五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない   作:熊々

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第5話は、第1部の最終話になります。
冒頭はシャクヤクの夜の翌朝。それから、ビビ王女との出会い。アラバスタへ向かう動機の確立。
そして、本作で何度も繰り返されるであろう、あのセリフ——「死ぬなよ」を、初めて言う回です。

シャボンディのバーカウンター。隣に座ったオレンジの帽子の男に、アズールが言うセリフ。
原作既読の方は、この場面で何が起きているのか、痛いほどわかると思います。
未読の方には、ただ、覚えておいてほしいです。アズールはこの誓いを、最後まで、絶対に裏切りません。

第1部、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
次回からは第2部・アラバスタ動乱編。麦わらの一味と、ついに出会います。

それでは、第1部最終話、お楽しみください。


第五話 幽鬼、海賊王の息子を狙う

朝。

 

シャクヤクの部屋のベッドで、俺は天井を見つめていた。

隣で、シャクヤクが寝息を立てている。

 

「……やっちまった」

 

いや、後悔はしていない。

していないが——この後どうすりゃいいんだ俺。

 

「ふふ、アズくん。後悔してる?」

 

寝てなかった。

 

くそ、心臓に悪い。

俺はゆっくり首を傾けて、隣を見る。

シャクヤクは枕に頬を預けたまま、薄目を開けて、こっちを見ていた。

唇の端が、悪戯っぽく持ち上がっている。

 

「起きてたのかよ」

 

「ずっと前からね」

 

「タチが悪いな」

 

「あら。タチが悪いのは、昨日のアズくんの方じゃない?」

 

——勘弁してくれ。

朝っぱらから何を言い出すんだこの女は。

 

俺は片手で目を覆って、深く息を吐いた。

シャクヤクが小さく笑う。

それから、ゆっくり身体を起こした。

シーツが滑って、白い肩が露わになる。

俺は反射的に視線を逸らした。

 

(落ち着け。29歳だ。29歳の救命医だ俺は。乳の一つや二つで——いや、シャクヤクさんの乳は、ちょっと、あれだ)

 

「アズくん」

 

「なんすか」

 

「ねえ。これは、これ、よ」

 

シャクヤクの声は、いつもより少しだけ低く、柔らかかった。

俺は目元から手を外して、彼女を見上げる。

シャクヤクは煙草に火をつけながら、ふっと息を吐いた。

 

「アズくんが、大人になっただけ。それ以上でも、それ以下でもない。——いい?」

 

「……はい」

 

「いい子ね」

 

頭を撫でられた。

姉貴に頭を撫でられている29歳。

いや、姉貴じゃない。

そこが、ややこしい。

 

(姉貴に格上げじゃなくて、シャクヤクさんに格上げか……ややこしいな)

 

俺は内心で苦笑して、ベッドの縁に腰掛ける。

床に落ちていたシャツに手を伸ばした、その瞬間。

 

「アズくん」

 

「ん?」

 

「コーヒー、淹れてくれる?」

 

「ああ、いいすよ」

 

「——裸のままで」

 

俺の手が、止まった。

 

「……シャクヤクさん」

 

「なに?」

 

「あんた、本当にいい性格してるな」

 

「ふふ。今さらでしょ?」

 

俺は、シャツを掴みかけた手を、そのままベッドに置いた。

ため息をひとつ。

それから、立ち上がって、キッチンへ向かう。

 

背中越しに、シャクヤクの満足げな笑い声が聞こえた。

 

 

コーヒーの香りが部屋に広がる頃、扉が叩かれた。

 

俺はマグを片手に振り返る。

シャクヤクはすでにガウンを羽織っていて、扉の前に立っていた。

彼女は俺をちらりと見て、片眉を上げる。

 

「服、着なさい」

 

「言われなくても」

 

俺はキッチンの陰でズボンを履き、シャツに袖を通す。

扉が開いた。

 

レイリーだった。

 

「邪魔するぞ、シャッキー」

 

「あら、おはよう」

 

「……アズールはいるか」

 

シャクヤクが俺の方へ目線を流す。

俺はマグを片手に、リビングに出ていった。

レイリーは、俺を見て、それから一瞬だけシャクヤクに視線を移し——何も言わなかった。

 

何も言わない、その沈黙が、一番きつい。

 

「で、爺さん。朝から何の用だ」

 

「仕事だ。坊主」

 

レイリーの声が、低くなる。

俺は椅子に腰を下ろし、コーヒーを一口含んだ。

 

「アラバスタ王国が、バロックワークスって組織にやられそうらしい」

 

「……バロックワークス」

 

頭の中で、原作の記憶がカチリと噛み合う。

クロコダイル。

雨の降らない国。

反乱、内戦、そして——ビビ。

 

「依頼主は」

 

「会わせる。来な」

 

 

レイリーに連れていかれた先は、シャボンディの裏通りにある、目立たない一軒家だった。

看板もない。

窓には厚いカーテン。

普通の旅人なら絶対に近寄らない場所だ。

 

レイリーが扉を三回叩いて、何かの合図をする。

鍵が、内側から外された。

 

中に入って、俺は目を細めた。

 

——少女が、立っていた。

 

青い髪。

華奢な体躯。

だが、背筋はまっすぐ伸びていて、その立ち姿には、たしかに気高さがあった。

年は、十六か、十七か。

若い。あまりにも若い。

 

そして、その瞳。

——疲弊している。

ひどく、深く、疲れ果てている。

 

(ビビちゃんだ)

(ルフィたちと出会う前のビビちゃんだ)

 

俺は内心で、ひとつ唾を飲んだ。

 

レイリーが俺の肩を軽く叩いた。

 

「アラバスタ王国第一王女、ネフェルタリ・ビビだ」

 

「……」

 

「ビビ王女。これが、噂の幽鬼だ」

 

ビビは深々と頭を下げた。

ドレスではない、地味な旅装。

それでも、彼女が王族であることは、その所作で分かる。

 

「アズールさん。あなたの噂を聞いて、シャボンディまで参りました」

 

「噂って、何の」

 

「——人を、救う暗殺者がいる、と」

 

俺は片眉を上げた。

誰だその矛盾の塊みたいな噂を流したのは。

レイリーをじろりと睨むと、爺さんはしれっと窓の外を見ていた。

 

「どうか、アラバスタを、救ってください」

 

ビビが、もう一度、頭を下げる。

深く、深く。

王女が、市井の暗殺者に、頭を下げている。

 

——重い。

これは、重い依頼だ。

 

俺は椅子に腰掛けて、足を組んだ。

わざと、軽く言う。

 

「依頼料は?」

 

ビビが顔を上げる。

彼女は、覚悟を決めた目で、テーブルの上に布包みを置いた。

ほどく。

 

——青い宝石。

金貨の山。

古い指輪。

王家の紋章入りのペンダント。

 

たぶん、王宮から、彼女が持ち出せる限りのもの。

 

「これが、今のわたくしに用意できる、すべてです」

 

俺は、それを、見つめた。

それから——指で、布の端を摘んで、ぐい、と彼女の方へ押し戻した。

 

「いらねえよ」

 

「……え?」

 

「俺、金で動いてんじゃねえんだ」

 

ビビの瞳が、揺れた。

 

「じゃあ、何で動くの……?」

 

「気分」

 

俺は肩をすくめる。

それから、少しだけ、声を落とした。

 

「あと、——お前が今、本気で泣きそうな顔をしてるから」

 

ビビの肩が、ぴくり、と震えた。

彼女の唇が、わずかに開く。

何かを、言いかけた。

でも、声にならなかった。

 

代わりに、ぽろり、と。

彼女の頬を、涙が、伝った。

 

ひと粒、ふた粒。

それから、堰を切ったように、ぼろぼろと。

 

「……ぅ、……ぐっ」

 

ビビは両手で口元を押さえた。

それでも、嗚咽は止まらない。

細い肩が震え、膝から崩れ落ちる。

 

レイリーが静かに窓の外を向いた。

気を遣ったのだろう。

こういうとき、爺さんは妙に粋だ。

 

俺は椅子から立ち上がって、ビビの前に膝をついた。

彼女の頭に、軽く、手のひらを乗せる。

 

「おう。泣け泣け。ここなら、誰も見てねえからよ」

 

「……っ、ご、ごめんなさ……っ」

 

「謝んな。王女が一人で全部背負って、よく、ここまで来たな」

 

ビビが、子どもみたいに、声を上げて泣いた。

 

(——よし、第一陥落)

(いや、待て俺。何を考えてんだ前世医者)

(けど、まあ、信頼は、勝ち取った)

 

俺は、ビビが泣き止むまで、ずっと、手のひらを彼女の頭に乗せていた。

 

 

夜。

シャボンディの裏通り、いつもの——いや、最近よく顔を出すようになった、薄暗いバー。

カウンター席。

俺はバーボンを舐めながら、明日の出航のことを、ぼんやり考えていた。

 

アラバスタ。

原作通りなら、ビビは麦わらの一味と出会って、あの長い砂漠を越えて、クロコダイルと戦う。

俺が先に介入したら、ルートはどう変わる。

変えていいのか。

変えるべきなのか。

 

——いや。

変える。

俺がここにいる意味は、それだ。

 

「兄ちゃん、隣いいか」

 

軽い声が、隣から落ちてきた。

 

俺は、グラスを置いた手を、止めた。

 

ゆっくり、首を、横に向ける。

 

オレンジの帽子。

そばかす。

黒髪。

笑顔。

 

——ポートガス・D・エース。

 

息が、止まりかけた。

 

(……マジかよ)

(マジかよ、レイリー爺さん。これ、お膳立てしただろ)

 

たぶん、爺さんは何も知らない。

偶然だ。

本当に、偶然、こいつは、ここにいる。

黒ひげを追って、シャボンディに補給で立ち寄った。

それだけの話だ。

 

それだけの、話なのに——。

 

「……ああ、座れよ」

 

俺は、できるだけ、何でもない声で、答えた。

 

エースはひょい、と隣に腰を下ろした。

バーテンダーに「同じやつ」と短く頼む。

グラスが置かれる。

エースは琥珀色を、ぐい、と一口。

 

「うめえな」

 

「だろ」

 

短い沈黙。

それが、不思議と、心地よかった。

 

エースが、俺の方を、横目で見た。

 

「お前、強そうだな。海賊か?」

 

「いや。何でも屋」

 

「何でも屋ね」

 

エースが、にやりと笑う。

人懐っこい笑顔だった。

原作で見た通りの、いや、それ以上に、まっすぐな目をしていた。

 

「お前は——エース、だな」

 

エースの眉が、ぴくりと上がる。

 

「あ? 俺の顔、知ってんのか」

 

「新聞でな」

 

「ち、写真嫌いなんだよなー、あれ」

 

エースは頭を掻いて、笑った。

それから、ビールをもう一口。

俺もグラスを傾ける。

 

カウンターの上で、二人分の影が、ゆらりと揺れた。

 

俺は、グラスを置いた。

唇を、舐める。

言うか、言うまいか。

迷って——言うことにした。

 

軽く。

できるだけ、軽く。

 

「——なあ、エース」

 

「ん?」

 

「死ぬなよ」

 

エースの動きが、止まった。

 

ほんの、コンマ何秒。

それから、彼は、声を上げて、笑った。

 

「はは! いきなり何だよお前」

 

「いや、なんとなく」

 

「縁起でもねえな。死なねえよ俺」

 

エースはグラスを掲げて、にやりと笑った。

 

「まだ親父に、何も恩返ししてねえからな」

 

——親父。

白ひげ。

エドワード・ニューゲート。

 

俺は、グラスの中の氷が、カラン、と鳴る音を聞いていた。

 

(お前が、死ぬ未来)

(俺が、変える)

(——絶対に、変える)

 

口には、出さなかった。

出したら、軽くなる。

こういう誓いは、胸の奥で、重く、置いておくものだ。

 

「そうかよ」

 

俺は短く返した。

エースは満足そうに、ビールを呷った。

 

それから、俺たちは、特に深い話はしなかった。

天気の話。

シャボンディの食い物の話。

バーテンダーの愛想の悪さの話。

くだらない話ばかりを、ぽつりぽつりと、交わした。

 

どれくらい、時間が経っただろうか。

エースが、ふと、立ち上がった。

 

「じゃ、俺、行くわ」

 

「おう」

 

「兄ちゃん、名前なんつうの」

 

「アズール」

 

「アズール、か」

 

エースは、にっと笑った。

 

「縁があったら、また飲もうぜ」

 

「ああ。——縁、作るよ」

 

エースは少し首を傾げて、それから、ひらりと手を振って、店を出ていった。

 

扉が、閉まる。

カランカラン、とドアベルが鳴る。

 

俺は、グラスの底を、見つめた。

氷が、ゆっくり、溶けていた。

 

(……必ず、助ける)

 

それは、誓いというより、もう、呪いに近かった。

 

 

翌朝。

シャボンディの港。

 

潮の匂い。

木材の軋み。

人の声。

鳥の鳴き声。

 

俺は旅装に着替えて、桟橋に立っていた。

隣で、ビビが、深く一礼する。

小さな船。

腕利きの船員が二人。

それと、俺と、ビビ。

それだけの、慎ましい船旅だ。

 

桟橋の手前、見送りに立っていたのは、二人。

 

シャクヤクと、レイリー。

 

シャクヤクは、いつもの煙草を、咥えていなかった。

代わりに、両手を前で組んで、俺を見ていた。

朝の光が、彼女の頬に、淡く落ちている。

 

「アズくん」

 

「ん」

 

「気をつけてね」

 

「ああ」

 

シャクヤクは、ふっと笑った。

それから、ほんの少しだけ、声を、揺らした。

 

「帰ってくる場所がある、こと、忘れないで」

 

俺は、瞬きを、忘れた。

 

シャクヤクの瞳が、潤んでいた。

泣くようなタイプじゃない。

泣くのを、一番嫌うタイプだ。

それなのに、目の縁が、薄く濡れている。

 

——ああ、くそ。

こういうの、ずるい。

 

俺は片手で目元を押さえる振りをして、空を見上げた。

朝の空は、馬鹿みたいに、青かった。

 

「……忘れねえよ」

 

「うん」

 

「絶対、帰るから」

 

「うん」

 

シャクヤクは、もう、何も言わなかった。

ただ、ゆっくり、頷いた。

 

レイリーが、俺の肩を、軽く叩いた。

振り返る。

爺さんは、いつもの片眉を上げた表情で、俺を見ていた。

 

「坊主」

 

「ああ」

 

「Dの名に、恥じない動きを、見せろ」

 

俺は、一瞬、息を呑んだ。

 

Dの名。

アズール・D・レイヴン。

俺の、この、嘘みたいな本名。

 

レイリーは、たぶん、知っている。

「D」が何を意味するのか。

俺がどれほどの覚悟で、これからアラバスタへ向かうのか。

全部、知った上で、こいつは、こう言っている。

 

「……期待しすぎんなよ、爺さん」

 

「期待してるさ」

 

レイリーは、にやりと笑った。

それから、踵を返した。

振り返らずに、片手だけを上げて、ひらりと振った。

 

シャクヤクは、最後まで、その場に立っていた。

 

 

船が、ゆっくり、桟橋を離れた。

 

水音。

帆が風を孕む音。

木が軋む音。

それから、遠ざかるシャボンディの、街のざわめき。

 

俺は、甲板の手すりに、寄りかかった。

シャクヤクの姿が、だんだん、小さくなっていく。

彼女は、こちらに、手を振らなかった。

ただ、立って、見ていた。

それが、シャクヤクらしい、見送り方だった。

 

隣で、ビビが、深く頭を下げた。

 

「アズールさん。本当に、ありがとうございます」

 

「ん、いいから、顔上げな」

 

俺は手を伸ばして、彼女の肩に、軽く触れた。

 

「王女様が頭下げる相手じゃねえよ、俺は」

 

「……でも」

 

「でも、もくそもねえ。顔、上げろ。前見てな」

 

ビビは、ゆっくり、顔を上げた。

青い髪が、海風に揺れた。

彼女の瞳には、まだ涙の残滓があったけど、今度は、しっかり前を向いていた。

 

風が、吹いた。

 

南西から、温い風だった。

アラバスタの、方角。

 

砂の匂いが、まだするはずもないのに、鼻に届いた気がした。

 

俺は、目を、細めた。

 

——麦わらの一味と、出会う。

 

その時が、ついに、来る。

 

——次回、第6話「砂の国へ」(第2部・アラバスタ動乱編 開幕)

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第1部、五話で前世から現在まで一気に駆け抜けました。本来ならもっとじっくり書きたかった部分もあるんですが、ハーメルンの読者は「いつ麦わらと出会うか」を待ってくれている、と判断して、テンポ重視で構成しました。

エースとの邂逅シーンは、書きながら自分で泣きそうになりました。
「死ぬなよ」と、軽く言うアズール。「死なねえよ」と、明るく返すエース。
原作で何度も読んだあの男の、まだ何も知らない笑顔。
彼が、まだ生きている時間。
ここを書くために、第1部があったと言ってもいいです。

ビビとの邂逅は、原作改変の起点になります。原作だとビビは麦わらの一味と先に出会いますが、本作ではアズールと先に出会う。これにより、アラバスタ編は原作とはやや異なる動き方をしますが、最終的にはルフィとビビの絆を、原作以上に強く描く予定です。

シャクヤクさんの見送りは、書きながら一番悩んだ場面でした。彼女が涙を流すかどうか。
泣かない女が、ほんの少しだけ目を潤ませる。
それくらいの匙加減で、読者にも「これは、ただの旅立ちじゃないな」と感じてほしかったです。

次回、第6話「砂の国へ」。
第2部・アラバスタ動乱編、開幕です。
ビビと共にアラバスタへ向かう航路。途中で起こる、ある事件。
そして、アラバスタの港で——ついに、麦わらの一味との初遭遇。

★や感想、お気に入り登録、本当に励みになります。
第2部からが、本作の本番です。お付き合いいただけると、嬉しいです。

それでは、また次回。
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