五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない   作:熊々

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ピザの女王と軽口を交わした翌朝。
桟橋にいよいよあの船が着きます。

新聞紙の一面が一晩で塗り替わる、そういう朝の話です。
海軍が動き始めて街が動き始めて観光客が消える。
俺はと言えば、宿のベッドから出るのを少し惜しんでいました。

久しぶりに本気で動きます。


本日の更新はこれで最後になります。ぜひ高評価やお気に入りよろしくお願いいたします、
どうぞよろしくお願いします。


第二十話 先越されたぞ

朝の新聞が軽くならない朝、というのがある。

 

シャクヤクのバーのカウンター。湯気の立つコーヒーの隣に置かれた朝刊は、一面の文字がでかすぎて、見出しを読むのに視線を遠ざけないといけなかった。「麦わらの一味、シャボンディ諸島着」。その下に小さく「海軍本部、シャボンディ全域に動員中」。さらに小さく「観光客は外出を控えるよう勧告」。

 

三段組み。三段とも嫌な見出しだった。

 

「坊主」

新聞越しに声が落ちてきた。レイリーだった。脚を組んでグラスを傾けたまま、紙面から目を上げない。

「今日は荒れるぞ」

「うん、わかってる」

「わかってんならいい」

 

それきり、レイリーは新聞を一段下に折った。折った先にも別の見出しが続いていた。「世界貴族、シャボンディ訪問予定」。読まなくてよかった。読まないつもりだった。

読んでしまった。

 

俺はコーヒーを一口含んだ。

 

(——マリージョア、ねえ)

 

朝から飲むには濃すぎる豆だった。シャクヤクが新しい店を試したらしい。試した日に限って、こういう一面が刷られる。世の中はそういう順番でできている。

 

「お前、出るのか」

「迷ってる」

「迷ってる顔じゃねえな」

「迷うフリしてるんだよ。たまには」

 

レイリーが鼻で笑った。笑って、グラスをカウンターに戻した。

 

「坊主、一つだけ言っとくぞ」

「なに」

「動くなら、面は隠せ。今日のシャボンディは目が多い」

「了解」

「目が多いってのは、上の目もあるってことだ」

「……了解」

 

二回目の了解は、一回目より少し低くなった。

 

 

バーの裏口を出ると、街の温度が違っていた。

 

昨日までの観光地の喧騒が、半分削げていた。屋台は店を畳み始めていて、奴隷商人の仲買が露骨に荷をまとめている。代わりに増えていたのは、海軍の足跡だった。白い制服が二人組、三人組で路地を流していて、グローブ番号の根元には簡易の検問が立っていた。検問の脇には海軍犬。鎖の張り方が、観光地のそれじゃない。

 

俺はフードを目深にかぶって、グローブ24番から13番方向へ抜ける裏路地を選んだ。コーティング業者の街。ロスティング通り。普段なら船底の修理音と樹液の匂いだけがする路地が、今朝は妙に静かだった。

 

静かな朝は、嫌な朝だ。

 

(——観光客が、もう逃げてるな)

 

逃げる嗅覚だけは、観光客が一番鋭い。海賊より、海軍より、市場の魚屋より。命の値段が一番高い連中の足だけは、いつも一番先に動く。

 

路地を二つ曲がったところで、海賊らしき男が三人駆け抜けていった。バンダナと長剣と肩の刺青。最悪の世代の手下くらいの格だろう。逃げる方向は港じゃなくて、樹の根方。船を諦めて山に潜るつもりらしい。

 

逃げる船がない朝、というのもある。

 

俺はもう一度、フードの縁を引いた。引いて、足を止めた。

 

止めた理由は、風だった。

 

南西の海風が、ほんの一瞬向きを変えた。変えた風に乗って、嫌な匂いが届いた。香水でも、潮でも、樹液でもない。布の匂いだ。仕立てのいい絹と、塗り直したばかりの靴墨と、磨きすぎた金の匂い。それからその下に薄く——人間の汗じゃない。家畜を見下ろす者だけがまとう、独特の脂の匂い。

 

(——マリージョア紋章の匂いだ)

 

舌の奥が苦くなった。

俺の足は宿に戻る方向と匂いの方向とで半秒だけ迷った。

半秒だった。半秒で前世の医者が動いた。

 

 

グローブ番号1番。シャボンディの中心広場。

 

樹液の池の脇に、人だかりができていた。観光客が逃げた朝に人だかりというのは、異様だった。異様なまま、その輪の真ん中に白い帽子が二つ見えた。

 

宇宙服のような球状のヘルメット。襟元から胸まで覆う重い装束。一人は男で、一人はその後ろの細い体格。世界貴族——天竜人。

 

聖チャルロス、と誰かが小さく囁くのが聞こえた。隣に立っているのが聖ロズワード。さらに後ろに護衛の海軍兵が四人。離れた場所に巨大な影が二つ立っていた。背丈四メートルはある肩幅の広い人型。鉄の光沢。黄色のジャケット。あれは——。

 

(——あれが噂のサイボーグか。よく作ったもんだ)

 

パシフィスタ。新聞には「対海賊用人型兵器」とだけ書いてあった。実物を見るのは初めてだ。初めてで、すぐにわかった。あれは人を殺すために作られている。それも、海賊を殺すために作られている。

 

人だかりの足元に青い体の魚人が膝をついていた。

ハチ、と呼ばれていた男だ。シャクヤクの店にときどき麦わらを持って来る寿司屋の親父。タコの魚人。今朝はその肩に銃創があった。聖チャルロスがピストルの煙を吹いている。

 

「家畜が」

チャルロスが言った。

「家畜のくせに、私の靴に泥を跳ねたな」

 

ハチは何も言わなかった。言わなかったが、口を強く結んでいた。結んだ口の端から、血が一筋。

 

聖ロズワードが横で笑っていた。笑いながらピストルを抜いていた。抜いた銃口をハチの後頭部に向けようとしていた。海軍兵は止めなかった。止めるどころか半歩下がって視界を空けた。

 

——空けた。

俺は風を消した。

 

 

無下限を、足元から半歩前に押し出す。空気の境界を一枚、地面に沿って広げる。広げた境界の先に、ロズワードの右半身があった。

 

右半身、ではなく——後ろに立っていた護衛の天竜人の方を選んだ。

 

ロズワードでもチャルロスでもない。三人目。少し離れた位置で退屈そうに広場を見下ろしていた、痩せた中年の男。名前は知らない。名前を覚える義理もない。覚えるくらいなら——消す方が早い。

 

頭の中の温度がすっと一段下がった。

僕の足が影を踏んだ。

 

『——無限消失』

 

声に出さなかった。出す必要がなかった。

 

護衛の天竜人の輪郭が、ずれた。

ずれた、というより、引き伸ばされた。世界の縁が、その男の体だけを無限の遠さに引き受けた。手の先、足の先、ヘルメットの曲面、装束の縫い目、その下の脂の匂い。全部が空間ごと、向こう側に消えた。

 

血は飛ばなかった。

影も残らなかった。

護衛が立っていた地面の砂利だけが半円形にわずかにくぼんでいた。

 

「な——」

海軍兵Aの声が半呼吸遅れて広場に落ちた。

「消えた……?」

「無限消失だ」

別の海軍兵Bがヘルメットの下で囁いた。

「あの幽鬼が、動いた」

 

ざわめきが円の外から内へと逆流した。聖チャルロスが振り向いた。振り向いて僕を見た。見たが見えていないようだった。フードの陰の眼が向こうから探そうとしても、向こうの目には届かない。

 

僕は半歩下がった。

 

(——一人で十分だ。残りは後でいい)

 

 

そこへ別の風が割り込んだ。

 

広場の北口から、ゴム鞠みたいな黒髪が突っ込んできた。麦わら帽子。短い半ズボン。赤いシャツ。怒りで膨らんだ頬。

ルフィだった。

 

「——ハチィィィ!!」

 

声が広場を縦に貫いた。貫いたまま、ルフィの拳が聖チャルロスの顔面に突き刺さった。ヘルメットが砕けた。チャルロスが宙に舞った。観光客の半分が悲鳴を上げ、半分が口を押さえた。海軍兵が銃を構えようとして、構え終わる前に、ルフィのもう一発がロズワードの顎を撃ち抜いた。

 

二人とも、同時に、地面に縫いつけられた。

——速い。

 

(——いい一発だ。気持ちのいい順番でやる男だ)

 

僕は目深のフードの下で薄く笑った。笑って一人称の温度をもとに戻した。

 

「先越されたぞ、俺」

 

口の中だけで呟いた。

呟いて、半歩、影に下がった。

 

ルフィがハチに駆け寄っていた。後ろから麦わらの仲間が遅れて駆けつけてきていた。緑髪の剣士。金髪のコック。長鼻の狙撃手。橙髪の女。声が重なる。混ざる。広場の中心が別の体温に塗り替わっていく。

 

ルフィがハチを抱え上げる前に、一瞬だけ顔を上げた。

俺と目が合った。

合った、というより目線が一瞬だけ重なった。それだけだ。俺はフードの陰から見ていてルフィは光の真ん中にいた。距離は十五メートル。間に倒れた天竜人と消えた天竜人の砂利のくぼみがあった。

 

ルフィが口を開いた。

 

「……あんた、誰だ?」

 

短かった。短いがまっすぐだった。

俺は口の端だけで答えた。

 

「何でもねえよ。気にすんな」

 

それだけだった。

ルフィは不思議そうに首を傾げて、それからすぐにハチに視線を戻した。ハチが「ルフィ……」と掠れた声で何か言った。ルフィが「もう喋んな」と短く返した。仲間たちが集まる。橙の女が傷を見て顔をしかめる。長鼻の男が周囲を警戒し始める。

 

俺はそれを影の縁から二秒だけ見ていた。

二秒で十分だった。

 

 

警戒の声が海軍側から上がった。

 

「パシフィスタ、起動!」

「目標、麦わらの一味!」

「PX-1、PX-4、起動完了!」

 

広場の縁に立っていた二体の鋼の人型が、同時に首を回した。回した先に、ルフィたちがいた。胸の装甲がスライドして、内側から黒い砲口が現れた。砲口の奥に、すでに光が溜まり始めていた。

 

——あの色は、知ってる。

 

(——黄猿の光だ。模倣品だがな)

 

PX-1のヘルメットが半分上がった。下から覗いた顔は——黄猿そっくりに作られていた。眠そうな瞼。たるんだ頬。海軍五大老が、悪趣味な人形遊びでもしたんだろうか。出来は悪くない。出来が悪くないからこそ、悪趣味さが際立つ。

 

ルフィたちが武器を抜いた。緑髪の三本目を口にくわえる音。コックの足が地を蹴る音。橙の女が「これ、相手してる時間ない!」と叫ぶ声。

砲口が光った。

光った瞬間、ゾロが横から斬り込んでいた。鋼の腕が一本、肘から落ちた。落ちたがもう一本の腕がゾロを掴もうとした。掴まれかけた。サンジが脚で蹴り上げた。蹴り上げて足の裏から「痛ぇ……!」と顔をしかめた。鋼鉄。普通の蹴りじゃ通らない。

 

苦戦と呼ぶには早い。早いが麦わらの一味はまだ「シャボンディに着いたばかり」だった。

着いたばかりの船の連中に大将級の兵器を二体ぶつける。海軍の本気を一発見せておくつもりらしい。やり方が陰湿だ。陰湿だが効果的だ。原作通りなら今日この広場で仲間が散らされる。

それは——そうなる前に止めておきたい。

 

俺は影を一歩踏み出した。

 

(——ここで一発、貸しを作っておくか)

 

 

PX-1の背後に足音もなく着地した。

無下限の縁を地面に薄く敷いて、衝撃を全部外側に逃がす。重力が消えたみたいに鋼鉄の人型はこちらの足音に気付かない。ヘルメットの後ろのスリット。配線の束。冷却フィンの隙間から漏れる微かな駆動音。観察するほど人を殺すために作られた造形だった。

 

僕は左手をPX-1の後頭部に置いた。

 

『——蒼』

 

順転。引き寄せる方の力。

鋼鉄の頭部が僕の左の掌に向けて引き寄せられた。引き寄せられた頭部のちょうど顎の下に、僕の右拳が滑り込んだ。

 

右の拳に全部の重さを乗せる。覇気を絞る。武装色を爪先から拳骨まで一直線に通す。通して、最後の一瞬。神経の伝達速度を、いつもより半呼吸だけ速める。

 

『——黒閃』

 

衝撃が、二重に鳴った。

一発目は、拳が頭部に触れた音。二発目は、その後零コンマ数秒遅れて来る、空気が捻れる音。鋼鉄の頭部が、内側から球状に潰れた。潰れたまま、上に飛んだ。海軍兵がそれを呆然と見上げた。鋼の球が空に弧を描いて、樹液の池の方角に落ちた。落ちて、ぼちゃん、と間抜けな音を立てた。

 

PX-1の首から配線が垂れた。垂れたままゆっくり膝から崩れた。

広場が静かになった。

 

「単発で、パシフィスタを……?」

海軍兵の誰かが囁いた。

「あの幽鬼が……PX-1を……?」

「化け物だ」

「化け物の方の天竜人を消した、化け物だ」

 

俺は拳を一度軽く振った。骨に痺れが残っていた。覚悟していたよりPX-1の鋼鉄はほんの少しだけ硬かった。武装色をもう一段絞っておくべきだったかもしれない。

 

(——派手にやりすぎたか。まあいい)

 

ルフィが振り返って、また俺を見ていた。

緑髪のゾロもコックのサンジも橙の女も長鼻の男も。全員がPX-1の倒れた方向と俺の立っている影の境とを交互に見ていた。

 

俺はもう一度口の端で笑った。

笑って手のひらを軽く上げて、二歩後ろに下がった。

下がった先に影があった。影に体を半分預けた。預けながらフードの縁を引き直した。

 

ルフィの口が小さく動いた。

 

「……あの男、何者だ……?」

 

聞こえた。聞こえたが答えなかった。答えるのは今日じゃない。今日は貸しを作るところまでで十分だ。

 

残ったもう一体のPX-4が緩慢にこちらを向いた。向いたまま動かなかった。標的の優先順位を計算し直しているらしい。鋼鉄の頭の中で麦わらの一味と俺との札が、何度か入れ替わるのが見えた気がした。

 

 

そのとき、空の上を、光が一筋走った。

走った、というより、光そのものが空を直線に切った。雲が裂けた。空気が一拍、止まった。光の軌跡の終点が、シャボンディ諸島の中央からほんの少し南西。海軍本部の方角からまっすぐ、こちらへ向かって伸びてきていた。

 

海軍兵が、空を見上げた。

 

「黄猿提督、到着!」

「ピカピカの実だ……!」

「もう、来た……!」

 

光が樹液の幹の合間に収束した。

広場全体の温度が半度下がった気がした。気のせいじゃなかった。気のせいだったらよかった。

 

俺は空を見上げた。

 

(——次は、こいつか)

 

光の終点がまだ揺れていた。揺れたままゆっくりと、人の形に固まり始めていた。痩せた長身。サングラス。だらしなく緩い肩。海軍大将のコート。

——黄猿。本物。

 

息を吸った。吸って止めた。

止めたところに横から声がかかった。

 

「坊主」

 

レイリーだった。

いつの間に。

 

樹液の幹の影に片手をポケットに突っ込んで、もう片手にラム酒の小瓶。さっきまでバーにいた男がもうここに立っていた。立っているが表情はバーにいたときのままだった。

 

「お前は先に動いていろ。光線は俺が引き受ける」

「うん、頼んだ」

「面、隠してるか」

「隠してる」

「結構」

 

それだけだった。それだけでレイリーは片手のラム酒を一口だけ呷った。呷って空を見上げた。空の光が人の形を取り終えた。黄猿が樹液の幹に降り立った。

降り立ったその瞬間、俺は影に半身を沈めた。

 

 

空の光がまだ揺れていた。

街の温度がまた一段変わった気がした。

 

——夜まで、保つかな。

 




いかがだったでしょうか。

第17話のキッド戦と第18話のロー会話で二話続けて「決着なし」「弱点を晒す」展開だったので、本話では一気に振り切ろうと思って書きました。
派手にやりすぎたかな、と書き手としても思いましたが、黄昏の頂上戦争編はそういう密度でいきたいと思っています。

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