マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
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10月29日 夜
横浜基地・戦術機シミュレーター室
<< 神宮寺 真白 >>
副司令からの指示は、すでに出ていた。
次に向き合う相手は、A-01ではない。
神宮司まりも軍曹。
207Bを見て、叱り、鍛え、戦場へ送り出す教官だった。
A-01へのXM3講義が終わった直後だというのに、胃の重さはまったく消えていない。
むしろ、悪化している気がする。
伊隅大尉たちは、XM3を実戦部隊として見た。
速瀬中尉は、踏み込みの一拍として見た。
涼宮中尉は、管制の半拍として捉えた。
宗像中尉は、相手を動かす余白として読んだ。
風間少尉は、機体を保たせるための安定として見た。
如月中尉は、部隊の空気を変えるものとして感じた。
弥生中尉は、ずれ始めた死線として見ていた。
けれど、まりもさんは違う。
あの人は、きっと訓練兵がどこで失敗するかを見る。
自分の説明が、誰かを生かすものなのか。
それとも、誰かを危険へ近づけるものなのか。
そこを見抜く。
自分は端末を確認しながら、制限版XM3の設定を再確認した。
先行入力は二段まで。
動作中断制御の範囲は、歩行、旋回、跳躍後の姿勢復帰、射撃後硬直の短縮のみ。
連続中断は禁止。
関節負荷リミッターは通常より厳しめ。
完全版ではない。
訓練用の制限版。
A-01へ本格的に触らせる前の、さらに手前。
まりもさんに体験してもらうためのもの。
それでも、危ない。
XM3は、機体を速くするOSではない。
機体を、衛士の意思に遅れさせないOSだ。
だからこそ、操縦桿やペダルの遊びが少ない。
入力すれば、動く。
思ったより、ずっと早く。
雑に入れれば、雑に。
焦れば、焦ったまま。
「……本当に、教え方を間違えたら危ないな」
自分で口にして、また胃が痛くなる。
その時、背後の扉が開いた。
「神宮寺少佐」
「は、はい!」
思わず背筋が伸びた。
入ってきたのは、神宮司まりも軍曹だった。
強化装備姿。
髪をきちんとまとめ、いつものように背筋が伸びている。
その姿を見るだけで、条件反射的に怒られる気がしてしまう。
別に怒られるようなことはしていない。
たぶん。
まだ。
「お待たせしました」
「い、いえ。こちらこそ、夜分にすみません」
「香月副司令から、新型OSの個別説明を受けるよう指示を受けています」
「はい」
「よろしくお願いします、神宮寺少佐」
まりもさんが、きちんと敬礼する。
自分も慌てて返礼した。
階級上は、自分の方が上。
少佐待遇。
特務技術顧問。
分かっている。
分かっているのだが。
「……なんというか、自分がまりもさんに教えるって、すごく変な感じですね」
「階級上は、あなたが少佐です」
「そうなんですけど……」
「それに、私は新型OSに関しては素人です。遠慮せず指導してください」
そう言われると、余計に緊張する。
まりもさんは、少しだけ表情を緩めた。
「ただし」
「はい」
「私は、受講者として聞くわけではありません」
その言葉で、空気が少し変わった。
「あなたが、誰かに教えられる人間かどうかを見ます」
やっぱり怒られる未来しか見えない。
でも、それでいい。
副司令もそう言っていた。
「……よろしくお願いします」
「はい。では、始めましょう」
自分は端末を操作した。
シミュレーターの設定画面に、吹雪の訓練機データが表示される。
実機ではない。
それでも、操縦感覚はかなり近い。
「まず、従来OS相当の設定で軽く動かしていただきます。その後、制限版XM3へ切り替えます」
「差異を体感するためですね」
「はい」
「分かりました」
まりもさんは、シミュレーター筐体へ入った。
自分は管制席へ座る。
モニターに、まりもさんの機体データが映った。
心拍。
視線。
操縦入力。
機体応答。
それらが、淡い光の線になって流れていく。
本来なら、まりもさんは現役の最前線衛士ではない。
でも、基礎はしっかりしている。
それは、動かし始めてすぐに分かった。
派手さはない。
無理な加速もない。
急な切り返しもない。
けれど、姿勢が崩れない。
歩行から停止。
停止から旋回。
短距離跳躍。
着地。
射撃姿勢。
後退。
すべてが丁寧だった。
「……すごい」
思わず呟く。
『何か?』
通信越しに、まりもさんの声が返ってきた。
「あ、いえ。基礎が綺麗だなと」
『褒めても何も出ませんよ』
「本心です」
『なら、ありがとうございます』
淡々としている。
でも、ほんの少しだけ声が柔らかい。
「では、次に制限版XM3へ切り替えます」
『了解』
自分は、設定を切り替えた。
画面上に表示が出る。
《XM3制限版 起動》
《入力補助範囲 限定》
《先行入力 二段階》
《動作中断制御範囲 制限》
《関節負荷リミッター 強化》
「まりもさん、まずは歩行から停止までお願いします。入力は従来OSと同じ感覚で」
『了解しました』
機体が動く。
一歩。
二歩。
停止。
その瞬間、まりもさんの入力がわずかに乱れた。
機体は止まった。
だが、従来OSよりも早く、鋭く止まりすぎた。
『……これは』
まりもさんの声が低くなる。
「どう感じましたか?」
『軽い、というより……機体の遅れが少ないですね』
「はい」
『ですが、止まり方が鋭すぎる。従来OSの感覚で入力すると、少し強く出ます』
「その通りです」
やはり、すぐに気づいた。
「操縦桿やペダルの遊びがほとんどありません。従来OSのつもりで入力すると、思ったより早く機体が反応します」
『つまり、雑な入力もそのまま出る』
「はい」
『便利ですね』
まりもさんは、短く言った。
そしてすぐ続けた。
『そして、危険です』
その言葉が、胸に刺さった。
「……はい」
『訓練兵にそのまま渡していいものではありませんね』
「そう思います」
『思います、ではなく、断言してください』
「……はい。訓練兵にそのまま渡してはいけないものです」
『よろしい』
一瞬で教官モードだ。
でも、その言葉がありがたかった。
自分が曖昧にしていたところを、まりもさんは曖昧なままにさせない。
「次に、先行入力を試します。歩行中に、次の旋回動作を予約してください」
『了解』
まりもさんの機体が歩く。
途中で、旋回入力。
従来OSなら、一度歩行動作が終わってから切り替わる。
しかしXM3は、次の動作が先に組まれる。
吹雪の動きが滑らかに曲がった。
『……なるほど』
まりもさんの声に、わずかな驚きが混じる。
『動作が繋がる』
「はい。これが先行入力です。現在の動作が終わる前に、次の動作を予約できます」
『戦場では有用ですね』
「はい」
『ただし、予約した動作が間違っていた場合、修正が遅れる可能性がある』
「……はい」
『訓練兵は、焦ると先に逃げ道を入れたがるかもしれません』
「逃げ道、ですか」
『例えば、敵が接近した瞬間に回避を予約する。ですが、その回避先が別の敵の進路上だった場合、かえって危険です』
まりもさんは、淡々と続ける。
『つまり、先行入力を教える前に、周囲を見る癖をつけなければなりません』
「……なるほど」
自分はメモを取った。
先行入力。
動作予約。
便利な機能。
そう考えていた。
でも、まりもさんはすぐに「失敗する訓練兵」を想像する。
これが教官なのだと思った。
「次は動作中断制御です。射撃姿勢から回避へ移ります。ただし、制限版なので、硬直短縮のみです」
『了解』
まりもさんの機体が射撃姿勢を取る。
模擬標的へ射撃。
直後、機体が横へ抜けた。
動作が早い。
従来OSなら残る硬直が、かなり減っている。
『……これも便利です』
まりもさんは言った。
『ですが、使い方を誤れば、姿勢が崩れますね』
「はい。動作中断制御を多用すると、関節負荷も増えます」
『訓練兵はやりますね』
「……やりますかね」
『やります』
即答だった。
『できるようになったことは試したくなるものです。特に、若い訓練兵は』
207Bの顔がまた浮かぶ。
鎧衣訓練兵は、やりそうだ。
彩峰訓練兵も感覚でやりそうだ。
榊訓練兵は逆に、手順として覚えすぎて硬くなりそうだ。
御剣訓練兵は踏み込みすぎるかもしれない。
珠瀬訓練兵は慎重すぎて遅れるかもしれない。
「……確かに」
『神宮寺少佐』
「はい」
『あなたは、XM3で何ができるかをよく知っている』
「……はい」
『ですが、訓練兵がそれをどう誤用するかを、もっと考えるべきです』
その言葉は、まっすぐだった。
叱責ではない。
でも、逃げ場がない。
「……はい」
『例えば榊なら、動作を正確に繋げようとして入力が硬くなるでしょう』
「分かります」
『彩峰なら、感覚で扱うこと自体は早いかもしれません。ですが、味方との連携を置き去りにする可能性があります』
「……ありそうです」
『珠瀬は、狙撃姿勢に入るまでの微調整には向いているかもしれません。ただし、撃つ前に迷う癖が出れば、先行入力の意味がなくなります』
「はい」
『御剣は踏み込みが強い。XM3の反応性が加われば、前へ出すぎる可能性があります』
「はい」
『鎧衣は柔軟です。予定外の状況で化けるでしょう。ただし、柔軟さが味方に伝わらなければ、ただの予測不能になります』
まりもさんは、まるで教範を読むように言った。
けれど、そこにあるのは知識ではない。
毎日見ている人間への理解だった。
「……まりもさん、やっぱりすごいですね」
『私は、彼女たちの教官ですから』
その一言は、静かだった。
けれど、とても強かった。
『あなたは技術を知っています』
まりもさんは言った。
『ですが、私は訓練兵の怖さを知っています』
自分は、何も言えなかった。
本当に、その通りだった。
自分はXM3の未来を知っている。
使えば戦術機の動きが変わることも。
人類の戦力が底上げされることも。
白銀武がこれで未来を切り開いたことも。
でも。
目の前の訓練兵が、どこで怖がるか。
どこで焦るか。
どこで失敗するか。
そこまで、本当に見えていただろうか。
『神宮寺少佐』
「はい」
『一度、模擬回避を入れてください』
「分かりました」
自分は、軽い模擬戦闘シナリオを起動した。
小型標的が複数。
簡易的な射撃と接近行動。
まりもさんの機体が動く。
派手ではない。
でも、無駄が少ない。
XM3の速度に振り回されないよう、入力を少しずつ調整しているのがログから分かった。
一度、わざと強めの入力を入れる。
機体が鋭く動きすぎる。
まりもさんは、すぐに戻す。
『今のが、過入力ですね』
「はい」
『訓練兵なら、今の動きを成功と勘違いするかもしれません』
「成功と、ですか?」
『避けられたからです』
その言葉に、はっとした。
避けられた。
それは、戦場では正しい。
でも、偶然避けられたことを、制御できたと勘違いすれば危険だ。
『避けられたことを褒めるのではなく、戻れたことを褒めるべきです』
「戻れたこと……」
『はい』
まりもさんの声は、はっきりしていた。
『戦場では、動けることより、戻れることが重要です。前に出た後、味方の位置へ戻れるか。回避した後、隊列へ戻れるか。焦った後、呼吸を戻せるか』
「……」
『XM3は速く動けます。だからこそ、戻る訓練を先にするべきです』
自分は、端末にその言葉を打ち込んだ。
戻る訓練。
止まる訓練。
できることではなく、してはいけないことから。
自分の中で、何かが少し組み替わっていく。
◇
訓練は一時間ほど続いた。
まりもさんは、決して派手な機動はしなかった。
でも、その分だけ、XM3の本質を見ていた。
入力が早く通ること。
遊びが少ないこと。
反応が鋭いこと。
便利であること。
危険であること。
そして、誰にどう教えるべきか。
終了後、まりもさんはシミュレーターから出てきた。
額に少し汗が滲んでいる。
「お疲れ様です」
自分がタオルを差し出すと、まりもさんは受け取って軽く頷いた。
「ありがとうございます」
「どうでしたか?」
「率直に言えば、恐ろしいOSです」
「……恐ろしい、ですか」
「はい」
まりもさんは、タオルで汗を拭いながら言った。
「慣れれば、確かに生存率は上がるでしょう。即応性が上がる。回避も間に合う。射撃後の隙も減る。戦術機の常識が変わる可能性があります」
「はい」
「ですが、未熟な衛士にとっては、自分が急に上手くなったように錯覚する危険があります」
「……」
「それが一番怖い」
その言葉が、重かった。
自分はXM3を希望として見ていた。
でも、まりもさんは希望と同時に、傲慢さの危険を見ている。
「神宮寺少佐」
「はい」
「このOSを訓練兵に教えるなら、最初に言うべきことがあります」
「何でしょうか」
まりもさんは、まっすぐ自分を見た。
「これは、あなたたちを強くするOSではありません」
自分は息を止めた。
「生きて帰るためのOSです」
胸の奥が、少し熱くなる。
自分も、そう言った。
A-01への講義で。
でも、まりもさんの言葉には重さが違った。
現場で訓練兵を見てきた人の言葉だった。
「そして、神宮寺少佐」
「はい」
「その説明をするなら、あなた自身も帰ってくる側に含めてください」
心臓が、少し嫌な跳ね方をした。
「……自分も、ですか」
「はい」
まりもさんの声は、静かだった。
「あなたは、誰かを帰すことばかり考えているように見えます」
「そんなことは……」
言いかけて、止まる。
否定しきれなかった。
まりもさんは続ける。
「ですが、教導官が帰ってこない前提で教える技術など、訓練兵には渡せません」
「……」
「あなたが生きて帰ることも、教導の一部です」
その言葉は、思った以上に刺さった。
自分は、未来を知っている。
誰が死ぬかを知っている。
だから、誰かを助けたい。
誰かを帰したい。
でも、その中に自分を入れることが、どうしても下手だった。
自分は異物だ。
本来ここにいなかった人間だ。
白銀武の代わりに来てしまった誰かだ。
だから、自分が壊れても仕方ない。
そんな考えが、どこかにあったのかもしれない。
「……まりもさん」
「はい」
「自分、まだ教えるのが怖いです」
口にしてから、少しだけ情けなくなる。
でも、まりもさんは笑わなかった。
「怖くて当然です」
「当然、ですか」
「はい。誰かを戦場へ送り出す技術を教えるのですから」
まりもさんは、少しだけ目を伏せた。
「教えるということは、その人が戦場へ出る未来を認めることでもあります」
「……」
「だから、怖くない人の方が危険です」
その言葉に、少し救われた。
「神宮寺少佐」
「はい」
「あなたは、XM3を知っています」
「……はい」
「ですが、知っていることと、教えることは違います」
「はい」
「教えるなら、相手を見なさい」
「相手を……」
「207Bなら207Bを。A-01ならA-01を。伊隅大尉には伊隅大尉の教え方があり、速瀬中尉には速瀬中尉の注意点があり、涼宮茜少尉には涼宮茜少尉の焦りがあります」
まりもさんは、はっきりと言った。
「同じOSでも、同じ教え方では届きません」
「……はい」
「あなたは、技術を渡すのではありません」
まりもさんの声が、少しだけ柔らかくなる。
「その人が生きて帰れる形に、技術を整えて渡すのです」
その瞬間。
自分の中で、XM3というものの見え方が少し変わった。
新型OS。
先行入力。
動作中断制御。
連続機動。
即応性三割増し。
そういう機能の集合ではなく。
誰かを帰すために、一人ずつ形を変えて渡すもの。
「ああ……」
思わず、小さく声が漏れた。
「自分、やっぱり分かってなかったんですね」
「今、分かり始めたのなら十分です」
まりもさんはそう言ってくれた。
「最初から完璧な教導官などいません」
「まりもさんでもですか?」
「私でもです」
少しだけ意外だった。
まりもさんは苦笑する。
「私も、最初から訓練兵のすべてを分かっていたわけではありません。失敗もしました。言いすぎたこともあります。見落としたこともあります」
「……」
「それでも、見続けるしかありません」
まりもさんは、真っ直ぐこちらを見た。
「教える相手を」
その目は、教官の目だった。
厳しくて、優しくて。
逃げることを許さない目。
「神宮寺少佐」
「はい」
「明日、A-01へ制限版XM3を触らせるなら、最初に禁止事項を伝えてください」
「はい」
「先行入力の過信禁止。動作中断制御の連続使用禁止。速く動けたことを上達と誤認しないこと。戻る道を残すこと。止まることを軽視しないこと」
「……はい」
「そして、最後にこう伝えてください」
まりもさんは、ゆっくり言った。
「このOSは、あなたたちを英雄にするためのものではありません。生きて帰るためのものです」
自分は、深く頷いた。
「分かりました」
本当に、分かった気がした。
いや、まだ全部ではない。
でも、少なくとも。
今日、A-01に講義した時よりは、少し分かっている。
◇
10月29日 深夜
横浜基地・戦術機シミュレーター室前廊下
<< 神宮寺 真白 >>
シミュレーター室を出ると、廊下は静かだった。
夜の横浜基地は、昼間よりもずっと冷たい。
壁の向こうには、今も戦争がある。
BETAがいて。
人類が追い詰められていて。
自分は、その中で何かを変えようとしている。
「神宮寺少佐」
隣を歩いていたまりもさんが声をかけてきた。
「はい」
「今日はお疲れ様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました」
自分は、少しだけ笑った。
「なんというか……自分が教えたというより、自分が教わった気がします」
「それで良いのだと思います」
「良いんですか?」
「はい」
まりもさんは、静かに頷いた。
「教官も、学び続けなければなりません」
その言葉が、胸に残る。
「まりもさん」
「はい」
「自分、ちゃんと教導官になれますかね」
不安だった。
A-01に教える。
207Bに教える。
未来を変えるために、知識を渡す。
でも、その渡し方を間違えたら。
誰かが、早く動けるようになったせいで死ぬかもしれない。
自分の知識で、誰かを壊してしまうかもしれない。
まりもさんは、すぐには答えなかった。
少し歩いてから、言った。
「なれるかどうかは分かりません」
「……ですよね」
「ですが、なろうとすることはできます」
優しいようで、厳しい答えだった。
「相手を見て、失敗を恐れて、それでも教える責任から逃げないのなら」
まりもさんは、自分を見る。
「あなたは、教導官に近づけると思います」
「……ありがとうございます」
胸が少し軽くなった。
でも、同時に重くもなった。
責任は消えない。
むしろ増えた。
けれど、その重さをどう持てばいいのか。
少しだけ、分かった気がした。
「それと」
まりもさんが言った。
「はい」
「あなた自身も、帰ってくる側に含めること」
また、それだ。
「……努力します」
「努力ではなく、約束です」
まりもさんの声が少し強くなる。
「神宮寺少佐」
「はい」
「あなたが誰かに“生きて帰るためのOS”と教えるなら、あなた自身も生きて帰りなさい」
逃げられない。
これは、命令ではない。
でも、命令よりも重い。
「……はい」
自分は、ゆっくり頷いた。
「約束します」
まりもさんは、ようやく少しだけ表情を和らげた。
「なら、よろしい」
その言い方が、教官らしくて。
少しだけ、安心した。
◇
その日、自分は神宮司まりも軍曹に、制限版XM3を教えた。
先行入力を。
動作中断制御を。
操縦桿の遊びがほとんどない危険性を。
即応性三割増しの意味を。
けれど、本当に教わったのは自分の方だった。
技術を知っていること。
未来を知っていること。
それだけでは、人に教えることはできない。
相手を見ること。
相手が失敗する場所を考えること。
できることより、してはいけないことから渡すこと。
速く動くことより、戻れることを教えること。
そして。
誰かを戦場から帰したいなら、自分も帰る側に含めること。
それは、神宮寺真白が初めて“教える怖さ”を知った夜。
そして――。
神宮司まりもが、白き少佐にとって最初の“教官の教官”になった夜だった。
第15.5話「教官への最初のレッスン」 END
今後も定期更新していきます。
感想・評価・誤字報告など、とても励みになります。
よろしければ、今後もお付き合いいただけると嬉しいです。