マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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2026年6月3日 本日も更新です
第2章 「白き少佐と戦乙女たち」に入ります、やっと原作へ大きく影響していきます、よろしくお願いいたします。

再度、本日から構成内容を見直しました、前に投稿しているのも順次調整予定です。



第2章「白き少佐と戦乙女たち」
第13話「紅の刃、未来を斬る」


10月28日 夕方

横浜基地・シミュレーター室通路

<< 月詠 真那 >>

 

日中の警護任務を終え、私は横浜基地の通路を歩いていた。

身に纏っているのは、帝国斯衛軍の制服ではない。衛士強化装備。久方ぶりに身につけたそれは、身体に吸い付くような感覚を伴っていた。

 

……いや。

違う。

装備が変わったのではない。変わったのは、私自身だ。

 

「…………」

 

歩くたびに、足裏から伝わる床の感触が妙に鮮明だった。

視界も広い。耳に届く空調の音。遠くで交わされる整備兵たちの声。通路の向こうから響く足音。

それらすべてが、昨日までよりも一段深く、身体の中に入ってくる。

 

疲労感はない。むしろ、余っている。身体の奥に、まだ使い切っていない熱が残っているようだった。

 

――戦術機に乗りたい。

 

そんな衝動が、先ほどから胸の奥で疼いている。

近衛として、冥夜様をお守りする者として、常に鍛錬は怠っていない。時間が許す時には、横浜基地のシミュレーターを借りることもあった。

だが、今日のこれは少し違う。義務感ではない。鍛錬への意欲でもない。もっと本能的なものだ。

 

身体を動かしたい。

限界まで。

この感覚が本物なのか、確かめたい。

 

「……落ち着け、月詠真那」

 

小さく呟く。

廊下の先にある扉。シミュレーター制御室。そこに、今日の検証の場がある。

 

神代、巴、戎の三名は、引き続き冥夜様の警護についている。私が一時的に離れることは、すでに伝えてある。

もちろん、理由のすべてを話したわけではない。話せるはずもない。

 

昨日、自分が何をしたのか。

そして。

誰と、どのような時間を過ごしたのか。

 

「…………」

 

不意に、昼の食堂での光景が脳裏をよぎった。

冥夜様の視線。

あれは、叱責ではなかった。警戒でもない。だが、いつもの冥夜様の視線とも違っていた。

 

神宮寺少佐と並んで歩く私を見て、冥夜様はほんのわずかに目を揺らされた。

何かを言いたげで。けれど、言葉にはしない。

胸の奥に何かを押し込めるような、そんな視線だった。

 

「……冥夜様」

 

私は、あの視線の意味をまだ正しく掴めていない。

しかし、何かを気づかれたのは確かだ。私と神宮寺少佐の距離。私自身の変化。そして、これまで冥夜様の前では見せてこなかった私の顔。

おそらく、冥夜様はそれを見た。

 

「…………」

 

頬が熱くなる。

……いかん。

今は任務中だ。

 

私は表情を引き締め、制御室の扉を開いた。

中には、すでに三人がいた。

香月夕呼副司令。ピアティフ中尉。

そして。

 

「……月詠中尉」

 

神宮寺真白少佐。

その姿を見た瞬間、心臓がわずかに跳ねた。

 

昨日の夜の柔らかな声。困ったようにこちらを見る瞳。朝、私の名を呼んだ時の表情。そして、昼前の連絡通路で震えていた彼の身体。

それらが、ほんの一瞬だけ脳裏をよぎる。

だが、私は軍人だ。ここは制御室であり、彼もまた国連軍の少佐相当である。

 

私は背筋を伸ばし、敬礼した。

 

「月詠真那中尉、参りました」

 

「ご苦労様」

 

夕呼副司令は、いつものように椅子に腰かけたまま、薄く笑った。

その笑みには、何かを見透かすような鋭さがある。

 

「月詠中尉。あなたにはこれからシミュレーターに乗ってもらうわ」

「はい」

「目的は、過去の戦績との比較。普段から訓練に使っているログが残っているから、それと今日の結果を照合する」

「了解しました」

「ま、要するに実験ね」

 

夕呼副司令は、悪びれもなくそう言った。

実験。

その言葉に、私はわずかに息を呑む。

だが、不快感はなかった。むしろ、自分でも知りたかった。

この身体に起きている変化が、どの程度のものなのか。

 

「月詠中尉」

 

声をかけてきたのは、神宮寺少佐だった。

 

「頑張ってください」

 

その言葉は、ひどく普通だった。

軍人としての激励。上官から協力者への一言。

それだけのはずなのに、胸の奥が妙に温かくなる。

 

「……はい」

 

私は答えた。

だが、少しだけ声が揺れた気がした。

まずい。自分で思っている以上に、私は動揺している。

 

横を見ると、ピアティフ中尉がこちらを見ていた。

無表情ではある。だが、その目は明らかに何かを察している。

……この方は、油断ならない。

 

私は視線を前へ戻し、シミュレーターへ向かった。

搭乗する機体設定は、武御雷。

帝国斯衛軍の象徴であり、私にとって最も馴染んだ機体。

 

紅の装甲を纏うその機体は、冥夜様をお守りする私たちにとって、ただの兵器ではない。

誇りであり、責務だ。

 

コックピットに身を沈め、接続を確認する。

 

『月詠中尉、準備はよろしいですか?』

 

ピアティフ中尉の声が通信越しに響く。

 

「問題ありません」

 

『では、シミュレーションを開始します』

 

次の瞬間、視界が切り替わった。

荒野。瓦礫。赤黒い大地。そして、蠢くBETAの群れ。

何度も見た光景だ。幾度も訓練で相対してきた敵。

 

だが――。

 

「……!」

 

私は、目を見開いた。

違う。

世界が違う。

 

いや、光景そのものは変わらない。変わったのは、私の認識だ。

突撃級の進路。戦車級の群れの密度。要撃級の腕の可動域。背後から接近する小型種の気配。

そのすべてが、以前よりも早く、鮮明に理解できる。

まるで、視界に映る情報がそのまま身体へ流れ込み、次に取るべき動作へ変換されていくようだった。

 

操縦桿を握る手に力が入る。

武御雷が踏み込む。

速い。

だが、その直後に、別の違和感が走った。

 

「……遅い?」

 

思わず、そんな言葉が漏れた。

武御雷が遅いのではない。私の認識が、機体の反応を追い越している。

今までなら十分だと思っていた動作が、今はほんの少し鈍く感じる。

 

だが、それでも。

この機体は、私の意志に応えてくれる。

 

「ならば――!」

 

突撃級の進路を正面から受ける直前、機体を横へ滑らせる。

機体制御。踏み込み。斬撃。

長刀が、突撃級の脚部を断つ。

 

崩れ落ちる巨体。

その影から飛び出した戦車級を、逆袈裟に斬り払う。

間髪入れず、背後へ跳ぶ。

 

要撃級の腕が空を切った。

その腕を踏み台にして、機体を宙へ押し上げる。

高所からの一閃。

装甲を叩き割り、内部を断つ。

 

BETAが肉塊へ変わる。

 

次。

次。

次。

 

視界の端に映った敵から順に、脅威度が勝手に並び替えられていく。

考えている暇などない。だが、不思議と迷いはなかった。

 

身体が動く。

頭が判断する。

機体が応える。

 

その三つが、今までよりもずっと近い。

 

「……これほどまでに」

 

私は、息を呑んだ。

自分が、自分ではないようだった。

だが、同時に確信する。

 

これは借り物の力ではない。

私の中にあったものだ。

ただ、今まで届かなかった場所へ、強引に引き上げられている。

 

真白さんの力によって。

 

「…………」

 

一瞬、彼の顔が浮かぶ。

柔らかく、少し困ったように笑う顔。

 

あの方は、自分の力をどれほど恐れているのだろう。

人を強くできる。それは、聞こえだけなら奇跡だ。

だが、その方法はあまりに個人的で、あまりに重い。

 

それでも彼は、使うと決めた。

未来を変えるために。

 

ならば。

その力を受けた私が、迷っている場合ではない。

 

「月詠真那、参る!」

 

武御雷が地を蹴った。

紅の機体が、血飛沫にも似た軌跡を残してBETAの群れを裂いていく。

 

近づくものから斬る。

囲まれる前に潰す。

足を止めない。

敵の圧力を受けるのではなく、こちらから圧力を押し返す。

 

私は今、明らかに昨日までの自分より先へ進んでいた。

そして、それを一番理解しているのは、他ならぬ私自身だった。

 

――シミュレーション終了。

 

その音声が響いた時、私はしばらく動けなかった。

コックピットの中で、深く息を吐く。

疲労はある。だが、消耗しきってはいない。

 

まだ動ける。

まだ戦える。

 

その事実が、ぞっとするほど心地よかった。

 

* * *

 

10月28日 夕方

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 月詠 真那 >>

 

制御室へ戻ると、夕呼副司令がモニターを見ながら口元を歪めていた。

 

「……へえ」

 

短い一言。

だが、その声には明らかな満足が滲んでいた。

 

ピアティフ中尉も、手元の記録に目を落としている。

 

「過去の月詠中尉の戦績と比較して、反応速度、敵撃破数、被弾率、回避判断のすべてが向上しています」

「具体的には?」

「近接戦闘時の処理能力が特に顕著です。過去ログと比較して、要撃級との交戦距離が短くなっているにもかかわらず、被弾率が低下しています」

「つまり、危険な距離に踏み込んでいるのに、前より安全に処理しているわけね」

「はい」

 

夕呼副司令が、こちらを見る。

 

「どうだったかしら、月詠中尉」

「……率直に申し上げます」

 

私は姿勢を正した。

 

「身体が、軽いです。視界も広い。判断が早くなったというより、判断する前に必要な情報が入ってくる感覚がありました」

「ふうん」

「そして、機体が遅く感じました」

 

その一言に、ピアティフ中尉がわずかに目を見開く。

夕呼副司令は、楽しそうに笑った。

 

「いい感想ね」

「これは……神宮寺少佐の能力によるもの、なのですね」

「そういうことになるわね」

 

夕呼副司令は、椅子の背もたれに身体を預けた。

 

「神宮寺真白の能力。仮称だけど、因果強化供給。彼と深い信頼、または親密な接触を経た相手の身体能力、回復力、衛士適性、反応速度が向上する可能性がある。初回の上昇幅は特に大きい」

 

言葉として聞かされると、改めて異常な力だった。

人を強くする。

それも、衛士として。

この世界において、それがどれほどの意味を持つか。理解できないはずがない。

 

私は、神宮寺少佐を見た。

彼は少し居心地悪そうに目を逸らしている。

 

「……申し上げておきますが」

 

私は言った。

 

「私が神宮寺少佐と親しくなったのは、能力強化が目的ではありません」

 

制御室が、一瞬だけ静かになった。

ピアティフ中尉の手が止まる。

夕呼副司令の笑みが深くなる。

神宮寺少佐は、明らかに肩を震わせた。

 

「月詠中尉……?」

「事実です。少なくとも、私はそのような打算で動いたわけではありません」

 

そこまでは、はっきりと言えた。

だが。

次の言葉だけは、少し声が小さくなった。

 

「……その。顔立ちも、雰囲気も、好ましかったので」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

沈黙。

長い沈黙。

 

最初に耐えきれなくなったのは、神宮寺少佐だった。

 

「あ、あはは……ありがとうございます……?」

 

その反応に、私の頬が熱くなる。

ピアティフ中尉は何も言わない。だが、明らかに何かを理解した顔をしている。

夕呼副司令だけが、楽しそうに肩を揺らしていた。

 

「いいわねえ。若いって」

「副司令」

「はいはい、話を戻すわよ」

 

夕呼副司令は、モニターに別の映像を表示させた。

そこに映ったのは、戦術機のシミュレーター映像だった。

機体は、従来の戦術機とは明らかに違う動きをしている。

 

跳躍。着地。即座の方向転換。連続噴射。

機体の慣性を殺しきらず、次の動作へつなげる。

停止と移動の境界が曖昧だった。

 

従来の戦術機が、一つ一つの命令を順番にこなす存在だとするなら。

これは違う。

まるで、衛士の身体そのものが巨大化したかのように動いている。

 

「……これは」

 

私は思わず呟いた。

 

「新型OS、XM3です」

 

説明したのは、神宮寺少佐だった。

先ほどまでの照れた雰囲気とは違う。彼の表情は、少しだけ引き締まっていた。

 

「従来のOSでは難しかった、先行入力、動作中断、連続機動を可能にするためのものです。まだ完成版ではありませんが、これが実用化できれば、戦術機の動きは大きく変わります」

 

画面の中の機体が、BETAの群れをすり抜ける。

真正面から受け止めない。止まらない。斬り、跳び、逸らし、また斬る。

 

その動きは、先ほど私が感じた違和感への答えでもあった。

機体が遅く感じた。その遅さを、OS側から埋める。衛士の判断と、戦術機の動きを限りなく近づける。

 

「……これは、単なる操作系の改良ではありませんね」

 

私は言った。

 

「衛士の思考と戦術機の反応を、より直接的につなげるためのものだ」

「はい」

 

神宮寺少佐が頷く。

 

「自分は、これを一人でも多くの衛士に使ってほしいと思っています」

 

その声には、迷いがなかった。

 

「国も、人種も、所属も関係なく。これで助かる命があるなら、広めたいです。もちろん、政治的な問題や機密の扱いがあるのは分かっています。でも……前線で死ぬ人を、少しでも減らしたいんです」

 

静かな言葉だった。

だが、重かった。

 

この世界で、死ぬ人間を減らす。

口で言うのは簡単だ。だが、それを本気で言える者がどれほどいるか。

そして、そのために自分の力を差し出せる者が、どれほどいるか。

 

「…………」

 

私は、映像を見つめた。

もしこれが武御雷に搭載されれば。もし、神代たちが扱えるようになれば。

もし、冥夜様を守る私たちが、さらに強くなれるなら。

 

死ぬはずだった誰かが、生き残るかもしれない。

守れなかった未来を、守れるかもしれない。

 

神宮寺少佐は、少し考えるように視線を落とした。

そして、どこか遠慮がちに口を開く。

 

「それと……月詠中尉」

「はい」

「今度、自分と手合わせしてもらえませんか?」

「……手合わせ、ですか?」

 

思わず聞き返してしまった。

神宮寺少佐の衛士としての技量が高いことは、すでに聞いている。それこそ、香月副司令が一目置くほどの存在だ。

だが、彼の口から直接そう誘われるとは思っていなかった。

 

「はい。シミュレーターで構いません。自分は、国連側の戦術や動きにはある程度慣れてきました。でも、帝国斯衛軍……特に近衛の方々の戦い方は、まだちゃんと知りません」

 

神宮寺少佐は、少しだけ言葉を選ぶように続けた。

 

「月詠中尉の動きは、すごく綺麗でした。無駄がなくて、守るための剣って感じがして……だから、自分も学びたいんです」

 

「…………」

 

守るための剣。

その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。

 

私たち斯衛の衛士にとって、武御雷を駆る意味はただ敵を倒すことではない。

主を守ること。誇りを守ること。そのために刃を振るうことだ。

 

それを、この方は先ほどの映像だけで感じ取ったのだろうか。

 

「それと、可能であれば……」

 

神宮寺少佐は、さらに少し申し訳なさそうに言った。

 

「今後、近衛の衛士の方々とも共同訓練を行いたいです。もちろん、冥夜の警護や帝国側の事情に支障がない範囲で、ですけど」

「神代たちとも、ということですか」

「はい。月詠中尉たちがXM3を使った時、どう感じるのか。どこが扱いづらいのか。武御雷に乗る衛士として、どんな調整が必要なのか。そういう意見が欲しいんです」

 

神宮寺少佐は、そこで一度言葉を切った。

そして、まっすぐ私を見る。

 

「それに……自分ひとりが強くなっても、意味がありませんから」

 

その声は、静かだった。

けれど、確かな熱があった。

 

「冥夜を守る人たちが強くなれば、冥夜の生存率も上がります。帝国側の衛士が強くなれば、前線で助かる人も増える。自分は、そういう形でXM3を広げたいんです」

 

「…………」

 

私は、神宮寺少佐を見つめた。

この方は、どこまでも自分のために戦っていない。

自分の名誉でも。立場でも。功績でもない。

 

ただ、誰かを生かすために。

未来を少しでも変えるために。

 

「……承知しました」

 

私は静かに頷いた。

 

「神宮寺少佐との手合わせ、喜んでお受けいたします」

「本当ですか?」

「はい。私としても、あなたの技量を直接確認しておきたい」

 

そう言ってから、私は少しだけ声を柔らかくした。

 

「それに、あなたから誘っていただけたことは……その、光栄です」

「えっ」

 

神宮寺少佐がわずかに固まる。

その反応に、私は自分の言葉を思い返して、少しだけ頬が熱くなった。

 

「……いえ。軍務上、必要なことです」

「は、はい。そうですね」

 

明らかに誤魔化した私に、神宮寺少佐もぎこちなく頷いた。

横でピアティフ中尉が、静かに視線を逸らした。何かを察したのだろう。

香月副司令は、面白そうに頬杖をついている。

 

「あらあら。手合わせねえ」

「副司令」

「いいんじゃない? 月詠中尉と神宮寺少佐の模擬戦データは、こっちとしても欲しいわ。近衛の連中との共同訓練も、XM3の適応試験としては悪くない」

 

夕呼副司令は、モニターに映る紅の武御雷のデータを軽く指で叩いた。

 

「ただし、帝国側に話を通すのはそっちの仕事よ、月詠中尉。こっちは国連軍。無理に斯衛を動かせる立場じゃないわ」

「承知しています。神代、巴、戎については、まず私から話をします。その上で、冥夜様の警護に支障がない範囲で調整いたします」

「ええ。それでいいわ」

 

神宮寺少佐が、ほっとしたように息を吐いた。

 

「ありがとうございます、月詠中尉」

「礼には及びません」

 

私はそう答えた。

だが、内心では少し違っていた。

礼を言いたいのは、こちらの方だ。

 

この方は、私たちをただ利用しようとしているのではない。

私たちの戦い方を尊重し、その上で共に強くなろうとしている。

ならば、その願いに応えるのも、近衛としての務めだ。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「手合わせの際は、遠慮はいたしません」

 

そう告げると、神宮寺少佐は一瞬だけ目を丸くした。

そして、少しだけ困ったように笑う。

 

「……お手柔らかにお願いします」

「それは保証しかねます」

 

思わず、ほんの少しだけ口元が緩んだ。

昨日とは違う。

これは任務であり、訓練であり、未来へ向けた準備だ。

 

けれど。

この人と共に進む道が、少しだけ楽しみだと思ってしまった。

 

「神宮寺少佐」

 

私は彼に向き直った。

 

「私も、あなたの願いをお手伝いいたします」

 

神宮寺少佐が、目を丸くする。

 

「月詠中尉……」

 

「武御雷への導入許可については、私から上層部へ掛け合います。無論、すぐに許可が下りるとは限りません。ですが、試験運用という形ならば、通せる可能性はあります」

「ありがとうございます」

 

神宮寺少佐が、深く頭を下げた。

その姿に、胸の奥が少しだけ締め付けられる。

 

この方は、きっと自分の価値を正しく理解していない。

いや、理解しているからこそ、こうして頭を下げるのだろう。

自分の力を特権にしない。誰かを支配するためではなく、誰かを生かすために使おうとしている。

 

だからこそ。

私は、この方に力を貸したいと思った。

 

「まあ」

 

夕呼副司令が、そこで口を挟んだ。

 

「そんなにポンポン配られると、計画としての価値も下がるんだけどねー」

 

軽い口調。

だが、その目は笑っていなかった。

 

「XM3はただの便利道具じゃないわ。戦術機運用そのものを変えかねない技術よ。扱いを間違えれば、軍事的にも政治的にも面倒なことになる」

「承知しています」

 

私は頷いた。

 

「ですが、前線では一手の差が命を分けます」

「でしょうね」

「政治的価値と、前線での生存率は、必ずしも同じ方向を向きません」

「水と油ってわけ?」

「はい」

 

夕呼副司令は、少しの間こちらを見ていた。

そして、口元に笑みを浮かべる。

 

「いいわ。帝国側への話は、あなたに任せる。こっちはこっちで、国連側の実験データを揃える」

「ありがとうございます」

「ただし、勝手に暴走しないこと。あくまで試験運用。導入範囲は限定。機密保持も徹底。いいわね?」

「了解しました」

 

神宮寺少佐も、慌てて頷いた。

 

「は、はい。自分も気をつけます」

「特にあんたはね、真白」

「えっ」

「その顔でお願いしますって言えば、割と無茶が通りそうだから」

「そんなことないですよ……」

 

神宮寺少佐は困ったように笑った。

だが、私は否定できなかった。

少なくとも、私は。

彼に頼まれれば、多少の無茶は通してしまうかもしれない。

 

……いや。

多少では済まない可能性がある。

 

私は咳払いをした。

 

「では、私は引き続きXM3搭載機の習熟訓練を行えばよろしいでしょうか」

「ええ。データ収集も兼ねるわ。月詠中尉、あなたには帝国衛士としての感想も提出してもらう」

「承知しました」

「それと」

 

夕呼副司令の視線が、わずかに鋭くなる。

 

「今日のあなたの結果は、かなり使えるデータよ。神宮寺真白の能力が、衛士として実戦的な形で作用することが証明された」

 

その言葉に、神宮寺少佐の表情が少し硬くなった。

自分の能力が証明される。それは喜ばしいことだけではない。

人類にとって有用であるほど、彼自身は計画の中心に引きずり込まれていく。

その危うさを、彼も理解しているのだろう。

 

だから私は、彼に向かって言った。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「あなたの力が危険なものであることは、私にも分かります」

「……はい」

「ですが、あなたがそれを未来のために使うと言うのなら」

 

私は、真っ直ぐに彼を見た。

 

「私は、その未来を守る刃になります」

 

神宮寺少佐は、言葉を失ったように私を見つめた。

数秒後。

彼は小さく、けれど確かに頷いた。

 

「……ありがとうございます、月詠中尉」

 

本当は。

真白さん、と呼びたかった。

 

だが、今はまだその場ではない。

 

私は敬礼する。

 

「では、次の訓練に入ります」

「ええ、行ってきなさい」

 

夕呼副司令の許可を受け、私は再びシミュレーターへ向かった。

通路を歩く足取りは、先ほどよりも軽い。

身体が強くなったからではない。進むべき方向が、少しだけ見えたからだ。

 

冥夜様を守る。

帝国斯衛軍としての誇りを守る。

そして。

真白さんが望む未来を、守る。

 

そのために、この力を使う。

この刃を、振るう。

 

シミュレーターの扉が開く。

私は再び、武御雷へ乗り込んだ。

紅の機体が、仮想の戦場に立つ。

 

「月詠真那、再度出撃する」

 

今度は、先ほどまでとは違う。

私一人の鍛錬ではない。

これは、未来を斬り開くための一歩だ。

 

モニターの向こうで、BETAの群れが蠢く。

私は息を吸い。

そして、武御雷を前へ進ませた。

 

* * *

 

10月28日 夕方

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 香月 夕呼 >>

 

月詠真那中尉の二度目のシミュレーションが開始された。

モニターの中で、紅の武御雷が動き出す。

先ほどより、さらに動きが良い。

適応が早い。

 

単純な身体能力の向上だけではない。

感覚。判断。集中。機体への入力。

それらがまとめて底上げされている。

 

「……本当に、厄介な能力ね」

 

私は小さく呟いた。

隣に立つピアティフが、端末に目を落としたまま答える。

 

「神宮寺少佐の能力のことでしょうか」

「ええ」

 

人を強くする。

信頼や親密さを媒介にして、衛士としての能力を底上げする。

表向きは、リンク因子による強化。研究上は、そういう言い方で十分だ。

 

だが、本質はもっと厄介だ。

 

人間関係が戦力になる。

絆が数字になる。

感情が戦況を変える。

 

これほど扱いづらい兵器はない。

そして、これほど魅力的な兵器もない。

 

「月詠中尉の結果は、かなり良好です」

 

ピアティフが言う。

 

「既存の強化候補と比較しても、衛士能力への反映が非常に分かりやすいです」

「でしょうね」

 

月詠真那。

帝国斯衛軍の精鋭。御剣冥夜の護衛。

もともとの練度が高い人材だからこそ、強化効果が明確に出る。

 

これで、真白の能力が単なる体調変化や精神安定に留まらないことはほぼ確定した。

実戦で使える。部隊運用に組み込める。

そして、XM3と組み合わせれば。

 

「……A-01に渡す段階を早めるしかないわね」

「予定を前倒しされますか」

「するわ」

 

私はモニターから目を離さずに答えた。

 

11月11日。

新潟。

BETA上陸。

 

真白は、その日付に反応した。

あの子はまだ全部を言わない。けれど、何かを知っている。

 

なら、こちらも使える材料は全部使う。

月詠真那の強化結果。XM3の適応試験。真白の能力の有効性。

そして、A-01。

 

伊隅ヴァルキリーズ。

 

次に投入するべき駒は、もう決まっている。

 

「ピアティフ」

「はい」

「A-01のスケジュールを確認。伊隅に連絡を入れて。明日、神宮寺真白と正式に顔合わせさせるわ」

「了解しました」

「XM3教導の事前説明も必要ね。みちるには、少佐待遇の教導官が来るとだけ伝えなさい」

「詳細は伏せますか」

「当然」

 

私は薄く笑った。

 

「見た方が早いもの」

 

モニターの中で、紅の武御雷がBETAの群れを斬り裂いていく。

その軌跡を見ながら、私は端末に新しい予定を打ち込んだ。

 

A-01顔合わせ。

XM3教導。

神宮寺真白、実戦部隊投入準備。

 

白き少佐は、もう横浜基地の珍客ではない。

計画を動かす駒になった。

 

そして、駒である以上。

次の盤面へ進ませる。

 

それは、月詠真那が因果強化の力を実戦的に証明した日。

 

そして――。

 

香月夕呼が、白き少佐をA-01へ投入する決断を固めた日だった。




――本作用語メモ13――
■ 武御雷
日本帝国斯衛軍が運用する高性能戦術機。
月詠真那が搭乗する機体として登場する。
■ 紅の武御雷
月詠真那が扱う赤い武御雷。
斯衛軍衛士としての技量と誇りを象徴する機体。
■ 模擬戦
シミュレーターや訓練環境で行う戦闘訓練。
真白と月詠の技量を確認する場となる。
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