マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
今更ではありますが、本作では原作での伊隅大尉と前島正樹さんとの関係や速瀬中尉、涼宮中尉と鳴海孝之さんとの関係に、にわかではありますが原作とは異なる部分を入れる予定です。
苦手な方はご注意ください
別件ですが、A-01は宗像さんの口調再現に一番苦戦してます…
不自然な部分があれば教えてください。
10月31日 昼
国連軍横浜基地・A-01控室
<< 速瀬 水月 >>
神宮寺真白という人物は、よく分からない。
それが、速瀬水月の正直な感想だった。
二十歳。
男性。
少佐待遇。
特務技術顧問。
夕呼の管理下にある、白い制服の若い男。
最初に聞いた時は、胡散臭いにもほどがあると思った。しかも、あの夕呼が連れてきた人間だ。普通であるはずがない。
だが、実際に会ってみると、さらに分からなくなった。
見た目は柔らかい。押しも強くない。むしろ、こちらが少し詰めればすぐ困った顔をする。年齢も若く、少佐待遇という立場の重さに慣れているようにも見えない。
それなのに、戦術機の話になれば目つきが変わる。
XM3を語る時の声は真剣で、A-01の癖を見抜く時の言葉には妙な説得力があった。
従来OSと制限版XM3の違い。操縦桿やペダルの遊びの少なさ。入力反応が三割変わる意味。シミュレーター筐体の中で、機体姿勢が一瞬早く戻る感覚。
そして、速く動けることと、生きて帰れることは違うという話。
あれは、ただ知識を持っている人間の言葉ではなかった。
まるで、そうしなければ誰かが死ぬと知っている人間の言葉だった。
「……ほんと、何なのかしらね」
水月がぽつりと呟くと、隣で涼宮遙が顔を上げた。
遙の膝の上には、昨日の訓練ログをまとめた端末が置かれている。管制記録の小さな文字が、控室の照明を受けて薄く光っていた。
「神宮寺少佐のこと?」
「そう」
「気になる?」
「そりゃ気になるでしょ」
水月は腕を組んだ。
「いきなり現れて、XM3なんてものを持ち込んで、あたしたちの癖を見抜いて、しかも月詠中尉と妙に近い」
「最後のは、水月が気にしすぎだと思うけど……」
「遙だって見たでしょ。あれ、ただの護衛の距離じゃなかったわよ」
昨日のPX食堂での光景を思い出す。
白い少佐と、赤い斯衛の護衛。
月詠真那は、いかにも任務だという顔で真白の食事量を確認し、味噌汁が冷めると注意し、紙コップの水の減りにまで気づいていた。
護衛と言えば護衛なのだろう。
だが、水月から見ると、それだけではないようにも見えた。
遙は少し困ったように笑う。
「でも、月詠中尉が真白さんを気にかけているのは本当だと思う」
「気にかけている、ね」
「うん。神宮寺少佐、放っておくと無理しそうだから」
その言葉に、水月は少しだけ黙った。
放っておくと無理しそう。
それは、水月にも分かる。
神宮寺真白は、誰かを守りたいという気持ちが強すぎる。A-01を生かしたい。207Bを前へ進ませたい。御剣冥夜を守りたい。神宮司まりも軍曹を支えたい。そんな感情が、言葉の端々から滲んでいる。
けれど、それを支える身体は一つしかない。
だから、危うい。
「遙はさ」
「うん?」
「あいつのこと、どう見てるの?」
遙は少し考えた。
そして、静かに答える。
「優しい人だと思う」
「それは分かる」
「でも、自分の優しさで自分を削ってしまう人だとも思う」
「……重いわね」
「うん」
遙は端末の記録へ視線を落とした。
そこには、昨日の制限版XM3訓練ログが残っている。
水月の踏み込み。
伊隅大尉の指揮官としての機体配置。
宗像の誘導。
風間の機体負荷を意識した機動。
如月の周囲を待つ柔らかさ。
弥生の死線ぎりぎりを測る静けさ。
柏木や茜たち若手組の癖。
臼杵の堅実な入力。
短い時間だった。だが、真白はそれぞれを見ていた。単に強い弱いではない。操縦桿をどう握り、ペダルをどのタイミングで踏み込み、どこで迷い、何を守ろうとするのか。そこまで見ようとしていた。
「観察対象としては、非常に面白いね」
宗像美冴が、いつの間にか二人の近くに立っていた。
水月は少しだけ眉を寄せる。
「宗像、また盗み聞き?」
「人聞きが悪い。聞こえただけだよ」
「絶対嘘でしょ」
宗像は否定せず、楽しそうに微笑んだ。
「神宮寺少佐は、こちらが思っていたよりずっと読みづらい。弱そうに見えて折れない。控えめに見えて、譲らないところでは譲らない。からかうと困るけど、戦場の話になると逃げない」
「褒めてるの?」
「かなり」
宗像は肩をすくめる。
「ただ、危ういのは涼宮の言う通りだね。あれは、誰かが見ていないと勝手に限界を越えるタイプだ」
「月詠中尉が見てるじゃない」
水月が言うと、宗像は意味ありげに笑った。
「夜も?」
「宗像」
遙が少しだけ声を強める。
宗像は、はいはい、と軽く手を振った。
「冗談だよ。半分くらい」
「半分は本気じゃない」
「まあね」
「宗像、あまり神宮寺少佐を困らせる話ばかりしないように」
端末を持った風間祷子少尉が近づいてきた。
宗像は風間を見る。
「風間も気になっているだろう?」
「それは否定しませんが」
風間は、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「私は、主にXM3とデータ処理面に関心があります」
「主に、ね」
「宗像」
「はいはい」
そこへ、如月桃音が軽い足取りで加わった。
「でも、美冴の言うことも少し分かるわ。白き少佐、見ていると構いたくなるもの」
「桃音まで」
水月が呆れると、如月はにこりと笑った。
「だって、戦術機の話をしている時はあんなに真剣なのに、食堂では味噌汁一つで追い詰められていたじゃない。差がすごいのよ」
「追い詰めていた側が言うことじゃないわね」
「私は優しく見守っていただけよ?」
「嘘つけ」
如月は悪びれずに笑った。
その少し後ろで、弥生藤乃が壁に背を預けていた。眠たげな目で、しかし会話はきちんと聞いている。
「白い少佐は、死線を見る顔と退路を探す顔が違う」
水月は振り返った。
「藤乃、あんたも急に刺すわね」
「事実」
「それ、どういう意味よ」
「戦場の話では前を見る。自分の話では逃げ道を探す」
短い。
だが、妙に的を射ていた。
遙が小さく頷く。
「……それは、少し分かるかも」
水月は、何とも言えない顔になった。
この部隊は、戦場では当然のように連携する。
そして、こういう時も妙に連携が良い。
少し離れた控室のテーブルでは、柏木晴子と涼宮茜、築地多恵が資料を見ながら話していた。端末の画面には、α版の基本動作確認項目が並んでいる。
「神宮寺少佐って、話しやすい人だよね」
柏木が言う。
「そうですね。でも、私、まだ緊張します」
茜は端末を抱えたまま、少し真面目な顔をしていた。
「昨日、水月さんに似た踏み込みが出てるって言われたの、少し嬉しかったんです。でも、その後に、戻る判断が甘いって言われて……」
「気にしてる?」
「気にしています」
茜は素直に頷いた。
「でも、ちゃんと見てくれてるんだなって思いました」
「分かる」
柏木はにこりと笑う。
「少佐って、ただ駄目出しする感じじゃないんだよね。ちゃんと、どうすればいいか一緒に考えてくれる感じ」
「はい」
茜は少しだけ頬を緩めた。
「私、もっと教えてもらいたいです」
その言葉に、水月は思わず視線を向けた。
茜は気づいていない。
でも、その声には憧れと焦りが混ざっていた。
水月の背中を追う、若い衛士の目。
それは、少し眩しくて、少し怖かった。
築地少尉が、控えめに口を開く。
「私は、まだ少し難しいです。XM3の話も、少佐の言葉も、分かるところと分からないところがあって」
「築地さん」
柏木が声をかけると、築地は小さく頷いた。
「でも、あの人はたぶん、分からないって言ったら怒らない気がします」
「うん、怒らなそう」
「だから、次はちゃんと質問したいです」
その言葉を聞いて、遙が少しだけ微笑んだ。
若手たちも、少しずつ距離を測っている。
水月はそう思った。
「私語はそこまでだ」
伊隅みちるの声が、控室に通る。
全員の姿勢が自然に整った。
伊隅大尉は、控室の入口に立っていた。
その表情はいつも通り冷静だ。
「神宮寺少佐が来る。午後は制限版XM3、通称α版を使った基本動作確認に入る予定だ」
「了解」
水月が返事をする。
伊隅大尉は全員を見渡した。
「神宮寺少佐の教導は有用だ。だが、まだ始まったばかりだ。興味本位で距離を詰めすぎるな」
宗像が小さく笑う。
「隊長も気になっているのでは?」
「気になってはいる」
伊隅大尉は否定しなかった。
「だが、我々はA-01だ。彼をからかうためにいるのではない」
「はい」
柏木が少し笑いながら返事をした。
如月が小さく肩をすくめる。
「はーい。構いすぎ注意、ね」
弥生も短く言った。
「距離の取りすぎも、取りなさすぎも危ない」
伊隅大尉は、ほんのわずかに頷いた。
「その通りだ」
そして続ける。
「神宮寺少佐は、我々を生かすために来たと言った。その言葉が本物かどうか、我々は見極める」
その声には、重さがあった。
「同時に、我々も彼を潰さないようにする必要がある」
水月は、少しだけ目を細めた。
伊隅大尉も、やはり気づいている。
あの白い少佐が、自分を削ってでも前へ進もうとすることに。
「では、準備しろ」
「「了解」」
A-01の声が揃った。
その時、控室の扉が控えめにノックされた。
「失礼します」
白い制服の青年が、資料を抱えて入ってくる。
神宮寺真白。
彼は、控室に集まるA-01の視線を受けて、一瞬だけ足を止めた。
「……何か、すごく見られている気がします」
水月は、にやりと笑った。
「気のせいじゃないわよ、少佐殿」
真白の肩が、少しだけ落ちた。
◇
10月31日 昼
横浜基地・A-01控室
<< 神宮寺 真白 >>
A-01の控室に入った瞬間、視線が集まった。
昨日までとは、少し違う視線だ。
最初の頃の警戒だけではない。
興味。
観察。
からかい。
心配。
評価。
そして、ほんの少しの親しみ。
それらが全部混ざって、控室の中央に立つ自分へ向けられている。
正直、逃げたい。
「……A-01の皆さん、距離の詰め方が前線部隊すぎませんか?」
思わず呟くと、速瀬中尉が笑った。
「どういう意味よ、それ」
「気づいたら包囲されている感じです」
「実際、包囲してるからね」
「速瀬中尉……」
「冗談よ」
本当に冗談なのだろうか。
いや、A-01の皆さんは冗談と本気の境界が近い気がする。
宗像中尉が、すっと近づいてきた。
「少佐殿、昨日はよく眠れたかな?」
「はい。一応」
「一応?」
「ええっと……その、色々ありまして」
「また“色々”か」
宗像中尉が楽しそうに笑う。
最初の自己紹介の時から、この人は「色々」という言葉を拾ってくる。
逃げ道を塞がれている感じがする。
「月詠中尉の夜間警護は問題なかった?」
「宗像中尉」
風間少尉が、すぐに止めに入る。
「その話題は控えた方が」
「私は体調管理の話をしているだけだよ」
「顔がそうではありません」
「おや」
自分は頭を抱えたくなった。
速瀬中尉は完全に面白がっている。柏木少尉はにこにこしている。茜少尉は、気になるけれど聞いていいか分からないという顔をしている。
如月中尉は楽しそうに見守っている。弥生中尉は無表情に近いが、たぶん聞いている。
涼宮遙中尉だけが、少し心配そうにこちらを見ていた。
「真白さん、本当に休めましたか?」
「はい。大丈夫です」
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶんは、大丈夫ではない気がします」
その通りだった。
でも、ここで正直に言うと、また予定表に休息時間が増える気がする。
「神宮寺少佐」
伊隅大尉が、場を締めるように声をかけてくる。
「はい」
「午後の訓練計画について確認します」
「はい。今日は、昨日見た各員の癖をもとに、制限版XM3――α版で基本動作を確認します」
自分は資料を控室の机の上に広げた。
端末の画面には、α版の入力制限、機体姿勢の復帰タイミング、踏み込み後の停止距離が並んでいる。
「ただし、最初から連続機動を多用するのは避けます。まずは、踏み込み、回避、停止、後退。つまり、前に出ることだけではなく、戻る動きを重視したいです」
速瀬中尉が少し反応する。
昨日の指摘を思い出したのかもしれない。
帰る道を先に作る。
彼女に最初に伝えたことだった。
「特に、速瀬中尉」
「はいはい、来ると思った」
「速瀬中尉はXM3への適応が早いと思います。だからこそ、最初は制限を強めます」
「制限?」
「はい。撃破数よりも、隊列復帰までを評価します」
速瀬中尉の目が細くなる。
「つまり、敵を取るだけじゃ駄目ってことね」
「はい」
「戻ってくるまでが動き?」
「そうです」
それを聞いて、遙中尉が静かに頷いた。
「帰ってくるための動き、ですね」
その言葉に、自分は少しだけ視線を向けた。
遙中尉は、柔らかい表情でこちらを見ている。
「XM3は、速く倒すためだけのOSではない。そういうことですよね」
「はい」
自分は頷いた。
「生きて戻るための選択肢を増やすOSです」
控室の空気が少し変わった。
速瀬中尉の表情も、先ほどより真剣になる。伊隅大尉は静かにこちらを見ていた。宗像中尉の笑みは薄くなり、風間少尉は端末に何かを記録している。
如月中尉は、先ほどまでの柔らかい笑みを少しだけ静かにした。
弥生中尉は、眠たげな目のまま短く言う。
「戻る翼」
「え?」
「前に出るだけの翼は、折れる」
その言い方に、一瞬言葉が止まる。
怖い。
でも、妙にしっくりきた。
「……はい。たぶん、そうです」
柏木少尉と茜少尉、築地少尉も、ただ興味だけで聞いている顔ではなくなっていた。
「……少佐殿」
速瀬中尉が言った。
「昨日も思ったけど、あんたは本当に、あたしたちを帰らせるためにこれを作ってるのね」
「はい」
「敵を倒すためじゃなく?」
「敵を倒さないと帰れないなら、倒す必要があります。でも、倒すことだけが目的になったら、たぶん間違えます」
自分は言葉を選んだ。
「XM3は、前に出るための翼ではあります。でも、それ以上に、戻るための翼であってほしいんです」
少しだけ、沈黙が落ちた。
言い過ぎただろうか。
そう思ったが、伊隅大尉が静かに頷いた。
「良い方針です」
その一言で、少しだけ息が楽になる。
「A-01としても、部隊単位での生還率を重視します。神宮寺少佐、午後の訓練はその方針で進めましょう」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
伊隅大尉は、そう答えた。
それは、ただの形式的な言葉ではなかった。
少なくとも、自分にはそう感じられた。
◇
10月31日 昼過ぎ
横浜基地・PX前
<< 神宮寺 真白 >>
午後の訓練前に、少しだけ休憩時間があった。
本当は資料整理をしようと思っていた。
だが、遙中尉に「休憩も訓練の一部です」と言われ、伊隅大尉にも同意され、最終的にPX前の休憩スペースへ連行された。
連行。
本当にそういう感じだった。
PX前の自販機の横には、金属製のベンチと小さなテーブルがある。壁際には紙コップ用のゴミ箱が置かれ、昼過ぎの廊下には、合成茶と焼きそばパンの匂いが薄く残っていた。
「少佐、飲み物何がいいですか?」
柏木少尉が売店の前で振り返る。
「自分で買いますよ」
「いいですいいです。昨日のお礼です」
「昨日のお礼?」
「癖を見てもらったお礼です」
柏木少尉は屈託なく笑う。
こういう人懐っこさは、少し眩しい。
「じゃあ、お茶でお願いします」
「はーい」
柏木少尉が軽い足取りで売店へ向かう。
その横で、茜少尉が少し緊張した様子で立っていた。
「涼宮少尉?」
「あ、はい!」
「どうしました?」
「いえ、その……昨日の指摘、ありがとうございました」
「指摘?」
「水月さんに似た踏み込みが出てるけど、戻る判断が甘いって言われたことです」
茜少尉は、少しだけ視線を落とす。
「悔しかったです。でも、嬉しかったです」
「嬉しかった?」
「はい。ちゃんと見てもらえた気がしたので」
その言葉に、胸の奥が少し痛くなる。
涼宮茜。
本来なら、後に戦場で大きなものを背負うことになる少女。
今はまだ、若手の一人として速瀬中尉の背中を追っている。
その焦りも、憧れも、よく分かる。
「涼宮少尉」
「はい」
「速瀬中尉の背中を追うのは、悪いことではないと思います」
茜少尉の表情が明るくなる。
「でも」
その続きに、彼女は少し身構えた。
「追いかける時に、自分の足元まで見失わないでください」
「……足元」
「はい。速瀬中尉には速瀬中尉の動きがあります。涼宮少尉には、涼宮少尉の動きがあります」
茜少尉は、しばらく黙っていた。
「私の動き……」
「まだ見つけている途中だと思います。でも、焦らなくて大丈夫です」
「焦らなくて……」
その言葉を、茜少尉は何度も心の中で確かめるように呟いた。
少し離れた場所で、速瀬中尉がこちらを見ていた。
口は挟まない。
けれど、聞こえてはいるようだった。
遙中尉も、静かにこちらを見ている。
やっぱりA-01は、距離の取り方が近い。
でも、不思議と嫌ではなかった。
柏木少尉が戻ってくる。
「少佐、お茶です!」
「ありがとうございます」
「茜にはジュースね」
「あ、ありがとうございます」
築地少尉が、少し遅れて近づいてきた。
「あの、神宮寺少佐」
「はい、築地少尉」
「私も、後で質問してもいいでしょうか。XM3の……先行入力のところが、まだ少し曖昧で」
「もちろんです。分からないところは、そのままにしない方がいいです」
「ありがとうございます」
築地少尉は、ほっとしたように頭を下げた。
高原少尉と麻倉少尉も、少し離れた位置でこちらを見ていた。
後輩組は、まだ距離を測っている。
でも、その距離は昨日より少しだけ近い。
宗像中尉が、そこで近づいてきた。
「少佐殿、若手の扱いも上手いね」
「扱いという言い方はやめてください」
「では、距離の取り方が上手い?」
「それも違う気がします」
「じゃあ、放っておけない空気を出すのが上手い」
「それは自分の意思じゃないです」
宗像中尉はくすりと笑う。
「だろうね。だから厄介なんだ」
「厄介……」
「人は、計算で近づいてくる相手より、無自覚にこちらを見てくる相手の方が気になるものだよ」
その言葉は、妙に深かった。
「宗像中尉は、いつもそういうことを考えているんですか?」
「いつもではないよ」
「では、時々?」
「わりと頻繁に」
やっぱり怖い。
風間少尉が、端末を持って会話に入ってきた。
「神宮寺少佐。休憩中に申し訳ありませんが、スマートフォンのデータ処理について一点確認しても?」
「スマホですか?」
「はい。昨日、資料の整理に使用されていた端末です。あの処理速度と表示方式は、現行の軍用端末とはかなり異なります」
「ええっと……詳しい構造までは説明できませんが」
「分かる範囲で構いません。XM3の補助資料作成に応用できる可能性があります」
風間少尉の目は真剣だった。
技術への興味。
衛士としての実用性。
その両方がある。
「資料の見せ方なら、少しは参考になるかもしれません」
「ぜひ」
「ただ、あまりスマホ自体を触られると困るというか……中身が色々と……」
「色々、ですか」
宗像中尉がまた反応した。
「少佐殿は本当に“色々”が多い」
「本当に色々あるんです……」
「そのうち見せてもらえるかな?」
「内容によります」
「なるほど。見せられないものもある、と」
「宗像中尉」
風間少尉が少し強めに止める。
そのやり取りに、柏木少尉が笑い、茜少尉も少しだけ緊張を解いた。
如月中尉が、飲み物を片手に近づいてくる。
「少佐、若い子に囲まれて大人気ね」
「如月中尉、その言い方は誤解を生みます」
「もう少し生んでも大丈夫よ」
「大丈夫じゃないです」
弥生中尉は、少し離れた自販機横から淡々と呟いた。
「包囲網が広い」
「弥生中尉、実況しないでください」
速瀬中尉が飲み物を片手に近づいてくる。
「少佐殿、完全に囲まれてるわね」
「自覚はあります」
「逃げないの?」
「逃げたら捕まりそうなので」
「正解」
「正解なんですね……」
速瀬中尉は笑った。
からかい半分。
でも、そこには昨日までより近い距離感があった。
A-01が、自分に慣れ始めている。
自分も、A-01の空気に少しずつ慣れ始めている。
それは良いことだ。
たぶん、良いことなのだと思う。
ただ。
この距離の近さが、次の訓練でどう出るか。
それだけが、少し気になっていた。
◇
10月31日 夕方
横浜基地・シミュレーター制御室
<< 伊隅 みちる >>
神宮寺真白は、思っていたより早くA-01に馴染み始めている。
伊隅は、シミュレーター制御室から隊員たちの様子を見ながら、そう判断していた。
制御室の管制モニターには、午後のα版訓練ログが並んでいる。各機の入力遅延、機体姿勢の復帰時間、隊列復帰までの秒数。数字だけを見れば、まだ粗い。だが、昨日より明らかに動きが揃い始めていた。
最初は警戒が強かった。
当然だ。
少佐待遇の若い男性。
夕呼の切り札。
XM3の教導官。
そう聞かされて、警戒しない実戦部隊などない。
だが、彼は実演でXM3の有効性を示した。
制限版XM3での訓練では、A-01各員の癖を見抜いた。
そして今日、控室やPXでのやり取りを見て、隊員たちは彼を少しずつ人間として見始めている。
水月は距離を詰めるのが早い。
遙は彼の消耗を見ている。
宗像は彼の反応を観察している。
風間は技術面から関わろうとしている。
桃音は空気を柔らかくしながら距離を詰める。
藤乃は言葉少なに、彼の危うさを見ている。
柏木は自然に近づき、茜は若手として彼の言葉を受け取ろうとしている。
築地、高原、麻倉たちも、それぞれの距離を測り始めていた。
悪い傾向ではない。
部隊に教導官を受け入れるなら、信頼は必要だ。
しかし、近づきすぎれば別の危険も生まれる。
「伊隅大尉」
神宮寺少佐が、資料を手に近づいてきた。
「明日のXM3α版訓練ですが、少し難度を上げたいと思っています」
「内容は?」
「各員の個別動作だけでなく、二機連携から入ります。特に、速瀬中尉と涼宮茜少尉、伊隅大尉と宗像中尉、風間少尉と柏木少尉の組み合わせで、踏み込みと復帰の確認をしたいです」
「桃音と藤乃は?」
「如月中尉は、若手組の補助と連携テンポの調整。弥生中尉は、危険域接近を抑えた最小回避の確認をしたいです」
伊隅は、小さく頷いた。
「よく見ています」
「いえ……まだ見落としは多いと思います」
「そう思えるなら、今は十分です」
神宮寺少佐は、少しだけ困ったように笑った。
本当に分かりやすい人物だ。
「水月を中心に見るのですね」
「はい」
神宮寺少佐は少しだけ言葉を選ぶようにした。
「速瀬中尉は、適応が早いと思います。でも、早いからこそ危険です」
伊隅は頷いた。
「私も同意見です」
「前に出る力が強い人ほど、XM3ではさらに前に出られてしまいます。だから、最初に戻る訓練を入れたいです」
「良い判断です」
神宮寺少佐は、少しだけ安心したように息を吐いた。
その反応を見て、伊隅は少しだけ表情を緩める。
「神宮寺少佐」
「はい」
「A-01は、あなたの教導を受け入れ始めています」
「……そう、でしょうか」
「ええ」
伊隅ははっきりと答えた。
「少なくとも、あなたをただの夕呼の駒とは見ていません」
神宮寺少佐の表情が、ほんの少し揺れた。
「それは……ありがたいです」
「ですが、だからこそ注意してください」
「はい」
「隊員たちとの距離が近くなれば、あなたの言葉の重みも増します。何気ない一言が、彼女たちの判断に影響することもある」
「……はい」
「特に、水月と茜は影響を受けやすいでしょう」
神宮寺少佐は、静かに頷いた。
「分かっています」
その声は、軽くなかった。
彼は本当に理解している。
それが、逆に危うい。
理解しているからこそ、自分が全部を制御しようとする可能性がある。
「あなた一人で、全員を支えようとしないでください」
伊隅は言った。
神宮寺少佐は、一瞬だけ目を見開いた。
それから、小さく苦笑する。
「本当に、皆さんに同じことを言われますね」
「言われるだけの理由があります」
「はい……」
その素直さに、伊隅は少しだけ安心する。
少なくとも、聞く耳はある。
だが、それでも危うさは残る。
彼はきっと、必要な時には自分を後回しにする。
A-01を生かすためなら、なおさらだ。
「神宮寺少佐」
「はい」
「A-01は、あなたの教導を受けます。そして、あなたを教導官として扱います」
「ありがとうございます」
「同時に、あなたを守る対象としても見ます」
「……自分を、ですか」
「ええ」
神宮寺少佐は、少し困ったような顔をした。
「自分は、守られるほど偉くは……」
「偉いかどうかではありません」
伊隅は、静かに遮った。
「必要だから守るのです」
その言葉に、神宮寺少佐は黙った。
しばらくして、ゆっくり頷く。
「……分かりました」
「分かっていない顔ですが」
「すみません」
「今後、理解していただきます」
その時、制御室の向こうで水月の声が響いた。
「神宮寺少佐ー! 明日の訓練、あたしに変な制限かけすぎないでよー!」
神宮寺少佐が、そちらを見る。
「制限はかけます!」
「えー」
「帰ってくるまでが訓練です!」
水月が笑いながら手を振る。
その隣で遙が、少しほっとしたように微笑んでいた。
伊隅は、その光景を見て思う。
距離は縮まっている。
それは良いことだ。
しかし、近づいたからこそ見えなくなるものもある。
XM3は、A-01に新しい翼を与える。
だが、その翼が速く飛ぶためだけのものになれば、部隊は崩れる。
明日の訓練では、それが試される。
神宮寺少佐も。
A-01も。
まだ、その危うさを本当の意味では知らない。
その日。
伊隅戦乙女隊は、白き少佐を受け入れ始めた。
ただの夕呼の駒ではなく。
ただの技術顧問でもなく。
ただの教導官でもなく。
自分たちを生かすために言葉を選ぶ、危うい青年として。
そして――。
神宮寺真白は、戦乙女たちの視線から逃げられなくなった。
ただし。
その距離の近さが、翌日の訓練で新たな危うさを生むことを、まだ誰も知らなかった。
第17話「戦乙女たちの距離」 END