マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
この幕間で、第1章「白き少佐、横浜基地へ」は一区切りとなります。
まだ原作で言えば本当に序盤ではありますが、
不慣れながらも、なんとかここまで投稿を続けることができました。
最近は少しずつ投稿や編集の使い方にも慣れてきた気がします。
ここまで読んでくださった方、評価や感想をくださった方、本当にありがとうございます。
今後も投稿ペースを多少調整しつつ、
週2回、主に水曜日・土曜日の19時投稿を予定しています。
余裕があれば、他の曜日でも不定期に投稿できればと思っています。
忘れていたらすみません……!
第2章以降も引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m
10月某日
横浜基地・B19フロア
<< 神宮寺 真白 >>
「……B19フロア、ですか?」
ピアティフ中尉から呼び出しを受けた時、自分は思わず聞き返していた。
横浜基地の地下。
B19。
それだけで、嫌な予感しかしない。
横浜基地に来てから、何度か地下区画には足を運んでいる。
けれど、あそこは何度行っても慣れない。
空気が重い。
照明が暗い。
壁も床も無機質で、どこか人間の生活圏から外れた場所のように感じる。
そして何より――あの場所には、香月夕呼副司令が平然と置いている、まともな人間なら目を逸らしたくなるものが多すぎる。
「副司令がお呼びです」
ピアティフ中尉は、いつものように淡々と告げた。
「内容は……」
「現地で説明する、とのことです」
「……ですよね」
あの人が事前に説明してくれるはずがない。
自分は小さく息を吐き、覚悟を決めてピアティフ中尉の後に続いた。
エレベーターが地下へ降りていく。
階数表示がひとつずつ下がるたび、胸の奥が少しずつ重くなる。
B19。
扉が開くと、ひんやりとした空気が頬に触れた。
通路には人の気配が少ない。
代わりに、どこか遠くで機械が唸るような低い音が響いている。
「こちらです」
ピアティフ中尉に案内され、普段は通らない区画の奥へ進む。
重そうな扉の前で、彼女は立ち止まった。
扉の横には、いくつもの認証装置が並んでいる。
指紋。
声紋。
カード。
それから、何に使うのか分からない小さな黒いセンサー。
普通の部屋ではない。
絶対に、普通ではない。
「副司令。神宮寺少佐をお連れしました」
ピアティフ中尉が通信を入れる。
数秒後、扉のロックが重い音を立てて解除された。
「入っていいわよ」
通信越しに、夕呼副司令の声が響く。
自分は喉を鳴らした。
「……失礼します」
扉が開く。
その先にあったものを見た瞬間、自分は言葉を失った。
「……なに、これ」
部屋の中央に、巨大な機械が聳え立っていた。
円筒状のフレーム。
複雑に絡み合ったケーブル。
淡く光る制御盤。
天井近くまで伸びるリング状の構造物。
それらがまるで、何かを囲い込む鳥籠のように配置されている。
機械なのに、どこか祭壇にも見えた。
科学の産物であるはずなのに、得体の知れない神秘性がある。
そして、その姿には見覚えがあった。
完全に同じではない。
けれど、どこか似ている。
原作で、白銀武が00ユニットに必要な数式を得るため、一時的に元の世界へ戻る時に使っていた装置。
あれに、似ている。
「……まさか」
思わず呟いた自分に、夕呼副司令が楽しそうに笑った。
「いい反応ね」
部屋の奥、制御端末の前に夕呼副司令が立っていた。
白衣のポケットに片手を入れ、もう片方の手で端末を操作している。
その隣には、社霞がいた。
霞はいつものように静かに立っている。
けれど、その視線は機械から離れていない。
どうやら、彼女もこの装置に興味があるらしい。
「夕呼副司令……これは?」
「試作品よ」
「試作品」
嫌な言葉だった。
夕呼副司令の試作品。
それは、大抵の場合、自分の常識と胃をまとめて試される何かだ。
「名前は――因果導体因子増幅顕現装置」
「……」
「どうしたの?」
「名前が長い……」
思わず本音が漏れた。
夕呼副司令は、わずかに眉を上げる。
「分かりやすいでしょう?」
「分かりやすい……ですかね?」
「少なくとも、何をする装置かは名前に全部入っているわ」
それはそうかもしれない。
ただ、全部入れればいいというものでもないと思う。
自分が微妙な顔をしていると、夕呼副司令は端末を軽く叩いた。
装置のリング部分に、淡い光が走る。
「要するに、あなたが白銀武から引き継いだ因果導体としての性質を、この装置で限界まで拡張するの」
「限界まで……」
「そう。それによって、現実そのものへ干渉する。あなたの中にある因果情報を媒介にして、元からそこにあったかのように、対象物を顕現させる」
「……現実を、書き換えるってことですか?」
「雑に言えばね」
雑に言わないでほしい。
内容が重すぎる。
夕呼副司令は、まるで新しい計測器の説明でもするような顔で続けた。
「鑑純夏が白銀武をこの世界に引き寄せた現象。あれと同じ方向性のものよ。ただし、こっちは対象を限定する。あなたの元の世界に存在し、なおかつあなたが強くイメージできる物品に限る」
「物品……」
「生物は対象外。巨大兵器も駄目。少なくとも今の出力じゃ無理ね。G元素も多少は使うし、連続稼働もできない」
「G元素を多少、ってさらっと言わないでください……」
「便利なものにはコストがかかるのよ」
夕呼副司令は平然と言う。
自分は、改めて装置を見上げた。
たしかに、これなら何かを呼び出せそうな雰囲気はある。
むしろ、変なものまで呼び出してしまいそうで怖い。
「それで、自分は何をすれば?」
「試運転」
「ですよね」
聞くまでもなかった。
自分は、深く息を吐く。
夕呼副司令がわざわざ自分を呼んだ時点で、使用者が自分になるのは分かっていた。
「危険は?」
「ゼロではないわ」
「即答しないでほしかったです」
「嘘をついても仕方ないでしょう。でも、出力は最低限に絞ってある。今回は小物の顕現実験よ。あなたの体調に異常が出たら即停止する」
「……霞もいるんですか?」
自分が視線を向けると、霞は小さく頷いた。
「……見ています」
「興味あるの?」
「……はい」
短い返事。
けれど、いつもよりほんの少しだけ目が輝いている気がした。
それを見てしまうと、断りづらい。
いや、断るつもりは元々なかったのだけれど。
夕呼副司令は、端末からこちらへ視線を戻した。
「一つだけ注意」
「はい」
「本編には影響しないように使いなさい」
「……本編?」
自分は思わず首を傾げた。
「何を言っているのやら……」
「気にしなくていいわ。こっちの話よ」
「いや、すごく気になるんですが」
「気にしない」
夕呼副司令は、それ以上説明する気がなさそうだった。
霞も、不思議そうにこちらを見ている。
自分だけが、妙にメタい何かを聞かされた気分になっていた。
「じゃあ、始めるわよ」
夕呼副司令が端末を操作する。
装置の中央に、淡い光が集まり始めた。
「中央の台座に立って、両手を接続端子に置きなさい」
「はい」
言われた通り、装置の中央へ進む。
床には円形の台座があり、その左右に手を置くための端子があった。
金属の表面は冷たい。
触れた瞬間、指先から何かが吸い上げられるような感覚がした。
痛みはない。
けれど、身体の奥にある何かを、そっと引っ張られているような気がする。
「……変な感じがします」
「正常よ」
「正常なんですか、これ」
「少なくとも今のところは」
夕呼副司令の声が、端末越しに聞こえる。
「目を閉じて、欲しいものを強くイメージしなさい。できるだけ具体的に。形、色、重さ、箱の質感、匂いまで思い出せるならなお良いわ」
「欲しいもの……」
自分は目を閉じた。
何を出すべきか。
一瞬、色々なものが頭をよぎる。
食べ物。
本。
音楽プレイヤー。
ゲーム機。
日用品。
この世界にはない、平和だった時代のもの。
けれど、あまり本編に影響するものは駄目だと言われている。
兵器に使える技術資料や、未来の情報が詰まったものは避けた方がいい。
じゃあ、何がいいのか。
霞も見ている。
夕呼副司令も記録している。
危険すぎず、でもこの世界にはないもの。
自分の元の世界らしいもの。
そして、霞にも見せてあげたいもの。
「……あ」
その時、ふと頭に浮かんだ。
プラモデル。
戦術機のプラモデル。
元の世界では、兵器ではなく、箱に入った模型として存在していたもの。
自分の手で組み立てて、机に飾れる小さな戦術機。
戦争の象徴であるはずのものを、趣味として楽しめる平和な文化。
それなら。
「これだ」
自分は、頭の中で強くイメージした。
四角い箱。
白と青を基調にしたパッケージ。
描かれているのは、吹雪。
第3世代戦術機へ繋がる、日本帝国の練習機。
コト〇キヤのプラモデル。
箱を開けた時の、ランナーが重なった光景。
ビニール袋の感触。
説明書の紙の匂い。
ついでに、必要な道具も思い浮かべる。
薄刃ニッパー。
墨入れ用の塗料。
接着剤。
ピンセット。
紙やすり。
作業マット。
「あまり欲張ると危ないわよ」
夕呼副司令の声が聞こえる。
「分かってます……でも、これくらいなら……!」
両手の下で、装置が強く震えた。
耳鳴りのような音が響く。
台座の周囲のリングが光を帯び、部屋全体が白く染まっていく。
「……っ」
まぶしい。
目を閉じていても、まぶたの裏が白く焼ける。
身体の奥から、何かが流れ出していくような感覚。
けれど、嫌な感じではない。
むしろ、頭の中に浮かべたものが、少しずつ現実の側へ引き寄せられていくようだった。
そして。
光が、弾けた。
「――停止。出力安定。顕現反応、確認」
夕呼副司令の声が聞こえた。
自分は、ゆっくりと目を開ける。
台座の前。
何もなかったはずの床の上に、箱が置かれていた。
四角い箱。
表面には、吹雪のイラスト。
見覚えのあるメーカー名は、なぜか微妙にぼやけて読めない。
けれど、それは間違いなく、自分がイメージしたものだった。
「……出た」
思わず、声が漏れる。
続いて、その横に道具類が並んでいた。
薄刃ニッパー。
墨入れ塗料。
接着剤。
ピンセット。
紙やすり。
作業マット。
まるで、最初からそこに置かれていたみたいに。
「……本当に、出た」
自分は呆然とした。
自分でやっておいてなんだが、信じられない。
夕呼副司令は、端末の数値を見ながら口元を吊り上げている。
「成功ね」
「成功、ですけど……これ、いいんですか?」
「よくなければ止めているわ」
「止める前に出ちゃった気もしますけど」
「結果が良ければ問題ないのよ」
問題しかない気がする。
霞が、そっと箱に近づいた。
「……これは?」
「プラモデル」
「ぷらもでる」
霞が小さく復唱する。
自分は箱を持ち上げ、霞に見せた。
「元の世界にあった模型だよ。これは、戦術機を小さくしたもの。自分でパーツを切って、組み立てて、完成させるんだ」
「……戦術機を、作るんですか?」
「うん。小さいやつだけど」
霞は箱のイラストをじっと見ていた。
表情はほとんど変わらない。
けれど、視線が箱から離れない。
興味があるのは、すぐに分かった。
「霞、見てみる?」
「……はい」
その返事が、いつもよりほんの少し早かった。
自分は思わず笑ってしまう。
夕呼副司令は、そんなこちらを見て肩をすくめた。
「持って行っていいわよ。データは取れたし」
「いいんですか?」
「ただし、妙なものは出さないこと。特に兵器、薬品、機密資料、未来技術に繋がるものは禁止」
「分かってます」
「それと、作ったものは一度見せなさい。顕現物の安定性を確認するから」
「検査名目で見たいだけじゃないですか?」
「あら、バレた?」
夕呼副司令は悪びれもせず笑った。
本当にこの人は。
けれど、今日に限っては少しだけ感謝してもいいかもしれない。
この世界にはない、平和だった世界の小さな欠片。
それを、霞に見せることができるのだから。
* * *
10月某日 夜
横浜基地・真白の居室
<< 神宮寺 真白 >>
「じゃあ、まずは箱を開けようか」
自室の机の上に、作業マットを広げる。
その上に、吹雪のプラモデルの箱を置いた。
霞は椅子に座り、両手を膝の上に置いて、じっと箱を見ている。
いつもの無表情に近い顔。
けれど、目だけは明らかに箱を追っていた。
「こういうの、初めて見るよね」
「……はい」
「自分の世界では、こういう模型を作る趣味があったんだ。戦術機だけじゃなくて、車とか、船とか、ロボットとか、いろいろ」
「……兵器では、ないんですか?」
「うん。兵器じゃない。これは遊びというか、趣味というか……飾って楽しむものかな」
霞は少しだけ首を傾げた。
戦術機を、遊びとして作る。
この世界の人間からすれば、不思議に感じるのかもしれない。
ここでは戦術機は、人類がBETAに抗うための刃だ。
人を乗せて戦場に出る、命の器だ。
それを机の上で組み立てるという発想は、きっと奇妙なのだろう。
自分は箱を開けた。
中から、ランナーの入った袋がいくつも現れる。
灰色、白、青。
細かなパーツが、枠に繋がって並んでいる。
説明書も入っていた。
紙を開くと、組み立て手順と一緒に、吹雪の機体解説が載っている。
「……本当に細かいな」
思わず呟く。
この世界で実物が存在するものの模型を、別世界から持ち込んで組み立てる。
よく考えると、かなり変な状況だ。
霞がランナーを覗き込む。
「……これが、戦術機になるんですか?」
「なるよ。時間はかかるけど」
「……すごいです」
その小さな声に、自分は少し嬉しくなる。
「まず、パーツを切り離すところからだね」
自分は薄刃ニッパーを手に取った。
「これはニッパー。パーツを切り取る道具。刃が薄いから、細かいところも切りやすいんだ」
「……危ないですか?」
「刃物だから気をつける必要はあるけど、ゆっくりやれば大丈夫。霞がやる時は、自分が見てるから」
霞はこくりと頷いた。
まずは自分が見本を見せる。
説明書を見て、最初のパーツ番号を確認する。
自分は、最初に全部のパーツをランナーから切り離すタイプではない。
説明書の順番通りに切って、順番通りに組み立てるタイプだ。
全部切ってから組むと、どれがどれだか分からなくなる。
少なくとも自分は、そうなる。
「まずは腕からかな」
ランナーからパーツを切り離す。
ぱちん、と小さな音がした。
この音。
この感触。
少し懐かしい。
元の世界では、何でもない趣味の時間だった。
休日に机へ向かい、説明書を見ながらパーツを切る。
テレビや動画を流しながら、少しずつ形にしていく。
それが、今ではこんな世界で、霞と一緒にやっている。
不思議だった。
「霞もやってみる?」
「……はい」
霞はニッパーを受け取る。
小さな手が、慎重に持ち手を握った。
「刃をパーツの根元に当てて……そう。いきなり近くを切ると白くなりやすいから、少し余裕を持って切ってもいいよ」
「……はい」
ぱちん。
小さな音がした。
霞が、切り離されたパーツを見つめる。
「できた」
「うん。上手」
そう言うと、霞はほんの少しだけ目を瞬かせた。
褒められることに慣れていないのかもしれない。
それとも、自分がそう言ったことに何かを感じたのか。
分からない。
けれど、嫌そうではなかった。
そこからは、二人で少しずつ作業を進めた。
腕。
肩。
胸部。
腰。
脚部。
頭部。
一つ一つのパーツが組み合わさるたび、ただの枠付きの樹脂だったものが、少しずつ戦術機の形になっていく。
霞は終始静かだった。
けれど、退屈している様子はない。
むしろ、説明書の図を真剣に見て、自分が切り出したパーツと照らし合わせている。
「これは……どこですか?」
「それは跳躍ユニットの一部だね」
「……跳躍ユニット」
「戦術機の背中についている推進装置。これがあるから、戦術機はあんな無茶な機動ができる」
「……真白さんも、使います」
「うん。シミュレーターだけどね」
霞は、切り離した小さなパーツをじっと見た。
「……小さいです」
「実物はものすごく大きいんだけどね」
「……でも、同じ形です」
「そうだね」
それが不思議だった。
この小さなパーツは、ただの模型だ。
けれど、形はこの世界の戦術機と同じ。
本来なら戦場に立つ巨人が、今は机の上で、霞の小さな手の中に収まっている。
「……平和な世界では」
霞がぽつりと言った。
「戦術機は、こういうふうになるんですか?」
自分は、一瞬言葉に詰まった。
「……全部がそうなるわけじゃないけど」
少し考えてから、答える。
「でも、自分の世界では、戦術機は本物の兵器じゃなかった。物語の中の存在で、模型として作ったり、飾ったり、かっこいいって楽しんだりするものだった」
「……かっこいい」
「うん。かっこいい」
自分は手元の胴体パーツを見た。
「この世界では、戦術機は命を預ける兵器だけど……いつか、そうじゃない世界になったらいいなって思う」
霞は黙って聞いていた。
「戦術機を見て、怖いとか、死ぬとか、戦わなきゃとかじゃなくて。かっこいいな、とか、作ってみたいな、とか。そう思える世界」
言葉にしてから、自分で少し照れくさくなった。
何を真面目に語っているのだろう。
ただのプラモデル作りのはずなのに。
でも、霞は笑わなかった。
静かに、こちらを見ていた。
「……そういう世界、見たいです」
「……うん」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
「自分も、見たい」
それからまた、作業を続けた。
途中、細かいパーツを落として二人で机の下を探したり。
接着剤の量を間違えそうになって慌てたり。
墨入れをしようとして、自分の手が震えて線が少し太くなったり。
完璧とは言えない。
初心者と、久しぶりに作る人間の共同作業だ。
でも、それでよかった。
霞が自分で切ったパーツ。
霞が自分で差し込んだ関節。
自分が少し手直しした胴体。
二人で組んだ跳躍ユニット。
それらが少しずつ一つになっていく。
気づけば、数時間が過ぎていた。
時計を見ると、思ったより遅い時間になっている。
「……そろそろ完成だね」
最後に武装を持たせる。
突撃砲。
長刀。
小さな吹雪が、机の上に立った。
白と青の装甲。
背中の跳躍ユニット。
細い脚。
構えた突撃砲。
それは、実物とは比べ物にならないほど小さい。
けれど、確かに戦術機だった。
「できた……」
自分は思わず息を吐いた。
霞が、完成した吹雪を見つめる。
その瞳が、ぱっと輝いた。
「……おおー」
本当に小さな声だった。
けれど、その声には確かな感動があった。
自分はその反応を見て、思わず笑ってしまう。
「うん。できたね」
「……真白さん」
「ん?」
「これは、すごいです」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」
霞は、そっと吹雪の横に指を近づける。
触れたいけれど、壊したくない。
そんな様子だった。
「持ってみる?」
「……いいんですか?」
「もちろん。落としても直せるから、そんなに怖がらなくていいよ」
霞は両手で、そっと小さな吹雪を持ち上げた。
まるで、本当に壊れ物を扱うように。
いや、霞にとっては、きっと壊れ物なのだろう。
自分と一緒に作った、小さな戦術機。
それを見ていると、不意に説明書のことを思い出した。
「そういえば、説明書に機体スペックが書いてあるんだよね」
「……スペック」
「元の世界だと、そういう設定資料みたいなのも楽しみの一つでさ。全高とか、重量とか、装備とか、開発経緯とか」
自分は説明書を手に取った。
吹雪の解説欄には、機体の説明が細かく載っている。
「……これ、もし武御雷の説明書だったら危なかったな」
「……危ない?」
霞が首を傾げる。
自分は頭の中で、月詠真那の顔を思い浮かべた。
武御雷の詳細スペックが書かれた説明書。
それを見た月詠さん。
国の機密が、模型の説明書に普通に載っている光景。
「真那さんが見たら、白目をむいて倒れるかもしれない」
「……倒れる」
霞は少しだけ瞬きをした。
冗談が通じたのか、通じていないのか分からない。
けれど、その反応が少し面白くて、自分は小さく笑った。
「まあ、吹雪なら大丈夫……たぶん」
「……たぶん」
「夕呼副司令には見せるけど、説明書は一応確認してもらおうかな。機密扱いされたら困るし」
この世界で、プラモデルの説明書が機密文書扱いされる。
考えるだけで、かなりおかしい。
けれど、この横浜基地ならあり得るのが怖い。
霞は、完成した吹雪をじっと見つめていた。
「霞」
「……はい」
「それ、霞の部屋に飾る?」
霞がこちらを見る。
「……いいんですか?」
「うん。霞と一緒に作ったものだし。自分の部屋より、霞の部屋にあった方が似合う気がする」
「……私の部屋に」
「嫌じゃなければ」
霞は、吹雪を両手で持ったまま、少しだけ俯いた。
それから、小さく頷く。
「……飾ります」
「うん」
その返事だけで、今日この装置を使った意味があったような気がした。
* * *
10月某日 深夜
横浜基地・B19フロア
<< 香月 夕呼 >>
「顕現物の安定率、九八・七パーセント。構成物質も、こちらの世界の素材と矛盾なし。記録上は……最初から存在していた物品として扱われかけている、か」
夕呼は端末の画面を見ながら、薄く笑った。
机の上には、真白たちが組み立てた吹雪のプラモデルが置かれている。
正確には、一時的に検査のため借り受けたものだ。
小さな戦術機。
樹脂でできた玩具。
だが、それが示す意味は玩具では済まない。
「元から存在していたことになる……ね」
夕呼は、指先で端末を叩く。
顕現時のログ。
因果干渉波形。
真白の生体反応。
G元素の消費量。
そして、出現した物品の存在証明の書き換わり方。
いずれも、通常の物理現象では説明がつかない。
「まったく。便利な子を拾ったものだわ」
言葉とは裏腹に、夕呼の目は笑っていなかった。
この装置は、まだ遊びの範囲に留めるべきだ。
今は。
小物を出すだけ。
真白の元世界の文化を少し持ち込むだけ。
そういう形なら、本編――いや、作戦進行への影響は限定できる。
だが、もし。
もしこの技術が、さらに安定したら。
もし真白の因果導体性を、もっと大きなものに接続できるようになったら。
物品ではなく、情報を。
情報ではなく、可能性を。
可能性ではなく――。
「……まだ早いわね」
夕呼は、そこで思考を止めた。
急ぎすぎれば壊れる。
真白も。
装置も。
因果そのものも。
今は、あの子に小さな戦術機を作らせておけばいい。
霞がそれを見て、少しでも人間らしい時間を過ごせるなら。
それもまた、無駄ではない。
「ピアティフ」
「はい」
控えていたピアティフ中尉が顔を上げる。
「顕現物は返しておきなさい。社の部屋に飾るそうよ」
「了解しました」
「それと、この件の記録は最高機密扱い。表向きは、真白がどこかから持ち込んだ私物ということにしておくわ」
「よろしいのですか?」
「いいのよ。玩具一つで騒がれても面倒でしょう」
夕呼はそう言って、端末を閉じた。
ただ、その直前。
画面の端に、一瞬だけ奇妙なログが浮かんだ。
接続先不明。
対象世界座標、不安定。
顕現対象外領域に微弱反応。
夕呼は、それを見逃さなかった。
「……ふぅん」
口元に笑みが浮かぶ。
「やっぱり、まだ奥があるわね」
誰にも聞こえない声で、夕呼は呟いた。
* * *
10月某日 翌日
横浜基地・霞の部屋
<< 神宮寺 真白 >>
霞の部屋に、小さな吹雪が飾られていた。
棚の上。
普段なら、無機質な機材や資料しか置かれていない場所。
そこに、昨日作ったプラモデルが立っている。
背景が背景なので、少し不思議な光景だった。
薄暗い部屋。
淡く光るシリンダー。
静かに佇む霞。
そして、そのそばに立つ小さな戦術機。
戦争のための機体なのに、そこにあるだけで、少しだけ部屋の空気が柔らかくなった気がした。
「……飾ってくれたんだ」
「……はい」
霞は小さく頷く。
「見えるところに、置きました」
「そっか」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
たった一つの模型。
でも、霞にとっては何かの意味を持ってくれたのかもしれない。
この部屋は、あまりにも閉じている。
外の世界から切り離されている。
そんな場所に、元の世界の小さな文化が一つ置かれた。
それだけで、少しだけ穴が開いたような気がした。
「また何か作ろうか」
自分がそう言うと、霞はこちらを見た。
「……また?」
「うん。今度は別の機体でもいいし、道具を増やしてもいい。塗装とかは難しいけど、少しずつならできると思う」
「……はい」
霞の返事は短い。
でも、拒絶ではなかった。
自分は、棚の上の吹雪を見ながら、ふと思った。
BETAを駆逐して。
戦争が終わって。
人類が、もう少しだけ前を向けるようになったら。
その時は。
「……プラモデルメーカーとか、作れたら面白いかもな」
「……ぷらもでるめーかー」
霞が小さく復唱する。
「うん。戦術機の模型を作る会社。兵器としてじゃなくて、模型として。子どもでも、大人でも、自分の手で組み立てて、飾って、かっこいいって言えるようなものを作る会社」
口にしてから、少し恥ずかしくなった。
この世界では、そんな未来はまだ遠い。
BETAはいる。
人は死ぬ。
戦術機は今日も戦場へ出る。
プラモデルメーカーなんて、あまりにも平和すぎる夢だ。
けれど。
霞は、吹雪を見つめたまま言った。
「……いいと思います」
「……そうかな」
「はい」
その声は、とても静かだった。
でも、不思議と胸に残った。
「その時は」
霞は、少しだけ間を置いて続けた。
「また、一緒に作ります」
自分は、思わず笑った。
「うん。その時は、また一緒に作ろう」
棚の上の小さな吹雪が、静かに立っている。
それは戦場に出ることのない戦術機。
誰も乗らない。
誰も死なせない。
ただ、誰かの手で作られて、誰かの部屋に飾られるだけの小さな機体。
そんなものが当たり前に存在できる世界を。
自分は、少しだけ本気で見てみたいと思った。
「……やるしかないですよね」
小さく呟く。
霞がこちらを見る。
自分は慌てて笑った。
「いや、こっちの話」
「……はい」
部屋の中に、静かな時間が流れる。
B19フロアの奥で生まれた、奇妙な装置。
そこから現れた、元の世界の小さな欠片。
それは本編には影響しない、ただの幕間の出来事。
――の、はずだった。
けれど。
いつかこの小さな戦術機を見た時、自分は思い出すことになる。
あの装置が、本当に呼び出していたものは。
ただの物品ではなく。
自分が失った世界と、この世界を繋ぐための、小さな扉だったのだと。
コト◯キヤさん
2023年に発表していた、F-4J 撃震の発売お待ちしております…
他の戦術機もノンスケールの方は組んだことがないので、再販されたら是非購入したいです。