マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
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10月29日 夕方
国連軍横浜基地 B19フロア・戦術講義室
<< 神宮寺 真白 >>
「――本日より、A-01部隊に対して、新概念OS、仮称XM3の概要説明を行います」
自分の声は、思っていたより硬かった。
目の前には、伊隅ヴァルキリーズが揃っている。伊隅みちる大尉、速瀬水月中尉、涼宮遙中尉、宗像美冴中尉、風間祷子少尉、涼宮茜少尉、柏木晴子少尉、臼杵咲良少尉。
後方にはピアティフ中尉。部屋の端には、香月夕呼副司令が腕を組んで座っていた。
いつものように、面白そうな目でこちらを見ている。
その目が言っている。
さあ、やってみなさい。
できるものなら。
「神宮寺少佐」
最初に口を開いたのは、伊隅大尉だった。
「我々A-01は、副司令より新型OSに関する事前説明を受けている。だが、詳細は貴官から聞くようにと言われている」
「はい」
「つまり、貴官がこのOSの発案者、あるいは中心人物という理解でよいか?」
胃が少し痛くなる。
発案者。中心人物。その言葉は、少し重い。
XM3を考えたのは、本来ならこの世界にいるはずだった白銀武だ。彼が、自分の経験と、戦術機を動かす感覚と、何度も死線を越えた記憶をもとに作り上げた、新しい戦術機の動かし方。
自分は、それを知っている。
知っているだけだ。
けれど、この世界でそれを持ち込んだのは自分になっている。だから、逃げられない。
「……はい。発案の中心に、自分の知識が関わっています」
夕呼副司令が、少しだけ口元を上げた。
余計なことは言うな。
そう言っている目だった。
「ただし、これは自分一人の成果ではありません。香月副司令、横浜基地技術班、管制担当、そして今後実際に使っていただく衛士の皆さんの検証があって、初めて完成に近づくものです」
「優等生みたいな答えね」
速瀬中尉が、肘をついて言った。
「で? 要するに、そのXM3ってのは、あたしらをどれだけ速くしてくれるわけ?」
「速瀬」
伊隅大尉が軽くたしなめる。
速瀬中尉は肩をすくめた。
「大事でしょ。新型OSって言うからには、機体が速くなるんじゃないの?」
「その質問は、かなり重要です」
自分は頷いた。
「結論から言うと、XM3は機体そのものの出力を直接上げるOSではありません」
「へえ?」
速瀬中尉の目が細くなる。
「じゃあ、何が変わるのよ」
「機体が、衛士の意思に遅れにくくなります」
講義室の空気が少し変わった。
自分は端末を操作し、壁面モニターに従来OSとXM3の入力系比較図を表示する。操縦桿、ペダル、入力処理、OS側の受付、機体動作への反映。それぞれの間にあるわずかな遅れと、そこに挟まる“遊び”を図示したものだ。
「従来OSでは、操縦桿やペダルの入力に、ある程度の“遊び”があります」
柏木少尉が首を傾げた。
「遊び、ですか?」
「はい。簡単に言えば、入力の余裕や緩衝です。多少雑に動かしても、OS側が機体へ伝える前に丸めてくれる」
宗像中尉が目を細める。
「なるほど。反応は鈍くなるが、暴れにくい」
「はい」
自分は次の図を出す。
「XM3では、この遊びを大きく削っています。操縦桿やペダルの入力が、従来よりも直接的に機体挙動へ反映される」
臼杵少尉が真面目な顔でメモを取る。
「入力遅延の低減、ということですね」
「はい。入力から機体挙動までの遅延を減らすことで、実戦時の反応速度は従来比でおよそ三割増しになります」
「三割……」
風間少尉が静かに呟いた。
遙中尉が、管制官らしい視点で聞く。
「それは、衛士の反応速度が上がるというより、機体側の応答が早くなる、という理解でいいですか?」
「その通りです。機体が急に強くなるわけではありません。機体が遅れなくなる、という方が近いです」
「遅れなくなる……」
茜少尉が小さく繰り返した。
その目には、強い興味があった。
速瀬水月という、自分の憧れの人に追いつきたい。その気持ちが、茜少尉の中にはある。XM3は、そういう人間にとって魅力的に見えるだろう。
だからこそ危ない。
「ただし」
自分は少し声を強くした。
「良いことばかりではありません」
モニターに警告表示を出す。
過入力。急制動。関節負荷。推進剤消費増加。姿勢崩れ。機体損耗。
「遊びが少ないということは、雑な入力もそのまま機体に出るということです」
伊隅大尉が頷く。
「衛士の癖が、機体挙動に直結するわけか」
「はい。反応が速い衛士ほど、最初は前に出すぎる危険があります」
速瀬中尉が片眉を上げた。
「それ、あたしに言ってる?」
「一般論です」
「目がこっち向いてたけど?」
「一般論です」
宗像中尉が楽しそうに笑った。
「神宮寺少佐、今のは少々分かりやすい一般論でしたね」
「……すみません」
速瀬中尉が腕を組む。
「ま、いいわ。反応がいいなら、あたし向きではありそうね」
「速瀬」
伊隅大尉の声が少し低くなる。
「分かってるわよ。調子には乗らないって」
遙中尉が穏やかに言う。
「水月、それを口で言っている時はだいたい危ないわ」
「遙まで」
講義室に小さく笑いが漏れた。
その空気に、自分の緊張も少しだけ緩む。けれど、説明はここからだ。
「XM3の大きな要素は、三つあります」
モニターに文字を表示する。
先行入力。
キャンセル。
コンボ。
「まず先行入力。これは、現在の動作が終わる前に、次の動作を予約する機能です」
図が動く。吹雪相当機が踏み込みながら旋回準備を入れ、着地前に次の姿勢を作る。
「従来OSでは、動作が終わってから次の動作へ移る感覚が強いです。しかしXM3では、次の動作を先に入れられる。歩行しながら旋回を予約する。跳躍中に着地後の姿勢を作る。射撃姿勢から回避へ繋げる」
臼杵少尉が質問する。
「入力手順が増えるということですか?」
「いい質問です。増える、というより、先に繋げられる、です。ただし、慣れないうちは入力項目が増えたように感じる可能性があります」
伊隅大尉が低く言う。
「真面目な衛士ほど、手順を追いすぎて硬くなるかもしれないな」
「はい」
207Bの委員長の顔が、頭をよぎる。
彼女なら、きっと手順として覚えようとする。それは長所だ。でも、XM3では硬さにもなる。
「次にキャンセルです」
モニターの映像を切り替える。長刀を振り抜く動作の途中で、回避姿勢へ移る映像だ。
「動作を最後まで完了させず、次の行動へ切り替える機能です。振り抜き動作を途中で止めて回避へ移る。踏み込みから別方向へ抜ける。射撃後の硬直を減らす」
柏木少尉が感心したように言う。
「すごいですね。機体の隙が減るってことですか?」
「はい。ただし、何でもキャンセルすればいいわけではありません。動作を切り替えるということは、その分、関節や駆動系に負担がかかります」
風間少尉が静かに頷く。
「機体側が悲鳴を上げる」
「その通りです」
整備班の顔が、頭をよぎった。
まだこの時点では、自分は自分の機体を本格的に壊した経験を持っているわけではない。それでも、機体は勝手に直らないということくらいは分かっている。
「そしてコンボ。これは先行入力とキャンセルを組み合わせ、複数の動作を連続させる考え方です」
速瀬中尉が、そこでにやりと笑った。
「格闘ゲームみたいね」
「……分かるんですか?」
「あんた、今失礼な顔したわよ」
「いえ、すみません」
「基地にも娯楽くらいあるわよ。まあ、今はそんな余裕あんまりないけど」
夕呼副司令が横から口を挟む。
「真白の説明にある“コンボ”という表現は、直感的には分かりやすいけど、この世界の全員に通じるわけじゃないわ。だから、戦術機用語へ置き換えなさい」
「はい」
自分は頷く。
「正確には、連続機動手順、あるいは動作連結と考えてください」
宗像中尉が小さく笑う。
「コンボの方が覚えやすいですね」
「宗像」
伊隅大尉が軽く睨む。
「失礼しました」
宗像中尉は、まったく悪びれていない。
自分は続ける。
「重要なのは、XM3は“速く動くための魔法”ではないということです」
茜少尉が、少しだけ顔を上げた。
「魔法ではない……」
「はい。衛士が雑に入力すれば、雑に動きます。焦れば、焦った通りに暴れます。自分が上手くなったと錯覚すれば、機体を壊すか、自分を危険に晒します」
講義室が静かになった。
「だから最初に覚えるべきなのは、速く動くことではありません」
伊隅大尉がこちらを見る。
「では、何を覚える?」
「止まることです」
自分は答えた。
「動けるようになる前に、止まれること。踏み込む前に、戻れる場所を作ること。キャンセルで隙を消す前に、どこへ戻るかを決めること」
遙中尉が静かに頷いた。
「管制側から見ても、それは重要ですね。動きの速い機体ほど、戻る場所がないと隊列を崩します」
「はい。XM3は単機性能を高めます。でも、部隊行動を壊す危険もあります」
伊隅大尉の目が鋭くなる。
「A-01で運用するなら、個人の機動だけではなく、部隊全体の連携を再構築する必要があるな」
「その通りです」
さすがだと思った。
伊隅大尉は、XM3を自分の機体だけで見ていない。部隊全体で見ている。
だから隊長なのだ。
「では、各員ごとの適性も見る必要があるな」
「はい。今後、制限版XM3を用いたシミュレーター訓練で確認します」
速瀬中尉が椅子の背にもたれる。
「制限版?」
「いきなり完全版は使いません。まずは先行入力の段階数とキャンセル範囲を制限した訓練用から始めます」
「慎重ね」
「慎重にしないと危ないので」
「それは、あんたの判断?」
「……自分と、副司令の判断です」
夕呼副司令が肩をすくめた。
「真白の案に、安全装置を山ほど付けたのは私よ。こいつ、そのままだと便利さばっかり見せかねないから」
「副司令」
「何よ。本当でしょ」
否定できない。
記憶の中のXM3は、人類の戦い方を変える希望だった。でも、それをこの世界でそのまま出せば、危険もある。
自分はそれを、もっと意識しなければならない。
「神宮寺少佐」
伊隅大尉が言った。
「はい」
「貴官は、このOSをどのような思想で使わせたい?」
「思想、ですか」
「そうだ。ただ速く動くためのものではない。機体性能を引き上げるだけでもない。ならば、衛士にどう受け止めさせるべきか。それを知りたい」
部屋が静かになる。
自分は少しだけ息を吸った。
まだ、うまく言葉にできている自信はない。
でも、ここで誤魔化してはいけない。
「自分は、このOSを……生き残るために使ってほしいと思っています」
口にした瞬間、自分の声が少しだけ震えた。
「本来なら避けられない攻撃を、避けるために」
まりもさんのことが頭をよぎる。
まだ彼女へ個別に教える前だ。
でも、死の未来は知っている。
「本来なら間に合わない回避を、間に合わせるために」
新潟。横浜。佐渡島。桜花作戦。
知っている未来の断片が、胸の奥を締めつける。
「誰かを倒すためだけではなく、誰かを帰すために」
風間少尉が、少しだけ目を伏せた。宗像中尉の笑みが消える。速瀬中尉も、軽口を止めた。
「一人でも多くの衛士が、戦場から戻ってこられるようにするためのOSです」
言い切った。
少し、沈黙があった。
それを破ったのは、伊隅大尉だった。
「良い思想だ」
短い言葉。
けれど、重い。
「だが、理想だけでは兵は帰らない」
「はい」
「我々は実際に使い、問題を洗い出し、部隊運用に落とし込む必要がある」
「お願いします」
「こちらこそ、だ」
伊隅大尉はわずかに頷いた。
「A-01は、新型OSの検証に協力する」
その瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
知っているはずの人たち。生き残ってほしい人たち。
その人たちが、自分の言葉を聞いてくれている。
「ただし」
伊隅大尉は続けた。
「我々を実験台として扱うなら、相応の覚悟を持て」
「……はい」
「そして、貴官も同じ戦場に立つ者として、自分を例外にするな」
また、刺さる。
この人も言うのか。
自分を例外にするな、と。
「はい」
「ならばよい」
速瀬中尉が、そこで軽く笑った。
「ま、難しい話は分かったわ。要するに、ちゃんと使えば一拍早く動ける。でも雑に使えば自爆する。そういうことでしょ?」
「かなり雑ですが、だいたい合っています」
「雑って言ったわね?」
「速瀬中尉が先に雑にまとめたので」
宗像中尉が楽しそうに肩を震わせた。
柏木少尉も小さく笑っている。
空気が少し軽くなる。
茜少尉が遠慮がちに手を挙げた。
「あの、少佐」
「はい、涼宮少尉」
「XM3を使えば、速瀬中尉みたいに動けるようになりますか?」
速瀬中尉が少し驚いた顔をする。
遙中尉は、静かに茜少尉を見ていた。
その質問は、茜少尉らしい。
でも、ここで間違えてはいけない。
「速瀬中尉と同じ動きは、目指さなくていいと思います」
「え……」
茜少尉の顔に少しだけ不安が浮かぶ。
自分は慌てずに続ける。
「速瀬中尉には速瀬中尉の動きがあります。涼宮少尉には、涼宮少尉の動きがある」
「私の……」
「はい。XM3は、誰かの真似をするためのOSではありません。その人の動きを、機体に遅れさせないためのOSです」
茜少尉は黙った。
速瀬中尉は何も言わない。
遙中尉が、少しだけ微笑んだ。
「だから、涼宮少尉が使うなら、涼宮少尉自身の動きを見つける必要があります」
「……はい」
茜少尉は、小さく頷いた。
その目には、まだ迷いがある。
でも、何かが残ったはずだ。
宗像中尉が、今度は自分へ質問した。
「神宮寺少佐」
「はい」
「XM3は衛士の癖を強く反映する。ならば、癖の強い衛士ほど危険であり、同時に伸びる可能性も高いという理解で?」
「はい。おそらく」
「面白いですね」
「面白いだけで済めばいいんですが」
「済まないから、我々が検証するのでしょう」
その通りだった。
臼杵少尉が静かに言う。
「ログは、かなり細かく取る必要がありそうですね」
「はい。各員ごとの入力癖、反応遅延、関節負荷、推進剤消費、キャンセル時の姿勢崩れ。全部見たいです」
柏木少尉が苦笑する。
「大変そうですね、ピアティフ中尉」
後方のピアティフ中尉が、淡々と答える。
「記録系統は既に準備済みです」
「さすがです」
「副司令の指示ですので」
夕呼副司令が笑う。
「当然よ。おもちゃはログを取ってから遊ぶものだわ」
「おもちゃではありません」
自分が言うと、夕呼副司令は肩をすくめた。
「比喩よ、比喩」
絶対に半分本気だ。
◇
講義の後半は、実際の機体ログ映像を使った説明になった。
従来OSでの踏み込み、XM3制限版での踏み込み、入力から機体挙動への遅延差、停止時の姿勢復帰、キャンセル時の関節負荷。
A-01の皆さんは、やはり理解が早かった。
伊隅大尉は、すぐに部隊運用を考える。
「隊列変更時の遅延が減るなら、突撃前衛と強襲掃討の入れ替えが早くなる」
速瀬中尉は、近接戦闘の一拍を見る。
「踏み込みから斬撃への移行が速いわね。相手が人間なら、見てからじゃ間に合わない」
宗像中尉は、裏を読む。
「逆に、誘いに乗りやすくなる可能性もありますね。動けるがゆえに、動かされる」
風間少尉は、安定性を見る。
「姿勢復帰が早い分、射撃姿勢への移行も滑らかになります」
遙中尉は、管制視点。
「全機がXM3化した場合、CP側の予測表示も更新が必要ですね。従来の反応遅延前提だと、指示が半拍遅れます」
臼杵少尉は、機体負荷。
「キャンセルを多用する衛士とそうでない衛士で、整備負担に差が出そうです」
柏木少尉は、ぽつりと言う。
「でも、これが使いこなせたら、今まで助けられなかった人を助けられるかもしれないんですよね」
その一言に、自分は少しだけ言葉を失った。
柏木少尉は、明るい。
でも、明るいだけではない。
ちゃんと戦場を見ている。
「はい」
自分は頷いた。
「その可能性はあります」
柏木少尉は、少しだけ笑った。
「なら、頑張って覚えないとですね」
その笑顔が、胸に残った。
◇
講義が終わる頃には、外は暗くなっていた。
「本日の講義は以上です。次回より、制限版XM3を用いたシミュレーター訓練に入ります」
自分は、深く息を吐きたいのを我慢して敬礼した。
「ご清聴、ありがとうございました」
伊隅大尉が立ち上がる。
A-01の面々もそれに続いた。
「神宮寺少佐」
「はい」
「貴官の説明で、XM3の有用性と危険性は理解した」
「ありがとうございます」
「だが、本当に重要なのはここからだ」
「はい」
「我々が使いこなし、部隊として運用できる形にする。そのために、貴官の教導を受ける」
まっすぐな目。
逃げ場がない。
「よろしく頼む」
「……はい」
自分は、もう一度敬礼した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
速瀬中尉が、立ち去り際にこちらへ言った。
「白き少佐様」
「はい」
「三割増しってやつ、期待してるわ」
「最初は制限版です」
「分かってるわよ」
「あと、前に出すぎないでください」
「まだ乗ってもいないのに釘刺さないでくれる?」
「一般論です」
「便利な言葉ね、それ」
宗像中尉が横で笑う。
「神宮寺少佐、速瀬中尉対策だけは既に上手いようです」
「宗像」
伊隅大尉の声で、二人は一応黙った。
遙中尉が、少しだけこちらへ頭を下げる。
「少佐、資料を後で見せていただけますか? CP側の更新案も考えたいので」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
茜少尉は、何か言いたそうにしてから、少しだけ頭を下げた。
「少佐」
「はい」
「私の動き、見てください」
「もちろんです」
「速瀬中尉と同じじゃなくて、私の動き……ですよね」
「はい」
茜少尉は、少し恥ずかしそうに笑った。
「頑張ります」
「はい」
その後ろで、速瀬中尉がにやにやしていた。
「茜、もう懐いてる?」
「ち、違います! 教導をお願いしているだけです!」
「はいはい」
「水月さん!」
遙中尉が、困ったように笑う。
その光景が、少しだけ温かかった。
A-01が退室していく。
最後に残ったのは、夕呼副司令だった。
◇
「お疲れ様」
夕呼副司令が、椅子から立ち上がる。
その声は軽い。
でも、目は講義の間と同じく、ずっとこちらを観察していた。
「どうだった?」
「……胃が痛いです」
「でしょうね」
「否定してください」
「無理」
夕呼副司令は端末を操作する。
講義中の音声ログ、A-01の反応、質問内容、真白の発言。全部、記録されている。
「悪くはなかったわ」
「本当ですか?」
「ええ。技術説明としてはね」
「としては」
嫌な予感がする。
夕呼副司令は、いつものように口元を上げた。
「でも、教導としてはまだ甘い」
「……はい」
「A-01は理解が早いわ。伊隅も宗像も遙も、こっちの意図を勝手に拾ってくれる。だから、あんたの説明でも通った」
「はい」
「でも、訓練兵にはそうはいかない」
207Bの顔が浮かぶ。
榊訓練兵。御剣訓練兵。彩峰訓練兵。珠瀬訓練兵。鎧衣訓練兵。
「いずれ207Bにも教えるんでしょう?」
「はい」
「なら、あんたの言葉を、もっと噛み砕く必要がある」
「……分かっています」
「分かってない顔ね」
「分かりかけています」
「正直でよろしい」
夕呼副司令は、端末を閉じた。
「だから、次」
「次?」
「まりもに教えなさい」
一瞬、理解が遅れた。
「……はい?」
「まりもにXM3を触らせるのよ」
「まりもさんに、自分が?」
「そう」
夕呼副司令は、楽しそうだった。
とても楽しそうだった。
「A-01全体に実機やシミュレーターで教える前に、まず教官で試すの」
「試すって言い方が……」
「事実でしょ」
「まりもさんに教えるとか、自分、絶対に逆に怒られませんか」
「怒られるでしょうね」
即答だった。
「そこは否定してください」
「無理ね」
夕呼副司令は、今度こそはっきり笑った。
「でも、それでいいのよ」
「いいんですか……?」
「まりもは教えるプロよ。訓練兵の扱いを分かってる。あんたの説明が独りよがりなら、すぐ分かる」
その言葉は重かった。
教えるプロ。
神宮司まりも軍曹。
自分がこの世界で最初に安心できた大人の一人。
厳しくて、怒ると怖くて、でも、ちゃんと見てくれる人。
その人に、自分がXM3を教える。
変な感じがする。
いや、かなり怖い。
「教官が理解できない教え方なら、訓練兵にも部隊にも通用しないわ」
夕呼副司令は、そう言った。
「だから、今夜。まりもに個別レッスン」
「今夜ですか」
「今夜よ」
「急ですね」
「時間がないもの」
その一言で、空気が少しだけ変わった。
そうだ。
時間はない。
10月29日。
これから先、世界はどんどん加速していく。
新潟。
帝都。
十二・五事件。
トライアル。
佐渡島。
横浜。
時間はない。
「分かりました」
自分は頷いた。
「まりもさんに、教えてみます」
「ええ」
夕呼副司令は、満足そうに言った。
「誤魔化しは通じないわよ」
「……分かっています」
通じないだろう。
まりもさんには、きっと。
自分が怖がっていることも。
白銀武の知識をなぞっているだけでは足りないことも。
教える責任にまだ慣れていないことも。
全部、見抜かれる。
それでも、やらなければならない。
XM3は、ただ速くなるためのOSではない。
誰かを帰すためのOSだ。
その言葉を、ただ口にするだけでは足りない。
本当に誰かを帰すために教えるなら、まず、自分が教える怖さを知らなければならない。
その夜。
神宮寺真白は、A-01へ初めてXM3を語った。
新型OSの可能性を。
入力の遊びを削る危険性を。
三割増しの反応速度を。
そして、戦場から帰るための思想を。
けれど――。
白き少佐が本当に“教導”というものの重さを知るのは。
その直後、神宮司まりもと向き合う夜のことだった。
第15話「XM3講義」 END
A-01全員の描写を毎回は難しそうなので、以降、場面に応じて主要メンバー以外は省略させていただく事があります。
ご了承くださいm(_ _)m
その代わり幕間などで、各人物のサイドストーリーはやる予定です。