五条悟になってワンピース世界に転生したけど、エースだけは絶対に死なせない 作:熊々
第8話は、原作のエース初登場シーン(第157話)を本作流に再構築した回です。
ナノハナの大通りで火を出すエース、駆けつけるルフィとの兄弟再会、そして食堂での再会。原作リスペクトを最大限に詰めました。
ナノハナの朝は、嘘みたいに静かだった。
砂漠の街特有の、湿気のない空気。窓から差し込む光が、テーブルの木目を、白っぽく照らしている。
俺は、椅子に深く腰掛けたまま、コーヒーカップをぐるりと回した。
向かいの席。ビビが、パンを千切る手を、止めている。
「アズールさん、その……昨夜は」
モゴモゴと、語尾が砂に消える。
頬が、淡く赤い。
昨日の夜——「居てくださって、本当に、心強いです」とか言って、俺の手の甲に手を重ねてきた、あれを、この王女様、しっかり覚えていらっしゃる。
——詰んだ。
(……これ、絶対、覚えてる目だ)
俺は、コーヒーを一口含んで、口角だけで笑った。
「気にすんな」
ビビが、ぱっと顔を上げる。
「ですが」
「夜はみんな、ちょっとおかしくなる。月のせい」
「月、ですか」
「うん。アラバスタの月、でかいから」
我ながら、雑な誤魔化し方だった。
ビビは、少し安心したような、ほんの少し残念そうな、複雑な顔で、千切ったパンを口に運ぶ。
(まあ、これでいい)
(ハーレム展開は、嬉しいが、面倒くさい)
(前世で病院のナースに告白されたとき、断った瞬間に院内が地獄になった記憶、まだ生きてる)
俺はカップを置いて、窓の外を眺めた。
砂の街が、目を覚まし始めている。
⸻
朝食を終えて、ビビと宿を出た。
露店が並ぶナノハナの大通り。
香辛料の匂い。布を売る声。子どもが駆けていく。
ビビは、麦わら一味とは別行動で、街の様子を確認したいらしい。
俺はその護衛、というか、暇つぶし、というか、まあ、なんとなく隣を歩いている。
——その、瞬間だった。
「火だ! 火がついたぞッ!」
通りの向こうから、悲鳴のような声。
人が散る。
布が燃え、屋台が崩れ、白い煙が立ち上る。
「火事ですか」
「いや」
俺は、煙の向こうに、視線を据えた。
オレンジの帽子。そばかす。素肌。
青年の、肩から、腕から、背中から——炎が、揺らめいている。
(——エース)
心臓が、一度、跳ねた。
やっぱり、いた。
原作通りのタイミング。原作通りの場所。原作通りの、男。
ポートガス・D・エース。
白ひげ海賊団二番隊隊長。
炎を纏った、笑う青年。
「あの方は……」
ビビが、息を呑む。
「白ひげ海賊団二番隊隊長、ポートガス・D・エース」
俺は、煙を見つめたまま、答えた。
「シャボンディで、一回会った」
「お知り合いなのですか!?」
「ま、酒を一回奢られた程度の、知り合い」
(嘘だ。原作で散々見た、知り合い、を超えた何か)
エースは、屋台の店主に頭を下げている。
炎を消し、ぺこりと謝り、銭を置いている。
寝落ちでもしたんだろう。原作の、いつものやつ。
俺は、その姿を、しばらく、ただ、眺めた。
⸻
——通りの、反対側から。
ドタドタと、聞き慣れた足音。
「兄ちゃーんッ!!」
声を聞いた瞬間、俺は、思わず吹き出しそうになった。
来た。
ルフィだ。
全力疾走。両手を広げて、まっすぐ、火事跡に向かって突っ込んでいく。
エースが、振り返る。
「ルフィ!?」
弟が、兄に飛びつく。
兄が、弟を受け止める。
炎が、ふっ、と消えて、二人だけが、砂埃の中で笑っている。
(……原作通り、だ)
(やっぱり、こいつら、絆深いな)
胸の奥が、変な感じに、温かくなる。
前世で、姉弟の患者を看取ったときの、あの、どうしようもない感情に、似ていた。
「兄ちゃん、何でこんなとこにいんだよ!?」
「お前こそ。海賊、やってんのか」
「うんッ! もうすぐ仲間100人になる!」
「100人?」
「うん!」
「……お前、変わんねェな」
エースが、笑う。
ナミとサンジ、ゾロ、ウソップ、チョッパーが、遅れて駆けつけてくる。
ナミが、肩で息をしながら、俺たちに気づいて、ぴたりと止まった。
「アズール、ビビ、何やってんの!?」
「兄弟ごっこ、見学」
「は?」
ビビが、俺の袖を、ちょん、と引いた。
「あの……アズールさんも、行きませんか?」
俺は、首を、軽く振った。
「いや、こいつらの兄弟時間だ。邪魔すんな」
ビビが、目を見開いて、それから、ふっ、と、柔らかく笑った。
その笑い方が、なんだか、妙に綺麗だったのは、内緒にしておく。
⸻
「腹ァ減ったぞーーー!!」
ルフィの第一声で、空気が、決まった。
「お前、さっき朝、食っただろ」
ゾロが、即ツッコむ。
「兄ちゃんが居るんだ、もう一回食うッ!」
「……変わんねェな、お前」
エースが、呆れて笑った。
「ま、せっかくだ。一緒に、メシでも食ってくか」
ナミが、財布を、ぎゅ、と握りしめて、青ざめた。
「兄弟で食う気……? うちの財布、もたないわよ……」
「ふふ、ナミさん、ご安心を。腕の見せ所ですッ」
サンジは、もう、厨房に乗り込む顔をしていた。
ビビが、控えめに、手を、上げた。
「あの……すぐそこに、街で、評判の、食堂が、ありますが」
「決まりだァーーー! 行くぞ、お前らーーー!!」
ルフィが、先頭を切って、駆け出す。
チョッパーが「待ってよルフィーッ」と、慌ててついていく。
ウソップが「俺の鼻が、美味い飯の匂いを、嗅ぎつけたぜ」と、誰にも頼まれてない解説を入れた。
俺は、ビビと、顔を見合わせて、肩を、すくめた。
(……まあ、こうなるよな)
(麦わらの一味、合流するときは、いつも、こんな感じで、なし崩しに、流れていくのが、原作通り)
(嫌いじゃないけどな)
⸻
「で、結局、全員で飯か」
なんやかんやで、近くの食堂に、全員集合することになった。
丸テーブルが二つ。麦わら一味、エース、俺、ビビ。
店主が、目を白黒させている。
そりゃそうだ。海賊と王女が、同じ卓で、メシを食ってる。
ルフィが、肉の山に、噛みつく。
エースが、その三倍の速度で、皿を空にする。
店主の顔が、青くなり、白くなり、やがて、無に至った。
「ちょっと、あんたの兄、食費爆発するんだけどッ!」
ナミが、叫ぶ。
「ふふ、ナミさん落ち着いて。今日は俺が腕を振るうッ! 双子で来たかと思ったぜ……兄弟、似すぎだろ」
サンジが、厨房にダッシュする。
俺は、エースの隣の席に、するりと、滑り込んだ。
グラスに水を注ぎながら、横顔を、ちらりと見る。
そばかす。鼻筋。睫毛。
近くで見ると、本当に、生きてるんだな、と思う。
原作で、何度も、何度も、繰り返し見た、死ぬ場面。
あれが、まだ、起きていない。
エースが、ふと、俺に気づいた。
「あ、お前——シャボンディの」
「アズール。覚えててくれて、嬉しいよ」
「忘れねェよ。あんなおもしれェ酒の飲み方する奴、そうそういねェ」
「光栄だ」
エースが、にっと笑う。
「縁、作ったな」
「ああ。約束、守ったよ」
二人で、笑った。
ルフィが、向かいで「兄ちゃん、こいつ強いぞ!」と、なんの脈絡もなく叫ぶ。
ゾロが「強いのは認める」と、めんどくさそうに頷く。
チョッパーが、エースの帽子を見て「動物の絵だ!」と、ぴょんぴょん跳ねている。
——平和だった。
本当に、平和だった。
⸻
その平和は、エースが、グラスを置いた瞬間に、終わった。
「実は、俺は、重罪人を追ってる」
ナミが、フォークを止める。
ウソップが、口の中の肉を、ごくり、と飲み込んだ。
「重罪人……?」
「黒ひげ。マーシャル・D・ティーチ」
エースの目が、すっ、と、温度を下げる。
「元、白ひげ海賊団四番隊。仲間を、殺して、抜けた」
(……サッチ殺害、もう起きてたんだな)
(原作通りの、タイミング)
俺は、グラスの水を、一口、含んだ。
「隊長のおれが、始末を、つけなきゃならねェ」
エースが、静かに言う。
ルフィが、肉を食う手を、止めた。
珍しい光景だった。あいつが、飯を、止める。
それだけで、エースの背負ってるものの重さが、伝わってくる。
「アラバスタに現れた、って情報を掴んでな。来てみたんだが」
「いないだろ」
俺が、口を挟んだ。
エースが、ぴくり、と眉を動かす。
「お前、なんで知ってる?」
「勘」
「お前、勘で生きすぎだろ」
「自覚、ある」
エースが、ぷっ、と吹き出した。
ナミが、半眼で俺を見ている。
「あんた、ほんと、説明する気ないわよね」
「説明、めんどくさい」
「最低」
「光栄」
ビビが、口元を押さえて、笑いを堪えている。
やめろ。そういう顔、するな。心臓に悪い。
⸻
食事が終わって、エースが、立ち上がった。
「世話になったな。じゃ、行くわ」
ルフィが「兄ちゃん、もう行くのかよ!」と口を尖らせる。
エースは、弟の頭を、軽くポン、と叩いて、笑った。
「お前と、長くいると、調子が狂う」
「えー」
エースが、店を出ていく。
俺は、グラスを置いて、立ち上がった。
「ちょっと、便所」
「適当ね」
ナミの声を背中に、店を出る。
エースは、通りの、少し先にいた。
振り返る。
「ん?」
「黒ひげ、止めとけ」
エースの顔から、笑みが、ふっ、と消えた。
「は?」
「あいつ、お前が思ってるより、ずっと、厄介だ」
エースが、しばらく、黙った。
それから、ゆっくりと、笑った。
さっきまでの、明るい笑いじゃない。
何かを、見透かそうとする、目。
「お前、何者だ。なんで、そこまで知ってる」
「言えねえ」
「言えねェのか」
「言えねえ。でも、止めとけ。今のお前じゃ、勝てねえ」
エースが、空を、見上げた。
雲ひとつない、アラバスタの青。
その青を、眩しそうに、目を細めて、見ている。
「お前の言うことは、不思議と、嘘に、聞こえねェ」
「俺、嘘つけねえタイプなんで」
「嘘つけ」
「バレた」
エースが、笑う。
それから、ふっと、真顔に、戻る。
「でも、行くわ。隊長として、けじめを、つけなきゃならねェ」
「……だろうな」
風が、吹いた。
砂が、二人の足元を、撫でて、過ぎていく。
俺は、エースの目を、まっすぐ、見た。
「**死ぬなよ。エース**」
エースが、目を、見開いた。
それから、肩を、揺らして、笑った。
「シャボンディと、同じこと、言うな、お前」
「大事なことは、二度言う」
エースが、声をあげて、笑った。
背中を、丸めて、笑った。
笑い終わって、目尻を、指で拭った。
「死なねェよ。親父に、まだ、恩返ししてねェからな」
——同じセリフ。
シャボンディで聞いた、あの、セリフ。
原作で、何度も、何度も、思い出した、あの、セリフ。
(エース、頼む)
(今度こそ)
(死なないでくれ)
俺は、頷くことが、できなかった。
ただ、エースの目を、見ていた。
エースは、もう、何も言わずに、踵を返した。
炎が、背中で、揺れた。
オレンジの帽子が、人混みに、消えていく。
⸻
店に戻ると、ナミが、腕を組んで、俺を見ていた。
「アズール、あなた、エースさんと、知り合いだったの?」
「シャボンディで、一回、飲んだだけ」
「それで『死ぬなよ』って……あなた、何考えてるの?」
俺は、椅子に座り直して、ぬるくなった水を、飲み干した。
(原作の未来を、変えるためだ)
(なんて、言えるわけがない)
「気まぐれ」
「またそれ……」
ナミが、肩を落とす。
ビビが、俺を、じっと見ている。
何かを、感じ取っている目だった。
さすが、王女。勘が、鋭い。
「アズールさん」
「ん?」
「あの方は、大切な、お知り合いなのですね」
俺は、少しだけ、答えるのに、間を空けた。
「……まあ、そんなとこ」
ビビは、それ以上、聞かなかった。
⸻
エースが、街を出てから、空気が、少し、変わった。
ルフィが、いつも通り、肉を頬張りながら、それでも、たまに、店の入口を、ちらり、と見る。
あいつなりの、寂しさだろう。
ゾロが「あいつなら、心配ねえだろ」と、ぼそりと言って、酒を飲んだ。
そうあって欲しい、と、俺も、心の中で、頷く。
サンジが、灰皿に、煙草を、押し付けた。
「で、これからどうすんだ。ビビちゃん、王女、なんだろ?」
ビビが、姿勢を、正した。
「はい。アラバスタは、今、内乱の、瀬戸際にあります。バロックワークスという、組織が、糸を、引いています」
「ボス、誰なの?」
ナミが、聞いた。
「Mr.0」
ビビの声が、固くなる。
「七武海、サー・クロコダイル」
店内が、ぴり、と、張り詰めた。
チョッパーが「七武海……?」と、震えている。
ウソップが「お、俺、急にお腹が……」と、椅子を引きかける。
俺は、グラスを、指で、軽く、弾いた。
「次は、クロコダイルだな」
ビビが、俺を、見た。
不安と、希望の、入り混じった目。
「アズールさん、本当に、勝てるのですか?」
(クロコダイル、か)
(砂砂の実、ロギア、めんどくさいタイプ)
(でも、無下限の前では、関係ねえ)
(砂だろうが、水だろうが、近づけねえなら、無害)
俺は、口角だけで、笑った。
「楽勝」
「自信家ね」
ナミが、半眼で言う。
「自信じゃない。実力」
「……ほんと、あんた、何者よ」
俺は、答えなかった。
答えなくても、いい時間が、続いている。
こいつらが、それを、許してくれている。
ありがたい話だ、と、思う。
⸻
店を出ると、夕暮れだった。
ナノハナの空が、橙に、染まっている。
建物の影が、長く、砂の上に、伸びている。
風が、乾いた音を立てて、通りを、抜けていく。
エースは、もう、どこかへ、行ってしまった。
あいつが、これから、どこへ向かうのか、俺は、知っている。
バナロ島。黒ひげとの、再会。
そして、敗北。
インペルダウン。マリンフォード。
そこで、何が起こるか。
俺は、全部、知っている。
(……止めとけって、言ったのにな)
歩き出した俺の隣を、ビビが、無言で、歩く。
後ろから、ルフィの、笑う声がする。
ナミが、地図を広げる音がする。
サンジの、煙草の匂いが、夕風に、混じる。
砂漠の、風が、夕暮れに、乾いた音を立てた。
次の一手を、打つ時が、来ていた。
——次回、第9話「砂砂の七武海」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
エースの「重罪人を追ってる」「隊長のおれが始末をつけなきゃならねェ」は、原作第157話のセリフをそのまま使いました。あのシーンが書きたくて、本作を始めたと言っても過言ではないです。
「黒ひげ、止めとけ」と忠告するアズールに、エースが「お前の言うことは不思議と嘘に聞こえねェ」と返す場面。ここでエースを止めることはできない、というのが、この物語の構造的な悲しさです。アズールが原作の未来を知っていても、エースは隊長としてのけじめを優先する。だからこそ、マリンフォードでの介入が、最後の砦になる。
ビビとの距離感は、朝の「気にすんな」で一旦リセットしました。距離を縮めっぱなしだと、サンジさんの嫉妬温度がマグマからプラズマになってしまうので。