マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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この幕間で、第1章「白き少佐、横浜基地へ」は一区切りとなります。

まだ原作で言えば本当に序盤ではありますが、
不慣れながらも、なんとかここまで投稿を続けることができました。

最近は少しずつ投稿や編集の使い方にも慣れてきた気がします。
ここまで読んでくださった方、評価や感想をくださった方、本当にありがとうございます。

今後も投稿ペースを多少調整しつつ、
週2回、主に水曜日・土曜日の19時投稿を予定しています。

余裕があれば、他の曜日でも不定期に投稿できればと思っています。

忘れていたらすみません……!

第2章以降も引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m


幕間「小さな戦術機」

10月某日 

横浜基地・B19フロア

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……B19フロア、ですか?」

 

ピアティフ中尉から呼び出しを受けた時、自分は思わず聞き返していた。

 

横浜基地の地下。B19。それだけで、嫌な予感しかしない。

 

横浜基地に来てから、何度か地下区画には足を運んでいる。けれど、あそこは何度行っても慣れない。空気が重い。照明が暗い。壁も床も無機質で、どこか人間の生活圏から外れた場所のように感じる。

 

そして何より――あの場所には、香月夕呼副司令が平然と置いている、まともな人間なら目を逸らしたくなるものが多すぎる。

 

「副司令がお呼びです」

 

ピアティフ中尉は、いつものように淡々と告げた。

 

「内容は……」

「現地で説明する、とのことです」

「……ですよね」

 

あの人が事前に説明してくれるはずがない。

 

自分は小さく息を吐き、覚悟を決めてピアティフ中尉の後に続いた。

 

エレベーターが地下へ降りていく。階数表示がひとつずつ下がるたび、胸の奥が少しずつ重くなる。

 

B19。

 

扉が開くと、ひんやりとした空気が頬に触れた。

 

通路には人の気配が少ない。代わりに、どこか遠くで機械が唸るような低い音が響いている。

 

「こちらです」

 

ピアティフ中尉に案内され、普段は通らない区画の奥へ進む。重そうな扉の前で、彼女は立ち止まった。

 

扉の横には、いくつもの認証装置が並んでいる。指紋。声紋。カード。それから、何に使うのか分からない小さな黒いセンサー。

 

普通の部屋ではない。

 

絶対に、普通ではない。

 

「副司令。神宮寺少佐をお連れしました」

 

ピアティフ中尉が通信を入れる。

 

数秒後、扉のロックが重い音を立てて解除された。

 

「入っていいわよ」

 

通信越しに、夕呼副司令の声が響く。

 

自分は喉を鳴らした。

 

「……失礼します」

 

扉が開く。

 

その先にあったものを見た瞬間、自分は言葉を失った。

 

「……なに、これ」

 

部屋の中央に、巨大な機械が聳え立っていた。

 

円筒状のフレーム。複雑に絡み合ったケーブル。淡く光る制御盤。天井近くまで伸びるリング状の構造物。

 

それらがまるで、何かを囲い込む鳥籠のように配置されている。

 

機械なのに、どこか祭壇にも見えた。科学の産物であるはずなのに、得体の知れない神秘性がある。

 

そして、その姿には見覚えがあった。

 

完全に同じではない。けれど、どこか似ている。

 

原作で、白銀武が00ユニットに必要な数式を得るため、一時的に元の世界へ戻る時に使っていた装置。あれに、似ている。

 

「……まさか」

 

思わず呟いた自分に、夕呼副司令が楽しそうに笑った。

 

「いい反応ね」

 

部屋の奥、制御端末の前に夕呼副司令が立っていた。白衣のポケットに片手を入れ、もう片方の手で端末を操作している。

 

その隣には、社霞がいた。

 

霞はいつものように静かに立っている。けれど、その視線は機械から離れていない。どうやら、彼女もこの装置に興味があるらしい。

 

「夕呼副司令……これは?」

「試作品よ」

「試作品」

 

嫌な言葉だった。

 

夕呼副司令の試作品。

 

それは、大抵の場合、自分の常識と胃をまとめて試される何かだ。

 

「名前は――因果導体因子増幅顕現装置」

「……」

「どうしたの?」

「名前が長い……」

 

思わず本音が漏れた。

 

夕呼副司令は、わずかに眉を上げる。

 

「分かりやすいでしょう?」

「分かりやすい……ですかね?」

「少なくとも、何をする装置かは名前に全部入っているわ」

 

それはそうかもしれない。ただ、全部入れればいいというものでもないと思う。

 

自分が微妙な顔をしていると、夕呼副司令は端末を軽く叩いた。装置のリング部分に、淡い光が走る。

 

「要するに、あなたが白銀武から引き継いだ因果導体としての性質を、この装置で限界まで拡張するの」

「限界まで……」

「そう。それによって、現実そのものへ干渉する。あなたの中にある因果情報を媒介にして、元からそこにあったかのように、対象物を顕現させる」

「……現実を、書き換えるってことですか?」

「雑に言えばね」

 

雑に言わないでほしい。内容が重すぎる。

 

夕呼副司令は、まるで新しい計測器の説明でもするような顔で続けた。

 

「鑑純夏が白銀武をこの世界に引き寄せた現象。あれと同じ方向性のものよ。ただし、こっちは対象を限定する。あなたの元の世界に存在し、なおかつあなたが強くイメージできる物品に限る」

「物品……」

「生物は対象外。巨大兵器も駄目。少なくとも今の出力じゃ無理ね。G元素も多少は使うし、連続稼働もできない」

「G元素を多少、ってさらっと言わないでください……」

「便利なものにはコストがかかるのよ」

 

夕呼副司令は平然と言う。

 

自分は、改めて装置を見上げた。

 

たしかに、これなら何かを呼び出せそうな雰囲気はある。むしろ、変なものまで呼び出してしまいそうで怖い。

 

「それで、自分は何をすれば?」

「試運転」

「ですよね」

 

聞くまでもなかった。

 

自分は、深く息を吐く。夕呼副司令がわざわざ自分を呼んだ時点で、使用者が自分になるのは分かっていた。

 

「危険は?」

「ゼロではないわ」

「即答しないでほしかったです」

「嘘をついても仕方ないでしょう。でも、出力は最低限に絞ってある。今回は小物の顕現実験よ。あなたの体調に異常が出たら即停止する」

「……霞もいるんですか?」

 

自分が視線を向けると、霞は小さく頷いた。

 

「……見ています」

「興味あるの?」

「……はい」

 

短い返事。

 

けれど、いつもよりほんの少しだけ目が輝いている気がした。

 

それを見てしまうと、断りづらい。

 

いや、断るつもりは元々なかったのだけれど。

 

夕呼副司令は、端末からこちらへ視線を戻した。

 

「一つだけ注意」

「はい」

「作戦進行に大きな影響を出すような物は避けなさい」

「……具体的には」

「兵器、薬品、未来技術に繋がる資料、電子機器、記録媒体、あとは私が面白がりすぎるもの」

「最後のが一番危険な気がします」

「分かってるじゃない」

 

夕呼副司令は悪びれもせず笑った。

 

「とにかく、最初は小物。あなたの元の世界にあった、危険性が低く、構造をある程度イメージできる物品にしなさい」

「分かりました」

 

装置の中央に、淡い光が集まり始める。

 

「中央の台座に立って、両手を接続端子に置きなさい」

「はい」

 

言われた通り、装置の中央へ進む。

 

床には円形の台座があり、その左右に手を置くための端子があった。

 

金属の表面は冷たい。触れた瞬間、指先から何かが吸い上げられるような感覚がした。

 

痛みはない。けれど、身体の奥にある何かを、そっと引っ張られているような気がする。

 

「……変な感じがします」

「正常よ」

「正常なんですか、これ」

「少なくとも今のところは」

 

夕呼副司令の声が、端末越しに聞こえる。

 

「目を閉じて、欲しいものを強くイメージしなさい。できるだけ具体的に。形、色、重さ、箱の質感、匂いまで思い出せるならなお良いわ」

「欲しいもの……」

 

自分は目を閉じた。

 

何を出すべきか。

 

一瞬、色々なものが頭をよぎる。食べ物。本。音楽プレイヤー。ゲーム機。日用品。この世界にはない、平和だった時代のもの。

 

けれど、作戦に影響するものは避けた方がいい。兵器に使える技術資料や、未来の情報が詰まったものは論外だ。

 

じゃあ、何がいいのか。

 

霞も見ている。夕呼副司令も記録している。危険すぎず、でもこの世界にはないもの。自分の元の世界らしいもの。そして、霞にも見せてあげたいもの。

 

「……あ」

 

その時、ふと頭に浮かんだ。

 

プラモデル。

 

戦術機のプラモデル。

 

元の世界では、兵器ではなく、箱に入った模型として存在していたもの。

 

自分の手で組み立てて、机に飾れる小さな戦術機。

 

戦争の象徴であるはずのものを、趣味として楽しめる平和な文化。

 

それなら。

 

「これだ」

 

自分は、頭の中で強くイメージした。

 

四角い箱。白と青を基調にしたパッケージ。描かれているのは、吹雪。第3世代戦術機へ繋がる、日本帝国の練習機。

 

模型メーカーのロゴ。

 

箱を開けた時の、ランナーが重なった光景。ビニール袋の感触。説明書の紙の匂い。

 

ついでに、必要な道具も思い浮かべる。

 

薄刃ニッパー。墨入れ用の塗料。接着剤。ピンセット。紙やすり。作業マット。

 

「あまり欲張ると危ないわよ」

 

夕呼副司令の声が聞こえる。

 

「分かってます……でも、これくらいなら……!」

 

両手の下で、装置が強く震えた。

 

耳鳴りのような音が響く。台座の周囲のリングが光を帯び、部屋全体が白く染まっていく。

 

「……っ」

 

まぶしい。

 

目を閉じていても、まぶたの裏が白く焼ける。

 

身体の奥から、何かが流れ出していくような感覚。

 

けれど、嫌な感じではない。

 

むしろ、頭の中に浮かべたものが、少しずつ現実の側へ引き寄せられていくようだった。

 

そして。

 

光が、弾けた。

 

「――停止。出力安定。顕現反応、確認」

 

夕呼副司令の声が聞こえた。

 

自分は、ゆっくりと目を開ける。

 

台座の前。

 

何もなかったはずの床の上に、箱が置かれていた。

 

四角い箱。

 

表面には、吹雪のイラスト。

 

見覚えのあるメーカー名は、なぜか微妙にぼやけて読めない。

 

けれど、それは間違いなく、自分がイメージしたものだった。

 

「……出た」

 

思わず、声が漏れる。

 

続いて、その横に道具類が並んでいた。薄刃ニッパー、墨入れ塗料、接着剤、ピンセット、紙やすり、作業マット。

 

まるで、最初からそこに置かれていたみたいに。

 

「……本当に、出た」

 

自分は呆然とした。

 

自分でやっておいてなんだが、信じられない。

 

夕呼副司令は、端末の数値を見ながら口元を吊り上げている。

 

「成功ね」

「成功、ですけど……これ、いいんですか?」

「よくなければ止めているわ」

「止める前に出ちゃった気もしますけど」

「結果が良ければ問題ないのよ」

 

問題しかない気がする。

 

霞が、そっと箱に近づいた。

 

「……これは?」

「プラモデル」

「ぷらもでる」

 

霞が小さく復唱する。

 

自分は箱を持ち上げ、霞に見せた。

 

「元の世界にあった模型だよ。これは、戦術機を小さくしたもの。自分でパーツを切って、組み立てて、完成させるんだ」

「……戦術機を、作るんですか?」

「うん。小さいやつだけど」

 

霞は箱のイラストをじっと見ていた。

 

表情はほとんど変わらない。けれど、視線が箱から離れない。

 

興味があるのは、すぐに分かった。

 

「霞、見てみる?」

「……はい」

 

その返事が、いつもよりほんの少し早かった。

 

自分は思わず笑ってしまう。

 

夕呼副司令は、そんなこちらを見て肩をすくめた。

 

「持って行っていいわよ。データは取れたし」

「いいんですか?」

「ただし、妙なものは出さないこと。特に兵器、薬品、機密資料、未来技術に繋がるものは禁止」

「分かってます」

「それと、作ったものは一度見せなさい。顕現物の安定性を確認するから」

「検査名目で見たいだけじゃないですか?」

「あら、バレた?」

 

夕呼副司令は悪びれもせず笑った。

 

本当にこの人は。

 

けれど、今日に限っては少しだけ感謝してもいいかもしれない。

 

この世界にはない、平和だった世界の小さな欠片。

 

それを、霞に見せることができるのだから。

 

* * *

 

10月某日 夜

横浜基地・真白の居室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「じゃあ、まずは箱を開けようか」

 

自室の机の上に、作業マットを広げる。その上に、吹雪のプラモデルの箱を置いた。

 

霞は椅子に座り、両手を膝の上に置いて、じっと箱を見ている。

 

いつもの無表情に近い顔。けれど、目だけは明らかに箱を追っていた。

 

「こういうの、初めて見るよね」

「……はい」

「自分の世界では、こういう模型を作る趣味があったんだ。戦術機だけじゃなくて、車とか、船とか、ロボットとか、いろいろ」

「……兵器では、ないんですか?」

「うん。兵器じゃない。これは遊びというか、趣味というか……飾って楽しむものかな」

 

霞は少しだけ首を傾げた。

 

戦術機を、遊びとして作る。この世界の人間からすれば、不思議に感じるのかもしれない。

 

ここでは戦術機は、人類がBETAに抗うための刃だ。人を乗せて戦場に出る、命の器だ。それを机の上で組み立てるという発想は、きっと奇妙なのだろう。

 

自分は箱を開けた。

 

中から、ランナーの入った袋がいくつも現れる。

 

灰色、白、青。

 

細かなパーツが、枠に繋がって並んでいる。

 

説明書も入っていた。

 

紙を開くと、組み立て手順と一緒に、吹雪の機体解説が載っている。

 

「……本当に細かいな」

 

思わず呟く。

 

この世界で実物が存在するものの模型を、別世界から持ち込んで組み立てる。よく考えると、かなり変な状況だ。

 

霞がランナーを覗き込む。

 

「……これが、戦術機になるんですか?」

「なるよ。時間はかかるけど」

「……すごいです」

 

その小さな声に、自分は少し嬉しくなる。

 

「まず、パーツを切り離すところからだね」

 

自分は薄刃ニッパーを手に取った。

 

「これはニッパー。パーツを切り取る道具。刃が薄いから、細かいところも切りやすいんだ」

「……危ないですか?」

「刃物だから気をつける必要はあるけど、ゆっくりやれば大丈夫。霞がやる時は、自分が見てるから」

 

霞はこくりと頷いた。

 

まずは自分が見本を見せる。

 

説明書を見て、最初のパーツ番号を確認する。

 

自分は、最初に全部のパーツをランナーから切り離すタイプではない。説明書の順番通りに切って、順番通りに組み立てるタイプだ。

 

全部切ってから組むと、どれがどれだか分からなくなる。

 

少なくとも自分は、そうなる。

 

「まずは腕からかな」

 

ランナーからパーツを切り離す。

 

ぱちん、と小さな音がした。

 

この音。この感触。少し懐かしい。

 

元の世界では、何でもない趣味の時間だった。休日に机へ向かい、説明書を見ながらパーツを切る。テレビや動画を流しながら、少しずつ形にしていく。

 

それが、今ではこんな世界で、霞と一緒にやっている。

 

不思議だった。

 

「霞もやってみる?」

「……はい」

 

霞はニッパーを受け取る。

 

小さな手が、慎重に持ち手を握った。

 

「刃をパーツの根元に当てて……そう。いきなり近くを切ると白くなりやすいから、少し余裕を持って切ってもいいよ」

「……はい」

 

ぱちん。

 

小さな音がした。

 

霞が、切り離されたパーツを見つめる。

 

「できた」

「うん。上手」

 

そう言うと、霞はほんの少しだけ目を瞬かせた。

 

褒められることに慣れていないのかもしれない。

 

それとも、自分がそう言ったことに何かを感じたのか。

 

分からない。

 

けれど、嫌そうではなかった。

 

そこからは、二人で少しずつ作業を進めた。腕、肩、胸部、腰、脚部、頭部。一つ一つのパーツが組み合わさるたび、ただの枠付きの樹脂だったものが、少しずつ戦術機の形になっていく。

 

霞は終始静かだった。

 

けれど、退屈している様子はない。

 

むしろ、説明書の図を真剣に見て、自分が切り出したパーツと照らし合わせている。

 

「これは……どこですか?」

「それは跳躍ユニットの一部だね」

「……跳躍ユニット」

「戦術機の背中についている推進装置。これがあるから、戦術機はあんな無茶な機動ができる」

「……真白さんも、使います」

「うん。シミュレーターだけどね」

 

霞は、切り離した小さなパーツをじっと見た。

 

「……小さいです」

「実物はものすごく大きいんだけどね」

「……でも、同じ形です」

「そうだね」

 

それが不思議だった。

 

この小さなパーツは、ただの模型だ。けれど、形はこの世界の戦術機と同じ。

 

本来なら戦場に立つ巨人が、今は机の上で、霞の小さな手の中に収まっている。

 

「……平和な世界では」

 

霞がぽつりと言った。

 

「戦術機は、こういうふうになるんですか?」

 

自分は、一瞬言葉に詰まった。

 

「……全部がそうなるわけじゃないけど」

 

少し考えてから、答える。

 

「でも、自分の世界では、戦術機は本物の兵器じゃなかった。物語の中の存在で、模型として作ったり、飾ったり、かっこいいって楽しんだりするものだった」

「……かっこいい」

「うん。かっこいい」

 

自分は手元の胴体パーツを見た。

 

「この世界では、戦術機は命を預ける兵器だけど……いつか、そうじゃない世界になったらいいなって思う」

 

霞は黙って聞いていた。

 

「戦術機を見て、怖いとか、死ぬとか、戦わなきゃとかじゃなくて。かっこいいな、とか、作ってみたいな、とか。そう思える世界」

 

言葉にしてから、自分で少し照れくさくなった。

 

何を真面目に語っているのだろう。

 

ただのプラモデル作りのはずなのに。

 

でも、霞は笑わなかった。

 

静かに、こちらを見ていた。

 

「……そういう世界、見たいです」

「……うん」

 

胸の奥が、少しだけ温かくなった。

 

「自分も、見たい」

 

それからまた、作業を続けた。

 

途中、細かいパーツを落として二人で机の下を探したり、接着剤の量を間違えそうになって慌てたり、墨入れをしようとして自分の手が震えて線が少し太くなったり。

 

完璧とは言えない。

 

初心者と、久しぶりに作る人間の共同作業だ。

 

でも、それでよかった。

 

霞が自分で切ったパーツ。霞が自分で差し込んだ関節。自分が少し手直しした胴体。二人で組んだ跳躍ユニット。

 

それらが少しずつ一つになっていく。

 

気づけば、数時間が過ぎていた。

 

時計を見ると、思ったより遅い時間になっている。

 

「……そろそろ完成だね」

 

最後に武装を持たせる。

 

突撃砲。

 

長刀。

 

小さな吹雪が、机の上に立った。

 

白と青の装甲。背中の跳躍ユニット。細い脚。構えた突撃砲。

 

それは、実物とは比べ物にならないほど小さい。

 

けれど、確かに戦術機だった。

 

「できた……」

 

自分は思わず息を吐いた。

 

霞が、完成した吹雪を見つめる。

 

その瞳が、ぱっと輝いた。

 

「……おおー」

 

本当に小さな声だった。

 

けれど、その声には確かな感動があった。

 

自分はその反応を見て、思わず笑ってしまう。

 

「うん。できたね」

「……真白さん」

「ん?」

「これは、すごいです」

「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」

 

霞は、そっと吹雪の横に指を近づける。

 

触れたいけれど、壊したくない。

 

そんな様子だった。

 

「持ってみる?」

「……いいんですか?」

「もちろん。落としても直せるから、そんなに怖がらなくていいよ」

 

霞は両手で、そっと小さな吹雪を持ち上げた。

 

まるで、本当に壊れ物を扱うように。

 

いや、霞にとっては、きっと壊れ物なのだろう。

 

自分と一緒に作った、小さな戦術機。

 

それを見ていると、不意に説明書のことを思い出した。

 

「そういえば、説明書に機体スペックが書いてあるんだよね」

「……スペック」

「元の世界だと、そういう設定資料みたいなのも楽しみの一つでさ。全高とか、重量とか、装備とか、開発経緯とか」

 

自分は説明書を手に取った。

 

吹雪の解説欄には、機体の説明が細かく載っている。

 

「……これ、もし武御雷の説明書だったら危なかったな」

「……危ない?」

 

霞が首を傾げる。

 

自分は頭の中で、月詠真那の顔を思い浮かべた。

 

武御雷の詳細スペックが書かれた説明書。

 

それを見た月詠さん。

 

国の機密が、模型の説明書に普通に載っている光景。

 

「真那さんが見たら、白目をむいて倒れるかもしれない」

「……倒れる」

 

霞は少しだけ瞬きをした。

 

冗談が通じたのか、通じていないのか分からない。

 

けれど、その反応が少し面白くて、自分は小さく笑った。

 

「まあ、吹雪なら大丈夫……たぶん」

「……たぶん」

「夕呼副司令には見せるけど、説明書は一応確認してもらおうかな。機密扱いされたら困るし」

 

この世界で、プラモデルの説明書が機密文書扱いされる。

 

考えるだけで、かなりおかしい。

 

けれど、この横浜基地ならあり得るのが怖い。

 

霞は、完成した吹雪をじっと見つめていた。

 

「霞」

「……はい」

「それ、霞の部屋に飾る?」

 

霞がこちらを見る。

 

「……いいんですか?」

「うん。霞と一緒に作ったものだし。自分の部屋より、霞の部屋にあった方が似合う気がする」

「……私の部屋に」

「嫌じゃなければ」

 

霞は、吹雪を両手で持ったまま、少しだけ俯いた。

 

それから、小さく頷く。

 

「……飾ります」

「うん」

 

その返事だけで、今日この装置を使った意味があったような気がした。

 

* * *

 

10月某日 深夜

横浜基地・B19フロア

<< 香月 夕呼 >>

 

「顕現物の安定率、九八・七パーセント。構成物質も、こちらの世界の素材と矛盾なし。記録上は……最初から存在していた物品として扱われかけている、か」

 

夕呼は端末の画面を見ながら、薄く笑った。

 

机の上には、真白たちが組み立てた吹雪のプラモデルが置かれている。

 

正確には、一時的に検査のため借り受けたものだ。

 

小さな戦術機。

 

樹脂でできた玩具。

 

だが、それが示す意味は玩具では済まない。

 

「元から存在していたことになる……ね」

 

夕呼は、指先で端末を叩く。

 

顕現時のログ。因果干渉波形。真白の生体反応。G元素の消費量。そして、出現した物品の存在証明の書き換わり方。

 

いずれも、通常の物理現象では説明がつかない。

 

「まったく。便利な子を拾ったものだわ」

 

言葉とは裏腹に、夕呼の目は笑っていなかった。

 

この装置は、まだ遊びの範囲に留めるべきだ。

 

今は。

 

小物を出すだけ。

 

真白の元世界の文化を少し持ち込むだけ。

 

そういう形なら、作戦進行への影響は限定できる。

 

だが、もし。

 

もしこの技術が、さらに安定したら。

 

もし真白の因果導体性を、もっと大きなものに接続できるようになったら。

 

物品ではなく、情報を。

 

情報ではなく、可能性を。

 

可能性ではなく――。

 

「……まだ早いわね」

 

夕呼は、そこで思考を止めた。

 

急ぎすぎれば壊れる。

 

真白も。

 

装置も。

 

因果そのものも。

 

今は、あの子に小さな戦術機を作らせておけばいい。

 

霞がそれを見て、少しでも人間らしい時間を過ごせるなら。

 

それもまた、無駄ではない。

 

「ピアティフ」

「はい」

 

控えていたピアティフ中尉が顔を上げる。

 

「顕現物は返しておきなさい。社の部屋に飾るそうよ」

「了解しました」

「それと、この件の記録は最高機密扱い。表向きは、真白がどこかから持ち込んだ私物ということにしておくわ」

「よろしいのですか?」

「いいのよ。玩具一つで騒がれても面倒でしょう」

 

夕呼はそう言って、端末を閉じた。

 

ただ、その直前。

 

画面の端に、一瞬だけ奇妙なログが浮かんだ。

 

接続先不明。

 

対象世界座標、不安定。

 

顕現対象外領域に微弱反応。

 

夕呼は、それを見逃さなかった。

 

「……ふぅん」

 

口元に笑みが浮かぶ。

 

「やっぱり、まだ奥があるわね」

 

誰にも聞こえない声で、夕呼は呟いた。

 

* * *

 

10月某日 翌日

横浜基地・霞の部屋

<< 神宮寺 真白 >>

 

霞の部屋に、小さな吹雪が飾られていた。

 

棚の上。

 

普段なら、無機質な機材や資料しか置かれていない場所。

 

そこに、昨日作ったプラモデルが立っている。

 

背景が背景なので、少し不思議な光景だった。

 

薄暗い部屋。淡く光るシリンダー。静かに佇む霞。そして、そのそばに立つ小さな戦術機。

 

戦争のための機体なのに、そこにあるだけで、少しだけ部屋の空気が柔らかくなった気がした。

 

「……飾ってくれたんだ」

「……はい」

 

霞は小さく頷く。

 

「見えるところに、置きました」

「そっか」

 

胸の奥が、じんわり温かくなる。

 

たった一つの模型。

 

でも、霞にとっては何かの意味を持ってくれたのかもしれない。

 

この部屋は、あまりにも閉じている。

 

外の世界から切り離されている。

 

そんな場所に、元の世界の小さな文化が一つ置かれた。

 

それだけで、少しだけ穴が開いたような気がした。

 

「また何か作ろうか」

 

自分がそう言うと、霞はこちらを見た。

 

「……また?」

「うん。今度は別の機体でもいいし、道具を増やしてもいい。塗装とかは難しいけど、少しずつならできると思う」

「……はい」

 

霞の返事は短い。

 

でも、拒絶ではなかった。

 

自分は、棚の上の吹雪を見ながら、ふと思った。

 

BETAを駆逐して。

 

戦争が終わって。

 

人類が、もう少しだけ前を向けるようになったら。

 

その時は。

 

「……プラモデルメーカーとか、作れたら面白いかもな」

「……ぷらもでるめーかー」

 

霞が小さく復唱する。

 

「うん。戦術機の模型を作る会社。兵器としてじゃなくて、模型として。子どもでも、大人でも、自分の手で組み立てて、飾って、かっこいいって言えるようなものを作る会社」

 

口にしてから、少し恥ずかしくなった。

 

この世界では、そんな未来はまだ遠い。

 

BETAはいる。

 

人は死ぬ。

 

戦術機は今日も戦場へ出る。

 

プラモデルメーカーなんて、あまりにも平和すぎる夢だ。

 

けれど。

 

霞は、吹雪を見つめたまま言った。

 

「……いいと思います」

「……そうかな」

「はい」

 

その声は、とても静かだった。

 

でも、不思議と胸に残った。

 

「その時は」

 

霞は、少しだけ間を置いて続けた。

 

「また、一緒に作ります」

 

自分は、思わず笑った。

 

「うん。その時は、また一緒に作ろう」

 

棚の上の小さな吹雪が、静かに立っている。

 

それは戦場に出ることのない戦術機。

 

誰も乗らない。

 

誰も死なせない。

 

ただ、誰かの手で作られて、誰かの部屋に飾られるだけの小さな機体。

 

そんなものが当たり前に存在できる世界を。

 

自分は、少しだけ本気で見てみたいと思った。

 

「……やるしかないですよね」

 

小さく呟く。

 

霞がこちらを見る。

 

自分は慌てて笑った。

 

「いや、こっちの話」

「……はい」

 

部屋の中に、静かな時間が流れる。

 

B19フロアの奥で生まれた、奇妙な装置。

 

そこから現れた、元の世界の小さな欠片。

 

それは、ただの息抜きとして終わるはずの、小さな出来事だった。

 

――そのはずだった。

 

けれど。

 

いつかこの小さな戦術機を見た時、自分は思い出すことになる。

 

あの装置が、本当に呼び出していたものは。

 

ただの物品ではなく。

 

自分が失った世界と、この世界を繋ぐための、小さな扉だったのだと。

 

第12.6話 幕間「小さな戦術機」 END




コト◯キヤさん
2023年に発表していた、F-4J 撃震の発売お待ちしております…
他の戦術機もノンスケールの方は組んだことがないので、再販されたら是非購入したいです。
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