マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
今まで投稿している構成を調整して、少し見やすい様にしてみました…
中々大変でした(泣)
普段のとても見やすい皆さんの小説に脱帽します…
ご意見あれば是非、感想やメッセージにてお願いしますm(_ _)m
10月28日 早朝
横浜基地・真白私室
<< 神宮寺 真白 >>
……ちゅん、ちゅん。
そんな小さな鳴き声が、耳の奥に届いた気がした。
ゆっくりと目を開ける。
見慣れてきた天井。
横浜基地に来てから、何度目かの朝。
けれど、今日はいつもの朝とは明らかに違っていた。
「……スズメ、いるのかな」
寝ぼけた頭で、そんなことを考える。
この世界にも、スズメはまだ生き残っているのだろうか。
BETAに大地を踏み荒らされて、国土も、食料も、人も足りない世界。
それでも、小さな鳥がどこかで鳴いているなら。
ほんの少しだけ、救いがある気がした。
「……いや、今考えることじゃないな」
ぼんやりとしたまま、壁の時計を見る。
起床ラッパには、まだ少し早い。
身体は重い。
いや、重いはずだった。
昨日は屋上で月詠真那中尉に問い詰められ、その後も部屋で追加の確認を受けた。
冥夜に近づいた理由。
自分の立場。
夕呼副司令との距離。
新型OSに関わる理由。
そして、時折自分が見せてしまう妙な確信。
どれも、かなり危ないところを突かれていた。
それなのに。
不思議と疲労感は薄かった。
むしろ、身体の奥に妙な熱が残っている。
そこでようやく、自分は今の状況を思い出した。
「……あ」
寝具にくるまったまま、固まる。
昨日の夜。
月詠真那中尉。
いや――真那さん。
断片的に蘇る記憶に、顔が一気に熱くなる。
詳しく思い出すべきではない。
今は。
絶対に。
恐る恐る、横を見る。
そこには、真那さんが静かに眠っていた。
いつものように背筋を伸ばし、凛とした斯衛軍人として立つ姿ではない。
今はただ、安心しきったように目を閉じている。
普段の厳しさが抜け落ちた寝顔は、どこか柔らかくて、年相応の女性に見えた。
「……幸せそうに寝てる」
小さく呟いた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
悪いことをした、とは思わない。
けれど。
取り返しのつかない一線を越えた。
その実感だけは、はっきりとあった。
自分は、真那さんを利用したかったわけではない。
強化のためだけに、関係を持ったわけでもない。
でも、結果として。
自分の能力は、真那さんにも反応した。
昨夜の終わり際。
手を重ねた時。
呼吸が近づいた時。
真那さんの中に、何かが流れ込むような感覚があった。
あれは、気のせいではない。
真那さん自身も、おそらく感じていた。
「……あちゃー」
自分は額に手を当てて、深くうつむいた。
どうする。
誰に説明する。
真那さん本人とは、まずちゃんと話さないといけない。
冥夜にはどうする。
神代さんたちには。
霞には。
そして何より、夕呼副司令には――。
そこまで考えた瞬間だった。
かちゃり。
部屋の扉が、静かに開いた。
「……真白さん」
「えっ」
思考が完全に止まった。
入口に立っていたのは、霞だった。
社霞。
そういえば、昨日の夜、夕呼副司令から言われていた。
――明日の朝から、霞にデータ確認ついでに起こしに行かせるわ。あんた、放っておくと寝落ちするでしょ。
そうだ。
今日からだった。
よりによって、今日からだった。
「……」
「……」
霞は固まっていた。
自分も固まっていた。
部屋の中。
寝具にくるまる自分。
隣で眠っている真那さん。
少し乱れた寝具。
そして、明らかに普段とは違う空気。
霞の視線が、自分から真那さんへ移る。
それから、また自分に戻った。
小さな頬が、見る見るうちに赤くなる。
「ち、違うんだ、霞……!」
違う。
いや、違わない。
違わないけど、違う。
何が違うのか、自分でも分からない。
慌てて弁明しようとした瞬間、霞の目がすっと細くなった。
あ。
読まれた。
たぶん、今の自分の混乱ごと読まれた。
霞は、ほんの少しだけ唇を結ぶ。
そして、いつもより小さな声で言った。
「……真白さんの中が、うるさいです」
「え……」
「ぐちゃぐちゃです」
短い言葉だった。
けれど、その声は怒っているというより、困っているように聞こえた。
霞は視線を逸らす。
耳まで赤くなっていた。
「……見てはいけないものが、流れてきました」
「ご、ごめん……!」
「……少し、離れます」
そう言うと、霞は扉を閉めた。
ばたん。
部屋に沈黙が落ちる。
「……終わった」
自分はその場で項垂れた。
どうしよう。
次に霞に会った時、どんな顔をすればいいんだ。
いや、そもそも会ってくれるのか。
信頼を失ったのではないだろうか。
いやでも、昨日の件はその、色々と事情があって。
事情があると言えばある。
でも説明できるかと言われると、できない。
頭を抱えていると――。
がちゃり。
また扉が開いた。
「真那様!」
「ご無事ですか!?」
「昨日からお戻りにならなかったので……!」
三つの声が、ほぼ同時に飛び込んできた。
神代巽少尉。
巴雪乃少尉。
戎美凪少尉。
月詠中尉の部下たち。
冥夜の護衛を務める、帝国斯衛軍の三人だった。
「……」
「……」
「……」
「……」
四人分の沈黙が、部屋に落ちた。
三人の視線が、まず自分に向く。
次に、隣で眠る真那さんへ向く。
そして、もう一度自分へ戻る。
誰も動かない。
まるで時間が止まったみたいだった。
「……あの」
自分が何か言おうとした瞬間。
神代さんが、真剣な表情のまま口を開いた。
「……真那様が」
巴さんが続ける。
「……神宮寺少佐の部屋で」
戎さんが、小さく息を呑んだ。
「……お休みに、なっている……?」
「言い方!」
思わず突っ込んでしまった。
いや、間違ってはいない。
間違ってはいないけど、言葉にされると破壊力がすごい。
三人は動かない。
昨日から戻らなかった上官が、朝になって男の部屋にいたのだ。
心配するのは当然だ。
当然なのだが。
この状況は、あまりにも説明が難しすぎる。
「……今日は厄日だ」
自分は小さく呟いた。
その声に反応したのか、隣の真那さんがわずかに身じろぎした。
「……ん……」
普段なら絶対に聞けないような、柔らかい声。
真那さんはゆっくりと目を開けた。
まだ完全には覚醒していないのか、ぼんやりとした目でこちらを見る。
そして、ふわりと微笑んだ。
「……おはようございます、真白少佐」
「お、おはようございます……」
三人の部下たちが、さらに硬直した。
いつもの月詠真那中尉なら、まず見せない表情だったからだ。
真那さんはゆっくり身体を起こし、そこでようやく入口の三人に気づいた。
「……神代。巴。戎」
一瞬で声が戻った。
いつもの月詠真那中尉の声。
けれど、頬はわずかに赤い。
「真那様、ご無事ですか?」
神代さんが一歩前に出る。
「ええ。問題ありません」
「お怪我は?」
「ありません」
「体調は?」
「……むしろ、良いくらいです」
その答えに、三人がまた固まった。
自分も内心で頭を抱えた。
真那さん。
その言い方は、誤解が増えます。
巴さんがちらりと自分を見る。
「神宮寺少佐」
「はい……」
「これは、その……」
「説明は……後ほど、必ず」
戎さんが小さく頷いた。
「……では、我々は冥夜様の護衛に戻ります」
「そうしなさい」
真那さんは即答した。
声だけは凛としている。
だが、耳は少し赤い。
神代さんはまだ何か言いたそうだったが、巴さんに軽く袖を引かれ、踏みとどまった。
三人は一礼すると、部屋を出ていった。
扉が閉まる直前、巴さんの小さな声が聞こえた。
「……真那様が、あんな顔を……」
聞こえてます。
たぶん真那さんにも聞こえてます。
扉が閉まる。
今度こそ、部屋に静けさが戻った。
「……すみません」
先に謝ったのは自分だった。
「いえ。私こそ、部下に余計な心配をかけました」
真那さんは寝具を整えながら、姿勢を正す。
その仕草だけで、昨日までとは何かが違う気がした。
動きに無駄がない。
いや、元から無駄のない人だった。
でも今は、さらに鋭い。
身体の芯に一本、強い軸が通ったように見える。
「真那さん」
「はい」
「体調はどうですか?」
真那さんは少し目を伏せ、自分の手を見た。
指先を軽く握り、開く。
たったそれだけの動きだった。
けれど、その何気ない動作に、明らかな変化があった。
「……感覚が研ぎ澄まされています」
静かに、真那さんは言った。
「身体が軽い。視界も普段より明瞭です。呼吸も深く入る。筋肉の反応も早い」
「やっぱり……」
「これは、真白少佐の能力によるものですね」
真那さんはそう言って、自分を見た。
責める目ではない。
恐れる目でもない。
むしろ、覚悟を決めた目だった。
「自分でも、そうだと思います」
自分は頷いた。
因果強化供給。
親密な接触によって、相手の衛士としての能力を引き上げる。
初回の上昇幅が大きい可能性もある。
真那さんほど完成された衛士にまで効果が出るなら、これは間違いなく戦力になる。
けれど同時に、危うい。
人を強くする。
その代わり、関係を変えてしまう。
立場も。
感情も。
距離感も。
何もかも。
「真那さん。今日の夕方、時間はありますか?」
「冥夜様の訓練が終わり次第であれば」
「じゃあ、その後、少し時間を空けておいてください。できれば、シミュレーターで確認したいです」
「能力の変化を、ですね」
「はい」
真那さんは静かに頷いた。
「承知しました」
それから、少しだけ表情を柔らかくする。
「ですが、真白少佐」
「はい」
「二人の時は、真白でよいと……昨夜、仰いましたね」
「あ、はい。できれば、その方が……」
真那さんは一瞬だけ迷ったように目を伏せた。
そして、小さく息を吸う。
「……真白」
胸が、変に跳ねた。
「はい」
「私も、努力します」
真那さんはそう言って、ほんの少しだけ笑った。
その顔は、さっき霞に見られた時とは違う意味で、どうしようもなく困る顔だった。
嬉しい。
けれど、まずい。
色々とまずい。
霞には、見てはいけないものが流れてきたと言われた。
神代さんたちには見られた。
真那さんには強化が出た。
そして何より――。
「……夕呼副司令に、なんて報告しよう」
それだけが、今の自分には最大の問題だった。
* * *
10月28日 朝
横浜基地・真白私室
<< 神宮寺 真白 >>
真那さんは身支度を整えると、いつもの月詠真那中尉の顔に戻っていった。
背筋は伸び、表情は凛としている。
声も、視線も、歩き方も。
すべてが、冥夜を守る忠臣のそれだった。
けれど、自分にはもう、昨日までとは少し違って見えた。
その背中に、ほんのわずかな柔らかさが混じっている気がした。
「では、真白。夕方に」
「はい。気をつけて」
「護衛する側ですので」
「そうでした……」
真那さんはほんの少しだけ口元を緩め、それから部屋を出ていった。
扉が閉まる。
ようやく、部屋に一人になる。
「……どうしよう」
自分は、乱れた寝具を見下ろした。
まずは片付けよう。
そうしないと、精神的に耐えられない。
寝具を整える。
服を着替える。
顔を洗う。
髪を軽く直す。
それだけのことをしている間にも、頭の中では問題が山積みだった。
霞への弁解。
神代さんたちへの説明。
真那さんのシミュレーター確認。
冥夜にどう伝わるか。
そして、夕呼副司令への報告。
どれも後回しにできない。
特に夕呼副司令には、絶対に報告しなければならない。
月詠真那中尉に強化反応が出ている。
しかも、対象は帝国斯衛軍の精鋭。
これは自分だけで抱えていい問題ではない。
戦力に関わる。
冥夜にも関わる。
帝国斯衛との関係にも関わる。
「……怒られるかな」
いや。
怒られるだけならまだいい。
夕呼副司令なら、きっと笑う。
あの、全部見透かしたような顔で。
そして、データを要求する。
間違いなく。
「……検証扱いされるんだろうな」
頭を抱えたくなる。
でも、実際に検証として重要なのは分かっている。
まりもさんの時は、真白の知らないところで起きた強化。
今回は、自分が選んで関係を持った相手に出た強化。
意味が違う。
重さも違う。
「……使うって、こういうことなんだよな」
力を使う。
誰かを強くする。
それは、ただ便利な能力ではない。
相手との関係を変える。
責任を生む。
好意も、信頼も、罪悪感も、全部巻き込んでいく。
「……やるしかないですよね」
小さく呟いて、机の上に置いた仮身分証を手に取る。
神宮寺真白。
国連軍横浜基地所属。
特務技術顧問。
待遇階級、少佐相当。
昨日までより、その肩書きが重く見えた。
少佐相当。
白銀武の代役。
因果強化供給の発現者。
そして今は、月詠真那の変化にも責任を持つ立場。
「……昼に、副司令へ報告しよう」
朝のうちに行くと、霞と顔を合わせた時に自分の心がもたない気がする。
いや、どのみち会うことになるのだけれど。
少しだけ時間がほしかった。
落ち着く時間。
言葉を整理する時間。
自分が何をしたのか、どう受け止めるのかを考える時間。
その時、机の端に置かれたヨーヨーが目に入った。
霞にあげたものとは別の、予備として買っておいたもの。
「……霞にも、ちゃんと謝らないとな」
――真白さんの中が、うるさいです。
――ぐちゃぐちゃです。
――見てはいけないものが、流れてきました。
霞の言葉が、また胸に刺さる。
怒っていたわけではないと思う。
嫌われた、という感じでもなかった。
けれど、あの子には余計なものまで流れてしまった。
自分の混乱。
真那さんへの感情。
罪悪感。
照れ。
そして、能力が反応した時の、言葉にしづらい感覚。
それを、霞は受け取ってしまったのだと思う。
「……あとで、ちゃんと話そう」
すぐに許してもらえるとは思わない。
でも、逃げたくはなかった。
霞にも。
真那さんにも。
夕呼副司令にも。
そして、自分自身にも。
窓の外では、基地が今日も動き始めている。
訓練の声。
遠くの機械音。
通路を行き交う軍靴の音。
横浜基地の一日が始まる。
自分は深く息を吸って、制服の襟を正した。
今日も、積み重ねるしかない。
失敗も。
恥ずかしさも。
責任も。
後悔も。
全部抱えたまま、それでも次へ進むしかない。
その時だった。
机の端末が、短く鳴った。
「……まさか」
恐る恐る画面を見る。
差出人は、香月夕呼副司令。
表示された短い文章に、自分はその場で固まった。
――昼まで待たなくていいわ。
――起きたら来なさい。
――面白い数値、出てるわよ。
「……やっぱり、ばれてる」
自分は端末を見つめたまま、深く項垂れた。
それは、神宮寺真白が朝から立て続けに修羅場を迎えた日。
そして、月詠真那という忠臣に、因果強化の兆しが現れた日だった。
さらに――。
香月夕呼が、その兆しを見逃すはずもない日だった。