マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
なんとsnsを見てたら、「ドワンゴジェイピーストア」で、マブラヴ のグッズが受注生産されるみたいです!
アクスタやフクグラTシャツなど…鑑純夏や御剣 冥夜などメインヒロイン達が、今回はグッズ化されるみたいですね。
早速、アクスタは予約しました、初めてグッズを手に入れられて嬉しいです!届くのが楽しみです!
2026年6月14日 19:30
一部設定に修正を入れました。ご報告ありがとうございました。
2026年6月15日 19:00
本文構成の全体調整を行いました。
10月29日 夕方
国連軍横浜基地 B19フロア・戦術講義室
<< 神宮寺 真白 >>
「――XM3は、戦術機を速くするOSではありません」
最初にそう告げた瞬間、講義室の空気が変わった。
困惑。
疑問。
興味。
警戒。
そのすべてが、A-01の衛士たちの視線となって、自分に向けられる。
目の前には、伊隅大尉を中心としたA-01の面々が並んでいた。
その中には、速瀬中尉、遙中尉、宗像中尉、風間少尉の姿もある。
そして、自分の記憶にはなかった如月桃音中尉と弥生藤乃中尉も、当然のようにその列に加わっていた。
A-01中隊。
伊隅戦乙女隊。
原作で知っている顔と、自分の記憶にはなかった顔が、同じ部屋に並んでいる。
ここは、自分の知っている物語ではない。
白銀武がいない世界。
本来なら彼が持ち込み、香月夕呼と共に形にしていくはずだった新概念OSを、今、自分が説明しようとしている。
知っている。
けれど、自分が作ったわけではない。
理解している。
けれど、そのすべてを身体で得たわけではない。
それでも、この世界にそれを持ち込んだのは自分だ。
なら、逃げられない。
後方にはピアティフ中尉。
部屋の端には、香月夕呼副司令が腕を組んで座っていた。
いつものように、面白そうな目でこちらを見ている。
さあ、やってみなさい。
できるものなら。
そう言われている気がした。
「神宮寺少佐」
最初に口を開いたのは、伊隅大尉だった。
「我々A-01は、副司令より新型OSに関する事前説明を受けている。だが、詳細は貴官から聞くようにと言われている」
「はい」
「つまり、貴官がこのOSの発案者、あるいは中心人物という理解でよいか?」
発案者。
中心人物。
その言葉は、思っていたより重かった。
本当は違う。
これは白銀武のものだ。
けれど、その白銀武はこの世界にいない。
存在しない人間の名前を出して、自分が背負うべき責任から逃げることはできない。
「……はい。発案の中心に、自分の知識が関わっています」
夕呼副司令が、ほんの少しだけ口元を上げた。
余計なことは言うな。
そう言っている目だった。
「ただし、これは自分一人の成果ではありません。香月副司令、横浜基地技術班、管制担当、そして今後実際に使っていただく衛士の皆さんの検証があって、初めて完成に近づくものです」
「優等生みたいな答えね」
速瀬中尉が、肘をついたまま言った。
「で? 要するに、そのXM3ってのは、あたしらをどれだけ速くしてくれるわけ?」
「速瀬」
伊隅大尉が軽くたしなめる。
速瀬中尉は肩をすくめた。
「大事でしょ。新型OSって言うからには、機体が速くなるんじゃないの?」
「その質問は、かなり重要です」
自分は頷いた。
ここを間違えると、XM3はただの加速装置として受け取られる。
速く動ける。
強くなれる。
敵を倒せる。
その認識だけが先に立てば、必ず誰かが死線を踏み抜く。
「結論から言うと、XM3は機体そのものの出力を直接上げるOSではありません」
「へえ?」
「じゃあ、何が変わるのよ」
「機体が、衛士の意思に遅れにくくなります」
講義室の空気が、もう一段変わった。
自分は端末を操作し、壁面モニターに従来OSとXM3の入力系比較図を表示した。
操縦桿。
ペダル。
入力処理。
OS側の受付。
機体動作への反映。
それぞれの間にある、わずかな遅れ。
そして、そこに挟まる“遊び”。
「従来OSでは、操縦桿やペダルの入力に、ある程度の“遊び”があります。簡単に言えば、入力の余裕や緩衝です。多少雑に動かしても、OS側が機体へ伝える前に丸めてくれる」
「遊び、ですか?」
柏木少尉が首を傾げた。
「はい。機械は、人間の意思をそのまま受け取れるわけではありません。操縦桿を倒す。ペダルを踏む。その入力をOSが受け取り、機体制御へ変換する。その過程で、遅れや補正が入ります」
宗像中尉が目を細める。
「なるほど。反応は鈍くなるが、暴れにくい」
「はい」
如月中尉が、柔らかく笑った。
「つまり、今までは機体側が少しだけ甘やかしてくれていた、ということかしら」
「言い方は少し可愛いですが、近いです」
「可愛いのは大事よ、白き少佐」
「そこは大事なんですか……?」
弥生中尉が、眠たげな目のままモニターを見ていた。
「遊びがなくなると、死線も近くなる」
その一言に、少しだけ背筋が冷えた。
伊隅大尉が、静かに視線を向ける。
「弥生」
「事実を言っただけ」
「……今の指摘は重要です」
自分は頷いた。
「XM3では、この遊びを大きく削っています。操縦桿やペダルの入力が、従来よりも直接的に機体挙動へ反映される。入力から機体挙動までの遅延を減らすことで、実戦時の即応性は従来比でおよそ三割増しになります」
「三割……」
風間少尉が静かに呟く。
遙中尉が、管制官らしい視点で聞いた。
「それは、衛士の反応速度が上がるというより、機体側の応答が早くなる、という理解でいいですか?」
「その通りです。衛士本人が急に別人になるわけではありません。機体が遅れなくなる、という方が近いです」
「遅れなくなる……」
茜少尉が、小さく繰り返した。
その目には、強い興味があった。
速瀬水月という、自分の憧れの人に追いつきたい。
その気持ちが、茜少尉の中にはある。
XM3は、そういう人間にとって魅力的に見えるだろう。
だからこそ危ない。
「ただし、良いことばかりではありません」
自分は少し声を強くした。
モニターに警告表示を出す。
過入力。
急制動。
関節負荷。
推進剤消費増加。
姿勢崩れ。
機体損耗。
「遊びが少ないということは、雑な入力もそのまま機体に出るということです。焦れば、焦った通りに暴れる。力めば、力んだまま機体が動く。判断を誤れば、その誤りが従来よりも早く、従来よりも強く、機体挙動に出ます」
「衛士の癖が、機体挙動に直結するわけか」
伊隅大尉が頷いた。
「はい。反応が速い衛士ほど、最初は前に出すぎる危険があります」
速瀬中尉が片眉を上げた。
「それ、あたしに言ってる?」
「一般論です」
「目がこっち向いてたけど?」
「一般論です」
「神宮寺少佐、今のは少々分かりやすい一般論でしたね」
「……すみません」
宗像中尉が楽しそうに笑った。
如月中尉が口元に手を当てる。
「でも、分かりやすいわ。水月ちゃんは前に出るものね」
「桃音まで」
「事実よねぇ」
速瀬中尉がむっとした顔をする。
その横で、弥生中尉が淡々と言った。
「前に出る人がいるから、後ろが間に合うこともある。問題は、戻ってこられるか」
それは、後で自分が言おうとしていたことに近かった。
やはりこの人は、妙なところを見ている。
怖い言い方をする。
けれど、的外れではない。
「ま、いいわ。反応がいいなら、あたし向きではありそうね」
「速瀬」
伊隅大尉の声が少し低くなる。
「分かってるわよ。調子には乗らないって」
「水月、それを口で言っている時はだいたい危ないわ」
「遙まで」
講義室に小さく笑いが漏れた。
空気は少し緩んだ。
だが、視線は逸れていない。
A-01は、冗談を挟みながらも必要な部分を逃さない。
この人たちは、実戦部隊だ。
説明を聞いているだけの学生ではない。
言葉を、そのまま戦場へ持ち込もうとしている。
だから、軽い言葉は使えない。
「XM3の大きな要素は、三つあります」
モニターに文字を表示する。
先行入力。
キャンセル。
コンボ。
表示された文字を見て、A-01の面々がわずかに反応した。
速瀬中尉が眉を寄せる。
「……きゃんせる?」
宗像中尉が面白そうに呟いた。
「こんぼ、ですか」
伊隅大尉がモニターを見たまま言う。
「神宮寺少佐。その二つは、正式な戦術機用語ではないな?」
「はい。元の……自分が知っている概念を、そのまま仮称として置いています。ただ、この世界の皆さんには分かりにくいと思いますので、説明上は別の言葉に置き換えます」
夕呼副司令が横から口を挟んだ。
「真白。あんたの世界の遊戯用語をそのまま使っても通じないわ。戦術機用語に直しなさい」
「はい」
自分は端末を操作し、表示の横に補足を追加する。
先行入力。
キャンセル――動作中断制御。
コンボ――連続機動。
「まず、先行入力。これは、現在の動作が終わる前に、次の動作を予約する機能です」
図が動く。
吹雪相当機が踏み込みながら旋回準備を入れ、着地前に次の姿勢を作る。
「従来OSでは、動作が終わってから次の動作へ移る感覚が強いです。しかしXM3では、次の動作を先に入れられる。歩行しながら旋回を予約する。跳躍中に着地後の姿勢を作る。射撃姿勢から回避へ繋げる。単純な動作の連続ではなく、次の動作を前の動作の中へ折り込む感覚です」
臼杵少尉が質問する。
「入力手順が増えるということですか?」
「いい質問です。増える、というより、先に繋げられる、です。ただし、慣れないうちは入力項目が増えたように感じる可能性があります」
伊隅大尉が低く言う。
「真面目な衛士ほど、手順を追いすぎて硬くなるかもしれないな」
「はい」
207Bの委員長の顔が、頭をよぎる。
彼女なら、きっと手順として覚えようとする。
それは長所だ。
だが、XM3では硬さにもなる。
先に動作を入れられるということは、先を読めるということだ。
けれど、先を読みすぎれば、目の前の変化に遅れる。
「次に、キャンセル。説明上は、動作中断制御と呼びます」
モニターの映像を切り替える。
長刀を振り抜く動作の途中で、回避姿勢へ移る映像だ。
「これは、動作を最後まで完了させず、次の行動へ切り替える機能です。振り抜き動作を途中で止めて回避へ移る。踏み込みから別方向へ抜ける。射撃後の硬直を減らす。要するに、機体が作った隙を、衛士の判断で短くする機能です」
柏木少尉が感心したように言う。
「すごいですね。機体の隙が減るってことですか?」
「はい。ただし、何でも途中で切り替えればいいわけではありません。動作を切り替えるということは、その分、関節や駆動系に負担がかかります」
風間少尉が静かに頷く。
「機体側が悲鳴を上げる」
「その通りです」
戦術機は、意思だけで動く兵器ではない。
金属と駆動系と燃料と整備で動く機械だ。
XM3は、その機械により衛士の意思を近づける。
だが、近づけすぎれば、機械の限界もまた近づく。
如月中尉が、少しだけ笑みを薄めた。
「戦場で助かっても、機体が次に動けなければ意味がないものね」
「はい」
弥生中尉が続ける。
「一度の生存が、次の死線になることもある」
「弥生中尉の言い方、毎回ちょっと怖いですね……」
「慣れて」
「慣れられる気がしません」
如月中尉が、くすりと笑う。
「大丈夫よ、少佐。藤乃は怖いことを言うけど、大体当たるから」
「それが一番怖いです」
A-01の空気がまた少し緩む。
けれど、誰も便利だとだけは受け取っていない。
それが、少しだけ救いだった。
「そして三つ目が、コンボ。こちらは、連続機動、あるいは動作連結と考えてください。先行入力と動作中断制御を組み合わせ、複数の動作を途切れさせずに繋げる考え方です」
速瀬中尉が、そこでにやりと笑った。
「つまり、斬って、避けて、踏み直して、また斬る。そういう流れを、機体に覚えさせるってこと?」
「はい。かなり近いです」
「へえ。剣術の型を、戦術機の動きに落とし込むみたいなものね」
「その説明の方が、この世界では分かりやすいと思います」
そう言ってから、自分は少しだけ言葉を止めた。
本当なら、自分の元いた世界には、もっと直感的な言い方がある。
連続した攻撃や動作を、一つの流れとして繋げる考え方。
けれど、その言葉は、この世界では通じない。
いや、通じないどころか、余計な混乱を招く。
白銀武が持っていたという携帯用の遊戯端末でさえ、この世界では強い警戒を生むような代物だ。
手のひらに収まる液晶画面。
電池で動く小型端末。
映像と音を出し、入力に応じて画面内のものが動く玩具。
自分の世界では古い娯楽品でも、この世界では十分すぎるほど未知の技術になる。
言葉を間違えれば、技術ではなく異物として受け取られる。
自分が伝えたいのは、元の世界の遊戯文化ではない。
戦場で生き残るための動きだ。
「正式資料では、元の概念名としてキャンセル、コンボという表記を残します。ただ、教導時には動作中断制御、連続機動として説明します」
伊隅大尉が頷いた。
「その方がいい。意味の分からない言葉を覚えるより、実際の動きで理解した方が早い」
「はい」
宗像中尉が小さく笑う。
「神宮寺少佐の世界には、今の説明を一言で表す便利な言葉がある、ということですか?」
「ありますが、今は使いません」
「それは残念」
「宗像」
「失礼しました。ですが、未知の言葉をあえて噛み砕く判断は妥当かと」
宗像中尉は、まったく悪びれていない。
如月中尉も、どこか面白そうに頷いている。
「でも、呼びやすさは大事よ。実戦で長い言葉は言えないもの」
「それはあります。ただ、最初の教導では意味を優先します」
「白き少佐、真面目ねぇ」
「真面目にしないと副司令に怒られます」
「怒るわよ」
夕呼副司令が即答した。
自分は小さく肩を落とした。
笑いが漏れる。
けれど、その笑いも長くは続かない。
ここからが、本当に言わなければならないことだった。
「重要なのは、XM3は“速く動くための魔法”ではないということです」
茜少尉が、少しだけ顔を上げた。
「魔法ではない……」
「はい。衛士が雑に入力すれば、雑に動きます。焦れば、焦った通りに暴れます。自分が上手くなったと錯覚すれば、機体を壊すか、自分を危険に晒します」
講義室が静かになった。
「だから最初に覚えるべきなのは、速く動くことではありません」
伊隅大尉がこちらを見る。
「では、何を覚える?」
「止まることです」
自分は答えた。
「動けるようになる前に、止まれること。踏み込む前に、戻れる場所を作ること。動作を途中で切り替える前に、どこへ戻るかを決めること。速さは武器になります。でも、戻る場所のない速さは、ただ死線に近づくだけです」
遙中尉が静かに頷いた。
「管制側から見ても、それは重要ですね。動きの速い機体ほど、戻る場所がないと隊列を崩します」
「はい。XM3は単機性能を高めます。でも、部隊行動を壊す危険もあります」
伊隅大尉の目が鋭くなる。
「A-01で運用するなら、個人の機動だけではなく、部隊全体の連携を再構築する必要があるな」
「その通りです」
さすがだと思った。
伊隅大尉は、XM3を自分の機体だけで見ていない。
部隊全体で見ている。
だから隊長なのだ。
如月中尉が、柔らかい声で言う。
「速くなるだけなら、若い子ほど飛びつきそうだものね」
茜少尉と柏木少尉が、少しだけ姿勢を正した。
弥生中尉は、眠たげな目のまま続ける。
「戻る道を知らない速さは、死線を踏み抜く」
また怖い。
でも、やはり正しい。
戻る道。
それは、戦術機の話だけではない気がした。
真白自身にも、戻る道はあるのか。
白銀武の知識を持ち、夕呼に利用価値を見出され、A-01に未来の戦い方を説明しようとしている自分は、どこへ戻ればいいのか。
そんな考えが一瞬だけ浮かんで、すぐに押し込めた。
今は、自分のことを考える時間ではない。
「では、各員ごとの適性も見る必要があるな」
「はい。今後、制限版XM3を用いたシミュレーター訓練で確認します」
「制限版?」
速瀬中尉が椅子の背にもたれる。
「いきなり完全版は使いません。まずは先行入力の段階数と動作中断制御の範囲を制限した訓練用から始めます」
「慎重ね」
「慎重にしないと危ないので」
「それは、あんたの判断?」
「……自分と、副司令の判断です」
夕呼副司令が肩をすくめた。
「真白の案に、安全装置を山ほど付けたのは私よ。こいつ、そのままだと便利さばっかり見せかねないから」
「副司令」
「何よ。本当でしょ」
否定できない。
記憶の中のXM3は、人類の戦い方を変える希望だった。
だが、この世界でそれをそのまま出せば、危険もある。
便利に見えるものほど、人は無理をする。
そして、この世界の衛士たちは、無理をしなければ生き残れない場所に立っている。
だからこそ、便利さだけを渡してはいけない。
「神宮寺少佐」
伊隅大尉が言った。
「はい」
「貴官は、このOSをどのような思想で使わせたい?」
「思想、ですか」
「そうだ。ただ速く動くためのものではない。機体性能を引き上げるだけでもない。ならば、衛士にどう受け止めさせるべきか。それを知りたい」
部屋が静かになる。
自分は少しだけ息を吸った。
まだ、うまく言葉にできている自信はない。
でも、ここで誤魔化してはいけない。
「自分は、このOSを……生き残るために使ってほしいと思っています」
口にした瞬間、自分の声が少しだけ震えた。
「本来なら避けられない攻撃を、避けるために」
まりもさんのことが頭をよぎる。
まだ彼女へ個別に教える前だ。
でも、死の未来は知っている。
「本来なら間に合わない回避を、間に合わせるために」
新潟。
横浜。
佐渡島。
桜花作戦。
知っている未来の断片が、胸の奥を締めつける。
「誰かを倒すためだけではなく、誰かを帰すために」
風間少尉が、少しだけ目を伏せた。
宗像中尉の笑みが消える。
速瀬中尉も、軽口を止めた。
如月中尉の柔らかい笑みも、少しだけ静かになる。
弥生中尉は、眠たげな目のままこちらを見ていた。
その視線は、自分ではなく、自分の背後にある何かを見ているようだった。
「一人でも多くの衛士が、戦場から戻ってこられるようにするためのOSです」
言い切った。
少しだけ、沈黙があった。
その沈黙は、否定ではなかった。
A-01の沈黙は、軽くない。
戦場から戻ってこられなかった者を知っている人たちの沈黙だった。
それを破ったのは、伊隅大尉だった。
「良い思想だ」
短い言葉。
けれど、重い。
「だが、理想だけでは兵は帰らない」
「はい」
「我々は実際に使い、問題を洗い出し、部隊運用に落とし込む必要がある」
「お願いします」
「こちらこそ、だ」
伊隅大尉はわずかに頷いた。
「A-01は、新型OSの検証に協力する」
その瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
知っているはずの人たち。
知らないはずなのに、もう目の前にいる人たち。
生き残ってほしい人たち。
その人たちが、自分の言葉を聞いてくれている。
「ただし」
伊隅大尉は続けた。
「我々を実験台として扱うなら、相応の覚悟を持て」
「……はい」
「そして、貴官も同じ戦場に立つ者として、自分を例外にするな」
また、刺さる。
この人も言うのか。
自分を例外にするな、と。
真白は、XM3を説明する側だ。
未来を知っている側だ。
だが、それは戦場で死なない理由にはならない。
「はい」
「ならばよい」
弥生中尉が、小さく言った。
「死線に近いことを言う人ほど、自分の足元を見ない」
「弥生」
伊隅大尉がたしなめる。
「でも、必要な指摘」
弥生中尉は淡々としている。
如月中尉が、少し困ったように笑った。
「藤乃はこういう子なの。気にしすぎないでね、少佐」
「気にしますよ……」
「でも、心配してるのよ」
そう言われると、何も言えなくなる。
速瀬中尉が、そこで軽く笑った。
「ま、難しい話は分かったわ。要するに、ちゃんと使えば一拍早く動ける。でも雑に使えば自爆する。そういうことでしょ?」
「かなり雑ですが、だいたい合っています」
「雑って言ったわね?」
「速瀬中尉が先に雑にまとめたので」
宗像中尉が楽しそうに肩を震わせた。
柏木少尉も小さく笑っている。
如月中尉も、明るく頷いた。
「でも、そのくらいの言い方の方が覚えやすいわね」
「正式資料には書けません」
「残念」
空気が少し軽くなる。
その軽さに救われる。
重いことだけを言い続ければ、人は息ができなくなる。
けれど、軽くしすぎれば、戦場の重さを見失う。
A-01は、その間を自然に行き来している。
自分には、まだそれが難しい。
茜少尉が遠慮がちに手を挙げた。
「あの、少佐」
「はい、涼宮少尉」
「XM3を使えば、速瀬中尉みたいに動けるようになりますか?」
速瀬中尉が少し驚いた顔をする。
遙中尉は、静かに茜少尉を見ていた。
その質問は、茜少尉らしい。
憧れ。
焦り。
追いつきたいという気持ち。
それは悪いものではない。
だが、ここで間違えてはいけない。
「速瀬中尉と同じ動きは、目指さなくていいと思います」
「え……」
茜少尉の顔に少しだけ不安が浮かぶ。
自分は慌てずに続けた。
「速瀬中尉には速瀬中尉の動きがあります。涼宮少尉には、涼宮少尉の動きがある」
「私の……」
「はい。XM3は、誰かの真似をするためのOSではありません。その人の動きを、機体に遅れさせないためのOSです」
茜少尉は黙った。
速瀬中尉は何も言わない。
遙中尉が、少しだけ微笑んだ。
「だから、涼宮少尉が使うなら、涼宮少尉自身の動きを見つける必要があります」
「……はい」
茜少尉は、小さく頷いた。
その目には、まだ迷いがある。
でも、何かが残ったはずだ。
如月中尉が、そっと付け足した。
「憧れは悪いことじゃないわ。でも、憧れのまま突っ込むと、帰り道を見失うものね」
茜少尉が、少しだけ背筋を伸ばす。
弥生中尉は静かに頷いた。
「自分の足で戻れるなら、憧れも武器になる」
茜少尉の表情が、わずかに変わった。
この二人も、若手を見ている。
明るい如月中尉と、静かな弥生中尉。
見え方は違う。
でも、どちらもA-01の古参なのだと分かる。
宗像中尉が、今度は自分へ質問した。
「神宮寺少佐」
「はい」
「XM3は衛士の癖を強く反映する。ならば、癖の強い衛士ほど危険であり、同時に伸びる可能性も高いという理解で?」
「はい。おそらく」
「面白いですね」
「面白いだけで済めばいいんですが」
「済まないから、我々が検証するのでしょう」
その通りだった。
臼杵少尉が静かに言う。
「ログは、かなり細かく取る必要がありそうですね」
「はい。各員ごとの入力癖、反応遅延、関節負荷、推進剤消費、動作中断時の姿勢崩れ。全部見たいです」
築地少尉が、緊張した様子で端末を確認している。
高原少尉と麻倉少尉も、真剣な顔でモニターを見ていた。
後輩組にとって、この講義は少し難しいかもしれない。
だからこそ、言葉を間違えられない。
柏木少尉が苦笑する。
「大変そうですね、ピアティフ中尉」
「記録系統は既に準備済みです」
「さすがです」
「副司令の指示ですので」
夕呼副司令が笑う。
「当然よ。面白い実験はログを取ってから始めるものだわ」
「実験扱いしないでください」
「比喩よ、比喩」
絶対に半分本気だ。
◇
講義の後半は、実際の機体ログ映像を使った説明になった。
従来OSでの踏み込み。
XM3制限版での踏み込み。
入力から機体挙動への遅延差。
停止時の姿勢復帰。
動作中断制御時の関節負荷。
同じ映像を見ていても、A-01の面々が見ているものは違った。
伊隅大尉は、すぐに部隊運用を考える。
「隊列変更時の遅延が減るなら、突撃前衛と強襲掃討の入れ替えが早くなる」
速瀬中尉は、近接戦闘の一拍を見る。
「踏み込みから斬撃への移行が速いわね。相手が人間なら、見てからじゃ間に合わない」
宗像中尉は、裏を読む。
「逆に、誘いに乗りやすくなる可能性もありますね。動けるがゆえに、動かされる」
風間少尉は、安定性を見る。
「姿勢復帰が早い分、射撃姿勢への移行も滑らかになります」
如月中尉は、若手の反応を見ていた。
「使いこなせる子は伸びるわね。でも、最初に褒める場所を間違えると、危ないかもしれないわ」
弥生中尉は、ログの負荷表示を見ている。
「死線が近くなる場所が、数字で見える」
遙中尉は、管制視点。
「全機がXM3化した場合、CP側の予測表示も更新が必要ですね。従来の反応遅延前提だと、指示が半拍遅れます」
臼杵少尉は、機体負荷。
「動作中断制御を多用する衛士とそうでない衛士で、整備負担に差が出そうです」
柏木少尉は、ぽつりと言う。
「でも、これが使いこなせたら、今まで助けられなかった人を助けられるかもしれないんですよね」
その一言に、自分は少しだけ言葉を失った。
柏木少尉は、明るい。
でも、明るいだけではない。
ちゃんと戦場を見ている。
「はい」
自分は頷いた。
「その可能性はあります」
柏木少尉は、少しだけ笑った。
「なら、頑張って覚えないとですね」
その笑顔が、胸に残った。
可能性。
それは、便利な言葉だ。
助かるかもしれない。
救えるかもしれない。
帰れるかもしれない。
だが、可能性は約束ではない。
XM3があれば全員が帰れるわけではない。
それでも、可能性があるなら伸ばしたい。
たとえそれが、自分のものではない知識だったとしても。
「白き少佐が来てから、少しだけ空気が変わった気がするわ」
如月中尉が、柔らかく言った。
「如月中尉?」
「根拠はないわよ。ベテランの勘ってやつ」
弥生中尉が、静かに続けた。
「死線が少しずれた。悪いことじゃない」
自分は、返事に迷った。
死線。
ずれた未来。
その言葉は、自分にとって軽くない。
「……そうなるように、頑張ります」
ようやく、それだけ言った。
◇
講義が終わる頃には、外は暗くなっていた。
B19フロアに夜の色は届かない。
それでも、端末に表示された時刻と、少し重くなった空気が、時間の経過を教えてくれる。
「本日の講義は以上です。次回より、制限版XM3を用いたシミュレーター訓練に入ります」
自分は、深く息を吐きたいのを我慢して敬礼した。
「ご清聴、ありがとうございました」
伊隅大尉が立ち上がる。
A-01の面々もそれに続いた。
「神宮寺少佐」
「はい」
「貴官の説明で、XM3の有用性と危険性は理解した」
「ありがとうございます」
「だが、本当に重要なのはここからだ」
「はい」
「我々が使いこなし、部隊として運用できる形にする。そのために、貴官の教導を受ける」
まっすぐな目。
逃げ場がない。
「よろしく頼む」
「……はい」
自分は、もう一度敬礼した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
速瀬中尉が、立ち去り際にこちらへ言った。
「白き少佐様」
「はい」
「三割増しってやつ、期待してるわ」
「最初は制限版です」
「分かってるわよ」
「あと、前に出すぎないでください」
「まだ乗ってもいないのに釘刺さないでくれる?」
「一般論です」
「便利な言葉ね、それ」
宗像中尉が横で笑う。
「神宮寺少佐、速瀬中尉対策だけは既に上手いようです」
「宗像」
伊隅大尉の声で、二人は一応黙った。
如月中尉が、こちらへ軽く手を振る。
「少佐、次はもう少し肩の力を抜いてね。緊張してると、見てるこっちが守りたくなるから」
「如月中尉、それはどういう意味ですか……」
「そのままの意味よ」
「如月」
「はーい」
如月中尉は笑って引いた。
弥生中尉は、すれ違いざまに短く言った。
「神宮寺少佐」
「はい」
「死線に近づく時は、自分の足元も見て」
「……はい」
「それができるなら、悪い未来ばかりじゃない」
そう言って、弥生中尉は静かに歩いていった。
怖い。
でも、少しだけ優しい。
たぶん、そういう人なのだと思う。
遙中尉が、少しだけこちらへ頭を下げる。
「少佐、資料を後で見せていただけますか? CP側の更新案も考えたいので」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
茜少尉は、何か言いたそうにしてから、少しだけ頭を下げた。
「少佐」
「はい」
「私の動き、見てください」
「もちろんです」
「速瀬中尉と同じじゃなくて、私の動き……ですよね」
「はい」
茜少尉は、少し恥ずかしそうに笑った。
「頑張ります」
「はい」
その後ろで、速瀬中尉がにやにやしていた。
「茜、もう懐いてる?」
「ち、違います! 教導をお願いしているだけです!」
「はいはい」
「水月さん!」
遙中尉が、困ったように笑う。
その光景が、少しだけ温かかった。
A-01が退室していく。
最後に残ったのは、夕呼副司令だった。
◇
「お疲れ様」
夕呼副司令が、椅子から立ち上がった。
声は軽い。
だが、講義の間と同じく、目だけはずっとこちらを観察していた。
「悪くはなかったわ。A-01相手の技術説明としてはね」
「……としては、ですか」
嫌な予感がした。
夕呼副司令は、端末を閉じる。
「次は、まりもよ」
一瞬、理解が遅れた。
「……まりもさんに、自分が?」
「そう」
夕呼副司令は、いつものように口元を上げた。
「教官に通じない教え方なら、訓練兵にも通用しないわ」
その言葉は、重かった。
神宮司まりも軍曹。
207Bを見て、叱り、鍛え、戦場へ送り出す人。
その人に、自分がXM3を教える。
いや、違う。
たぶん、教えるだけでは済まない。
「誤魔化しは通じないわよ」
「……分かっています」
通じないだろう。
まりもさんには、きっと。
自分が怖がっていることも。
白銀武の知識をなぞっているだけでは足りないことも。
教える責任にまだ慣れていないことも。
全部、見抜かれる。
それでも、やらなければならない。
XM3は、ただ速くなるためのOSではない。
誰かを帰すためのOSだ。
その言葉を、ただ口にするだけでは足りない。
白き少佐が本当に“教導”というものの重さを知るのは。
その直後、神宮司まりもと向き合う夜のことだった。
第15話「XM3講義」 END
A-01全員の描写を毎回は難しそうなので、以降、場面に応じて主要メンバー以外は省略させていただく事があります。
ご了承くださいm(_ _)m
その代わり幕間などで、各人物のサイドストーリーはやる予定です。