五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない   作:熊々

3 / 28
第3話は、十三歳から十八歳まで、五年を一気に駆け抜けます。アズールが「シャボンディの幽鬼」と呼ばれるようになった時代の話です。

CP9メンバー(カリファ・ルッチ・カク・ジャブラ・ブルーノ)と並ぶ、原作には存在しない「七番員」という設定で、政府の影を渡り歩きます。お楽しみは、原作で印象的だった彼ら——特に、原作よりちょっと若くて、原作よりだいぶ冷たい、あの眼鏡の女性。

今話の見どころは、暗殺技『無限消失』のお披露目、カリファとの初対面でのセクハラ判定、ルッチとの覇王色のぶつかり合い、そして章末の五老星との対峙、です。

それでは、お楽しみください。



第三話 最初の標的

# 第3話「最初の標的」

 

依頼書は一枚の紙だった。

シャボンディの安宿のろうそくの灯の下で、俺はそれを開いた。

 

```

標的:マリージョア所属貴族、テオドール・サンクレイア卿。

罪状:奴隷の私的虐殺、計43名。

依頼主:政府内部告発者(匿名)。

報酬:5,000万ベリー。

```

 

(……四十三人)

 

紙の端を指でなぞった。

 

四十三人。

顔も名前もわからない。

ただの数字だ。

だがその数字の向こうに、確かに人がいた。

医者だった頃の俺なら、五年かけて救えるかどうかの数だ。

それをひとりの貴族が娯楽で消した。

 

ろうそくの炎に紙の端を近づける。

オレンジが紙を舐めた。

 

『罪状:奴隷の私的虐殺、計43名』

『罪状:奴隷の』

『罪状』

『罪』

 

文字が順番に消えていく。

灰になった依頼書を、俺は灰皿に落とした。

 

(——いい時代だ)

(医者が人殺しの言い訳を紙一枚でもらえる)

 

 

階下に降りた。

シャクヤクのバーはまだ明かりがついていた。

 

「いってきます、シャクヤクさん」

 

俺はドアの前で振り返った。

シャクヤクはカウンターでグラスを磨いていて、顔も上げずに言った。

 

「いってらっしゃい、アズくん」

 

——間があった。

 

それから、いつもの低い声で。

 

「血、ちゃんと落としてから帰ってきてね」

 

俺は笑った。

——本当に笑った。

 

「了解」

 

ドアを閉めた。

夜のシャボンディは、シャボン玉が星より明るかった。

 

 

別荘地は二十四番GR。

天竜人とその配下が休暇に使う小さな島だ。

 

俺は塀の外に立っていた。

 

衛兵が八人。

内部の使用人、十二人。

標的のテオドール卿、本人。

 

(——全員、見ないことにしよう)

 

無下限呪術の応用。

正確には応用ですらない、ただの省略形。

 

俺は息を吐いた。

 

『——無限消失』

 

塀が消えた。

正確には塀の手前から奥までの空間ごと、無下限の彼方へ送った。

音も光も漏れない。

ただそこにあったものがなくなる。

 

衛兵の誰ひとり気づかなかった。

 

俺は廊下を歩いた。

靴音がしないように、足の裏に薄い無下限を敷いた。

これ、医者の手技と似てる。

皮膚の上をメスが滑る感覚。

 

寝室の前に立った。

ノックはしない。

代わりにドアと、その向こうのベッドと、ベッドの上の男を。

 

『無限消失』

 

——消えた。

 

血も。

悲鳴も。

寝具のわずかなくぼみも。

何も残らなかった。

 

(……)

 

俺はしばらく、空っぽになった部屋を見ていた。

 

四十三人を殺した男が、たった今、四十三人と同じ場所に行った。

それだけのことだった。

 

帰り道、俺は何度も自分の手を見た。

汚れていなかった。

汚れていないことが、奇妙に不気味だった。

 

 

シャクヤクのバーに戻った。

 

午前三時。

客はもういなかった。

 

「終わった」

 

カウンターに座った。

 

シャクヤクは何も聞かずにグラスを置いた。

中身はミルクだった。

十三歳の俺に酒はまだ早い。

 

「そう」

 

それだけ言った。

 

俺はミルクをひとくち飲んだ。

甘かった。

 

——人を殺した。

罪悪感はない。

これが俺の新しい天秤か。

 

そう独白した自分に内心笑った。

医者だった頃も天秤の上で命を計っていた。

助ける順番。

回す病室。

切る指。

残す指。

 

天秤はずっと持っていた。

ただ今夜から片側に別の重りが乗っただけだ。

 

シャクヤクが煙草に火をつけた。

 

「アズくん」

「ん」

「お風呂、沸いてるから」

「……ありがと」

 

血なんてついていないのに。

 

 

それからひと月後。

 

レイリーが酒臭い顔で、俺の部屋に上がってきた。

 

「坊主」

「酔っ払いは帰れ」

「話がある」

 

椅子にどかりと座った。

酒瓶を机に置いた。

 

「お前、政府に所属しろ」

 

俺は本から目を上げた。

 

「……は?」

 

「サイファーポール。表向きはCP9の暗殺特化枠だ。**七番員**ってことになる」

「実態は」

「単独行動。誰の指揮も受けない。任務はレイリー経由で流す」

 

俺はしばらくレイリーの皺だらけの顔を見ていた。

 

「ジジイ」

「ああ」

「俺を政府に売る気か」

 

レイリーはふっと笑った。

 

「売ってない」

「じゃあ何だ」

「**預けるだけだ**」

 

——預ける。

 

不思議な言葉の選び方だった。

 

「お前が見たいんだろう」

「何を」

「世界の裏側を」

 

レイリーが酒瓶の口を、こちらに向けた。

 

「Dの意味を知りたいなら、政府の中から見るのが早い」

 

俺は本を閉じた。

 

(——うわぁ)

(完全に見透かされてる)

(このジジイ、絶対ロジャーの右腕だっただけのことはある)

 

「条件、ひとつ」

「言え」

「俺の任務、選ぶのは俺だ」

「いいだろう」

「あと、もうひとつ」

「言え」

「政府が俺に嘘をついた瞬間に抜ける」

 

レイリーはしばらく黙った。

 

それから瓶を傾けた。

酒がふた口分減った。

 

「——わかった」

 

その夜、俺はサイファーポールの預かり証にサインした。

 

 

サイファーポール訓練施設。

場所は伏せられている。

六分割された島のひとつ、らしい。

 

十五歳の俺は施設の門の前に立っていた。

 

中から五人の影が出てきた。

 

先頭の女が眼鏡を押し上げた。

 

「あなたが新しい七番員ね」

 

声は低くて冷たかった。

スーツがきちんと糊が利いていた。

 

(——カリファだ)

(原作より若い)

(原作より冷たい)

 

「レイヴン・D・アズール」

「カリファ。CP9、女性班、副班長よ」

「……肩書、長いな」

「セクハラ」

 

俺は思わず止まった。

 

(……今の、セクハラ要素どこにあった?)

 

横の長身の男が含み笑いをした。

山羊を肩に乗せている。

ジャブラではない。

別の誰か。

 

その隣の男はもっと覚えがあった。

 

中肉中背。

無表情。

肩に白い鳩。

 

ロブ・ルッチ。

 

ルッチは俺をちらりと見た。

それだけだった。

 

奥にもうふたり。

カクとブルーノらしき姿。

 

カリファが踵を返した。

 

「訓練は共同。任務は単独。あなたの場合、後者しかしないらしいけど」

「そうらしい」

「歓迎はしないわ」

「期待してない」

 

カリファはちらりと肩越しに振り返った。

 

「あなた、何者なの」

「七番員、らしいぞ」

「訓練のたびに姿が消えるけど」

 

(——あ)

(無下限、バレてるな)

(まあ、いいか)

 

「秘密」

 

俺は片手を振った。

 

「それより」

 

——一拍。

 

「お前のメガネ、似合ってるな」

 

カリファの足が止まった。

 

ふり返った顔は無表情だった。

 

「セクハラよ」

 

声に温度がない。

 

「冗談」

「冗談でもセクハラよ」

「厳しいな」

「**訴えるわよ**」

 

俺は両手を上げた。

 

(原作のカリファ、想像の三倍冷たいな)

(……でも、これ)

(絶対、楽しい関係になる)

 

 

ルッチとふたりになったのは、その三日後だった。

 

訓練場の隅。

俺が木陰で本を読んでいたら、影が差した。

 

「お前」

 

低い声だった。

 

顔を上げた。

 

ルッチが立っていた。

肩のハットリがぐるぐると鳴いた。

 

「何者だ」

 

——直球だった。

 

俺は本を閉じた。

ルッチの目を見た。

見て、わかった。

原作のこいつだ。

正義のために人を殺せる男。

 

(……ちょっとだけ、出すか)

 

息を吸った。

吐いた。

 

——覇王色。

ほんの欠片だけ。

 

空気がぴしりと鳴った。

 

ルッチの肩のハットリが一瞬固まった。

 

ルッチ自身は動かなかった。

ただその無表情の中で、目だけがすこし開いた。

 

しばらく黙っていた。

 

それから。

 

「——お前、面白いな」

 

俺は笑った。

 

「お互い様だろ、ルッチ」

 

ルッチはなにも言わなかった。

踵を返した。

ハットリがこちらを振り返って、また鳴いた。

 

俺は本を開き直した。

 

(あいつ、いつか俺を殺しに来る側になるんだろうな)

(エニエス・ロビーで待ってる)

(——その時は本気で相手するよ)

 

 

それから二年が過ぎた。

 

俺は暗殺者として完成した。

 

二つ名がついた。

**シャボンディの幽鬼**——ファントム。

 

四年で四十七件。

標的は選んだ。

腐敗官僚。

天竜人の汚れ仕事の請負。

人身売買の元締め。

 

政府にとっても消したい悪党だけを消した。

それが政府が俺に依頼を流す理由だった。

互いに利用し合っていた。

それで十分だった。

 

——だった、はずだ。

 

四十六件目。

標的の屋敷で、子供がひとり、二階の窓からこちらを見ていた。

 

俺は無下限の引き金をかけたところだった。

 

『無限消失』を唱える寸前。

 

——子供の目が俺と合った。

 

止めた。

ぎりぎりで止めた。

 

標的だけを選び直して消した。

子供は生きた。

俺のこめかみに汗が流れた。

 

帰りの船の甲板で、俺は夜空を見上げた。

 

シャボンがなかった。

ここはシャボンディじゃない。

 

(——俺、何やってんだろうな)

 

ぽつりと口に出た。

 

医者だった頃。

助けた子供の数を数えていた。

今は消した大人の数を数えている。

 

天秤が片側に重い。

ずっと重いままだ。

 

(——降りるか)

 

そう思った。

 

 

マリージョア。

五老星の間。

 

十八歳の俺はひとりで立っていた。

 

五人の老人がこちらを見下ろしていた。

玉座の奥は暗かった。

 

「契約解除を申し出ます」

 

俺は丁寧に言った。

 

五老星のひとりが口を開いた。

 

「貴様、自分が何をしているかわかっているのか」

 

低い声だった。

声に押すような圧があった。

覇気だった。

 

俺は笑った。

 

「もちろん」

 

——そして息を吐いた。

 

無下限。

半径五メートル。

俺の周りに見えない壁が立った。

壁の向こうから、こちらに何ひとつ届かない。

覇気も。

銃弾も。

神も。

 

ついでに。

 

——ほんの少しだけ覇王色を流した。

 

ぴしりと空気が鳴った。

玉座の奥の闇が揺れた。

五老星のひとりが目をすこし開いた。

 

俺はゆっくりとその目を見返した。

 

——そして言った。

 

「あんたら」

 

声を落とした。

本気のときいつもこうなる。

五条悟が無下限を解除する寸前の声だ。

 

「**俺を、殺せませんよ**」

 

——間があった。

 

長い間だった。

 

五老星は動かなかった。

動けなかったのかもしれない。

それはわからない。

 

ただその日、五人の世界の影の支配者の誰ひとり、椅子から立ち上がらなかった。

 

しばらくして、ひとりが口を開いた。

 

「……契約解除を認める」

 

俺は頭を下げた。

 

「ご縁があれば、また」

 

ない、けど。

 

 

その日、世界政府は史上初めて。

——契約解除を一方的に飲まされた組織になった。

 

そのことを知っているのは五老星とレイリーと俺だけだ。

 

 

シャボンディに帰った。

 

夕方だった。

シャボンがいつもより多かった。

オレンジの空に、虹色の玉が無数に上っていく。

 

シャクヤクのバーのドアを開けた。

 

カウンターの向こうで、シャクヤクがグラスを磨いていた。

 

顔を上げた。

 

——少しだけ笑った。

 

「おかえり、アズくん」

 

俺はいつもの席に座った。

 

「ただいま」

 

シャクヤクは何も聞かなかった。

俺も何も言わなかった。

ミルクはもう出なかった。

代わりにグラスに琥珀色が注がれた。

 

「十八ならいいでしょ」

「……年齢、覚えててくれたんだ」

「アズくん、誕生日、自分で言わないからね」

 

俺はひとくち飲んだ。

喉が焼けた。

医者の頃に何度か飲んだ味と違った。

 

「で」

 

シャクヤクが煙草を咥えた。

 

「これからどうするの」

 

俺はグラスの中の琥珀を揺らした。

 

考えていた。

ずっと考えていた。

 

世界政府の影で五年。

見るものは見た。

Dの意味はまだわからない。

だが政府の中ではもう見つからない、とわかった。

 

——なら。

 

口の端を上げた。

 

「俺、もう少し」

 

——一拍。

 

「**何でも屋、やる**」

 

シャクヤクが煙を吐いた。

煙の向こうで笑っていた。

 

「シャボンディの幽鬼が何でも屋ねぇ」

「響き、いいだろ」

「迷子の犬探しも来るわよ」

「やる」

「——ふぅん」

 

シャクヤクは新しいグラスを自分にも注いだ。

 

軽くこちらに向けた。

 

「歓迎するわ、何でも屋さん」

 

俺もグラスを上げた。

 

カチン、と鳴った。

 

——窓の外をシャボンがひとつ上っていった。

 

五年前と同じ夜だった。

五年前と違う俺だった。

 

(……エースまで、あと何年だろうな)

 

ふと、そう思った。

 

ろうそくの灯が揺れた。

 

——次回、第4話「幽鬼、何でも屋に堕ちる」

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。

カリファさん、想像の三倍冷たくなりました。原作の「セクハラよ」を一回でも書きたかったのが、本音です。第三部・エニエス・ロビー編でこの距離が崩れていく予定です。お楽しみに。

ルッチとの覇王色のぶつかり合いは、敵か味方か、まだ決めていません。原作通り敵として再会するか、本作では同じ側に立つルートを開くか。第3部で答えを出します。

五老星の対決は、派手に戦わせない選択をしました。圧と圧の押し合いだけで、相手が動けない——アズールの強さを、暴れさせずに見せたかった回です。

次回、第4話「幽鬼、何でも屋に堕ちる」。
シャボンディに戻った十八歳のアズールが、五年かけて少しずつ、人間の温度を取り戻していく話です。シャクヤクとの距離がもう一段近づき、ドフラミンゴが顔を出し、章末では——あの夜の、あの扉の話を、します。

★や感想、お気に入り登録、ひとつでも残していただけると、第4話の進捗が体感倍速になります。本当に、ありがとうございます。

それでは、また次回。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。