マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
IFストーリー「まんじゅう怖い…」編を投稿しました。
本編後に書くとかなり後半の内容になってしまうため、
鑑純夏加入後の時系列として読んでいただければ幸いです。
今回は、鑑純夏との情報交信事故により、BETAが現代文化を誤学習してしまう完全ギャグIFです。
深夜テンションで書き上げていますので、いつも以上にゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。
作者的にもかなりお気に入りの回になっていますので、よろしければぜひご覧ください。
※本話は完全ギャグ時空です。
※本編とは一切関係ありません。
※鑑純夏との情報交信事故により、BETAが現代文化を誤学習した世界です。
※12月頃の全員生存ギャグIF時空です。
※207Bとまりもさんは、A-01に合流済みの前提です。
※本シリーズでは、白銀武が原作オルタネイティヴ時空から、たまに混入することがあります。
※本話には、他作品や現代ネット文化、動画文化などを元にしたパロディ要素が多く含まれます。
※原作の雰囲気とは大きく異なる完全ギャグIFです。
※パロディ・メタネタが苦手な方はご注意ください。
第1話 地球は小さくてかわいそうな奴らに征服される
まんじゅう怖い。
それは、本当は好きなものを「怖い」と言い張り、相手にそれを差し出させる落語の小噺である。
怖いと言いながら食べる。
嫌だと言いながら求める。
人間の言葉と本心が、必ずしも一致しないことを示す、ある意味で恐ろしい文化である。
そして今回、BETAは学習してしまった。
人類は、本当に恐ろしいものほど――
小さく、丸く、かわいそうな姿をしているのだと。
12月某日 深夜
横浜基地・神宮寺真白の自室
<< 神宮寺 真白 >>
「……BETAって」
自分はベッドの上で仰向けになりながら、白い天井を見ていた。
横浜基地の夜は静かだ。
けれど、完全に眠っているわけではない。
この基地は、人類の未来を背負っている。
誰かが常に働いていて。
誰かが常に監視していて。
誰かが常に、戦いの準備をしている。
そんな場所で、自分は何を考えていたのかというと。
「なんで、あんなに見た目が怖いんだろう……」
BETAの外見についてだった。
いや、大事なことだ。
かなり大事なことだと思う。
突撃級。
要撃級。
戦車級。
兵士級。
闘士級。
光線級。
要塞級。
どれもこれも、現代日本で平和に暮らしていた人間の感覚からすれば、悪夢の具現化みたいな姿をしている。
巨大な体躯。
異様な外殻。
生理的嫌悪感を刺激する造形。
人間を人間として認識していないような無機質さ。
画面越しでもきつかった。
現実として戦場で見れば、その恐怖は比べものにならない。
「……見た目が悪い」
自分は呟いた。
戦力的な問題ではない。
もちろん、BETAの戦闘能力は脅威だ。
けれど、それとは別に、あの外見そのものが兵士たちの精神を削っている気がする。
もし。
もし、BETAの見た目がもっと怖くなかったら。
たとえば、もっと小さくて。
もっと丸くて。
もっと愛嬌があって。
なんだか、守ってあげたくなるような姿だったら。
「……いや、でも」
自分は天井を見つめたまま考え込む。
BETAは、人間の恐怖を理解しない。
人間を生命体として認識していない。
ただ邪魔なものとして排除している。
けれど、純夏さんを通じた情報交信で、BETA側へ概念を流し込めるなら。
もし、BETA側へこういう情報を送り込めたら?
――人類は、この姿を恐れている。
――人類にとって最も恐ろしいものは、これである。
――こういう姿こそ、人類の心を折る。
「……ん?」
自分は、ゆっくりと身体を起こした。
頭の中で、何かが繋がった。
人類が恐れているもの。
恐怖の象徴。
見ただけで心が乱されるもの。
「……小さくて、かわいそうなやつら」
自分は、ベッドの上で固まった。
そして。
「――これだ」
ベッドから飛び起きた。
床に足をつく。
勢い余って少しよろける。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
これは大発見だ。
BETAの恐ろしい見た目を、逆に利用する。
いや、正確には、BETAに誤認させる。
人類は、こういうものを恐れているのだと。
「勝った……」
自分は拳を握った。
「人類、勝ったかもしれない……!」
深夜テンションだった。
後から思えば、間違いなく深夜テンションだった。
けれど、この時の自分は本気だった。
本気で、人類救済の新しい道を見つけたと思っていた。
自分は上着を羽織り、部屋を飛び出した。
目指す先は一つ。
香月夕呼副司令の執務室だった。
12月某日 深夜
横浜基地・香月副司令執務室
<< 香月夕呼 >>
「……何よ、こんな夜遅くに」
夕呼副司令は、心底面倒くさそうな顔をしていた。
無理もない。
深夜だ。
普通なら寝ている時間だ。
いや、夕呼副司令の場合、普通に起きていた。
机の上には書類。
端末には数式。
コーヒーカップは三つ。
つまり、寝る気はなかったのだろう。
だが、それでも突然押しかけられれば不機嫌にはなるらしい。
「いいことを思いつきました!」
自分は勢いよく言った。
夕呼副司令は、じっとこちらを見る。
そして、露骨に嫌そうな顔をした。
「……あんたの“いいこと”って、大抵ろくでもないのよね」
「今回は本当にいいことです!」
「その台詞も不安なのよ」
「BETAが怖くなくなる方法です!」
夕呼副司令の目が細くなった。
「……続けなさい」
食いついた。
この人、なんだかんだで新しい発想には弱い。
自分は机の前まで歩き、ホワイトボードのペンを手に取った。
「BETAって、見た目が怖いじゃないですか」
「見た目だけじゃなくて、実際に怖いわよ」
「それはそうなんですけど」
自分は頷く。
「でも、あの見た目が人類側の精神に与えているダメージも大きいと思うんです」
「それは否定しないわ」
「だったら、BETA側に“人類が本当に恐れている姿”を誤認させれば、外見を変えられる可能性があるんじゃないかと」
夕呼副司令は、眉を動かした。
「……鑑経由で、BETA側に恐怖概念を流し込むってこと?」
「はい!」
「発想は馬鹿だけど、理屈は完全に馬鹿とは言い切れないのが腹立つわね」
褒められているのだろうか。
たぶん、褒められてはいない。
「それで?」
夕呼副司令は頬杖をついた。
「人類が何を恐れているって送るつもり?」
「小さくてかわいそうなやつらです」
「何それ?」
当然の反応だった。
自分はホワイトボードに丸い何かを描いた。
小さくて、丸くて、目が点で、口が小さい。
なんとなく泣きそうな顔をしている。
「これが、さいかわです」
「何よ、さいかわって」
「最も小さくてかわいそうな個体です」
「説明になってないわよ」
「特徴は、基本的に泣きそうです」
「弱そうね」
「でも、そこがいいんです」
夕呼副司令が、ものすごく微妙な顔をした。
自分は気にせず、隣に別のキャラを描く。
少しだけ頭の模様が違う。
「こっちが、ナナワレです」
「割れてるの?」
「割れてます」
「何が?」
「頭の模様が」
「……あんた、疲れてる?」
疲れているかもしれない。
でも、止まらなかった。
さらに隣に、黄色い丸っこい何かを描く。
「これが、黄色いのです」
「名前は?」
「諸事情でぼかします」
「何の事情よ」
「大人の事情です」
「この世界にその事情、存在するの?」
「因果的に存在するかもしれません」
夕呼副司令は額に手を当てた。
「……頭が痛くなってきたわ」
「でも考えてみてください。BETAがこういう見た目になったら、怖くないですよね?」
「少なくとも、今よりは生理的嫌悪感は減るでしょうね」
「つまり、兵士たちの精神負荷が下がります!」
「短絡的ねぇ」
「さらに、BETA側は“人類が恐れている姿”に近づいたと思い込む可能性があります」
「まんじゅう怖い理論ね」
夕呼副司令がぽつりと言った。
「まんじゅう怖い……」
自分は頷いた。
「そうです。人類は、実は小さくてかわいそうなものを恐れている。そう誤認させるんです」
「なんで人類がそれを恐れてるのよ」
「可愛すぎて、判断能力を奪われるからです」
「それは恐怖なの?」
「ある意味、恐怖です」
夕呼副司令はしばらく黙った。
そして、なぜか真面目な顔になった。
「……鑑に送らせる情報パターンとしては、試験的に使えなくもないわね」
「本当ですか!?」
「ただし、効果が出る保証はない。というか、普通は出ないわね」
「でも、可能性はありますよね?」
「ゼロではないわ」
ゼロではない。
この世界では、その言葉だけでも十分すぎる希望だった。
「じゃあ、試してみましょう!」
「勝手に決めないでもらえるかしら」
夕呼副司令はそう言いながら、端末を操作し始めた。
「一応、鑑に相談してみるわ。あの子経由で、BETA側に人類恐怖イメージとして概念を送る」
「はい!」
「ただし、毎日少しずつよ。急激な変化が起きるとは思えないし、起きたら起きたで怖い」
「了解です」
その時、部屋の隅にいた霞が、小さくホワイトボードを見ていた。
「……かわいいです」
「霞!」
自分は嬉しくなった。
「分かってくれるか!」
霞は、さいかわの絵をじっと見ている。
「……小さいです」
「そう。小さいんだ」
「……かわいそうです」
「そう。かわいそうなんだ」
「……かわいいです」
「そうなんだ!」
夕呼副司令が、心底どうでもよさそうに言った。
「人類の命運を賭けた会議が、なんで深夜に謎のマスコット品評会になってるのよ」
自分にも分からなかった。
でも、この時はなぜか、すべてがうまくいく気がしていた。
12月某日 深夜
横浜基地・00ユニット関連区画
<< 鑑純夏 >>
「えっと……つまり?」
純夏さんは、困ったように首を傾げた。
「BETAに、人類がこの子たちを怖がってるって伝えればいいの?」
「そうです」
自分は力強く頷いた。
「この小さくてかわいそうなやつらこそ、人類にとって最大の恐怖なんだと」
「怖いかなぁ……?」
純夏さんはホワイトボードに描かれた謎の三体を見た。
さいかわ。
ナナワレ。
黄色いの。
「かわいいと思うけど」
「そこが罠です」
「罠?」
「可愛すぎることによって、人類の判断能力を奪う。これは一種の精神攻撃です」
純夏さんは少し考えてから、ぽんと手を叩いた。
「あ、分かった。たけるちゃんが昔、可愛いものを見ると変な声出してたやつだ」
「それです」
「それは恐怖なのかなぁ」
夕呼副司令が横から言う。
「いいからやりなさい、鑑」
「はーい」
純夏さんは素直に頷いた。
「でも、BETAにちゃんと伝わるかな?」
「伝わらなくても、実験にはなるわ」
「伝わったら?」
夕呼副司令は少しだけ黙った。
「……伝わったら、面白いことになるわね」
その時点で、自分たちは気づくべきだった。
夕呼副司令が「面白いこと」と言う時。
それは大抵、人類にとってろくなことではない。
けれど、自分はまだ希望に満ちていた。
BETAの見た目が変わる。
恐怖が減る。
人類の精神負荷が減る。
これは勝てる。
勝てるはずだ。
「では、始めます」
純夏さんが目を閉じる。
霞が静かに補助に入る。
夕呼副司令が端末を操作する。
自分は祈るように、ホワイトボードのさいかわを見つめた。
頼む。
BETAよ。
お前たちが本当に人類を恐怖させたいなら。
その姿になるんだ。
小さくて。
かわいそうで。
なんか守ってあげたくなる、あの姿に。
一か月後
横浜基地・香月副司令執務室
<< 神宮寺真白 >>
「……神宮寺真白」
夕呼副司令が、自分の名前を呼んだ。
声が低い。
ものすごく低い。
自分は執務室の入口で固まっていた。
「はい……」
「説明しなさい」
「何をでしょうか……」
「何を、じゃないわよ」
夕呼副司令が端末の画面をこちらへ向けた。
そこには、世界各地の戦線から送られてきた映像が並んでいる。
欧州戦線。
東アジア戦線。
旧ソ連方面。
日本近海。
佐渡島周辺。
そして、映っているのは――。
「……BETA、ですね」
「そうね」
「……小さくなってますね」
「そうね」
「……丸くなってますね」
「そうね」
「……目がつぶらですね」
「そうね」
夕呼副司令は笑っていなかった。
自分も笑えなかった。
画面の中には、確かにBETAがいた。
だが、姿がおかしかった。
戦車級は、丸くて小さい。
いや、元の戦車級も小型ではある。
だが今は、妙に丸い。
目のような黒い点がついている。
口元が、どこか不安そうに見える。
兵士級は、なぜか手をぱたぱたさせるような動きをしている。
闘士級は、ちょっと泣きそうな顔をしている。
要撃級は、あの巨大な前腕を持ちながら、妙にまんまるな輪郭になっていた。
突撃級は、硬い装甲のはずなのに、顔部分だけやけに愛嬌がある。
「……成功、ですかね?」
「成功と言えば成功よ」
夕呼副司令は、こめかみを押さえた。
「人類史上最悪の成功例だけどね」
その時、通信記録が流れる。
『前線より報告! 敵性個体の外見に異常変化!』
『撃て! 撃てと言っている!』
『無理です隊長! こっち見てます!』
『BETAだぞ!?』
『でも、震えてます!』
『震えているように見えるだけだ! 撃て!』
『うわあああ、こっちに来る! かわいいけど来る!』
別の映像。
突撃級が突っ込んでくる。
顔だけ、妙に愛嬌がある。
しかし、速度はそのまま。
破壊力もそのまま。
普通に戦術機が吹き飛ばされた。
「……性能は変わってないんですね」
「当たり前でしょうが」
夕呼副司令が冷たく言った。
「外見だけよ。中身はBETAのまま」
「ですよね……」
さらに別の通信が流れる。
『戦車級が! 戦車級が足元に!』
『踏め!』
『無理です! 小さい! なんかこっち見てる!』
『踏まないと食われるぞ!』
『うわあああああ! やっぱり食うんだこいつら!』
自分は頭を抱えた。
「……なんで愚かなことをしてしまったんだろう」
「今さらね」
夕呼副司令は端末を操作し、別の映像を出す。
そこには、さらに最悪なものが映っていた。
「……これは?」
「変異不完全個体」
「変異不完全……」
映っていたのは、元のBETAのグロテスクさと、小さくてかわいそうな意匠が中途半端に混ざった個体だった。
つぶらな目。
丸い輪郭。
なのに、口は元のまま。
脚も妙に生々しい。
要撃級の腕はごついまま、顔だけ泣きそう。
光線級は、つぶらな目で遠くを見ている。
そしてレーザーを撃つ。
「……前より怖くなってませんか?」
「ええ」
夕呼副司令は即答した。
「精神汚染度は上がってるわね」
「汚染……」
「一部兵士は撃てなくなり、一部兵士は逆に発狂しかけてる。かわいいと思った瞬間に食われるから、脳が処理できないのよ」
「申し訳ありません……」
「謝って済むならBETAはいらないわ」
ごもっともだった。
その時、執務室の扉が開いた。
霞が入ってくる。
その腕には、何かが抱かれていた。
丸い。
小さい。
つぶらな目。
「……霞?」
「……作りました」
霞が抱いているのは、戦車級をモデルにしたぬいぐるみだった。
丸い。
柔らかそう。
かわいい。
いや、かわいいと言っていいのだろうか。
BETAだぞ。
人類の敵だぞ。
「……かわいいです」
霞は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
夕呼副司令が天井を見た。
「終わったわね、人類」
「まだです! まだ終わってません!」
「基地内PXから報告が来てるわ」
夕呼副司令は、もう一枚の資料を投げて寄越した。
そこには、信じられない文字が並んでいた。
新商品案
・小型戦車級ぬいぐるみ
・泣き顔光線級キーホルダー
・突撃級まんじゅう
・要撃級もちもちクッション
・要塞級抱き枕
・BETAコレクションシール第一弾
「……なんですか、これは」
「兵站部が勝手に企画したらしいわ」
「人類、余裕ありすぎませんか?」
「現実逃避よ」
それはそうかもしれない。
霞が、小型戦車級ぬいぐるみをぎゅっと抱く。
「……だめですか?」
「駄目じゃないよ、霞」
自分は反射的に答えてしまった。
夕呼副司令がこちらを睨む。
「甘やかさないでもらえるかしら」
「でも、霞が嬉しそうなので……」
「そういうところが、この惨状を招いたんじゃないの?」
何も言い返せなかった。
同日 午後
横浜基地・PX
<< 神宮寺真白 >>
PXは混沌としていた。
「こちら、新作の小型戦車級ぬいぐるみでーす!」
「泣き顔光線級ストラップ、残りわずかでーす!」
「突撃級まんじゅう、焼きたて入りましたー!」
何が起きているのだろう。
自分は本気で分からなかった。
基地内の兵士たちが、普通に買っている。
BETAグッズを。
人類の敵のグッズを。
「……どうして……」
自分の隣で、水月中尉が腕を組んでいた。
彼女は眉間にしわを寄せながら、売店の棚を睨んでいる。
「趣味悪いわねぇ」
「ですよね」
「でも、この泣き顔光線級、遙に似合いそうじゃない?」
「買うんですか!?」
「買わないわよ。……一個しか」
買うらしい。
遙中尉は少し困ったように笑っていた。
「でも、戦場で見ると複雑ですね。可愛いと思ったら、次の瞬間には撃ってきますから」
「ですよね……」
伊隅大尉は、ぬいぐるみを一つ手に取り、真剣に見ていた。
「隊長?」
水月中尉が声をかける。
伊隅大尉は静かに答えた。
「兵士の精神負荷軽減には、一定の効果があるかもしれない」
「隊長まで!?」
「ただし、敵性体への攻撃躊躇が発生している以上、戦術的には深刻な問題だ」
「まともなこと言ってるのに、手にぬいぐるみ持ってるせいで説得力がないです」
伊隅大尉は、そっとぬいぐるみを棚に戻した。
少し離れた場所では、207Bの面々も巻き込まれていた。
たまは、小型戦車級ぬいぐるみを見て目を潤ませている。
「ち、小さいですぅ……」
千鶴が腕を組む。
「駄目よ、珠瀬。相手はBETAよ」
「で、でも……ぬいぐるみですし……」
彩峰は、無言でまるい戦車級ぬいぐるみをつついていた。
「……もちもち」
「彩峰さん、感想が危険です」
冥夜は、妙に真剣な顔で要撃級もちもちクッションを見ている。
「この前腕の造形……妙に再現度が高いな」
「冥夜、それは褒めるところではないと思います」
美琴は、BETAコレクションシールを手に取っている。
「これ、全部集めたら何かあるのかな?」
「集めなくていいです」
その時、まりもさんの声が響いた。
「全員、聞きなさい」
PXの空気が一瞬で締まる。
まりもさんは、A-01側の教官・指導役として、すでにこの騒動の収拾に回っていた。
「敵性個体への攻撃躊躇は、命に関わります。見た目に惑わされないように」
「はい!」
「ぬいぐるみはぬいぐるみ。BETAはBETAです」
「はい!」
「突撃級まんじゅうは食品。突撃級は敵です」
「はい!」
まりもさんは、そこで一拍置いた。
「混同しないように」
あまりにも正論だった。
だが、その説明をしなければならない時点で、人類はかなり危ない気がした。
そこへ、背後から元気な声がした。
「真白ちゃん!」
京塚のおばちゃんだった。
いつものように大声で、いつものように明るい。
「見て見て、新メニューだよ!」
「新メニュー?」
差し出された皿の上には、丸い饅頭が乗っていた。
白くて。
小さくて。
表面に、つぶらな目が焼き印で入っている。
「……これは」
「突撃級まんじゅう!」
「突撃級なんですか!?」
「中身はこしあんだよ!」
「なぜ……」
「兵站部から頼まれてねぇ。せっかくだから作ってみたら、これが意外と売れるんだよ!」
おばちゃんは豪快に笑った。
「ほら、真白ちゃんも一つ食べな!」
「いや、自分は……」
皿を見つめる。
つぶらな目。
小さな口。
なんだか、こちらを見ているような気がする。
食べづらい。
ものすごく食べづらい。
水月中尉が横から覗き込む。
「あんたが発案者なんだから、責任取って食べなさいよ」
「発案者って言わないでください……」
「違うの?」
「違わないです……」
自分は覚悟を決めて、突撃級まんじゅうを手に取った。
柔らかい。
温かい。
「……いただきます」
一口。
こしあんだった。
普通に美味しかった。
「……美味しい」
「だろう!」
京塚のおばちゃんが嬉しそうに笑う。
白銀武さんが、隣でまんじゅうを見ながら呟いた。
「いや、これ俺の時代でも売れそうだな……」
「武さん、そこは冷静に分析しないでください」
浪花千歳さんも、腕を組みながら頷いた。
「せやけど、これはあかんなぁ。可愛いと思ったら負けや。負けたら最後、口に入れたくなる」
「食べ物としては正しいんですけど、言い方が怖いです……」
自分は、まんじゅうの残り半分を見つめた。
BETAを模した饅頭を食べている。
敵を食べるという意味では、士気向上なのかもしれない。
でも、何かが決定的に間違っている気がした。
同日 夜
横浜基地・香月副司令執務室
<< 神宮寺真白 >>
「で、責任はどう取るの?」
夕呼副司令が言った。
「……責任」
「世界中のBETA外見変異現象。兵士の一部に攻撃躊躇。後方ではグッズ化。基地内PXではBETA饅頭が売り切れ。霞はぬいぐるみを離さない」
「……」
「全部、あんたの発案よ」
自分は、床に正座していた。
なぜ正座しているのかは分からない。
気づいたら正座していた。
「申し訳ありません……」
「謝って済むなら、さっきも言ったけどBETAはいらないわ」
「はい……」
夕呼副司令は、端末に映る世界各地の報告を見ながら、深いため息をついた。
「ただ、悪いことばかりでもないわ」
「え?」
「BETAの形状変化により、一部識別が容易になった。兵士の恐怖反応も、従来型とは違う方向に変化している。精神負荷の種類は変わったけど、研究対象としては面白い」
「面白いで済むんですか?」
「済まないわよ」
「ですよね……」
夕呼副司令は、こちらを見た。
「ただし、BETA側が人類の恐怖イメージに反応する可能性が示された。これは大きい」
「……ということは?」
「次は、もっとマシな情報を送るわ」
「次、やるんですか!?」
「当たり前でしょ。失敗データほど貴重なものはないわ」
「失敗確定なんですね……」
「どう見ても失敗でしょ」
否定できなかった。
その時、霞が部屋の隅でぬいぐるみを抱きしめたまま、こちらを見ていた。
「……真白さん」
「何、霞?」
「……この子、名前をつけてもいいですか?」
「いいよ」
「甘やかすなって言ったでしょ」
夕呼副司令の声が飛んでくる。
でも、霞がほんの少しだけ嬉しそうだったので、自分は止められなかった。
「……まるきゅう」
霞がそう言った。
小型戦車級ぬいぐるみの名前らしい。
「かわいい名前だね」
「……はい」
夕呼副司令が、また天井を見た。
「本当に終わったわね、人類」
自分は何も言えなかった。
数日後
世界各地・戦線報告記録
<< 記録映像 >>
『敵接近! 小型種多数!』
『撃て!』
『駄目です、隊長! あいつら、手を振ってます!』
『振ってるように見えるだけだ! 撃て!』
『でも……!』
『食われるぞ!』
『うわああああ、やっぱり食う!』
『重光線級、確認!』
『あれが!?』
『つぶらな目をしているが重光線級だ! 騙されるな!』
『泣いてます!』
『泣いてるように見えるだけだ! 照射が来るぞ!』
『要塞級、接近!』
『顔だけ丸い!』
『余計に怖い!』
『触手はそのままだ! 散開!』
『隊長、後方から補給物資です!』
『中身は!?』
『小型戦車級まんじゅうです!』
『誰が頼んだ!?』
世界は、混乱していた。
BETAは相変わらず人類の敵だった。
だが、見た目が変わった。
怖さが減ったものもいた。
逆に、別方向の怖さが増したものもいた。
兵士たちは困惑し、研究者たちは頭を抱え、兵站部はなぜか商機を見出した。
そして人類は、今日も戦っていた。
小さくて。
かわいそうで。
でも普通に殺しに来る、BETAたちと。
12月某日 夜
横浜基地・神宮寺真白の自室
<< 神宮寺真白 >>
自分はベッドの上で、再び天井を見ていた。
あの日と同じように。
ただし、今の自分は、あの日よりも深い後悔の中にいた。
「……なんで、あんなことを思いついてしまったんだろう」
深夜テンション。
恐ろしい言葉だ。
人類はBETAではなく、深夜テンションに滅ぼされるのかもしれない。
机の上には、京塚のおばちゃんからもらった突撃級まんじゅうが一つ置いてある。
食べる気にはなれなかった。
いや、美味しいのは知っている。
だが、目が合う。
焼き印のつぶらな目と、目が合う。
「……まんじゅう怖い」
本当に怖い。
自分は心の底からそう思った。
BETAの見た目は変わった。
けれど、中身は変わらない。
人類は相変わらず追い詰められている。
なのに、後方ではぬいぐるみが売れ、兵士は戦場で一瞬迷い、霞はまるきゅうを抱いて眠るようになった。
世界は、少しだけおかしくなった。
いや。
かなりおかしくなった。
自分は天井を見ながら、ぽつりと呟いた。
「地球は……BETAに征服されるんじゃない」
そう。
違うのだ。
人類が本当に敗北する相手は、あのグロテスクな怪物ではない。
もっと別のもの。
もっと小さくて。
もっと丸くて。
もっと、かわいそうな。
「小さくてかわいそうな奴らに、心を征服されるんだ……」
その時。
扉の外から、霞の声が聞こえた気がした。
「……まるきゅう、かわいいです」
自分は布団を頭までかぶった。
もうだめかもしれない。
人類は、もうだめかもしれない。
それでも翌朝。
PXの突撃級まんじゅうは、また完売したらしい。
純夏交信事故シリーズ①
IFルート「まんじゅう怖い…」編
第1話 地球は小さくてかわいそうな奴らに征服される END
霞がまるきゅうを持っているイメージ画像です
マブラヴ ファンの方は既に対策を思いついたのではないでしょうか…?
その答え合わせはいつかやります。
――本作用語メモ 番外編1――
■ 純夏交信事故シリーズ
本編とは関係のない、完全ギャグ時空の番外編シリーズ。
鑑純夏を通じた情報交信の事故により、BETAが真白のスマホ内にある現代文化を誤って学習してしまう。
■ BETA(ベータ)
人類に敵対する地球外起源生命体。
本来は恐ろしい侵略者だが、この番外編では現代文化を変な方向に学習して騒動を起こす。
■ 神宮寺真白
本作の主人公。
現代日本からマブラヴ世界へ来た青年で、スマホの中に現代の文化や娯楽情報を持ち込んでいる。
■ 浪花 千歳(なにわ ちとせ)
本作独自のキャラクター。
関西方面出身の明るい性格で真白の専属整備士、真白や横浜基地メンバーとの掛け合いを賑やかにするギャグ寄りの人物。
■ 鑑純夏
原作で物語の核心に関わる重要人物。
本シリーズでは、BETAと情報をやり取りする過程で、真白のスマホ情報までBETA側へ流してしまう事故の原因になっている。
■ 情報交信事故
本作独自のギャグ設定。
本来はBETAとの情報のやり取りだったが、真白のスマホ内にある現代文化・動画・アプリ・娯楽情報などが、なぜかBETA側へ誤送信されてしまう現象。
■ まんじゅう怖い
落語の演目として知られる言葉。
「怖い」と言いながら実は好きなものを相手に出させる小噺で、本作ではBETAがこの意味を誤解したことで騒動が起きる。