五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない 作:熊々
第1部完結、お付き合いいただき本当に嬉しかったです。
ここから第2部「アラバスタ動乱編」が開幕します。
シャボンディからアラバスタへの航路。ビビとの距離が少しずつ縮まる船旅。バロックワークスの追手との戦闘。そして、章末では——ついに、麦わら帽子の少年と出会います。
朝の海は、嘘みたいに静かだった。
シャボンディを離れて、もう五日。
俺たちが乗ってるのは、目立たない小さな帆船。
人を雇わずに、俺とビビの二人だけで漕いできた。
——いや、ほぼ俺一人だけどな。
無下限のバリアで風を捕まえて、勝手に船が進む仕様にしてある。
ズルい? 知るかよ。
こちとら片眼分の呪力しか使えないんだ、これくらい許せ。
甲板に出ると、ビビが舳先で膝をついていた。
両手を組んで、目を閉じて、何か呟いてる。
祈り、か。
俺は煙草を咥えようとして——やめた。
前世の癖だ。
アズールの体は、煙草を吸ったことがない。
「祈りは届くもんか?」
声をかけると、ビビは少しだけ肩を震わせた。
振り返らずに、目だけを開ける。
「……分かりません」
風が、彼女の青い髪を撫でた。
「でも、祈らずには、いられません。父も、国民も、私一人では届かないところで、もう、限界なんです」
——ああ。
原作のビビちゃん、もうこの時期から、王女の重荷を一人で背負ってるんだな。
十六歳。
俺の前世の妹が、ちょうどそれくらいのとき、何してたっけ。
たしか、好きなアイドルのライブに行くって騒いでた。
世界が違うって、こういうことだ。
「届くといいな」
俺は短くそう言って、ビビの隣に座った。
別に祈らない。
神様なんて、信じてない。
信じる代わりに、俺がやる。
それだけだ。
ビビが、少しだけ笑った。
「アズールさんは、不思議な方ですね」
「よく言われる」
「祈らないのに、届けてくれそうな気がします」
「……かもな」
⸻
その日の昼、ビビが甲板でうずくまった。
顔が、青い。
「船酔いか」
「……すみません、情けないところを」
「五日目で出るのは、遅い方だぞ」
俺は荷物の中から、乾燥した葉っぱを取り出した。
シャボンディで仕入れておいた、生姜科の植物。
前世で言うところのジンジャーに近い。
これを、噛む。
ただそれだけで、嘔吐中枢の興奮が落ち着く。
「噛め。飲み込まなくていい」
ビビは素直に口に入れて——眉をしかめた。
「……辛いです」
「効くんだよ」
しばらくすると、ビビの呼吸が落ち着いてきた。
頬にも、少し血の気が戻る。
「楽になりました……アズールさん、お医者様だったんですか?」
——お、勘がいい。
「昔、な」
嘘じゃない。
前世の話だ。
救命救急、九年。
死にかけた人間を、何百人と看取って、その何倍か助けて、それでも助けられなかった奴が、忘れられない。
ビビは、何かを察したのか、それ以上は聞かなかった。
——この子、賢いな。
原作通りだ。
踏み込まない優しさを、もう知ってる。
⸻
異変は、その夜だった。
水平線に、灯。
ぽつ、と一つ。
それが、ゆっくり、こちらに近づいてくる。
「アズールさん……」
「気づいてたか」
ビビの目が、真剣だった。
さすが王女、修羅場慣れしてる。
「バロックワークス、ですね」
「だろうな」
俺は腰の刀に手を添えた。
鞘の中で、「灯」が、低く、唸った気がした。
近づいてきたのは、中型の高速船だった。
甲板に二人。
派手な格好をした男と、それに寄り添うように立つ女。
——Mr.いくつかの、コンビ。
原作には出てこないやつだ。
クロコダイルの差し金で送られた下級工作員、ってとこか。
男が、メガホン片手に叫んだ。
「ビビ王女ァ! 大人しく、こちらに来てもらおうか!」
「逆らえば、その男ごと、海の底だぜェ!」
——ああ、うん。
こういうの、もう、何度目かな。
俺は立ち上がって、刀を、抜いた。
ゆっくり、肩の高さまで。
「ビビ、下がってろ」
「アズールさん、私も——」
「いいから」
——「灯」。
刀身が、月明かりを吸って、青白く光った。
俺は、それを、横に振った。
ただ、それだけ。
⸻
斬撃が、走った。
風を裂く音すら、しなかった。
俺と敵船の距離、およそ百メートル。
その全部を、無視して。
敵船の、帆。
帆柱。
舷側の手すり。
ぜんぶ、まとめて。
斜めに、滑り落ちた。
「な——」
「は——?」
男と女の声が、揃った。
よく揃ったな、息ぴったりだ。
倒れる帆柱を、男が慌てて避ける。
女が悲鳴を上げて、舷側に手をつく。
——遠すぎて、迎撃の判断が、追いつかなかったろ。
原作の海賊たちはな、「視認できる範囲」しか想定してない。
百メートル越えの斬撃なんて、想像の外だ。
俺は刀を、肩に乗せたまま、待った。
男が顔を上げて、こっちを睨む。
動揺を隠して、勇ましく叫んでくる。
「面白い……剣士か! なら、距離を詰めれば——」
跳んだ。
二人同時に、空中を蹴って、こっちの船に、飛びかかってきた。
案外、身軽だな。
バロックワークスの末端、舐めてたわけじゃないが、想像よりはやる。
ただ、まあ。
これも、想定通り。
俺は、左手を、軽く前に出した。
——無下限。
空中で、二人が、止まった。
「な、ぜ……動か——」
「これ、何……っ!」
見えない壁。
正確には、収束する漸近の罠。
触れたところから先、空間が薄く分解されて、二人の体は、もう一歩も前に進めない。
「動けるくせに、動けない。気持ち悪いだろ」
俺は、笑った。
たぶん、最低の笑顔で。
「で、もうちょい、ここに留まっててくれよ」
——蒼。
左手の指先で、引き寄せた。
二人の体が、ふっ、と俺の方に、引き寄せられる。
慣性も無視。
意思も無視。
ただ、こっちに来る。
俺は、刀の鞘で、二人の鳩尾を、軽く、突いた。
ぐ。
ぐ。
声にならない呻きを残して、二人は、甲板に崩れた。
——殺さない。
殺すと、海軍に渡せない。
海軍に渡したほうが、バロックワークスに「誰がやったか」が伝わって、後で面倒がない。
むしろ、面倒な奴を、引っ張り出せる。
そういう、計算だ。
ビビが、後ろで、声を失っていた。
「すごい……」
「まあな」
俺は刀を鞘に戻して、二人を縄でぐるぐる巻きにした。
慣れたもんだ、前世で患者を拘束帯で固定した経験は、こういうところで活きる。
活きていいのか、これ。
「ビビ」
「は、はい」
「あいつらの、上にな」
俺は、振り向いた。
ビビの目を、見た。
「もっと、面倒な奴がいる。クロコダイルって、知ってる?」
ビビが、息を、呑んだ。
分かりやすく、瞳孔が、開いた。
「……ご存知、なのですか?」
「ちょっとな」
——カマかけ、成功。
原作のビビちゃん、ポーカーフェイス苦手だもんな。
⸻
夜の航海は、静かだった。
拘束した二人は、船倉に放り込んである。
明日の朝、最寄りの海軍支部の灯を見つけたら、置き土産にする予定だ。
俺は甲板で、月を見上げていた。
東の空に、欠けた月。
前世と同じ形をしているのが、なんだか、ずるい気がした。
ビビが、毛布を抱えて、隣に座った。
「眠れません」
「だろうな」
「アズールさんは、なぜ、私を助けてくださるんですか?」
——出た。
この質問。
原作で誰も答えられなかったやつ。
「気まぐれ」
「またそれですか」
「事実だ」
ビビが、少し、笑った。
そして、すぐに、笑みが消えた。
「……父も、国も、自分一人では、守れません。私は、ただ一人で、走り続けて、どこにも届かなくて——」
声が、震えた。
俺は、ビビの方を、見なかった。
月を、見たまま、言った。
「お前、一人じゃないだろ」
「……」
「俺がいる。あと、たぶん、もうすぐ会う奴らもいる」
ビビが、こちらを向いた。
月明かりに、彼女の睫毛が、濡れて光ってた。
「もうすぐ、会う、って?」
「ま、楽しみにしとけ」
「アズールさんは、ずるいです」
「自覚ある」
ビビは、それきり、何も言わなかった。
俺の肩に、頭を、預けてきた。
押し付ける、というより——もたれかかるように、そっと。
しばらくして、寝息が聞こえた。
——ああ、寝たか。
俺は、上着を脱いで、ビビの肩にかけた。
顔は、見ないようにした。
見たら、まずい気がしたから。
(……ハーレム展開、ってやつかこれ。前世じゃ、彼女の一人もいなかったのにな)
苦笑して、月を、見上げた。
温い夜風が、吹いていた。
南西から。
——アラバスタは、もう、近い。
⸻
翌朝、俺たちは、海軍の連絡船に、二人の工作員を「拾ってくれ」とだけ書いた手紙と一緒に、放流した。
あいつらが目を覚ます頃には、どこかの海軍に保護されてるだろう。
それで、いい。
そして、二日後。
ついに、アラバスタの港が、視界に入った。
白い、白い、街だった。
砂漠の手前、海と接する港町。
建物は全部、漆喰みたいな白で、屋根だけが土色。
強い陽射しを反射して、目が、痛い。
空気は、乾いてる。
鼻の奥が、ひりつくくらい。
ビビは、深いフードを被って、顔を隠した。
本人いわく、「ナノハナで身分を明かすには、まだ早い」とのことだ。
港のざわめきが、潮風と一緒に、押し寄せてきた。
「客引きだ、客引きだァ!」
「水だよ水! 冷たい水ァ、一杯五十ベリィ!」
「魚、新鮮だよ、買ってかないかい!」
——ああ、ワンピース世界だ。
人間の声が、生きてる。
俺は伸びをして、ビビに笑った。
「飯、食うか」
「……はい」
⸻
港から少し歩いた、路地裏の食堂。
俺たちは、隅の席に、座った。
ビビは目立たないように、フードを目深に。
俺は、ただの旅人を装って、背中の刀を椅子に立てかけた。
魚のスープと、固いパン。
ビビは、丁寧にスプーンを動かす。
育ちの良さが、こういうとこに、出る。
「アズールさん、これから——」
そのときだった。
がらり、と。
入り口の扉が、勢いよく開いた。
「すっげー腹減った! 肉! 肉ーー!!」
——ああ。
来た。
「ちょっとルフィ、お金は私が管理するんだから、勝手に注文しないでよ!」
「ナミィ、いいだろ別に、減るもんじゃないし!」
「減るのよ、お金が!」
「うわーん、お腹空いたー、お腹空いて死んじゃうー」
「ウソップ、お前は黙ってろ」
「ナミさーんっ、僕がご馳走しますよぉ!」
「サンジ、それを言うならまず船の食材費を稼いでからだ」
「うんうん、ぼく、お腹すいた」
——うわ。
全員、揃ってる。
原作通り過ぎる。
笑いそうになるのを、こらえた。
席に座った麦わら帽子の少年が、店中を見渡して——俺と、目が合った。
びかっ、と、目が、輝いた。
——あ、ヤバい、あれだ、あれが来る。
「お前ェ!」
ルフィが、ぐいっと身を乗り出した。
全員の視線が、俺に集まる。
「強そうだな! 俺の仲間になれ!」
——出た。
原作の挨拶。
俺は、スープを一口、飲んでから、答えた。
「断る」
「えーー!? なんでだよー!」
「初対面の男に誘われて、ホイホイついてく趣味はない」
「そんなこと言うなよ、すげー強そうだぜお前!」
ルフィの後ろで、緑髪の男が——ゾロが、俺を、じっと見ていた。
腰の三本の刀の柄に、軽く、手がかかってる。
——気配を、読んだか。
さすがだな、原作主人公級は。
俺も、ちょっとだけ、気を抜いてた呪力を、引っ込めた。
ゾロが、低く、呟いた。
「……強いな、こいつ」
「だろ!?」
「ルフィ、勘で言うな。……いや、勘が当たってる」
「えー、ゾロもそう思う? じゃあやっぱり仲間——」
「ちょっと待ちなさいよ!」
ナミが、ルフィの頭を、引っぱたいた。
「急に何言い出すのよ! あんた、人見知りって概念知らないの!?」
「シシシ、知らねェ!」
「知っといてよ!」
俺は、軽く、ナミに会釈した。
「すまんな、君らの船長、面白いな」
「もう、ほんとに、すみません……」
「ナミさんがあやまる必要ないっすよぉ、ナミさん天使!」
「サンジうるさい」
ビビが、フード越しに、俺の背中に、ちょっとだけ、隠れた。
震えてはいない。
でも、視線が、ルフィたちに、釘付けになってる。
——気持ちは、分かる。
こいつらが、お前の運命を、変える。
原作では、そうだった。
そして、今回も——たぶん、そうなる。
俺の手で、ちょっとだけ、形を変えながら。
(……麦わらの一味、か。原作通りすぎる。いや、これがいいんだ。これが、俺が、守るやつらだ)
ルフィたちは、料理が運ばれてくると、すぐに俺のことを忘れた。
正確には、忘れてはないんだろうけど、肉の方が優先順位が高くなった。
チョッパーが、隣で、肉に小さな手を伸ばしてた。
——可愛いな、おい。
俺は、苦笑して、ビビの肩を、軽く叩いた。
「行くぞ」
「は、はい」
⸻
食堂を出ると、夕陽が、もう、傾いていた。
白い街が、オレンジに、染まっていく。
砂塵が、足元を、舐めるように、流れていく。
ビビは、しばらく、振り返って、食堂の入り口を、見ていた。
それから、俺の方を、見た。
「あの方々が……」
「ああ」
「あの、麦わら帽子の——」
「麦わらの一味」
俺は、夕陽の方に、目を、細めた。
「お前を守ってくれるかもしれない、もう一つの保険だ」
ビビが、目を、見開いた。
「アズールさんは、麦わら一味と——ご友人、なのですか?」
「いや、初対面」
「……え?」
「今日、初めて会った」
「では、なぜ、あの方々が——」
「勘」
ビビが、沈黙した。
それから、ふっと、息を、漏らした。
「アズールさんの勘、いつも、当たり過ぎです」
「自慢だ」
風が、吹いた。
南西から、北東へ。
熱を帯びた、砂の風だった。
俺は、空を、見上げた。
これから、始まる。
クロコダイルの陰謀。
ビビの祖国の、危機。
——これから始まるのは、原作の物語じゃない。
刀の鞘に、軽く、指を、滑らせた。
——俺が、書き換える物語だ。
ビビが、隣で、ふっと俺の方を見上げた。
「アズールさん、何か?」
「いや、独り言」
「ふふ。アズールさん、独り言、多いですよね」
「自覚ある」
夕陽が、最後の縁を、地平に沈めた。
砂の街が、藍色に、染まり始めた。
俺たちは、歩き出した。
——次回、第7話「麦わらと、王女と」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ルフィの「お前、強そうだな! 俺の仲間になれ!」は、原作の挨拶として絶対に書きたかったセリフでした。アズールが「断る」で即答するのも、原作のクロコダイル・エネル・カリファあたりへの返答ノリで揃えています。
ビビとの距離感は、少し甘めに振りました。十六歳の王女が、一人で重荷を背負ってきて、初めて「一人じゃない」と言ってくれた相手。アズールの肩に頭をもたせかけるシーンは、ハーレム展開というより、彼女が初めて「依存していい」と感じた瞬間として書きました。