マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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幕間 第6.5話「白き少佐の余韻」を投稿予定です。

今回は第6話「白き少佐と新型OS」の直後、
真白のシミュレーター搭乗と新型OSの構想を受けた、周囲の反応を描く補足回になります。

まりもさん、伊隅大尉、夕呼副司令――
それぞれの立場から見た「神宮寺真白」という存在や、XM3の可能性に少し触れていきます。

本編の大きな事件が進む回ではありませんが、
真白が横浜基地でどう見られ始めたのかを描く、余韻と整理の回になります。



第6.5話「白き少佐の余韻」

10月25日 昼前

横浜基地・シミュレーター制御室

<< ピアティフ >>

神宮寺少佐が退出した後も、制御室にはしばらく沈黙が残っていた。

シミュレーター筐体の稼働音は、すでに落ち着いている。

先ほどまでモニターに映っていた不知火の機動記録も、今は静止映像として表示されていた。

跳躍。

着地。

旋回。

射撃。

回避。

そして、再加速。

初搭乗者の記録としては、明らかに異常だった。

私は端末に視線を落とす。

神宮寺真白少佐。

年齢、二十歳。

正式な軍歴なし。

戦術機搭乗記録なし。

衛士訓練記録なし。

それなのに、シミュレーター内の機体挙動は、未経験者のものではなかった。

もちろん、完成された衛士の動きではない。

荒い。

危うい。

動作の継ぎ目で乱れる。

機体の慣性を捌ききれていない箇所もある。

だが、それでも、初搭乗者が不知火をあの速度で三次元機動させること自体が通常ではない。

「……バイタルと挙動が一致していません」

私は、思わずそう報告していた。

香月副司令が椅子に座ったままこちらを見る。

「どういう意味?」

「神宮寺少佐の心拍、呼吸、筋緊張は、明らかに緊張状態を示しています。搭乗中も何度か過負荷に近い反応が出ています」

私は別のデータを表示する。

「ですが、機体操作の方は、それに反して安定しています。精神状態は未経験者に近い。ですが、操作反応だけが、経験者側に寄っています」

神宮司軍曹が、画面を見つめたまま眉を寄せた。

「つまり、本人は怖がっているのに、身体は動かせているということ?」

「はい」

伊隅大尉が低く呟く。

「身体が先に動き、意識が後から追いついている……か」

先ほど、神宮司軍曹が神宮寺少佐本人に言った言葉と同じだった。

まさに、その通りだと思う。

私は、機体ログを拡大する。

「特に異常なのは、初期適応速度です。歩行開始から跳躍移行までの時間が短すぎます。通常、初搭乗者は情報量の処理だけで大きく遅延します」

「なのに、この子は数歩で噛み合った」

香月副司令が楽しそうに言う。

「はい。噛み合った、という表現が最も近いかと」

私は報告しながらも、内心では処理に困っていた。

数値は嘘をつかない。

しかし、数値の示す内容が現実離れしている。

神宮寺少佐は、恐怖していた。

戸惑っていた。

自分の動きに驚いていた。

それなのに、不知火を動かした。

まるで、本人が知らない手順を、身体だけが記憶しているかのように。

「ピアティフ」

「はい」

「今のデータ、全部保存。真白の主観報告と機体挙動を同期させて」

「了解しました」

「それと、まりものデータも並べて」

神宮司軍曹の肩が、ぴくりと動いた。

「夕呼」

「何?」

「やっぱり私のデータも取っていたのね」

「当たり前でしょ」

副司令は悪びれなかった。

「今日は真白の適性確認だけじゃない。あんたの反応も継続観察対象よ」

「継続観察って……」

神宮司軍曹は、疲れたようにため息をつく。

だが、その目はモニターから離れていなかった。

私も、彼女のデータを表示する。

先日の補助剤投与後から、神宮司軍曹の反応値はわずかに変わっている。

大きすぎる変化ではない。

だが、確実に基準値からずれている。

疲労回復速度。

集中維持。

視覚処理。

そして、シミュレーター観察中の判断速度。

どれも、通常より高い値を示していた。

「神宮司軍曹の観測反応も、前回基準より向上しています」

「……そう」

神宮司軍曹は短く答えた。

けれど、その声には納得していない響きがあった。

当然だろう。

自分の身体が、理由の分からない形で変わっている。

それを不安に思わない方がおかしい。

香月副司令は、そんな彼女を見ながら薄く笑った。

「安心しなさい。今のところ、悪い方向には出てないわ」

「今のところ、ね」

「ええ。だから観察するのよ」

私は、再び神宮寺少佐のログへ視線を戻した。

不知火の機動記録。

神宮司軍曹の反応記録。

伊隅大尉の観察所見。

香月副司令の仮説。

すべてが、一つの方向へ向かい始めている。

新型OS。

まだ設計図すら固まりきっていない、新しい操作思想。

しかし、神宮寺少佐の言葉は、ただの空想ではなかった。

少なくとも、彼は既存OSの限界を、搭乗した直後に感覚として捉えていた。

それは、非常に大きい。

「……神宮寺少佐は、危険ですね」

思わず口にしていた。

香月副司令がこちらを見る。

「へえ。あなたがそう言うのは珍しいわね」

「数値上の意味です」

「でしょうね」

私は淡々と続ける。

「彼自身が危険人物というより、彼を中心に動く情報量が多すぎます。未来知識、特殊適性、新型OS構想、外部強化反応。どれか一つでも機密として重すぎるものです」

「全部まとめて本人に乗ってるわけね」

「はい」

神宮司軍曹が、小さく呟いた。

「……あの子、ちゃんと耐えられるのかしら」

その声は、教官のものだった。

私は、返答を控えた。

数値だけでは、人の心までは測れない。

ただ一つ言えるのは。

神宮寺真白少佐は、今日、不知火を動かした。

そしてその一回で、横浜基地の計画に大きな変更を迫るだけの材料を示してしまった。

 

10月25日 昼前

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 神宮司 まりも >>

「……初搭乗で、あれ」

私は、モニターに映る不知火の静止映像を見つめていた。

何度見ても、信じがたい。

神宮寺少佐は、初めて戦術機のシミュレーターに乗ったと言った。

実際、搭乗前の様子は明らかに初心者だった。

緊張していた。

装備にも慣れていない。

呼吸も浅かった。

怖がっていた。

それなのに、動き出した瞬間、機体は別物のように変わった。

完璧ではない。

むしろ、危うい。

見ていて何度も肝が冷えた。

だが、まったく動けない初心者の危うさではない。

身体だけが、すでに答えを知っている。

そういう危うさだった。

「あの子自身、自分の動きに驚いていたわね」

伊隅大尉が言う。

私は頷く。

「ええ。操縦している本人が、一番戸惑っていた」

あれは、衛士としてはかなり危険な状態だ。

自分が何をしているのか理解する前に、身体が機体を動かしてしまう。

実戦なら、判断より先に機体が動くことは武器にもなる。

だが、制御できなければ、それは事故に直結する。

「借り物の感覚だとしても、それを使うのはあなたです」

私は、さっき彼にそう言った。

あれは、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。

神宮寺少佐の動きは、彼だけのものではないように見えた。

だが、それでも戦術機に乗るのは彼だ。

恐怖を感じるのも彼。

機体を壊すのも彼。

誰かを救うのも、彼自身の判断だ。

「……それにしても」

私は、自分の指先を軽く握った。

今日は、やけに細かいところまで見えた。

神宮寺少佐がどこで迷ったのか。

どこで機体の硬直に引っかかったのか。

どこで動きが乱れたのか。

普段よりもはっきり分かった。

教官としての経験だけでは説明しきれない。

先日、夕呼に飲まされた補助剤。

あれが関係している。

そう考えるのが自然だった。

「夕呼」

「何?」

「この前の補助剤、やっぱり神宮寺少佐と関係があるのね」

夕呼は、こちらを見て微笑んだ。

「あるとも言えるし、ないとも言えるわ」

「その答え、もう聞き飽きたわ」

「じゃあ、まだ説明する段階じゃない、と言っておくわ」

「……」

腹立たしい。

だが、無理に問い詰めても夕呼は答えない。

昔からそういう女だ。

必要だと判断した時にしか、必要な分だけしか話さない。

そして、だいたいこちらは後から巻き込まれる。

「まりも」

「何よ」

「体調は?」

「悪くないわ」

「視界は?」

「普段より冴えてる」

「身体は?」

「軽い」

「神宮寺少佐については?」

「……」

私は、そこで言葉に詰まった。

神宮寺少佐。

初めて会った青年。

神宮寺と神宮司。

紛らわしい名前。

中性的な顔立ち。

少佐待遇という、明らかに不自然な肩書き。

夕呼の管理下に置かれた、重要人物。

それだけのはずだった。

なのに。

なぜか、その名前が妙に気になる。

補助剤を飲んだ後から、頭の片隅に引っかかっている。

好意とは違う。

懐かしさとも違う。

放っておけない、という感覚に近い。

それが夕呼の仕掛けなのか。

補助剤の副作用なのか。

あるいは、神宮寺少佐自身の何かなのか。

「……気になるわね」

私は正直に答えた。

夕呼の目が、わずかに細くなる。

「どういう意味で?」

「教官としてよ」

自分でも、少しだけ言い訳じみて聞こえた。

「危うすぎるもの。あの子、放っておいたら、自分が何者かも分からないまま前に進もうとする」

夕呼は何も言わない。

「それに、あの新型OSの話」

私は、モニターに映る機動記録を見る。

「たぶん、本物よ」

「へえ」

「茶化さないで。彼の言っていた、連続機動、動作中断、先行入力。聞き慣れない言葉だけど、戦術機の動作として考えれば筋は通っている」

現行OSでは、動作の繋ぎに癖がある。

訓練では、その癖に合わせて衛士の身体を作る。

だが、彼の発想は逆だ。

衛士の思考に、機体側を近づける。

それが実現できれば。

「訓練体系も変わるわ」

私は言った。

「ただ操作を覚えさせるだけじゃない。衛士が次にどう動くか、連続した判断として教える必要が出てくる」

「面倒?」

「面倒よ」

私は即答した。

「でも、有効ならやるしかないでしょう」

そう言ってから、ふと自分で苦笑する。

神宮寺少佐と同じようなことを言っている気がした。

やるしかない。

あの青年の口癖らしい言葉。

「……本当に、妙な子ね」

思わず呟く。

伊隅大尉が、静かにこちらを見る。

「神宮司軍曹」

「何でしょう」

「あなたの目から見て、彼は衛士になれると思うか?」

私は、少し考えた。

神宮寺真白。

怖がり。

未熟。

経験不足。

だが、適性は異常。

そして、衛士を生かしたいという思想を持っている。

「衛士にするべきかは別として」

私は言った。

「訓練すれば、戦術機は動かせるようになると思います」

「前線に出せるかは?」

「……それは別問題です」

伊隅大尉は小さく頷いた。

分かっているのだろう。

あの青年は、戦力であると同時に、守るべき対象でもある。

そして、それが厄介なのだ。

「でも」

私は、もう一度モニターを見る。

「彼が持ってきた新型OSは、前線に出すべきだと思います」

その言葉だけは、はっきりと言えた。

 

10月25日 昼

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 伊隅 みちる >>

私は、神宮寺少佐の機動記録を見返していた。

一回目の歩行。

初期旋回。

跳躍。

射撃。

回避。

それぞれに粗がある。

初回搭乗なら当然だ。

むしろ、粗があるからこそ、彼が本当に未経験者であることが分かる。

だが、その粗の中に、異常なものが混じっている。

危機回避の方向。

重心の逃がし方。

次の射撃位置を確保するための機動。

それらは、単なる偶然では説明しづらい。

「……実戦経験者の癖に近い」

私は低く呟いた。

神宮司軍曹がこちらを見る。

「そう見えますか」

「ああ。だが、本人の反応は違う。自分の動きに意識が追いついていない。経験者が身体で動くのとは別物だ」

「借り物の経験、ですか」

「そうだな」

そう表現するのが近い。

神宮寺少佐の中には、何かがある。

香月副司令は、それを“妙な適性”と呼んだ。

詳しいことは話されていない。

だが、あえて伏せている以上、ただの才能ではないのだろう。

私は、画面に表示された新型OSの概念図を見る。

連続機動。

動作中断。

先行入力。

聞き慣れない言葉だ。

だが、戦術機運用として考えると、非常に危険で、非常に魅力的だった。

現行OSでは、機体は衛士の入力に対して一つずつ動作を返す。

それは安定性という意味では必要だ。

だが、BETA相手には遅い。

一拍の遅れ。

それだけで、前線では死ぬ。

「回避後の硬直を消せるなら、戦車級への対処が変わる」

私は言った。

「跳躍後の姿勢制御から射撃への移行が早くなるなら、包囲を抜ける選択肢も増える」

神宮司軍曹が頷く。

「近接戦闘も変わります。要撃級相手に踏み込んだ後、離脱までを一連の動きにできるなら、被弾率はかなり下がる」

「A-01でも使える」

そう言った瞬間、自分の声が少し重くなったのが分かった。

A-01。

伊隅ヴァルキリーズ。

私の部下たち。

前線で命を賭ける衛士たち。

もし、このOSが本当に機能するなら。

あの子たちの生存率が上がるかもしれない。

一人でも多く、帰ってこられるかもしれない。

「……だが」

私は、モニターに映る神宮寺少佐の姿を見る。

若い。

あまりにも若い。

しかも男性だ。

この世界では、男性というだけで目立つ。

その上、少佐待遇。

特殊な適性。

新型OSの発案者。

香月副司令の管理下。

彼を前線に出すなど、論外に近い。

だが、彼の力を使わないという選択肢もない。

「厄介だな」

「何がかしら?」

香月副司令が面白そうに尋ねる。

「神宮寺少佐です」

私は正直に答えた。

「彼は守るべき対象に見える。同時に、戦術的価値が高すぎる。前線に出すべきではないが、前線を変える力を持っている」

「いい評価ね」

「褒めているわけではありません」

「分かってるわよ」

香月副司令は笑っていた。

だが、その目は真剣だった。

「伊隅大尉」

「はい」

「A-01隊長として見て、新型OSに価値はある?」

即答した。

「あります」

迷う必要はなかった。

「危険性は?」

「当然あります。機体の自由度が上がれば、衛士側の判断ミスも大きく反映されます。未熟な衛士に使わせれば事故が増える可能性もある」

「それでも?」

「それでも、価値はあります」

私は、もう一度機動記録を見た。

神宮寺少佐の不知火は、何度も現行OSの硬さに引っかかっていた。

それでも動けた。

なら、あの引っかかりを減らせれば、熟練衛士はもっと動ける。

A-01なら。

私の部隊なら。

「実戦部隊で評価する価値は十分にあります」

香月副司令は満足そうに頷いた。

「よろしい」

その一言で、何かが決まった気がした。

神宮寺真白。

白い少佐。

彼が何者なのかは、まだ分からない。

だが、彼がもたらした新型OSの思想は、無視できない。

少なくとも私は、そう判断した。

 

10月25日 昼過ぎ

横浜基地・香月副司令執務室

<< 香月 夕呼 >>

「さて、と」

執務室に戻った私は、端末に神宮寺真白のシミュレーター結果を表示した。

ピアティフが横で追加データを整理している。

まりもと伊隅大尉は、すでにそれぞれの任務へ戻した。

二人とも、表面上は冷静だった。

だが、反応は十分に取れた。

まりもは教官として、真白の危うさと新型OSの訓練価値に反応した。

伊隅大尉は実戦部隊の隊長として、新型OSの戦術的価値に反応した。

どちらも予想通り。

いや、予想以上と言ってもいい。

「ピアティフ」

「はい」

「真白のデータ、総評」

ピアティフは端末を操作しながら答える。

「通常の初搭乗者としては、説明不能な反応値です。身体操作の理解、視覚情報処理、機体挙動への適応速度、いずれも基準外です」

「例の因子は機能してる?」

「可能性は極めて高いと思われます」

「でしょうね」

私は椅子に背を預けた。

白銀武。

本来この世界に現れるはずだったという男。

その因果を一部抱えた、神宮寺真白。

本人はまだ、自分の中にあるものを借り物だと思っている。

実際、借り物なのだろう。

だが、借り物でも使えるなら価値はある。

そして、今日の試験で分かった。

使える。

少なくとも、戦術機適性としては実用レベルに届く可能性が高い。

「新型OSの方は?」

ピアティフが別の資料を表示する。

「概念としては、現行OSの課題に合致しています。連続機動、動作中断、先行入力という概念は、従来の戦術機OSにはほとんど存在しない発想です」

「完全に新しい操作思想ね」

「はい。内容は、戦術機の機動連結性を大きく改善するものです」

「衛士の反射と思考を、機体側が先読みして受け止める。うまくいけば、戦術機の動きそのものが変わるわ」

「問題は、実装難度と安全制御です」

「そこはこっちの仕事ね」

私は、神宮寺真白の言葉を思い出す。

政治的な価値はある。

だが、それ以上に、BETAに対抗するには必要だ。

あの青年は、思ったより見えている。

ただの善意だけではない。

技術が政治の道具になることも理解している。

その上で、それでも前線へ届けたいと言った。

甘い。

だが、嫌いではない。

「……衛士を生かすための力、ね」

私は小さく呟いた。

本来なら、技術はカードだ。

交渉材料であり、計画を進めるための駒。

新型OSほどのものなら、使い方次第で国連軍、帝国軍、A-01、斯衛、すべてに影響を与えられる。

だが、真白はそれをただのカードにしたくないと言った。

BETAは待たない。

政治的調整が終わるまで、前線の死を止めてはくれない。

あの言葉は、青い。

でも、この世界では、その青さが案外必要なのかもしれない。

「副司令」

ピアティフが声をかける。

「神宮司軍曹のデータも継続観察対象に入れますか」

「当然」

まりも。

初回外部対象。

投与後の変化は継続中。

今日の観察反応も向上していた。

真白のサンプルによる外部強化は、限定的ながら有効。

そして、その状態で真白の機動を観察させると、通常より細部まで捉えていた。

面白い。

実に面白い。

「まりもの変化、真白には?」

「報告しますか?」

「まだしない」

即答した。

「今言えば、あの子は確実に気にする。自分の知らないところでまりもに影響が出たと知れば、罪悪感を持つわ」

「その可能性は高いかと」

「でしょ。今は余計な荷物を乗せる段階じゃない」

真白には、これから新型OSのデータ取りをさせる。

本人の戦術機適性も伸ばす。

霞との接触も慎重に見る。

その上で、外部強化のこともいずれ説明しなければならない。

だが、今ではない。

「新型OS開発は最優先に引き上げるわ」

私はそう言った。

ピアティフが即座に記録する。

「優先度変更。新型OS開発計画を最優先項目へ移行」

「明日には試験用のたたき台を用意する」

「α版の前段階、という扱いでよろしいでしょうか」

「ええ。まずは試作たたき台。動かして、壊して、直す。真白には奥のテスト用シミュレーターを使わせる」

「了解しました」

「まりもと伊隅大尉にも、段階的に関わらせるわ。A-01への正式導入はまだ先。でも、伊隅大尉には早めに手応えを持たせておく」

「207Bへの接触は?」

「まだ段階を踏む。あの子たちは訓練兵よ。いきなり真白の異常性と新型OSを全部見せる必要はない」

「はい」

私は、もう一度モニターを見る。

神宮寺真白。

白き少佐。

検体番号JM-001。

未来知識を持つ異物。

白銀武の因子を宿す代替存在。

外部強化の供給源。

新型OSの伝達者。

そして、本人はまだ普通の青年のつもりでいる。

「本当に厄介ね」

思わず笑みが漏れた。

厄介。

面倒。

危険。

だが、使える。

使わなければならない。

この世界で、BETAに対抗するために。

「ピアティフ」

「はい」

「真白の明日以降の予定を組み直して。休息時間も入れなさい。壊れたら困るから」

「了解しました」

「それと、霞の予定も確認。夜に少し接触させるかもしれない」

「社霞との面会ですか」

「ええ。今日の真白は疲れてるでしょうし、霞との接触がどう働くかも見たい」

ピアティフが一瞬だけこちらを見る。

「それは休息ですか、観察ですか」

私は笑った。

「両方よ」

ピアティフは、わずかに息を吐いたように見えた。

「了解しました」

私は椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げる。

今日、神宮寺真白は不知火を動かした。

それだけなら、一つの試験結果にすぎない。

だが、その結果は計画の優先順位を変えた。

新型OS。

衛士を生かすための新しい操作思想。

本来なら存在しないはずの男が、この世界に持ち込んだ、まったく新しい戦術機運用の可能性。

「さあ、動かすわよ」

私は、誰に言うでもなく呟いた。

「オルタネイティヴ4も、新型OSも、真白も」

端末の画面に、新しい計画項目が表示される。

新概念OS開発計画。

試作たたき台作成。

適応試験対象:神宮寺真白。

補助観察対象:神宮司まりも。

実戦評価候補:A-01。

予定は、静かに書き換わっていく。

神宮寺真白が不知火を動かした余韻は、ただの驚きでは終わらなかった。

それは、横浜基地の計画そのものを動かす、最初の波紋になった。

第6.5話「白き少佐の余韻」

それは、神宮寺真白が去った後に残された者たちが、その異常性を理解し始めた日。

そして、新型OSの開発が、横浜基地で最優先事項へ引き上げられた日だった。

 

 




――本作用語メモ6.5――

■ 伊隅みちる
A-01部隊を率いる大尉。
真白の機動と新型OS構想に対し、実戦目線で強い関心を示し始める。

■ 神宮司まりも
207小隊の教官。
真白の能力や影響力を、訓練兵側の視点から見つめる立場にある。
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