五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない   作:熊々

6 / 28
第5話、たくさんの方に読んでいただきありがとうございます。
第1部完結、お付き合いいただき本当に嬉しかったです。

ここから第2部「アラバスタ動乱編」が開幕します。
シャボンディからアラバスタへの航路。ビビとの距離が少しずつ縮まる船旅。バロックワークスの追手との戦闘。そして、章末では——ついに、麦わら帽子の少年と出会います。


第六話 砂の国へ

朝の海は、嘘みたいに静かだった。

 

シャボンディを離れて、もう五日。

俺たちが乗ってるのは、目立たない小さな帆船。

人を雇わずに、俺とビビの二人だけで漕いできた。

 

——いや、ほぼ俺一人だけどな。

 

無下限のバリアで風を捕まえて、勝手に船が進む仕様にしてある。

ズルい? 知るかよ。

こちとら片眼分の呪力しか使えないんだ、これくらい許せ。

 

甲板に出ると、ビビが舳先で膝をついていた。

両手を組んで、目を閉じて、何か呟いてる。

 

祈り、か。

 

俺は煙草を咥えようとして——やめた。

前世の癖だ。

アズールの体は、煙草を吸ったことがない。

 

「祈りは届くもんか?」

 

声をかけると、ビビは少しだけ肩を震わせた。

振り返らずに、目だけを開ける。

 

「……分かりません」

 

風が、彼女の青い髪を撫でた。

 

「でも、祈らずには、いられません。父も、国民も、私一人では届かないところで、もう、限界なんです」

 

——ああ。

原作のビビちゃん、もうこの時期から、王女の重荷を一人で背負ってるんだな。

十六歳。

俺の前世の妹が、ちょうどそれくらいのとき、何してたっけ。

たしか、好きなアイドルのライブに行くって騒いでた。

 

世界が違うって、こういうことだ。

 

「届くといいな」

 

俺は短くそう言って、ビビの隣に座った。

別に祈らない。

神様なんて、信じてない。

信じる代わりに、俺がやる。

それだけだ。

 

ビビが、少しだけ笑った。

 

「アズールさんは、不思議な方ですね」

 

「よく言われる」

 

「祈らないのに、届けてくれそうな気がします」

 

「……かもな」

 

 

その日の昼、ビビが甲板でうずくまった。

顔が、青い。

 

「船酔いか」

 

「……すみません、情けないところを」

 

「五日目で出るのは、遅い方だぞ」

 

俺は荷物の中から、乾燥した葉っぱを取り出した。

シャボンディで仕入れておいた、生姜科の植物。

前世で言うところのジンジャーに近い。

 

これを、噛む。

ただそれだけで、嘔吐中枢の興奮が落ち着く。

 

「噛め。飲み込まなくていい」

 

ビビは素直に口に入れて——眉をしかめた。

 

「……辛いです」

 

「効くんだよ」

 

しばらくすると、ビビの呼吸が落ち着いてきた。

頬にも、少し血の気が戻る。

 

「楽になりました……アズールさん、お医者様だったんですか?」

 

——お、勘がいい。

 

「昔、な」

 

嘘じゃない。

前世の話だ。

救命救急、九年。

死にかけた人間を、何百人と看取って、その何倍か助けて、それでも助けられなかった奴が、忘れられない。

 

ビビは、何かを察したのか、それ以上は聞かなかった。

 

——この子、賢いな。

原作通りだ。

踏み込まない優しさを、もう知ってる。

 

 

異変は、その夜だった。

 

水平線に、灯。

ぽつ、と一つ。

それが、ゆっくり、こちらに近づいてくる。

 

「アズールさん……」

 

「気づいてたか」

 

ビビの目が、真剣だった。

さすが王女、修羅場慣れしてる。

 

「バロックワークス、ですね」

 

「だろうな」

 

俺は腰の刀に手を添えた。

鞘の中で、「灯」が、低く、唸った気がした。

 

近づいてきたのは、中型の高速船だった。

甲板に二人。

派手な格好をした男と、それに寄り添うように立つ女。

 

——Mr.いくつかの、コンビ。

原作には出てこないやつだ。

クロコダイルの差し金で送られた下級工作員、ってとこか。

 

男が、メガホン片手に叫んだ。

 

「ビビ王女ァ! 大人しく、こちらに来てもらおうか!」

 

「逆らえば、その男ごと、海の底だぜェ!」

 

——ああ、うん。

こういうの、もう、何度目かな。

 

俺は立ち上がって、刀を、抜いた。

 

ゆっくり、肩の高さまで。

 

「ビビ、下がってろ」

 

「アズールさん、私も——」

 

「いいから」

 

——「灯」。

 

刀身が、月明かりを吸って、青白く光った。

俺は、それを、横に振った。

 

ただ、それだけ。

 

 

斬撃が、走った。

 

風を裂く音すら、しなかった。

俺と敵船の距離、およそ百メートル。

その全部を、無視して。

 

敵船の、帆。

帆柱。

舷側の手すり。

 

ぜんぶ、まとめて。

 

斜めに、滑り落ちた。

 

「な——」

 

「は——?」

 

男と女の声が、揃った。

よく揃ったな、息ぴったりだ。

 

倒れる帆柱を、男が慌てて避ける。

女が悲鳴を上げて、舷側に手をつく。

 

——遠すぎて、迎撃の判断が、追いつかなかったろ。

原作の海賊たちはな、「視認できる範囲」しか想定してない。

百メートル越えの斬撃なんて、想像の外だ。

 

俺は刀を、肩に乗せたまま、待った。

男が顔を上げて、こっちを睨む。

動揺を隠して、勇ましく叫んでくる。

 

「面白い……剣士か! なら、距離を詰めれば——」

 

跳んだ。

 

二人同時に、空中を蹴って、こっちの船に、飛びかかってきた。

案外、身軽だな。

バロックワークスの末端、舐めてたわけじゃないが、想像よりはやる。

 

ただ、まあ。

これも、想定通り。

 

俺は、左手を、軽く前に出した。

 

——無下限。

 

空中で、二人が、止まった。

 

「な、ぜ……動か——」

 

「これ、何……っ!」

 

見えない壁。

正確には、収束する漸近の罠。

触れたところから先、空間が薄く分解されて、二人の体は、もう一歩も前に進めない。

 

「動けるくせに、動けない。気持ち悪いだろ」

 

俺は、笑った。

たぶん、最低の笑顔で。

 

「で、もうちょい、ここに留まっててくれよ」

 

——蒼。

 

左手の指先で、引き寄せた。

 

二人の体が、ふっ、と俺の方に、引き寄せられる。

慣性も無視。

意思も無視。

ただ、こっちに来る。

 

俺は、刀の鞘で、二人の鳩尾を、軽く、突いた。

 

ぐ。

ぐ。

 

声にならない呻きを残して、二人は、甲板に崩れた。

 

——殺さない。

殺すと、海軍に渡せない。

海軍に渡したほうが、バロックワークスに「誰がやったか」が伝わって、後で面倒がない。

むしろ、面倒な奴を、引っ張り出せる。

 

そういう、計算だ。

 

ビビが、後ろで、声を失っていた。

 

「すごい……」

 

「まあな」

 

俺は刀を鞘に戻して、二人を縄でぐるぐる巻きにした。

慣れたもんだ、前世で患者を拘束帯で固定した経験は、こういうところで活きる。

活きていいのか、これ。

 

「ビビ」

 

「は、はい」

 

「あいつらの、上にな」

 

俺は、振り向いた。

ビビの目を、見た。

 

「もっと、面倒な奴がいる。クロコダイルって、知ってる?」

 

ビビが、息を、呑んだ。

分かりやすく、瞳孔が、開いた。

 

「……ご存知、なのですか?」

 

「ちょっとな」

 

——カマかけ、成功。

原作のビビちゃん、ポーカーフェイス苦手だもんな。

 

 

夜の航海は、静かだった。

拘束した二人は、船倉に放り込んである。

明日の朝、最寄りの海軍支部の灯を見つけたら、置き土産にする予定だ。

 

俺は甲板で、月を見上げていた。

東の空に、欠けた月。

前世と同じ形をしているのが、なんだか、ずるい気がした。

 

ビビが、毛布を抱えて、隣に座った。

 

「眠れません」

 

「だろうな」

 

「アズールさんは、なぜ、私を助けてくださるんですか?」

 

——出た。

この質問。

原作で誰も答えられなかったやつ。

 

「気まぐれ」

 

「またそれですか」

 

「事実だ」

 

ビビが、少し、笑った。

そして、すぐに、笑みが消えた。

 

「……父も、国も、自分一人では、守れません。私は、ただ一人で、走り続けて、どこにも届かなくて——」

 

声が、震えた。

 

俺は、ビビの方を、見なかった。

月を、見たまま、言った。

 

「お前、一人じゃないだろ」

 

「……」

 

「俺がいる。あと、たぶん、もうすぐ会う奴らもいる」

 

ビビが、こちらを向いた。

月明かりに、彼女の睫毛が、濡れて光ってた。

 

「もうすぐ、会う、って?」

 

「ま、楽しみにしとけ」

 

「アズールさんは、ずるいです」

 

「自覚ある」

 

ビビは、それきり、何も言わなかった。

俺の肩に、頭を、預けてきた。

押し付ける、というより——もたれかかるように、そっと。

 

しばらくして、寝息が聞こえた。

 

——ああ、寝たか。

 

俺は、上着を脱いで、ビビの肩にかけた。

顔は、見ないようにした。

見たら、まずい気がしたから。

 

(……ハーレム展開、ってやつかこれ。前世じゃ、彼女の一人もいなかったのにな)

 

苦笑して、月を、見上げた。

温い夜風が、吹いていた。

南西から。

 

——アラバスタは、もう、近い。

 

 

翌朝、俺たちは、海軍の連絡船に、二人の工作員を「拾ってくれ」とだけ書いた手紙と一緒に、放流した。

あいつらが目を覚ます頃には、どこかの海軍に保護されてるだろう。

それで、いい。

 

そして、二日後。

ついに、アラバスタの港が、視界に入った。

 

白い、白い、街だった。

 

砂漠の手前、海と接する港町。

建物は全部、漆喰みたいな白で、屋根だけが土色。

強い陽射しを反射して、目が、痛い。

空気は、乾いてる。

鼻の奥が、ひりつくくらい。

 

ビビは、深いフードを被って、顔を隠した。

本人いわく、「ナノハナで身分を明かすには、まだ早い」とのことだ。

 

港のざわめきが、潮風と一緒に、押し寄せてきた。

 

「客引きだ、客引きだァ!」

「水だよ水! 冷たい水ァ、一杯五十ベリィ!」

「魚、新鮮だよ、買ってかないかい!」

 

——ああ、ワンピース世界だ。

人間の声が、生きてる。

 

俺は伸びをして、ビビに笑った。

 

「飯、食うか」

 

「……はい」

 

 

港から少し歩いた、路地裏の食堂。

俺たちは、隅の席に、座った。

ビビは目立たないように、フードを目深に。

俺は、ただの旅人を装って、背中の刀を椅子に立てかけた。

 

魚のスープと、固いパン。

ビビは、丁寧にスプーンを動かす。

育ちの良さが、こういうとこに、出る。

 

「アズールさん、これから——」

 

そのときだった。

 

がらり、と。

 

入り口の扉が、勢いよく開いた。

 

「すっげー腹減った! 肉! 肉ーー!!」

 

——ああ。

 

来た。

 

「ちょっとルフィ、お金は私が管理するんだから、勝手に注文しないでよ!」

 

「ナミィ、いいだろ別に、減るもんじゃないし!」

 

「減るのよ、お金が!」

 

「うわーん、お腹空いたー、お腹空いて死んじゃうー」

 

「ウソップ、お前は黙ってろ」

 

「ナミさーんっ、僕がご馳走しますよぉ!」

 

「サンジ、それを言うならまず船の食材費を稼いでからだ」

 

「うんうん、ぼく、お腹すいた」

 

——うわ。

全員、揃ってる。

原作通り過ぎる。

笑いそうになるのを、こらえた。

 

席に座った麦わら帽子の少年が、店中を見渡して——俺と、目が合った。

 

びかっ、と、目が、輝いた。

 

——あ、ヤバい、あれだ、あれが来る。

 

「お前ェ!」

 

ルフィが、ぐいっと身を乗り出した。

全員の視線が、俺に集まる。

 

「強そうだな! 俺の仲間になれ!」

 

——出た。

原作の挨拶。

 

俺は、スープを一口、飲んでから、答えた。

 

「断る」

 

「えーー!? なんでだよー!」

 

「初対面の男に誘われて、ホイホイついてく趣味はない」

 

「そんなこと言うなよ、すげー強そうだぜお前!」

 

ルフィの後ろで、緑髪の男が——ゾロが、俺を、じっと見ていた。

腰の三本の刀の柄に、軽く、手がかかってる。

 

——気配を、読んだか。

さすがだな、原作主人公級は。

俺も、ちょっとだけ、気を抜いてた呪力を、引っ込めた。

 

ゾロが、低く、呟いた。

 

「……強いな、こいつ」

 

「だろ!?」

 

「ルフィ、勘で言うな。……いや、勘が当たってる」

 

「えー、ゾロもそう思う? じゃあやっぱり仲間——」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

ナミが、ルフィの頭を、引っぱたいた。

 

「急に何言い出すのよ! あんた、人見知りって概念知らないの!?」

 

「シシシ、知らねェ!」

 

「知っといてよ!」

 

俺は、軽く、ナミに会釈した。

 

「すまんな、君らの船長、面白いな」

 

「もう、ほんとに、すみません……」

 

「ナミさんがあやまる必要ないっすよぉ、ナミさん天使!」

 

「サンジうるさい」

 

ビビが、フード越しに、俺の背中に、ちょっとだけ、隠れた。

震えてはいない。

でも、視線が、ルフィたちに、釘付けになってる。

 

——気持ちは、分かる。

こいつらが、お前の運命を、変える。

原作では、そうだった。

そして、今回も——たぶん、そうなる。

俺の手で、ちょっとだけ、形を変えながら。

 

(……麦わらの一味、か。原作通りすぎる。いや、これがいいんだ。これが、俺が、守るやつらだ)

 

ルフィたちは、料理が運ばれてくると、すぐに俺のことを忘れた。

正確には、忘れてはないんだろうけど、肉の方が優先順位が高くなった。

チョッパーが、隣で、肉に小さな手を伸ばしてた。

 

——可愛いな、おい。

 

俺は、苦笑して、ビビの肩を、軽く叩いた。

 

「行くぞ」

 

「は、はい」

 

 

食堂を出ると、夕陽が、もう、傾いていた。

白い街が、オレンジに、染まっていく。

砂塵が、足元を、舐めるように、流れていく。

 

ビビは、しばらく、振り返って、食堂の入り口を、見ていた。

それから、俺の方を、見た。

 

「あの方々が……」

 

「ああ」

 

「あの、麦わら帽子の——」

 

「麦わらの一味」

 

俺は、夕陽の方に、目を、細めた。

 

「お前を守ってくれるかもしれない、もう一つの保険だ」

 

ビビが、目を、見開いた。

 

「アズールさんは、麦わら一味と——ご友人、なのですか?」

 

「いや、初対面」

 

「……え?」

 

「今日、初めて会った」

 

「では、なぜ、あの方々が——」

 

「勘」

 

ビビが、沈黙した。

それから、ふっと、息を、漏らした。

 

「アズールさんの勘、いつも、当たり過ぎです」

 

「自慢だ」

 

風が、吹いた。

南西から、北東へ。

熱を帯びた、砂の風だった。

 

俺は、空を、見上げた。

 

これから、始まる。

クロコダイルの陰謀。

ビビの祖国の、危機。

 

——これから始まるのは、原作の物語じゃない。

 

刀の鞘に、軽く、指を、滑らせた。

 

——俺が、書き換える物語だ。

 

ビビが、隣で、ふっと俺の方を見上げた。

 

「アズールさん、何か?」

 

「いや、独り言」

 

「ふふ。アズールさん、独り言、多いですよね」

 

「自覚ある」

 

夕陽が、最後の縁を、地平に沈めた。

砂の街が、藍色に、染まり始めた。

 

俺たちは、歩き出した。

 

——次回、第7話「麦わらと、王女と」

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。

ルフィの「お前、強そうだな! 俺の仲間になれ!」は、原作の挨拶として絶対に書きたかったセリフでした。アズールが「断る」で即答するのも、原作のクロコダイル・エネル・カリファあたりへの返答ノリで揃えています。

ビビとの距離感は、少し甘めに振りました。十六歳の王女が、一人で重荷を背負ってきて、初めて「一人じゃない」と言ってくれた相手。アズールの肩に頭をもたせかけるシーンは、ハーレム展開というより、彼女が初めて「依存していい」と感じた瞬間として書きました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。