五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない   作:熊々

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日間のランキングで150位〜200位の中にあるのを、先ほど発見しとても嬉しく思います。
皆様の高評価、閲覧のおかげです。お礼申し上げます。

さらなる上位を目指して頑張りますので、高評価いただけるとありがたいです。
ではよろしくお願いいたします。

第十六話で一度引いた戦場の余韻を、シャボンディの朝の光で薄めるところから始まります。
今回は街の空気を厚めに描きました。
コーティング業者の鼻歌、樹液で浮く子供、酒場で交わされるどうでもいい噂話。
そういう日常の隙間に、最悪の世代の一人が混ざり込みます。

赤い髪の若者、と聞いて誰を想像するかは、たぶん合っています。

続きが気になる夜を、お届けします。
今夜も、シャボンディの油の匂いまで届きますように。



第十七話 ふたつの覇王色

朝の光がカーテンの隙間から差していた。油と煙草の匂いが薄く残っている。

俺はベッドの上で目を開けた。天井の梁に蜘蛛が一匹いた。じっとしていた。シャクヤクの店の二階の天井だった。

 

隣のベッドは空だった。シーツに皺ひとつなく、枕が綺麗に整えられていた。前の夜のことは曖昧でいい。ベッドが二つあるしの誘いを受けたのか、断ったのか、起きてみたら結局一人で寝ていた。それが答えのような、答えじゃないような、シャボンディの夜だった。

 

階下から包丁の音が聞こえてきた。トン、トン、と一定の間隔。

 

「アズくん、起きた?」

「起きた」

「サンドイッチ作ったわよ。下りておいで」

 

俺はシャツに腕を通した。肩の包帯はもう外していた。傷跡の上に薄く新しい皮が張っていた。階段を下りるとシャクヤクがカウンターの内側で野菜を切っていた。前掛けの紐が腰の後ろで結ばれていた。朝の彼女は夜より少し若く見えた。

 

「コーヒー飲む?」

「もらう」

 

カウンターの隅に新聞が畳まれて置かれていた。一面の見出しは新世界のどこかの島で起きた事件の話だった。読む気はあまりしなかった。シャクヤクがマグカップを置いた。

 

「今日は何するの」

「散歩する」

「散歩」

「シャボンディを歩く」

「いいわね」

 

彼女は微笑んだ。それ以上は何も聞かなかった。それがこの店のいいところだった。

 

 

外に出るとヤルキマン・マングローブの樹液の匂いが朝の空気に混ざっていた。太い幹の根元で子供が二人浮いていた。シャボン玉に包まれて足をぱたぱたさせていた。母親が下から「降りてきなさい」と笑っていた。

俺は空を見上げた。シャボン玉が風に流されていく。

 

(——平和だな)

 

ここはGR1からGR79までの番地に区切られた長い島だった。観光客のグローブと海賊のグローブと人攫いのグローブが、ほんの数本の橋を挟んで隣り合っていた。朝のうちは観光客の側を歩くのが落ち着く。

露店の親父が果物を並べていた。俺はオレンジを二つ買った。銀貨を渡すと親父は受け取りながら一瞬だけ俺の顔を見た。片目が蒼い。それだけで二度見されることが、たまにある。

 

「兄ちゃん、見ない顔だな」

「観光だ」

「ほう。新世界に行くのか」

「行くかもな」

 

親父が笑った。

 

「あんたみたいな顔つきの観光客はいねえよ」

「そうかい」

 

俺はオレンジの皮を歩きながら剥いた。

 

 

港まで下りた。コーティング業者がシャボン玉で大きな船を包んでいた。三本マストの大型船。バブリー・コーティングという技術。あの泡に包まれた船は深海まで潜って魚人島を経由し新世界へ抜ける。仕組みは何度見ても妙だった。

ベンチに腰の曲がった男が一人座っていた。新聞を広げていた。俺は隣に腰を下ろした。

 

「おはよう」

「ああ」

 

レイリーは新聞から目を上げなかった。少し沈黙が続いた。彼の隣の沈黙は不思議と居心地がよかった。

 

「坊主」

「ん」

「新世界が騒がしいぞ」

 

俺はオレンジの最後の一房を口に放り込んだ。

 

「らしいね」

「最悪の世代って呼ばれてる連中、もう何人かこっちに来てる」

「シャボンディに?」

「ああ」

 

レイリーは新聞を畳んだ。膝の上に置いた。それから少し遠くの海を見た。

 

「気をつけな」

「俺が?」

「お前みたいな気を消すのが上手いやつほど、向こうから気づかれる」

 

なるほど、と思ったが声には出さなかった。俺は答えなかった。レイリーはそれ以上は何も言わなかった。手のひらで軽く膝を叩いて立ち上がり、ゆっくり港の奥へ歩いていった。

 

 

昼を過ぎてから酒場に入った。GR24の路地裏。観光客がほとんど来ない区画。看板の文字が半分剥げた古い店。ドアを押すとカウンターと木のテーブルが四つだけの狭い店内が現れた。カウンターに腰掛けた。

マスターが無言でグラスを置いた。注文する前にラム酒が出てきた。常連の作法だった。俺は週に一度くらいここで飲む。

 

「最近どうだ」

 

マスターが布巾でグラスを拭きながら言った。

 

「平和だ」

「そりゃ何より」

 

奥のテーブルに男が三人いた。船員風。日に焼けた肌。腰に短いナイフを差していた。声がよく通っていた。

 

「だからよぉ、最悪の世代って呼ばれてる連中、もう新世界に入ってるらしいぞ」

「冗談だろ。新世界だぞ」

「11人だかいるって話だ」

「11人? 冗談だろ、新世界は11人どころか皆殺しの海だぜ」

 

俺はグラスを傾けた。ラム酒の苦味が舌の奥に落ちた。11人。少し前まで7人だった気がする。世代というのは数年で増えたり減ったりする。あと何人かは、ここシャボンディに集まりかけている気配があった。

別のテーブルで違う声がした。

 

「なあ、知ってるか。シャボンディの幽鬼の話」

「ああ、あれだろ。3億2,000万のまま4年動いてないやつ」

「あれ、本当に存在するのか?」

「俺の兄貴の同僚が、エニエスのときに見たって言ってたぜ」

「与太話だろ」

「与太話にしちゃ、賞金額が動いてねえのが妙だろ。普通、消えたら下がる。生きてりゃ上がる。あのままってのは——政府が殺したんじゃないの?」

「殺してたら新聞に出るだろ」

「政府は出さねえよ。出さねえほうが都合がいい話だってある」

 

よくそんな話を本人の隣でできるな、と心の中で笑った。俺はグラスの中の氷を指で回した。

マスターがちらっとこっちを見た。すぐに目をそらした。彼は知っていた。たぶん最初から知っていた。それでも何も言わなかった。それがこの店のいいところでもあった。

 

「兄ちゃん、お代わりは」

「もらう」

 

二杯目が置かれた。

 

 

ドアが乱暴に開いた。蝶番が悲鳴を上げた。

入ってきたのは赤毛の若い男と、長い金髪に仮面の男だった。赤毛のほうが先頭。背は高く、肩は怒っていた。露出した左肩から下が機械の腕だった。歯車と鋼の組み合わせ。動くたびに小さく軋む音がした。

 

「酒だ。一番強いやつ」

 

声がカウンターに叩きつけられた。奥のテーブルの船員たちが一瞬静かになった。マスターが黙ってボトルを取った。

仮面の男はカウンターに座らなかった。立ったまま赤毛の斜め後ろに控えていた。視線は店内をゆっくり一周した。仮面の格子の隙間から青みがかった目が見えた。

 

「ボス」

 

仮面の男が短く言った。

 

「うるせえ、キラー。一杯だけだ」

 

ユースタス・キッド。俺はそれを声を聞いた瞬間に確信した。賞金首の似顔絵で何度か見ている。粗暴。磁力。最悪の世代の一人。歳は俺より少し下のはずだった。本当に来やがったな、と思いつつ俺は二杯目に口をつけた。表情は変えなかった。気配は最大限に薄くした。

キッドはボトルを直接喇叭飲みした。ガラスが鳴った。三口でかなり飲んだ。袖で口を拭った。

 

「ったくよぉ。さっきの政府の犬ども、しつこかったぜ」

「ボス、声」

「うるせえ。聞かれて困る話してねえ」

 

奥の船員たちは固まっていた。誰かが小さく咳をした。キッドが顔を上げた。店内をぐるりと見回した。俺の方で目が止まった。

来た、と肩のあたりが冷えた。しばらく沈黙が続いた。キッドは俺をじっと見ていた。鋭い視線というより、噛み付く前の獣のような視線だった。

 

「お前」

 

俺は答えなかった。

 

「お前、見たことのねえ顔だな」

「観光客だ」

「観光客ねえ」

 

キッドが鼻で笑った。

 

「酒場で気を消してる観光客なんざ、聞いたことがねえ」

 

俺はグラスを置いた。

 

「飲んでるだけだ。お前らほど騒がしくない」

 

奥のテーブルから空気が抜ける音がした。誰かが「おい」と小声で止めようとしていた。マスターは布巾を持ったまま動かなかった。キッドの口角が上がった。

 

「いい度胸じゃねえか」

 

机を蹴って立ち上がった。歩いてくる足音が一定だった。怒りの中に余裕があった。それが厄介だった。俺の隣のスツールに音を立てて腰を下ろした。近い。近すぎた。機械の腕が軋んだ。

 

「片目だけ蒼い、ねえ」

 

カウンターの上の俺の指がほんの少しだけ硬くなった。

 

「兄ちゃんよぉ」

「なんだ」

「お前——、もしかして"消えた七番目"か?」

 

(——その呼び名)

 

俺は答えなかった。指がグラスの縁に触れたまま止まった。三秒くらい止まった気がした。それくらい、その名前を他人の口から聞くのは久しぶりだった。その呼び名を知っているやつが、まだいるのか。

 

「政府の元犬がよぉ、こんなとこで何飲んでんだ」

 

キッドが俺の顔を覗き込んだ。歯を見せて笑っていた。俺は息を吐いた。

 

「人違いだ」

「人違いねえ」

 

笑いが大きくなった。

 

「片目だけ蒼いやつなんざ、シャボンディに二人もいねえだろ。CP——いや、もとCP、か? お前らみてえな連中の話、若い頃に親父から聞いたことがある」

「飲み続けたいんだ」

「いいぜ、飲んでろよ。そのかわり——」

 

キッドの右手がカウンターに置かれた。指がトン、と一度だけテーブルを叩いた。その瞬間、空気が重くなった。

 

 

覇王色だった。部屋全体が押し下げられるような圧。空気が粘度を持った。

奥のテーブルの船員三人がそろってスツールから崩れた。テーブルの上のグラスが倒れた。誰かの白目が見えた。マスターはカウンターの内側で膝をついた。布巾を握ったまま体が動かなくなっていた。仮面のキラーだけが立っていた。

俺は——、座ったままだった。そして反射的に、俺も解放した。二つの圧がぶつかった。

 

カウンターの俺のグラスにヒビが走った。横に一本。すうっと。天井の油灯が一つ、留め具を外して落ちた。床の上で割れた。火は消えた。煙が一筋立ち上がった。店の窓ガラスが内側からひび割れた。蜘蛛の巣のように。

キッドの顔から笑いが消えた。ほんの一瞬だけだった。すぐにまた笑った。さっきよりも嬉しそうな笑いだった。

 

「——おい」

 

キラーの声が低くなった。

 

「ボス」

 

キッドは答えなかった。俺を見ていた。俺もキッドを見ていた。

 

(——こいつ、本物だ)

 

俺の中で評価が一段階上がった。粗暴なだけのチンピラじゃなかった。覇王色の格は本物だった。それも、まだ伸び代がある。今の段階でこれなら、新世界で何年か揉まれた後はどうなるか、想像がついた。キッドの方も同じことを思っていたのが、目を見ればわかった。

 

「ボス。引きましょう」

 

キラーが繰り返した。キッドが舌打ちをした。

 

「チッ」

 

立ち上がった。スツールの脚が床を擦って耳障りな音を立てた。俺の肩を軽く叩いた。

 

「お前、いつかブッ潰すからな」

「来いよ」

「マリンフォードでも新世界でも、どこでもだ」

「わかった」

 

俺は短く返した。

 

「ただ」

 

俺はキッドの方を見上げた。

 

「マリンフォードまでに死ぬなよ」

「あ?」

「お前みたいなのが死んだら、つまんねえ」

 

キッドはしばらく俺を見ていた。口の端が歪んだ。さっきの笑いとは違う、もう少し本気の笑いだった。それから機械の腕で自分の肩を一度叩いた。歯車が軋んだ。

 

「覚えとけよ、兄ちゃん」

「ああ」

 

ドアが開いた。蝶番がまた悲鳴を上げた。キラーが先に出た。キッドが続いた。最後にもう一度だけ俺を振り返った。それから出て行った。

 

 

しばらく誰も動かなかった。

奥のテーブルの船員三人がそろって床から起き上がろうとしていた。膝が震えていた。一人は吐きそうな顔をしていた。マスターはカウンターの内側でようやく立ち上がった。額に汗が浮かんでいた。

ヒビの入ったグラスを俺はそっと脇によけた。中身のラム酒は半分こぼれていた。マスターが俺を見た。長く見た。それから、震える声で言った。

 

「あんた——、何者だよ」

 

俺は銀貨を二枚カウンターに置いた。

 

「ただの飲んだくれだ」

「そんな飲んだくれがいるかよ」

「いるんだ」

 

俺はコートの襟を立てた。割れた油灯の煙が天井に薄く溜まっていた。マスターは俺に何か言いかけて、結局何も言わなかった。それでよかった。

ドアを押した。蝶番がまた鳴った。外の空気が冷たかった。

 

 

夕方のシャボンディ。GR24の路地から表通りに出た。樹液の匂いが朝より濃くなっていた。シャボン玉の数は朝より少なかった。観光客がだんだん引いて、海賊の側のグローブが起き出す時間。街の表情がゆっくり入れ替わる時間。

俺は港のほうへ歩いた。歩きながら、さっきの覇王色の余韻が首の後ろにまだ残っていた。久しぶりに本気で誰かの覇気とぶつかった。エニエスでも本気の本気は出していなかった。マリンフォードまでに、まだ何回か、ああいう機会があるのかもしれなかった。

 

(——あいつ、本当に伸びるな)

 

シャクヤクの店までの道を歩いた。途中、市場の前で煙草を一箱買った。火はつけなかった。指の間で挟んだだけで、しばらくそのままにした。煙草は別に好きじゃなかった。買うのが好きなだけだった。買って、火をつけずに歩く時間が好きだった。

港の方から汽笛が聞こえた。新しい船が一隻、コーティングを終えて出航する音だった。その音とは別に、もう一つ違う気配が街の北側にあった。静かな気配だった。さっきのキッドとは正反対の、ほとんど波風を立てない種類の気配。気配というより、気配の不在のような気配。

 

(——もう一人、来てるな)

 

それが誰かは、まだわからなかった。ただ、レイリーの言葉を思い出した。最悪の世代って呼ばれてる連中、もう何人かこっちに来てる、と。

 

 

シャクヤクの店に戻った。裏口から入った。シャクヤクは仕込みの最中だった。手を止めずに俺を見て、それからまた野菜を切り始めた。

 

「お帰り」

「ただいま」

「散歩、楽しかった?」

「賑やかだった」

「あらそう」

 

彼女は笑わなかった。手の動きも止めなかった。それでも何かを察しているのは、肩の角度でわかった。俺はカウンターの端のスツールに腰を下ろした。

窓の外。夕暮れのシャボンディの空が、樹液の緑とごちゃ混ぜになっていた。一筋の汽笛がまた鳴った。俺は天井を見上げた。

 

(——次に来るのは、誰だ)

海風に新しい船の汽笛が混じった。

夜が、もう少しで来る。




読んでいただきありがとうございました。

第17話は、街の空気を厚めに描きました。シャボンディは原作でもお気に入りの場所のひとつで、樹液で人が浮く描写を一度書いてみたかったので、書けて満足しています。コーティング業者の遠景と、ベンチに座っているレイリーは、書いていてとても好きな絵でした。

赤毛の若者は、想像通りの彼でした。彼は粗暴に書きましたが、本当に粗暴なだけだとつまらないので、ちゃんと「伸び代のある粗暴」として書いたつもりです。あの二人がもう一度どこかで会うかは、未定です。会わせたい気持ちはあります。
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