マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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あまりにも投稿で最新話の番外編に話数が入ってしまう事故が起きるので、IFルートは一度本編から削除して、別のIFルート…作品まとめとして再投稿します。ご不便をおかけしてすみません…

5月23日19時45分 
追記:投稿場所の修正しました。


第10話「紅の護衛」

10月27日 夜

横浜基地・屋上

<< 神宮寺 真白 >>

 

夜風が、少し冷たかった。

 

横浜基地の屋上に出た自分は、手すりに軽く腕を預けて、空を見上げていた。

 

最近は、地下区画やシミュレーター室にいる時間が多かった。夕呼副司令の検査、XM3α版のデータ収集、霞とのやり取り、207B分隊との訓練。それに、ピアティフ中尉とのスケジュール確認。

 

やることが多すぎて、ゆっくり空を見る余裕もなかった。

 

「……星、綺麗だな」

 

思わず、そんな言葉が漏れる。

 

人工物の灯りが少ないからだろうか。それとも、この世界が壊されすぎてしまったからだろうか。

 

皮肉にも、夜空だけは元の世界より澄んで見えた。

 

BETAに壊された世界だからこそ、星が綺麗に見える。

 

そう考えると、少しだけ胸の奥が苦くなる。

 

「……綺麗なだけじゃ、どうにもならないんだけどな」

 

小さく呟く。

 

十一月十一日。

BETA新潟上陸。

A-01の死の八分。

 

その日は、少しずつ近づいている。

 

今の自分にできることは、あまりにも少ない。それでも、何もできないわけじゃない。

 

XM3を進める。207B分隊を少しでも前へ進ませる。霞との約束を守る。まりもさんを死なせないために動く。

 

ひとつひとつは小さい。

 

でも、その小さな積み重ねが未来へ繋がると信じるしかなかった。

 

その時だった。

 

背後で、足音がした。

 

一人ではない。

 

複数。

 

四人。

 

足音は、一定の距離を保ったまま止まった。

 

振り返るより先に、背筋が少しだけ強張る。

 

気配には、心当たりがあった。

 

グラウンドの夜。

207B分隊の訓練中。

PXへ向かう途中。

御剣訓練兵と話していた時。

 

何度か感じた、赤い影。

 

自分は手すりから腕を離し、ゆっくり振り返った。

 

月明かりの下に、赤い斯衛軍の制服を纏った女性が立っていた。

 

月詠真那中尉。

 

その後ろに控える三人。

 

神代巽少尉。

巴雪乃少尉。

戎美凪少尉。

 

御剣冥夜を陰から守る、帝国斯衛軍の護衛たち。

 

「……こんばんは。月詠中尉」

 

自分がそう言うと、月詠中尉の目がわずかに細くなった。

 

「私の名をご存じでしたか」

「何度か、見られている気がしましたので」

「……気付いておられたと」

「確信はありませんでしたけど」

 

正直に言う。

 

「でも、御剣訓練兵がいる時は、特に分かりやすかったです」

 

後ろの三人が、わずかに反応した。

 

神代少尉は少し険しい顔。巴少尉は目を細め、戎少尉は静かにこちらを観察している。

 

月詠中尉は否定しなかった。

 

「ならば、話が早い」

 

声が、一段低くなる。

 

鋭い。

 

まるで、抜き身の刃を向けられているような感覚だった。

 

「神宮寺真白少佐」

「はい」

「貴官が、冥夜様に近づく理由を聞かせていただきたい」

 

来た。

 

やはり、そういう話になる。

 

自分は小さく息を吸った。

 

「近づく理由、ですか」

「はい」

 

月詠中尉は一歩も動かない。

 

けれど、その視線だけで逃げ道を塞がれているようだった。

 

「貴官は香月夕呼副司令の管理下にあり、異例の少佐待遇を受けている。経歴は不明。国連軍の正式な軍歴も確認できない」

「……」

「さらに、207B分隊に接触し、冥夜様へ言葉を与えている」

 

月詠中尉の声が、さらに低くなる。

 

「貴官は、何の目的で冥夜様に近づいているのです」

 

その問いに、すぐには答えられなかった。

 

理由。

 

理由なら、ある。

 

けれど、それを言葉にしようとした瞬間、胸の奥に焼きついた光景が蘇った。

 

最終作戦。

桜花作戦。

次々と仲間が倒れていく戦場。

 

鎧衣美琴。

珠瀬壬姫。

彩峰慧。

榊千鶴。

 

託すように、散っていく命。

 

その果てに、凄乃皇を守るため、武たちを進ませるため、最後まで戦い続けた御剣冥夜。

 

殿下の影武者としてではなく。

誰かの代わりとしてでもなく。

 

一人の衛士として。

一人の女性として。

 

最後の最後まで、自分の意思で戦い抜いた彼女の姿。

 

あの結末を、思い出してしまった。

 

胸の奥が詰まる。

喉が震える。

目の奥が熱くなる。

 

ここで泣くわけにはいかない。

 

目の前にいるのは、冥夜を守るために生きている月詠真那中尉だ。

 

この人に、曖昧な言葉は通じない。

 

それでも。

 

あの最期を知っている自分が、何も言わずにいられるはずがなかった。

 

「……生きていてほしいからです」

 

自分の声は、思っていたよりも掠れていた。

 

月詠中尉の目が、わずかに細くなる。

 

「何?」

「御剣訓練兵に、生きていてほしいからです」

 

もう一度、言う。

 

今度は、逃げないように。

 

「自分は、御剣訓練兵を利用したいわけじゃありません。政治的な価値があることも、立場が特殊なことも分かっています。でも、それより先に……」

 

言葉が詰まった。

 

冥夜の最期が、また胸に浮かぶ。

 

誇り高くて。

凛としていて。

 

それでも、あまりにも悲しい終わり方だった。

 

「……死なせたくないんです」

 

夜風が、屋上を通り抜けた。

 

月詠中尉は黙っていた。

 

神代少尉たちも、何も言わない。

 

「御剣訓練兵だけじゃありません。207B分隊のみんなにも、生きていてほしい。神宮司軍曹にも、霞にも、A-01の人たちにも……できるなら、誰にも死んでほしくない」

 

自分は、拳を握った。

 

「甘いのは分かっています」

 

月詠中尉の視線が、鋭さを増す。

 

「戦場で、そのような理想が通るとは限りません」

「はい」

 

自分は頷いた。

 

「分かっています。自分はまだ、本当の戦場を知りません。だから、月詠中尉から見れば、自分の言葉は甘いと思います」

「ならば、なぜ言う」

「諦める理由にはしたくないからです」

 

自分は、まっすぐ月詠中尉を見た。

 

怖い。

 

怖いけれど、目を逸らしてはいけない。

 

「この世界では、別れは簡単に来ます。だから自分は、できるだけ……また会える方を選びたいんです」

 

霞に教えた言葉が、胸の中で揺れる。

 

バイバイではなく、またね。

 

「任務が終わった後に、また会える。訓練の後に、また話せる。戦場に出ても、また帰ってこられる」

 

自分は震える声で続けた。

 

「そういう未来を、少しでも増やしたいんです」

 

月詠中尉は、何も言わなかった。

 

ただ、じっと自分を見ていた。

 

その瞳は、まだ冷たい。

 

けれど、さっきまでのように、ただ斬り捨てるための目ではなかった。

 

何かを測っている。

 

この言葉が嘘か。

甘さだけの逃避か。

それとも、本当に冥夜を生かそうとしている者の言葉なのか。

 

それを見極めようとしている目だった。

 

「……貴官は」

 

月詠中尉が、静かに口を開いた。

 

「冥夜様を、利用対象として見てはいないのですね」

「はい」

「煌武院家に繋がる者としてでもなく」

「はい」

「香月副司令の命令で、冥夜様へ影響を与えようとしているのでもなく」

「少なくとも、自分の意思としては違います」

 

月詠中尉の眉が少し動いた。

 

「少なくとも、ですか」

「香月副司令が何をどこまで考えているか、自分には全部分かりません。だから、そこは断言できません」

 

自分は正直に答える。

 

「でも、自分自身は……御剣訓練兵に、生きていてほしいだけです」

 

月詠中尉は、しばらく黙っていた。

 

やがて、低く言った。

 

「甘い」

「はい」

「危うい」

「……はい」

「ですが」

 

月詠中尉の声が、ほんの少しだけ変わった。

 

「冥夜様を軽んじている者の言葉ではない」

 

その言葉に、胸の奥の力が少しだけ抜けた。

 

「……ありがとうございます」

「礼を言う場面ではありません」

「す、すみません」

 

思わず頭を下げる。

 

けれど、月詠中尉の視線は、最初より少しだけ柔らかくなっていた。

 

それでも、月詠中尉は追及を緩めない。

 

「ならば、なぜあのような言葉を?」

「あのような言葉、ですか」

「一呼吸のことです」

 

月詠中尉は静かに言った。

 

「戦場では、たった一呼吸が命を分ける。だが、その一呼吸は仲間を見るための時間にもなる。貴官は、そう言った」

「はい」

「誰に教わった言葉ですか」

 

一瞬、言葉に詰まった。

 

白銀武。

 

そう答えるわけにはいかない。

 

でも、完全な嘘も言いたくなかった。

 

「……自分が、いろんな人から受け取ったものです」

「いろんな人?」

「はい。自分一人で考えた言葉ではありません」

 

月詠中尉は、じっとこちらを見る。

 

嘘を探す目だ。

 

けれど、自分の答えは半分本当だった。

 

白銀武の言葉。

原作で彼女たちが乗り越えたもの。

まりもさんの積み重ね。

霞との「またね」。

207B分隊の今の姿。

XM3のデータを積み重ねる中で思ったこと。

 

その全部が混ざって、あの言葉になった。

 

「自分は、御剣訓練兵に強くなってほしいです」

 

自分は続けた。

 

「でも、一人で強くなるんじゃなくて、207B分隊のみんなで生き残れるようになってほしい」

「……」

「御剣訓練兵は、背負いすぎます」

 

その言葉に、月詠中尉の表情がほんの少し変わった。

 

「貴官に、冥夜様の何が分かる」

 

声が冷える。

 

当然だ。

 

自分が軽々しく言っていいことではない。

 

「全部は分かりません」

 

自分はすぐに答えた。

 

「でも、分かる部分もあります」

「何が」

「御剣訓練兵は、自分が前に出なければと思いすぎている気がします。自分が背負わなければいけないと、どこかで思っている」

 

月詠中尉の目が細くなる。

 

「それは、冥夜様の責任感です」

「はい。とても立派だと思います」

 

自分は頷いた。

 

「でも、戦場では……一人で背負いすぎる人から壊れていく気がします」

 

それは、冥夜だけの話ではない。

 

まりもさん。

A-01。

夕呼副司令。

 

そして、自分自身。

 

この世界では、みんな何かを背負いすぎている。

 

「だから、御剣訓練兵には、仲間に任せることも覚えてほしいんです」

 

月詠中尉は沈黙した。

 

夜風だけが流れる。

 

神代少尉は何か言いたそうにしていたが、月詠中尉が片手をわずかに上げると、口を閉じた。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「貴官は、自身の立場を理解しておられるのですか」

「立場、ですか」

「若い男性。少佐待遇。香月副司令の管理下。XM3とやらに関わり、207B分隊にも影響を与え始めている」

 

月詠中尉は、一つずつ並べた。

 

「その上、冥夜様にまで近づいている」

「……はい」

「危険なのは、貴官が何かを企んでいる場合だけではありません」

「え?」

「貴官自身が危うい」

 

月詠中尉の声が、少し低くなる。

 

「価値ある者は、狙われます。利用されます。囲われます。奪われます」

 

その言葉に、背中が少し冷える。

 

「まして、この世界で若い男性というだけでも目立つ。貴官のように、特殊な立場と力を持つ者であればなおさらです」

「……」

「自分を軽く見すぎています」

 

それは、昨日から何度も言われていることだった。

 

霞にも、疲れていると見抜かれた。

京塚のおばちゃんにも、ちゃんと食べろと怒られた。

冥夜にも、食事を取るべきだと言われた。

まりもさんにも、無理をしすぎるなという目で見られる。

 

そして今、月詠中尉にまで言われている。

 

「自分では、そんなつもりは……」

「その自覚のなさが問題です」

 

即答だった。

 

自分は言葉に詰まる。

 

月詠中尉は、一歩だけ近づいた。

 

近い。

 

けれど、甘い距離ではない。

 

護衛が、対象の危うさを確認するための距離。

 

こちらを観察し、守るべきか、警戒すべきかを見極める距離だった。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「貴官が本当に冥夜様の害にならぬというのなら、その命を軽く扱うことは許しません」

「……え?」

「貴官が倒れれば、貴官の言葉を受け取った者たちにも影響が出る」

 

月詠中尉の目は真剣だった。

 

「冥夜様にも。207B分隊にも。おそらく、香月副司令の計画にも」

「……」

「だから、軽率な単独行動は慎んでいただきたい」

 

少しだけ、言い方が変わった気がした。

 

最初は、監視対象への詰問だった。

 

今は、忠告に近い。

 

いや、命令かもしれない。

 

「……すみません」

「謝罪ではなく、改善を」

「はい」

 

自分は素直に頷いた。

 

そうするしかなかった。

 

月詠中尉の後ろで、巴少尉が少しだけ目を丸くしている。戎少尉は何かを察したように静かに見ている。神代少尉は、まだ警戒を解いていない。

 

月詠中尉も、完全に信じたわけではないだろう。

 

それでいい。

 

いきなり信じられる方が怖い。

 

「月詠中尉」

「何でしょうか」

「自分は、御剣訓練兵を利用するつもりはありません」

 

もう一度、はっきり言う。

 

「それに、帝国に害をなすつもりもありません」

「……」

「ただ、自分にできることがあるなら、やりたいんです」

 

手が少し震えている。

 

夜風のせいではない。

 

怖いからだ。

 

でも、それでも言う。

 

「誰かが死ぬ未来を知っていて、何もしないのは嫌なんです」

 

月詠中尉の目が、わずかに揺れた。

 

「死ぬ未来を、知っている?」

 

しまった。

 

少し踏み込みすぎた。

 

自分はすぐに言葉を選ぶ。

 

「……戦争ですから。誰かが死ぬ可能性は、いつもあります」

 

月詠中尉は、その誤魔化しに気づいたようだった。

 

けれど、追及しなかった。

 

今はまだ。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「貴官には、まだ確認すべきことが多い」

「……はい」

「ですが」

 

月詠中尉は、少しだけ視線を緩めた。

 

「今夜のところは、冥夜様への害意はないものとして扱います」

 

胸の奥から、少しだけ息が抜けた。

 

「ありがとうございます」

「礼は不要です。まだ信用したわけではありません」

「はい」

「監視は続けます」

「……はい」

 

それはもう、仕方ない。

 

自分でも、月詠中尉の立場ならそうする。

 

「ただし」

 

月詠中尉は続けた。

 

「監視だけでは足りぬ場合、こちらから護衛をつけることもあります」

「護衛、ですか」

「貴官は危うい」

 

また言われた。

 

「そして、危うい者を放置すれば、冥夜様にも害が及ぶ可能性がある」

「……なるほど」

 

あくまで冥夜のため。

 

月詠中尉らしい理由だった。

 

けれど、その言葉の奥に、ほんの少しだけ別のものが混じっているようにも感じた。

 

それが何なのかは、まだ分からない。

 

「分かりました。できるだけ、気をつけます」

「できるだけ、では困ります」

「……努力します」

「それならば、現時点ではよしとします」

 

どこかで聞いたような会話だ。

 

真面目な人ほど、「なるべく」や「できるだけ」を許してくれないらしい。

 

少しだけ苦笑しそうになって、慌ててこらえる。

 

月詠中尉の前で笑う勇気は、まだない。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「最後に一つ」

「何でしょうか」

「貴官は、冥夜様をどう見ていますか」

 

その問いは、今までで一番静かだった。

 

だからこそ、重かった。

 

自分は少し考える。

 

御剣冥夜。

 

原作のヒロイン。

煌武院悠陽の双子の妹。

武と共に戦い、成長していく少女。

誇り高く、真面目で、誰よりも背負おうとする人。

 

そして、最期まで一人の衛士として戦い抜いた人。

 

でも今、目の前の月詠中尉にそんなことは言えない。

 

だから、自分の言葉で答える。

 

「強い人だと思います」

「……」

「でも、強すぎるからこそ、危うい人だとも思います」

 

月詠中尉は何も言わない。

 

「だから、仲間と一緒に生き残ってほしいです」

 

自分は、まっすぐ答えた。

 

「御剣訓練兵だけじゃありません。207B分隊全員に」

 

月詠中尉は、しばらく自分を見ていた。

 

やがて、静かに目を伏せる。

 

「……覚えておきます」

 

その一言で、この場の空気が少しだけ緩んだ。

 

月詠中尉は背後の三人へ視線を向ける。

 

「行くぞ」

「はっ」

 

神代少尉たちが姿勢を正す。

 

月詠中尉は去り際に、もう一度こちらを見た。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「夜風は身体を冷やします。長居はなさらぬように」

「……はい。ありがとうございます」

「礼は不要です」

 

そう言って、月詠中尉は背を向けた。

 

赤い制服が、月明かりの中で揺れる。

 

神代少尉は最後まで警戒の視線を残し、巴少尉は軽く会釈し、戎少尉はどこか考えるように自分を見てから去っていった。

 

屋上に、静けさが戻る。

 

自分は手すりに寄りかかり、小さく息を吐いた。

 

「……怖かった」

 

本音が漏れる。

 

けれど、不思議と嫌な怖さだけではなかった。

 

月詠真那中尉。

 

鋭くて、厳しくて、冥夜を守るためなら容赦しない人。

 

でも、その刃は無差別ではなかった。

 

ちゃんと見ようとしてくれている。

 

切り捨てる前に、確かめようとしてくれている。

 

それだけでも、ありがたいのかもしれない。

 

「……護衛、か」

 

自分が守られる。

 

その感覚には、まだ慣れない。

 

でも、月詠中尉が言ったことは正しい。

 

自分が倒れたら、たぶん色々なものが止まる。

 

XM3も。

207Bへの介入も。

霞との約束も。

これから出会うはずのA-01との関係も。

 

そして、変えられるかもしれない未来も。

 

「自分の命を、軽く扱うな……か」

 

夜空を見上げる。

 

星は、相変わらず綺麗だった。

 

でも、さっきより少しだけ冷たく見える。

 

自分は屋上を後にすることにした。

 

またね。

 

その言葉を守るためには、まず自分が戻らなければならない。

 

霞のところへ。

207Bのところへ。

PXへ。

シミュレーター室へ。

 

そして、まだ見ぬ未来へ。

 

* * *

 

同時刻

横浜基地・屋上へ続く通路

<< 月詠 真那 >>

 

屋上から離れた後も、月詠真那はしばらく無言だった。

 

神代、巴、戎の三人も、黙ってその後に続いている。

 

赤い制服の足音だけが、夜の通路に響いていた。

 

最初に口を開いたのは、神代だった。

 

「真那様」

「何だ」

「神宮寺少佐を、どう判断されますか」

 

月詠はすぐには答えなかった。

 

神宮寺真白。

 

報告では、若い男性。

中性的な容貌。

香月副司令の管理下。

異例の少佐待遇。

 

そして、実際に向き合って分かったこと。

 

怯えている。

恐怖を感じている。

 

それでも、逃げない。

 

言葉は甘い。

理想論に近い。

 

だが、冥夜様を軽んじてはいない。

 

利用対象として見ている者の目ではなかった。

 

「害意は薄い」

 

月詠は静かに答えた。

 

「少なくとも、現時点では」

 

巴が続ける。

 

「では、信用なさるのですか?」

「信用はしない」

 

即答だった。

 

「だが、即座に排除すべき対象でもない」

 

戎が小さく頷く。

 

「監視継続、ですか」

「ああ」

 

月詠は歩きながら答えた。

 

「ただし、監視の意味は少し変わる」

「変わる?」

 

神代が聞き返す。

 

月詠は足を止めた。

 

通路の先には、夜間照明が淡く灯っている。

 

「神宮寺真白は危うい」

 

そう言った時、月詠自身の胸の奥にも、わずかな違和感が走った。

 

危険人物だから監視する。

 

それは当然だ。

 

だが、今の自分が感じているものは、それだけではない。

 

あの男は、危うい。

 

放っておけば、誰かのために自分を削る。

 

冥夜様のため。

207Bのため。

横浜基地のため。

香月副司令の計画のため。

人類のため。

 

そう言いながら、自分自身を勘定に入れない。

 

それは、護衛として見過ごせない危うさだった。

 

「冥夜様に害をなすか見極める」

 

月詠は言った。

 

「それと同時に、神宮寺少佐自身が無用に損なわれぬよう注意する」

 

神代たちは少しだけ驚いたように月詠を見た。

 

「真那様、それは……」

「冥夜様のためだ」

 

月詠は迷いなく言った。

 

「神宮寺少佐が冥夜様に良い影響を与える可能性がある以上、軽々に失わせるわけにはいかん」

「……承知しました」

 

神代は頭を下げた。

 

巴は、どこか納得したように頷く。

戎は何も言わず、ただ静かに目を伏せていた。

 

月詠はもう一度、屋上の方を振り返る。

 

そこに真白の姿は見えない。

 

だが、先ほどの言葉だけが、耳に残っていた。

 

――できるだけ、また会える方を選びたいんです。

 

甘い。

 

本当に、甘い言葉だ。

 

けれど。

 

完全に切り捨てるには、あまりにも真っ直ぐだった。

 

それに、あの一瞬。

 

冥夜様について問われた時、神宮寺真白の瞳は揺れていた。

 

ただの感傷ではない。

 

何かを見た者の目。

何かを知っている者の目。

 

そして、それを二度と繰り返したくないと願う者の目だった。

 

「……見極める」

 

月詠は小さく呟いた。

 

「冥夜様のために」

 

そして、赤い護衛たちは夜の通路を進んでいく。

 

白き少佐が敵か味方か。

 

まだ答えは出ていない。

 

だが、少なくともこの夜。

 

月詠真那の中で、神宮寺真白はただの監視対象ではなくなった。

 

警戒すべき相手。

 

同時に、失わせてはならないかもしれない存在。

 

その曖昧な位置に、白き少佐は静かに入り込んでいた。

 

それは、月詠真那が白き少佐を問い詰めた夜。

 

そして、紅の護衛が初めて、神宮寺真白を“守るべきかもしれない存在”として見始めた夜だった。

 

第10話「紅の護衛」 END




――本作用語メモ10――
■ 桜花作戦
原作終盤に関わる大規模作戦。
冥夜や武たちの運命に大きく関わるため、本作では真白の記憶と動機に深く影響している。
■ 凄乃皇
原作で重要な役割を持つ巨大兵器。
オルタネイティヴ4の核心と、人類反攻の切り札に関わる存在。
■ あ号標的
原作における極めて重要な敵性存在。ラスボス
詳細は重大なネタバレになるため、本編内では必要な場面までぼかして扱う。
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