マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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本日も定期更新です。

今まで投稿している構成を調整して、少し見やすい様にしてみました…
中々大変でした(泣)
普段のとても見やすい皆さんの小説に脱帽します…
ご意見あれば是非、感想やメッセージにてお願いしますm(_ _)m


第11話「朝の修羅場と強化の兆し」

10月28日 早朝

横浜基地・真白私室

<< 神宮寺 真白 >>

 

……ちゅん、ちゅん。

 

そんな小さな鳴き声が、耳の奥に届いた気がした。

 

ゆっくりと目を開ける。

 

見慣れてきた天井。

 

横浜基地に来てから、何度目かの朝。

 

けれど、今日はいつもの朝とは明らかに違っていた。

 

「……スズメ、いるのかな」

 

寝ぼけた頭で、そんなことを考える。

 

この世界にも、スズメはまだ生き残っているのだろうか。

 

BETAに大地を踏み荒らされて、国土も、食料も、人も足りない世界。それでも、小さな鳥がどこかで鳴いているなら、ほんの少しだけ救いがある気がした。

 

「……いや、今考えることじゃないな」

 

ぼんやりとしたまま、壁の時計を見る。

 

起床ラッパには、まだ少し早い。

 

身体は重い。

 

いや、重いはずだった。

 

昨日は屋上で月詠真那中尉に問い詰められ、その後も部屋で追加の確認を受けた。

 

冥夜に近づいた理由。

自分の立場。

夕呼副司令との距離。

新型OSに関わる理由。

そして、時折自分が見せてしまう妙な確信。

 

どれも、かなり危ないところを突かれていた。

 

それなのに。

 

不思議と疲労感は薄かった。

 

むしろ、身体の奥に妙な熱が残っている。

 

そこでようやく、自分は今の状況を思い出した。

 

「……あ」

 

寝具にくるまったまま、固まる。

 

昨日の夜。

 

月詠真那中尉。

 

いや――真那さん。

 

断片的に蘇る記憶に、顔が一気に熱くなる。

 

詳しく思い出すべきではない。

 

今は。

 

絶対に。

 

恐る恐る、横を見る。

 

そこには、真那さんが静かに眠っていた。

 

いつものように背筋を伸ばし、凛とした斯衛軍人として立つ姿ではない。

 

今はただ、安心しきったように目を閉じている。

 

普段の厳しさが抜け落ちた寝顔は、どこか柔らかくて、年相応の女性に見えた。

 

「……幸せそうに寝てる」

 

小さく呟いた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 

悪いことをした、とは思わない。

 

けれど。

 

取り返しのつかない一線を越えた。

 

その実感だけは、はっきりとあった。

 

自分は、真那さんを利用したかったわけではない。

 

強化のためだけに、関係を深めたわけでもない。

 

でも、結果として。

 

自分の能力は、真那さんにも反応した。

 

昨夜の終わり際。

 

手を重ねた時。

 

呼吸が近づいた時。

 

真那さんの中に、何かが流れ込むような感覚があった。

 

あれは、気のせいではない。

 

真那さん自身も、おそらく感じていた。

 

「……あちゃー」

 

自分は額に手を当てて、深くうつむいた。

 

どうする。

 

誰に説明する。

 

真那さん本人とは、まずちゃんと話さないといけない。

 

冥夜にはどうする。

神代さんたちには。

霞には。

 

そして何より、夕呼副司令には――。

 

そこまで考えた瞬間だった。

 

かちゃり。

 

部屋の扉が、静かに開いた。

 

「……真白さん」

「えっ」

 

思考が完全に止まった。

 

入口に立っていたのは、霞だった。

 

社霞。

 

そういえば、昨日の夜、夕呼副司令から言われていた。

 

――明日の朝から、霞にデータ確認ついでに起こしに行かせるわ。あんた、放っておくと寝落ちするでしょ。

 

そうだ。

 

今日からだった。

 

よりによって、今日からだった。

 

「……」

「……」

 

霞は固まっていた。

 

自分も固まっていた。

 

部屋の中。

寝具にくるまる自分。

隣で眠っている真那さん。

少し乱れた寝具。

そして、明らかに普段とは違う空気。

 

霞の視線が、自分から真那さんへ移る。

 

それから、また自分に戻った。

 

小さな頬が、見る見るうちに赤くなる。

 

「ち、違うんだ、霞……!」

 

違う。

 

いや、違わない。

 

違わないけど、違う。

 

何が違うのか、自分でも分からない。

 

慌てて弁明しようとした瞬間、霞の目がすっと細くなった。

 

あ。

 

読まれた。

 

たぶん、今の自分の混乱ごと読まれた。

 

霞は、ほんの少しだけ唇を結ぶ。

 

そして、いつもより小さな声で言った。

 

「……真白さんの中が、うるさいです」

「え……」

「ぐちゃぐちゃです」

 

短い言葉だった。

 

けれど、その声は怒っているというより、困っているように聞こえた。

 

霞は視線を逸らす。

 

耳まで赤くなっていた。

 

「……見てはいけないものが、流れてきました」

「ご、ごめん……!」

「……少し、離れます」

 

そう言うと、霞は扉を閉めた。

 

ばたん。

 

部屋に沈黙が落ちる。

 

「……終わった」

 

自分はその場で項垂れた。

 

どうしよう。

 

次に霞に会った時、どんな顔をすればいいんだ。

 

いや、そもそも会ってくれるのか。

 

信頼を失ったのではないだろうか。

 

いやでも、昨日の件はその、色々と事情があって。

 

事情があると言えばある。

 

でも説明できるかと言われると、できない。

 

頭を抱えていると――。

 

がちゃり。

 

また扉が開いた。

 

「真那様!」

 

「ご無事ですか!?」

 

「昨日からお戻りにならなかったので……!」

 

三つの声が、ほぼ同時に飛び込んできた。

 

神代巽少尉。

巴雪乃少尉。

戎美凪少尉。

 

月詠中尉の部下たち。

 

冥夜の護衛を務める、帝国斯衛軍の三人だった。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

四人分の沈黙が、部屋に落ちた。

 

三人の視線が、まず自分に向く。

 

次に、隣で眠る真那さんへ向く。

 

そして、もう一度自分へ戻る。

 

誰も動かない。

 

まるで時間が止まったみたいだった。

 

「……あの」

 

自分が何か言おうとした瞬間。

 

神代さんが、真剣な表情のまま口を開いた。

 

「……真那様が」

 

巴さんが続ける。

 

「……神宮寺少佐の部屋で」

 

戎さんが、小さく息を呑んだ。

 

「……お休みに、なっている……?」

「言い方!」

 

思わず突っ込んでしまった。

 

いや、間違ってはいない。

 

間違ってはいないけど、言葉にされると破壊力がすごい。

 

三人は動かない。

 

昨日から戻らなかった上官が、朝になって男の部屋にいたのだ。

 

心配するのは当然だ。

 

当然なのだが。

 

この状況は、あまりにも説明が難しすぎる。

 

「……今日は厄日だ」

 

自分は小さく呟いた。

 

その声に反応したのか、隣の真那さんがわずかに身じろぎした。

 

「……ん……」

 

普段なら絶対に聞けないような、柔らかい声。

 

真那さんはゆっくりと目を開けた。

 

まだ完全には覚醒していないのか、ぼんやりとした目でこちらを見る。

 

そして、ふわりと微笑んだ。

 

「……おはようございます、真白少佐」

「お、おはようございます……」

 

三人の部下たちが、さらに硬直した。

 

いつもの月詠真那中尉なら、まず見せない表情だったからだ。

 

真那さんはゆっくり身体を起こし、そこでようやく入口の三人に気づいた。

 

「……神代。巴。戎」

 

一瞬で声が戻った。

 

いつもの月詠真那中尉の声。

 

けれど、頬はわずかに赤い。

 

「真那様、ご無事ですか?」

 

神代さんが一歩前に出る。

 

「ええ。問題ありません」

「お怪我は?」

「ありません」

「体調は?」

「……むしろ、良いくらいです」

 

その答えに、三人がまた固まった。

 

自分も内心で頭を抱えた。

 

真那さん。

 

その言い方は、誤解が増えます。

 

巴さんがちらりと自分を見る。

 

「神宮寺少佐」

「はい……」

「これは、その……」

「説明は……後ほど、必ず」

 

戎さんが小さく頷いた。

 

「……では、我々は冥夜様の護衛に戻ります」

「そうしなさい」

 

真那さんは即答した。

 

声だけは凛としている。

 

だが、耳は少し赤い。

 

神代さんはまだ何か言いたそうだったが、巴さんに軽く袖を引かれ、踏みとどまった。

 

三人は一礼すると、部屋を出ていった。

 

扉が閉まる直前、巴さんの小さな声が聞こえた。

 

「……真那様が、あんな顔を……」

 

聞こえてます。

 

たぶん真那さんにも聞こえてます。

 

扉が閉まる。

 

今度こそ、部屋に静けさが戻った。

 

「……すみません」

 

先に謝ったのは自分だった。

 

「いえ。私こそ、部下に余計な心配をかけました」

 

真那さんは寝具を整えながら、姿勢を正す。

 

その仕草だけで、昨日までとは何かが違う気がした。

 

動きに無駄がない。

 

いや、元から無駄のない人だった。

 

でも今は、さらに鋭い。

 

身体の芯に一本、強い軸が通ったように見える。

 

「真那さん」

「はい」

「体調はどうですか?」

 

真那さんは少し目を伏せ、自分の手を見た。

 

指先を軽く握り、開く。

 

たったそれだけの動きだった。

 

けれど、その何気ない動作に、明らかな変化があった。

 

「……感覚が研ぎ澄まされています」

 

静かに、真那さんは言った。

 

「身体が軽い。視界も普段より明瞭です。呼吸も深く入る。筋肉の反応も早い」

「やっぱり……」

「これは、真白少佐の能力によるものですね」

 

真那さんはそう言って、自分を見た。

 

責める目ではない。

 

恐れる目でもない。

 

むしろ、覚悟を決めた目だった。

 

「自分でも、そうだと思います」

 

自分は頷いた。

 

因果強化供給。

 

親密な接触によって、相手の衛士としての能力を引き上げる。

 

初回の上昇幅が大きい可能性もある。

 

真那さんほど完成された衛士にまで効果が出るなら、これは間違いなく戦力になる。

 

けれど同時に、危うい。

 

人を強くする。

 

その代わり、関係を変えてしまう。

 

立場も。

感情も。

距離感も。

 

何もかも。

 

「真那さん。今日の夕方、時間はありますか?」

「冥夜様の訓練が終わり次第であれば」

「じゃあ、その後、少し時間を空けておいてください。できれば、シミュレーターで確認したいです」

「能力の変化を、ですね」

「はい」

 

真那さんは静かに頷いた。

 

「承知しました」

 

それから、少しだけ表情を柔らかくする。

 

「ですが、真白少佐」

「はい」

「二人の時は、真白でよいと……昨夜、仰いましたね」

「あ、はい。できれば、その方が……」

 

真那さんは一瞬だけ迷ったように目を伏せた。

 

そして、小さく息を吸う。

 

「……真白」

 

胸が、変に跳ねた。

 

「はい」

「私も、努力します」

 

真那さんはそう言って、ほんの少しだけ笑った。

 

その顔は、さっき霞に見られた時とは違う意味で、どうしようもなく困る顔だった。

 

嬉しい。

 

けれど、まずい。

 

色々とまずい。

 

霞には、見てはいけないものが流れてきたと言われた。

 

神代さんたちには見られた。

 

真那さんには強化が出た。

 

そして何より――。

 

「……夕呼副司令に、なんて報告しよう」

 

それだけが、今の自分には最大の問題だった。

 

* * *

 

10月28日 朝

横浜基地・真白私室

<< 神宮寺 真白 >>

 

真那さんは身支度を整えると、いつもの月詠真那中尉の顔に戻っていった。

 

背筋は伸び、表情は凛としている。

 

声も、視線も、歩き方も。

 

すべてが、冥夜を守る忠臣のそれだった。

 

けれど、自分にはもう、昨日までとは少し違って見えた。

 

その背中に、ほんのわずかな柔らかさが混じっている気がした。

 

「では、真白。夕方に」

「はい。気をつけて」

「護衛する側ですので」

「そうでした……」

 

真那さんはほんの少しだけ口元を緩め、それから部屋を出ていった。

 

扉が閉まる。

 

ようやく、部屋に一人になる。

 

「……どうしよう」

 

自分は、乱れた寝具を見下ろした。

 

まずは片付けよう。

 

そうしないと、精神的に耐えられない。

 

寝具を整える。

服を着替える。

顔を洗う。

髪を軽く直す。

 

それだけのことをしている間にも、頭の中では問題が山積みだった。

 

霞への弁解。

神代さんたちへの説明。

真那さんのシミュレーター確認。

冥夜にどう伝わるか。

そして、夕呼副司令への報告。

 

どれも後回しにできない。

 

特に夕呼副司令には、絶対に報告しなければならない。

 

月詠真那中尉に強化反応が出ている。

 

しかも、対象は帝国斯衛軍の精鋭。

 

これは自分だけで抱えていい問題ではない。

 

戦力に関わる。

冥夜にも関わる。

帝国斯衛との関係にも関わる。

 

「……怒られるかな」

 

いや。

 

怒られるだけならまだいい。

 

夕呼副司令なら、きっと笑う。

 

あの、全部見透かしたような顔で。

 

そして、データを要求する。

 

間違いなく。

 

「……検証扱いされるんだろうな」

 

頭を抱えたくなる。

 

でも、実際に検証として重要なのは分かっている。

 

まりもさんの時は、真白の知らないところで起きた強化。

 

今回は、自分が選んで関係を深めた相手に出た強化。

 

意味が違う。

 

重さも違う。

 

「……使うって、こういうことなんだよな」

 

力を使う。

 

誰かを強くする。

 

それは、ただ便利な能力ではない。

 

相手との関係を変える。

 

責任を生む。

 

好意も、信頼も、罪悪感も、全部巻き込んでいく。

 

「……やるしかないですよね」

 

小さく呟いて、机の上に置いた仮身分証を手に取る。

 

神宮寺真白。

国連軍横浜基地所属。

特務技術顧問。

待遇階級、少佐相当。

 

昨日までより、その肩書きが重く見えた。

 

少佐相当。

白銀武の代役。

因果強化供給の発現者。

 

そして今は、月詠真那の変化にも責任を持つ立場。

 

「……昼に、副司令へ報告しよう」

 

朝のうちに行くと、霞と顔を合わせた時に自分の心がもたない気がする。

 

いや、どのみち会うことになるのだけれど。

 

少しだけ時間がほしかった。

 

落ち着く時間。

言葉を整理する時間。

自分が何をしたのか、どう受け止めるのかを考える時間。

 

その時、机の端に置かれたヨーヨーが目に入った。

 

霞に見せたものとは別の、予備として持っていたもの。

 

「……霞にも、ちゃんと謝らないとな」

 

――真白さんの中が、うるさいです。

 

――ぐちゃぐちゃです。

 

――見てはいけないものが、流れてきました。

 

霞の言葉が、また胸に刺さる。

 

怒っていたわけではないと思う。

 

嫌われた、という感じでもなかった。

 

けれど、あの子には余計なものまで流れてしまった。

 

自分の混乱。

真那さんへの感情。

罪悪感。

照れ。

そして、能力が反応した時の、言葉にしづらい感覚。

 

それを、霞は受け取ってしまったのだと思う。

 

「……あとで、ちゃんと話そう」

 

すぐに許してもらえるとは思わない。

 

でも、逃げたくはなかった。

 

霞にも。

真那さんにも。

夕呼副司令にも。

そして、自分自身にも。

 

窓の外では、基地が今日も動き始めている。

 

訓練の声。

遠くの機械音。

通路を行き交う軍靴の音。

 

横浜基地の一日が始まる。

 

自分は深く息を吸って、制服の襟を正した。

 

今日も、積み重ねるしかない。

 

失敗も。

恥ずかしさも。

責任も。

後悔も。

 

全部抱えたまま、それでも次へ進むしかない。

 

その時だった。

 

机の端末が、短く鳴った。

 

「……まさか」

 

恐る恐る画面を見る。

 

差出人は、香月夕呼副司令。

 

表示された短い文章に、自分はその場で固まった。

 

――昼まで待たなくていいわ。

 

――起きたら来なさい。

 

――面白い数値、出てるわよ。

 

「……やっぱり、ばれてる」

 

自分は端末を見つめたまま、深く項垂れた。

 

それは、神宮寺真白が朝から立て続けに修羅場を迎えた日。

 

そして、月詠真那という忠臣に、因果強化の兆しが現れた日だった。

 

さらに――。

 

香月夕呼が、その兆しを見逃すはずもない日だった。

 

第11話「朝の修羅場と強化の兆し」 END




――本作用語メモ11――
■ 教導官
部隊や衛士に対して、戦術や技術を指導する役割。
真白は新型OS運用を広めるため、この立場で各部隊に関わっていく。
■ 新型OS開発
XM3を実用化するための取り組み。
真白の知識と夕呼副司令の技術力によって進められる。
■ オーパーツ
この世界の技術水準では説明しきれない物品や技術。
真白のスマートフォンは、その代表例として扱われる。
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