マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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第12話「白き少佐と副司令の計算」

10月28日 昼過ぎ

横浜基地・副司令執務室前通路

<< 神宮寺 真白 >>

 

副司令室へ向かう足取りは、いつもより重かった。

 

いや、重いどころではない。

 

正直に言えば、逃げ出したかった。

 

朝から、本当に色々ありすぎた。

 

真那さんとのことを霞に見られた。

 

神代さんたちにも見られた。

 

月詠真那中尉の身体に、強化の兆しが出た。

 

そして昼前には、人気の少ない通路で襲われかけた。

 

その全部を、これから夕呼副司令に報告しなければならない。

 

「……胃が痛い」

 

小さく呟くと、隣を歩く月詠真那中尉が静かにこちらを見た。

 

「体調不良ですか」

「いえ、精神的な方です」

「香月副司令への報告が?」

「はい……」

「避けて通れるものではありません」

「分かってます」

「ならば、行くしかありません」

 

正論だった。

 

昨日から、真那さんの正論は本当に容赦がない。

 

ただ、その声には昨日までのような冷たい警戒だけではないものが混ざっていた。

 

護衛としての硬さ。

 

忠臣としての責任感。

 

そして、少しだけ個人的な気遣い。

 

その距離感の変化が、嬉しくもあり、怖くもあった。

 

「月詠さん」

「はい」

「副司令には、どこまで報告を……?」

「未遂事件については、私から一報を入れております。詳細は、真白さんご自身から説明された方がよろしいかと」

「ですよね……」

「月詠真那への強化兆候についても、隠すべきではありません」

「分かってます」

「霞殿が目撃された件も」

「……分かってます」

「神代たちに一部知られた件も」

「分かってます……」

 

どんどん罪状を読み上げられているような気分になる。

 

いや、罪ではない。

 

ないはずだ。

 

でも、報告事項が多すぎる。

 

副司令室の前に着く。

 

いつもの重い扉。

 

その向こうには、香月夕呼がいる。

 

人類の未来を握る天才。

 

オルタネイティヴ4の責任者。

 

そして、自分をこの基地で最も合理的に使おうとしている人。

 

自分は一度深く息を吸った。

 

「……行きます」

「はい」

 

月詠さんが一歩下がる。

 

けれど、完全には離れない。

 

護衛として、少し後ろに控えている。

 

自分は扉を叩いた。

 

「神宮寺真白です」

 

少し間があった。

 

そして、中からいつもの声が返ってくる。

 

「入りなさい」

「失礼します……」

 

扉を開ける。

 

副司令執務室の中は、いつも以上に混沌としていた。

 

端末が複数起動している。

 

机の上には書類の山。

 

壁には走り書きのメモ。

 

XM3関連の資料。

 

BETA新潟上陸予測。

 

佐渡島周辺の地図。

 

A-01部隊の運用メモらしきもの。

 

そして、自分に関する検査データ。

 

それらが、部屋中に散らばっている。

 

その中心で、香月夕呼副司令は椅子に座っていた。

 

白衣の襟元は少し乱れている。

 

目の下には疲れが見える。

 

けれど、その瞳だけは冴えていた。

 

鋭く、冷たく、そして楽しそうですらある。

 

「来たわね」

「はい……」

「で?」

 

いきなりだった。

 

夕呼副司令は、端末から顔を上げる。

 

「今度は基地内で襲われかけたわけ?」

「……はい」

 

胃がさらに痛くなる。

 

「すみません……」

「謝罪が欲しいんじゃないわ」

 

夕呼副司令の声が低くなった。

 

「状況を理解しろって言ってるの」

 

その一言で、背筋が伸びた。

 

夕呼副司令は机の上の端末を軽く叩く。

 

そこには、すでに簡易報告が映っていた。

 

月詠真那中尉からの一報。

 

警務関連の初期報告。

 

通路の監視記録。

 

拘束された二名の所属情報。

 

全部、もう把握しているらしい。

 

「昼前、居住区連絡通路で不審な女性兵二名に接触される。刃物による脅迫あり。月詠隊が介入し、制圧。神宮寺真白に外傷なし」

 

夕呼副司令は淡々と読み上げる。

 

「外傷なし、ね」

「はい……」

「外傷はない。でも、精神的影響はある」

「……」

「違う?」

 

答えられなかった。

 

首筋に触れた刃物の冷たさが、まだ残っている気がする。

 

震えた身体。

 

出なかった声。

 

壁に押さえつけられた感覚。

 

月詠さんが来てくれなければ、どうなっていたのか。

 

考えたくなかった。

 

夕呼副司令は、こちらの沈黙だけで十分だったのか、小さく息を吐いた。

 

「まったく……」

 

それは呆れた声だった。

 

でも、完全に冷たいわけではなかった。

 

「で、他にも報告があるんでしょう?」

「はい」

 

自分は、ちらりと部屋の奥を見た。

 

そこには霞がいた。

 

端末の前に座り、静かに作業をしている。

 

けれど、こちらと目が合った瞬間、霞は少しだけ肩を揺らした。

 

そして、ゆっくりと視線を逸らした。

 

「……霞」

「……」

 

返事はない。

 

完全な無視ではない。

 

でも、明らかに気まずい。

 

朝のことを思い出し、胃が別方向に痛くなる。

 

扉の向こうに立っていた霞。

 

寝具にくるまっていた自分。

 

隣にいた真那さん。

 

それだけでも十分まずかった。

 

けれど、一番まずかったのはそこではない。

 

霞は、たぶん見たもの以上の何かを読んでしまった。

 

自分の混乱。

 

羞恥。

 

罪悪感。

 

真那さんへの感情。

 

それから、能力が反応した時の、言葉にしづらい感覚。

 

朝の霞は、顔を真っ赤にしたまま、こう言った。

 

――真白さんの中が、うるさいです。

 

――ぐちゃぐちゃです。

 

――見てはいけないものが、流れてきました。

 

それは、責める声というより、処理しきれずに困っている声だった。

 

だからこそ、余計に申し訳なかった。

 

「その、朝は……」

「……うるさかったです」

 

霞が小さく言った。

 

「ご、ごめん……」

「ぐちゃぐちゃでした」

「本当にごめん……」

 

霞は頬を赤くしたまま、こちらを見ない。

 

夕呼副司令が、にやりと笑った。

 

「仲直りは後にしなさい。今は報告」

「……はい」

 

自分は姿勢を正した。

 

月詠さんは自分の少し後ろで、静かに控えている。

 

まず、昨夜のことを必要最低限に説明する。

 

月詠真那中尉が、自分を見極めるために接触したこと。

 

冥夜に近づく理由を問われたこと。

 

会話の中で、自分の考えを伝えたこと。

 

その後、私室で追加確認を受けたこと。

 

そして、関係が深まったこと。

 

直接的な部分はぼかした。

 

けれど、夕呼副司令はすべて分かっているような顔をしていた。

 

霞は耳まで赤くしていた。

 

「……つまり」

 

夕呼副司令が指を組む。

 

「月詠真那中尉との親密な接触後、本人に身体能力および感覚面の変化が出た、と」

「はい」

「具体的には?」

 

月詠さんが一歩前に出る。

 

「身体が軽い。視界が普段より明瞭。呼吸が深く入り、筋肉の反応も早い。まだ主観的な範囲ですが、感覚の鋭敏化を確認しています」

 

夕呼副司令の目が、研究者のものへ変わった。

 

「なるほどね」

 

端末に指が走る。

 

「月詠真那中尉。帝国斯衛軍所属。御剣冥夜の護衛。高水準の身体能力と精神安定性。比較対象としてはかなり優秀」

「副司令」

 

思わず口を挟んだ。

 

「本人を実験材料みたいに言わないでください」

「実際、データとしては重要よ」

「そうですけど……」

「それに、本人が同意しているなら問題ない。無理やりじゃないんでしょう?」

「それは、もちろんです」

 

自分が答えるより早く、月詠さんも静かに頷いた。

 

「同意しています」

 

夕呼副司令は満足げに目を細めた。

 

「なら取るわ。データを」

「……やっぱり」

「当たり前でしょ」

 

即答だった。

 

「真白、あんたの因果強化供給は、信頼や親密さに応じて対象の能力を底上げする可能性が高い。しかも、今回の対象は月詠中尉。これはかなり大きい」

 

夕呼副司令は端末を操作しながら続ける。

 

「これまでの観察では、発現条件が曖昧だった。あんた自身にも自覚が薄かったし、強化の程度も周辺の反応から推測するしかなかった。でも今回は違う」

「……自分が選んだ相手に、はっきり反応が出た」

「そういうこと」

 

夕呼副司令の声が少し低くなる。

 

「そして、それが帝国斯衛軍の精鋭に出た」

 

部屋の空気が少し変わった。

 

月詠さんも、わずかに表情を引き締める。

 

「月詠中尉は、ただの衛士じゃないわ。御剣冥夜の護衛であり、帝国側に繋がる細い糸でもある」

「細い糸……」

「ええ。扱いを間違えれば厄介。でも、上手く使えば有用」

 

夕呼副司令は月詠さんを見る。

 

「帝国斯衛側への信頼形成。冥夜周辺の安定化。場合によっては、将来的なXM3普及の足がかりにもなる」

「自分を、そのようにお使いになると?」

 

月詠さんの声は静かだった。

 

怒ってはいない。

 

ただ、確認している。

 

夕呼副司令は笑った。

 

「使えるものは使うわ。でも、雑には扱わない」

「……」

「あなたも分かっているでしょう? 冥夜を守るために、真白が利用価値を持つなら守る。そう判断したから、ここにいるんじゃない?」

 

月詠さんは少しだけ沈黙した。

 

そして、静かに答える。

 

「否定はしません」

「なら、話が早い」

 

夕呼副司令は、再び端末へ視線を戻す。

 

「夕方、シミュレーター室を押さえる。月詠中尉の基礎データ、強化後の反応速度、機動精度、判断速度。全部取る」

「承知しました」

 

月詠さんは即答した。

 

自分は少しだけ息を吐いた。

 

やっぱり、検証になる。

 

分かっていた。

 

分かっていたけれど、心が追いつくのには時間がかかる。

 

夕呼副司令は、そんな自分を見て、少しだけ目を細めた。

 

「真白」

「はい」

「ここからが本題」

 

声が変わった。

 

研究者の声ではない。

 

副司令としての声だった。

 

「今回、材料が一気に揃いすぎたわ」

 

夕呼副司令は端末に複数の項目を並べる。

 

「月詠真那中尉との関係。月詠中尉への強化兆候。霞が目撃して精神的に揺れている。神代、巴、戎にも一部知られた。帝国斯衛側に、あんたの重要性が見え始めている」

 

言葉が一つずつ、重く落ちていく。

 

「さらに、未遂事件であんたが実際に狙われた」

「……はい」

「それなのに、あんた本人は自分の価値を軽く見ている」

 

何も言えなかった。

 

夕呼副司令の目が、まっすぐ自分を射抜く。

 

「あんたはもう、自分だけの身体じゃないのよ」

 

部屋の空気が止まった。

 

霞の指も、端末の上で止まる。

 

月詠さんも、静かにこちらを見る。

 

自分は、言葉を失った。

 

夕呼副司令は続ける。

 

「研究対象としても、戦力としても、計画の鍵としても。あんたはもう、個人で勝手に壊れていい存在じゃない」

「……」

「それに、霞も、まりもも、207Bも、月詠中尉も。あんたの言葉や存在に影響を受け始めてる」

 

夕呼副司令の声は冷静だった。

 

けれど、冷たいだけではなかった。

 

「あんたが倒れたら、あんた一人の問題じゃ済まないの」

 

胸の奥が痛くなる。

 

月詠さんにも、似たようなことを言われた。

 

誰かを救おうとしているなら、誰かに守られることも覚えろ、と。

 

夕呼副司令の言い方は、もっと容赦がない。

 

けれど、意味は同じだった。

 

自分はもう、一人で勝手に傷ついていい存在ではない。

 

それを、認めなければならない。

 

「……すみません」

「謝るより先に、理解しなさい」

「はい」

「守られなさい。命令よ」

 

その言葉は、短かった。

 

でも、重かった。

 

「……了解しました」

 

自分は、深く頷いた。

 

夕呼副司令は少しだけ満足したように息を吐く。

 

「よろしい」

 

そして、端末に次々と指示を入力していく。

 

「今後の運用を変更するわ」

「運用……」

「嫌な顔しない。あんたは切り札なんだから、運用される側でもあるの」

「……はい」

 

反論できない。

 

夕呼副司令は淡々と告げる。

 

「まず、単独行動制限。今日から人気の少ない区画への単独移動は禁止」

「はい」

「居住区、B19方面、副司令室、シミュレーター室、PX。主要動線は許可。ただし、迂回路や人通りの少ない連絡通路は一人で使わないこと」

「分かりました」

「次に、スケジュール管理。ピアティフに、あんたの予定を全部把握させる」

「ピアティフ中尉が?」

「ええ。あの子は細かい管理に向いてる。あんたみたいに勝手にふらふらする子にはちょうどいいわ」

「……反論できません」

「しなくていいわ」

 

夕呼副司令は続ける。

 

「月詠隊による限定護衛も認める」

 

月詠さんの表情が、わずかに動いた。

 

「香月副司令、それは正式な許可と受け取ってよろしいですか」

「限定的に、よ」

 

夕呼副司令は念を押す。

 

「国連基地内で帝国斯衛を好き勝手に動かすわけにはいかない。でも、今回みたいな件が起きた以上、護衛能力は使う。癪だけど、あなたたちは優秀だもの」

「承知しました」

「ただし、真白の行動を全部帝国側へ流されるのは困る。護衛上必要な範囲に限定。報告系統は私を通す」

「異存ありません」

「よろしい」

 

夕呼副司令は次に霞を見る。

 

「霞」

「……はい」

「真白のデータ補助は継続。夕方の月詠中尉測定にも入って」

「はい」

 

霞は小さく答えた。

 

けれど、まだこちらを見ない。

 

夕呼副司令はわざとらしく溜息をつく。

 

「それと真白」

「はい」

「後でちゃんと謝っておきなさい」

「……はい」

 

霞の肩が、ほんの少し動いた。

 

自分は霞を見る。

 

「霞」

「……」

「朝は、本当にごめん。びっくりさせたし、余計なものまで読ませたと思う」

 

霞はしばらく黙っていた。

 

そして、小さく呟く。

 

「……びっくりしました」

「うん」

「真白さんの中が、ぐちゃぐちゃでした」

「……ごめん」

「……嫌いになったわけでは、ありません」

 

その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 

「ありがとう」

「でも」

 

霞は少しだけ頬を膨らませた。

 

「次からは、扉を開ける前に、深呼吸してください」

「それでどうにかなるの……?」

「少しは、ましです」

 

夕呼副司令が横で面白そうに笑った。

 

「へぇ。霞に気を遣わせるなんて、あんたも大物ね」

「副司令……」

「いいじゃない。人間関係もデータのうちよ」

「データにしないでください」

「無理」

 

即答された。

 

ひどい。

 

でも、少しだけ空気が緩んだ。

 

霞も、ほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

 

「……ヨーヨーは」

 

霞がぽつりと言う。

 

「はい?」

「少し、戻るようになりました」

「スリーパーから?」

 

霞は小さく頷いた。

 

「……少しだけ」

 

思わず、笑いそうになった。

 

完全に許してくれたわけではない。

 

でも、会話はしてくれた。

 

それだけで十分だった。

 

「今度、見せて」

「……考えます」

「考えるんだ」

 

霞はそっと視線を逸らした。

 

けれど、その頬の赤みは、朝のような混乱だけではなかった。

 

少しだけ、いつもの霞に戻っている。

 

そう思えた。

 

夕呼副司令は、再び真面目な顔に戻る。

 

「次。XM3」

 

端末にXM3関連の資料が表示される。

 

「α版は進んでいる。でも、まだ真白専用に寄りすぎてる。A-01に渡すには調整が必要」

「はい」

「11月11日まで時間がない」

 

その日付を聞いた瞬間、胸が重くなる。

 

BETA新潟上陸。

 

A-01の捕獲任務。

 

死の八分。

 

夕呼副司令は、こちらの反応を見逃さなかった。

 

「やっぱり、その日付に反応するのね」

「……はい」

「詳細はまだ言えない?」

「すみません」

「いいわ。今は」

 

夕呼副司令は深く追及しなかった。

 

ただし、目は鋭いままだ。

 

「でも、その日までにA-01へ最低限使える形を渡す。これは決定」

「はい」

「月詠中尉の強化検証も、A-01投入前の重要データにする。衛士能力への影響が明確なら、今後の運用幅が広がる」

「……分かりました」

「207B教導は継続。ただし、入り込みすぎないこと」

「入り込みすぎない……」

「そう」

 

夕呼副司令は椅子に背を預ける。

 

「あんたが全部答えを出すんじゃないわ。まりもに育てさせなさい。あんたは、必要な時に方向を少し変えるだけでいい」

「……はい」

 

それは、自分が207Bと関わる中で感じ始めていたことと同じだった。

 

教官はまりもさん。

 

自分は、少しだけ別の角度から背中を押すだけ。

 

それを忘れてはいけない。

 

「最後に」

 

夕呼副司令は、こちらを見た。

 

「今後、誰と深く関わるかは慎重にしなさい」

 

その言葉に、思わず喉が詰まる。

 

「それは……」

「能力の発現条件が、親密さや信頼に関係する可能性がある以上、あんたの人間関係は戦略要素になる」

「……」

「嫌な言い方なのは分かってる。でも、事実よ」

 

部屋が静かになる。

 

月詠さんも、霞も、何も言わない。

 

夕呼副司令の言葉は冷たい。

 

でも、逃げられない現実だった。

 

自分が誰かと深く関わる。

 

それは感情だけでは終わらない。

 

力になる。

 

戦力になる。

 

そして、責任になる。

 

「……分かっています」

「本当に?」

「まだ、分かろうとしている途中です」

 

夕呼副司令は、少しだけ目を細めた。

 

「正直でよろしい」

 

そして、椅子から立ち上がる。

 

「じゃあ、決定事項をまとめるわ」

 

夕呼副司令は指を鳴らすように端末を操作した。

 

「一つ。真白の単独行動制限」

 

「二つ。ピアティフによるスケジュール管理」

 

「三つ。月詠隊の限定護衛許可」

 

「四つ。霞のデータ補助継続、および精神面のケア」

 

「五つ。月詠真那中尉の強化検証」

 

「六つ。XM3α版のA-01向け調整加速」

 

「七つ。207B教導は継続。ただし、まりも主体」

 

一つ一つが、自分の今後を縛っていく。

 

でも、不思議と息苦しさだけではなかった。

 

守られている。

 

管理されている。

 

利用されている。

 

その全部が混ざっている。

 

この世界では、きっとその境界は曖昧なのだ。

 

「質問は?」

 

夕呼副司令が聞く。

 

自分は少し考えた。

 

そして、小さく首を横に振った。

 

「ありません」

「月詠中尉は?」

「ありません。真白少佐の護衛については、こちらも協力します」

「霞は?」

「……ありません」

 

夕呼副司令は頷いた。

 

「よろしい。じゃあ夕方、シミュレーター室。月詠中尉、準備しておきなさい」

「承知しました」

「真白は、それまで部屋で休むか、PXで昼食を取りなさい。ただし一人で行かないこと」

「はい」

「霞」

「……はい」

「午後のデータ整理、真白と話す時間も少し作っておきなさい」

 

霞が少しだけ目を伏せる。

 

「……分かりました」

 

自分は、もう一度霞に小さく頭を下げた。

 

夕呼副司令は、そんな自分たちを見て、ため息混じりに笑う。

 

「まったく。あんたが来てから、本当に退屈しないわ」

「自分は退屈な方がいいです……」

「無理ね」

 

即答だった。

 

「真白」

「はい」

「これからもっと忙しくなるわよ」

 

夕呼副司令の視線が、壁に貼られた日付へ向く。

 

11月11日。

 

そこに赤い印がついていた。

 

「新潟まで、時間がない」

 

その言葉に、背筋が伸びる。

 

朝の修羅場も。

 

未遂事件も。

 

月詠真那の強化も。

 

霞とのぎこちなさも。

 

全部、重要だ。

 

けれど、この世界は待ってくれない。

 

BETAは来る。

 

死の八分は近づいている。

 

その未来を変えるために、自分はここにいる。

 

「……はい」

 

自分は頷いた。

 

「やります」

 

夕呼副司令は満足そうに笑った。

 

「その返事だけは、悪くないわ」

 

* * *

 

10月28日 昼過ぎ

横浜基地・副司令執務室前通路

<< 神宮寺 真白 >>

 

副司令室を出る時、月詠さんが自然に自分の少し後ろへ立った。

 

護衛の距離。

 

監視ではなく、庇護の距離。

 

霞は端末の前から、ちらりとこちらを見る。

 

まだ少し頬は赤い。

 

けれど、完全に目を逸らすことはなかった。

 

自分は小さく笑って、口だけで言う。

 

またね。

 

霞は少しだけ目を瞬かせた。

 

そして、ほんのわずかに頷いた。

 

扉が閉まる。

 

廊下に出る。

 

赤い制服が、すぐ後ろにある。

 

自分は、昨日までより少しだけ重くなった肩書きを意識した。

 

神宮寺真白。

 

白き少佐。

 

特務技術顧問。

 

少佐相当。

 

XM3の鍵。

 

因果強化供給の発現者。

 

そして、守られるべき切り札。

 

「……本当に、大変なことになってきたな」

 

小さく呟く。

 

月詠さんが、静かに答えた。

 

「だからこそ、お守りします」

「……ありがとうございます」

「当然のことです」

 

その言葉に、少しだけ笑ってしまう。

 

怖いことは、まだたくさんある。

 

でも、一人ではない。

 

その事実だけが、今は確かに自分を支えていた。

 

だが、自分はまだ気づいていなかった。

 

赤い護衛が隣に立つということが、守られるという意味だけでは終わらないことに。

 

その距離を、誰が見ているのか。

 

その変化を、誰が胸の奥にしまい込むのか。

 

まだ、自分は知らなかった。

 

それは、香月夕呼が白き少佐の価値と危険性を再計算した日。

 

そして――

 

御剣冥夜が、赤い制服の知らない顔を見る少し前のことだった。

 

第12話「白き少佐と副司令の計算」 END




――本作用語メモ12――
■ 作戦運用
人員・兵器・情報をどう使うか決める軍事上の考え方。
夕呼は真白を個人としてだけでなく、計画の切り札として運用しようとする。
■ 単独行動制限
重要人物を守るため、一人での移動を制限する措置。
本作では未遂事件後、真白を守るための管理強化として扱われる。
■ A-01向け調整
XM3をA-01部隊が実戦で使えるよう調整すること。
新潟戦に向けて、真白と夕呼が急いで進める重要作業。
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