マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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2026年6月19日 23時50分
少し本文の修正を行いました。



第15.5話「教官への最初のレッスン」

10月29日 夜

横浜基地・戦術機シミュレーター室

<< 神宮寺 真白 >>

 

副司令からの指示は、すでに出ていた。

 

次に向き合う相手は、A-01ではない。

 

神宮司まりも軍曹。

 

207Bを見て、叱り、鍛え、戦場へ送り出す教官だった。

 

A-01へのXM3講義が終わった直後だというのに、胃の重さはまったく消えていない。

むしろ、悪化している気がする。

 

伊隅大尉たちは、XM3を実戦部隊として見た。

速瀬中尉は、踏み込みの一拍として見た。

涼宮中尉は、管制の半拍として捉えた。

宗像中尉は、相手を動かす余白として読んだ。

風間少尉は、機体を保たせるための安定として見た。

如月中尉は、部隊の空気を変えるものとして感じた。

弥生中尉は、ずれ始めた死線として見ていた。

 

けれど、まりもさんは違う。

 

あの人は、きっと訓練兵がどこで失敗するかを見る。

自分の説明が、誰かを生かすものなのか。

それとも、誰かを危険へ近づけるものなのか。

 

そこを見抜く。

 

自分は端末を確認しながら、制限版XM3の設定を再確認した。

 

先行入力は二段まで。

動作中断制御の範囲は、歩行、旋回、跳躍後の姿勢復帰、射撃後硬直の短縮のみ。

連続中断は禁止。

関節負荷リミッターは通常より厳しめ。

 

完全版ではない。

訓練用の制限版。

A-01へ本格的に触らせる前の、さらに手前。

 

まりもさんに体験してもらうためのもの。

 

それでも、危ない。

XM3は、機体を速くするOSではない。

機体を、衛士の意思に遅れさせないOSだ。

 

だからこそ、操縦桿やペダルの遊びが少ない。

 

入力すれば、動く。

思ったより、ずっと早く。

雑に入れれば、雑に。

焦れば、焦ったまま。

 

「……本当に、教え方を間違えたら危ないな」

 

自分で口にして、また胃が痛くなる。

 

その時、背後の扉が開いた。

 

「神宮寺少佐」

 

「は、はい!」

 

思わず背筋が伸びた。

 

入ってきたのは、神宮司まりも軍曹だった。

 

強化装備姿。

髪をきちんとまとめ、いつものように背筋が伸びている。

その姿を見るだけで、条件反射的に怒られる気がしてしまう。

 

別に怒られるようなことはしていない。

たぶん。

まだ。

 

「お待たせしました」

「い、いえ。こちらこそ、夜分にすみません」

「香月副司令から、新型OSの個別説明を受けるよう指示を受けています」

「はい」

「よろしくお願いします、神宮寺少佐」

 

まりもさんが、きちんと敬礼する。

自分も慌てて返礼した。

 

階級上は、自分の方が上。

少佐待遇。

特務技術顧問。

 

分かっている。

分かっているのだが。

 

「……なんというか、自分がまりもさんに教えるって、すごく変な感じですね」

「階級上は、あなたが少佐です」

「そうなんですけど……」

「それに、私は新型OSに関しては素人です。遠慮せず指導してください」

 

そう言われると、余計に緊張する。

まりもさんは、少しだけ表情を緩めた。

 

「ただし」

「はい」

「私は、受講者として聞くわけではありません」

 

その言葉で、空気が少し変わった。

 

「あなたが、誰かに教えられる人間かどうかを見ます」

 

やっぱり怒られる未来しか見えない。

でも、それでいい。

副司令もそう言っていた。

 

「……よろしくお願いします」

「はい。では、始めましょう」

 

自分は端末を操作した。

シミュレーターの設定画面に、吹雪の訓練機データが表示される。

実機ではない。

 

それでも、操縦感覚はかなり近い。

 

「まず、従来OS相当の設定で軽く動かしていただきます。その後、制限版XM3へ切り替えます」

「差異を体感するためですね」

「はい」

「分かりました」

 

まりもさんは、シミュレーター筐体へ入った。

自分は管制席へ座る。

 

モニターに、まりもさんの機体データが映った。

心拍。

視線。

操縦入力。

機体応答。

それらが、淡い光の線になって流れていく。

 

本来なら、まりもさんは現役の最前線衛士ではない。

でも、基礎はしっかりしている。

それは、動かし始めてすぐに分かった。

 

派手さはない。

無理な加速もない。

急な切り返しもない。

 

けれど、姿勢が崩れない。

 

歩行から停止。

停止から旋回。

短距離跳躍。

着地。

射撃姿勢。

後退。

 

すべてが丁寧だった。

 

「……すごい」

 

思わず呟く。

 

『何か?』

 

通信越しに、まりもさんの声が返ってきた。

 

「あ、いえ。基礎が綺麗だなと」

『褒めても何も出ませんよ』

「本心です」

『なら、ありがとうございます』

 

淡々としている。

でも、ほんの少しだけ声が柔らかい。

 

「では、次に制限版XM3へ切り替えます」

『了解』

 

自分は、設定を切り替えた。

画面上に表示が出る。

 

《XM3制限版 起動》

《入力補助範囲 限定》

《先行入力 二段階》

《動作中断制御範囲 制限》

《関節負荷リミッター 強化》

 

「まりもさん、まずは歩行から停止までお願いします。入力は従来OSと同じ感覚で」

『了解しました』

 

機体が動く。

 

一歩。

二歩。

停止。

 

その瞬間、まりもさんの入力がわずかに乱れた。

機体は止まった。

 

だが、従来OSよりも早く、鋭く止まりすぎた。

 

『……これは』

 

まりもさんの声が低くなる。

 

「どう感じましたか?」

『軽い、というより……機体の遅れが少ないですね』

「はい」

『ですが、止まり方が鋭すぎる。従来OSの感覚で入力すると、少し強く出ます』

「その通りです」

 

やはり、すぐに気づいた。

 

「操縦桿やペダルの遊びがほとんどありません。従来OSのつもりで入力すると、思ったより早く機体が反応します」

『つまり、雑な入力もそのまま出る』

「はい」

『便利ですね』

 

まりもさんは、短く言った。

そしてすぐ続けた。

 

『そして、危険です』

 

その言葉が、胸に刺さった。

 

「……はい」

『訓練兵にそのまま渡していいものではありませんね』

「そう思います」

『思います、ではなく、断言してください』

「……はい。訓練兵にそのまま渡してはいけないものです」

『よろしい』

 

一瞬で教官モードだ。

 

でも、その言葉がありがたかった。

自分が曖昧にしていたところを、まりもさんは曖昧なままにさせない。

 

「次に、先行入力を試します。歩行中に、次の旋回動作を予約してください」

『了解』

 

まりもさんの機体が歩く。

途中で、旋回入力。

従来OSなら、一度歩行動作が終わってから切り替わる。

 

しかしXM3は、次の動作が先に組まれる。

吹雪の動きが滑らかに曲がった。

 

『……なるほど』

 

まりもさんの声に、わずかな驚きが混じる。

 

『動作が繋がる』

「はい。これが先行入力です。現在の動作が終わる前に、次の動作を予約できます」

『戦場では有用ですね』

「はい」

『ただし、予約した動作が間違っていた場合、修正が遅れる可能性がある』

「……はい」

『訓練兵は、焦ると先に逃げ道を入れたがるかもしれません』

「逃げ道、ですか」

『例えば、敵が接近した瞬間に回避を予約する。ですが、その回避先が別の敵の進路上だった場合、かえって危険です』

 

まりもさんは、淡々と続ける。

 

『つまり、先行入力を教える前に、周囲を見る癖をつけなければなりません』

「……なるほど」

 

自分はメモを取った。

 

先行入力。

動作予約。

便利な機能。

 

そう考えていた。

でも、まりもさんはすぐに「失敗する訓練兵」を想像する。

 

これが教官なのだと思った。

 

「次は動作中断制御です。射撃姿勢から回避へ移ります。ただし、制限版なので、硬直短縮のみです」

『了解』

 

まりもさんの機体が射撃姿勢を取る。

 

模擬標的へ射撃。

直後、機体が横へ抜けた。

動作が早い。

 

従来OSなら残る硬直が、かなり減っている。

 

『……これも便利です』

 

まりもさんは言った。

 

『ですが、使い方を誤れば、姿勢が崩れますね』

「はい。動作中断制御を多用すると、関節負荷も増えます」

『訓練兵はやりますね』

「……やりますかね」

『やります』

 

即答だった。

 

『できるようになったことは試したくなるものです。特に、若い訓練兵は』

 

207Bの顔がまた浮かぶ。

 

鎧衣訓練兵は、やりそうだ。

彩峰訓練兵も感覚でやりそうだ。

榊訓練兵は逆に、手順として覚えすぎて硬くなりそうだ。

御剣訓練兵は踏み込みすぎるかもしれない。

珠瀬訓練兵は慎重すぎて遅れるかもしれない。

 

「……確かに」

『神宮寺少佐』

「はい」

『あなたは、XM3で何ができるかをよく知っている』

「……はい」

『ですが、訓練兵がそれをどう誤用するかを、もっと考えるべきです』

 

その言葉は、まっすぐだった。

叱責ではない。

でも、逃げ場がない。

 

「……はい」

『例えば榊なら、動作を正確に繋げようとして入力が硬くなるでしょう』

「分かります」

『彩峰なら、感覚で扱うこと自体は早いかもしれません。ですが、味方との連携を置き去りにする可能性があります』

「……ありそうです」

『珠瀬は、狙撃姿勢に入るまでの微調整には向いているかもしれません。ただし、撃つ前に迷う癖が出れば、先行入力の意味がなくなります』

「はい」

『御剣は踏み込みが強い。XM3の反応性が加われば、前へ出すぎる可能性があります』

「はい」

『鎧衣は柔軟です。予定外の状況で化けるでしょう。ただし、柔軟さが味方に伝わらなければ、ただの予測不能になります』

 

まりもさんは、まるで教範を読むように言った。

けれど、そこにあるのは知識ではない。

毎日見ている人間への理解だった。

 

「……まりもさん、やっぱりすごいですね」

『私は、彼女たちの教官ですから』

 

その一言は、静かだった。

けれど、とても強かった。

 

『あなたは技術を知っています』

 

まりもさんは言った。

 

『ですが、私は訓練兵の怖さを知っています』

 

自分は、何も言えなかった。

 

本当に、その通りだった。

 

自分はXM3の未来を知っている。

使えば戦術機の動きが変わることも。

人類の戦力が底上げされることも。

白銀武がこれで未来を切り開いたことも。

 

でも。

 

目の前の訓練兵が、どこで怖がるか。

どこで焦るか。

どこで失敗するか。

 

そこまで、本当に見えていただろうか。

 

『神宮寺少佐』

「はい」

『一度、模擬回避を入れてください』

「分かりました」

 

自分は、軽い模擬戦闘シナリオを起動した。

小型標的が複数。

簡易的な射撃と接近行動。

 

まりもさんの機体が動く。

派手ではない。

でも、無駄が少ない。

 

XM3の速度に振り回されないよう、入力を少しずつ調整しているのがログから分かった。

一度、わざと強めの入力を入れる。

 

機体が鋭く動きすぎる。

まりもさんは、すぐに戻す。

 

『今のが、過入力ですね』

「はい」

『訓練兵なら、今の動きを成功と勘違いするかもしれません』

「成功と、ですか?」

『避けられたからです』

 

その言葉に、はっとした。

 

避けられた。

それは、戦場では正しい。

 

でも、偶然避けられたことを、制御できたと勘違いすれば危険だ。

 

『避けられたことを褒めるのではなく、戻れたことを褒めるべきです』

「戻れたこと……」

『はい』

 

まりもさんの声は、はっきりしていた。

 

『戦場では、動けることより、戻れることが重要です。前に出た後、味方の位置へ戻れるか。回避した後、隊列へ戻れるか。焦った後、呼吸を戻せるか』

「……」

『XM3は速く動けます。だからこそ、戻る訓練を先にするべきです』

 

自分は、端末にその言葉を打ち込んだ。

 

戻る訓練。

止まる訓練。

 

できることではなく、してはいけないことから。

 

自分の中で、何かが少し組み替わっていく。

 

 

訓練は一時間ほど続いた。

 

まりもさんは、決して派手な機動はしなかった。

でも、その分だけ、XM3の本質を見ていた。

 

入力が早く通ること。

遊びが少ないこと。

反応が鋭いこと。

便利であること。

危険であること。

 

そして、誰にどう教えるべきか。

 

終了後、まりもさんはシミュレーターから出てきた。

額に少し汗が滲んでいる。

 

「お疲れ様です」

 

自分がタオルを差し出すと、まりもさんは受け取って軽く頷いた。

 

「ありがとうございます」

「どうでしたか?」

「率直に言えば、恐ろしいOSです」

「……恐ろしい、ですか」

「はい」

 

まりもさんは、タオルで汗を拭いながら言った。

 

「慣れれば、確かに生存率は上がるでしょう。即応性が上がる。回避も間に合う。射撃後の隙も減る。戦術機の常識が変わる可能性があります」

「はい」

「ですが、未熟な衛士にとっては、自分が急に上手くなったように錯覚する危険があります」

「……」

「それが一番怖い」

 

その言葉が、重かった。

 

自分はXM3を希望として見ていた。

でも、まりもさんは希望と同時に、傲慢さの危険を見ている。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「このOSを訓練兵に教えるなら、最初に言うべきことがあります」

「何でしょうか」

 

まりもさんは、まっすぐ自分を見た。

 

「これは、あなたたちを強くするOSではありません」

 

自分は息を止めた。

 

「生きて帰るためのOSです」

 

胸の奥が、少し熱くなる。

 

自分も、そう言った。

A-01への講義で。

 

でも、まりもさんの言葉には重さが違った。

現場で訓練兵を見てきた人の言葉だった。

 

「そして、神宮寺少佐」

「はい」

「その説明をするなら、あなた自身も帰ってくる側に含めてください」

 

心臓が、少し嫌な跳ね方をした。

 

「……自分も、ですか」

「はい」

 

まりもさんの声は、静かだった。

 

「あなたは、誰かを帰すことばかり考えているように見えます」

「そんなことは……」

 

言いかけて、止まる。

否定しきれなかった。

まりもさんは続ける。

 

「ですが、教導官が帰ってこない前提で教える技術など、訓練兵には渡せません」

「……」

「あなたが生きて帰ることも、教導の一部です」

 

その言葉は、思った以上に刺さった。

 

自分は、未来を知っている。

誰が死ぬかを知っている。

 

だから、誰かを助けたい。

誰かを帰したい。

 

でも、その中に自分を入れることが、どうしても下手だった。

 

自分は異物だ。

本来ここにいなかった人間だ。

白銀武の代わりに来てしまった誰かだ。

 

だから、自分が壊れても仕方ない。

 

そんな考えが、どこかにあったのかもしれない。

 

「……まりもさん」

「はい」

「自分、まだ教えるのが怖いです」

 

口にしてから、少しだけ情けなくなる。

でも、まりもさんは笑わなかった。

 

「怖くて当然です」

「当然、ですか」

「はい。誰かを戦場へ送り出す技術を教えるのですから」

 

まりもさんは、少しだけ目を伏せた。

 

「教えるということは、その人が戦場へ出る未来を認めることでもあります」

「……」

「だから、怖くない人の方が危険です」

 

その言葉に、少し救われた。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「あなたは、XM3を知っています」

「……はい」

「ですが、知っていることと、教えることは違います」

「はい」

「教えるなら、相手を見なさい」

「相手を……」

「207Bなら207Bを。A-01ならA-01を。伊隅大尉には伊隅大尉の教え方があり、速瀬中尉には速瀬中尉の注意点があり、涼宮茜少尉には涼宮茜少尉の焦りがあります」

 

まりもさんは、はっきりと言った。

 

「同じOSでも、同じ教え方では届きません」

「……はい」

「あなたは、技術を渡すのではありません」

 

まりもさんの声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「その人が生きて帰れる形に、技術を整えて渡すのです」

 

その瞬間。

自分の中で、XM3というものの見え方が少し変わった。

 

新型OS。

先行入力。

動作中断制御。

連続機動。

即応性三割増し。

 

そういう機能の集合ではなく。

 

誰かを帰すために、一人ずつ形を変えて渡すもの。

 

「ああ……」

 

思わず、小さく声が漏れた。

 

「自分、やっぱり分かってなかったんですね」

「今、分かり始めたのなら十分です」

 

まりもさんはそう言ってくれた。

 

「最初から完璧な教導官などいません」

「まりもさんでもですか?」

「私でもです」

 

少しだけ意外だった。

まりもさんは苦笑する。

 

「私も、最初から訓練兵のすべてを分かっていたわけではありません。失敗もしました。言いすぎたこともあります。見落としたこともあります」

「……」

「それでも、見続けるしかありません」

 

まりもさんは、真っ直ぐこちらを見た。

 

「教える相手を」

 

その目は、教官の目だった。

厳しくて、優しくて。

逃げることを許さない目。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「明日、A-01へ制限版XM3を触らせるなら、最初に禁止事項を伝えてください」

「はい」

「先行入力の過信禁止。動作中断制御の連続使用禁止。速く動けたことを上達と誤認しないこと。戻る道を残すこと。止まることを軽視しないこと」

「……はい」

「そして、最後にこう伝えてください」

 

まりもさんは、ゆっくり言った。

 

「このOSは、あなたたちを英雄にするためのものではありません。生きて帰るためのものです」

 

自分は、深く頷いた。

 

「分かりました」

 

本当に、分かった気がした。

いや、まだ全部ではない。

でも、少なくとも。

 

今日、A-01に講義した時よりは、少し分かっている。

 

 

10月29日 深夜

横浜基地・戦術機シミュレーター室前廊下

<< 神宮寺 真白 >>

 

シミュレーター室を出ると、廊下は静かだった。

夜の横浜基地は、昼間よりもずっと冷たい。

 

壁の向こうには、今も戦争がある。

 

BETAがいて。

人類が追い詰められていて。

自分は、その中で何かを変えようとしている。

 

「神宮寺少佐」

 

隣を歩いていたまりもさんが声をかけてきた。

 

「はい」

「今日はお疲れ様でした」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

自分は、少しだけ笑った。

 

「なんというか……自分が教えたというより、自分が教わった気がします」

「それで良いのだと思います」

「良いんですか?」

「はい」

 

まりもさんは、静かに頷いた。

 

「教官も、学び続けなければなりません」

 

その言葉が、胸に残る。

 

「まりもさん」

「はい」

「自分、ちゃんと教導官になれますかね」

 

不安だった。

 

A-01に教える。

207Bに教える。

未来を変えるために、知識を渡す。

 

でも、その渡し方を間違えたら。

誰かが、早く動けるようになったせいで死ぬかもしれない。

自分の知識で、誰かを壊してしまうかもしれない。

 

まりもさんは、すぐには答えなかった。

少し歩いてから、言った。

 

「なれるかどうかは分かりません」

「……ですよね」

「ですが、なろうとすることはできます」

 

優しいようで、厳しい答えだった。

 

「相手を見て、失敗を恐れて、それでも教える責任から逃げないのなら」

 

まりもさんは、自分を見る。

 

「あなたは、教導官に近づけると思います」

「……ありがとうございます」

 

胸が少し軽くなった。

でも、同時に重くもなった。

 

責任は消えない。

むしろ増えた。

 

けれど、その重さをどう持てばいいのか。

少しだけ、分かった気がした。

 

「それと」

 

まりもさんが言った。

 

「はい」

「あなた自身も、帰ってくる側に含めること」

 

また、それだ。

 

「……努力します」

「努力ではなく、約束です」

 

まりもさんの声が少し強くなる。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「あなたが誰かに“生きて帰るためのOS”と教えるなら、あなた自身も生きて帰りなさい」

 

逃げられない。

これは、命令ではない。

でも、命令よりも重い。

 

「……はい」

 

自分は、ゆっくり頷いた。

 

「約束します」

 

まりもさんは、ようやく少しだけ表情を和らげた。

 

「なら、よろしい」

 

その言い方が、教官らしくて。

少しだけ、安心した。

 

 

その日、自分は神宮司まりも軍曹に、制限版XM3を教えた。

 

先行入力を。

動作中断制御を。

操縦桿の遊びがほとんどない危険性を。

即応性三割増しの意味を。

 

けれど、本当に教わったのは自分の方だった。

 

技術を知っていること。

未来を知っていること。

 

それだけでは、人に教えることはできない。

 

相手を見ること。

相手が失敗する場所を考えること。

できることより、してはいけないことから渡すこと。

速く動くことより、戻れることを教えること。

 

そして。

 

誰かを戦場から帰したいなら、自分も帰る側に含めること。

 

それは、神宮寺真白が初めて“教える怖さ”を知った夜。

 

そして――。

 

神宮司まりもが、白き少佐にとって最初の“教官の教官”になった夜だった。

 

第15.5話「教官への最初のレッスン」 END




今後も定期更新していきます。
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