マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
描きたい話が多く、スローペースな進み方ですが、これからもよろしくお願いします。
追加:また場所を間違えてしまいました泣
すみません…直しておきます…!
10月27日 午前
横浜基地・訓練場
<< 神宮寺 真白 >>
「……昨日より、少し空気が違うな」
訓練場の端に立ちながら、自分は小さく呟いた。
横浜基地の訓練場には、朝から乾いた風が吹いていた。
地面には昨日までの訓練で刻まれた足跡が残り、遠くでは別の訓練兵たちが号令に合わせて走っている。
その中で、207B分隊の四人はすでに整列していた。
御剣冥夜訓練兵。
榊千鶴訓練兵。
彩峰慧訓練兵。
珠瀬壬姫訓練兵。
鎧衣美琴訓練兵は、まだ入院中。
本来なら五人であるはずの小隊は、今は四人で訓練に臨んでいる。
昨日、PXで少し話したからだろうか。
それとも、一昨日の夜に伝えた言葉が、まだ彼女たちの中に残っているからだろうか。
四人の表情には、どこか昨日までとは違う緊張があった。
悪い緊張ではない。
何かを掴もうとしている人間の顔だ。
「神宮寺少佐」
横から声をかけられ、振り向く。
そこには、神宮司まりも軍曹が立っていた。
きびきびとした姿勢。
教官としての鋭い目。
この人がいるだけで、訓練場の空気が締まる。
「本日は、207B分隊の基礎連携訓練を見ていただきます」
「はい。よろしくお願いします」
「神宮寺少佐には、見学と補助的な意見をお願いしたいと思います。基本の指導は、こちらで行います」
「もちろんです。自分は、あくまで見させてもらうだけですから」
そう答えると、まりもさんは少しだけ目を細めた。
「……本当に、そう思っていらっしゃいますか?」
「え?」
「昨日、あの子たちと話をされたのでしょう?」
「あ、はい。少しだけ」
「少しだけ、ですか」
まりもさんは、訓練場に並ぶ四人へ視線を向ける。
「昨日の夕方から、少し様子が変わっています」
「……悪い方向ですか?」
「いいえ」
まりもさんは小さく首を横に振った。
「考えるようになっています。特に榊と御剣は、何かを言葉にしようとしている。珠瀬は少し前を向こうとしている。彩峰は……相変わらずですが」
「彩峰訓練兵は、分かりにくいだけかもしれません」
「そうだといいのですが」
まりもさんは、ほんの少しだけ苦笑した。
「ですが、考えるだけでは不十分です。訓練では、考えを動きに変えなければなりません」
「はい」
それは、その通りだった。
昨日、自分は彼女たちに言った。
目的があれば、人は努力できる……!
失敗したから終わりじゃない。
次に繋げられるなら、それは無駄じゃない。
けれど、言葉だけでは人は強くなれない。
言葉を受け取り、考えて、それを行動に変える。
その積み重ねが必要だ。
第8話で、自分がXM3のテストを重ねながら思ったことと同じだ。
一回動かす。
データを取る。
修正する。
また動かす。
人も、きっと同じなのだろう。
一度言われて終わりではない。
一度失敗して終わりでもない。
何度も積み重ねて、少しずつ変わっていく。
「では、始めます」
まりもさんが一歩前へ出る。
「207B分隊!」
「はい!」
四人の声が揃う。
「本日は、障害物突破を含む小隊連携訓練を行う。想定は、市街地跡地での小規模遭遇戦。目標地点までの移動、仮想敵への対応、負傷者発生時の隊形維持までを一連で行う」
「はい!」
「榊、分隊指揮を取れ」
「はい!」
千鶴が一歩前へ出た。
その表情は硬い。
けれど、昨日よりも目に力がある。
「各員、装備確認!」
「了解!」
冥夜がすぐに反応する。
珠瀬訓練兵も慌てながら確認に入る。
彩峰は淡々と装備を確かめていた。
まりもさんが腕を組み、厳しい目で見る。
自分はその横で、四人の動きを観察した。
訓練が始まる。
千鶴の指示で、四人は障害物の間を移動していく。
木製の遮蔽物。
低い壁。
仮想敵を示す標的。
一定時間ごとに鳴る警告音。
前半課程の訓練とはいえ、ただ走るだけではない。
状況判断、声かけ、視界の共有、移動のタイミング。
小隊としての基礎が問われる。
最初の数十秒は、悪くなかった。
千鶴の指示は的確だ。
冥夜もすぐに動ける。
彩峰は速い。
珠瀬訓練兵も必死についていっている。
けれど――。
「彩峰、左へ回り込んで!」
「……そっちは遅い」
千鶴の指示より早く、彩峰が別方向へ動いた。
判断は間違っていない。
彩峰の進路なら、仮想敵の側面を突ける。
個人としては合理的だ。
だが、千鶴の指揮からは外れている。
「彩峰!」
千鶴の声が強くなる。
その一瞬、隊形が崩れた。
冥夜が前へ出てフォローに入る。
珠瀬訓練兵が照準を合わせようとして、焦る。
「た、対象確認……!」
射撃音。
標的の横を弾が抜けた。
「外した……!」
珠瀬訓練兵の動きが止まる。
「珠瀬、止まらない!」
千鶴が声を張る。
その間に、別の警告音が鳴った。
仮想敵の接近判定。
「御剣、前へ!」
千鶴の指示が飛ぶより早く、冥夜はすでに前へ出ていた。
仲間を支えようとしたのだろう。
だが、その動きは少し深すぎた。
一人で穴を埋めようとしすぎている。
「そこまで!」
まりもさんの鋭い声が、訓練場に響いた。
四人の動きが止まる。
「榊、今の隊形崩れの原因は?」
「私の指示が遅れました!」
「それだけか?」
千鶴が言葉に詰まる。
「……彩峰との連携が取れていませんでした」
「彩峰」
まりもさんの視線が移る。
「お前はなぜ指示と違う動きをした?」
「……そっちの方が早かった」
「小隊としてか?」
彩峰は黙った。
「珠瀬」
「は、はい!」
「外した後、なぜ止まった」
「す、すみません! 次の判断が……」
「御剣」
「はい」
「お前は前に出すぎた。支えることと、背負い込むことは違う」
「……はい」
まりもさんの指摘は的確だった。
厳しい。
けれど、感情的ではない。
教官として、彼女たちの弱点を見ている。
自分はその様子を見ながら、胸の奥に少し重いものを感じていた。
分かっている。
この子たちは、弱いわけじゃない。
むしろ、一人一人はかなり優秀だ。
千鶴は指揮能力がある。
冥夜は覚悟と身体能力がある。
彩峰は判断と動きが速い。
珠瀬訓練兵は観察力と射撃の素質がある。
でも、噛み合っていない。
個々の歯車は強いのに、歯が合っていない。
回そうとすると、引っかかる。
動こうとすると、どこかで負荷がかかる。
それは、昨日までの従来OSにも似ていた。
動きと動きの間に壁がある。
思考と行動が繋がらない。
次の入力が、前の動作に引っかかる。
だったら、人間同士にも必要なのかもしれない。
動きと動きの間を繋ぐもの。
一呼吸。
「神宮寺少佐」
まりもさんが、こちらを見た。
「何か、お気づきの点はありますか?」
急に振られて、少しだけ背筋が伸びた。
四人の視線もこちらへ向く。
千鶴は緊張した顔。
冥夜は真剣な顔。
彩峰は無表情。
珠瀬訓練兵は少し不安そうな顔。
「……自分が言ってもいいのでしょうか」
「補助意見としてお願いします」
まりもさんがそう言ってくれたので、自分は一歩前に出た。
「皆さんに足りないのは、能力ではないと思います」
四人が黙ってこちらを見る。
「榊訓練兵の指示は間違っていません。彩峰訓練兵の判断も、個人としては正しいと思います。御剣訓練兵の反応も早いですし、珠瀬訓練兵も標的を見ようとしていました」
そこで、一度言葉を切る。
「でも、小隊としては噛み合っていませんでした」
千鶴の表情が少しだけ痛む。
彩峰は目を逸らさない。
「たぶん、足りないのは……一呼吸です」
「一呼吸、ですか?」
冥夜が静かに問い返す。
「はい」
自分は頷いた。
「自分が動く前に、一呼吸だけ置いてください。その一呼吸で、隣の人を見るんです」
四人が、少しだけ表情を変える。
「榊訓練兵なら、指示を出す前に、彩峰訓練兵が何を見ているのかを見る」
千鶴が彩峰を見る。
彩峰は、少しだけ視線を返した。
「彩峰訓練兵なら、動く前に、榊訓練兵が何を伝えようとしているのかを見る」
彩峰の眉が、ほんの少し動く。
「珠瀬訓練兵なら、外した後に止まるのではなく、次に何を狙えるかを見る」
珠瀬訓練兵が息を呑む。
「御剣訓練兵なら、一人で穴を埋めようとする前に、仲間に任せられる場所がないかを見る」
冥夜の瞳が揺れた。
「戦場では、たった一呼吸が命を分けます」
自分は、自分自身にも言い聞かせるように言った。
「でも、その一呼吸は、仲間を見るための時間にもなります」
風が吹いた。
訓練場の砂が、わずかに舞う。
「速く動くことは大切です。迷わないことも大切です。でも、小隊で動くなら、自分だけが速くても駄目なんだと思います」
白銀武なら、もっと上手く言えただろうか。
まりもさんなら、もっと厳しく、もっと正しく教えられるだろうか。
分からない。
でも、今の自分が伝えられるのは、これだった。
「皆さんは、もっと強くなれると思います」
自分は、四人を見た。
「ただ、そのためには、自分だけじゃなく、隣の人を見てください」
沈黙。
誰もすぐには答えなかった。
やがて、千鶴が小さく息を吸った。
「……了解しました」
続いて冥夜が頷く。
「肝に銘じます」
珠瀬訓練兵は、両手をぎゅっと握った。
「つ、次は……止まらないようにします」
彩峰は少しだけ目を細めて、ぽつりと言った。
「……一呼吸」
その声は、独り言のようだった。
まりもさんが腕を組んだまま、四人を見渡す。
「よし。もう一度だ」
「はい!」
四人が再び配置につく。
自分は、まりもさんの横へ戻った。
「差し出がましいことを言ってしまいました」
「いいえ」
まりもさんは前を見たまま答える。
「悪くありません。あの子たちには、少し違う角度からの言葉も必要だったのでしょう」
「そう言っていただけると、助かります」
「ただし」
「はい」
「甘やかしすぎないように」
「……気をつけます」
まりもさんは厳しい。
けれど、その厳しさの奥には、確かに彼女たちを思う気持ちがある。
だからこそ、自分はこの人の立場を奪ってはいけない。
教官は、まりもさんだ。
自分は、少しだけ別の角度から背中を押すだけ。
「訓練再開!」
まりもさんの声で、再訓練が始まった。
今度も、最初から完璧というわけではなかった。
千鶴の指示はまだ硬い。
彩峰の動きはまだ速すぎる。
珠瀬訓練兵の声は小さい。
冥夜は、やはり前に出ようとする。
けれど、少しだけ変わった。
最初の分岐点。
彩峰がいつものように先へ出ようとした瞬間、千鶴が声を出しかけて、一瞬だけ止まった。
その一呼吸。
千鶴の目が、彩峰の視線を追う。
彩峰が見ているのは、左の遮蔽物ではなく、その奥の仮想敵の出現位置。
千鶴の指示が変わった。
「彩峰、右へ回って牽制! 御剣、中央を受けて!」
彩峰が一瞬だけ足を止める。
「……了解」
短い返事。
でも、従った。
それだけで隊形の崩れが小さくなる。
冥夜が中央へ出る。
だが、今度は深く踏み込みすぎない。
「珠瀬、右奥を頼む!」
「は、はい!」
珠瀬訓練兵が照準を合わせる。
射撃。
一発目は、わずかに外れた。
「っ……!」
珠瀬訓練兵の肩が跳ねる。
けれど、止まらなかった。
すぐに次の照準へ移る。
二発目。
命中判定。
「当たった……!」
「珠瀬、次!」
千鶴の声が飛ぶ。
「はい!」
今度は、珠瀬訓練兵の返事が少しだけ強かった。
彩峰が側面から動く。
千鶴がその動きに合わせて指示を出す。
冥夜が支える。
珠瀬訓練兵が後方から補う。
まだぎこちない。
でも、先ほどより明らかに繋がっている。
一つ一つの動きの間に、小さな余裕が生まれていた。
それは、たった一呼吸分の余裕。
けれど、その一呼吸が、彼女たちを少しだけ小隊に近づけていた。
「……」
まりもさんが黙って見ている。
その横顔に、ほんの少しだけ驚きが滲んでいた。
訓練終了の合図が鳴る。
四人は息を切らしながら、集合位置へ戻ってきた。
汗をかいている。
土もついている。
完璧には程遠い。
それでも、さっきより目が違っていた。
まりもさんが一歩前へ出る。
「先ほどよりは、かなりましになった」
褒め言葉としては、かなり控えめだった。
でも、207B分隊には十分だったらしい。
千鶴が少しだけ表情を明るくする。
珠瀬訓練兵はほっと息を吐く。
冥夜は静かに頭を下げる。
彩峰はいつも通りの顔で、けれど少しだけ肩の力が抜けているように見えた。
「ただし、まだ甘い。榊、指示が遅い。彩峰、勝手に判断しすぎる癖が残っている。珠瀬、声が小さい。御剣、まだ一人で前に出ようとしすぎる」
「はい!」
「だが」
まりもさんは、そこで少しだけ声を柔らかくした。
「今の感覚は忘れるな」
四人の表情が引き締まる。
「今の一瞬、お前たちは小隊として動こうとしていた。その感覚を、次につなげろ」
「はい!」
今度の返事は、少しだけ揃っていた。
自分はその声を聞いて、胸の奥が温かくなるのを感じた。
小さな変化だ。
これで何もかも解決したわけではない。
千鶴と彩峰の関係はまだ不安定だ。
珠瀬訓練兵の自信も十分ではない。
冥夜の背負いすぎる癖も残っている。
でも、ゼロではない。
昨日より、少しだけ進んだ。
それでいい。
訓練が終わり、207B分隊が片付けに入った後、まりもさんが隣へ来た。
「……驚きました」
「え?」
「たった一言で、こうも変わるものなのね」
「自分の言葉だけじゃありません」
すぐにそう答えた。
まりもさんがこちらを見る。
「神宮司軍曹が、ずっと積み重ねてきた訓練があったからです」
「……」
「自分は、少しだけ向きを変えただけです。あの子たちが動けたのは、これまでの訓練があったからだと思います」
まりもさんはしばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「そう言われると、少し救われますね」
「救われる、ですか?」
「教官として、あの子たちを前へ進ませたい。けれど、時にはどう伝えればいいのか分からないこともあります」
まりもさんは207B分隊を見る。
その横顔は、教官というより、少しだけ姉のようにも見えた。
「神宮寺少佐の言葉は、あの子たちに違う角度から届いたのでしょう」
「そうだと、いいんですけど」
「届いていますよ」
まりもさんは、少しだけ微笑んだ。
「少なくとも、今日の訓練では」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
よかった。
本当に、少しだけだけど。
「神宮寺少佐!」
声がして振り向く。
冥夜が、こちらへ歩いてきた。
後ろには千鶴、彩峰、珠瀬訓練兵もいる。
四人は並ぶと、姿勢を正した。
「本日は、ご指導ありがとうございました」
冥夜が代表して言う。
「いえ。自分は少し話しただけです」
「その少しが、我らには大きかったのです」
冥夜はまっすぐに言った。
「一呼吸。仲間を見る時間。忘れぬようにします」
千鶴も続く。
「私も、指示を出すだけでなく、相手が何を見ているかを考えます」
彩峰は少し間を置いてから言った。
「……置いていかないようにする」
その言葉に、千鶴が少し驚いたように彩峰を見た。
彩峰は視線を逸らす。
珠瀬訓練兵は、両手を胸の前で握っていた。
「わ、私も……外しても、次を見ます」
「はい」
自分は頷いた。
「皆さんなら、きっとできます」
言いながら、胸の奥で思う。
すぐにではない。
きっと、何度もぶつかる。
また噛み合わなくなることもある。
千鶴と彩峰は、また衝突するかもしれない。
でも、それでもいい。
一度で終わりじゃない。
また、次に繋げればいい。
「今日の感覚を、次に繋げてください」
「はい!」
四人の返事が重なる。
今度は、少しだけ自然に揃っていた。
同時刻
横浜基地・訓練場外縁
<< 月詠 真那 >>
遠く離れた場所から、赤い影が訓練場を見つめていた。
月詠真那中尉。
その背後には、神代巽、巴雪乃、戎美凪の三人が控えている。
彼女たちの視線の先には、207B分隊と向かい合う神宮寺真白の姿があった。
報告では、香月副司令の管理下にある若い男性少佐。
中性的な容姿。
異例の待遇。
冥夜様と接触し、言葉を交わした人物。
それだけでも、十分に警戒対象だった。
だが、今見たものは、それだけではない。
真白は、207B分隊全体に言葉を与えていた。
命令ではない。
強制でもない。
だが、確かに影響している。
冥夜様だけではない。
榊千鶴。
彩峰慧。
珠瀬壬姫。
あの男の言葉で、分隊全体の動きがわずかに変わった。
「……真那様」
神代が静かに言う。
「やはり、あの方はただの少佐ではありません」
巴も頷く。
「冥夜様だけでなく、207B全体に影響を与え始めています」
戎は目を細めた。
「香月副司令の意図も気になりますね」
月詠は答えなかった。
ただ、訓練場の中の真白を見つめ続ける。
一呼吸。
仲間を見るための時間。
戦場では、甘い言葉に聞こえる。
だが、実際に207Bの動きは変わった。
わずかに。
本当に、わずかに。
しかし、そのわずかな変化を生む言葉を、あの男は持っている。
「……見極めねばならんな」
月詠は小さく呟いた。
神宮寺真白。
冥夜様に近づく者。
香月副司令の駒かもしれぬ者。
あるいは、冥夜様を生かす道へ導く者かもしれぬ者。
どちらであれ、放置はできない。
赤い影は、静かに訓練場を後にした。
10月27日 昼前
横浜基地・訓練場
<< 神宮寺 真白 >>
訓練が終わった後、207B分隊はまりもさんの指示で片付けに入った。
自分は訓練場の端に立ち、彼女たちを見ていた。
千鶴が何かを確認し、彩峰が短く返す。
まだぎこちない。
けれど、完全に無視するような空気ではない。
珠瀬訓練兵は、自分の射撃結果を何度も確認している。
冥夜はそれを見て、静かに声をかけている。
小さな変化。
でも、確かに変化だ。
「……一呼吸、か」
自分は小さく呟く。
それは、207Bだけに必要なものではないのかもしれない。
自分にも必要だ。
焦るな。
急ぎすぎるな。
でも、止まるな。
新潟戦は近い。
XM3も間に合わせなければならない。
A-01にも関わらなければならない。
207Bも育てなければならない。
やることは山ほどある。
けれど、一呼吸置くことも忘れてはいけない。
隣を見る。
仲間を見る。
自分が背負いすぎていないかを見る。
それが、生き残るための力になるなら。
「……明日も、積み重ねよう」
そう呟いた時、遠くの外縁に何かが動いた気がした。
赤い影。
一瞬だけ、そんなものが見えた気がした。
けれど、次に見た時にはもう何もなかった。
「……気のせい、かな」
そう呟きながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
誰かが見ている。
そんな感覚。
だが、今はまだ確信がない。
自分は視線を戻し、207B分隊の方を見た。
今日、彼女たちは少しだけ変わった。
たった一呼吸。
けれど、その一呼吸が、いつか戦場で誰かの命を繋ぐかもしれない。
その未来を信じて。
自分は、もう一度だけ訓練場を見渡した。
第9話「一呼吸の戦場」
それは、神宮寺真白が207B分隊に“一呼吸”を伝えた日。
そして、赤い斯衛の影が、白き少佐への警戒をさらに深めた日だった。
――本作用語メモ9――
■ 帝国斯衛軍
日本帝国の要人警護などを担う精鋭部隊。
赤い制服や高い忠誠心が特徴的に描かれる。
■ 月詠真那
帝国斯衛軍所属の中尉。
御剣冥夜を守る護衛であり、厳格で忠義に厚い人物。
■ 神代巽・巴雪乃・戎美凪
月詠真那と共に行動する斯衛軍の護衛たち。
冥夜を守る立場から、真白の存在にも警戒を向ける。