マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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A-01が出てしばらく経ちましたね…
今更ではありますが、本作では原作での伊隅大尉と前島正樹さんとの関係や速瀬中尉、涼宮中尉と鳴海孝之さんとの関係に、にわかではありますが原作とは異なる部分を入れる予定です。
苦手な方はご注意ください

別件ですが、A-01は宗像さんの口調再現に一番苦戦してます…
不自然な部分があれば教えてください。




第17話「戦乙女たちの距離」

10月31日 昼

国連軍横浜基地・A-01控室

<< 速瀬 水月 >>

 

 神宮寺真白という人物は、よく分からない。

 それが、速瀬水月の正直な感想だった。

 

 二十歳。

男性。

少佐待遇。

特務技術顧問。

夕呼の管理下にある、白い制服の若い男。

 

 最初に聞いた時は、胡散臭いにもほどがあると思った。しかも、あの夕呼が連れてきた人間だ。普通であるはずがない。

 だが、実際に会ってみると、さらに分からなくなった。

 

 見た目は柔らかい。押しも強くない。むしろ、こちらが少し詰めればすぐ困った顔をする。年齢も若く、少佐待遇という立場の重さに慣れているようにも見えない。

 それなのに、戦術機の話になれば目つきが変わる。

 

 XM3を語る時の声は真剣で、A-01の癖を見抜く時の言葉には妙な説得力があった。

 従来OSと制限版XM3の違い。操縦桿やペダルの遊びの少なさ。入力反応が三割変わる意味。シミュレーター筐体の中で、機体姿勢が一瞬早く戻る感覚。

 そして、速く動けることと、生きて帰れることは違うという話。

 

 あれは、ただ知識を持っている人間の言葉ではなかった。

 まるで、そうしなければ誰かが死ぬと知っている人間の言葉だった。

 

「……ほんと、何なのかしらね」

 

 水月がぽつりと呟くと、隣で涼宮遙が顔を上げた。

 遙の膝の上には、昨日の訓練ログをまとめた端末が置かれている。管制記録の小さな文字が、控室の照明を受けて薄く光っていた。

 

「神宮寺少佐のこと?」

「そう」

「気になる?」

「そりゃ気になるでしょ」

 

 水月は腕を組んだ。

 

「いきなり現れて、XM3なんてものを持ち込んで、あたしたちの癖を見抜いて、しかも月詠中尉と妙に近い」

「最後のは、水月が気にしすぎだと思うけど……」

「遙だって見たでしょ。あれ、ただの護衛の距離じゃなかったわよ」

 

 昨日のPX食堂での光景を思い出す。

 白い少佐と、赤い斯衛の護衛。

 月詠真那は、いかにも任務だという顔で真白の食事量を確認し、味噌汁が冷めると注意し、紙コップの水の減りにまで気づいていた。

 

 護衛と言えば護衛なのだろう。

 だが、水月から見ると、それだけではないようにも見えた。

 

 遙は少し困ったように笑う。

 

「でも、月詠中尉が真白さんを気にかけているのは本当だと思う」

「気にかけている、ね」

「うん。神宮寺少佐、放っておくと無理しそうだから」

 

 その言葉に、水月は少しだけ黙った。

 

 放っておくと無理しそう。

 それは、水月にも分かる。

 

 神宮寺真白は、誰かを守りたいという気持ちが強すぎる。A-01を生かしたい。207Bを前へ進ませたい。御剣冥夜を守りたい。神宮司まりも軍曹を支えたい。そんな感情が、言葉の端々から滲んでいる。

 けれど、それを支える身体は一つしかない。

 

 だから、危うい。

 

「遙はさ」

「うん?」

「あいつのこと、どう見てるの?」

 

 遙は少し考えた。

 そして、静かに答える。

 

「優しい人だと思う」

「それは分かる」

「でも、自分の優しさで自分を削ってしまう人だとも思う」

「……重いわね」

「うん」

 

 遙は端末の記録へ視線を落とした。

 そこには、昨日の制限版XM3訓練ログが残っている。

 

 水月の踏み込み。

 伊隅大尉の指揮官としての機体配置。

 宗像の誘導。

 風間の機体負荷を意識した機動。

 如月の周囲を待つ柔らかさ。

 弥生の死線ぎりぎりを測る静けさ。

 柏木や茜たち若手組の癖。

 臼杵の堅実な入力。

 

 短い時間だった。だが、真白はそれぞれを見ていた。単に強い弱いではない。操縦桿をどう握り、ペダルをどのタイミングで踏み込み、どこで迷い、何を守ろうとするのか。そこまで見ようとしていた。

 

「観察対象としては、非常に面白いね」

 

 宗像美冴が、いつの間にか二人の近くに立っていた。

 水月は少しだけ眉を寄せる。

 

「宗像、また盗み聞き?」

「人聞きが悪い。聞こえただけだよ」

「絶対嘘でしょ」

 

 宗像は否定せず、楽しそうに微笑んだ。

 

「神宮寺少佐は、こちらが思っていたよりずっと読みづらい。弱そうに見えて折れない。控えめに見えて、譲らないところでは譲らない。からかうと困るけど、戦場の話になると逃げない」

「褒めてるの?」

「かなり」

 

 宗像は肩をすくめる。

 

「ただ、危ういのは涼宮の言う通りだね。あれは、誰かが見ていないと勝手に限界を越えるタイプだ」

「月詠中尉が見てるじゃない」

 

 水月が言うと、宗像は意味ありげに笑った。

 

「夜も?」

「宗像」

 

 遙が少しだけ声を強める。

 宗像は、はいはい、と軽く手を振った。

 

「冗談だよ。半分くらい」

「半分は本気じゃない」

「まあね」

 

「宗像、あまり神宮寺少佐を困らせる話ばかりしないように」

 

 端末を持った風間祷子少尉が近づいてきた。

 宗像は風間を見る。

 

「風間も気になっているだろう?」

「それは否定しませんが」

 

 風間は、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 

「私は、主にXM3とデータ処理面に関心があります」

「主に、ね」

「宗像」

「はいはい」

 

 そこへ、如月桃音が軽い足取りで加わった。

 

「でも、美冴の言うことも少し分かるわ。白き少佐、見ていると構いたくなるもの」

「桃音まで」

 

 水月が呆れると、如月はにこりと笑った。

 

「だって、戦術機の話をしている時はあんなに真剣なのに、食堂では味噌汁一つで追い詰められていたじゃない。差がすごいのよ」

「追い詰めていた側が言うことじゃないわね」

「私は優しく見守っていただけよ?」

「嘘つけ」

 

 如月は悪びれずに笑った。

 その少し後ろで、弥生藤乃が壁に背を預けていた。眠たげな目で、しかし会話はきちんと聞いている。

 

「白い少佐は、死線を見る顔と退路を探す顔が違う」

 

 水月は振り返った。

 

「藤乃、あんたも急に刺すわね」

「事実」

「それ、どういう意味よ」

「戦場の話では前を見る。自分の話では逃げ道を探す」

 

 短い。

 だが、妙に的を射ていた。

 

 遙が小さく頷く。

 

「……それは、少し分かるかも」

 

 水月は、何とも言えない顔になった。

 この部隊は、戦場では当然のように連携する。

 そして、こういう時も妙に連携が良い。

 

 少し離れた控室のテーブルでは、柏木晴子と涼宮茜、築地多恵が資料を見ながら話していた。端末の画面には、α版の基本動作確認項目が並んでいる。

 

「神宮寺少佐って、話しやすい人だよね」

 

 柏木が言う。

 

「そうですね。でも、私、まだ緊張します」

 

 茜は端末を抱えたまま、少し真面目な顔をしていた。

 

「昨日、水月さんに似た踏み込みが出てるって言われたの、少し嬉しかったんです。でも、その後に、戻る判断が甘いって言われて……」

「気にしてる?」

「気にしています」

 

 茜は素直に頷いた。

 

「でも、ちゃんと見てくれてるんだなって思いました」

「分かる」

 

 柏木はにこりと笑う。

 

「少佐って、ただ駄目出しする感じじゃないんだよね。ちゃんと、どうすればいいか一緒に考えてくれる感じ」

「はい」

 

 茜は少しだけ頬を緩めた。

 

「私、もっと教えてもらいたいです」

 

 その言葉に、水月は思わず視線を向けた。

 茜は気づいていない。

 でも、その声には憧れと焦りが混ざっていた。

 

 水月の背中を追う、若い衛士の目。

 それは、少し眩しくて、少し怖かった。

 

 築地少尉が、控えめに口を開く。

 

「私は、まだ少し難しいです。XM3の話も、少佐の言葉も、分かるところと分からないところがあって」

「築地さん」

 

 柏木が声をかけると、築地は小さく頷いた。

 

「でも、あの人はたぶん、分からないって言ったら怒らない気がします」

「うん、怒らなそう」

「だから、次はちゃんと質問したいです」

 

 その言葉を聞いて、遙が少しだけ微笑んだ。

 若手たちも、少しずつ距離を測っている。

 水月はそう思った。

 

「私語はそこまでだ」

 

 伊隅みちるの声が、控室に通る。

 全員の姿勢が自然に整った。

 

 伊隅大尉は、控室の入口に立っていた。

 その表情はいつも通り冷静だ。

 

「神宮寺少佐が来る。午後は制限版XM3、通称α版を使った基本動作確認に入る予定だ」

「了解」

 

 水月が返事をする。

 伊隅大尉は全員を見渡した。

 

「神宮寺少佐の教導は有用だ。だが、まだ始まったばかりだ。興味本位で距離を詰めすぎるな」

 

 宗像が小さく笑う。

 

「隊長も気になっているのでは?」

「気になってはいる」

 

 伊隅大尉は否定しなかった。

 

「だが、我々はA-01だ。彼をからかうためにいるのではない」

「はい」

 

 柏木が少し笑いながら返事をした。

 如月が小さく肩をすくめる。

 

「はーい。構いすぎ注意、ね」

 

 弥生も短く言った。

 

「距離の取りすぎも、取りなさすぎも危ない」

 

 伊隅大尉は、ほんのわずかに頷いた。

 

「その通りだ」

 

 そして続ける。

 

「神宮寺少佐は、我々を生かすために来たと言った。その言葉が本物かどうか、我々は見極める」

 

 その声には、重さがあった。

 

「同時に、我々も彼を潰さないようにする必要がある」

 

 水月は、少しだけ目を細めた。

 伊隅大尉も、やはり気づいている。

 あの白い少佐が、自分を削ってでも前へ進もうとすることに。

 

「では、準備しろ」

「「了解」」

 

 A-01の声が揃った。

 その時、控室の扉が控えめにノックされた。

 

「失礼します」

 

 白い制服の青年が、資料を抱えて入ってくる。

 神宮寺真白。

 彼は、控室に集まるA-01の視線を受けて、一瞬だけ足を止めた。

 

「……何か、すごく見られている気がします」

 

 水月は、にやりと笑った。

 

「気のせいじゃないわよ、少佐殿」

 

 真白の肩が、少しだけ落ちた。

 

 

10月31日 昼

横浜基地・A-01控室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 A-01の控室に入った瞬間、視線が集まった。

 昨日までとは、少し違う視線だ。

 

 最初の頃の警戒だけではない。

興味。

観察。

からかい。

心配。

評価。

そして、ほんの少しの親しみ。

 

 それらが全部混ざって、控室の中央に立つ自分へ向けられている。

 正直、逃げたい。

 

「……A-01の皆さん、距離の詰め方が前線部隊すぎませんか?」

 

 思わず呟くと、速瀬中尉が笑った。

 

「どういう意味よ、それ」

「気づいたら包囲されている感じです」

「実際、包囲してるからね」

「速瀬中尉……」

「冗談よ」

 

 本当に冗談なのだろうか。

 いや、A-01の皆さんは冗談と本気の境界が近い気がする。

 

 宗像中尉が、すっと近づいてきた。

 

「少佐殿、昨日はよく眠れたかな?」

「はい。一応」

「一応?」

「ええっと……その、色々ありまして」

「また“色々”か」

 

 宗像中尉が楽しそうに笑う。

 最初の自己紹介の時から、この人は「色々」という言葉を拾ってくる。

 逃げ道を塞がれている感じがする。

 

「月詠中尉の夜間警護は問題なかった?」

「宗像中尉」

 

 風間少尉が、すぐに止めに入る。

 

「その話題は控えた方が」

「私は体調管理の話をしているだけだよ」

「顔がそうではありません」

「おや」

 

 自分は頭を抱えたくなった。

 速瀬中尉は完全に面白がっている。柏木少尉はにこにこしている。茜少尉は、気になるけれど聞いていいか分からないという顔をしている。

 如月中尉は楽しそうに見守っている。弥生中尉は無表情に近いが、たぶん聞いている。

 涼宮遙中尉だけが、少し心配そうにこちらを見ていた。

 

「真白さん、本当に休めましたか?」

「はい。大丈夫です」

「本当に?」

「……たぶん」

「たぶんは、大丈夫ではない気がします」

 

 その通りだった。

 でも、ここで正直に言うと、また予定表に休息時間が増える気がする。

 

「神宮寺少佐」

 

 伊隅大尉が、場を締めるように声をかけてくる。

 

「はい」

「午後の訓練計画について確認します」

「はい。今日は、昨日見た各員の癖をもとに、制限版XM3――α版で基本動作を確認します」

 

 自分は資料を控室の机の上に広げた。

 端末の画面には、α版の入力制限、機体姿勢の復帰タイミング、踏み込み後の停止距離が並んでいる。

 

「ただし、最初から連続機動を多用するのは避けます。まずは、踏み込み、回避、停止、後退。つまり、前に出ることだけではなく、戻る動きを重視したいです」

 

 速瀬中尉が少し反応する。

 昨日の指摘を思い出したのかもしれない。

 

 帰る道を先に作る。

 彼女に最初に伝えたことだった。

 

「特に、速瀬中尉」

「はいはい、来ると思った」

「速瀬中尉はXM3への適応が早いと思います。だからこそ、最初は制限を強めます」

「制限?」

「はい。撃破数よりも、隊列復帰までを評価します」

 

 速瀬中尉の目が細くなる。

 

「つまり、敵を取るだけじゃ駄目ってことね」

「はい」

「戻ってくるまでが動き?」

「そうです」

 

 それを聞いて、遙中尉が静かに頷いた。

 

「帰ってくるための動き、ですね」

 

 その言葉に、自分は少しだけ視線を向けた。

 遙中尉は、柔らかい表情でこちらを見ている。

 

「XM3は、速く倒すためだけのOSではない。そういうことですよね」

「はい」

 

 自分は頷いた。

 

「生きて戻るための選択肢を増やすOSです」

 

 控室の空気が少し変わった。

 速瀬中尉の表情も、先ほどより真剣になる。伊隅大尉は静かにこちらを見ていた。宗像中尉の笑みは薄くなり、風間少尉は端末に何かを記録している。

 如月中尉は、先ほどまでの柔らかい笑みを少しだけ静かにした。

 

 弥生中尉は、眠たげな目のまま短く言う。

 

「戻る翼」

「え?」

「前に出るだけの翼は、折れる」

 

 その言い方に、一瞬言葉が止まる。

怖い。

でも、妙にしっくりきた。

 

「……はい。たぶん、そうです」

 

 柏木少尉と茜少尉、築地少尉も、ただ興味だけで聞いている顔ではなくなっていた。

 

「……少佐殿」

 

 速瀬中尉が言った。

 

「昨日も思ったけど、あんたは本当に、あたしたちを帰らせるためにこれを作ってるのね」

「はい」

「敵を倒すためじゃなく?」

「敵を倒さないと帰れないなら、倒す必要があります。でも、倒すことだけが目的になったら、たぶん間違えます」

 

 自分は言葉を選んだ。

 

「XM3は、前に出るための翼ではあります。でも、それ以上に、戻るための翼であってほしいんです」

 

 少しだけ、沈黙が落ちた。

 言い過ぎただろうか。

 そう思ったが、伊隅大尉が静かに頷いた。

 

「良い方針です」

 

 その一言で、少しだけ息が楽になる。

 

「A-01としても、部隊単位での生還率を重視します。神宮寺少佐、午後の訓練はその方針で進めましょう」

「はい。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 伊隅大尉は、そう答えた。

 それは、ただの形式的な言葉ではなかった。

 少なくとも、自分にはそう感じられた。

 

 

10月31日 昼過ぎ

横浜基地・PX前

<< 神宮寺 真白 >>

 

 午後の訓練前に、少しだけ休憩時間があった。

 本当は資料整理をしようと思っていた。

 だが、遙中尉に「休憩も訓練の一部です」と言われ、伊隅大尉にも同意され、最終的にPX前の休憩スペースへ連行された。

 

 連行。

 本当にそういう感じだった。

 

 PX前の自販機の横には、金属製のベンチと小さなテーブルがある。壁際には紙コップ用のゴミ箱が置かれ、昼過ぎの廊下には、合成茶と焼きそばパンの匂いが薄く残っていた。

 

「少佐、飲み物何がいいですか?」

 

 柏木少尉が売店の前で振り返る。

 

「自分で買いますよ」

「いいですいいです。昨日のお礼です」

「昨日のお礼?」

「癖を見てもらったお礼です」

 

 柏木少尉は屈託なく笑う。

 こういう人懐っこさは、少し眩しい。

 

「じゃあ、お茶でお願いします」

「はーい」

 

 柏木少尉が軽い足取りで売店へ向かう。

 その横で、茜少尉が少し緊張した様子で立っていた。

 

「涼宮少尉?」

「あ、はい!」

「どうしました?」

「いえ、その……昨日の指摘、ありがとうございました」

「指摘?」

「水月さんに似た踏み込みが出てるけど、戻る判断が甘いって言われたことです」

 

 茜少尉は、少しだけ視線を落とす。

 

「悔しかったです。でも、嬉しかったです」

「嬉しかった?」

「はい。ちゃんと見てもらえた気がしたので」

 

 その言葉に、胸の奥が少し痛くなる。

 

 涼宮茜。

 本来なら、後に戦場で大きなものを背負うことになる少女。

 今はまだ、若手の一人として速瀬中尉の背中を追っている。

 その焦りも、憧れも、よく分かる。

 

「涼宮少尉」

「はい」

「速瀬中尉の背中を追うのは、悪いことではないと思います」

 

 茜少尉の表情が明るくなる。

 

「でも」

 

 その続きに、彼女は少し身構えた。

 

「追いかける時に、自分の足元まで見失わないでください」

「……足元」

「はい。速瀬中尉には速瀬中尉の動きがあります。涼宮少尉には、涼宮少尉の動きがあります」

 

 茜少尉は、しばらく黙っていた。

 

「私の動き……」

「まだ見つけている途中だと思います。でも、焦らなくて大丈夫です」

「焦らなくて……」

 

 その言葉を、茜少尉は何度も心の中で確かめるように呟いた。

 

 少し離れた場所で、速瀬中尉がこちらを見ていた。

 口は挟まない。

 けれど、聞こえてはいるようだった。

 

 遙中尉も、静かにこちらを見ている。

 やっぱりA-01は、距離の取り方が近い。

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

 柏木少尉が戻ってくる。

 

「少佐、お茶です!」

「ありがとうございます」

「茜にはジュースね」

「あ、ありがとうございます」

 

 築地少尉が、少し遅れて近づいてきた。

 

「あの、神宮寺少佐」

「はい、築地少尉」

「私も、後で質問してもいいでしょうか。XM3の……先行入力のところが、まだ少し曖昧で」

「もちろんです。分からないところは、そのままにしない方がいいです」

「ありがとうございます」

 

 築地少尉は、ほっとしたように頭を下げた。

 高原少尉と麻倉少尉も、少し離れた位置でこちらを見ていた。

 後輩組は、まだ距離を測っている。

 でも、その距離は昨日より少しだけ近い。

 

 宗像中尉が、そこで近づいてきた。

 

「少佐殿、若手の扱いも上手いね」

「扱いという言い方はやめてください」

「では、距離の取り方が上手い?」

「それも違う気がします」

「じゃあ、放っておけない空気を出すのが上手い」

「それは自分の意思じゃないです」

 

 宗像中尉はくすりと笑う。

 

「だろうね。だから厄介なんだ」

「厄介……」

「人は、計算で近づいてくる相手より、無自覚にこちらを見てくる相手の方が気になるものだよ」

 

 その言葉は、妙に深かった。

 

「宗像中尉は、いつもそういうことを考えているんですか?」

「いつもではないよ」

「では、時々?」

「わりと頻繁に」

 

 やっぱり怖い。

 

 風間少尉が、端末を持って会話に入ってきた。

 

「神宮寺少佐。休憩中に申し訳ありませんが、スマートフォンのデータ処理について一点確認しても?」

「スマホですか?」

「はい。昨日、資料の整理に使用されていた端末です。あの処理速度と表示方式は、現行の軍用端末とはかなり異なります」

「ええっと……詳しい構造までは説明できませんが」

「分かる範囲で構いません。XM3の補助資料作成に応用できる可能性があります」

 

 風間少尉の目は真剣だった。

 技術への興味。

 衛士としての実用性。

 その両方がある。

 

「資料の見せ方なら、少しは参考になるかもしれません」

「ぜひ」

「ただ、あまりスマホ自体を触られると困るというか……中身が色々と……」

「色々、ですか」

 

 宗像中尉がまた反応した。

 

「少佐殿は本当に“色々”が多い」

「本当に色々あるんです……」

「そのうち見せてもらえるかな?」

「内容によります」

「なるほど。見せられないものもある、と」

「宗像中尉」

 

 風間少尉が少し強めに止める。

 そのやり取りに、柏木少尉が笑い、茜少尉も少しだけ緊張を解いた。

 

 如月中尉が、飲み物を片手に近づいてくる。

 

「少佐、若い子に囲まれて大人気ね」

「如月中尉、その言い方は誤解を生みます」

「もう少し生んでも大丈夫よ」

「大丈夫じゃないです」

 

 弥生中尉は、少し離れた自販機横から淡々と呟いた。

 

「包囲網が広い」

「弥生中尉、実況しないでください」

 

 速瀬中尉が飲み物を片手に近づいてくる。

 

「少佐殿、完全に囲まれてるわね」

「自覚はあります」

「逃げないの?」

「逃げたら捕まりそうなので」

「正解」

「正解なんですね……」

 

 速瀬中尉は笑った。

 からかい半分。

 でも、そこには昨日までより近い距離感があった。

 

 A-01が、自分に慣れ始めている。

 自分も、A-01の空気に少しずつ慣れ始めている。

 

 それは良いことだ。

 たぶん、良いことなのだと思う。

 

 ただ。

 この距離の近さが、次の訓練でどう出るか。

 それだけが、少し気になっていた。

 

 

10月31日 夕方

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 伊隅 みちる >>

 

 神宮寺真白は、思っていたより早くA-01に馴染み始めている。

 伊隅は、シミュレーター制御室から隊員たちの様子を見ながら、そう判断していた。

 

 制御室の管制モニターには、午後のα版訓練ログが並んでいる。各機の入力遅延、機体姿勢の復帰時間、隊列復帰までの秒数。数字だけを見れば、まだ粗い。だが、昨日より明らかに動きが揃い始めていた。

 

 最初は警戒が強かった。

 当然だ。

 

 少佐待遇の若い男性。

 夕呼の切り札。

 XM3の教導官。

 

 そう聞かされて、警戒しない実戦部隊などない。

 

 だが、彼は実演でXM3の有効性を示した。

 制限版XM3での訓練では、A-01各員の癖を見抜いた。

 そして今日、控室やPXでのやり取りを見て、隊員たちは彼を少しずつ人間として見始めている。

 

 水月は距離を詰めるのが早い。

 遙は彼の消耗を見ている。

 宗像は彼の反応を観察している。

 風間は技術面から関わろうとしている。

 桃音は空気を柔らかくしながら距離を詰める。

 藤乃は言葉少なに、彼の危うさを見ている。

 柏木は自然に近づき、茜は若手として彼の言葉を受け取ろうとしている。

 築地、高原、麻倉たちも、それぞれの距離を測り始めていた。

 

 悪い傾向ではない。

 部隊に教導官を受け入れるなら、信頼は必要だ。

 しかし、近づきすぎれば別の危険も生まれる。

 

「伊隅大尉」

 

 神宮寺少佐が、資料を手に近づいてきた。

 

「明日のXM3α版訓練ですが、少し難度を上げたいと思っています」

「内容は?」

「各員の個別動作だけでなく、二機連携から入ります。特に、速瀬中尉と涼宮茜少尉、伊隅大尉と宗像中尉、風間少尉と柏木少尉の組み合わせで、踏み込みと復帰の確認をしたいです」

「桃音と藤乃は?」

「如月中尉は、若手組の補助と連携テンポの調整。弥生中尉は、危険域接近を抑えた最小回避の確認をしたいです」

 

 伊隅は、小さく頷いた。

 

「よく見ています」

「いえ……まだ見落としは多いと思います」

「そう思えるなら、今は十分です」

 

 神宮寺少佐は、少しだけ困ったように笑った。

 本当に分かりやすい人物だ。

 

「水月を中心に見るのですね」

「はい」

 

 神宮寺少佐は少しだけ言葉を選ぶようにした。

 

「速瀬中尉は、適応が早いと思います。でも、早いからこそ危険です」

 

 伊隅は頷いた。

 

「私も同意見です」

「前に出る力が強い人ほど、XM3ではさらに前に出られてしまいます。だから、最初に戻る訓練を入れたいです」

「良い判断です」

 

 神宮寺少佐は、少しだけ安心したように息を吐いた。

 その反応を見て、伊隅は少しだけ表情を緩める。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「A-01は、あなたの教導を受け入れ始めています」

「……そう、でしょうか」

「ええ」

 

 伊隅ははっきりと答えた。

 

「少なくとも、あなたをただの夕呼の駒とは見ていません」

 

 神宮寺少佐の表情が、ほんの少し揺れた。

 

「それは……ありがたいです」

「ですが、だからこそ注意してください」

「はい」

「隊員たちとの距離が近くなれば、あなたの言葉の重みも増します。何気ない一言が、彼女たちの判断に影響することもある」

「……はい」

「特に、水月と茜は影響を受けやすいでしょう」

 

 神宮寺少佐は、静かに頷いた。

 

「分かっています」

 

 その声は、軽くなかった。

 彼は本当に理解している。

 それが、逆に危うい。

 理解しているからこそ、自分が全部を制御しようとする可能性がある。

 

「あなた一人で、全員を支えようとしないでください」

 

 伊隅は言った。

 神宮寺少佐は、一瞬だけ目を見開いた。

 それから、小さく苦笑する。

 

「本当に、皆さんに同じことを言われますね」

「言われるだけの理由があります」

「はい……」

 

 その素直さに、伊隅は少しだけ安心する。

 少なくとも、聞く耳はある。

 だが、それでも危うさは残る。

 

 彼はきっと、必要な時には自分を後回しにする。

 A-01を生かすためなら、なおさらだ。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「A-01は、あなたの教導を受けます。そして、あなたを教導官として扱います」

「ありがとうございます」

「同時に、あなたを守る対象としても見ます」

「……自分を、ですか」

「ええ」

 

 神宮寺少佐は、少し困ったような顔をした。

 

「自分は、守られるほど偉くは……」

「偉いかどうかではありません」

 

 伊隅は、静かに遮った。

 

「必要だから守るのです」

 

 その言葉に、神宮寺少佐は黙った。

 しばらくして、ゆっくり頷く。

 

「……分かりました」

「分かっていない顔ですが」

「すみません」

「今後、理解していただきます」

 

 その時、制御室の向こうで水月の声が響いた。

 

「神宮寺少佐ー! 明日の訓練、あたしに変な制限かけすぎないでよー!」

 

 神宮寺少佐が、そちらを見る。

 

「制限はかけます!」

「えー」

「帰ってくるまでが訓練です!」

 

 水月が笑いながら手を振る。

 その隣で遙が、少しほっとしたように微笑んでいた。

 

 伊隅は、その光景を見て思う。

 距離は縮まっている。

 それは良いことだ。

 しかし、近づいたからこそ見えなくなるものもある。

 

 XM3は、A-01に新しい翼を与える。

 だが、その翼が速く飛ぶためだけのものになれば、部隊は崩れる。

 

 明日の訓練では、それが試される。

 神宮寺少佐も。

 A-01も。

 

 まだ、その危うさを本当の意味では知らない。

 

 その日。

 伊隅戦乙女隊は、白き少佐を受け入れ始めた。

 

 ただの夕呼の駒ではなく。

 ただの技術顧問でもなく。

 ただの教導官でもなく。

 

 自分たちを生かすために言葉を選ぶ、危うい青年として。

 

 そして――。

 

 神宮寺真白は、戦乙女たちの視線から逃げられなくなった。

 

 ただし。

 その距離の近さが、翌日の訓練で新たな危うさを生むことを、まだ誰も知らなかった。

 

第17話「戦乙女たちの距離」 END

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