マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

20 / 34
小説編集で並び替え機能があったんですね…今気づきました泣
構成を調整して、全体を読みやすい様に、順次修正しておきます…


第10.5話「紅の夜明け」

10月27日 深夜

横浜基地・真白私室

<< 神宮寺 真白 >>

 

結論から言うと。

 

月詠真那中尉は、想像以上に強敵だった。

 

いや、敵ではない。

 

敵ではないのだけれど。

 

斯衛軍の精鋭というのは、こういう場面でも一切手を抜かないらしい。

 

屋上での会話が終わった後、自分は部屋へ戻ろうとした。夜風は冷たかったし、月詠中尉にも「長居はするな」と言われたばかりだったからだ。

 

けれど、そのまま別れる流れにはならなかった。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「念のため、部屋までお送りします」

「え、そこまでしていただかなくても……」

「夜間の単独行動は慎むべきだと、先ほど申し上げたはずです」

「……はい」

 

反論できなかった。

 

正論だった。

 

正論だったのだけれど、背後に月詠中尉がいる状態で廊下を歩くのは、なかなか緊張する。

 

赤い斯衛の制服。

乱れのない歩調。

こちらの背中に向けられる、鋭い気配。

 

護衛されているのか。

 

監視されているのか。

 

たぶん、両方だ。

 

途中で、神代少尉たち三人とは別れた。月詠中尉が短く命じたからだ。

 

「お前たちは待機していろ」

「はっ」

「ですが、真那様――」

「待機だ」

「……了解しました」

 

三人は従った。

 

ただ、最後までこちらを見る神代少尉の視線は、かなり鋭かった。

 

気持ちは分かる。

 

自分でも、自分を簡単に信用できるとは思えない。

 

経歴不明。香月副司令の管理下。異例の少佐待遇。冥夜に近づき、207B分隊にも言葉を与えている若い男。

 

怪しすぎる。

 

自分で並べてみても、だいぶ怪しい。

 

そんなことを考えているうちに、自室の前へ着いた。

 

「ここです」

「確認します」

「え?」

 

月詠中尉は、自分が扉を開けるより先に周囲を確認した。

 

廊下。

天井。

隣室。

扉の隙間。

 

一瞬で視線が走る。

 

本当に、護衛の動きだった。

 

「異常なし。入室を」

「は、はい」

 

自分は少しぎこちなく扉を開け、部屋に入った。

 

月詠中尉は、そのまま自然に続いて入ってきた。

 

「……えっと、月詠中尉?」

「もう少し確認したいことがあります」

「確認、ですか」

「はい」

 

扉が閉まる。

 

密室。

自分の私室。

深夜。

月詠真那中尉。

 

状況だけを並べると、かなりまずい。

 

いや、やましいことは何もない。

 

何もないはずだ。

 

けれど、心臓が少しうるさかった。

 

「座ってもよろしいですか」

「も、もちろんです」

 

月詠中尉は、椅子に腰を下ろした。

 

姿勢が美しい。

 

背筋がまっすぐで、無駄がない。

 

座っていても、まるでいつでも動けるように見える。

 

自分はベッドの端に座る。

 

距離はある。

 

あるはずなのに、やけに近く感じる。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「先ほどの会話で、確認できたことと、確認できなかったことがあります」

「……はい」

「冥夜様への害意は薄い。少なくとも、現時点ではそう判断しました」

「ありがとうございます」

「礼を言う場面ではありません」

「すみません」

 

さっきも同じことを言われた気がする。

 

月詠中尉は、じっとこちらを見る。

 

「しかし、貴官には不明点が多すぎる」

「……それは、否定できません」

「貴官の立場。香月副司令との距離。新型OSに関わる理由。そして……時折、貴官が見せる妙な確信」

 

胸が少し跳ねた。

 

「妙な、確信……ですか」

「はい」

 

月詠中尉の声が静かに刺さる。

 

「冥夜様や207B分隊のことを、初対面とは思えぬほど理解しているように見える時がある。まるで、あらかじめ何かを知っていたかのように」

「……」

「先ほども、貴官は言葉を選び損ねた」

「……すみません」

「謝罪を求めているのではありません。確認しています」

 

逃げられない。

 

この人は見逃さない。

 

それを改めて理解した。

 

「……話せないことがあります」

 

自分は正直に言った。

 

「今は、まだ」

「香月副司令の指示ですか」

「それもあります。でも、それだけじゃありません」

「では、何故」

「話したら、きっと色々なものが壊れます」

 

月詠中尉の目が細くなる。

 

「曖昧な答えですね」

「はい」

「ですが、嘘をついているようには見えない」

「……ありがとうございます」

「礼ではありません。評価です」

 

少しだけ、空気が緩んだ気がした。

 

ほんの少しだけ。

 

そこから、話は本当に尋問のように進んだ。

 

冥夜に近づいた理由。

207B分隊に関わる理由。

自分の素性。

夕呼副司令との関係。

この世界に現れた経緯。

XM3の知識。

御剣冥夜への認識。

207B分隊の弱点をなぜ知っているのか。

 

もちろん、話せる範囲は限られている。

 

けれど、月詠中尉は疑問を一つずつ丁寧に潰していった。

 

嘘を見逃さない目。

矛盾を逃さない耳。

こちらの反応を観察する沈黙。

 

尋問としては、かなり優秀だった。

 

いや、優秀すぎた。

 

そして途中から、話題は少しずつ逸れていった。

 

「年齢は」

「二十歳です」

「体調は」

「今は、大丈夫です」

「今は、ですか」

「……最近、少し忙しかったので」

「食事は」

「食べています」

「量は」

「えっと……たぶん」

「たぶん、では困ります」

「はい……」

「睡眠は」

「取っています」

「時間は」

「……日によります」

「答えになっていません」

「すみません……」

 

冥夜に近づく理由を問われていたはずなのに。

 

いつの間にか、自分の生活習慣まで確認されていた。

 

尋問のようで。

 

世話焼きのようでもあった。

 

ただ一つ問題があるとすれば――距離が、ずっと近かったことだ。

 

最初は椅子に座っていたはずなのに、いつの間にか月詠中尉は立ち上がり、こちらの近くに来ていた。手元の資料を見るため。表情を確認するため。体調を見るため。

 

理由はいくらでもあった。

 

けれど、近い。

 

「真白少佐」

「はい」

 

呼び方が、いつの間にか少し変わっていた。

 

神宮寺少佐ではなく、真白少佐。

 

そのことに気づいてしまって、余計に落ち着かない。

 

「貴方は、もう少しご自身の価値を自覚なさるべきです」

「価値、ですか」

「はい」

 

月詠中尉は真剣な顔で言った。

 

「この世界において、若い男性は大変貴重です。まして、少佐のように特殊な力を持ち、冥夜様とも関わりを持つ方であればなおさら」

「……」

「故に、軽率な行動は慎んでいただきたい」

「すみません」

「ですが」

 

そこで、月詠中尉の声が少し柔らかくなる。

 

「私であれば、少佐をお守りできます」

「月詠中尉が、自分を?」

「はい。冥夜様のためにも。そして……」

 

言葉が一度途切れる。

 

月詠中尉は、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 

「私個人としても」

 

胸の奥が、変に鳴った。

 

この人は冥夜の忠臣だ。

 

まず冥夜があり、そのために動く人。

 

そう思っていた。

 

もちろん、それは間違っていない。

 

けれど今の言葉には、月詠真那という一人の女性の感情が混ざっていた。

 

「……月詠中尉」

「真那、と」

「え?」

「二人きりの時は、真那とお呼びください」

「いや、それはさすがに……」

「真白少佐」

「はい」

「真那と」

 

逃げ道がない。

 

いや、あるのかもしれない。

 

本当に嫌なら、拒めばいい。

 

月詠中尉は強引なようでいて、こちらの反応をちゃんと見ている。

 

それは分かる。

 

でも、その目でまっすぐ見られると、どうにも弱い。

 

「……真那さん」

「はい」

 

その瞬間。

 

月詠中尉――いや、真那さんの表情が、ふっと緩んだ。

 

それは訓練場でも、屋上でも見せなかった顔だった。

 

凛とした軍人の顔ではない。

冥夜の護衛としての顔でもない。

 

ただ一人の女性としての顔。

 

自分は、そこで逃げ道がなくなったことを悟った。

 

いや。

 

正確には、自分で逃げ道を閉じたのかもしれない。

 

この世界で、誰かと深く関わることは、ただの感情だけでは終わらない。

 

力になる。

戦力になる。

誰かを守るための手段になる。

 

自分の能力は、信頼や親密さに反応する。

 

それはこれまでの流れで、もう薄々分かっていた。

 

でも、それだけで割り切れるほど、自分は器用ではない。

 

だからせめて。

 

利用するのではなく、向き合うべきだと思った。

 

「真那さん」

「はい」

「自分は、まだ分からないことばかりです。自分の力も、この世界のことも」

「……」

「でも、冥夜を守りたいという気持ちは本当です。207B分隊のみんなも、まりもさんも、夕呼副司令も……できるなら、誰も失いたくない」

「真白少佐……」

「だから、力を貸してください」

 

真那さんは静かに目を細めた。

 

そして、深く頷いた。

 

「承知しました」

 

その声は、とても真剣だった。

 

「この月詠真那、真白少佐のお力となりましょう」

「ありがとうございます」

「ただし」

「ただし?」

 

真那さんが近づく。

 

また、距離が近い。

 

「今夜は、私のことも少しだけ知っていただきます」

「……それは」

「嫌であれば、退きます」

 

真那さんの声は静かだった。

 

押しつけではない。

命令でもない。

 

けれど、その瞳は真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「ですが、今夜だけは……少し、私のことも知っていただきたい」

 

そう言われると、何も言えなかった。

 

窓の外には、さっきまで見ていた星空が広がっている。遠くで、基地の機械音が微かに響いていた。

 

真那さんの手が、自分の手に重なる。

 

冷静で、強くて、忠義に厚い人。

 

その手は思っていたよりも温かかった。

 

「……分かりました」

 

自分がそう答えると、真那さんは静かに微笑んだ。

 

その夜のことは、詳しくは語らない。

 

ただ、分かったことがある。

 

月詠真那という女性は、忠義だけで生きているわけではなかった。

 

冥夜を守るために刃となる人。

 

けれど同時に、誰かに寄り添う温かさも持っている人だった。

 

静かな声。

こちらを確かめる言葉。

逃げ道を塞ぐようでいて、最後の一線だけは決して踏み越えない手。

 

そして、強く見えるほどに不器用な優しさ。

 

真那さんは、何度も確認した。

 

「嫌なら、止めます」

 

「無理はさせません」

 

「真白少佐の意思を、私は軽んじません」

 

そのたびに、自分は答えた。

 

嫌ではない、と。

 

怖くないわけではないけれど、嫌ではない、と。

 

夜は、静かに更けていった。

 

基地の機械音が遠くなり、時計の音だけが妙にはっきり聞こえた。

 

その時間は、激しいものではなかった。

 

けれど、確かに何かが変わっていく時間だった。

 

警戒と監視。

護衛と保護。

忠義と個人の感情。

 

その境目が、少しずつ曖昧になっていく。

 

真那さんは、最後まで月詠真那だった。

 

冥夜を守る護衛であり、斯衛軍人であり、真白を見極める者だった。

 

でも同時に。

 

その夜だけは、自分の前で少しだけ、ただの真那さんでもあった。

 

そして――。

 

自分の能力は、やはり関係の深さに応じて強く反応する。

 

それはもう、疑いようがなかった。

 

* * *

 

10月28日 夜明け前

横浜基地・真白私室

<< 月詠 真那 >>

 

夜明け前の空は、まだ暗かった。

 

窓の外に星が残り、基地の外壁を薄い青が撫で始めている。

 

月詠真那は、静かに目を開けた。

 

すぐに意識が戻る。

 

いつものように、周囲を確認する。

 

部屋の位置。

扉。

窓。

逃走経路。

物音。

気配。

 

異常なし。

 

そう判断してから、ようやく自分がどこにいるのかを思い出した。

 

横浜基地。

 

神宮寺真白少佐の私室。

 

深夜に、確認と尋問を名目として入室した場所。

 

そして、自分が一夜を明かしてしまった場所。

 

「……」

 

真那は、静かに息を吐いた。

 

感情が乱れているわけではない。

 

取り乱しているわけでもない。

 

だが、冷静に状況を整理すればするほど、昨夜の自分の行動が通常ではなかったことは分かる。

 

冥夜様のため。

監視のため。

神宮寺少佐を見極めるため。

 

理由はいくらでもある。

 

どれも嘘ではない。

 

だが、それだけではなかった。

 

真那は、自分の手を見下ろした。

 

指先を軽く握る。

 

開く。

 

「……軽い」

 

小さく呟いた。

 

身体が軽い。

 

視界が澄んでいる。

呼吸が深く入る。

筋肉の反応も、普段より明らかに早い。

 

疲労がない。

 

それどころか、身体の奥に細い芯が通ったような感覚がある。

 

ただの休息ではない。

 

ただの精神的な充足でもない。

 

何かが、自分の中に入っている。

 

何かが、自分の身体を底から押し上げている。

 

「……これが、神宮寺少佐の力」

 

真那は、ようやく理解した。

 

報告だけでは分からなかったもの。

 

香月副司令が隠し、神宮寺真白自身も扱いきれていないであろうもの。

 

他者を強くする力。

 

信頼や距離に反応し、相手の能力を引き上げる因果。

 

昨夜、自分はそれに触れた。

 

そして、確かに変化している。

 

真那は、まだ眠っている真白を見た。

 

神宮寺真白。

 

白き少佐。

 

冥夜様へ近づく、危うい男。

香月夕呼の管理下に置かれた異物。

そして、放っておけば誰かのために自分を削り続けるであろう青年。

 

昨夜まで。

 

月詠真那にとって、彼は警戒対象だった。

 

見極めるべき相手だった。

 

今も、それは変わらない。

 

信用したわけではない。

すべてを知ったわけでもない。

 

だが。

 

「……守る必要がある」

 

その言葉は、思ったより自然に出た。

 

冥夜様のため。

207Bのため。

香月副司令の計画のため。

 

そして、おそらく。

 

自分自身の意思としても。

 

真那は静かに立ち上がる。

 

動きに無駄はない。

 

けれど、その動きは昨日よりも少しだけ滑らかだった。

 

身体の変化は、後で確認する必要がある。

 

香月副司令に報告すべきか。

どこまで報告するべきか。

冥夜様にどう伝えるか。

神代たちにどう説明するか。

 

問題は山ほどある。

 

だが、まずは一つだけ決めた。

 

神宮寺真白を、軽々に失わせない。

 

彼が冥夜様を生かす道に繋がるのなら。

彼の力が、この横浜基地の未来を変えるのなら。

そして、彼自身が自分の命を軽く扱うのなら。

 

その時は。

 

自分が止める。

 

真那は、眠る真白へ視線を落とした。

 

「……真白」

 

まだ呼び慣れない名前。

 

だが、不思議と口に馴染んだ。

 

「貴方は、本当に危うい」

 

小さな声だった。

 

真白は目を覚まさない。

 

ただ、呼吸だけが静かに続いている。

 

真那は、その様子をしばらく見つめてから、そっと部屋を出る準備を始めた。

 

夜が明ける。

 

紅の護衛は、まだ自分の中に芽生えた感情の名を知らない。

 

それでも、確かに何かが変わっていた。

 

監視ではなく。

 

警戒だけでもなく。

 

守るという意志が、そこに混じり始めていた。

 

それは、月詠真那が白き少佐への警戒を捨てきれぬまま、しかし初めてその危うさを守るべきものとして見始めた夜。

 

そして、紅の護衛の中で、まだ名もなき感情が静かに夜明けへ向かい始めた日だった。

 

第10.5話「紅の夜明け」 END

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。