マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

24 / 24

この幕間で、第1章「白き少佐、横浜基地へ」は一区切りとなります。

まだ原作で言えば本当に序盤ではありますが、
不慣れながらも、なんとかここまで投稿を続けることができました。

最近は少しずつ投稿や編集の使い方にも慣れてきた気がします。
ここまで読んでくださった方、評価や感想をくださった方、本当にありがとうございます。

今後も投稿ペースを多少調整しつつ、
週2回、主に水曜日・土曜日の19時投稿を予定しています。

余裕があれば、他の曜日でも不定期に投稿できればと思っています。

忘れていたらすみません……!

第2章以降も引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m


幕間「小さな戦術機」

10月某日 

横浜基地・B19フロア

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……B19フロア、ですか?」

 ピアティフ中尉から呼び出しを受けた時、自分は思わず聞き返していた。

 横浜基地の地下。

 B19。

 それだけで、嫌な予感しかしない。

 横浜基地に来てから、何度か地下区画には足を運んでいる。

 けれど、あそこは何度行っても慣れない。

 空気が重い。

 照明が暗い。

 壁も床も無機質で、どこか人間の生活圏から外れた場所のように感じる。

 そして何より――あの場所には、香月夕呼副司令が平然と置いている、まともな人間なら目を逸らしたくなるものが多すぎる。

「副司令がお呼びです」

 ピアティフ中尉は、いつものように淡々と告げた。

「内容は……」

「現地で説明する、とのことです」

「……ですよね」

 あの人が事前に説明してくれるはずがない。

 自分は小さく息を吐き、覚悟を決めてピアティフ中尉の後に続いた。

 エレベーターが地下へ降りていく。

 階数表示がひとつずつ下がるたび、胸の奥が少しずつ重くなる。

 B19。

 扉が開くと、ひんやりとした空気が頬に触れた。

 通路には人の気配が少ない。

 代わりに、どこか遠くで機械が唸るような低い音が響いている。

「こちらです」

 ピアティフ中尉に案内され、普段は通らない区画の奥へ進む。

 重そうな扉の前で、彼女は立ち止まった。

 扉の横には、いくつもの認証装置が並んでいる。

 指紋。

 声紋。

 カード。

 それから、何に使うのか分からない小さな黒いセンサー。

 普通の部屋ではない。

 絶対に、普通ではない。

「副司令。神宮寺少佐をお連れしました」

 ピアティフ中尉が通信を入れる。

 数秒後、扉のロックが重い音を立てて解除された。

「入っていいわよ」

 通信越しに、夕呼副司令の声が響く。

 自分は喉を鳴らした。

「……失礼します」

 扉が開く。

 その先にあったものを見た瞬間、自分は言葉を失った。

「……なに、これ」

 部屋の中央に、巨大な機械が聳え立っていた。

 円筒状のフレーム。

 複雑に絡み合ったケーブル。

 淡く光る制御盤。

 天井近くまで伸びるリング状の構造物。

 それらがまるで、何かを囲い込む鳥籠のように配置されている。

 機械なのに、どこか祭壇にも見えた。

 科学の産物であるはずなのに、得体の知れない神秘性がある。

 そして、その姿には見覚えがあった。

 完全に同じではない。

 けれど、どこか似ている。

 原作で、白銀武が00ユニットに必要な数式を得るため、一時的に元の世界へ戻る時に使っていた装置。

 あれに、似ている。

「……まさか」

 思わず呟いた自分に、夕呼副司令が楽しそうに笑った。

「いい反応ね」

 部屋の奥、制御端末の前に夕呼副司令が立っていた。

 白衣のポケットに片手を入れ、もう片方の手で端末を操作している。

 その隣には、社霞がいた。

 霞はいつものように静かに立っている。

 けれど、その視線は機械から離れていない。

 どうやら、彼女もこの装置に興味があるらしい。

「夕呼副司令……これは?」

「試作品よ」

「試作品」

 嫌な言葉だった。

 夕呼副司令の試作品。

 それは、大抵の場合、自分の常識と胃をまとめて試される何かだ。

「名前は――因果導体因子増幅顕現装置」

「……」

「どうしたの?」

「名前が長い……」

 思わず本音が漏れた。

 夕呼副司令は、わずかに眉を上げる。

「分かりやすいでしょう?」

「分かりやすい……ですかね?」

「少なくとも、何をする装置かは名前に全部入っているわ」

 それはそうかもしれない。

 ただ、全部入れればいいというものでもないと思う。

 自分が微妙な顔をしていると、夕呼副司令は端末を軽く叩いた。

 装置のリング部分に、淡い光が走る。

「要するに、あなたが白銀武から引き継いだ因果導体としての性質を、この装置で限界まで拡張するの」

「限界まで……」

「そう。それによって、現実そのものへ干渉する。あなたの中にある因果情報を媒介にして、元からそこにあったかのように、対象物を顕現させる」

「……現実を、書き換えるってことですか?」

「雑に言えばね」

 雑に言わないでほしい。

 内容が重すぎる。

 夕呼副司令は、まるで新しい計測器の説明でもするような顔で続けた。

「鑑純夏が白銀武をこの世界に引き寄せた現象。あれと同じ方向性のものよ。ただし、こっちは対象を限定する。あなたの元の世界に存在し、なおかつあなたが強くイメージできる物品に限る」

「物品……」

「生物は対象外。巨大兵器も駄目。少なくとも今の出力じゃ無理ね。G元素も多少は使うし、連続稼働もできない」

「G元素を多少、ってさらっと言わないでください……」

「便利なものにはコストがかかるのよ」

 夕呼副司令は平然と言う。

 自分は、改めて装置を見上げた。

 たしかに、これなら何かを呼び出せそうな雰囲気はある。

 むしろ、変なものまで呼び出してしまいそうで怖い。

「それで、自分は何をすれば?」

「試運転」

「ですよね」

 聞くまでもなかった。

 自分は、深く息を吐く。

 夕呼副司令がわざわざ自分を呼んだ時点で、使用者が自分になるのは分かっていた。

「危険は?」

「ゼロではないわ」

「即答しないでほしかったです」

「嘘をついても仕方ないでしょう。でも、出力は最低限に絞ってある。今回は小物の顕現実験よ。あなたの体調に異常が出たら即停止する」

「……霞もいるんですか?」

 自分が視線を向けると、霞は小さく頷いた。

「……見ています」

「興味あるの?」

「……はい」

 短い返事。

 けれど、いつもよりほんの少しだけ目が輝いている気がした。

 それを見てしまうと、断りづらい。

 いや、断るつもりは元々なかったのだけれど。

 夕呼副司令は、端末からこちらへ視線を戻した。

「一つだけ注意」

「はい」

「本編には影響しないように使いなさい」

「……本編?」

 自分は思わず首を傾げた。

「何を言っているのやら……」

「気にしなくていいわ。こっちの話よ」

「いや、すごく気になるんですが」

「気にしない」

 夕呼副司令は、それ以上説明する気がなさそうだった。

 霞も、不思議そうにこちらを見ている。

 自分だけが、妙にメタい何かを聞かされた気分になっていた。

「じゃあ、始めるわよ」

 夕呼副司令が端末を操作する。

 装置の中央に、淡い光が集まり始めた。

「中央の台座に立って、両手を接続端子に置きなさい」

「はい」

 言われた通り、装置の中央へ進む。

 床には円形の台座があり、その左右に手を置くための端子があった。

 金属の表面は冷たい。

 触れた瞬間、指先から何かが吸い上げられるような感覚がした。

 痛みはない。

 けれど、身体の奥にある何かを、そっと引っ張られているような気がする。

「……変な感じがします」

「正常よ」

「正常なんですか、これ」

「少なくとも今のところは」

 夕呼副司令の声が、端末越しに聞こえる。

「目を閉じて、欲しいものを強くイメージしなさい。できるだけ具体的に。形、色、重さ、箱の質感、匂いまで思い出せるならなお良いわ」

「欲しいもの……」

 自分は目を閉じた。

 何を出すべきか。

 一瞬、色々なものが頭をよぎる。

 食べ物。

 本。

 音楽プレイヤー。

 ゲーム機。

 日用品。

 この世界にはない、平和だった時代のもの。

 けれど、あまり本編に影響するものは駄目だと言われている。

 兵器に使える技術資料や、未来の情報が詰まったものは避けた方がいい。

 じゃあ、何がいいのか。

 霞も見ている。

 夕呼副司令も記録している。

 危険すぎず、でもこの世界にはないもの。

 自分の元の世界らしいもの。

 そして、霞にも見せてあげたいもの。

「……あ」

 その時、ふと頭に浮かんだ。

 プラモデル。

 戦術機のプラモデル。

 元の世界では、兵器ではなく、箱に入った模型として存在していたもの。

 自分の手で組み立てて、机に飾れる小さな戦術機。

 戦争の象徴であるはずのものを、趣味として楽しめる平和な文化。

 それなら。

「これだ」

 自分は、頭の中で強くイメージした。

 四角い箱。

 白と青を基調にしたパッケージ。

 描かれているのは、吹雪。

 第3世代戦術機へ繋がる、日本帝国の練習機。

 コト〇キヤのプラモデル。

 箱を開けた時の、ランナーが重なった光景。

 ビニール袋の感触。

 説明書の紙の匂い。

 ついでに、必要な道具も思い浮かべる。

 薄刃ニッパー。

 墨入れ用の塗料。

 接着剤。

 ピンセット。

 紙やすり。

 作業マット。

「あまり欲張ると危ないわよ」

 夕呼副司令の声が聞こえる。

「分かってます……でも、これくらいなら……!」

 両手の下で、装置が強く震えた。

 耳鳴りのような音が響く。

 台座の周囲のリングが光を帯び、部屋全体が白く染まっていく。

「……っ」

 まぶしい。

 目を閉じていても、まぶたの裏が白く焼ける。

 身体の奥から、何かが流れ出していくような感覚。

 けれど、嫌な感じではない。

 むしろ、頭の中に浮かべたものが、少しずつ現実の側へ引き寄せられていくようだった。

 そして。

 光が、弾けた。

「――停止。出力安定。顕現反応、確認」

 夕呼副司令の声が聞こえた。

 自分は、ゆっくりと目を開ける。

 台座の前。

 何もなかったはずの床の上に、箱が置かれていた。

 四角い箱。

 表面には、吹雪のイラスト。

 見覚えのあるメーカー名は、なぜか微妙にぼやけて読めない。

 けれど、それは間違いなく、自分がイメージしたものだった。

「……出た」

 思わず、声が漏れる。

 続いて、その横に道具類が並んでいた。

 薄刃ニッパー。

 墨入れ塗料。

 接着剤。

 ピンセット。

 紙やすり。

 作業マット。

 まるで、最初からそこに置かれていたみたいに。

「……本当に、出た」

 自分は呆然とした。

 自分でやっておいてなんだが、信じられない。

 夕呼副司令は、端末の数値を見ながら口元を吊り上げている。

「成功ね」

「成功、ですけど……これ、いいんですか?」

「よくなければ止めているわ」

「止める前に出ちゃった気もしますけど」

「結果が良ければ問題ないのよ」

 問題しかない気がする。

 霞が、そっと箱に近づいた。

「……これは?」

「プラモデル」

「ぷらもでる」

 霞が小さく復唱する。

 自分は箱を持ち上げ、霞に見せた。

「元の世界にあった模型だよ。これは、戦術機を小さくしたもの。自分でパーツを切って、組み立てて、完成させるんだ」

「……戦術機を、作るんですか?」

「うん。小さいやつだけど」

 霞は箱のイラストをじっと見ていた。

 表情はほとんど変わらない。

 けれど、視線が箱から離れない。

 興味があるのは、すぐに分かった。

「霞、見てみる?」

「……はい」

 その返事が、いつもよりほんの少し早かった。

 自分は思わず笑ってしまう。

 夕呼副司令は、そんなこちらを見て肩をすくめた。

「持って行っていいわよ。データは取れたし」

「いいんですか?」

「ただし、妙なものは出さないこと。特に兵器、薬品、機密資料、未来技術に繋がるものは禁止」

「分かってます」

「それと、作ったものは一度見せなさい。顕現物の安定性を確認するから」

「検査名目で見たいだけじゃないですか?」

「あら、バレた?」

 夕呼副司令は悪びれもせず笑った。

 本当にこの人は。

 けれど、今日に限っては少しだけ感謝してもいいかもしれない。

 この世界にはない、平和だった世界の小さな欠片。

 それを、霞に見せることができるのだから。

 

* * *

 

10月某日 夜

横浜基地・真白の居室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「じゃあ、まずは箱を開けようか」

 自室の机の上に、作業マットを広げる。

 その上に、吹雪のプラモデルの箱を置いた。

 霞は椅子に座り、両手を膝の上に置いて、じっと箱を見ている。

 いつもの無表情に近い顔。

 けれど、目だけは明らかに箱を追っていた。

「こういうの、初めて見るよね」

「……はい」

「自分の世界では、こういう模型を作る趣味があったんだ。戦術機だけじゃなくて、車とか、船とか、ロボットとか、いろいろ」

「……兵器では、ないんですか?」

「うん。兵器じゃない。これは遊びというか、趣味というか……飾って楽しむものかな」

 霞は少しだけ首を傾げた。

 戦術機を、遊びとして作る。

 この世界の人間からすれば、不思議に感じるのかもしれない。

 ここでは戦術機は、人類がBETAに抗うための刃だ。

 人を乗せて戦場に出る、命の器だ。

 それを机の上で組み立てるという発想は、きっと奇妙なのだろう。

 自分は箱を開けた。

 中から、ランナーの入った袋がいくつも現れる。

 灰色、白、青。

 細かなパーツが、枠に繋がって並んでいる。

 説明書も入っていた。

 紙を開くと、組み立て手順と一緒に、吹雪の機体解説が載っている。

「……本当に細かいな」

 思わず呟く。

 この世界で実物が存在するものの模型を、別世界から持ち込んで組み立てる。

 よく考えると、かなり変な状況だ。

 霞がランナーを覗き込む。

「……これが、戦術機になるんですか?」

「なるよ。時間はかかるけど」

「……すごいです」

 その小さな声に、自分は少し嬉しくなる。

「まず、パーツを切り離すところからだね」

 自分は薄刃ニッパーを手に取った。

「これはニッパー。パーツを切り取る道具。刃が薄いから、細かいところも切りやすいんだ」

「……危ないですか?」

「刃物だから気をつける必要はあるけど、ゆっくりやれば大丈夫。霞がやる時は、自分が見てるから」

 霞はこくりと頷いた。

 まずは自分が見本を見せる。

 説明書を見て、最初のパーツ番号を確認する。

 自分は、最初に全部のパーツをランナーから切り離すタイプではない。

 説明書の順番通りに切って、順番通りに組み立てるタイプだ。

 全部切ってから組むと、どれがどれだか分からなくなる。

 少なくとも自分は、そうなる。

「まずは腕からかな」

 ランナーからパーツを切り離す。

 ぱちん、と小さな音がした。

 この音。

 この感触。

 少し懐かしい。

 元の世界では、何でもない趣味の時間だった。

 休日に机へ向かい、説明書を見ながらパーツを切る。

 テレビや動画を流しながら、少しずつ形にしていく。

 それが、今ではこんな世界で、霞と一緒にやっている。

 不思議だった。

「霞もやってみる?」

「……はい」

 霞はニッパーを受け取る。

 小さな手が、慎重に持ち手を握った。

「刃をパーツの根元に当てて……そう。いきなり近くを切ると白くなりやすいから、少し余裕を持って切ってもいいよ」

「……はい」

 ぱちん。

 小さな音がした。

 霞が、切り離されたパーツを見つめる。

「できた」

「うん。上手」

 そう言うと、霞はほんの少しだけ目を瞬かせた。

 褒められることに慣れていないのかもしれない。

 それとも、自分がそう言ったことに何かを感じたのか。

 分からない。

 けれど、嫌そうではなかった。

 そこからは、二人で少しずつ作業を進めた。

 腕。

 肩。

 胸部。

 腰。

 脚部。

 頭部。

 一つ一つのパーツが組み合わさるたび、ただの枠付きの樹脂だったものが、少しずつ戦術機の形になっていく。

 霞は終始静かだった。

 けれど、退屈している様子はない。

 むしろ、説明書の図を真剣に見て、自分が切り出したパーツと照らし合わせている。

「これは……どこですか?」

「それは跳躍ユニットの一部だね」

「……跳躍ユニット」

「戦術機の背中についている推進装置。これがあるから、戦術機はあんな無茶な機動ができる」

「……真白さんも、使います」

「うん。シミュレーターだけどね」

 霞は、切り離した小さなパーツをじっと見た。

「……小さいです」

「実物はものすごく大きいんだけどね」

「……でも、同じ形です」

「そうだね」

 それが不思議だった。

 この小さなパーツは、ただの模型だ。

 けれど、形はこの世界の戦術機と同じ。

 本来なら戦場に立つ巨人が、今は机の上で、霞の小さな手の中に収まっている。

「……平和な世界では」

 霞がぽつりと言った。

「戦術機は、こういうふうになるんですか?」

 自分は、一瞬言葉に詰まった。

「……全部がそうなるわけじゃないけど」

 少し考えてから、答える。

「でも、自分の世界では、戦術機は本物の兵器じゃなかった。物語の中の存在で、模型として作ったり、飾ったり、かっこいいって楽しんだりするものだった」

「……かっこいい」

「うん。かっこいい」

 自分は手元の胴体パーツを見た。

「この世界では、戦術機は命を預ける兵器だけど……いつか、そうじゃない世界になったらいいなって思う」

 霞は黙って聞いていた。

「戦術機を見て、怖いとか、死ぬとか、戦わなきゃとかじゃなくて。かっこいいな、とか、作ってみたいな、とか。そう思える世界」

 言葉にしてから、自分で少し照れくさくなった。

 何を真面目に語っているのだろう。

 ただのプラモデル作りのはずなのに。

 でも、霞は笑わなかった。

 静かに、こちらを見ていた。

「……そういう世界、見たいです」

「……うん」

 胸の奥が、少しだけ温かくなった。

「自分も、見たい」

 それからまた、作業を続けた。

 途中、細かいパーツを落として二人で机の下を探したり。

 接着剤の量を間違えそうになって慌てたり。

 墨入れをしようとして、自分の手が震えて線が少し太くなったり。

 完璧とは言えない。

 初心者と、久しぶりに作る人間の共同作業だ。

 でも、それでよかった。

 霞が自分で切ったパーツ。

 霞が自分で差し込んだ関節。

 自分が少し手直しした胴体。

 二人で組んだ跳躍ユニット。

 それらが少しずつ一つになっていく。

 気づけば、数時間が過ぎていた。

 時計を見ると、思ったより遅い時間になっている。

「……そろそろ完成だね」

 最後に武装を持たせる。

 突撃砲。

 長刀。

 小さな吹雪が、机の上に立った。

 白と青の装甲。

 背中の跳躍ユニット。

 細い脚。

 構えた突撃砲。

 それは、実物とは比べ物にならないほど小さい。

 けれど、確かに戦術機だった。

「できた……」

 自分は思わず息を吐いた。

 霞が、完成した吹雪を見つめる。

 その瞳が、ぱっと輝いた。

「……おおー」

 本当に小さな声だった。

 けれど、その声には確かな感動があった。

 自分はその反応を見て、思わず笑ってしまう。

「うん。できたね」

「……真白さん」

「ん?」

「これは、すごいです」

「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」

 霞は、そっと吹雪の横に指を近づける。

 触れたいけれど、壊したくない。

 そんな様子だった。

「持ってみる?」

「……いいんですか?」

「もちろん。落としても直せるから、そんなに怖がらなくていいよ」

 霞は両手で、そっと小さな吹雪を持ち上げた。

 まるで、本当に壊れ物を扱うように。

 いや、霞にとっては、きっと壊れ物なのだろう。

 自分と一緒に作った、小さな戦術機。

 それを見ていると、不意に説明書のことを思い出した。

「そういえば、説明書に機体スペックが書いてあるんだよね」

「……スペック」

「元の世界だと、そういう設定資料みたいなのも楽しみの一つでさ。全高とか、重量とか、装備とか、開発経緯とか」

 自分は説明書を手に取った。

 吹雪の解説欄には、機体の説明が細かく載っている。

「……これ、もし武御雷の説明書だったら危なかったな」

「……危ない?」

 霞が首を傾げる。

 自分は頭の中で、月詠真那の顔を思い浮かべた。

 武御雷の詳細スペックが書かれた説明書。

 それを見た月詠さん。

 国の機密が、模型の説明書に普通に載っている光景。

「真那さんが見たら、白目をむいて倒れるかもしれない」

「……倒れる」

 霞は少しだけ瞬きをした。

 冗談が通じたのか、通じていないのか分からない。

 けれど、その反応が少し面白くて、自分は小さく笑った。

「まあ、吹雪なら大丈夫……たぶん」

「……たぶん」

「夕呼副司令には見せるけど、説明書は一応確認してもらおうかな。機密扱いされたら困るし」

 この世界で、プラモデルの説明書が機密文書扱いされる。

 考えるだけで、かなりおかしい。

 けれど、この横浜基地ならあり得るのが怖い。

 霞は、完成した吹雪をじっと見つめていた。

「霞」

「……はい」

「それ、霞の部屋に飾る?」

 霞がこちらを見る。

「……いいんですか?」

「うん。霞と一緒に作ったものだし。自分の部屋より、霞の部屋にあった方が似合う気がする」

「……私の部屋に」

「嫌じゃなければ」

 霞は、吹雪を両手で持ったまま、少しだけ俯いた。

 それから、小さく頷く。

「……飾ります」

「うん」

 その返事だけで、今日この装置を使った意味があったような気がした。

 

* * *

 

10月某日 深夜

横浜基地・B19フロア

<< 香月 夕呼 >>

 

「顕現物の安定率、九八・七パーセント。構成物質も、こちらの世界の素材と矛盾なし。記録上は……最初から存在していた物品として扱われかけている、か」

 夕呼は端末の画面を見ながら、薄く笑った。

 机の上には、真白たちが組み立てた吹雪のプラモデルが置かれている。

 正確には、一時的に検査のため借り受けたものだ。

 小さな戦術機。

 樹脂でできた玩具。

 だが、それが示す意味は玩具では済まない。

「元から存在していたことになる……ね」

 夕呼は、指先で端末を叩く。

 顕現時のログ。

 因果干渉波形。

 真白の生体反応。

 G元素の消費量。

 そして、出現した物品の存在証明の書き換わり方。

 いずれも、通常の物理現象では説明がつかない。

「まったく。便利な子を拾ったものだわ」

 言葉とは裏腹に、夕呼の目は笑っていなかった。

 この装置は、まだ遊びの範囲に留めるべきだ。

 今は。

 小物を出すだけ。

 真白の元世界の文化を少し持ち込むだけ。

 そういう形なら、本編――いや、作戦進行への影響は限定できる。

 だが、もし。

 もしこの技術が、さらに安定したら。

 もし真白の因果導体性を、もっと大きなものに接続できるようになったら。

 物品ではなく、情報を。

 情報ではなく、可能性を。

 可能性ではなく――。

「……まだ早いわね」

 夕呼は、そこで思考を止めた。

 急ぎすぎれば壊れる。

 真白も。

 装置も。

 因果そのものも。

 今は、あの子に小さな戦術機を作らせておけばいい。

 霞がそれを見て、少しでも人間らしい時間を過ごせるなら。

 それもまた、無駄ではない。

「ピアティフ」

「はい」

 控えていたピアティフ中尉が顔を上げる。

「顕現物は返しておきなさい。社の部屋に飾るそうよ」

「了解しました」

「それと、この件の記録は最高機密扱い。表向きは、真白がどこかから持ち込んだ私物ということにしておくわ」

「よろしいのですか?」

「いいのよ。玩具一つで騒がれても面倒でしょう」

 夕呼はそう言って、端末を閉じた。

 ただ、その直前。

 画面の端に、一瞬だけ奇妙なログが浮かんだ。

 

 接続先不明。

 対象世界座標、不安定。

 顕現対象外領域に微弱反応。

 

 夕呼は、それを見逃さなかった。

「……ふぅん」

 口元に笑みが浮かぶ。

「やっぱり、まだ奥があるわね」

 誰にも聞こえない声で、夕呼は呟いた。

 

* * *

 

10月某日 翌日

横浜基地・霞の部屋

<< 神宮寺 真白 >>

 

 霞の部屋に、小さな吹雪が飾られていた。

 棚の上。

 普段なら、無機質な機材や資料しか置かれていない場所。

 そこに、昨日作ったプラモデルが立っている。

 背景が背景なので、少し不思議な光景だった。

 薄暗い部屋。

 淡く光るシリンダー。

 静かに佇む霞。

 そして、そのそばに立つ小さな戦術機。

 戦争のための機体なのに、そこにあるだけで、少しだけ部屋の空気が柔らかくなった気がした。

「……飾ってくれたんだ」

「……はい」

 霞は小さく頷く。

「見えるところに、置きました」

「そっか」

 胸の奥が、じんわり温かくなる。

 たった一つの模型。

 でも、霞にとっては何かの意味を持ってくれたのかもしれない。

 この部屋は、あまりにも閉じている。

 外の世界から切り離されている。

 そんな場所に、元の世界の小さな文化が一つ置かれた。

 それだけで、少しだけ穴が開いたような気がした。

「また何か作ろうか」

 自分がそう言うと、霞はこちらを見た。

「……また?」

「うん。今度は別の機体でもいいし、道具を増やしてもいい。塗装とかは難しいけど、少しずつならできると思う」

「……はい」

 霞の返事は短い。

 でも、拒絶ではなかった。

 自分は、棚の上の吹雪を見ながら、ふと思った。

 BETAを駆逐して。

 戦争が終わって。

 人類が、もう少しだけ前を向けるようになったら。

 その時は。

「……プラモデルメーカーとか、作れたら面白いかもな」

「……ぷらもでるめーかー」

 霞が小さく復唱する。

「うん。戦術機の模型を作る会社。兵器としてじゃなくて、模型として。子どもでも、大人でも、自分の手で組み立てて、飾って、かっこいいって言えるようなものを作る会社」

 口にしてから、少し恥ずかしくなった。

 この世界では、そんな未来はまだ遠い。

 BETAはいる。

 人は死ぬ。

 戦術機は今日も戦場へ出る。

 プラモデルメーカーなんて、あまりにも平和すぎる夢だ。

 けれど。

 霞は、吹雪を見つめたまま言った。

「……いいと思います」

「……そうかな」

「はい」

 その声は、とても静かだった。

 でも、不思議と胸に残った。

「その時は」

 霞は、少しだけ間を置いて続けた。

「また、一緒に作ります」

 自分は、思わず笑った。

「うん。その時は、また一緒に作ろう」

 棚の上の小さな吹雪が、静かに立っている。

 それは戦場に出ることのない戦術機。

 誰も乗らない。

 誰も死なせない。

 ただ、誰かの手で作られて、誰かの部屋に飾られるだけの小さな機体。

 そんなものが当たり前に存在できる世界を。

 自分は、少しだけ本気で見てみたいと思った。

「……やるしかないですよね」

 小さく呟く。

 霞がこちらを見る。

 自分は慌てて笑った。

「いや、こっちの話」

「……はい」

 部屋の中に、静かな時間が流れる。

 B19フロアの奥で生まれた、奇妙な装置。

 そこから現れた、元の世界の小さな欠片。

 それは本編には影響しない、ただの幕間の出来事。

 

 ――の、はずだった。

 

 けれど。

 いつかこの小さな戦術機を見た時、自分は思い出すことになる。

 

 あの装置が、本当に呼び出していたものは。

 ただの物品ではなく。

 自分が失った世界と、この世界を繋ぐための、小さな扉だったのだと。




コト◯キヤさん
2023年に発表していた、F-4J 撃震の発売お待ちしております…
他の戦術機もノンスケールの方は組んだことがないので、再販されたら是非購入したいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

マブラヴオルタネイティヴ〜願いそして望む者〜(作者:ガトリング餅)(原作:Muv-Luv)

武と純夏の幼なじみである服部 凪が8年前のBETAが居る世界に目覚め、色々と頑張るお話。▼そこで凪は様々な場面に出くわし、経験を得て何を願い望むのかのか……▼⬇Twit…Xのアカウントですゲームとかそんなのを投稿してます、生存確認的な奴です▼https://x.com/mochi02913


総合評価:18/評価:-.--/連載:8話/更新日時:2026年05月31日(日) 22:19 小説情報

マブラヴ オルタネイティブー最良の未来を掴み取るためにー(作者:桜大尉)(原作:Muv-Luv)

白銀武は確かに世界の英雄だった、しかし武自身はそうとは思っていなかった。「身近な人を守れなくて何が英雄だ!」と。武は虚数空間の中で▼「やり直せるならもう一度.....次は誰も死なせない!次こそは最良の未来を掴み取ってみせる!!」と強く思った。▼これは英雄と呼ばれた1人の男が最良の未来を掴み取る「あいとゆうきのおとぎばなし」


総合評価:65/評価:-.--/連載:15話/更新日時:2026年04月24日(金) 22:56 小説情報

マブラヴ時空で現ナマは武器となるか? ~愛はお金で買えるのって少女漫画で言ってたから~(作者:行徳のり)(原作:Muv-Luv)

■うろ覚えのマブラブ知識ニキがマブラヴオルタ時空に転生す。▼◆なお、史実の歴史カンニングは出来るものとする。▼◆そんな男はバリバリ営業マンだったが……? 愛と勇気より現ナマを愛するお話。


総合評価:52/評価:-.--/連載:9話/更新日時:2026年05月29日(金) 19:00 小説情報

宇宙世紀ガンダム世界で生存戦略(作者:星野林(旧ゆっくり霊沙))(原作:ガンダム)

息抜き二次創作▼ガンダム世界でオリキャラを主戦場でうろちょろさせたいと思い書きました。▼息抜きなのでエタっても泣かない▼注 作者ガンダム作品詳しくないので調べながらやってますが、皆さんのコメントで教えてもらうことも多いのでガチでコメント頼りにしてます!▼ガノタや有識者!情報求む!▼艦船や地上兵器はガンガン他のSF作品や既存兵器を参考にしますので、こんなのあっ…


総合評価:6010/評価:7.89/連載:38話/更新日時:2026年02月02日(月) 22:34 小説情報

転生タイガのオーブ改革録 〜崩れゆく世界で未来を選び直す〜(作者:台風200号)(原作:ガンダム)

気がつけば、そこは『機動戦士ガンダムSEED』の世界だった。▼だが――転生したのはコーディネーターでも、英雄でも、パイロットでもない。▼よりによって「オーブのアスハ家三男」という、政治と陰謀の渦中に放り込まれる地雷原のド真ん中の最悪のポジションだった。▼未来を知る者として、タイガ・ウラ・アスハは決意する。▼――オーブを守る。▼――プラントの滅びを見届ける。▼…


総合評価:2000/評価:6.78/連載:172話/更新日時:2026年06月02日(火) 07:27 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>