マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
話数を決めてから、幕間など設定しているので、かなり幕間など多い部分があります…
いつか完結したら、改めて調整する予定です。ご了承ください。
追加:遂にマブラヴタクティクスのPVが出てましたね…楽しみです!
10月30日 夕方
国連軍横浜基地・戦術機シミュレーター室
<< 神宮寺 真白 >>
「……個別癖チェック、ですか」
午前の初回体験が終わってから、まだ半日も経っていない。
それなのに、端末には香月夕呼副司令が作ったらしい訓練メニューが並んでいた。入力遅延、過入力傾向、姿勢復帰、先行入力精度、部隊連携時のズレ、精神反応、機体負荷。どれも必要な項目だ。必要なのは分かる。分かるが、並び方が少しだけ無慈悲だった。
そして最後に、こう書かれている。
神宮寺真白による主観評価。
最後の一文だけ、明らかに余計だった。
「主観評価って……」
「必要でしょ」
背後から、夕呼副司令の声がした。
振り返ると、いつもの白衣姿の副司令が管制席の一つに座っていた。隣にはピアティフ中尉。少し離れた位置には、神宮司まりも軍曹。涼宮遙中尉も、管制補助として端末を確認している。
完全に観察体制だった。
「副司令、自分の主観評価って、あんまり信用できないと思うんですが」
「信用するかどうかはこっちで判断するわ」
「ひどい」
「主観は主観で価値があるのよ。あんたがどう感じたか。誰に危うさを感じたか。誰の動きに安心したか。そういうのは、数値に出ないことがある」
「……そう言われると、分かりますけど」
「でしょ?」
副司令は、口元を少しだけ上げた。
「それに、あんたは未来の知識とやらを持っている。つまり、無意識に“本来の彼女たち”との差分を見る可能性がある」
「……」
少し嫌な言い方だった。
でも、たぶん正しい。
自分はA-01を知っている。伊隅ヴァルキリーズ。本来なら、多くが死地へ向かうはずだった部隊。そして、この世界では、自分の知識にはなかった如月桃音中尉と弥生藤乃中尉も、同じA-01の古参としてそこにいる。
知っているはずの未来と、今ここにある現実が、少しずつ違っている。
だから、彼女たちの動きに、勝手に未来を重ねてしまう。
この動きは危ない。
この癖は、きっと戦場で命取りになる。
この人には、もっと生きてほしい。
そういう目で見てしまう。
「神宮寺少佐」
まりもさんが声をかけてきた。
「はい」
「今日は、技術を見るだけではありません」
「……はい」
「その人がどこで無理をするか。どこで怖がるか。どこで自分の長所を見失うか。それを見る訓練です」
昨夜から、まりもさんの言葉はよく刺さる。
教官というものは、こういうものなのだろうか。
「分かりました」
自分は端末を持ち直した。
「一人ずつ、見ます」
◇
最初は、伊隅みちる大尉だった。
シミュレーター内の機体は、不知火相当の訓練機。制限版XM3を搭載し、先行入力は二段まで。キャンセル範囲は限定。関節負荷リミッターは強めに設定してある。
「伊隅大尉、今回は単機回避ではなく、小隊指揮を想定した複数目標訓練です」
『了解した』
モニター内に、三機の味方仮想機が表示される。敵は要撃級相当の高速標的が複数。実際のBETAほどの圧はないが、位置取りと指揮判断を見るには十分だった。
「開始します」
シミュレーション開始。
伊隅大尉の機体は、すぐには前に出なかった。まず味方仮想機の位置を確認し、その上で自分の機体を一歩下げる。前衛ではなく、全体を見られる位置を取ったのだ。
『一番機、右へ展開。二番機、射線を切らすな。三番機は後退しすぎるな、私の左後方へ』
指示が早い。正確だ。XM3の反応速度を、自分の機体だけでなく、味方の動きにも乗せている。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
伊隅大尉は、派手に動かない。だが、味方仮想機の動きが明らかに安定している。彼女自身が速くなるというより、部隊全体のズレを減らしている。
遙中尉が管制席から言った。
「伊隅大尉は、自機の速度より部隊全体の流れを優先していますね」
「はい」
自分はログを見る。伊隅機の反応遅延は、確かに改善している。ただし、最大加速や急制動の使用率は低い。それよりも、指示入力、視線移動、仮想味方の位置確認が多かった。
「大尉、自分の機体を抑えてますね」
まりもさんが頷く。
「隊長としての癖です」
「癖……」
「自分が最速で動くより、全体が崩れないことを優先している」
「それは長所ですよね?」
「長所です」
まりもさんは、少しだけ目を細めた。
「ですが、自分が動くべき場面でも、部隊を見すぎる可能性があります」
その言葉と同時に、シミュレーター内で敵標的が伊隅機へ急接近した。伊隅大尉は、味方機へ回避指示を出す。一拍遅れて、自分の機体を退く。間に合った。だが、ほんの少し危なかった。
《自機回避遅延:許容範囲内》
《指揮処理優先傾向:高》
夕呼副司令が、面白そうに言う。
「伊隅は隊長として優秀ね」
「はい」
「でも、隊長として優秀すぎる」
「……自分の命を後回しにする、ということですか」
「そういうこと」
胸の奥が少し重くなる。
伊隅大尉は、A-01の隊長だ。部下を見ている。常に全体を見ている。でも、それは自分を最後にする癖でもある。
シミュレーション終了。
伊隅大尉が筐体から出てくる。
「評価を聞こう」
「はい」
自分は端末を見ながら言った。
「伊隅大尉は、部隊運用への適応が非常に高いです。XM3の反応速度向上を、単機機動ではなく、小隊全体の再配置速度に使えています」
「そうか」
「ただし、自機の回避が一拍遅れる場面がありました」
伊隅大尉は少しだけ目を細めた。
「部下の位置を優先した場面か」
「はい」
「癖だな」
「長所でもあります」
自分は、はっきり言った。
「でも、大尉が落ちたらA-01全体が崩れます」
伊隅大尉は、ほんの少しだけ沈黙した。
それから、静かに頷いた。
「了解した。自機生存も隊長の役割として組み込む」
やっぱり、この人は強い。
指摘を受け止めるのが早い。
◇
次は速瀬水月中尉だった。
正直、予想はしていた。
そして予想通りだった。
『開始していいのよね?』
「はい。ただし、最初は低負荷で」
『分かってるわよ』
「速瀬中尉の“分かってる”は信用しきれないです」
『あんた、最近遠慮なくなってきたわね』
「必要な指摘です」
まりもさんが横で小さく頷いた。
少しだけ、自信を持ってしまいそうになる。
シミュレーション開始。
敵標的が正面に出現する。水月機は、一瞬で踏み込んだ。
速い。
本当に速い。
XM3の入力遅延低減が、水月さんの反応速度と噛み合っている。従来OSでは機体側に残っていた遅れが消え、水月さんの意思がそのまま前進力になる。
『っは……! これ、いいわね!』
「速瀬中尉、前に出すぎです!」
『まだ範囲内!』
「機体負荷は範囲外に近いです!」
《膝部負荷:上昇》
《腰部負荷:上昇》
《推進剤消費:基準値比+18%》
《過入力傾向:高》
水月機は、敵標的を瞬時に切り込む。回避し、反転し、射撃姿勢へ移り、また前進する。動きは美しい。強い。だが、危うい。
遙中尉が管制席から言った。
「水月、敵を追いすぎ」
『分かってる!』
「分かっていないわ。後方の射線から外れている」
水月機が一瞬だけ動きを止める。
その一拍で、仮想味方の支援射線が再表示された。
『……あ、本当だ』
「速瀬中尉」
自分は言う。
「今の動きは、単機なら成功です」
『でしょうね』
「でも、部隊なら孤立です」
『……分かってるわよ』
今度の「分かってる」は、少しだけ真面目だった。
二回目。水月さんは踏み込みを少し抑えた。それでも速い。だが、先ほどより戻り道がある。一撃後、後退。味方射線へ戻る。
「今のは良いです」
『褒められた?』
「はい」
『じゃあ、もう一回』
「調子に乗らないでください」
『少しだけよ』
「少しの基準が怖いんです」
宗像中尉が後ろで笑っている。
伊隅大尉は腕を組んでログを見ていた。
「速瀬は、やはり前に出る」
「はい」
「だが、戻る道を見せれば使える」
「そう思います」
「問題は、実戦で熱くなった時だな」
そこが怖い。
水月さんは強い。だが、その強さは時に前へ出すぎる。XM3は、それをさらに押し出す。
シミュレーション終了後、水月さんは筐体から出てきて、軽く肩を回した。
「いいわね、これ」
「感想が軽いです」
「褒めてるのよ」
「それはありがとうございます」
「で? あたしの癖は?」
「反応速度は非常に高いです。XM3との相性もかなり良いです」
「ふふん」
「ただし、前進圧が強すぎます。回避はできても、隊列から外れる可能性があります。特に実戦で熱くなると危険です」
「……」
水月さんは、少しだけ黙った。
「つまり、遙に怒られる動きってことね」
遙中尉が穏やかに言う。
「今も怒っています」
「笑顔で言わないでよ」
「水月が帰ってこない動きをするなら、何度でも言うわ」
水月さんは、少しだけ目を逸らした。
「……分かったわよ」
そのやり取りに、鳴海孝之の影を少しだけ感じてしまった。この世界では、彼はもういない。でも、水月さんと遙中尉の間には、失われた誰かの重さがある。
自分が踏み込んではいけない場所だ。
だから、今はただ、記録する。
速瀬水月。
前へ出る人。
戻る道を教えるべき人。
それだけを、胸の奥に刻んだ。
◇
宗像中尉は、こちらを見て笑っていた。
「神宮寺少佐」
「はい」
「私の場合、どのような癖が出ると思いますか?」
「……観察と予測が強く出ると思います」
「では、観察してみてください」
「言い方が怖いです」
「気のせいです」
絶対に気のせいではない。
シミュレーション開始。
敵標的は三体。宗像機は、すぐには動かない。一歩下がり、射線を作る。敵の一体が接近してくる。普通なら回避か迎撃。だが、宗像中尉は撃たない。
ギリギリまで待つ。
「……遅い?」
柏木少尉が小さく呟く。
自分は首を横に振る。
「違います。待ってます」
次の瞬間、敵標的が回避行動に入った。宗像機は、その回避先へ射撃を置く。
命中。
『なるほど』
宗像中尉の声が楽しそうに響く。
『相手の次の動きが、少し見えやすい』
「機体が速くなった感覚はありますか?」
『速くなったというより、余裕が増えました』
「余裕」
『はい。今までなら反応だけで処理していた場面で、一拍考えられる』
宗像機は、二体目の敵を誘導する。わざと射線を開け、敵がそこへ入るのを待つ。そこでキャンセルを使い、姿勢を変えて側面から撃つ。
《敵挙動予測:高》
《反応抑制:高》
《射線管理:高》
夕呼副司令が、少し面白そうに言った。
「宗像は、反応速度向上を“動かないため”に使ってるわね」
「はい」
動けるから、動かない。
それは、かなり高度な使い方だ。
ただし、危険もある。
「宗像中尉、今のはかなり良いです。でも、読みすぎると遅れます」
『ええ。そうでしょうね』
「反応を抑えすぎて、単純な突撃に対して遅れる可能性があります」
『つまり、考えすぎるな、ということですか』
「はい。宗像中尉の場合は」
『私に考えるなと』
「考えすぎないでください」
『難しい注文ですね』
通信の向こうで、宗像中尉が笑った。
この人は、分かっている。自分の癖も、危うさも。でも、分かっているからこそ、時々わざと危ないことをしそうでもある。
シミュレーション終了後、宗像中尉は筐体から出て、こちらへ視線を向けた。
「神宮寺少佐」
「はい」
「私は、速瀬中尉と組むと面白いかもしれませんね」
「速瀬中尉が前へ出て、宗像中尉が誘導する形ですか」
「ええ。突っ込む人と、突っ込ませる人」
「速瀬中尉が怒りそうな言い方ですね」
水月さんが横から言った。
「誰が突っ込む人よ」
「速瀬中尉です」
「全員で即答しないでくれる?」
A-01の空気が少し緩む。
でも、自分の中には、宗像中尉の動きが残っていた。速くなったから、動く。ではない。速くなったから、待てる。それもまた、XM3の使い方なのだ。
◇
風間少尉、柏木少尉、臼杵少尉の確認は、続けて行った。
三人とも、派手な動きを見せるわけではない。けれど、ログにはそれぞれ違う形が残る。
風間少尉は、安定していた。無理に速くなろうとせず、必要な分だけ機体を動かす。射撃姿勢への移行も滑らかで、負荷も低い。ただし、踏み込みが少し遅れる。
「風間少尉は、安定を活かした方が良いと思います」
「でも、必要な時は踏み込む」
「はい」
風間少尉は少しだけ微笑んだ。
「分かりました。帰るために、必要な分だけ前に出ます」
柏木少尉は、柔らかかった。敵標的の配置が崩れた瞬間、仮想味方の射線を塞がない位置へ抜ける。判断は良い。ただ、少し味方のために譲りすぎる。
「自分も助かる位置を選んでください」
『了解です。自分も含めて助かる位置、ですね』
その明るさは、たぶん強さだ。
けれど、その強さも、自分を狭い場所へ追い込む形になれば危ない。
臼杵少尉は、堅実だった。入力は丁寧で、ログも綺麗。ただし、綺麗な手順を求めるあまり、敵標的への初動が一瞬遅れる。
「汚れても、生きていれば成功です」
『……はい』
まりもさんが、こちらを見た。
その目が、今の言葉は良い、と言っている気がした。
三人の確認は短い。
それでも十分だった。
全員を長く描く必要はない。
必要な癖が見えれば、それでいい。
◇
次は、如月桃音中尉だった。
如月中尉は、筐体に入る前に軽く肩を回し、こちらへ明るく笑いかけた。
「白き少佐、そんな顔しないで。ちゃんと優しく乗るから」
「その言い方だと、逆に不安になります」
「じゃあ、丁寧に乗るわ」
「お願いします」
シミュレーション開始。
如月機の動きは、やはり柔らかかった。速瀬中尉のように前へ突き抜けるわけではない。宗像中尉のように読み合いへ寄りすぎるわけでもない。敵を受け流し、味方仮想機の動きを見て、自分の速度をほんの少しだけ調整する。
午前の初回体験でも見えた動きだ。
だが、今回はもう少し負荷を上げてある。味方仮想機の一機が、わざと遅れる。敵標的がそこへ圧をかける。
如月機は、一拍待った。
その一拍で、味方仮想機の射線は整った。
だが、敵標的の一体が、如月機自身の側面へ回り込む。
「如月中尉、側面」
『分かってるわ』
回避は間に合った。
けれど、攻撃機会は失われた。
《味方補助優先:高》
《自機攻撃機会損失:発生》
自分は、ログを見ながら少し息を呑んだ。
午前の体験では、如月中尉の「待てる」動きが長所として見えた。でも、負荷を上げると別の面が出る。待てるからこそ、待ちすぎる。周囲を見られるからこそ、自分の好機を譲ってしまう。
『今の、待ちすぎ?』
如月中尉の声は、軽い。
けれど、自覚はある。
「はい」
自分は答えた。
「味方の射線を整えた判断は良かったです。でも、如月中尉自身が撃てる場面を逃しました」
『若い子が遅れてると、ついね』
「若い子を見ているんですね」
『見るわよ。見てないと、勝手に無茶するもの』
如月中尉は、笑っていた。でも、少しだけ声が柔らかかった。
A-01の古参として、若手を見る人。場の空気を整え、焦っている者を待ち、遅れている者を拾う人。それは長所だ。ただし、戦場は優しい人から順に余裕を削っていく。
「如月中尉」
『はいはい』
「待つのは強みです。でも、待ちすぎると如月中尉が危険になります」
『優しさで死んだら怒られるわね』
「はい。かなり怒られます」
『白き少佐に?』
「たぶん、自分だけじゃないです」
伊隅大尉が短く言う。
「当然だ」
水月さんも腕を組んだ。
「桃音が待ちすぎて落ちるとか、笑えないわよ」
如月中尉は、少しだけ肩をすくめた。
『了解。待つ時と、撃つ時を間違えないようにするわ』
二回目。如月機は、味方仮想機を待った。ただし、先ほどより一拍早く動いた。味方の射線を整え、自分も撃てる位置を残す。
射撃。
命中。
「今のです」
『褒められた?』
「はい」
『なら良かったわ』
軽い声。
でも、ログは確かに変わっていた。
如月桃音中尉の癖は、ただ周囲を見ることではない。周囲を見すぎて、自分を後回しにすることだ。それは、優しさに見える。だが、戦場では危うさにもなる。
◇
弥生藤乃中尉の番になると、シミュレーター室の空気が少しだけ静かになった。
弥生中尉は、眠たげな表情のまま筐体に入る。
『始めて』
「はい。今回は前回より、味方機を近くに置きます」
『味方?』
「はい。弥生中尉の危険域に、周囲がついてこられるかを見ます」
『分かった』
シミュレーション開始。
敵標的は二体。
味方仮想機が一機。
弥生機は、やはり大きく動かない。敵の腕が迫る。一歩。本当に一歩だけ、横へずれる。攻撃が外れる。さらに半歩下がる。味方仮想機の射線が通る。
午前の体験と同じように、無駄がない。
いや、無駄がなさすぎる。
「……味方機が遅れています」
遙中尉が言った。
モニター上で、味方仮想機の反応がわずかに遅れる。弥生中尉は避けている。だが、味方機はその距離に対応できていない。弥生機が死線ぎりぎりで抜けた瞬間、味方仮想機の射線が一拍遅れてずれた。
《味方追従遅延:発生》
《危険域共有不能》
背筋が冷えた。
弥生中尉本人は間に合う。
だが、周囲は間に合わない。
その差が、部隊行動では危険になる。
「弥生中尉」
『はい』
「今の回避、弥生中尉は間に合っています」
『うん』
「でも、味方がついてこられていません」
『……そう』
弥生機が止まる。
沈黙。
眠たげな声の奥で、弥生中尉がログを見ているのが分かった。
『私は間に合う。でも、隣は間に合わない』
「はい」
『それは、まずい』
「かなり」
弥生中尉は、少しだけ間を置いた。
『死線を、自分だけの距離で見てた』
その言葉に、胸の奥が重くなる。
この人は、危険の境界を見る。どこから死ぬかを測る。それは強い。けれど、死線の位置は全員同じではない。自分には間に合う一歩でも、隣の味方には間に合わないことがある。
「弥生中尉」
『はい』
「弥生中尉の一歩は、かなり正確です。でも、部隊で動くなら、その死線を少し手前に置く必要があります」
『安全側にずらす』
「はい」
『つまらないけど、大事』
「つまらないんですか」
『少し』
「本当に怖いです」
如月中尉が後ろで苦笑した。
「藤乃、少佐の胃を壊さないであげて」
「もう少し丈夫になって」
「自分がですか?」
「うん」
無茶を言わないでほしい。
二回目。弥生機は、前回より半歩早く動いた。その分、本人の回避は少し余裕が出た。そして味方仮想機が追従できた。射線が通る。
敵標的を撃破。
《味方追従:改善》
《危険域滞在:低下》
「今のです」
『うん』
「死線を見るのは強みです。でも、その線を味方と共有できる位置まで下げてください」
『了解。死線は見る。独り占めしない』
「言い方……」
でも、たぶん合っている。
弥生藤乃中尉の癖は、死線を見ること。そして、その死線を自分の感覚だけで測ってしまうこと。XM3は、その一歩を間に合わせる。だが、部隊全体がそこに追いつけるとは限らない。
それが、今日見えた差分だった。
◇
最後は、涼宮茜少尉だった。
茜少尉の番になると、室内の空気が少し変わった。速瀬中尉も遙中尉も、さりげなく見ている。伊隅大尉も、腕を組んでログ確認の姿勢を取った。如月中尉は少しだけ柔らかい目をしていて、弥生中尉は眠たげなまま、しかし視線だけは茜少尉の手元に向けていた。
茜少尉自身も、それを分かっている。
だからこそ、少し緊張していた。
「涼宮少尉」
「はい」
「今日は午前より少しだけ負荷を上げます」
「はい」
「ただし、速く動く練習ではありません」
「……戻る練習、ですね」
その答えに、自分は少し驚いた。
「はい。その通りです」
茜少尉は、少しだけ笑った。
「少佐が何度も言っていたので」
「しつこかったですか?」
「いえ。必要だと思います」
その表情は真剣だった。
シミュレーション開始。
茜機が動く。最初は丁寧。だが、敵標的が速瀬中尉に近い高速機動パターンを取った瞬間、茜少尉の反応が跳ねた。
《心拍上昇》
《入力強度上昇》
《前進圧上昇》
「涼宮少尉、抑えて」
『はい!』
機体が一度止まる。少し硬い。でも、止まれた。
「今のは良いです」
『今のが、ですか?』
「はい。前に出そうになった後、止まれました」
『……止まれたこと』
「はい」
茜少尉は、少し息を整えた。
二回目。敵標的が横へ抜ける。茜機は、踏み込みかけてから、一拍見る。そして、相手の進路を読んで横へずれる。
速瀬中尉とは違う。
真正面から圧をかけるのではなく、相手の動きを見てから重ねる。
「今のです」
『……!』
「涼宮少尉の動きです」
通信の向こうで、茜少尉の呼吸が少し乱れた。
嬉しそうで、でも泣きそうにも聞こえる。
『少佐』
「はい」
『私、今の動きなら……速瀬中尉と一緒に戦えますか』
速瀬中尉が、何か言いかけて止まる。遙中尉も、静かに妹を見ている。
自分は、少しだけ考えてから答えた。
「はい」
茜少尉の機体が、わずかに揺れた。
「でも、速瀬中尉になる必要はありません」
『……はい』
「涼宮茜少尉として、速瀬中尉の隣に立てる動きです」
『はい……!』
その後の茜少尉の動きは、明らかに安定した。
完全ではない。
まだ焦る。
まだ前へ出かける。
でも、戻ってこられる。
それが大きかった。
シミュレーション終了。
茜少尉が筐体から出てくると、速瀬中尉が軽く肩を叩いた。
「やるじゃない」
「水月さん……」
「でも、まだまだ」
「はい!」
「そこで嬉しそうにしない」
「すみません!」
遙中尉が優しく笑った。
「茜、良かったわ」
「姉さん……!」
その光景に、自分は少し胸が温かくなった。
如月中尉が、にこにこと頷く。
「若い子が伸びる瞬間って、いいわねぇ」
「如月中尉、言い方がお母さんみたいです」
「まだそんな歳じゃないわよ?」
「すみません」
弥生中尉が、ぽつりと言った。
「戻れる憧れなら、悪くない」
茜少尉は、少しだけ目を丸くしてから、深く頷いた。
◇
全員の確認が終わった時、シミュレーター室には疲労と熱気が残っていた。
A-01の面々は、それぞれ自分のログを見ている。速瀬中尉は少し不服そうに前進圧の項目を見ている。宗像中尉は反応抑制のログを見て笑っている。如月中尉は好機逸失の表示に苦笑し、弥生中尉は危険域共有不能の文字を見ても表情を変えない。風間少尉、柏木少尉、臼杵少尉も、それぞれのログを確認している。
築地少尉、高原少尉、麻倉少尉は今回本格的な試験対象ではなく、ログ観察と補助記録に回っていた。三人とも真剣な顔でモニターを見ている。後輩組に実際に触れさせる時は、今日以上に言葉を噛み砕く必要があるだろう。
伊隅大尉は、その全員を見ていた。
「神宮寺少佐」
「はい」
「今日の評価をまとめてくれ」
「分かりました」
自分は端末を操作し、A-01全体の傾向を表示した。
細かな数値は並べない。
必要なものだけに絞る。
伊隅大尉は、部隊全体を見すぎる。
速瀬中尉は、前に出すぎる。
宗像中尉は、読みすぎる。
風間少尉は、安定する分、踏み込みが遅れる。
如月中尉は、周囲を見すぎて自分を後回しにする。
弥生中尉は、死線を自分の距離で測りすぎる。
茜少尉は、憧れで前へ出かける。
柏木少尉は、味方を優先して自分の位置を狭める。
臼杵少尉は、確認を挟みすぎる。
「以上です」
伊隅大尉は、しばらく表示を見ていた。
「よく見ている」
「……ありがとうございます」
「ただし、貴官自身の評価がない」
嫌な予感がした。
夕呼副司令が、にやりと笑う。
「あるわよ」
「副司令」
「最後に表示してあげなさい」
「遠慮します」
「命令」
「……はい」
逆らえなかった。
端末に、最後の項目を表示する。
神宮寺真白。
自己犠牲傾向。
他者優先。
危険時に自機生存判断が遅れる可能性。
要観察。
沈黙。
A-01の視線が、一斉にこちらへ集まった。
「……副司令、これ必要でした?」
「必要よ」
速瀬中尉が腕を組む。
「へえ。白き少佐様、自分のことは棚上げ?」
「棚上げしているつもりは……」
宗像中尉が笑う。
「要観察ですね」
「宗像中尉まで……」
風間少尉が静かに言った。
「少佐も、帰ってくる訓練が必要ですね」
その言葉が、まりもさんの言葉と重なる。
あなた自身も、帰ってくる側に含めてください。
如月中尉が、少しだけ柔らかく笑った。
「若いのに、背負い方が下手ねぇ」
「如月中尉……」
「褒めてないわよ?」
「分かっています」
弥生中尉は、端末の表示を見たまま言った。
「死線を見るなら、自分の足元も見る」
その言葉も、妙に刺さった。
伊隅大尉が、真剣な声で言った。
「神宮寺少佐」
「はい」
「A-01は、貴官の教導を受ける」
「はい」
「だが同時に、貴官が自分を軽視するなら、我々はそれを看過しない」
「……」
「貴官も、部隊運用上の重要戦力だ」
その言い方は、軍人らしかった。
でも、その奥に少しだけ違うものを感じた。
心配。
たぶん、そういうもの。
「……気をつけます」
「気をつける、では足りない」
まりもさんが言った。
「約束です」
まただ。
約束。
生きて帰る約束。
自分は、少しだけ苦笑した。
「分かりました」
そして、A-01とまりもさんに向かって、頭を下げる。
「自分も、帰る側に入れます」
夕呼副司令が、満足そうに端末を閉じた。
「よろしい」
本当に、どこまで計算しているのか分からない人だ。
でも、その一行を消せなかった理由は分かっている。
自分の癖も、確かにそこにあったからだ。
◇
その日、A-01は制限版XM3によって、自分たちの癖を知った。
速さ。
焦り。
安定。
予測。
献身。
憧れ。
周囲を見る優しさ。
死線を測る静けさ。
それらはすべて、長所だった。
同時に、危うさでもあった。
XM3は、機体だけを変えるものではない。
衛士の中にあるものを、機体の動きとして表へ出してしまう。
だから、一人ずつ見なければならない。
そして、その対象には。
白き少佐自身も、含まれていた。
END