マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

31 / 31
2026年6月20日 定期更新です。
文章の構成を調整しました、少しでも読みやすくなっていれば幸いです。


第16話「A-01、制限版XM3へ」

10月30日 午前

国連軍横浜基地・戦術機シミュレーター室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……まず、してはいけないことから説明します」

 

シミュレーター室に、自分の声が響いた。

 

目の前には、A-01――伊隅ヴァルキリーズの面々が揃っていた。伊隅大尉を中心に、速瀬中尉、遙中尉、宗像中尉、風間少尉たち実戦部隊の主要メンバーが並んでいる。その中には、自分の記憶にはなかった如月桃音中尉と弥生藤乃中尉の姿もあった。さらに後方には、臼杵少尉や柏木少尉、茜少尉をはじめとした若手組も控えている。

 

全員の視線が、こちらへ向いていた。

 

少し離れた位置には、昨夜、制限版XM3を体験し、自分に“教える怖さ”を教えてくれた神宮司まりも軍曹がいる。管制席にはピアティフ中尉。遙中尉はA-01側に立ちながらも、補助端末で管制ログを確認できる位置にいた。そして壁際には、いつものように香月夕呼副司令が控えている。

 

いつものように、というのもおかしい。

 

けれど横浜基地に来てから、あの人がどこかで見ている状況に、少しずつ慣れてきている自分が怖い。

 

昨日、A-01にはXM3の概要を説明した。だから今日は、同じ説明を最初から繰り返す必要はない。触れば分かる。良いところも、危ないところも。だから自分は、性能説明ではなく、禁止事項から始めることにした。

 

モニターに、四つの項目を表示する。

 

一、キャンセル連打禁止。

二、先行入力の過信禁止。

三、速く動けたことを上達と誤認しない。

四、戻る道を残す。

 

速瀬中尉が眉を上げる。

「ずいぶん説教くさいわね」

「昨日、まりもさんに指摘されました」

「教官に?」

「はい」

 

まりもさんが横で軽く咳払いをした。

「怒ったわけではありません。必要な指摘をしただけです」

「それを世間では怒られたと言います」

「神宮寺少佐」

「すみません」

 

条件反射で謝ってしまった。A-01の一部から小さく笑いが漏れるが、まりもさんの目は真剣だった。その目に促されるように、自分は続ける。

 

「制限版XM3では、従来OSより機体の反応が鋭くなります。操縦桿やペダルの遊びも少なくなっています」

 

それだけ言って、入力比較図を表示する。昨日のように細かく説明するのではなく、今日は違いだけを見せる。講義ではなく、実際に触れるための確認だ。

 

「つまり、雑な入力もそのまま出ます。焦った入力もそのまま出ます。強く入れれば、強く動きます」

 

宗像中尉が小さく笑った。

「素直すぎる機体、ということですか」

「はい。かなり素直です」

「それは少々、性格の悪い素直さですね」

「自分もそう思います」

 

如月中尉が、柔らかく続ける。

「でも、素直な子ほど最初の教え方が大事よね。間違った癖をそのまま覚えちゃうもの」

「はい。その通りです」

 

弥生中尉は、眠たげな目のままモニターを見ていた。

「素直すぎる機体は、衛士の死に方も素直に出す」

「弥生中尉の言い方、毎回少し怖いです……」

「慣れて」

「慣れられる気がしません」

 

如月中尉が、くすりと笑う。

「大丈夫よ、少佐。藤乃は怖いことを言うけど、大体当たるから」

「それが一番怖いです」

 

少しだけ笑いが起きる。軽い空気だ。だが、その空気は長く続かない。ここにいる全員が、これから触れるものの意味を分かっているからだ。

 

XM3を出す。

 

それは、ただ新しいOSを試すというだけの話ではない。本来なら別の誰かが持ち込み、別の時間で磨かれ、別の戦場で血を流しながら形になっていくはずだったものを、自分が先に出している。技術だけが前倒しになる。ならば、危険もまた前倒しになる。

 

だから、便利さから始めてはいけない。

 

「XM3は、速く動けるようになります。でも、速く動けたからといって、上手くなったわけではありません」

 

茜少尉が少しだけ反応した。

 

「……上手くなったわけじゃない」

「はい。機体が遅れなくなっただけです。そこから先は、衛士本人の技量です」

 

自分は、少しだけ茜少尉を見た。

 

「だから、誰かの動きを真似するために使うものではありません」

 

茜少尉の肩が、わずかに揺れる。速瀬中尉も、ちらりと妹分を見る。

 

「自分の動きを、機体に遅れさせないためのものです」

 

如月中尉が、静かに頷いた。

「憧れは、悪いものじゃないわ。でも、憧れだけで踏み込むと、帰り道を見失うことがある」

 

弥生中尉も短く続ける。

「自分の足で戻れるなら、憧れも武器になる」

 

茜少尉は、少しだけ背筋を伸ばした。この二人も、若手を見ている。明るい如月中尉と、静かな弥生中尉。見え方は違う。でも、どちらもA-01の古参なのだと分かる。

 

「なので、今日は派手な機動はしません」

「えー」

「速瀬」

 

伊隅大尉が低く言う。

「分かってますって」

「では、まず伊隅大尉からお願いします」

「了解した」

 

伊隅大尉がシミュレーター筐体へ入る。自分は管制席に座り、起動手順を確認した。

 

《制限版XM3 起動準備》

《対象機:不知火相当訓練機》

《入力補正:低》

《関節負荷リミッター:高》

《先行入力:二段階》

《キャンセル範囲:限定》

 

「伊隅大尉、最初は従来OSと同じ感覚で歩行、停止、旋回をお願いします」

『了解』

 

モニター内の不知火が動き出す。

 

伊隅大尉の操縦は安定していた。隊長らしい、と言えばいいのか。派手さよりも、機体の姿勢を崩さないことを優先している。歩行、旋回、停止。その瞬間、機体が少しだけ鋭く止まった。

 

『……なるほど』

 

伊隅大尉の声が通信に乗る。

 

『反応が早い。だが、止まり方が少し硬いな』

「はい。従来OSのつもりで停止入力を入れると、思ったより鋭く止まります」

『入力を少し抜く』

 

次の動作で、伊隅大尉はすぐ調整した。停止が滑らかになる。

 

宗像中尉が管制モニターを覗き込む。

「早いですね。伊隅大尉、二回目で補正しました」

「はい」

 

やはり隊長だ。自分の機体を動かしながら、部隊運用へどう落とし込むかも考えている。

 

『神宮寺少佐』

「はい」

『これは、全機が同時に使うと隊列の間隔も変わるな』

「はい。従来OS前提の距離感だと、詰まりすぎる可能性があります」

『突撃前衛と強襲掃討の入れ替えは早くなる。だが、支援機が従来の感覚で射線を取ると危ない』

「その通りです」

『分かった。これは単機用ではなく、部隊全体の再訓練が必要だ』

 

伊隅大尉は、最初からそこを見る。個人の強化だけではない。隊長として、A-01全体で考えている。

 

「では、次に短距離跳躍後の姿勢復帰をお願いします」

『了解』

 

機体が跳び、着地し、姿勢を戻す。通常より速い。ただし、着地後の反動を拾いすぎて、腰部に負荷がかかった。

 

《腰部関節負荷 上昇》

 

「今の負荷、見えましたか?」

『ああ。便利だが、機体に優しくない』

「はい。特に高機動戦では、整備負担が増えます」

『浪花曹長が怒りそうだな』

「たぶん怒ります」

 

正直、かなり怒ると思う。まだ新潟戦も先なのに、すでに整備班に申し訳ない気持ちになってきた。

 

伊隅大尉は、数回動作を確認した後、シミュレーターを終えた。戻ってきた表情は冷静だ。

 

「有用だ」

 

短く、そう言った。

 

「ただし、使いこなすには訓練が要る。特に速瀬」

「なんであたしを見るんですか」

「前に出るだろう」

「出ますけど」

「認めるな」

「だって出ますし」

 

速瀬中尉は悪びれない。伊隅大尉は小さく息を吐いた。

 

「次、速瀬。乗れ」

「了解」

 

速瀬中尉が待ってましたとばかりにシミュレーターへ向かう。

 

嫌な予感がする。

 

いや、悪い意味だけではない。

 

たぶん、速瀬水月はXM3にかなり合う。合いすぎる。

 

「速瀬中尉、最初は歩行と停止だけです」

『はいはい』

「はいは一回でお願いします」

『了解』

 

操縦開始。

 

一歩目から、動きが違った。

 

速い。

 

速瀬中尉は、従来OSの遅れを感覚でかなり補っていたのだろう。そのズレが消えた瞬間、機体が一気に前へ出る。制限版でこれなら、完全版ではどこまで伸びるのか。そう考えた瞬間、背中に冷たいものが走った。

 

強くなる。

 

でも、強くなることと、生き残ることは同じではない。

 

「速瀬中尉、入力が強いです」

『分かってるわよ』

「分かってない人の動きです」

『言うじゃない』

 

機体が踏み込み、旋回し、停止する。鋭い。鋭すぎる。

 

《膝部関節負荷 上昇》

《足首部負荷 上昇》

《推進剤消費 増加》

 

「速瀬中尉、今の動きは避けられます。でも続けると機体が先に壊れます」

『でも、避けられる』

「避けられたことを成功としないでください」

 

通信の向こうが、一瞬黙った。

 

自分は続けた。

 

「戻れたかどうかを見ます」

 

昨夜、まりもさんに言われた言葉。それを、今、自分が使っている。

 

「今の動きは、回避としては成立します。でも隊列へ戻る余裕がありません」

『……なるほどね』

 

速瀬中尉の声が、少しだけ真面目になった。

 

『避けた後、孤立するってこと?』

「はい」

『それは困るわね』

「なので、もう一度。今度は回避後に元の射線へ戻る前提でお願いします」

『了解』

 

二回目。速瀬中尉の動きが変わる。踏み込みの鋭さは残る。でも、戻る余白を作る。速い。ただ速いのではなく、流れがある。

 

宗像中尉が小さく呟いた。

「さすがですね」

 

伊隅大尉も頷く。

「理解すれば早い」

 

三回目。速瀬中尉の機体は、もう制限版XM3を自分の動きへ取り込み始めていた。

 

本当に、すごい。

 

同時に、怖い。

 

この人は強くなる。でも、限界を踏み越えることにも躊躇がない。

 

『神宮寺少佐』

「はい」

『これ、完全版だともっと動けるのよね?』

「動けます」

『楽しみね』

「だから怖いんです」

『心配性ね』

「心配させる動きをする人が悪いです」

『あんた、言うようになったわね』

 

速瀬中尉は笑っていた。けれど、その声は不快そうではなかった。むしろ、少し楽しそうだった。

 

 

宗像中尉は、最初から無理をしなかった。

 

歩行、停止、旋回、姿勢復帰。そのすべてを、観察するように行う。速瀬中尉が前へ出ることでXM3を確かめたのなら、宗像中尉は逆に、動かないことで確かめているように見えた。

 

『……これは、相手の誘いにも乗りやすくなりますね』

「誘い、ですか」

『はい。動けるからこそ、動かされる』

 

宗像中尉は、わざと模擬標的に対して反応を遅らせた。一拍待つ。相手の動きが変わる。そこで、最小限の入力で回避する。

 

「……すごい」

『反応速度が上がるなら、反応しない選択も重要です』

 

宗像中尉らしい。

 

XM3を速さではなく、読み合いの道具として見ている。

 

『速瀬中尉は踏み込む。私は、踏み込ませる側も考えます』

「かなり嫌な使い方ですね」

『褒め言葉として受け取ります』

「褒めています」

 

宗像中尉の適性は、機動そのものよりも、敵の動きや味方の配置を読む方向に出そうだ。ただ、ここではまだ断定しない。今日は初回体験だ。本当に癖として見るには、もう少しログがいる。

 

 

風間少尉は、静かだった。

 

でも、動きは驚くほど安定していた。制限版XM3の鋭さを無理に使わず、必要なところだけ受け入れる。射撃姿勢への移行、姿勢復帰、微調整。どれも丁寧で、崩れない。

 

『……無理に動かすと、機体が嫌がりますね』

「嫌がる、ですか」

『はい。動けるからといって、すべて動かしてはいけない感じがします』

「分かります」

 

風間少尉の言葉は、感覚的だけれど正確だった。XM3はできることを増やす。でも、できるから全部やると壊れる。

 

『必要な分だけ、動かす』

「はい。それが一番安全です」

『なら、私はこれが好きです』

「好き、ですか」

『はい。無茶をしなければ、長く支えてくれそうです』

 

風間少尉らしい答えだった。

 

 

如月桃音中尉は、筐体に入る前にこちらへ軽く笑いかけた。

 

「白き少佐、そんな顔しないで。ちゃんと優しく乗るから」

「その言い方だと、逆に不安になります」

「じゃあ、丁寧に乗るわ」

「お願いします」

 

シミュレーション開始。

 

如月機の動きは、思ったよりも柔らかかった。速瀬中尉のように前へ突き抜けるわけではない。宗像中尉のように読み合いへ寄りすぎるわけでもない。味方仮想機の位置を確認し、敵の圧を受け流しながら、少しずつ動きやすい空間を作っていく。

 

『なるほど。これ、機体だけじゃなくて、周りの呼吸も変わるわね』

「周りの呼吸、ですか」

『ええ。自分だけが速くなると、周りが置いていかれる。でも、少しだけ待てば、味方もついてこられる』

 

如月機は、仮想味方の動きが遅れた瞬間に、自分の動作を一拍だけ抑えた。その一拍で、味方の射線が整う。

 

『速く動けるからこそ、待てる場面もあるのね』

 

その言葉に、自分は少し驚いた。

 

XM3を、速く動くためではなく、周囲を待つ余裕として見る。

 

如月中尉らしい。

 

「如月中尉、今のかなり良いです」

『褒められた?』

「はい」

『なら、もう少し頑張るわ』

「調子に乗らない範囲でお願いします」

『はーい』

 

軽い。でも、動きは軽薄ではない。

 

如月桃音中尉は、A-01の空気を見る人だ。自分の速さだけでなく、周囲がついてこられる速さを見る。ただし、それが癖なのか、意識してそう動いたのかは、まだ分からない。

 

今日は、そこまでで止めておく。

 

 

弥生藤乃中尉の番になると、シミュレーター室の空気が少しだけ静かになった。

 

弥生中尉は、眠たげな表情のまま筐体に入る。

 

『始めて』

「はい。最初は低負荷でお願いします」

『分かってる』

 

シミュレーション開始。

 

弥生機は、しばらく大きく動かなかった。敵標的が迫る。一歩だけ横へずれる。敵の攻撃が外れる。さらに半歩下がる。味方仮想機の射線が通る。

 

「……最小限ですね」

 

遙中尉が呟いた。

 

「はい。無駄が少ないです」

 

弥生中尉は、XM3の速さをほとんど表に出さなかった。だが、機体の反応が速くなった分、ぎりぎりまで待てる。動き出しが遅いのではない。死線に触れる直前まで、動かないだけだ。

 

『少佐』

「はい」

『これ、死に近い場所ほど便利』

「……便利、ですか」

『従来なら間に合わない一歩が、間に合う。けど、間に合うと思い込むと死ぬ』

 

その言葉は、重かった。

 

弥生機が、敵標的の腕をぎりぎりで避ける。本当にぎりぎりだった。

 

《回避距離:危険域》

《反応遅延:極小》

《精神反応:安定》

 

「弥生中尉、今のは危険です」

『分かってる』

「分かっていて、その距離ですか」

『どこから死ぬか見てる』

 

背筋が冷えた。

 

この人は、危険に突っ込むのではない。危険の境界を見る。だから怖い。

 

「弥生中尉は、完全版だとかなり危険な使い方をしそうです」

『かもしれない』

「否定してください」

『できない』

 

通信越しなのに、どこか薄く笑った気配がした。

 

「戻る道を残してください」

『それは大事』

「本当にお願いします」

『分かった。白き少佐が胃を痛めるから』

「もう痛いです」

 

如月中尉が後ろで笑っていた。

 

弥生藤乃中尉。

 

死線を見る衛士。

 

最小限の動きで、ぎりぎりを抜ける。

 

長所だ。

 

でも、XM3と組み合わせると、最も危ういタイプの一つかもしれない。ただ、それもまだ第一印象に過ぎない。本当に見るべきなのは、ここからだ。

 

 

柏木少尉と臼杵少尉は、短時間の確認に留めた。

 

柏木少尉は、最初こそ緊張していたが、反応は柔らかい。機体は少し前のめりになったものの、すぐに笑いながら修正した。模擬標的が横から入った時も、自分だけが避けるのではなく、仮想味方の射線を避けるように抜けている。

 

「今の判断、良かったです」

『え、本当ですか?』

「はい。自分だけ避けるなら左でも良かった。でも、仮想味方の射線を塞がないよう右へ抜けましたよね」

『あー……なんとなくですけど』

「その“なんとなく”は大事です」

 

柏木少尉は、少し照れたように笑った。

 

『じゃあ、なんとなくを大事にします』

 

その明るさに、シミュレーター室の空気が少しだけ柔らかくなる。

 

次の臼杵少尉は、非常に堅実だった。動きは派手ではない。入力も強くない。だが、ログが綺麗だった。細かい入力の差を確認しながら、一度ごとに停止し、数値を確認し、再入力する。戦闘向けの派手さはないが、検証には非常に向いている。

 

『入力遅延の低下は確認しました。従来OSとの差分、数値化しやすそうです』

「臼杵少尉、動かしながらログのこと考えてます?」

『はい。癖です』

「すごい癖ですね……」

 

夕呼副司令が、壁際で少し満足そうな顔をしていた。こういうタイプは副司令が好きそうだ。

 

築地少尉、高原少尉、麻倉少尉は、今日の段階では試乗ではなくログ確認と補助観察が中心だった。三人とも緊張した面持ちで記録を追っている。後輩組にとって、この制限版XM3はまだ難しい。だからこそ、触れる時にはさらに噛み砕いた説明が必要になる。

 

 

最後に、涼宮茜少尉。

 

茜少尉は、シミュレーター筐体の前で少しだけ深呼吸した。その手に、わずかな力が入っている。速瀬中尉が腕を組んで見ていて、遙中尉も管制側から静かに妹を見ていた。

 

「涼宮少尉」

「はい」

「最初は、本当にゆっくりで大丈夫です」

「……はい」

「速瀬中尉の動きは、真似しなくていいです」

 

茜少尉は、一瞬だけ目を見開いた。それから、少し困ったように笑った。

 

「やっぱり、分かりますか」

「少しだけ」

「……すみません」

「謝ることじゃないです。憧れるのは悪いことじゃありません」

 

自分は、ゆっくり言った。

 

「でも、XM3は憧れをそのまま機体に出してしまいます」

「……」

「だから今日は、涼宮少尉の動きを見つける練習です」

 

茜少尉は、少しだけ表情を引き締めた。

 

「了解しました」

 

シミュレーター起動。

 

茜少尉の機体が動き出す。最初の歩行は丁寧だった。けれど、制限版XM3へ切り替えた瞬間、入力が少し跳ねた。機体が前に出る。

 

『っ……!』

「涼宮少尉、抑えて」

『はい!』

 

停止。少し硬い。

 

《膝部負荷 上昇》

《心拍 上昇》

 

「大丈夫です。もう一度、ゆっくり」

『はい』

 

二回目は少し良くなる。でも、旋回時に速瀬中尉に似た踏み込み方が出た。速瀬中尉が小さく息を吐き、遙中尉は何も言わずにログを見ている。

 

「涼宮少尉」

『はい』

「今の動き、速瀬中尉に近づけようとしましたか?」

 

通信の向こうで、茜少尉が黙る。

 

『……少し、しました』

「正直に言ってくれてありがとうございます」

『すみません』

「謝らなくて大丈夫です。ただ、今のままだと涼宮少尉の良さが消えます」

『私の、良さ……?』

「はい」

 

自分はログを拡大した。

 

「涼宮少尉は反応がいいです。でも、速瀬中尉みたいに最初から前へ圧をかけるより、少し遅れて相手の動きを拾う方が安定しています」

『遅れる方が、いいんですか?』

「遅れる、ではなく、見てから動ける余裕がある、です」

 

言葉を選ぶ。

 

茜少尉は、速瀬中尉に追いつきたい。だから“遅れる”と言えば、きっと焦る。

 

「涼宮少尉は、速くなれます。でも、最初から速さだけを目指すと、たぶん速瀬中尉の影を追ってしまいます」

『……』

「まずは、自分が見えているものを信じてください」

 

少しの沈黙。

 

そして、茜少尉の声が返ってきた。

 

『……やってみます』

 

三回目。動きが変わった。踏み込みを少し抑え、代わりに相手の仮想標的が動いた瞬間に、遅れず横へ抜ける。

 

悪くない。

 

いや、かなり良い。

 

「今のです」

『え?』

「今の動き、良かったです」

『本当ですか?』

「はい。速瀬中尉の動きではなく、涼宮少尉の動きでした」

 

茜少尉の心拍が上がる。でも、さっきの焦りとは違う。少しだけ、嬉しそうな反応。

 

速瀬中尉が、頭をかく。

「……やるじゃない、茜」

『水月さん……!』

「でも調子に乗らない」

『はい!』

 

遙中尉が、少しだけ微笑んだ。その表情を見て、自分も少し安心した。

 

 

全員の初回体験が終わる頃には、午前の訓練時間はほぼ終わっていた。

 

シミュレーター室の空気は、最初よりも熱を帯びている。A-01の面々は、それぞれXM3の感触を掴んだ。伊隅大尉は部隊運用として。速瀬中尉は反応速度と踏み込みとして。宗像中尉は読み合いとして。風間少尉は安定と持続として。如月中尉は周囲を待つ余裕として。弥生中尉は死線を見極める一歩として。柏木少尉は柔らかい反応として。臼杵少尉は検証対象として。そして茜少尉は、自分の動きを探すために。

 

同じOSなのに、見え方が違う。

 

それが、今日一番の収穫だった。

 

「神宮寺少佐」

 

伊隅大尉が声をかけてきた。

「はい」

「制限版だけでも、有用性は理解できた」

「ありがとうございます」

「同時に、危険性もな」

「はい」

 

伊隅大尉は、A-01の面々を見た。

 

「全員、今日の感覚を過信するな。機体が早く反応しただけで、我々が急に上達したわけではない」

「了解」

 

A-01の声が揃う。

 

伊隅大尉は続ける。

 

「本格運用には、個人ごとの調整が必要になるだろう。神宮寺少佐、見られるか」

「はい。各員の入力傾向と、危険が出やすい場面を確認します」

 

宗像中尉が笑う。

「丸裸にされるようで怖いですね」

「言い方を変えてください」

「では、白き少佐による衛士癖診断」

「余計恥ずかしいです」

 

柏木少尉が吹き出した。風間少尉も少しだけ笑っている。空気は軽い。でも、全員分かっている。これは遊びではない。新しいOSに触れたということは、新しい死に方も増えたということだ。

 

「神宮寺少佐」

 

今度はまりもさんが声をかけてきた。

「はい」

「昨日より、良い説明でした」

「……本当ですか?」

「はい。最初に禁止事項を伝えたのは良かったです。速く動くことより、戻ることを重視させたのも」

「まりもさんのおかげです」

「私は指摘しただけです。実際に伝えたのはあなたです」

「……はい」

 

少し照れる。でも、嬉しかった。まりもさんに褒められるのは、たぶんかなり効く。

 

「ただし」

「はい」

「まだ全員に同じ説明をしています」

 

あ、来た。

 

褒めてから指摘するやつだ。

 

「次は、一人ずつ変える必要があります」

「……ですよね」

「はい」

 

まりもさんは、A-01の面々を見る。

 

「同じXM3でも、届かせ方は違います」

 

昨日と同じ教えだ。でも、今日の訓練を見た後だと、もっと具体的に分かる。

 

「ここからが、本当の教導です」

 

本当の教導。

 

その言葉に、少しだけ緊張する。

 

けれど、昨日ほど怖くはなかった。

 

怖いことは変わらない。でも、怖くて当然だと教えてもらった。だから、逃げなくていい。

 

 

訓練終了後。

 

A-01の面々が退室していく中、茜少尉が少しだけこちらへ残った。

 

「あの、少佐」

「はい、涼宮少尉」

「さっきの……私の動き、ちゃんと見てくれてありがとうございました」

「いえ。自分はログを見ていただけです」

「それでも、嬉しかったです」

 

茜少尉は少し照れたように笑う。

 

「速瀬中尉みたいになりたいって、ずっと思ってました」

「はい」

「でも、少佐に言われて、少しだけ分かりました」

「何がですか?」

「速瀬中尉みたいになるんじゃなくて、速瀬中尉と一緒に戦える自分にならないといけないんだって」

 

その言葉に、少し胸が詰まった。

 

茜少尉は、ちゃんと自分で受け取っている。自分の言葉を、茜少尉なりの形に変えて。

 

「……すごく良いと思います」

「本当ですか?」

「はい」

 

茜少尉は、ぱっと表情を明るくした。その顔が少し眩しい。

 

速瀬中尉が廊下側から声を飛ばす。

 

「茜ー、少佐に懐いてないで行くわよー」

「なっ、懐いてません!」

「はいはい」

「水月さん!」

 

茜少尉は慌てて走っていく。その背中を見ながら、自分は少し笑った。

 

その瞬間、管制席から夕呼副司令の声がした。

 

「楽しそうね」

「……副司令、急に声をかけないでください」

「ずっといたでしょ」

「そうなんですけど」

 

副司令は端末を片手に、こちらへ歩いてくる。

 

「初回にしては上出来よ」

「ありがとうございます」

「ただし、ここからが面倒ね」

「……ですよね」

「A-01は優秀だから、制限版ならすぐ扱える。でも、完全版に近づくほど癖が強く出るわ」

 

副司令は、モニターにログを表示した。線、数値、心拍、入力、負荷、停止までの時間、回避後の復帰位置。そこには、同じ制限版XM3を使ったとは思えないほど違う形が並んでいた。

 

速い線。

抑えた線。

待つ線。

踏み込む線。

揺れる線。

戻ってくる線。

 

誰一人として、同じ形ではない。

 

「綺麗に個性が出てる」

「はい」

「これをどう扱うかね」

「伸ばすだけじゃなく、危ないところを抑える必要もあります」

「あら」

 

副司令が少し笑う。

 

「昨日より教官らしいこと言うじゃない」

「まりもさんに教わりました」

「でしょうね」

 

副司令は、どこか満足そうだった。それから、端末の端を指で叩く。

 

「それと」

「はい?」

「他人の癖を見るなら、自分の癖も忘れないことね」

 

一瞬、言葉が止まった。

 

「……自分の、ですか」

「そうよ。あんた、教える側の顔してるけど、乗れば一番面倒なデータ出すでしょうから」

「否定できないのが嫌ですね……」

「できないでしょ」

 

副司令は笑う。

 

「白銀武の因子持ち。高反応。現代知識。おまけに妙な因果反応。XM3との相性が良すぎる可能性がある」

「……」

「だから、他人の癖を見る前に、自分が壊れない癖も覚えなさい」

 

その言葉は、意外と優しく聞こえた。いや、副司令にそんなつもりがあるかは分からない。それでも、自分にはそう聞こえた。

 

「分かりました」

 

自分は頷く。

 

「自分も、帰ってくる側に入れます」

 

副司令は、一瞬だけ目を細めた。

 

「まりもに言われた?」

「はい」

「でしょうね」

 

そう言って、副司令は端末を閉じた。

 

 

その日、A-01は初めて制限版XM3に触れた。

 

従来OSにはあった操縦桿の遊びが削られ、入力は鋭く機体へ通る。即応性は上がる。しかし、同時に別のものも表に出る。

 

速くなる者。

待てる者。

読みすぎる者。

踏み込みすぎる者。

ぎりぎりまで動かない者。

自分の動きを探そうとする者。

 

XM3は、ただ機体を変えるだけのOSではなかった。衛士の中にあるものを、機体の動きとして表に出してしまう。だからこそ、怖い。だからこそ、一人ずつ見なければならない。

 

その人が、どこで強くなるのか。

どこで危うくなるのか。

どこへ戻れば、生きて帰れるのか。

 

A-01全体への初回教導は、成功だった。

 

少なくとも、訓練としては。

 

けれど、管制端末には、まだ読み切れていない線が残っていた。そして、その中には、神宮寺真白自身の名前で記録されたログも、確かに含まれていた。

 

自分は、それを見て小さく息を吐いた。

 

教えるべき癖は、A-01の中だけにあるわけではない。

 

白き少佐自身の中にも、確かに存在しているのだと。

 

END

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

マブラヴオルタネイティヴ〜願いそして望む者〜(作者:ガトリング餅)(原作:Muv-Luv)

武と純夏の幼なじみである服部 凪が8年前のBETAが居る世界に目覚め、色々と頑張るお話。▼そこで凪は様々な場面に出くわし、経験を得て何を願い望むのかのか……▼⬇Twit…Xのアカウントですゲームとかそんなのを投稿してます、生存確認的な奴です▼https://x.com/mochi02913


総合評価:21/評価:-.--/連載:8話/更新日時:2026年05月31日(日) 22:19 小説情報

マブラヴ オルタネイティブー最良の未来を掴み取るためにー(作者:桜大尉)(原作:Muv-Luv)

白銀武は確かに世界の英雄だった、しかし武自身はそうとは思っていなかった。「身近な人を守れなくて何が英雄だ!」と。武は虚数空間の中で▼「やり直せるならもう一度.....次は誰も死なせない!次こそは最良の未来を掴み取ってみせる!!」と強く思った。▼これは英雄と呼ばれた1人の男が最良の未来を掴み取る「あいとゆうきのおとぎばなし」


総合評価:65/評価:-.--/連載:15話/更新日時:2026年04月24日(金) 22:56 小説情報

マブラヴ時空で現ナマは武器となるか? ~愛はお金で買えるのって少女漫画で言ってたから~(作者:行徳のり)(原作:Muv-Luv)

■うろ覚えのマブラブ知識ニキがマブラヴオルタ時空に転生す。▼◆なお、史実の歴史カンニングは出来るものとする。▼◆そんな男はバリバリ営業マンだったが……? 愛と勇気より現ナマを愛するお話。


総合評価:74/評価:-.--/連載:13話/更新日時:2026年06月19日(金) 19:00 小説情報

マブラヴ・インサート IFルート集(作者:きのこ大三元)(原作:Muv-Luv)

これは、本編『マブラヴ・インサート…』とは異なる可能性を描くIFルート集です。▼完全に作者の息抜きとして作成しています。▼IFルート、番外編ですので気まぐれに更新していく予定です。▼本編では国連軍横浜基地に現れ、香月夕呼副司令の管理下に置かれた異物――神宮寺真白。▼しかし、もし彼を取り巻く世界が少しだけ違っていたら。▼もし夕呼副司令が、彼を“研究対象”ではな…


総合評価:11/評価:-.--/連載:4話/更新日時:2026年06月14日(日) 10:19 小説情報

転生タイガのオーブ改革録 〜崩れゆく世界で未来を選び直す〜(作者:台風200号)(原作:ガンダム)

気がつけば、そこは『機動戦士ガンダムSEED』の世界だった。▼だが――転生したのはコーディネーターでも、英雄でも、パイロットでもない。▼よりによって「オーブのアスハ家三男」という、政治と陰謀の渦中に放り込まれる地雷原のド真ん中の最悪のポジションだった。▼未来を知る者として、タイガ・ウラ・アスハは決意する。▼――オーブを守る。▼――プラントの滅びを見届ける。▼…


総合評価:2144/評価:6.92/連載:190話/更新日時:2026年06月20日(土) 07:08 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>