五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない 作:熊々
CP9メンバー(カリファ・ルッチ・カク・ジャブラ・ブルーノ)と並ぶ、原作には存在しない「七番員」という設定で、政府の影を渡り歩きます。お楽しみは、原作で印象的だった彼ら——特に、原作よりちょっと若くて、原作よりだいぶ冷たい、あの眼鏡の女性。
今話の見どころは、暗殺技『無限消失』のお披露目、カリファとの初対面でのセクハラ判定、ルッチとの覇王色のぶつかり合い、そして章末の五老星との対峙、です。
それでは、お楽しみください。
# 第3話「最初の標的」
依頼書は一枚の紙だった。
シャボンディの安宿のろうそくの灯の下で、俺はそれを開いた。
```
標的:マリージョア所属貴族、テオドール・サンクレイア卿。
罪状:奴隷の私的虐殺、計43名。
依頼主:政府内部告発者(匿名)。
報酬:5,000万ベリー。
```
(……四十三人)
紙の端を指でなぞった。
四十三人。
顔も名前もわからない。
ただの数字だ。
だがその数字の向こうに、確かに人がいた。
医者だった頃の俺なら、五年かけて救えるかどうかの数だ。
それをひとりの貴族が娯楽で消した。
ろうそくの炎に紙の端を近づける。
オレンジが紙を舐めた。
『罪状:奴隷の私的虐殺、計43名』
『罪状:奴隷の』
『罪状』
『罪』
文字が順番に消えていく。
灰になった依頼書を、俺は灰皿に落とした。
(——いい時代だ)
(医者が人殺しの言い訳を紙一枚でもらえる)
⸻
階下に降りた。
シャクヤクのバーはまだ明かりがついていた。
「いってきます、シャクヤクさん」
俺はドアの前で振り返った。
シャクヤクはカウンターでグラスを磨いていて、顔も上げずに言った。
「いってらっしゃい、アズくん」
——間があった。
それから、いつもの低い声で。
「血、ちゃんと落としてから帰ってきてね」
俺は笑った。
——本当に笑った。
「了解」
ドアを閉めた。
夜のシャボンディは、シャボン玉が星より明るかった。
⸻
別荘地は二十四番GR。
天竜人とその配下が休暇に使う小さな島だ。
俺は塀の外に立っていた。
衛兵が八人。
内部の使用人、十二人。
標的のテオドール卿、本人。
(——全員、見ないことにしよう)
無下限呪術の応用。
正確には応用ですらない、ただの省略形。
俺は息を吐いた。
『——無限消失』
塀が消えた。
正確には塀の手前から奥までの空間ごと、無下限の彼方へ送った。
音も光も漏れない。
ただそこにあったものがなくなる。
衛兵の誰ひとり気づかなかった。
俺は廊下を歩いた。
靴音がしないように、足の裏に薄い無下限を敷いた。
これ、医者の手技と似てる。
皮膚の上をメスが滑る感覚。
寝室の前に立った。
ノックはしない。
代わりにドアと、その向こうのベッドと、ベッドの上の男を。
『無限消失』
——消えた。
血も。
悲鳴も。
寝具のわずかなくぼみも。
何も残らなかった。
(……)
俺はしばらく、空っぽになった部屋を見ていた。
四十三人を殺した男が、たった今、四十三人と同じ場所に行った。
それだけのことだった。
帰り道、俺は何度も自分の手を見た。
汚れていなかった。
汚れていないことが、奇妙に不気味だった。
⸻
シャクヤクのバーに戻った。
午前三時。
客はもういなかった。
「終わった」
カウンターに座った。
シャクヤクは何も聞かずにグラスを置いた。
中身はミルクだった。
十三歳の俺に酒はまだ早い。
「そう」
それだけ言った。
俺はミルクをひとくち飲んだ。
甘かった。
——人を殺した。
罪悪感はない。
これが俺の新しい天秤か。
そう独白した自分に内心笑った。
医者だった頃も天秤の上で命を計っていた。
助ける順番。
回す病室。
切る指。
残す指。
天秤はずっと持っていた。
ただ今夜から片側に別の重りが乗っただけだ。
シャクヤクが煙草に火をつけた。
「アズくん」
「ん」
「お風呂、沸いてるから」
「……ありがと」
血なんてついていないのに。
⸻
それからひと月後。
レイリーが酒臭い顔で、俺の部屋に上がってきた。
「坊主」
「酔っ払いは帰れ」
「話がある」
椅子にどかりと座った。
酒瓶を机に置いた。
「お前、政府に所属しろ」
俺は本から目を上げた。
「……は?」
「サイファーポール。表向きはCP9の暗殺特化枠だ。**七番員**ってことになる」
「実態は」
「単独行動。誰の指揮も受けない。任務はレイリー経由で流す」
俺はしばらくレイリーの皺だらけの顔を見ていた。
「ジジイ」
「ああ」
「俺を政府に売る気か」
レイリーはふっと笑った。
「売ってない」
「じゃあ何だ」
「**預けるだけだ**」
——預ける。
不思議な言葉の選び方だった。
「お前が見たいんだろう」
「何を」
「世界の裏側を」
レイリーが酒瓶の口を、こちらに向けた。
「Dの意味を知りたいなら、政府の中から見るのが早い」
俺は本を閉じた。
(——うわぁ)
(完全に見透かされてる)
(このジジイ、絶対ロジャーの右腕だっただけのことはある)
「条件、ひとつ」
「言え」
「俺の任務、選ぶのは俺だ」
「いいだろう」
「あと、もうひとつ」
「言え」
「政府が俺に嘘をついた瞬間に抜ける」
レイリーはしばらく黙った。
それから瓶を傾けた。
酒がふた口分減った。
「——わかった」
その夜、俺はサイファーポールの預かり証にサインした。
⸻
サイファーポール訓練施設。
場所は伏せられている。
六分割された島のひとつ、らしい。
十五歳の俺は施設の門の前に立っていた。
中から五人の影が出てきた。
先頭の女が眼鏡を押し上げた。
「あなたが新しい七番員ね」
声は低くて冷たかった。
スーツがきちんと糊が利いていた。
(——カリファだ)
(原作より若い)
(原作より冷たい)
「レイヴン・D・アズール」
「カリファ。CP9、女性班、副班長よ」
「……肩書、長いな」
「セクハラ」
俺は思わず止まった。
(……今の、セクハラ要素どこにあった?)
横の長身の男が含み笑いをした。
山羊を肩に乗せている。
ジャブラではない。
別の誰か。
その隣の男はもっと覚えがあった。
中肉中背。
無表情。
肩に白い鳩。
ロブ・ルッチ。
ルッチは俺をちらりと見た。
それだけだった。
奥にもうふたり。
カクとブルーノらしき姿。
カリファが踵を返した。
「訓練は共同。任務は単独。あなたの場合、後者しかしないらしいけど」
「そうらしい」
「歓迎はしないわ」
「期待してない」
カリファはちらりと肩越しに振り返った。
「あなた、何者なの」
「七番員、らしいぞ」
「訓練のたびに姿が消えるけど」
(——あ)
(無下限、バレてるな)
(まあ、いいか)
「秘密」
俺は片手を振った。
「それより」
——一拍。
「お前のメガネ、似合ってるな」
カリファの足が止まった。
ふり返った顔は無表情だった。
「セクハラよ」
声に温度がない。
「冗談」
「冗談でもセクハラよ」
「厳しいな」
「**訴えるわよ**」
俺は両手を上げた。
(原作のカリファ、想像の三倍冷たいな)
(……でも、これ)
(絶対、楽しい関係になる)
⸻
ルッチとふたりになったのは、その三日後だった。
訓練場の隅。
俺が木陰で本を読んでいたら、影が差した。
「お前」
低い声だった。
顔を上げた。
ルッチが立っていた。
肩のハットリがぐるぐると鳴いた。
「何者だ」
——直球だった。
俺は本を閉じた。
ルッチの目を見た。
見て、わかった。
原作のこいつだ。
正義のために人を殺せる男。
(……ちょっとだけ、出すか)
息を吸った。
吐いた。
——覇王色。
ほんの欠片だけ。
空気がぴしりと鳴った。
ルッチの肩のハットリが一瞬固まった。
ルッチ自身は動かなかった。
ただその無表情の中で、目だけがすこし開いた。
しばらく黙っていた。
それから。
「——お前、面白いな」
俺は笑った。
「お互い様だろ、ルッチ」
ルッチはなにも言わなかった。
踵を返した。
ハットリがこちらを振り返って、また鳴いた。
俺は本を開き直した。
(あいつ、いつか俺を殺しに来る側になるんだろうな)
(エニエス・ロビーで待ってる)
(——その時は本気で相手するよ)
⸻
それから二年が過ぎた。
俺は暗殺者として完成した。
二つ名がついた。
**シャボンディの幽鬼**——ファントム。
四年で四十七件。
標的は選んだ。
腐敗官僚。
天竜人の汚れ仕事の請負。
人身売買の元締め。
政府にとっても消したい悪党だけを消した。
それが政府が俺に依頼を流す理由だった。
互いに利用し合っていた。
それで十分だった。
——だった、はずだ。
四十六件目。
標的の屋敷で、子供がひとり、二階の窓からこちらを見ていた。
俺は無下限の引き金をかけたところだった。
『無限消失』を唱える寸前。
——子供の目が俺と合った。
止めた。
ぎりぎりで止めた。
標的だけを選び直して消した。
子供は生きた。
俺のこめかみに汗が流れた。
帰りの船の甲板で、俺は夜空を見上げた。
シャボンがなかった。
ここはシャボンディじゃない。
(——俺、何やってんだろうな)
ぽつりと口に出た。
医者だった頃。
助けた子供の数を数えていた。
今は消した大人の数を数えている。
天秤が片側に重い。
ずっと重いままだ。
(——降りるか)
そう思った。
⸻
マリージョア。
五老星の間。
十八歳の俺はひとりで立っていた。
五人の老人がこちらを見下ろしていた。
玉座の奥は暗かった。
「契約解除を申し出ます」
俺は丁寧に言った。
五老星のひとりが口を開いた。
「貴様、自分が何をしているかわかっているのか」
低い声だった。
声に押すような圧があった。
覇気だった。
俺は笑った。
「もちろん」
——そして息を吐いた。
無下限。
半径五メートル。
俺の周りに見えない壁が立った。
壁の向こうから、こちらに何ひとつ届かない。
覇気も。
銃弾も。
神も。
ついでに。
——ほんの少しだけ覇王色を流した。
ぴしりと空気が鳴った。
玉座の奥の闇が揺れた。
五老星のひとりが目をすこし開いた。
俺はゆっくりとその目を見返した。
——そして言った。
「あんたら」
声を落とした。
本気のときいつもこうなる。
五条悟が無下限を解除する寸前の声だ。
「**俺を、殺せませんよ**」
——間があった。
長い間だった。
五老星は動かなかった。
動けなかったのかもしれない。
それはわからない。
ただその日、五人の世界の影の支配者の誰ひとり、椅子から立ち上がらなかった。
しばらくして、ひとりが口を開いた。
「……契約解除を認める」
俺は頭を下げた。
「ご縁があれば、また」
ない、けど。
⸻
その日、世界政府は史上初めて。
——契約解除を一方的に飲まされた組織になった。
そのことを知っているのは五老星とレイリーと俺だけだ。
⸻
シャボンディに帰った。
夕方だった。
シャボンがいつもより多かった。
オレンジの空に、虹色の玉が無数に上っていく。
シャクヤクのバーのドアを開けた。
カウンターの向こうで、シャクヤクがグラスを磨いていた。
顔を上げた。
——少しだけ笑った。
「おかえり、アズくん」
俺はいつもの席に座った。
「ただいま」
シャクヤクは何も聞かなかった。
俺も何も言わなかった。
ミルクはもう出なかった。
代わりにグラスに琥珀色が注がれた。
「十八ならいいでしょ」
「……年齢、覚えててくれたんだ」
「アズくん、誕生日、自分で言わないからね」
俺はひとくち飲んだ。
喉が焼けた。
医者の頃に何度か飲んだ味と違った。
「で」
シャクヤクが煙草を咥えた。
「これからどうするの」
俺はグラスの中の琥珀を揺らした。
考えていた。
ずっと考えていた。
世界政府の影で五年。
見るものは見た。
Dの意味はまだわからない。
だが政府の中ではもう見つからない、とわかった。
——なら。
口の端を上げた。
「俺、もう少し」
——一拍。
「**何でも屋、やる**」
シャクヤクが煙を吐いた。
煙の向こうで笑っていた。
「シャボンディの幽鬼が何でも屋ねぇ」
「響き、いいだろ」
「迷子の犬探しも来るわよ」
「やる」
「——ふぅん」
シャクヤクは新しいグラスを自分にも注いだ。
軽くこちらに向けた。
「歓迎するわ、何でも屋さん」
俺もグラスを上げた。
カチン、と鳴った。
——窓の外をシャボンがひとつ上っていった。
五年前と同じ夜だった。
五年前と違う俺だった。
(……エースまで、あと何年だろうな)
ふと、そう思った。
ろうそくの灯が揺れた。
——次回、第4話「幽鬼、何でも屋に堕ちる」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
カリファさん、想像の三倍冷たくなりました。原作の「セクハラよ」を一回でも書きたかったのが、本音です。第三部・エニエス・ロビー編でこの距離が崩れていく予定です。お楽しみに。
ルッチとの覇王色のぶつかり合いは、敵か味方か、まだ決めていません。原作通り敵として再会するか、本作では同じ側に立つルートを開くか。第3部で答えを出します。
五老星の対決は、派手に戦わせない選択をしました。圧と圧の押し合いだけで、相手が動けない——アズールの強さを、暴れさせずに見せたかった回です。
次回、第4話「幽鬼、何でも屋に堕ちる」。
シャボンディに戻った十八歳のアズールが、五年かけて少しずつ、人間の温度を取り戻していく話です。シャクヤクとの距離がもう一段近づき、ドフラミンゴが顔を出し、章末では——あの夜の、あの扉の話を、します。
★や感想、お気に入り登録、ひとつでも残していただけると、第4話の進捗が体感倍速になります。本当に、ありがとうございます。
それでは、また次回。