マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
14話も一部修正しました、まだ至らない点が多いと思いますがよろしくお願いします。
10月29日 昼
横浜基地・ブリーフィングルーム
<< 神宮寺 真白 >>
昼。
ブリーフィングルームの空気は、午前中のA-01顔合わせとは別の意味で重かった。
正面には、月詠真那中尉。
その後ろに、神代巽少尉、巴雪乃少尉、戎美凪少尉。
三人とも姿勢が綺麗だ。
さすが帝国斯衛軍の近衛。
立っているだけで、空気が張る。
ただ。
その視線が、少し痛い。
特に神代少尉。
完全に警戒している。
「神宮寺少佐」
神代少尉が、静かに口を開いた。
「昨日の月詠中尉のシミュレーター記録を確認しました」
「……記録、ですか」
「はい。以前の訓練ログと比較して、反応速度、踏み込み、切り返し、回避判断。そのすべてに明確な変化が出ています」
巴少尉が、落ち着いた声で続ける。
「一時的な好調、という範囲では説明がつきません」
戎少尉も、少し困ったように言う。
「それに……真那様ご本人も、昨日から少し雰囲気が違いますし」
「戎」
月詠中尉の声が、一段低くなった。
戎少尉が慌てて背筋を伸ばす。
「し、失礼しました!」
神代少尉は、改めてこちらを見る。
「神宮寺少佐。月詠中尉に、何をなさったのですか」
「えっ」
自分の喉から、間抜けな声が漏れた。
横で、月詠中尉がわずかに眉を動かす。
「神代」
「失礼は承知しております。ですが、確認せずにはいられません」
神代少尉は、視線を逸らさない。
胃が痛い。
本当に痛い。
三人は、月詠中尉の変化に気づいている。
それも当然だ。
一番近くで、ずっと月詠中尉を見てきた人たちなのだから。
昨日の動きが別人のように変わっていれば、気づかない方がおかしい。
月詠中尉は、一歩前に出た。
「神宮寺少佐に非礼は許しません」
その声は、近衛を率いる者の声だった。
静かで、鋭い。
「これは、冥夜様を守る力にも関わる話です。私情で判断を曇らせることは許されません」
「……申し訳ありません」
神代少尉が頭を下げる。
巴少尉と戎少尉も、それに続いた。
自分は慌てて手を振る。
「い、いえ。心配されるのは当然だと思います。自分も説明が足りませんでした」
月詠中尉がこちらを見る。
その目が、少しだけ柔らかい。
昨日よりも、距離が近い。
それは、気のせいではない。
だからこそ、三人の視線がさらに鋭くなる。
やめてほしい。
本当に。
自分は咳払いをして、端末を操作した。
正面のモニターに、XM3の概要データを表示する。
「今日お話ししたいのは、新型OS――XM3についてです」
空気が少し変わる。
近衛の三人の目が、警戒から軍人としての興味へ変わった。
「XM3は、従来OSよりも衛士の入力に対する追従性を高めています。特に、先行入力、動作中断、連続機動の概念によって、近接戦闘時の自由度が大きく上がります」
巴少尉が目を細めた。
「つまり、衛士の技量が高いほど効果が出る、ということですか」
「はい。逆に言えば、技量が足りない場合は機体に振り回される可能性もあります」
「危険性もある、と」
「あります」
自分は頷いた。
「だからこそ、信頼できる高練度の衛士に確認してもらいたいんです」
視線を、月詠中尉と三人に向ける。
「自分は、近衛の皆さんの戦い方を知りたいです」
神代少尉が、わずかに眉を動かす。
「我々の戦い方を?」
「はい。それに、冥夜を守る人たちが強くなれば、冥夜の生存率も上がります」
冥夜の名前を出した瞬間、三人の空気が変わった。
それまでの警戒に、別の色が混じる。
真剣さ。
使命感。
彼女たちにとって、冥夜を守ることは絶対なのだ。
「ですから、まずは実際に見て判断してもらえませんか」
「実際に、とは」
神代少尉が問う。
自分は、少しだけ息を吸った。
「月詠中尉と、自分で模擬戦を行います」
一瞬。
部屋の空気が止まった。
「……神宮寺少佐と、真那様が?」
戎少尉が、目を丸くする。
「はい。もちろん、シミュレーター上です。目的は勝敗ではなく、XM3の挙動確認と、月詠中尉の変化を皆さんに見てもらうことです」
神代少尉の目が鋭くなる。
「少佐は、戦術機を扱えるのですか」
「……一応、動かせます」
「一応」
「はい。一応です」
自分でも情けない言い方だと思う。
でも、月詠中尉と模擬戦をする相手が、自信満々でいられるはずがない。
月詠中尉が、静かに口を開いた。
「神宮寺少佐の提案には意味があります」
「真那様」
「私の動きが変化した理由を知りたいのであれば、実際に見た方が早いでしょう」
神代少尉は、しばらく月詠中尉を見ていた。
やがて、静かに頷く。
「承知しました。確認いたします」
巴少尉も頷いた。
「模擬戦記録と入力ログを同時に確認します」
戎少尉は、少し不安そうにこちらを見る。
「神宮寺少佐、大丈夫なんですか?」
「……正直、全然大丈夫ではないです」
思わず本音が出た。
戎少尉が、少しだけ目を丸くする。
自分は苦笑した。
「でも、見てもらう必要がありますから」
月詠中尉がこちらを見る。
「神宮寺少佐」
「はい」
「遠慮は無用です」
やめてほしい。
遠慮しないと、自分が死ぬ側なんですが。
そんなことを内心で思いながら、自分はただ頷いた。
* * *
10月29日 昼過ぎ
横浜基地・シミュレーター室
<< 神宮寺 真白 >>
シミュレーターの操縦席に座ると、胸の奥が重くなった。
相手は、月詠真那中尉。
帝国斯衛軍の近衛。
冥夜を守るために鍛え上げられた、本物の衛士だ。
対する自分は、白銀武の因子と、元の世界のゲーム的な感覚と、XM3の概念でどうにか動いているだけの素人に近い。
いや、完全な素人ではない。
すでにシミュレーターで不知火を動かした経験はある。
けれど、実戦を知っているわけではない。
命のやり取りをしてきたわけでもない。
だから怖い。
画面越しでも。
訓練でも。
模擬戦でも。
月詠中尉が相手だと思うだけで、手のひらに汗が滲む。
『神宮寺少佐、機体設定を確認します』
霞の声が通信越しに聞こえた。
「お願いします」
自分の機体は、不知火。
訓練用設定。
武装は模擬長刀と短銃。
対する月詠中尉の機体は、斯衛仕様の武御雷。
紅い機体が、仮想空間の向こう側に立っている。
それだけで、迫力が違った。
『両機、リンク確認。XM3補助設定、作動中です』
管制席には霞。
観戦室には、神代少尉、巴少尉、戎少尉。
それから、ピアティフ中尉も記録担当として控えている。
たぶん、夕呼副司令もどこかで見ている。
絶対に見ている。
「……胃が痛い」
小さく呟いた声を、月詠中尉に拾われたらしい。
通信越しに、静かな声が返ってきた。
『神宮寺少佐』
「はい」
『無理はしなくて結構です。ただし、手を抜く必要もありません』
「それ、難しくないですか……?」
『難しいことを承知で言っています』
真面目に言われた。
逃げ場がない。
『開始します』
霞の声。
仮想空間に、開始の合図が鳴る。
次の瞬間。
紅い武御雷が踏み込んだ。
速い。
そう思った時には、もう距離が詰まっていた。
「っ……!」
身体が先に動く。
操縦桿を引く。
ペダルを踏む。
機体を斜め後方へ逃がす。
ただの後退では間に合わない。
月詠中尉の初撃は、真っ直ぐではない。
逃げ道を潰す角度で入ってくる。
なら。
動作中断。
横滑り。
上体を沈める。
次の入力を、先に置く。
不知火が、ぎりぎりで紅い斬撃を外した。
観戦室から、誰かが息を呑む気配がした。
『今の回避……偶然ではありません』
神代少尉の声が、通信の端に乗る。
巴少尉の声も続いた。
『入力が遅れていません。機体の反応が、通常より早い』
そんな分析を聞いている余裕はなかった。
月詠中尉の二撃目が来る。
速い。
重い。
綺麗。
無駄がない。
自分は、また後退しようとする。
けれど、後退先に月詠中尉の機体がいる。
読まれている。
「くっ……!」
機体を横に逃がす。
同時に、短銃を向ける。
撃つ。
月詠中尉の機体が、わずかに肩を逸らして弾道を外す。
その動きが、滑らかすぎた。
従来OSなら、一拍かかるはずの回避。
それが、まるで身体を捻るように繋がっている。
月詠中尉の技量と、XM3の補助が噛み合っている。
昨日よりも、さらに。
『真那様……』
戎少尉が呟く。
『あんな動き、前からできましたか?』
『戎』
月詠中尉の声が、低く入った。
『し、失礼しました!』
いや、模擬戦中にそのやり取りをしないでほしい。
少し笑いそうになる。
けれど、その一瞬が命取りだった。
紅い機体が、踏み込む。
「しまっ……!」
不知火の右腕に、模擬斬撃がかすめる。
警告音。
腕部損傷判定。
痛みはない。
でも、心臓が跳ねた。
『神宮寺少佐』
月詠中尉の声。
『意識が散っています』
「すみません!」
『謝罪より、次を』
厳しい。
でも、正しい。
自分は歯を食いしばる。
次。
次を見る。
月詠中尉は強い。
本当に強い。
なら、正面から勝とうとしない。
相手の動きを見る。
入り方を見る。
呼吸を見る。
いや、戦術機に呼吸はない。
でも、動きの間はある。
白銀武の感覚。
ゲームの操作感。
XM3の先行入力。
それらが、頭の中で重なる。
月詠中尉が踏み込む。
その瞬間、自分は前に出た。
逃げない。
前へ。
紅い武御雷の間合いに、あえて入る。
『っ……』
神代少尉の息を呑む音が聞こえた。
月詠中尉の斬撃が振り下ろされる。
その軌道を、わずかに外す。
同時に、不知火の機体を低く沈める。
懐へ。
模擬長刀を、紅い機体の胴へ向ける。
届く。
そう思った。
次の瞬間。
紅い機体が、消えた。
いや、消えたように見えただけだ。
月詠中尉は、斬撃の終わりを待たずに動作を切っていた。
上体を引き、足を入れ替え、こちらの進入角度を潰す。
切り返し。
速い。
模擬刀の切っ先が、不知火のコックピット正面で止まった。
警告音。
勝敗判定。
『模擬戦終了。勝者、月詠中尉』
霞の声が響く。
自分は、操縦席の中で大きく息を吐いた。
「……負けた」
分かっていた。
当たり前だ。
でも、悔しい。
いや、悔しいというより、怖かった。
あそこまで行けたのに。
最後の一手で、簡単に止められた。
月詠中尉の声が、通信に入る。
『神宮寺少佐』
「はい……」
『今の踏み込みは、悪くありませんでした』
「ありがとうございます」
『ですが、最後の一手が素直です』
「……はい」
『それと、少佐はまだ、自分の動きに驚いています』
言葉が刺さる。
自分の動きに驚いている。
その通りだった。
自分が何をできるのか。
どこまで動けるのか。
まだ、自分が一番分かっていない。
「……自分の身体じゃないみたいでした」
思わず呟く。
通信の向こうで、少しだけ沈黙があった。
月詠中尉は、静かに言った。
『ならば、早く自分の身体にしてください』
厳しい。
でも、その声は冷たくなかった。
* * *
10月29日 昼過ぎ
横浜基地・シミュレーター室観戦室
<< 神宮寺 真白 >>
シミュレーターから出ると、足元が少しふらついた。
疲労というより、緊張の反動だった。
観戦室へ戻ると、近衛三人の視線が一斉にこちらへ向く。
痛い。
でも、最初とは少し違った。
疑いだけではない。
警戒だけでもない。
観察。
評価。
そして、わずかな認識の変化。
神代少尉が、最初に口を開いた。
「神宮寺少佐」
「はい」
「少佐を完全に信用したわけではありません」
「……はい」
分かっている。
むしろ、その方が自然だ。
神代少尉は続ける。
「ですが、先ほどの模擬戦は、偶然では説明できません」
巴少尉が端末の数値を確認しながら言う。
「XM3の先行入力と動作中断は、確かに近接戦闘で有効です。特に月詠中尉のような高練度衛士であれば、従来OSでは出せなかった連続性が出ています」
戎少尉も、真剣な顔で頷いた。
「真那様の動きが変わった理由も、少し分かった気がします。単に調子が良かったわけじゃないんですね」
月詠中尉は、何も言わなかった。
ただ、静かに三人を見ている。
巴少尉が、少しだけ視線をこちらへ向けた。
「ただし、神宮寺少佐自身の動きにも不可解な点があります」
「不可解……ですか」
「はい。戦術機の操作経験が浅い者の動きではありませんでした」
胃が重くなる。
それは、当然の疑問だ。
自分の中にある、白銀武の因子。
戦術機の感覚。
それを説明するのは難しい。
下手に説明すれば、余計に怪しまれる。
そもそも、どこまで話していいのかも分からない。
「そこは……色々ありまして」
言った瞬間、自分でも便利すぎる言葉だと思った。
神代少尉の目が細くなる。
巴少尉が静かに息を吐く。
戎少尉が困ったように笑う。
月詠中尉だけが、少しだけ口元を緩めた。
やめてほしい。
その表情を見た瞬間、神代少尉の視線がさらに鋭くなった。
本当にやめてほしい。
「神宮寺少佐」
月詠中尉が、こちらへ向き直る。
「近衛として、今後の共同訓練に協力いたします」
神代少尉、巴少尉、戎少尉がそれぞれ姿勢を正す。
「はい」
「承知しました」
「異存ありません」
三人が揃って答えた。
自分は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
本当に、ありがたかった。
これは小さな一歩だ。
でも、確実に未来へつながる一歩。
XM3を帝国へ広げるため。
冥夜の生存率を上げるため。
そして、これから来る戦いで、一人でも多くを生かすため。
近衛との距離が、ほんの少しだけ縮まった。
……気がする。
ただ。
神代少尉たち三人の視線は、まだ鋭い。
特に、月詠中尉が自分を見る時だけ、三人の目が細くなる。
たぶん、まだ疑われている。
いや。
絶対に疑われている。
自分は内心で、そっと胃を押さえた。
こうして。
自分と帝国斯衛軍近衛との、初めての共同訓練が決まった。
それは、冥夜を守るための一歩であり。
XM3を帝国へ広げるための、小さくも大きな布石だった。
そして午後。
今度は、伊隅戦乙女隊がXM3の本当の動きを目にする番だった。
それは、神宮寺真白と月詠真那が、初めて刃を交えた日。
そして――。
白き少佐の力を、帝国斯衛軍近衛が初めて目撃した日だった。
その先に待つ伊隅戦乙女隊が、まだその意味を知らないまま。