五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない 作:熊々
誤って六話に七話の内容を投稿してしまいました。
そのため六話も修正しております。
第7話は、麦わらの一味と本格的に絡む回です。
ナミとの軽口、サンジの嫉妬、ロビン(ミス・オールサンデー時代)との初対面、そしてビビが正体を明かす場面。原作の名場面を本作流にアレンジしました。
朝のアラバスタは、嘘みたいに静かだった。
宿の屋上から見下ろす街並み。土壁。砂。乾いた風。
人通りは、ある。けれど、いつもの活気じゃない。
笑い声が、ない。
俺は手すりに肘をついて、ぼんやりと地平線を眺めていた。
隣に、ビビが立っている。
朝の光が、青い髪を白っぽく染めていた。
「アラバスタは、もう内戦寸前です」
ビビが、ぽつりと言った。
俺は答えない。返事より先に、街の音を拾うほうが優先だった。
——軍靴の音。
南の方角。三人組。歩幅は速い。
東のバザール。商人の声が、いつもより小さい。誰かを警戒している。
北の井戸。水汲みの女が、二度、後ろを振り返った。
(原作通りだな……反乱軍の動きが激しい。スパイも、王宮の犬も、両方が街を歩いてる)
前世で救命外来をやっていた頃、土曜の夜の救急車のサイレンの数で、その日の街の荒れ具合がわかった。
それと、同じだ。
街には、空気がある。
今日のアラバスタは、最悪の前夜の空気をしていた。
「私の判断で、何ができるのか……」
ビビが、手すりを握りしめた。
白い指が、震えている。
王女の指だ。剣を握る指じゃない。
俺は、横目でその指を見て、軽く笑った。
「お前の判断は要らねえよ」
ビビが、こちらを見上げた。
「**俺が動く**」
ビビの目が、見開かれた。
朝の光が、その瞳の奥で揺れていた。
「……アズール、さん」
「お前は王女だ。判断は王宮に戻ってからやれ。それまでは——」
俺は屋上の手すりを蹴って、軽く跳んだ。
無下限の上を歩くように、半歩、空中に立つ。
「俺の隣で、息してろ」
⸻
宿の階段を下りる頃には、ビビは黙っていた。
反論しないあたり、こいつも腹をくくり始めている。
「街、出る。お前は宿で待機」
「で、ですが——」
「**待機**」
二度目で、ビビが頷いた。
素直になってきた。
教育の成果だ、とでも言っておこう。
俺は無下限で気配をぼかしながら、ナノハナの街に出た。
情報の取り方には、コツがある。
前世で患者の家族から事情を聞き出すときと、同じだ。
正面から聞かない。
水を一杯飲んで、ぼんやり座って、隣の会話を拾う。
カフェのテラスに腰を下ろした。
珈琲を頼む。アラバスタの豆は、苦い。
苦いのは、嫌いじゃない。
——と。
「肉ーーーっ!」
聞き覚えのある声が、街角から響いた。
俺は珈琲のカップを、口元で止めた。
(嘘だろ)
赤い帽子。麦わら。
ゴム人間が、商店街のど真ん中で、肉の串を片手に走っていた。
その後ろを、オレンジ髪の女が、財布を握りしめて怒鳴っている。
「ルフィッ! 誰がそんなの買っていいって言ったのよ!」
「だってうまそうだったから!」
「金は私の財布から出てんのよ!」
——ナミ。
そして、その横に、巻き毛のコック。
サンジは、別の店先で、香辛料の小瓶を真剣に選んでいた。
料理修行中らしい。
ロビンの姿は、まだ、ない。
俺はカップを下ろし、軽く息を吐いた。
「お、また会ったな、麦わら」
声をかけると、ルフィが肉の串を咥えたまま振り返った。
「お前か! 仲間に——」
「ならねえって言ってるだろ」
即答したら、ルフィは「ちぇっ」と肉を齧った。
全然、こたえてない。
こいつ、断られても三秒で忘れるタイプだ。
「あの……昨日の方ですよね」
ナミが、こちらに気づいた。
警戒半分、興味半分の目。
こいつ、人間を値踏みする目をしてやがる。
さすが、泥棒猫。
俺は珈琲のカップを軽く持ち上げて、椅子の背にもたれた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
軽く、聞いた。
朝のあいさつくらいの温度で。
「街で、クロコダイルって名前、聞いたか?」
——空気が、止まった。
ナミの肩が、ぴくっと跳ねた。
サンジが、香辛料の瓶を棚に戻して、こちらを向いた。
ただ一人、ルフィだけが、肉を齧りながら口を開いた。
「クロコダイル? あ、七武海のジジイ?」
「ルフィッ、声がでかい!」
ナミが、ルフィの口を両手で塞いだ。
青ざめた顔で、こちらを睨む。
「待って、あんた、何者……」
⸻
「あら」
声が、横から落ちてきた。
低い。けれど、刃物みたいに澄んだ声。
カフェの隅の席、いつの間にか、黒いコートの女が座っていた。
組まれた長い脚。テーブルの上に置かれた、白い指。
青い瞳が、笑っていた。
「クロコダイルの名前を、街で口に出すのは、危険ですよ」
——ロビン。
ニコ・ロビン。
ミス・オールサンデー時代の、まだ誰の味方でもない、観察者の彼女。
(——ロビンだ。ミス・オールサンデー時代のロビン)
胸の奥で、何か、温かいものが動いた。
こいつも、いずれ仲間になる女だ。
そして、いずれ、世界に追われて泣く女だ。
俺は珈琲のカップを置いて、軽く首を傾けた。
「あんた、オールサンデーさんかな?」
ロビンの眉が、ほんの少しだけ、上がった。
それから、ゆっくりと、唇の端が持ち上がる。
「私の通り名を、ご存知なのね」
「噂で聞いた」
「噂、ですか。ずいぶん、地獄の底のほうの噂ですね」
「俺、地獄の底に住んでるから」
ロビンが、くすりと笑った。
笑い方が、上品だった。
こいつ、本当に育ちは良いんだよな、と前世の俺がぼやく。
「あ、悪い人?」
ルフィが、無邪気に聞いてきた。
肉を、齧りながら。
俺はちょっと考えて、答えた。
「悪い人……というか、複雑な事情持ち」
「ふくざつ……?」
「気にすんな。お前の頭で考えるな」
「うん、わかった!」
ルフィ、なんでこんなに素直なんだ。
ロビンは、立ち上がった。
コートの裾が、ふわりと風を含む。
「面白い方ですね」
俺の顔を、まっすぐ見た。
何か、見透かそうとする目。
けれど、無下限の前では、その目は届かない。
「では、また」
ロビンは、それだけ言って、人混みに溶けた。
情報収集に来ただけ、らしい。
(原作通り、ロビンは観察者だな……。でも、こっちの顔は、ばっちり覚えられたな)
⸻
ナミが、ルフィの口から手を離した。
それから、俺の隣の椅子を引いて、すとんと座った。
距離が、近い。
こいつ、警戒を解く速度も、警戒する速度も、人並み外れて速い。
ある意味、戦闘職に向いている。
「あなた、強いんでしょう?」
上目遣いだった。
わざとだ、絶対に。
「ちょっと、私たちの仲間になって——」
「金で雇うつもりか?」
ナミの動きが、止まった。
表情筋が、一瞬で固まる。
「気づくの早すぎるわよ!」
「目が金貨の形になってたぞ」
「なってない!」
俺は珈琲を一口含んで、笑った。
こいつ、面白い。
原作で読んでた頃より、声が、ずっと甘い。
——と。
殺気。
背後から、料理人の。
「ナミさんに迷惑かけたら殺すぞ」
サンジが、火のついていない煙草を咥えて、低く言った。
目が、笑っていない。
こいつ、嫉妬の温度がマグマだな。
(コックの嫉妬、原作通りだな)
俺は両手を軽く挙げた。
降参のポーズ。
本気じゃないけれど。
「迷惑はかけねえ。むしろ、その逆だ」
「逆?」
「金も、命も、守る側だよ。俺は」
サンジが、煙草に火を点けた。
紫煙が、朝の光に溶ける。
何か言いたげだったが、ナミがにこにこしているのを見て、舌打ちひとつで、引いた。
横で、ルフィが大笑いしていた。
何が面白いのか、わからない。
たぶん、ルフィにもわかっていない。
⸻
——その時。
風が、強く吹いた。
砂ぼこりが、舞い上がる。
カフェのテラス席に、走ってくる足音。
小さい。軽い。けれど、躊躇いがない。
「アズールさんっ」
ビビだった。
宿で、じっとしていられなかったらしい。
布のフードを、目深に被って——いや、被って**いた**。
風が、フードを、めくり上げた。
青い髪が、朝の光の中で、ふわりと広がる。
王女の髪が、街のど真ん中で、晒された。
ナミが、息を呑んだ。
「あ、あなたは……」
ナミは、ビビに見覚えがない。
原作では旅の途中で出会っていた二人が、今回は、ここで、初めて、目を合わせている。
ルフィが、肉の串を咥えたまま、ビビを指差した。
「お前、誰?」
ビビは、息を整えて、姿勢を正した。
王女の姿勢に、一瞬で戻った。
さすが、ネフェルタリ家。
「ネフェルタリ・ビビ。アラバスタ王国第一王女です」
——固まった。
麦わら一味、三人とも、表情が止まった。
サンジの煙草が、口元から、ぽとり、と落ちた。
(……ビビ、お前、正体明かすの早すぎ)
俺は内心で頭を抱えた。
こいつ、王族の癖に、危機感の使い方を間違えている。
いや、危機感を捨てて、誠実さを取った、と言うべきか。
どっちにしろ、心臓に悪い。
「私は、アズールさんに、国を救う依頼をしています」
ビビは、堂々と続けた。
顔色は、悪い。
けれど、声は、震えていない。
ルフィが、肉を飲み込んで、叫んだ。
「はぁ? ジジイ、王女様じゃねえか!」
「ルフィ、何で『ジジイ』なのよ。あんた、王女様だぞ」
ナミの、ツッコミ。
妥当だ。
そして、即座に。
「ビビちゃーーーん!」
サンジが、踊った。
本当に、踊った。
くねくねと、片足を上げて、ハート型の煙を吐いた。
こいつ、いつ見ても、瞬時に恋に落ちる。
脳の構造を、ぜひ前世の俺に解剖させてほしい。
⸻
ビビは、サンジの踊りを、戸惑った顔で見ていた。
それから、こちらに視線を戻して、続けた。
「もしよろしければ、皆さまにも、お願いしたいことが——」
俺は、片手を挙げて、ビビを制した。
言葉の途中で。
「待て、ビビ」
ビビが、口を閉じる。
「こいつらは、こいつらの旅がある。巻き込むな」
「ですが——」
「巻き込むな、っつってんだよ」
少し、低めに言った。
ビビの肩が、ぴくっと、跳ねた。
そこに、横から、能天気な声が、突き刺さってきた。
「俺、面白そうだから手伝うぞ!」
ルフィだった。
即決。
何も考えていない目で、満面の笑み。
「ちょっと、そういうのは報酬を——」
「金より、ご飯!」
「ルフィッ!」
ナミが、頭を抱えた。
さっきから頭、抱えっぱなしだ。
こいつの寿命、麦わら一味のせいで縮んでないか。
(……予想通りだな)
俺は珈琲を飲み干して、立ち上がった。
ルフィの、麦わらの下の目を、まっすぐ見る。
「お前ら、本気で手伝うか?」
ルフィは、迷いもしなかった。
「うん!」
それだけだった。
理由は、ない。
たぶん、ビビが困った顔をしていた、というだけだ。
こいつの動機は、いつもそれだ。
それで世界がひっくり返るんだから、笑える。
俺は、軽く頷いた。
「じゃあ、こうしよう」
カフェのテラスに、地図を広げる仕草で、指を立てた。
「お前らはお前らで、勝手に動け。俺は俺で動く。最後、王宮で合流」
「えっ、それじゃ私たち別行動……」
ナミが、不安そうな声を出した。
さっきまで金の話をしていた女とは、思えない声。
こいつ、根は、寂しがりだな。
俺は、肩をすくめた。
「お前ら、原作——」
——口が、滑った。
ナミの目が、光った。
拾われた。
完全に、拾われた。
「**勘で動け**。俺もそうする」
無理やり、上書きした。
誤魔化した。
たぶん、誤魔化せていない。
(やべえ、今、原作って言いかけた。ナミ、絶対、聞いてた。あいつ、地獄耳だ……)
ナミは、しばらく俺をじっと見ていたが、やがて、にっこり笑った。
営業スマイルだった。
こいつ、気づいた上で、利用する側に回ったな。
怖いんだよ、おまえ。
⸻
夜。
ナノハナのオアシスは、月光で、銀色になっていた。
水面が、揺れる。
椰子の葉が、囁く。
昼間の喧騒が、嘘みたいだった。
俺とビビは、水辺の石段に腰を下ろしていた。
少し、距離を空けて。
けれど、声が届く距離で。
ビビが、ぽつりと、聞いた。
「アズールさん、なぜ、麦わらの一味を巻き込まなかったのですか?」
俺は、空を見上げた。
月が、近い。手が届きそうなくらい、近い。
砂漠の月は、嘘みたいにでかい、と前世の旅行記で読んだことがある。
本当だった。
「巻き込んだんだよ」
「え?」
「あいつらと別行動にしたのは、合流したらお前を狙う敵が分散するからだ。バロックワークスの目線で考えてみろ。俺と王女の二人組——そこに、麦わらと航海士とコックが合流する。一個の集団として動いたら、追跡対象は一個。けど、別動隊として動けば」
「……追跡対象が、二個に増える」
「そうだ。で、敵の戦力も、二つに割れる。各個撃破は、こっちのほうがやりやすい」
ビビが、息を呑んだ。
「……そんな、戦略まで」
「気軽な気分でやってる」
「気軽な、気分で」
ビビが、小さく、笑った。
笑い声に、湿った気配が混じっていた。
こいつ、泣くのかと思った。
俺は、それ以上、何も言わなかった。
言うべきことは、もう、無い気がした。
月明かりの下で、言葉は、少ないほうがいい。
風が、ない。
水が、揺れない。
時間が、止まっているみたいだった。
——と。
ビビの手が、動いた。
そっと。
本当に、そっと。
俺の手の甲に、自分の手を、重ねてきた。
冷たくなかった。
むしろ、熱いくらいだった。
王女の手は、想像より、ずっと、生きた人間の手だった。
「アズールさん」
声が、小さい。
夜の水音より、小さかった。
「ん?」
俺は、手を、引かなかった。
引けなかった、のかもしれない。
「私、あなたが居てくださって」
ビビが、月を見ていた。
横顔が、銀色だった。
「本当に、心強いです」
——詰んだ。
(……これ、ハーレム展開、確定したやつだ)
前世の救命外来で、何百人と患者を診てきた。
人の手の温度には、慣れているつもりだった。
けれど、生きた人間の手が、こんなに重いものだとは、知らなかった。
俺は、何か言おうとして、やめた。
代わりに、空を見た。
月が、近かった。
本当に、嘘みたいに、近かった。
アラバスタの夜は、月が、嘘みたいに、近かった。
——次回、第8話「ポートガス・D・エース、再び」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ロビンとの初対面は、書きながら一番悩んだシーンです。
ミス・オールサンデー時代のロビンは、まだ誰の味方でもない観察者。原作だと序盤はあまり喋らないキャラなんですが、本作では「面白い方ですね」と一言だけ残していくスタイルにしました。彼女は次回以降、徐々に距離を詰めてきます。
ナミの「金で雇うつもりか?」「気づくの早すぎるわよ!」のやり取りは、原作のナミなら絶対やる、と確信して書きました。
彼女、根は甘えん坊だと思うんですよね。
サンジの嫉妬温度がマグマなのは、原作リスペクトです。