マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
書きたいものが多く、今後のペースも考え再度調整しました。
本編は、基本的に
水曜日・土曜日・祝日の19時頃に定期更新予定です。
本編の合間に幕間や0.5話、がある場合はその次の定期更新まで投稿するようにします。
他にIFルート、番外編なども気まぐれに更新していく予定です。
本編では描ききれない日常やキャラクター同士のやり取り、少し軽めの話なども増やしていけたらと思っていますので、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。
引き続き『マブラヴ・インサート』をよろしくお願いします。
10月26日 昼
横浜基地・PX
<< 神宮寺 真白 >>
「……お腹、空いたな」
午前の予定を終えた頃、自分は思わずそんなことを呟いていた。
昨日は、色々ありすぎた。
207B分隊との初対面。
PXでの夕食。
御剣訓練兵との夜の会話。
そして、どこかから感じた視線。
それに加えて、今朝は朝から夕呼副司令に呼び出され、XM3関連の資料確認とシミュレーターデータの説明を受けた。
正確には、説明を受けたというより、説明させられた。
「ここ、あんたの感覚だとどうなの?」
「この挙動、既存OSだと何が邪魔?」
「先行入力を組み込むなら、どのタイミングが自然?」
「感覚じゃなくて言語化しなさい。開発に落とし込めないでしょ」
夕呼副司令の問いは容赦がなかった。
自分は戦術機の専門家ではない。
ただ、白銀武の因子と、元の世界の知識と、何となく身体に残る感覚で話しているだけだ。
それを、夕呼副司令は片っ端から拾って、分解して、数値にしようとしていた。
すごい人だと思う。
本当に、この世界の中心にいる人なのだと思う。
ただ、付き合わされる側はかなり疲れる。
「……頭、使いすぎた」
自分は小さく息を吐きながら、PXへ向かった。
廊下を歩く途中、何度か女性兵士たちの視線を感じた。
若い男。
少佐待遇。
香月副司令の管理下。
さらに、昨日は207B分隊とPXで食事をしていたらしい。
噂になる要素しかない。
「……目立ちたくないんだけどな」
そう呟いても、どうにもならない。
自分は、もうこの基地では目立つ存在になってしまっているらしい。
PXの入口をくぐると、昼時ということもあってそこそこ賑わっていた。
食器の音。
話し声。
配膳口から聞こえる、ひときわ大きな声。
「はい次! ちゃんと並びな! 飯は逃げないけど、昼休みは逃げるよ!」
その声を聞いただけで、少しだけ肩の力が抜けた。
京塚のおばちゃんだ。
戦時中の基地であっても、ここには少しだけ日常の空気がある。
いや、京塚のおばちゃんが無理やり日常を作っている、と言った方が近いかもしれない。
「おや、真白ちゃん! 今日もちゃんと食べに来たね!」
配膳口に近づいた瞬間、食堂中に響くような声で呼ばれた。
周囲の視線が一斉にこちらへ向く。
「きょ、京塚さん……声が大きいです……」
「何言ってんだい! 食堂じゃ元気な声が一番の調味料だよ!」
「あ、はい……」
「あと、さん付けは堅い! おばちゃんでいいって言ったろ!」
「す、すみません。京塚のおばちゃん」
「よし! それでいい!」
京塚のおばちゃんは、満足そうに笑うと、こちらの顔をじっと見た。
「……で、また疲れた顔してるね!」
「そんなに分かりますか?」
「分かるよ! 食堂のおばちゃんを舐めるんじゃないよ! 腹が減ってる子と、無理してる子の顔くらい、見れば一発さ!」
「……すごいですね」
「すごくない! 毎日見てるから分かるんだよ!」
そう言いながら、おばちゃんは手際よく定食を盛り付けていく。
今日の定食は、合成魚の味噌煮と、合成野菜の小鉢。
見た目は思ったよりちゃんとしている。
ただ、明らかにご飯の量が多い。
「今日は多めにしとくよ!」
「え、でも……」
「でもじゃない! 食べられる時に食べる! 寝られる時に寝る! 若い子の仕事は、まず倒れないこと!」
「あ、ありがとうございます」
「礼はいいから食べな! ほら、持っていきな!」
渡された盆は、やっぱり少し重かった。
ありがたい。
ありがたいけれど、この世界の食料事情を考えると申し訳なくなる。
そんな顔をしていたのだろう。
京塚のおばちゃんは、こちらの額を軽く小突くように指で弾いた。
「こら! 出された飯に申し訳なさそうな顔をするんじゃないよ!」
「す、すみません」
「そういう時は、ありがとうございますって言って、ちゃんと食べる! それでいいんだよ!」
「……ありがとうございます。ちゃんと食べます」
「よし!」
おばちゃんは、食堂中に響くような声で笑った。
階級も、肩書きも、特別扱いも関係ない。
ここでは、自分は少佐ではなく、ただの食べ盛りの若い子として見られている。
それが、少しだけくすぐったくて。
少しだけ、嬉しかった。
盆を持って席を探そうとした時だった。
「あっ……」
小さな声が聞こえた。
視線を向けると、少し離れたテーブルに207B分隊の四人が座っていた。
榊千鶴訓練兵。
御剣冥夜訓練兵。
彩峰慧訓練兵。
珠瀬壬姫訓練兵。
昨日と同じ顔ぶれだ。
ただし、今日はまりもさんはいない。
鎧衣美琴訓練兵も、まだ入院中らしい。
こちらに気づいた珠瀬訓練兵が、声をかけようとして、口を開いたまま固まっていた。
目が合う。
「あ、えっと……」
珠瀬訓練兵は慌てて視線を泳がせる。
たぶん、話しかけたい。
でも、上官だから緊張している。
その様子が分かりやすくて、少しだけ微笑ましかった。
自分は盆を持ったまま、軽く会釈する。
「こんにちは。皆さんも昼食ですか?」
その瞬間、千鶴が椅子から立ち上がろうとした。
「神宮寺少佐! お疲れ様です!」
「座ったままで大丈夫です。食事中ですし」
「しかし……」
「自分がそうしてほしいので」
昨日も似たようなことを言った気がする。
千鶴は少し迷った後、姿勢を正したまま座り直した。
冥夜も静かに頭を下げる。
「神宮寺少佐、お疲れ様です」
「お疲れ様です、御剣訓練兵」
彩峰は箸を止め、こちらを見る。
「……真白ちゃん」
「ぶっ」
思わず変な声が出そうになった。
彩峰は真顔だった。
その横で、珠瀬訓練兵が小さく目を丸くする。
「神宮寺少佐……真白ちゃんって呼ばれてる……」
「珠瀬、失礼よ」
千鶴が慌てて注意する。
「い、いえ……大丈夫です」
大丈夫ではある。
大丈夫ではあるけれど、改めて言われるとかなり恥ずかしい。
冥夜は真面目な顔で頷いた。
「親しみを込めた呼称なのだな」
「ええと……たぶん、そうです」
「良きことだと思います」
冥夜は本気で言っているらしい。
彩峰は、相変わらず表情を変えない。
「……真白ちゃん」
「彩峰訓練兵、できれば神宮寺少佐でお願いします」
「……残念」
「残念なんですか」
「少し」
「少し……」
思わず苦笑してしまう。
そのやり取りで、テーブルの空気が少しだけ柔らかくなった。
「隣、いいですか?」
自分が尋ねると、四人は一瞬だけ顔を見合わせた。
それから千鶴が、慌てて席を空ける。
「ど、どうぞ!」
「ありがとうございます」
自分は四人のテーブルに加わった。
昨日よりは、ほんの少しだけ空気が柔らかい。
昨日は初対面で、しかもこちらが急に説教のようなことを言ってしまった。
今日もまだ緊張はある。
でも、完全な他人という感じではなくなっていた。
それだけで、少し安心する。
「少佐、本日もお忙しいのですか?」
冥夜がこちらの盆を見ながら尋ねた。
「午前中は、夕呼副司令とXM3……新型OS関連の確認をしていました」
「やはり、お疲れなのではありませんか」
「え?」
「顔色が、昨日より少し優れぬように見えます」
言われて、思わず頬に手を当てる。
そんなに出ているのだろうか。
霞にも、疲れていると言われたばかりだ。
京塚のおばちゃんにも、さっき一発で見抜かれた。
「大丈夫です。少し頭を使いすぎただけなので」
「ならば、なおさら食事は取るべきです」
冥夜は真面目な顔でそう言った。
「食事は身体を作る基礎です。無理をされる方ほど、食を疎かにしてはなりません」
「あはは……ありがとうございます」
正論だった。
冥夜に真正面から心配されると、少し照れくさい。
そこで、彩峰が無言で何かをこちらの盆の横に置いた。
合成焼きそばだった。
「……え?」
「食べる?」
彩峰はいつもの調子で言った。
「いいんですか?」
「余った」
自分は、置かれた皿を見る。
まだ湯気が立っている。
どう見ても、今受け取ったばかりだ。
「今、受け取ったばかりに見えますけど」
「余った」
「まだ食べてないですよね?」
「余った」
「……ありがとうございます、彩峰訓練兵」
「……別に」
彩峰はそれだけ言うと、自分の食事に戻った。
不器用な気遣い。
そう思うと、少しだけ胸が温かくなる。
千鶴が横から小さく咳払いをした。
「彩峰、上官に対してその態度は――」
「いいですよ、榊訓練兵」
自分は苦笑しながら止める。
「彩峰訓練兵なりに気遣ってくれたんだと思いますから」
「……そうでしょうか」
千鶴は少し納得がいかないようだった。
彩峰は何も言わずに、味噌汁を飲んでいる。
その横で、珠瀬訓練兵が小さく手を挙げた。
「あ、あの……神宮寺少佐」
「はい」
「昨日の、お話……その、すごく……えっと……」
言葉を探している。
緊張しているのが分かる。
でも、ちゃんと話そうとしてくれている。
自分は急かさず待った。
珠瀬訓練兵は両手で箸を握りしめながら、やっと言葉を続けた。
「その……頑張ろうって、思いました」
「そうですか」
「はい。でも、わ、私……すぐ緊張してしまって……足を引っ張ってしまうかもしれなくて……」
「珠瀬訓練兵」
「は、はいっ」
「緊張するのは、悪いことじゃないと思います」
「え……?」
珠瀬訓練兵が顔を上げる。
「緊張するのは、ちゃんとやりたいと思っているからです。どうでもよかったら、たぶん緊張もしません」
「ちゃんと、やりたいから……」
「はい。だから、まずはその気持ちを大事にすればいいと思います」
珠瀬訓練兵は、少しだけ目を見開いた。
それから、小さく頷く。
「……はい」
その声は、まだ弱い。
でも、昨日より少しだけ前を向いているように聞こえた。
今度は千鶴が、真剣な顔でこちらを見た。
「神宮寺少佐」
「はい」
「昨日の“目的”についてですが、少佐はどのように確認すべきだとお考えですか」
やっぱり来た。
千鶴らしい質問だった。
真面目で、責任感が強くて、すぐに答えを見つけようとする。
「榊訓練兵は、答えを急ぎすぎているのかもしれません」
「……急ぎすぎ、ですか」
「はい。目的は、誰かに言われてすぐ見つかるものではないと思います」
千鶴は黙って聞いている。
「自分が何のために衛士を目指すのか。何を守りたいのか。誰と一緒に進みたいのか。そういうものは、考え続ける中で少しずつ形になるものだと思います」
「考え続ける……」
「はい。榊訓練兵は、もう十分考えようとしています。だから、今はすぐ完璧な答えを出そうとしなくてもいいんじゃないでしょうか」
千鶴は少しだけ目を伏せた。
「ですが、分隊長として、私が迷うわけには……」
「迷わない指揮官が立派なのではなく、迷っても考え続ける指揮官が必要な時もあると思います」
言ってから、自分は少しだけ苦笑した。
「すみません。偉そうに聞こえたら」
「いえ」
千鶴は首を横に振った。
「ありがとうございます。参考にします」
その声は硬かったが、拒絶ではなかった。
冥夜が静かにこちらを見る。
「少佐は、不思議なお方ですね」
「え?」
「上官でありながら、我らに命じるのではなく、考えさせようとなさる」
「命じるほど、自分は立派じゃないだけですよ」
自分は苦笑する。
「それに、答えを押し付けても意味がないと思うので」
「それでも、言葉は残ります」
冥夜は真面目に言った。
「昨日の少佐の言葉も、私の中に残っております」
少し照れくさい。
自分の言葉。
いや、本当は自分だけの言葉ではない。
目的があれば、人は努力できる。
その言葉は、本来なら白銀武が彼女たちへ渡すはずだったものだ。
自分は、その役割を借りているだけなのかもしれない。
でも。
今この場に白銀武はいない。
だから、自分が言うしかない。
「残ったなら、よかったです」
自分は静かに答えた。
ふと、四人の食事を見る。
千鶴はきちんと食べている。
冥夜も姿勢よく食べている。
彩峰はマイペース。
珠瀬訓練兵は、緊張で少し箸が遅い。
「皆さん、ちゃんと食べてますか?」
自分がそう聞くと、四人が一斉にこちらを見た。
「……少佐?」
千鶴が不思議そうな顔をする。
「いや、訓練って大変でしょうし。ちゃんと食べないと持たないと思って」
冥夜が少し目を丸くした。
「少佐は、ご自身が心配される側では?」
「自分は……まあ、たぶん大丈夫です」
「たぶん、では困ります」
冥夜の声が少し強くなった。
昨日の夜も思ったけれど、冥夜は真面目なだけではなく、意外と面倒見がいい。
その時、配膳口の方から大きな声が飛んできた。
「そうだよ真白ちゃん! あんたが一番ちゃんと食べなきゃ駄目だよ!」
「京塚のおばちゃん、聞いてたんですか!?」
「食堂でおばちゃんに聞こえない話なんてないよ!」
食堂の何人かが笑った。
自分は少し顔が熱くなる。
207Bの四人も、それぞれ反応していた。
珠瀬訓練兵は小さく笑いをこらえている。
千鶴は「食堂での会話には注意が必要ですね」と真面目に呟いている。
冥夜は「食堂を預かる者の耳目は侮れぬのだな」と妙に納得している。
彩峰は、ぼそりと呟いた。
「……真白ちゃん」
「彩峰訓練兵」
「……別に」
自分はため息をつきながら、彩峰からもらった合成焼きそばに箸を伸ばした。
一口食べる。
味は、元の世界のものとは少し違う。
合成食品特有の単調さはある。
でも、悪くない。
「美味しいです」
「……そう」
彩峰は少しだけ視線を逸らした。
その様子を見て、珠瀬訓練兵が小さく笑う。
千鶴も、ほんの少しだけ表情を緩めた。
冥夜は静かに微笑んでいる。
たったそれだけ。
でも、昨日より空気が柔らかい。
上官と訓練兵。
少佐と207B分隊。
まだその距離はある。
けれど、ほんの少しだけ、同じテーブルを囲む仲間のような空気が生まれていた。
「明日の訓練」
自分は食事を続けながら言った。
「無理しすぎないでください」
四人がこちらを見る。
「でも、手は抜かないでください」
千鶴が背筋を伸ばす。
「はい」
冥夜も頷く。
「承知しました」
彩峰は短く言った。
「……了解」
珠瀬訓練兵は慌てて返事をする。
「が、頑張ります!」
「はい。自分も、できる範囲で見させてもらいます」
そう言うと、四人の表情が少しだけ引き締まった。
昨日の言葉が、今日の日常に少しだけ繋がっている。
それが分かっただけで、この幕間のような昼食にも意味がある気がした。
食事を終え、自分は盆を持って立ち上がる。
「では、自分はそろそろ戻ります」
「もう行かれるのですか」
冥夜が少しだけ残念そうに言った。
「夕呼副司令に呼ばれる前に、資料を整理しておきたいので」
「それは……確かに急いだ方がよろしいかと」
千鶴が妙に納得した顔で頷く。
香月夕呼副司令の呼び出しに関しては、すでに訓練兵にも何となく恐ろしさが伝わっているらしい。
「神宮寺少佐」
珠瀬訓練兵が、おずおずと声をかけてきた。
「はい」
「また……その、お話しても、いいですか」
また。
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
霞との約束を思い出す。
バイバイではなく、またね。
終わりではなく、次へ繋げる言葉。
自分は自然と笑っていた。
「もちろんです。また話しましょう」
珠瀬訓練兵の顔が、ぱっと明るくなる。
「はいっ」
千鶴が小さく咳払いする。
「珠瀬、声が大きい」
「ご、ごめんなさい」
彩峰がぼそりと言う。
「……元気でいい」
「彩峰?」
「別に」
冥夜が静かに微笑む。
その光景を見て、自分は少しだけ安心した。
まだ噛み合っているとは言えない。
千鶴と彩峰の間には、まだ距離がある。
珠瀬訓練兵の不安も消えたわけではない。
冥夜の背負いすぎるところも、そのままだ。
それでも。
昨日よりは、少しだけ前に進んでいる気がした。
「では、また」
自分がそう言うと、四人がそれぞれ返事をした。
「はい。またお願いいたします」
冥夜。
「お疲れ様です、神宮寺少佐」
千鶴。
「……また」
彩峰。
「ま、またです!」
珠瀬訓練兵。
自分は軽く手を振り、PXを後にしようとした。
その背中へ、また大きな声が飛んでくる。
「真白ちゃん! 晩飯もちゃんと食べに来るんだよ!」
「は、はい!」
反射的に返事をしてしまう。
食堂のあちこちから、また小さな笑いが起きた。
恥ずかしい。
でも、不思議と嫌ではなかった。
廊下に出ると、基地の空気がまた少し冷たくなる。
それでも、さっきより足取りは軽かった。
昨日、霞に教えた言葉。
またね。
それは、ただの挨拶ではなかった。
人と人が次に繋がるための、小さな約束。
霞だけではない。
207B分隊とも、少しずつそういう約束を積み重ねていけるのかもしれない。
そして、PXにも。
京塚のおばちゃんの大きな声が響く、この場所にも。
自分がまた戻ってこられる場所が、ひとつ増えた気がした。
そんなことを思いながら、自分は資料室へ向かって歩き出した。
終わりではなく、次へ。
明日の訓練へ。
まだぎこちない彼女たちが、少しでも同じ方向を向けるように。
そして、自分もまた。
この世界で、ちゃんと戻ってこられる場所を増やしていくために。