マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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2026/06/08 時点 
風間 祷子さんが中尉ではなく少尉の間違いでした。
本文をそのうち修正予定です。


今回はやっとA-01との顔合わせ回です。
本話より、本編オリジナルのA-01隊員として、如月桃音中尉と弥生藤乃中尉が登場します。
原作ではたしか、新潟防衛線で死んでいたとされる二人をオリキャラとして追加しました。

原作に登場しない本作独自の追加隊員となりますので、苦手な方はご注意ください。
後は、原作の重要なネタバレ…死亡者などの話も出てきます…ご注意ください。
A-01の古参衛士として、今後少しずつ出番を増やしていけたらと思っています。



第14話「A-01、包囲開始」

10月29日 午前

横浜基地・通路

<< 神宮寺 真白 >>

 

今日は、A-01部隊との顔合わせの日だ。

正式名称は、国連軍横浜基地所属、A-01中隊。

通称、伊隅戦乙女隊――伊隅ヴァルキリーズ。

 

数日前、隊長の伊隅みちる大尉とは既に顔を合わせている。

けれど、部隊全員と会うのは今日が初めてだった。

 

「……よし」

 

自分は、通路の途中で小さく息を吐いた。

気合いを入れる。

相手は、横浜基地でも屈指の実戦部隊だ。

 

207Bの皆とは違う。

彼女たちは訓練兵ではない。

実際に前線を経験し、BETAと戦い、生き残ってきた衛士たちだ。

 

そんな人たちに、自分が新型OSの教導をする。

普通に考えたら、胃が痛くなる話だった。

 

しかも、昨日の時点で自分の胃はだいぶ限界に近い。

月詠真那中尉の強化検証。

夕呼副司令による再計算。

単独行動制限。

護衛体制。

そして、A-01投入決定。

 

たった一日で、状況が何段階も進んだ気がする。

 

「……でも、やるしかないですよね」

 

自分はそう呟いて、ミーティングルームへ向かう。

今日から、A-01もXM3のテスト部隊に加わる。

この人たちがXM3を使いこなせるようになれば、未来は大きく変わる。

 

新潟。

甲21号作戦。

横浜基地防衛戦。

オルタネイティヴ計画。

 

その先にある、数え切れないほどの戦場。

この人たちは、そこで重要な役割を担う。

 

そして――原作では、多くが命を落とす。

 

だからこそ。

ここで、ちゃんと向き合わなければならない。

 

「神宮寺様」

 

隣を歩いていたピアティフ中尉が、淡々と声をかけてくる。

 

「はい」

「本日の予定です。午前はA-01との顔合わせおよびXM3の基礎講義。午後はシミュレーター室にて、従来OSとの比較説明と適性確認を行います」

「午前だけで終わりじゃないんですね……」

「終わりません」

 

即答だった。

 

「香月副司令より、三日以内にA-01へ最低限の運用概念を理解させるよう指示が出ています」

「三日……」

 

短すぎる。

でも、時間がない。

11月11日まで、もう二週間もない。

 

死の八分。

その言葉が頭に浮かんで、胸の奥が重くなる。

 

「……分かりました」

「なお、月詠中尉は本日、一定距離を保って護衛につきます」

「ミーティングルームの中には?」

「入りません。A-01との顔合わせに、帝国斯衛軍が同席する必要はありませんので」

「ですよね」

 

少しだけ安心した。

いや、月詠さんが嫌というわけではない。

むしろ、昨日から何度も助けられている。

 

ただ、今の自分と月詠さんの距離をA-01に見られたら、たぶん話がややこしくなる。

主に、恋愛とか距離感とか、そういう方向で。

 

「……大丈夫でしょうか」

「何がでしょうか」

「A-01の皆さんに、自分が受け入れられるかどうかです」

 

ピアティフ中尉は、少しだけこちらを見る。

 

「最初から完全に受け入れられることはないと思います」

「ですよね……」

「ですが、A-01は実戦部隊です。必要なものだと判断すれば、受け入れるでしょう」

「必要なもの……」

「神宮寺様が示すべきは、肩書きではなく、必要性です」

 

厳しい。

でも、正しい。

 

特務技術顧問。

少佐相当。

そんな肩書きだけでは、A-01は納得しない。

 

彼女たちに必要なのは、命を預けられる理由だ。

 

自分は一度、深く息を吸った。

 

「……行ってきます」

「はい」

 

ピアティフ中尉が静かに頷く。

少し離れた曲がり角の先に、赤い制服の姿が見えた。

 

月詠真那中尉。

彼女は何も言わず、ただこちらを見ていた。

 

目が合う。

ほんの一瞬だけ、彼女の表情が柔らかくなる。

それだけで、少しだけ背筋が伸びた。

 

自分はミーティングルームの扉の前で立ち止まる。

中からは、女性たちの声が微かに聞こえていた。

 

軍人らしい緊張感。

けれど、どこかに柔らかさもある。

 

A-01。

伊隅戦乙女隊。

 

「……神宮寺真白、入ります」

 

自分は、扉をノックした。

そして、ゆっくりと扉を開けた。

 

* * *

 

10月29日 午前

横浜基地・ミーティングルーム

<< 伊隅 みちる >>

 

ミーティングルームには、A-01中隊のメンバーが集まっていた。

私を含めて十三名。

 

涼宮遙。

速瀬水月。

宗像美冴。

風間祷子。

如月桃音。

弥生藤乃。

臼杵咲良。

涼宮茜。

柏木晴子。

築地多恵。

高原少尉。

麻倉少尉。

そして私、伊隅みちる。

 

香月副司令からの指示は、すでに伝えてある。

我々A-01は、本日より新型OSのテスト部隊として運用される。

 

そのOSの名は、XM3。

香月副司令肝いりの新型OS。

まだ詳細は聞かされていないが、既存の戦術機運用を根本から変える可能性があるという。

 

反応は様々だった。

水月は興味を隠せず、腕を組んだまま口元を吊り上げている。

遙は資料を丁寧に確認しながら、不安そうに眉を寄せていた。

宗像はいつも通り読めない笑みを浮かべ、風間は静かに成り行きを見守っている。

 

桃音は明るい笑顔を浮かべながらも、部屋全体の空気を見ていた。

藤乃は眠たげな表情のまま、資料ではなく、各員の立ち位置を眺めている。

臼杵や茜たち新任組は、緊張と期待が半分ずつといったところだ。

 

ただ、もう一つ。

全員が気にしていることがあった。

 

本日、我々に教導を行う人物。

神宮寺真白。

 

横浜基地所属、特務技術顧問。

待遇階級は少佐相当。

若い男性だという噂が、既にどこからか流れている。

 

ただし、正式な軍歴を持つ少佐ではない。

香月副司令の管理下にある、極めて特殊な人物。

その時点で、普通ではない。

 

「隊長」

 

水月が口を開いた。

 

「本当に、その神宮寺少佐って人がXM3を?」

「副司令はそう言っている」

「副司令が引っ張ってきた人材なら、ただ者じゃないのは分かりますけどね」

 

水月は肩を竦める。

 

「でも、少佐待遇の教導官ってのは、さすがに気になりますよ」

「当然だ」

 

私は頷いた。

 

「だが、判断は直接見てからだ」

「了解」

 

宗像が口元に笑みを浮かべる。

 

「少佐相当の若い男性、ですか。なかなか面白そうですね」

「宗像」

「はいはい、分かっています。任務中は真面目にしますよ」

 

どこまで本気か分からない返事だった。

風間が静かに言う。

 

「新型OSの方が気になります。戦術機運用を根本から変える、という言い方が本当なら、整備や機体負荷にも影響が出るはずです」

「ええ」

 

遙が資料から顔を上げる。

 

「衛士側の負担も心配です。急に操作感覚が変わるなら、適応に時間が必要かもしれません」

「桃音、藤乃。貴官らはどう見る」

 

私が促すと、桃音が軽く首を傾げた。

 

「まだ何ともですねぇ。ただ、香月副司令がわざわざ私たち全員を集めたなら、ただの試験OSではないと思います」

 

明るい声だが、内容は冷静だった。

 

「突撃前衛が一番怖いのは、動ける気になって死地に入り込むことです。もし操作感が大きく変わるなら、突破力だけじゃなくて、止まる訓練も必要かと」

「……同意します」

 

藤乃が、少し遅れて口を開いた。

 

「速くなるなら、死線に入るのも速くなります。撤退線が消える速度も、同じだけ上がるはずです」

 

部屋の空気がわずかに沈む。

だが、藤乃は表情を変えない。

 

「良いOSなら、良いほど危険です」

「なるほどな」

 

私は小さく頷いた。

やはり、この二人はよく見ている。

 

桃音は敵陣の崩し方を。

藤乃は味方の死に方を。

 

いずれにせよ、先入観で判断するべきではない。

 

「そのための教導官ということだろう」

 

私は部隊を見渡した。

 

「いずれにせよ、先入観で判断するな。相手が何者であれ、我々に必要なものを持っているなら学ぶ。それがA-01だ」

「「了解」」

 

その時、扉の向こうからノックの音がした。

私は一拍置き、扉の方へ声をかける。

 

「入ってください」

 

扉が開いた。

入ってきたのは、一人の若い士官だった。

 

茶色がかった柔らかな髪。

線の細い体つき。

どこか中性的で、初見では性別を判断しづらい整った顔立ち。

年齢もかなり若く見える。

 

だが、その身に纏う空気は、不思議と軽くなかった。

怯えているようで、逃げない。

緊張しているようで、折れない。

 

そういう印象を受けた。

 

我々は一斉に敬礼する。

その人物も、少し緊張した様子で返礼した。

 

「神宮寺真白です。皆さん、よろしくお願いします」

 

柔らかい声だった。

しかし、声の奥には妙な芯がある。

気弱そうに見えて、折れないものを持っている。

 

香月副司令が拾った理由の一端が、少しだけ分かった気がした。

 

「A-01中隊、伊隅ヴァルキリーズ。よろしくお願いします!」

 

全員の声が揃う。

その直後だった。

 

「ええっ! 神宮司ですか!?」

 

水月が、思わずといった様子で声を上げた。

 

「もしかして……教官の……?」

 

その言葉に、他の者たちも少しざわつく。

無理もない。

 

この部隊の多くは、訓練兵時代に神宮司軍曹――神宮司まりも軍曹の指導を受けている。

あの鬼教官の名前は、嫌でも記憶に残る。

 

それに、この少佐はどこか雰囲気が似ている。

血縁者かと疑う者が出てもおかしくなかった。

 

神宮寺少佐は苦笑した。

 

「あはは……ここでも、そういう反応なんですね」

 

そう言って、近くのホワイトボードへ向かう。

そして、ペンを取ると、丁寧な字で二つの名前を書いた。

 

神宮寺 真白

 

神宮司 まりも

 

「自分の苗字は、こっちです。神宮寺って書きます」

 

少佐は、自分の名前をペンで軽く叩いた。

 

「まりもさんは、こっちの神宮司です。読みが同じなので、紛らわしいですよね」

「まりもさん……」

 

誰かが小さく呟いた。

神宮司軍曹を、まりもさん呼び。

 

それだけで、水月の目が少し丸くなる。

宗像は口元に手を当て、面白そうに少佐を見ている。

 

「なるほど。血縁ではない、ということですね」

 

宗像が言う。

 

「はい。少なくとも、自分が知る限りでは」

「少なくとも?」

「ええっと……そこは、まあ、色々ありまして」

 

少佐が曖昧に笑う。

その反応で、部屋の空気が少し緩んだ。

 

悪くない。

少なくとも、最初の顔合わせとしては。

 

「では、各員自己紹介を行う。一列に」

「「了解」」

 

部隊の面々が動く。

神宮寺少佐は、少しだけ緊張した様子で彼女たちの前に立った。

 

* * *

 

10月29日 午前

横浜基地・ミーティングルーム

<< 神宮寺 真白 >>

 

やっぱり勘違いされるのかぁ……。

 

自分は、ホワイトボードに書いた二つの名前を見ながら、内心でため息をついた。

 

神宮寺真白。

神宮司まりも。

 

読みが同じなのだから、仕方がない。

おまけに、自分はまりもさんに少し似ているらしい。

 

夕呼副司令にも、門兵にも、何度も似たような反応をされた。

A-01の人たちも、やっぱりそうなるらしい。

 

でも、場の空気は悪くない。

むしろ、思ったより柔らかい。

 

伊隅大尉が前に出る。

 

「まずは私から改めて。A-01中隊隊長、伊隅みちる大尉です。神宮寺少佐とは一度顔を合わせていますが、今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。伊隅大尉」

 

伊隅大尉。

白銀武がA-01に加入した後の記憶で見ると、甲21号作戦で真っ先に命を落としてしまう人だ。

 

冷静で、責任感が強く、部隊全体を支える隊長。

だからこそ、いなくなるにはあまりにも惜しい人だった。

 

今度こそは。

そんなことを考えながら、軽く頭を下げる。

 

次に前へ出たのは、柔らかい雰囲気の女性だった。

 

「涼宮遙中尉です。A-01のCP、コマンドポストを務めます。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、涼宮中尉」

 

優しそうな人だ。

声も穏やかで、場を包み込むような柔らかさがある。

 

ただ、衛士ではなくCP。

確か、怪我の影響で衛士としては難しくなった人だったはずだ。

 

それでも彼女は、A-01の中核にいる。

戦術機に乗らなくても、戦場で皆を支える人。

その事実を思い出して、胸の奥が少し痛む。

 

次に、勢いよく一歩前に出た女性が敬礼する。

 

「速瀬水月中尉であります! A-01副隊長を務めております!」

 

声が大きい。

目も強い。

そして、全身から自信と負けん気が溢れている。

 

「よろしくお願いします、速瀬中尉。部隊の先頭として、期待しています」

「はいっ!」

 

速瀬中尉は、嬉しそうに笑った。

 

確か、涼宮遙中尉と同期で、恋のライバルでもあった人だ。

明るくて、強くて、でも内側には色々なものを抱えている。

そういう人だったはずだ。

 

次は、落ち着いた雰囲気の女性。

 

「宗像美冴です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、宗像中尉」

 

この人は、要注意だ。

原作でも時々、とんでもない爆弾発言をしていた気がする。

表情は穏やかなのに、何を考えているのか分からない。

 

隣に立つ女性が、控えめに礼をする。

 

「風間祷子です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、風間中尉」

 

風間中尉は、宗像中尉とは対照的に静かで上品な雰囲気だ。

バイオリン。

それと、早食い。

 

妙な情報が頭に浮かぶ。

この二人は、確か少し特別な関係だったような気もする。

 

原作では怪我をしながらも生き残った二人。

ここでも、絶対に生き残ってほしい。

 

次に、桃色の髪をした女性が一歩前に出た。

 

「如月桃音中尉です。よろしくね、神宮寺少佐」

 

明るい。

距離が近い。

声も表情も柔らかく、人懐っこい雰囲気がある。

 

けれど、軽い人ではない。

笑顔の奥で、こちらの反応も、部屋の空気も、逃げ道も見ている。

A-01で生き残ってきた人なのだと、すぐに分かった。

 

ただ――原作の記憶にはない。

少なくとも、自分が知っているA-01の中に、この人の名前はなかった。

 

自分の介入で未来がずれたのか。

それとも、原作では自分が知る前にいなくなっていたのか。

考えたくない可能性が、頭をよぎる。

 

「よろしくお願いします、如月中尉」

「うん。……真白くんって呼んでもいい?」

「えっ」

「駄目です、如月」

 

すぐに伊隅大尉の声が飛んだ。

如月中尉は、残念そうに肩を竦める。

 

「はーい。じゃあ今は少佐で我慢します」

 

今は。

今はって言った。

 

自分は少しだけ頬を引きつらせながら、次の人物へ視線を向けた。

 

「弥生藤乃中尉です。よろしくお願いします」

 

薄紫色の髪。

細いフレームのメガネ。

眠たげで、静かな人だった。

 

声も小さく、表情の変化も少ない。

けれど、こちらを見る目だけは妙に鋭かった。

 

まるで、自分ではなく、自分の周囲にある何かを見ているような。

まだ見えていない死角や、危うさの流れを読んでいるような目だった。

 

この人も、原作の記憶にはない。

知らない。

でも、軽く見ていい相手ではない。

 

目が合った瞬間、少しだけ背筋が冷えた。

 

「よろしくお願いします、弥生中尉」

「……はい」

 

弥生中尉は一度だけ頷いた。

 

「神宮寺少佐は、少し死線に近いですね」

「えっ」

「弥生」

 

伊隅大尉が短く制する。

 

「……失礼しました。初対面で言うことではありませんでした」

 

いや、初対面じゃなくても言うことではないと思う。

けれど、その言葉は妙に引っかかった。

 

死線に近い。

その言い方は、不吉なのに、どこか正確すぎる気がした。

 

次に、小柄で物静かな女性が一歩出る。

 

「臼杵咲良です……よろしくお願いします……」

「よろしくお願いします、臼杵少尉」

 

やばい。

記憶にない。

少なくとも、武がA-01に合流した後の印象にはほとんど残っていない。

 

つまり、武が会う以前にいなくなってしまった人なのかもしれない。

 

声は小さい。

人見知りなのか、こちらと目が合うと少しだけ視線を逸らした。

 

けれど、制服の着こなしや立ち姿には、ちゃんと衛士としての芯がある。

この人も、守らなければならない。

 

次に、明るい声が響いた。

 

「涼宮茜少尉であります! よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします、涼宮少尉」

 

涼宮茜。

榊の親友。

そして、遙中尉の妹。

 

原作では生き残った側の一人だった。

でも、それでも彼女が背負ったものは軽くない。

今度こそ、お姉ちゃんと一緒に生き残ってほしい。

 

続いて、元207A小隊の面々が自己紹介していく。

 

「柏木晴子少尉です。よろしくお願いします、少佐」

「よろしくお願いします、柏木少尉」

 

明るく、どこか人懐っこい雰囲気がある。

 

「築地多恵少尉です。よろしくお願いしますにゃ……あっ、いえ、お願いします!」

「よろしくお願いします、築地少尉」

 

あっ。

猫になった人だ。

 

一瞬だけ、妙な記憶が脳裏をよぎった。

だが、今は絶対に顔に出してはいけない。

 

「高原少尉です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、高原少尉」

「麻倉少尉です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、麻倉少尉」

 

高原少尉と麻倉少尉。

二人とも、資料上では元207A側に近い経歴を持つ衛士候補として記録されていた。

今はA-01の一員としてここにいる。

 

まだまだ新任。

けれど、A-01に配属されている以上、実力を認められている人たちだ。

 

彼女たちも、これから過酷な任務に投入される。

香月夕呼副司令の直属部隊。

 

それはつまり、人類の未来にとって最重要であると同時に、最も危険な任務を背負わされる部隊ということでもある。

 

一通り自己紹介が終わり、改めて部屋の中を見渡す。

ここにいる人たちの何人かは、原作の記憶にある。

そして、何人かは知らない。

 

知っている人たちは、原作では多くがいなくなってしまった。

知らない人たちは、そもそも自分が知る物語の外側にいた。

 

けれど、それは命の重さが違うという意味ではない。

 

今ここにいる全員が、生きている。

息をして、こちらを見ている。

 

戦死。

負傷。

行方不明。

あるいは、心に消えない傷を負う。

 

そんな未来に、簡単に渡していい人たちではない。

 

自分の介入で、どこまで変えられるだろうか。

どこまで、結末を良くできるだろうか。

 

「少佐?」

 

伊隅大尉の声で、意識が戻る。

 

「あ……すみません」

「いえ。こちらこそ、自己紹介は以上です」

 

伊隅大尉は少しだけ表情を緩めた。

 

「この部隊では、香月副司令に倣って、必要以上に堅苦しい言動は避けています。もちろん規律は守りますが、少佐も宜しければ、多少は楽に接していただければ」

「なるほど……善処させてもらいます」

 

そう言うと、水月中尉がにやっと笑った。

 

「善処、ですか」

「ええっと……努力します」

「そっちの方が分かりやすいですね」

 

少し笑いが起きる。

よかった。

少なくとも、最初の壁は少し低くなった気がする。

 

自分は軽く咳払いした。

 

「それでは、講義に入る前に、何か質問などありますか?」

 

その瞬間。

柏木少尉が、勢いよく手を挙げた。

 

「はい!」

「どうぞ、柏木少尉」

「少佐は、おいくつなんでしょうか?」

「あ、年齢ですか。ええっと……二十歳です」

「二十歳!?」

 

部屋のあちこちから、驚いたような声が漏れた。

 

「若っ……」

「私たちとほとんど変わらないじゃないですか」

「それで少佐……」

「しかも新型OSの教導……」

 

視線が一気に集まる。

自分は少し気まずくなって、頬をかいた。

 

「色々ありまして……」

「少佐の“色々”は便利な言葉ですね」

 

宗像中尉が、にこりと笑った。

やっぱりこの人、怖い。

 

「では、私からもひとつ」

「はい、宗像中尉」

「確認ですが、少佐は女性ですか?」

 

空気が、止まった。

 

聞きづらかったことを、宗像中尉がさらりと聞いた。

周りの人たちも、表情は変えないようにしている。

でも、明らかに答えを待っていた。

 

ああ、やっぱり気になってたんですね。

 

自分は少しだけ迷ってから、答える。

 

「一応……男性ですね」

 

その瞬間。

部屋の空気が、変わった。

本当に変わった。

 

さっきまでの軍人としての空気から、何か別のものに。

 

敬礼していたはずの何人かの背筋が、なぜか前のめりになる。

速瀬中尉の目が、分かりやすく輝いた。

柏木少尉が小さく口笛を吹きそうになって、慌てて口を押さえた。

築地少尉の耳が、あるはずもないのにぴくっと動いた気がした。

 

如月中尉は、ぱっと顔を明るくした。

 

「え、男の子? 本当に?」

 

距離が、さらに一歩近くなる。

近い。

この人、距離が近い。

 

弥生中尉は、表情を変えないまま呟いた。

 

「……判断遅延、部隊内に発生中」

「弥生中尉?」

「いえ。かわいいものは危険ですね」

 

なぜか戦術的な評価をされた。

 

宗像中尉は、先ほどよりさらに笑みを深くした。

風間中尉は困ったように視線を逸らしたが、頬が少し赤い。

遙中尉だけが、慌てたように皆を見回している。

 

「あ、あの、皆さん……」

 

近い。

距離が近い。

物理的に近い。

 

さっきまで一列に並んでいたはずなのに、気づけば半歩ほど距離が詰まっている。

いや、半歩じゃない。

何人かは完全に包囲する位置取りになっている。

 

この部隊、特殊部隊の精鋭だよな……?

なんで男と分かった瞬間、包囲殲滅戦みたいな空気になるんだ……?

 

「貴様ら」

 

伊隅大尉の低い声が響いた。

全員の背筋が伸びる。

 

「少佐を値踏みするな」

「「はっ!」」

 

さすが伊隅大尉。

助かった。

 

そう思った直後。

伊隅大尉は、真顔のまま続けた。

 

「少なくとも、講義が終わってからにしろ」

「伊隅大尉!?」

 

思わず声が裏返った。

部屋のあちこちで、堪えきれない笑いが漏れる。

遙中尉が「大尉まで……」と小さく呟いていた。

水月中尉は肩を震わせている。

 

「冗談です、少佐」

 

伊隅大尉は平然と言う。

本当に冗談だろうか。

 

この世界では、男は珍しい。

女性側の方が積極的。

それは理解していたつもりだ。

 

けれど、A-01ほどの精鋭部隊でも、こうなるのか。

いや、むしろ前線を知っているからこそなのかもしれない。

 

命が軽い世界。

明日死ぬかもしれない世界。

だからこそ、生きること、繋ぐこと、触れることへの意識が強い。

 

それがこの世界の倫理観なのだろう。

 

自分は、少しだけ背筋を伸ばした。

 

「ええっと……自分は、新型OSの教導として来ていますので……」

「分かっています、少佐」

 

宗像中尉が穏やかに頷く。

 

「今は、ですけど」

「今は?」

「いえ、こちらの話です」

 

やっぱり怖い。

すると、柏木少尉がまた手を挙げた。

 

「はい、追加で質問です!」

「どうぞ……」

 

少し嫌な予感がした。

 

「ちなみに、恋人はいますか?」

 

また空気が止まった。

止まったけど、さっきより熱量が高い。

 

全員が、聞いていないふりをしながら聞いている。

水月中尉は腕を組んでいるが、明らかに耳がこちらを向いている。

宗像中尉は隠す気がない。

風間中尉は目を伏せているが、耳が赤い。

如月中尉は、にこにこと楽しそうにこちらを見ている。

弥生中尉は、なぜか部屋の包囲角度を確認している。

茜少尉たち新任組も、緊張した様子でこちらを見ている。

 

自分の脳裏に、月詠さんとの一件が浮かぶ。

朝の自室。

霞の赤くなった顔。

真那さんの穏やかな微笑み。

そして、夕呼副司令に報告した時の、あの胃が痛くなる空気。

 

恋人。

恋人では、ない。

ないはずだ。

たぶん。

 

「恋人は……いません。たぶん」

「たぶん?」

 

水月中尉が食いついた。

 

「……色々ありまして」

「また出た、少佐の“色々”」

 

柏木少尉が笑う。

部屋の中に、今度は明らかなざわめきが広がった。

 

「恋人はいない」

「ただし、色々ある」

「つまり、候補はいると」

「既成事実だけ先にある可能性も……」

「宗像、やめてさしあげなさい」

 

風間中尉が静かに止める。

いや、止めるならもっと早く止めてほしかった。

 

如月中尉が、楽しそうに手を合わせる。

 

「真白くん……じゃなくて少佐、思ったより危ない子ですねぇ」

「危ないのは周りでは……?」

 

弥生中尉がぼそりと言った。

 

「……死線とは別の包囲線が形成されています」

「弥生中尉、本当に何を見てるんですか……?」

「部隊の危険位置です」

 

たぶん、それは部隊の危険位置ではない。

 

遙中尉が申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 

「す、すみません、少佐。うちの部隊、少し距離感が……」

「いえ……大丈夫です。たぶん」

「少佐の大丈夫も、少し信用できないですね」

 

宗像中尉が微笑む。

この人、本当に逃げ場を塞いでくる。

 

伊隅大尉が軽く手を叩いた。

 

「そこまでだ。少佐を困らせるのは本題が終わってからにしろ」

「伊隅大尉、本題が終わったら困らせる前提なんですか……?」

「冗談です」

 

今度も即答だった。

でも、やっぱり本当に冗談なのか分からない。

 

A-01。

伊隅ヴァルキリーズ。

精鋭部隊。

頼れる先輩衛士たち。

 

そして、男と分かった瞬間に包囲してくる女性たち。

 

情報量が多い。

けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

からかわれてはいる。

値踏みもされている。

たぶん、狙われてもいる。

 

でも、それだけではない。

彼女たちはこちらを見ている。

 

新型OSの教導官として。

若すぎる少佐相当として。

そして、未来を変えるかもしれない存在として。

 

自分は、深く息を吸った。

いつまでも流されているわけにはいかない。

 

ここからが本題だ。

 

「それでは、改めて」

 

自分はホワイトボードの前に立つ。

ペンを握り、白い板面に大きく文字を書いた。

 

XM3

 

その三文字を見た瞬間、部屋の空気が少し変わった。

先ほどまでの軽い空気が消え、衛士たちの目になる。

 

伊隅大尉。

速瀬中尉。

涼宮中尉。

宗像中尉。

風間中尉。

如月中尉。

弥生中尉。

臼杵少尉。

茜少尉。

柏木少尉。

築地少尉。

高原少尉。

麻倉少尉。

 

全員が、こちらを見ている。

本物の戦場を知る者たちの目で。

 

「これから説明する新型OS、XM3は、従来の戦術機運用を大きく変える可能性があります」

 

自分は、ゆっくりと言葉を選んだ。

 

「簡単に言えば、衛士の意思と機体の動きを、今までよりずっと近づけるためのOSです」

 

水月中尉の目が細くなる。

伊隅大尉が静かに頷く。

遙中尉は手元の端末にメモを取り始めた。

 

「ただし、便利な魔法ではありません。慣れるまでは、むしろ違和感の方が強いと思います。今まで身体に染みついた操作感覚を、一度壊して組み直す必要があります」

 

そこで、自分は一度言葉を切った。

 

「でも、使いこなせれば」

 

全員の視線が集まる。

自分は、ホワイトボードのXM3の文字を軽く叩いた。

 

「皆さんの生存率を、確実に引き上げられます」

 

その瞬間。

誰も茶化さなかった。

誰も笑わなかった。

 

A-01の空気が、完全に戦闘部隊のものへ変わる。

 

それでいい。

この人たちは、分かっている。

 

生き残ることの意味を。

仲間を失うことの痛みを。

そして、生存率という言葉の重さを。

 

「神宮寺少佐」

 

伊隅大尉が静かに口を開いた。

 

「はい」

「我々は、副司令直属の部隊です。危険な任務に投入されることも理解しています」

「……はい」

「その上で確認します。あなたは、我々を生かすために来たのですか」

 

真っ直ぐな問いだった。

逃げ道のない問い。

 

自分は、少しだけ息を呑む。

ここで誤魔化してはいけない。

 

でも、未来を知っていることは言えない。

だから、言える範囲で答えるしかない。

 

「はい」

 

自分は頷いた。

 

「自分は、皆さんを生き残らせるために来ました」

 

部屋が、静かになる。

 

水月中尉の表情が変わる。

遙中尉が、ほんの少しだけ目を伏せる。

宗像中尉の笑みが薄くなり、風間中尉の手元の端末が止まる。

如月中尉の柔らかい笑みが、少しだけ静かになる。

弥生中尉は、眠たげな目のまま、こちらを見ていた。

茜少尉が、息を呑んだ気配がした。

 

「もちろん、自分一人で何でもできるとは思っていません。A-01の連携や戦い方は、皆さん自身が一番分かっているはずです。自分にできるのは、XM3の使い方と、従来OSとの違いを伝えること。そして、皆さんの動きを見て、どこでXM3が活きるかを一緒に探すことです」

 

伊隅大尉は、黙ってこちらを見ている。

 

「だから、自分が一方的に教えるのではなく……皆さんと一緒に、戦場で生き残るための形に調整させてください」

 

口にした瞬間、自分の手が少しだけ震えていることに気づいた。

怖い。

A-01の前でこんなことを言うのは、正直怖い。

 

でも、ここで引くわけにはいかない。

 

「……分かりました」

 

伊隅大尉が、静かに頷いた。

 

「A-01は、神宮寺少佐の教導を受け入れます」

「ありがとうございます」

「ただし、我々もあなたを見ます」

「はい」

「あなたが我々を生かすために来たと言うのなら、我々もあなたが戦場に関わる意味を見極めます」

 

その言葉に、背筋が伸びた。

認められたわけではない。

受け入れられた。

 

だが、同時に試される。

A-01らしい判断だった。

 

「よろしくお願いします。伊隅大尉」

 

自分は頭を下げた。

伊隅大尉も、静かに頷く。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。神宮寺少佐」

 

その瞬間、ようやく一つ目の壁を越えた気がした。

自分は、もう一度ホワイトボードへ向き直る。

 

XM3。

 

白い板面に書かれた三文字。

これから始めるのは、ただの講義ではない。

 

この人たちを死なせないための。

未来を変えるための。

最初の一歩だ。

 

「では、XM3の講義を始めます」

 

白いホワイトボードに、もう一つ線を引く。

部屋の空気が引き締まる。

A-01の視線が、再び自分へ集まる。

 

今度は、興味でも、からかいでも、値踏みでもない。

戦場で生き残るための知識を求める、衛士たちの視線だった。

 

自分はその視線を受け止めながら、ペンを握り直した。

 

それは、神宮寺真白が伊隅戦乙女隊に名を告げた日。

 

そして――。

 

白き少佐の力を、戦乙女たちがまだ知らなかった最後の日だった。




今回から、本編オリジナルのA-01隊員として、如月桃音中尉と弥生藤乃中尉が登場しました。
如月桃音は、桃色の髪を持つ明るめの古参衛士です。
人との距離が近く、真白を初対面から可愛がるタイプですが、戦場では冷静に敵陣の圧を崩す、前衛補佐寄りの実力者です。
弥生藤乃は、薄紫の髪と細いメガネが特徴の静かな古参衛士です。
眠たげで淡々としていますが、味方の危険位置や撤退線、死線の流れを読むことに長けています。
どちらも原作キャラではなく、本作独自のA-01追加隊員です。
真白が来たことで少しずつ変わっていくA-01の空気や、原作では描かれなかった部隊の厚みを出すためのキャラクターとして扱っていく予定です。
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