マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

15 / 17
どうやら、前の予約投稿が間違っていたようです…すみません…!
幕間「ピアティフ中尉の予定表」は正しくは、8話後の物語となります。
今後は気をつけさせてもらいますm(_ _)m


幕間「ピアティフ中尉の予定表」

10月27日 朝

横浜基地・副司令執務室隣室

<< 神宮寺 真白 >>

「……詰めれば、いけますよね」

自分は、机の上に広げたメモを見ながら、そう呟いた。

白い紙の上には、自分で書いた予定が並んでいる。

午前、XM3α版の再テスト。

昼、香月副司令への報告。

午後、第207衛士訓練小隊B分隊の訓練見学。

夕方、霞とのデータ確認。

夜、XM3改修案の整理。

その後、A-01向け説明資料の下書き。

「……うん」

少しだけ、頷く。

厳しい。

かなり厳しい。

けれど、不可能ではないはずだった。

自分の身体は、以前よりずっと丈夫になっている。

疲れにくい。

回復も早い。

シミュレーターで何度か戦術機を動かしたあとでも、普通なら倒れていてもおかしくないはずなのに、身体そのものはまだ動いた。

なら、使える時間は使った方がいい。

この世界には、時間がない。

11月11日。

BETAの新潟上陸。

その日までに、XM3を形にしなければならない。

A-01に使えるところまで持っていかなければならない。

207Bにも、できるだけ早く成長してもらわなければならない。

まりもさんを守るためにも。

霞を救うためにも。

夕呼副司令の計画を進めるためにも。

「……自分が、動かないと」

そう呟いた時だった。

「神宮寺少佐」

背後から声がした。

「ひゃっ……!」

思わず変な声が出た。

振り返ると、そこにはピアティフ中尉が立っていた。

いつものように、背筋を伸ばし、表情は落ち着いている。

手には端末と資料を抱えていた。

「おはようございます」

「お、おはようございます……ピアティフ中尉」

慌ててメモを隠そうとした。

だが、遅かった。

ピアティフ中尉の視線は、すでに机の上の紙に向いていた。

「……それは?」

「えっと……今日の予定、です」

「拝見しても?」

「……はい」

差し出すしかなかった。

ピアティフ中尉は、紙を受け取ると、黙って目を通した。

一行目。

二行目。

三行目。

表情は変わらない。

ただ、少しだけ沈黙が長くなった。

その沈黙が、妙に怖かった。

「神宮寺少佐」

「はい」

「これは、予定表ではありません」

「え?」

ピアティフ中尉は、淡々と言った。

「故障前提の運用計画です」

「故障……」

「はい」

即答だった。

自分は少しだけ視線を逸らした。

「で、でも、自分、体力は普通よりありますし……」

「それは把握しています」

「なら……」

「動けることと、休息が不要であることは別問題です」

その言葉に、返す言葉が詰まった。

ピアティフ中尉の声は、いつも通り落ち着いていた。

怒っているわけではない。

責めているわけでもない。

ただ、事実を告げているだけ。

それなのに、変に逃げ道がなかった。

「ですが、時間が……」

「時間がないことも把握しています」

「だったら、自分が少しでも動けば……」

「神宮寺少佐」

ピアティフ中尉が、自分の言葉を静かに遮った。

「あなたが倒れた場合、XM3の開発速度は低下します。207Bへの助言も停止します。霞さんとのデータ確認も止まります。香月副司令への報告も遅延します」

「……」

「あなたが一日多く動くことで得られる成果と、あなたが倒れることで失われる成果。どちらが大きいか、計算する必要があります」

「……計算、ですか」

「はい」

ピアティフ中尉は、机の上に紙を戻した。

「少なくとも、この予定表は計算されていません」

言い切られた。

胸の奥が少しだけ痛んだ。

分かっている。

たぶん、無理をしている。

でも。

「……自分が休んでいる間に、誰かが死ぬかもしれないと思うと」

言葉が、勝手に漏れた。

ピアティフ中尉の目が、わずかに細くなる。

「新潟のことも、A-01のことも、207Bのことも……自分は知っているのに、全部は覚えていなくて……でも、何かできるかもしれなくて」

自分は、拳を握った。

「だから、少しでも動いた方がいいと思ったんです」

ピアティフ中尉は、すぐには答えなかった。

隣室の空調音だけが、静かに響いていた。

やがて、彼女は口を開く。

「その可能性は否定できません」

優しい嘘ではなかった。

「あなたが休息している間に、何かが起こる可能性はあります」

「……はい」

「ですが、あなたが休息しなかった結果、救えるはずだった人を救えなくなる可能性もあります」

その言葉は、静かだった。

けれど、重かった。

「神宮寺少佐。あなたは、ご自身を一つの作業単位として考えすぎています」

「作業単位……」

「はい。あなたは、代替不能な人員です」

代替不能。

その言葉が、妙に重く響いた。

「香月副司令は、使えるものは使います」

ピアティフ中尉は淡々と続ける。

「必要なら、あなたにも相応の負荷をかけるでしょう」

「……ですよね」

「ですが、負荷をかけることと、壊してよいことは違います」

思わず顔を上げた。

ピアティフ中尉は、こちらを真っ直ぐに見ていた。

「壊れれば、使えません」

「……すごく事務的な言い方ですね」

「事務的に申し上げています」

「ですよね……」

少しだけ苦笑した。

でも、不思議と嫌ではなかった。

夕呼副司令なら、たぶんもっと皮肉っぽく言う。

まりもさんなら、もっと感情を込めて心配してくれる。

霞なら、少ない言葉でこちらの不安を見抜く。

ピアティフ中尉は、そのどれとも違った。

淡々としている。

冷静で、事務的で、無駄がない。

けれど、そこには確かに、自分を壊さないようにする意志があった。

「では、予定を組み直します」

「え、今からですか?」

「はい」

ピアティフ中尉は、迷いなく机の前に座った。

自分のメモを横に置き、別の紙を取り出す。

ペンの音が、さらさらと響いた。

「午前。XM3α版テスト。二時間まで」

「二時間……」

「連続稼働は避けます。途中で十五分の休憩を挟みます」

「はい……」

「昼。食事および休憩」

「食事は、まあ……」

「食事時間を削ることは認めません」

先に釘を刺された。

「……自分、そんなに信用ないですか?」

「ありません」

即答だった。

「即答……」

「昨日の記録では、昼食を十分に摂取していません」

「それは、その……考えごとをしていて」

「理由は問いません。結果として不十分です」

言い返せない。

ピアティフ中尉は、そのまま続ける。

「午後。207B訓練見学および助言。一時間半まで」

「一時間半ですか?」

「はい」

「もう少し見た方が……」

「一時間半です」

「……はい」

「夕方。霞さんとのデータ確認。三十分」

「三十分……」

「延長は、香月副司令または私の許可が必要です」

「かなり厳しいですね……」

「必要です」

さらに、ピアティフ中尉は紙に線を引いた。

「夜。香月副司令への報告。終了後、休息」

「XM3の改修案整理は……」

「翌日に回します」

「A-01向け資料は……」

「後日です」

「深夜作業は……」

「禁止です」

「少しだけでも……」

「禁止です」

「……厳しい」

「必要です」

同じ言葉が、何度も返ってくる。

けれど、少しだけ分かってきた。

ピアティフ中尉は、自分を止めたいわけではない。

自分が動き続けるために、動きすぎるのを止めている。

「神宮寺少佐」

「はい」

「こちらを向いてください」

「え?」

言われるまま、顔を上げた。

ピアティフ中尉が近づいてくる。

思ったより、距離が近い。

「ピ、ピアティフ中尉?」

「失礼します」

そのまま、手袋越しの指先が、自分の額に触れた。

「……っ」

思わず固まる。

額に当てられた手は、少し冷たかった。

ピアティフ中尉は表情を変えない。

「微熱はありません」

「手で分かるんですか……?」

「簡易確認です」

「そ、そうですか……」

心臓が少しだけ早くなる。

こちらだけが妙に意識しているのが、なんだか恥ずかしい。

ピアティフ中尉は、そのまま自分の顔色を確認するように見つめた。

「ただし、睡眠不足の兆候があります」

「……少しだけです」

「少しだけ、ではありません」

どこかで聞いたような言い方だった。

霞にも、似たようなことを言われた気がする。

「皆さん、そういうところは鋭いですね……」

「神宮寺少佐が分かりやすすぎるのだと思います」

「それはそれで、少し傷つきます……」

ピアティフ中尉は、額から手を離した。

「精神的疲労も見られます」

「……そこまで分かるんですか?」

「記録と照合しています」

「記録……」

「表情、発声、姿勢、歩行速度、食事量、シミュレーター後の反応。総合的に判断しています」

「すごく見られてますね……」

「業務です」

また、その言葉だった。

業務。

任務。

管理。

補佐。

ピアティフ中尉の距離感は、いつもそこに収まる。

でも。

「……心配、してくれているんですか?」

つい、そんなことを聞いてしまった。

言ってから、少し後悔する。

ピアティフ中尉は、すぐには答えなかった。

ほんの一拍。

それから、いつもの静かな声で言う。

「神宮寺少佐の体調管理は、私の業務範囲です」

「業務範囲、ですか」

「はい」

「……ありがとうございます」

ピアティフ中尉は、わずかに瞬きをした。

それだけだった。

けれど、その一瞬だけ、表情が少し柔らかくなった気がした。

その時、隣の扉が開いた。

「何よ、朝から楽しそうじゃない」

白衣を羽織った夕呼副司令が、眠そうな顔で出てきた。

手にはコーヒーカップ。

目元には、明らかに徹夜の気配がある。

「楽しそうではありません……」

「そう? ピアティフに捕まって予定管理されてる男の顔って、なかなか面白いわよ」

「捕まってたんですか、自分」

「ええ。見事に」

夕呼副司令は、自分の予定表をひょいと取り上げた。

最初に自分が作った方を見る。

そして、鼻で笑った。

「却下」

「早い……」

「こんなの通したら、あんた三日で潰れるわよ」

「三日は持つんですか……?」

「そこに安心しない」

夕呼副司令は、次にピアティフ中尉が作り直した予定表を見る。

「悪くないわね」

「ありがとうございます」

ピアティフ中尉が静かに頭を下げる。

夕呼副司令は自分を見る。

「真白」

「はい」

「あんた、自分を何だと思ってるの?」

一瞬、迷った。

でも、今の自分の中にある答えは一つだった。

「……白銀武の代わり、ですかね」

夕呼副司令は、眉を上げた。

そして、あっさりと言う。

「違うわよ」

「え?」

「便利な駒」

「もっと酷くなりましたけど!?」

思わず声が出た。

夕呼副司令は楽しそうに笑った。

けれど、すぐに少しだけ目を細める。

「でもね、駒だって壊れたら使えないのよ」

その声は、さっきより少しだけ低かった。

「使える時に使う。休める時に休ませる。壊れそうなら補修する。そうやって運用しなきゃ、戦力なんて維持できない」

「……」

「だから、休息も命令よ」

夕呼副司令は、ピアティフ中尉の予定表を指で叩いた。

「これに従いなさい」

「……はい」

逆らう理由は、もうなかった。

というより、逆らえる雰囲気ではなかった。

ピアティフ中尉が、清書した予定表を自分に差し出す。

「本日の正式予定です」

「ありがとうございます……」

受け取った紙を見る。

そこには、自分の無謀な予定とは違う、きちんと余白のある予定が並んでいた。

余白。

自分では削ろうとしていたもの。

でも、たぶん、それが必要なのだ。

「明日は、第207衛士訓練小隊B分隊の訓練見学が予定されています」

ピアティフ中尉が言う。

「神宮司軍曹の承認を得ています」

「まりもさんも……」

「はい」

予定表の一番下には、明日の項目が小さく書かれていた。

第207衛士訓練小隊B分隊。

訓練見学・助言。

同行、神宮司軍曹。

終了後、休憩。

「……いよいよ、207小隊ですね」

自分は小さく呟いた。

冥夜。

千鶴。

彩峰。

たま。

そして、まだ入院中の美琴。

彼女たちを、どう導けばいいのか。

どこまで関わっていいのか。

答えは、まだ分からない。

「神宮寺少佐」

「はい」

ピアティフ中尉が、まっすぐこちらを見る。

「助けすぎないようにしてください」

思わず、息を呑んだ。

「……分かるんですか?」

「神宮寺少佐は、そういう方だと判断しています」

「……」

否定できなかった。

たぶん、自分は助けすぎようとする。

答えを知っているから。

悲劇を見たくないから。

失敗させたくないから。

でも、それでは駄目なのだ。

彼女たち自身が強くならなければ、この先を生き残れない。

「……気をつけます」

「お願いします」

ピアティフ中尉は、静かに頷いた。

夕呼副司令は、コーヒーを飲みながらこちらを見ていた。

「ま、せいぜい上手くやりなさい」

「はい」

「あと、食事は抜くな」

「……はい」

「睡眠も削るな」

「はい……」

「深夜作業は?」

ピアティフ中尉が続ける。

「禁止、です」

自分が答えると、ピアティフ中尉は満足したように頷いた。

こうして、自分の無謀な予定表は、ピアティフ中尉の手によって綺麗に解体された。

代わりに残されたのは、少しだけ現実的で。

少しだけ窮屈で。

そして、たぶん。

自分を壊さないための予定表だった。

翌日。

自分はその予定表に従い、第207衛士訓練小隊B分隊の訓練場へ向かうことになる。

未来を変えるために。

けれど今度は、一人で全部を抱え込まないように。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。