マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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2026年6月24日 定期更新です。
話数を決めてから、幕間など設定しているので、かなり幕間など多い部分があります…
いつか完結したら、改めて調整する予定です。ご了承ください。

追加:遂にマブラヴタクティクスのPVが出てましたね…楽しみです!


第16.5話「A-01個別癖チェック」

10月30日 夕方

国連軍横浜基地・戦術機シミュレーター室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……個別癖チェック、ですか」

 

午前の初回体験が終わってから、まだ半日も経っていない。

 

それなのに、端末には香月夕呼副司令が作ったらしい訓練メニューが並んでいた。入力遅延、過入力傾向、姿勢復帰、先行入力精度、部隊連携時のズレ、精神反応、機体負荷。どれも必要な項目だ。必要なのは分かる。分かるが、並び方が少しだけ無慈悲だった。

 

そして最後に、こう書かれている。

 

神宮寺真白による主観評価。

 

最後の一文だけ、明らかに余計だった。

 

「主観評価って……」

「必要でしょ」

 

背後から、夕呼副司令の声がした。

 

振り返ると、いつもの白衣姿の副司令が管制席の一つに座っていた。隣にはピアティフ中尉。少し離れた位置には、神宮司まりも軍曹。涼宮遙中尉も、管制補助として端末を確認している。

 

完全に観察体制だった。

 

「副司令、自分の主観評価って、あんまり信用できないと思うんですが」

「信用するかどうかはこっちで判断するわ」

「ひどい」

「主観は主観で価値があるのよ。あんたがどう感じたか。誰に危うさを感じたか。誰の動きに安心したか。そういうのは、数値に出ないことがある」

「……そう言われると、分かりますけど」

「でしょ?」

 

副司令は、口元を少しだけ上げた。

 

「それに、あんたは未来の知識とやらを持っている。つまり、無意識に“本来の彼女たち”との差分を見る可能性がある」

「……」

 

少し嫌な言い方だった。

 

でも、たぶん正しい。

 

自分はA-01を知っている。伊隅ヴァルキリーズ。本来なら、多くが死地へ向かうはずだった部隊。そして、この世界では、自分の知識にはなかった如月桃音中尉と弥生藤乃中尉も、同じA-01の古参としてそこにいる。

 

知っているはずの未来と、今ここにある現実が、少しずつ違っている。

 

だから、彼女たちの動きに、勝手に未来を重ねてしまう。

 

この動きは危ない。

 

この癖は、きっと戦場で命取りになる。

 

この人には、もっと生きてほしい。

 

そういう目で見てしまう。

 

「神宮寺少佐」

 

まりもさんが声をかけてきた。

「はい」

「今日は、技術を見るだけではありません」

「……はい」

「その人がどこで無理をするか。どこで怖がるか。どこで自分の長所を見失うか。それを見る訓練です」

 

昨夜から、まりもさんの言葉はよく刺さる。

 

教官というものは、こういうものなのだろうか。

 

「分かりました」

 

自分は端末を持ち直した。

 

「一人ずつ、見ます」

 

 

最初は、伊隅みちる大尉だった。

 

シミュレーター内の機体は、不知火相当の訓練機。制限版XM3を搭載し、先行入力は二段まで。キャンセル範囲は限定。関節負荷リミッターは強めに設定してある。

 

「伊隅大尉、今回は単機回避ではなく、小隊指揮を想定した複数目標訓練です」

『了解した』

 

モニター内に、三機の味方仮想機が表示される。敵は要撃級相当の高速標的が複数。実際のBETAほどの圧はないが、位置取りと指揮判断を見るには十分だった。

 

「開始します」

 

シミュレーション開始。

 

伊隅大尉の機体は、すぐには前に出なかった。まず味方仮想機の位置を確認し、その上で自分の機体を一歩下げる。前衛ではなく、全体を見られる位置を取ったのだ。

 

『一番機、右へ展開。二番機、射線を切らすな。三番機は後退しすぎるな、私の左後方へ』

 

指示が早い。正確だ。XM3の反応速度を、自分の機体だけでなく、味方の動きにも乗せている。

 

「……すごい」

 

思わず声が漏れた。

 

伊隅大尉は、派手に動かない。だが、味方仮想機の動きが明らかに安定している。彼女自身が速くなるというより、部隊全体のズレを減らしている。

 

遙中尉が管制席から言った。

「伊隅大尉は、自機の速度より部隊全体の流れを優先していますね」

「はい」

 

自分はログを見る。伊隅機の反応遅延は、確かに改善している。ただし、最大加速や急制動の使用率は低い。それよりも、指示入力、視線移動、仮想味方の位置確認が多かった。

 

「大尉、自分の機体を抑えてますね」

 

まりもさんが頷く。

「隊長としての癖です」

「癖……」

「自分が最速で動くより、全体が崩れないことを優先している」

「それは長所ですよね?」

「長所です」

 

まりもさんは、少しだけ目を細めた。

 

「ですが、自分が動くべき場面でも、部隊を見すぎる可能性があります」

 

その言葉と同時に、シミュレーター内で敵標的が伊隅機へ急接近した。伊隅大尉は、味方機へ回避指示を出す。一拍遅れて、自分の機体を退く。間に合った。だが、ほんの少し危なかった。

 

《自機回避遅延:許容範囲内》

《指揮処理優先傾向:高》

 

夕呼副司令が、面白そうに言う。

「伊隅は隊長として優秀ね」

「はい」

「でも、隊長として優秀すぎる」

「……自分の命を後回しにする、ということですか」

「そういうこと」

 

胸の奥が少し重くなる。

 

伊隅大尉は、A-01の隊長だ。部下を見ている。常に全体を見ている。でも、それは自分を最後にする癖でもある。

 

シミュレーション終了。

 

伊隅大尉が筐体から出てくる。

 

「評価を聞こう」

「はい」

 

自分は端末を見ながら言った。

 

「伊隅大尉は、部隊運用への適応が非常に高いです。XM3の反応速度向上を、単機機動ではなく、小隊全体の再配置速度に使えています」

「そうか」

「ただし、自機の回避が一拍遅れる場面がありました」

 

伊隅大尉は少しだけ目を細めた。

 

「部下の位置を優先した場面か」

「はい」

「癖だな」

「長所でもあります」

 

自分は、はっきり言った。

 

「でも、大尉が落ちたらA-01全体が崩れます」

 

伊隅大尉は、ほんの少しだけ沈黙した。

 

それから、静かに頷いた。

 

「了解した。自機生存も隊長の役割として組み込む」

 

やっぱり、この人は強い。

 

指摘を受け止めるのが早い。

 

 

次は速瀬水月中尉だった。

 

正直、予想はしていた。

 

そして予想通りだった。

 

『開始していいのよね?』

「はい。ただし、最初は低負荷で」

『分かってるわよ』

「速瀬中尉の“分かってる”は信用しきれないです」

『あんた、最近遠慮なくなってきたわね』

「必要な指摘です」

 

まりもさんが横で小さく頷いた。

 

少しだけ、自信を持ってしまいそうになる。

 

シミュレーション開始。

 

敵標的が正面に出現する。水月機は、一瞬で踏み込んだ。

 

速い。

 

本当に速い。

 

XM3の入力遅延低減が、水月さんの反応速度と噛み合っている。従来OSでは機体側に残っていた遅れが消え、水月さんの意思がそのまま前進力になる。

 

『っは……! これ、いいわね!』

「速瀬中尉、前に出すぎです!」

『まだ範囲内!』

「機体負荷は範囲外に近いです!」

 

《膝部負荷:上昇》

《腰部負荷:上昇》

《推進剤消費:基準値比+18%》

《過入力傾向:高》

 

水月機は、敵標的を瞬時に切り込む。回避し、反転し、射撃姿勢へ移り、また前進する。動きは美しい。強い。だが、危うい。

 

遙中尉が管制席から言った。

「水月、敵を追いすぎ」

『分かってる!』

「分かっていないわ。後方の射線から外れている」

 

水月機が一瞬だけ動きを止める。

 

その一拍で、仮想味方の支援射線が再表示された。

 

『……あ、本当だ』

「速瀬中尉」

 

自分は言う。

 

「今の動きは、単機なら成功です」

『でしょうね』

「でも、部隊なら孤立です」

『……分かってるわよ』

 

今度の「分かってる」は、少しだけ真面目だった。

 

二回目。水月さんは踏み込みを少し抑えた。それでも速い。だが、先ほどより戻り道がある。一撃後、後退。味方射線へ戻る。

 

「今のは良いです」

『褒められた?』

「はい」

『じゃあ、もう一回』

「調子に乗らないでください」

『少しだけよ』

「少しの基準が怖いんです」

 

宗像中尉が後ろで笑っている。

 

伊隅大尉は腕を組んでログを見ていた。

 

「速瀬は、やはり前に出る」

「はい」

「だが、戻る道を見せれば使える」

「そう思います」

「問題は、実戦で熱くなった時だな」

 

そこが怖い。

 

水月さんは強い。だが、その強さは時に前へ出すぎる。XM3は、それをさらに押し出す。

 

シミュレーション終了後、水月さんは筐体から出てきて、軽く肩を回した。

 

「いいわね、これ」

「感想が軽いです」

「褒めてるのよ」

「それはありがとうございます」

「で? あたしの癖は?」

「反応速度は非常に高いです。XM3との相性もかなり良いです」

「ふふん」

「ただし、前進圧が強すぎます。回避はできても、隊列から外れる可能性があります。特に実戦で熱くなると危険です」

「……」

 

水月さんは、少しだけ黙った。

 

「つまり、遙に怒られる動きってことね」

 

遙中尉が穏やかに言う。

「今も怒っています」

「笑顔で言わないでよ」

「水月が帰ってこない動きをするなら、何度でも言うわ」

 

水月さんは、少しだけ目を逸らした。

 

「……分かったわよ」

 

そのやり取りに、鳴海孝之の影を少しだけ感じてしまった。この世界では、彼はもういない。でも、水月さんと遙中尉の間には、失われた誰かの重さがある。

 

自分が踏み込んではいけない場所だ。

 

だから、今はただ、記録する。

 

速瀬水月。

 

前へ出る人。

 

戻る道を教えるべき人。

 

それだけを、胸の奥に刻んだ。

 

 

宗像中尉は、こちらを見て笑っていた。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「私の場合、どのような癖が出ると思いますか?」

「……観察と予測が強く出ると思います」

「では、観察してみてください」

「言い方が怖いです」

「気のせいです」

 

絶対に気のせいではない。

 

シミュレーション開始。

 

敵標的は三体。宗像機は、すぐには動かない。一歩下がり、射線を作る。敵の一体が接近してくる。普通なら回避か迎撃。だが、宗像中尉は撃たない。

 

ギリギリまで待つ。

 

「……遅い?」

 

柏木少尉が小さく呟く。

 

自分は首を横に振る。

 

「違います。待ってます」

 

次の瞬間、敵標的が回避行動に入った。宗像機は、その回避先へ射撃を置く。

 

命中。

 

『なるほど』

 

宗像中尉の声が楽しそうに響く。

 

『相手の次の動きが、少し見えやすい』

「機体が速くなった感覚はありますか?」

『速くなったというより、余裕が増えました』

「余裕」

『はい。今までなら反応だけで処理していた場面で、一拍考えられる』

 

宗像機は、二体目の敵を誘導する。わざと射線を開け、敵がそこへ入るのを待つ。そこでキャンセルを使い、姿勢を変えて側面から撃つ。

 

《敵挙動予測:高》

《反応抑制:高》

《射線管理:高》

 

夕呼副司令が、少し面白そうに言った。

「宗像は、反応速度向上を“動かないため”に使ってるわね」

「はい」

 

動けるから、動かない。

 

それは、かなり高度な使い方だ。

 

ただし、危険もある。

 

「宗像中尉、今のはかなり良いです。でも、読みすぎると遅れます」

『ええ。そうでしょうね』

「反応を抑えすぎて、単純な突撃に対して遅れる可能性があります」

『つまり、考えすぎるな、ということですか』

「はい。宗像中尉の場合は」

『私に考えるなと』

「考えすぎないでください」

『難しい注文ですね』

 

通信の向こうで、宗像中尉が笑った。

 

この人は、分かっている。自分の癖も、危うさも。でも、分かっているからこそ、時々わざと危ないことをしそうでもある。

 

シミュレーション終了後、宗像中尉は筐体から出て、こちらへ視線を向けた。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「私は、速瀬中尉と組むと面白いかもしれませんね」

「速瀬中尉が前へ出て、宗像中尉が誘導する形ですか」

「ええ。突っ込む人と、突っ込ませる人」

「速瀬中尉が怒りそうな言い方ですね」

 

水月さんが横から言った。

「誰が突っ込む人よ」

「速瀬中尉です」

「全員で即答しないでくれる?」

 

A-01の空気が少し緩む。

 

でも、自分の中には、宗像中尉の動きが残っていた。速くなったから、動く。ではない。速くなったから、待てる。それもまた、XM3の使い方なのだ。

 

 

風間少尉、柏木少尉、臼杵少尉の確認は、続けて行った。

 

三人とも、派手な動きを見せるわけではない。けれど、ログにはそれぞれ違う形が残る。

 

風間少尉は、安定していた。無理に速くなろうとせず、必要な分だけ機体を動かす。射撃姿勢への移行も滑らかで、負荷も低い。ただし、踏み込みが少し遅れる。

 

「風間少尉は、安定を活かした方が良いと思います」

「でも、必要な時は踏み込む」

「はい」

 

風間少尉は少しだけ微笑んだ。

 

「分かりました。帰るために、必要な分だけ前に出ます」

 

柏木少尉は、柔らかかった。敵標的の配置が崩れた瞬間、仮想味方の射線を塞がない位置へ抜ける。判断は良い。ただ、少し味方のために譲りすぎる。

 

「自分も助かる位置を選んでください」

『了解です。自分も含めて助かる位置、ですね』

 

その明るさは、たぶん強さだ。

 

けれど、その強さも、自分を狭い場所へ追い込む形になれば危ない。

 

臼杵少尉は、堅実だった。入力は丁寧で、ログも綺麗。ただし、綺麗な手順を求めるあまり、敵標的への初動が一瞬遅れる。

 

「汚れても、生きていれば成功です」

『……はい』

 

まりもさんが、こちらを見た。

 

その目が、今の言葉は良い、と言っている気がした。

 

三人の確認は短い。

 

それでも十分だった。

 

全員を長く描く必要はない。

 

必要な癖が見えれば、それでいい。

 

 

次は、如月桃音中尉だった。

 

如月中尉は、筐体に入る前に軽く肩を回し、こちらへ明るく笑いかけた。

 

「白き少佐、そんな顔しないで。ちゃんと優しく乗るから」

「その言い方だと、逆に不安になります」

「じゃあ、丁寧に乗るわ」

「お願いします」

 

シミュレーション開始。

 

如月機の動きは、やはり柔らかかった。速瀬中尉のように前へ突き抜けるわけではない。宗像中尉のように読み合いへ寄りすぎるわけでもない。敵を受け流し、味方仮想機の動きを見て、自分の速度をほんの少しだけ調整する。

 

午前の初回体験でも見えた動きだ。

 

だが、今回はもう少し負荷を上げてある。味方仮想機の一機が、わざと遅れる。敵標的がそこへ圧をかける。

 

如月機は、一拍待った。

 

その一拍で、味方仮想機の射線は整った。

 

だが、敵標的の一体が、如月機自身の側面へ回り込む。

 

「如月中尉、側面」

『分かってるわ』

 

回避は間に合った。

 

けれど、攻撃機会は失われた。

 

《味方補助優先:高》

《自機攻撃機会損失:発生》

 

自分は、ログを見ながら少し息を呑んだ。

 

午前の体験では、如月中尉の「待てる」動きが長所として見えた。でも、負荷を上げると別の面が出る。待てるからこそ、待ちすぎる。周囲を見られるからこそ、自分の好機を譲ってしまう。

 

『今の、待ちすぎ?』

 

如月中尉の声は、軽い。

 

けれど、自覚はある。

 

「はい」

 

自分は答えた。

 

「味方の射線を整えた判断は良かったです。でも、如月中尉自身が撃てる場面を逃しました」

『若い子が遅れてると、ついね』

「若い子を見ているんですね」

『見るわよ。見てないと、勝手に無茶するもの』

 

如月中尉は、笑っていた。でも、少しだけ声が柔らかかった。

 

A-01の古参として、若手を見る人。場の空気を整え、焦っている者を待ち、遅れている者を拾う人。それは長所だ。ただし、戦場は優しい人から順に余裕を削っていく。

 

「如月中尉」

『はいはい』

「待つのは強みです。でも、待ちすぎると如月中尉が危険になります」

『優しさで死んだら怒られるわね』

「はい。かなり怒られます」

『白き少佐に?』

「たぶん、自分だけじゃないです」

 

伊隅大尉が短く言う。

「当然だ」

 

水月さんも腕を組んだ。

「桃音が待ちすぎて落ちるとか、笑えないわよ」

 

如月中尉は、少しだけ肩をすくめた。

 

『了解。待つ時と、撃つ時を間違えないようにするわ』

 

二回目。如月機は、味方仮想機を待った。ただし、先ほどより一拍早く動いた。味方の射線を整え、自分も撃てる位置を残す。

 

射撃。

 

命中。

 

「今のです」

『褒められた?』

「はい」

『なら良かったわ』

 

軽い声。

 

でも、ログは確かに変わっていた。

 

如月桃音中尉の癖は、ただ周囲を見ることではない。周囲を見すぎて、自分を後回しにすることだ。それは、優しさに見える。だが、戦場では危うさにもなる。

 

 

弥生藤乃中尉の番になると、シミュレーター室の空気が少しだけ静かになった。

 

弥生中尉は、眠たげな表情のまま筐体に入る。

 

『始めて』

「はい。今回は前回より、味方機を近くに置きます」

『味方?』

「はい。弥生中尉の危険域に、周囲がついてこられるかを見ます」

『分かった』

 

シミュレーション開始。

 

敵標的は二体。

 

味方仮想機が一機。

 

弥生機は、やはり大きく動かない。敵の腕が迫る。一歩。本当に一歩だけ、横へずれる。攻撃が外れる。さらに半歩下がる。味方仮想機の射線が通る。

 

午前の体験と同じように、無駄がない。

 

いや、無駄がなさすぎる。

 

「……味方機が遅れています」

 

遙中尉が言った。

 

モニター上で、味方仮想機の反応がわずかに遅れる。弥生中尉は避けている。だが、味方機はその距離に対応できていない。弥生機が死線ぎりぎりで抜けた瞬間、味方仮想機の射線が一拍遅れてずれた。

 

《味方追従遅延:発生》

《危険域共有不能》

 

背筋が冷えた。

 

弥生中尉本人は間に合う。

 

だが、周囲は間に合わない。

 

その差が、部隊行動では危険になる。

 

「弥生中尉」

『はい』

「今の回避、弥生中尉は間に合っています」

『うん』

「でも、味方がついてこられていません」

『……そう』

 

弥生機が止まる。

 

沈黙。

 

眠たげな声の奥で、弥生中尉がログを見ているのが分かった。

 

『私は間に合う。でも、隣は間に合わない』

「はい」

『それは、まずい』

「かなり」

 

弥生中尉は、少しだけ間を置いた。

 

『死線を、自分だけの距離で見てた』

 

その言葉に、胸の奥が重くなる。

 

この人は、危険の境界を見る。どこから死ぬかを測る。それは強い。けれど、死線の位置は全員同じではない。自分には間に合う一歩でも、隣の味方には間に合わないことがある。

 

「弥生中尉」

『はい』

「弥生中尉の一歩は、かなり正確です。でも、部隊で動くなら、その死線を少し手前に置く必要があります」

『安全側にずらす』

「はい」

『つまらないけど、大事』

「つまらないんですか」

『少し』

「本当に怖いです」

 

如月中尉が後ろで苦笑した。

 

「藤乃、少佐の胃を壊さないであげて」

「もう少し丈夫になって」

「自分がですか?」

「うん」

 

無茶を言わないでほしい。

 

二回目。弥生機は、前回より半歩早く動いた。その分、本人の回避は少し余裕が出た。そして味方仮想機が追従できた。射線が通る。

 

敵標的を撃破。

 

《味方追従:改善》

《危険域滞在:低下》

 

「今のです」

『うん』

「死線を見るのは強みです。でも、その線を味方と共有できる位置まで下げてください」

『了解。死線は見る。独り占めしない』

「言い方……」

 

でも、たぶん合っている。

 

弥生藤乃中尉の癖は、死線を見ること。そして、その死線を自分の感覚だけで測ってしまうこと。XM3は、その一歩を間に合わせる。だが、部隊全体がそこに追いつけるとは限らない。

 

それが、今日見えた差分だった。

 

 

最後は、涼宮茜少尉だった。

 

茜少尉の番になると、室内の空気が少し変わった。速瀬中尉も遙中尉も、さりげなく見ている。伊隅大尉も、腕を組んでログ確認の姿勢を取った。如月中尉は少しだけ柔らかい目をしていて、弥生中尉は眠たげなまま、しかし視線だけは茜少尉の手元に向けていた。

 

茜少尉自身も、それを分かっている。

 

だからこそ、少し緊張していた。

 

「涼宮少尉」

「はい」

「今日は午前より少しだけ負荷を上げます」

「はい」

「ただし、速く動く練習ではありません」

「……戻る練習、ですね」

 

その答えに、自分は少し驚いた。

 

「はい。その通りです」

 

茜少尉は、少しだけ笑った。

 

「少佐が何度も言っていたので」

「しつこかったですか?」

「いえ。必要だと思います」

 

その表情は真剣だった。

 

シミュレーション開始。

 

茜機が動く。最初は丁寧。だが、敵標的が速瀬中尉に近い高速機動パターンを取った瞬間、茜少尉の反応が跳ねた。

 

《心拍上昇》

《入力強度上昇》

《前進圧上昇》

 

「涼宮少尉、抑えて」

『はい!』

 

機体が一度止まる。少し硬い。でも、止まれた。

 

「今のは良いです」

『今のが、ですか?』

「はい。前に出そうになった後、止まれました」

『……止まれたこと』

「はい」

 

茜少尉は、少し息を整えた。

 

二回目。敵標的が横へ抜ける。茜機は、踏み込みかけてから、一拍見る。そして、相手の進路を読んで横へずれる。

 

速瀬中尉とは違う。

 

真正面から圧をかけるのではなく、相手の動きを見てから重ねる。

 

「今のです」

『……!』

「涼宮少尉の動きです」

 

通信の向こうで、茜少尉の呼吸が少し乱れた。

 

嬉しそうで、でも泣きそうにも聞こえる。

 

『少佐』

「はい」

『私、今の動きなら……速瀬中尉と一緒に戦えますか』

 

速瀬中尉が、何か言いかけて止まる。遙中尉も、静かに妹を見ている。

 

自分は、少しだけ考えてから答えた。

 

「はい」

 

茜少尉の機体が、わずかに揺れた。

 

「でも、速瀬中尉になる必要はありません」

『……はい』

「涼宮茜少尉として、速瀬中尉の隣に立てる動きです」

『はい……!』

 

その後の茜少尉の動きは、明らかに安定した。

 

完全ではない。

 

まだ焦る。

 

まだ前へ出かける。

 

でも、戻ってこられる。

 

それが大きかった。

 

シミュレーション終了。

 

茜少尉が筐体から出てくると、速瀬中尉が軽く肩を叩いた。

 

「やるじゃない」

「水月さん……」

「でも、まだまだ」

「はい!」

「そこで嬉しそうにしない」

「すみません!」

 

遙中尉が優しく笑った。

 

「茜、良かったわ」

「姉さん……!」

 

その光景に、自分は少し胸が温かくなった。

 

如月中尉が、にこにこと頷く。

 

「若い子が伸びる瞬間って、いいわねぇ」

「如月中尉、言い方がお母さんみたいです」

「まだそんな歳じゃないわよ?」

「すみません」

 

弥生中尉が、ぽつりと言った。

 

「戻れる憧れなら、悪くない」

 

茜少尉は、少しだけ目を丸くしてから、深く頷いた。

 

 

全員の確認が終わった時、シミュレーター室には疲労と熱気が残っていた。

 

A-01の面々は、それぞれ自分のログを見ている。速瀬中尉は少し不服そうに前進圧の項目を見ている。宗像中尉は反応抑制のログを見て笑っている。如月中尉は好機逸失の表示に苦笑し、弥生中尉は危険域共有不能の文字を見ても表情を変えない。風間少尉、柏木少尉、臼杵少尉も、それぞれのログを確認している。

 

築地少尉、高原少尉、麻倉少尉は今回本格的な試験対象ではなく、ログ観察と補助記録に回っていた。三人とも真剣な顔でモニターを見ている。後輩組に実際に触れさせる時は、今日以上に言葉を噛み砕く必要があるだろう。

 

伊隅大尉は、その全員を見ていた。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「今日の評価をまとめてくれ」

「分かりました」

 

自分は端末を操作し、A-01全体の傾向を表示した。

 

細かな数値は並べない。

 

必要なものだけに絞る。

 

伊隅大尉は、部隊全体を見すぎる。

 

速瀬中尉は、前に出すぎる。

 

宗像中尉は、読みすぎる。

 

風間少尉は、安定する分、踏み込みが遅れる。

 

如月中尉は、周囲を見すぎて自分を後回しにする。

 

弥生中尉は、死線を自分の距離で測りすぎる。

 

茜少尉は、憧れで前へ出かける。

 

柏木少尉は、味方を優先して自分の位置を狭める。

 

臼杵少尉は、確認を挟みすぎる。

 

「以上です」

 

伊隅大尉は、しばらく表示を見ていた。

 

「よく見ている」

「……ありがとうございます」

「ただし、貴官自身の評価がない」

 

嫌な予感がした。

 

夕呼副司令が、にやりと笑う。

 

「あるわよ」

「副司令」

「最後に表示してあげなさい」

「遠慮します」

「命令」

「……はい」

 

逆らえなかった。

 

端末に、最後の項目を表示する。

 

神宮寺真白。

 

自己犠牲傾向。

 

他者優先。

 

危険時に自機生存判断が遅れる可能性。

 

要観察。

 

沈黙。

 

A-01の視線が、一斉にこちらへ集まった。

 

「……副司令、これ必要でした?」

「必要よ」

 

速瀬中尉が腕を組む。

 

「へえ。白き少佐様、自分のことは棚上げ?」

「棚上げしているつもりは……」

 

宗像中尉が笑う。

 

「要観察ですね」

「宗像中尉まで……」

 

風間少尉が静かに言った。

 

「少佐も、帰ってくる訓練が必要ですね」

 

その言葉が、まりもさんの言葉と重なる。

 

あなた自身も、帰ってくる側に含めてください。

 

如月中尉が、少しだけ柔らかく笑った。

 

「若いのに、背負い方が下手ねぇ」

「如月中尉……」

「褒めてないわよ?」

「分かっています」

 

弥生中尉は、端末の表示を見たまま言った。

 

「死線を見るなら、自分の足元も見る」

 

その言葉も、妙に刺さった。

 

伊隅大尉が、真剣な声で言った。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「A-01は、貴官の教導を受ける」

「はい」

「だが同時に、貴官が自分を軽視するなら、我々はそれを看過しない」

「……」

「貴官も、部隊運用上の重要戦力だ」

 

その言い方は、軍人らしかった。

 

でも、その奥に少しだけ違うものを感じた。

 

心配。

 

たぶん、そういうもの。

 

「……気をつけます」

「気をつける、では足りない」

 

まりもさんが言った。

 

「約束です」

 

まただ。

 

約束。

 

生きて帰る約束。

 

自分は、少しだけ苦笑した。

 

「分かりました」

 

そして、A-01とまりもさんに向かって、頭を下げる。

 

「自分も、帰る側に入れます」

 

夕呼副司令が、満足そうに端末を閉じた。

 

「よろしい」

 

本当に、どこまで計算しているのか分からない人だ。

 

でも、その一行を消せなかった理由は分かっている。

 

自分の癖も、確かにそこにあったからだ。

 

 

その日、A-01は制限版XM3によって、自分たちの癖を知った。

 

速さ。

焦り。

安定。

予測。

献身。

憧れ。

周囲を見る優しさ。

死線を測る静けさ。

 

それらはすべて、長所だった。

 

同時に、危うさでもあった。

 

XM3は、機体だけを変えるものではない。

 

衛士の中にあるものを、機体の動きとして表へ出してしまう。

 

だから、一人ずつ見なければならない。

 

そして、その対象には。

 

白き少佐自身も、含まれていた。

 

END

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