロビンだ。

 

そして机のこちら側、円の中央に、鳩の男が立っていた。

 

ロブ・ルッチ。

 

肩に白い鳩。

スーツの襟は崩れていない。

立ち姿が職人のそれだった。剣士でも格闘家でもない、刃物の研ぎ師に近い気配。

 

四年前と同じだった。

 

俺は扉の手前で、足を止めた。

五歩でも七歩でもない。

最上階の中央のルッチまで目測で十二歩。

 

ルッチの目がこちらを見た。

首は動かない。目だけが動いた。

肩の白い鳩がククッと一度だけ鳴いた。

 

「来たか」

 

声は低かった。

四年前の地下で聞いた声と、ほぼ同じ温度だった。少しだけ濃くなっている。経験が乗った分だけ、声の底が深くなっていた。

 

「随分待たせたな」

 

俺は刀「闇」の鞘の握りを、一度だけ確認した。

腰の左には「灯」。鞘から指三本分だけ抜けている。

 

「鳩、まだ飼ってんのか」

 

ルッチの目尻が動いた。

 

「飼っているわけではない」

「そうかよ」

 

会話はそこで切れた。

最上階の冷気が床から脛まで上がってきた。

 

⸻

 

スパンダムが急に腕を振り上げた。

 

「ル、ルッチ! やれ! やれェ! こいつは政府指定の暗殺者だぞ! 賞金額は三億二千万だが——」

 

「黙れ」

 

ルッチの一言で、スパンダムは口を半開きのまま固まった。

 

(——上司の前で部下に黙らされる長官、なかなかの絵だな)

 

俺は短く笑った。声は出さなかった。

ルッチもスパンダムを見なかった。視線はずっと俺の中心線にあった。胸骨の継ぎ目あたり。剣士なら誰もが意識する一点だ。

 

「俺の用事は、その女だ」

 

ロビンに視線を一度だけ落とした。

顔は上がらなかった。だが指が動いた。

左手の人差し指が一度ほんの数ミリだけ机の方向に伸びて、止まった。

 

第14話の階段で見たのと同じ、花花の指の予備動作だった。

 

それで充分だった。

俺はルッチに、視線を戻した。

 

「悪いな鳩。間に立つなら、ここで畳ませてもらう」

「やってみろ」

 

ルッチの肩の鳩が飛び立った。

 

⸻

 

最上階の空気が一瞬だけ歪んだ。

 

ルッチが、踏み込んだ。

 

『——剃』

 

床を蹴る音が消えた。

石の床が陥没して粉が舞い上がる。

踏み出しの初動から最高速までの距離が、ほぼゼロ。前世の暗殺者時代でも、あまり見たことのない加速だった。

 

ルッチが俺の左に出た。

俺の視野の外側。武装色を薄く乗せた拳が、こちらの脇腹を狙ってきた。

 

俺は半歩だけ、右に体を流した。

 

『——術式順転"蒼"』

 

引力。

ルッチの拳の軌道に薄い吸引の点を一つ置いた。

強くは引かない。指先一個分だけ引く。

ルッチの拳は脇腹をかすめて俺の右肋骨の表面を擦って抜けた。

 

擦り抜けた瞬間、ルッチの目が動いた。

 

(——気付いたな。鳩、ちゃんと見てる)

 

俺は刀「闇」を半分だけ抜いて、抜き打ちでルッチの首筋に走らせた。

 

ルッチが、首を反らした。

 

『——鉄塊』

 

刃が首筋の皮膚で弾かれた。

鋼を斬る感触に近い。CP9の鉄塊は本物だった。四年前の比じゃない。

 

俺は刃をそのまま下に流した。

鎖骨を狙うフェイントから膝裏への斬り下ろしへ繋ぐ。

 

ルッチが膝裏を浮かせた。

 

『——月歩』

 

空中。

ルッチが空気を蹴って一歩高い位置に立った。

俺の刃は床の石を浅く割っただけで終わった。

 

⸻

 

ルッチが上から降ってきた。

 

豹に変じている途中だった。

肩から腕にかけて毛皮が浮き、爪が伸びる。

顔の輪郭はまだ人間で、目だけが豹の黄色になっていた。

 

爪が来た。

俺は無下限の境界を一段濃くして、爪の間合いの内側を遮断した。

ルッチの爪先が、空中で停止した。停止というより、距離が無限に伸びた。

俺と爪の間に、永遠が一瞬だけ挟まった。

 

ルッチがそこで初めて舌打ちをした。

 

「やはり、それか」

 

会話の余裕は短かった。

ルッチは身を捻って、境界の外まで体を引いた。境界が薄くなる空間を、読み切っていた。

 

俺は刀「灯」を抜いた。

二刀。

 

『——刀二本』

 

ルッチが床に着地した。豹の四足ではなく人間の二足で。

両手を低く構えた。指先がこちらを向いている。

 

『——指銃"狼牙"』

 

両手の十指がほぼ同時に放たれた。

銃弾と同じ速度の刺突が十方向から不規則に伸びてきた。

普通の剣士なら数発は喰らう手数だった。

 

俺は引力を、使わなかった。

 

『——術式反転"赫"』

 

斥力。

体の表面に薄い斥力の膜を張った。

十指のうち八指は膜の手前で軌道を曲げ二指は膜を強引に押し抜いて、俺の肩と太腿に浅く刺さった。

 

血が出た。

 

血を見た瞬間、ルッチの目尻が一度だけ笑った気がした。

笑ったのではない。確かめたのだ。「無下限の男にも、血は出る」。それを目で確認した。

 

俺は笑い返さなかった。

 

⸻

 

ここから速度を変える必要があった。

 

ルッチは六式を上から下まで使い切る、型の戦い方をする男だった。

このまま長引かせると、向こうの引き出しを全部見せられる代わりにこちらは無下限の境界を維持し続けて消耗する。

無量空処を解禁すれば一発で終わるが、それは封印した。

茈も封印した。

だったら残った札で、一番重いものを切る。

 

黒閃。

 

俺は刀「闇」を、逆手に持ち替えた。

刃の腹が床と平行になる。

 

ルッチが、踏み込んできた。

 

『——嵐脚』

 

蹴りの斬撃が空気を裂いて飛んできた。

不可視の刃が三本扇状に広がる。

 

俺は半歩だけ、前に出た。

嵐脚の三本の刃が左右と頭上を抜けていく。一本は耳のすぐ横を通った。

 

接近の最終距離まで嵐脚の風圧と俺の踏み込みが重なった。

ルッチの胴体が俺の刀の間合いに入った瞬間、俺の踵が床を捉えた。

 

『——黒閃』

 

刀の腹が、ルッチの脇腹に当たった。

 

打撃と術式と覇気が、ほんの一瞬、完全に同じ点で重なった。

空間が、黒く明滅した。

音が遅れて来た。

ルッチの体が、真横に飛んだ。最上階の壁にぶつかる前に、ルッチが空中で月歩を踏んで衝突を殺した。

 

それでも、ルッチの口から血が一筋垂れた。

 

「ふっ——」

 

ルッチが、笑った。

今度は確かに笑った。

 

「いいだろう」

 

ルッチが、豹形態を一段深くした。

全身の毛皮が完全に浮き、立ち姿のまま、二足の獣になった。

 

⸻

 

スパンダムが机の向こうで悲鳴を上げていた。

 

「な、何だ今のは! 何が起きた! ルッチが! 俺の最強の手駒が!」

 

俺はそちらを見なかった。

ルッチも見なかった。

 

「鳩」

「何だ」

「お前、四年前より重くなったな」

「お前もな」

 

短い会話だった。

それで充分だった。

 

ルッチが、踏み込んできた。

今度は、剃を使わなかった。

獣の四足走法。CP9の鉄塊と月歩を全身に纏った状態での、突進。

これがこの男の、本気の入口だった。

 

俺は刀二本を、低く構えた。

 

『——術式順転"蒼"』

 

ルッチの足元に引力の点を一つ置いた。

ルッチが一瞬だけ前のめりになった。豹の頭が下がる。

その頭の下がりを利用して、俺は懐に踏み込んだ。

 

『——黒閃』

 

二発目。

 

刀「灯」の柄頭が、ルッチの顎の下に入った。

刃ではない。柄頭。打撃と術式と覇気が、同じ点で重なる。今度は綺麗に乗った。

ルッチの顎が跳ね上がり、首が反り、上半身がのけ反った。

 

豹の毛皮の表面で空気が黒く明滅した。

 

ルッチが膝をついた。

ついたが、すぐに立った。

立ったまま口の血を一度だけ拭った。

 

「——二発目を、続けて打てるのか」

 

声が低くなっていた。

表情から職人の仮面が一枚だけ剥がれていた。

 

「お前なら防げると思ったがな」

「防いだ。骨は折れていない」

「強いな」

「お前もな」

 

⸻

 

ルッチが両腕を交差させた。

 

『——六王銃』

 

CP9奥義。

拳から発される波動の刺突。装甲の内側に直接衝撃を通す技だった。

四年前にはまだ持っていなかった札だ。

 

距離は近い。

俺の胸骨の継ぎ目に、ルッチの拳の中心が向いていた。

これは無下限の境界の薄い場所を、点で抜いてくる技だった。

 

俺は引かなかった。

引いたら届く。届いたら抜かれる。

だから前に出た。

 

ルッチの拳が放たれる、その零コンマ何秒前に、俺は刀「闇」の柄を捨てた。

鞘ごと床に落ちる。

左手が空く。

 

空いた左手で、ルッチの拳の手首を掴んだ。

 

『——術式順転"蒼"』

 

至近距離での引力。

ルッチの腕が、俺の体の中心を外して、俺の右脇の空間に吸い寄せられた。

六王銃の波動は俺の右脇の空気を円形に抉って、後方の壁に穴を開けた。

 

ルッチの目が初めて見開いた。

 

俺は左手でルッチの手首を掴んだまま、右手の刀「灯」を逆手のまま振り抜いた。

 

『——黒閃』

 

三発目。

 

刀の腹がルッチの首の側面に当たった。

打撃と術式と覇気。三度目の重なり。

ルッチの体が最上階の床の上を二回転して机の手前で止まった。

 

止まった先でルッチは膝立ちのまま動かなかった。

膝立ちのまま息はしていた。

意識は薄かった。

 

豹の毛皮が抜けていく。人間の輪郭に戻りつつあった。

 

ルッチが最後に一度だけ顔を上げた。

 

「アズール——」

「何だ」

「お前、まだ、出してないものが、あるな」

 

俺は答えなかった。

 

代わりに刀「灯」を鞘に戻した。

 

ルッチは膝立ちのまま目を閉じた。

 

⸻

 

スパンダムが机の向こうで震えていた。

 

両足が床から浮きそうな勢いで震えている。

顔は青を通り越して灰色になっていた。

ベルトに下げた電伝虫を掴もうと右手が動いたが半分掴んで落とした。

 

俺は机を回り込んだ。

 

「お、おい! 来るな! 俺は世界政府の長官だぞ! 俺に手を出したら——」

「五月蝿い」

 

無下限の境界の縁をスパンダムの口元に薄く当てた。

口の動きが止まった。声帯ではなく空気そのものが届かなくなる。

スパンダムは口をパクパクさせるだけになった。

 

(——小物の喚きを聞き続けるほど、こっちの耳も暇じゃない)

 

俺はスパンダムの首根っこを掴んで机の上に引きずり上げた。

机に押し付けた。

押し付けたまま机の上に転がっていた書類を一瞥した。

 

「世界政府の暗部監査記録」と表紙に書かれた厚い綴じ。

それが机の隅に積まれていた。

ロビンの引き渡し日程と、もう一つ見覚えのある名前が並んでいた。

 

——「該当人物:レイヴン・D・アズール/実勢危険度:S+/公表賞金:320,000,000ベリー/実態評価:60億ベリー以上を要するが世論誘導の観点から非公表」。

 

第14話で見聞色に引っかかっていた政府の暗部の手触り。

その紙の裏付けがここにあった。

 

俺はその一枚を抜いて内ポケットに収めた。

スパンダムは机の上で目だけが泳いでいた。

 

「お前は殺さない」

「ひっ——」

「殺さないが、長官の椅子は明日には消える」

 

それだけ言って俺はスパンダムの後頭部を、机の角に一度だけ軽く打ち付けた。

軽くだ。

死なない強さで。

ただし当分は起き上がれない強さで。

 

スパンダムは白目を剥いて床に滑り落ちた。

 

⸻

 

ロビンの前にしゃがんだ。

 

両手の石枷。両足の鎖。

鎖の素材は海楼石ではなかった。普通の鋼鉄だった。スパンダムの油断だ。

 

「ロビン」

「……」

「ロビン」

 

二度目で顔が上がった。

青い瞳が薄く焦点を合わせた。

四年前の港のカフェの女と、同じ目だった。少し疲れていた。少しだけ深かった。

 

「あなた——」

「久しぶりだな」

 

ロビンの唇が、一度だけ歪んだ。

笑ったわけではない。何か言いかけて止めたその途中の表情だった。

 

「私は、もう——」

「黙ってろ」

 

俺は刀「灯」の柄頭で両手の石枷を一度だけ叩いた。

枷が割れた。

両足の鎖は無下限の境界で輪を細くして、引きちぎった。

 

ロビンは自分の手首を押さえた。

痕がついている。皮膚が擦れている。

痩せている。

 

「歩けるか」

「……歩けない」

「そうか」

 

俺はロビンの片腕を自分の肩に回そうとした。

ロビンは俺の手を一度押し戻した。

 

「あなたじゃ、ない」

 

声は弱かった。

弱いが、芯はあった。

 

「あなたじゃないの。私は、あの人たちの船に、戻りたいの」

 

俺は手を止めた。

ロビンの目の奥に海と太陽の色をした船が映っていた。

俺の知らない船だった。

俺の知らない仲間たちの顔だった。

 

塔の外。

遠くの方角から、海風と一緒に、声が届いていた。

最上階の窓を通り抜けてこちらまで届く声だった。

 

「ロビーン!!」

 

複数の声だった。

若い男の、まっすぐな声。少女の声。剣士の声。コックの声。砲撃手の声。医者の声。

何人もの声が海の上を渡って、塔の最上階まで届いていた。

 

「俺たちはまだ、お前を仲間と呼んでいないと思ってんのか!!」

 

その声を聞いた瞬間。

 

ロビンの背筋が、震えた。

唇が動いた。

青い目が見開いた。

 

「——生きたい」

 

声は小さかった。

小さいが、塔の最上階の冷たい空気を、確かに切った。

 

「私、まだ、生きたい!」

 

⸻

 

俺は立ち上がった。

 

ロビンの肩から自分の手をそっと離した。

肩を貸す必要は、もうなかった。

 

ロビンは床に手をついた。

ついたまま自分の足で立とうとしていた。

途中で膝が崩れたがもう一度立とうとしていた。

 

俺は刀「闇」を拾い上げて鞘に戻した。

 

「ロビン」

「……はい」

「お前を運ぶのは、俺じゃないな」

「……」

「外に、お前を呼ぶ声がある」

 

ロビンはゆっくり頷いた。

泣いてはいなかった。

泣く前の段階で止めていた。たぶん麦わらの船の上で泣くつもりなのだろう。

 

俺はロビンの前を通り過ぎた。

最上階の窓辺に立った。

 

塔の外。

エニエス・ロビーの島の崩れた橋の向こうに麦わら帽子の少年の姿が小さく見えた。

両腕を広げてこちらに向かって叫んでいた。

 

四年前から噂だけ聞いていたゴム人間。

噂より声が太かった。

 

俺はロビンの方を一度だけ振り返った。

 

「あの帽子のところに、行ってこい」

「あなたは——」

「俺はここで降りる。あいつらの船に、俺の席はない」

 

ロビンは何か言いかけて、やめた。

代わりに深く頭を下げた。

 

俺は窓枠に、手をかけた。

 

⸻

 

最上階を降りる前に、ルッチの方を一度だけ見た。

 

膝立ちのまま動かない男。

肩の鳩はもう戻ってきていた。主の肩でじっと止まっていた。

 

声には出さなかった。

 

俺は窓を開けた。

海風が最上階に吹き込んだ。

 

塔の壁面を武装色の足で滑り降りる。

途中で月歩は使わない。CP9のやり方は好きじゃない。

 

降りる途中海面の向こうで麦わらの船が一つ波を切って近づいてくるのが見えた。

甲板の上で麦わら帽子の少年がまだ叫び続けていた。

 

「ロビーン!! 生きてえって言ええええ!!」

 

俺は塔の途中から海に向かって飛んだ。

無下限の境界で空気を踏んで塔の影の側に降りた。

麦わらの船からは見えない側だった。

見られない側をわざと選んだ。

 

⸻

 

岸の岩陰に、着地した。

 

肩と太腿の指銃の傷から血がまだ薄く滲んでいた。

反転術式を浅く回して傷の縁だけ閉じた。完全には治さなかった。

治しすぎると覇気の練りが鈍る。今日この後はもう戦闘はない。だから縁だけでいい。

 

岩陰から海の方を見た。

塔の最上階の窓に人影が立っていた。

ロビンだった。

立っている。自分の足で。

 

その向こうに麦わらの船が着岸しつつあった。

 

俺は内ポケットの紙を一度だけ確認した。

「実態評価:60億ベリー以上」。

世界政府が止めている、俺の本当の値段。

これを切り札にする日が近いうちに来る。

 

刀「灯」の鞘の握りをもう一度握り直した。

 

「鳩、礼を言うぞ」

 

声は誰にも届かなかった。

塔の上で膝立ちの男には聞こえていない。

それでよかった。

 

⸻

 

岸の岩陰から俺は静かに歩き出した。

 

背中に塔。

正面に海。

海の向こうにまだ見ぬマリンフォード。

 

歩きながら片手で胸の内ポケットを軽く叩いた。

紙の感触があった。

頂上はまだ先だ。

その前に、戻る場所が一つある。

 




読んでいただきありがとうございました。
第3話から始まった鳩の男との因縁、ここで一度だけ閉じました。
本気の殴り合いの感触、伝わっていれば嬉しいです。

少しでもお楽しみいただけたら高評価いただけると幸いです。
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