マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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やっと11月に入りました…これからも長いですが、よろしくお願いしますm(_ _)m


第19話「新型OSの罠」

11月1日 午前

国連軍横浜基地・シミュレーター室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 XM3は、魔法ではない。

 昨日まで、自分は何度もそう説明してきた。先行入力、動作中断、連続機動。従来OSでは生まれていた一拍の遅れを減らし、衛士の判断をより早く機体へ反映させる。操縦桿の入力、ペダルの踏み込み、兵装選択、機体姿勢の復帰。それらが従来よりも短い間隔でつながるだけで、戦術機の運用は大きく変わる。

 

 一瞬の差で死ぬ戦場なら、その一瞬を拾えるだけで生存率は変わる。

 けれど。

 それは、使いこなせればの話だ。

 

「速瀬中尉、前に出すぎです!」

 

 自分の声が、通信回線を通ってシミュレーター室に響いた。管制モニターの中で、速瀬水月中尉の不知火が鋭く踏み込む。昨日まで従来OSで見ていた踏み込みとは、明らかに違う。制限版XM3――便宜上、XM3α版と呼んでいる調整版によって、彼女の判断と機体の動きの間にあった遅れが削られている。

 

 速い。

 本当に速い。

 

 反応の速さ。判断の鋭さ。前へ出る覚悟。

 それらが、XM3と噛み合っている。

 だが、噛み合いすぎていた。

 

『取れる!』

 

 速瀬中尉の声と同時に、不知火が仮想戦場の瓦礫を蹴った。脚部関節が沈み、跳躍ユニットの短い噴射で機体が横へ流れる。要撃級型の標的が前腕を振り下ろす前に、不知火はその側面へ回り込み、突撃砲の砲口を向けていた。

 

 突撃砲が火を吹く。

 仮想標的の装甲表示が赤く染まり、撃破判定がモニターに出る。

 

 見事な動きだった。

 だが、その瞬間、速瀬機の部隊マーカーが隊列から大きく外れた。

 

『水月、戻って!』

 

 涼宮遙中尉の管制が入る。

 

『後続の進路、空いてる!』

『分かってる!』

 

 速瀬中尉は即座に後退しようとする。だが、遅い。いや、機体の後退そのものは速い。問題は、判断が前に寄りすぎていることだった。取れると思った瞬間、身体が先に出る。XM3は、その判断を疑わずに機体へ伝える。

 

 従来OSなら、ほんのわずかな入力の重さが制動になっていた。操縦桿の反応の遅れや、機体姿勢の戻りの鈍さが、結果的に踏み込みすぎを止めることもあった。けれど、XM3は違う。行けると思った瞬間、本当に行けてしまう。

 

 だからこそ、戻る道を作る前に踏み込めば、戻れなくなる。

 

『伊隅大尉、右側抜けます!』

『宗像、柏木、穴を塞げ!』

『了解』

 

 伊隅大尉の指示で、宗像中尉と柏木少尉がすぐに動く。崩れかけた隊列が、かろうじて戻る。だが、その修正で別の場所に負荷が出た。涼宮茜少尉の機体が一瞬遅れ、築地少尉が進路を譲ろうとして、逆に高原少尉の退路を狭める。高原少尉がそれを補おうとして、麻倉少尉の射線が細くなった。

 

 臼杵少尉が堅実な機動で隙間を埋め、風間少尉が射撃姿勢を一拍遅らせて全体を支える。如月中尉は、若手側の動きを待ちすぎないよう短く通信を入れた。

 

『茜ちゃん、焦らない。築地ちゃん、一歩戻って』

 

 弥生中尉は、ほとんど動かないまま、抜けてきた仮想標的の進路だけを潰した。

 

『死線、こっち』

 

 短い言葉。

 けれど、部隊の歪みがそこでようやく止まる。

 

「……やっぱり」

 

 自分は制御卓の前で、拳を握った。XM3は個人を速くする。けれど、部隊全体がそれに追いつかなければ、速い一人が突出する。突出した一人を助けるために周囲が歪み、その歪みが連携を崩す。

 

 戦術機が勝手に暴れるのではない。

 衛士の判断が、速く、強く、機体に出すぎてしまう。

 

『シミュレーション、一時停止』

 

 伊隅大尉の声が響いた。仮想戦場が止まり、管制モニターの中で赤いBETA反応と青い友軍識別信号が凍りついたように動きを止める。

 

 シミュレーター室に、重い沈黙が落ちた。

 

 

11月1日 午前

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 速瀬 水月 >>

 

 シミュレーター筐体から降りた瞬間、水月は自分の掌を見た。

 強化装備の手袋越しでも、指先に残った感覚が分かる。

 まだ震えている。

 

 疲労ではない。

 恐怖でもない。

 むしろ、その逆に近い。

 

 身体が、まだ動きたがっている。もっと踏み込める。もっと速く動ける。もっと敵を取れる。XM3を使った不知火は、今までの機体とは違った。重さが消えたわけではない。だが、考えた瞬間に機体が動く。今までなら一瞬遅れた動きが、滑るようにつながる。

 

 踏み込める。

 避けられる。

 撃てる。

 斬れる。

 

 それが、とんでもなく気持ち悪くて。

 そして、とんでもなく気持ちよかった。

 

「……危ないわね、これ」

 

 自分で呟いた声は、思っていたよりも低かった。制御室では、伊隅大尉が訓練ログを確認している。神宮寺少佐は制御卓の端末を見ながら、少し青い顔をしていた。遙は管制席からこちらを見ている。心配そうな目。水月は、その視線から少しだけ目を逸らした。

 

「速瀬」

 

 伊隅大尉の声が響く。

 

「はい」

「今の動き、撃破数だけを見れば悪くありません」

「……はい」

「だが、隊列から浮いた」

 

 その言葉は、鋭かった。

 

「あなたの突出を補うために、宗像、柏木、築地、高原、麻倉の位置が崩れた。涼宮少尉も復帰判断が遅れた。如月と弥生が補正しなければ、部隊全体の被弾率はさらに上がっていた」

「……申し訳ありません」

 

 水月は頭を下げた。反論はない。ログを見れば分かる。自分は速かった。敵も取れた。だが、部隊を乱した。それは、A-01の中核を担う衛士として許されない。

 

「速瀬中尉」

 

 今度は、神宮寺少佐が口を開いた。

 

「はい」

「速瀬中尉は、XM3への適応がかなり早いです」

「褒めてるの?」

「半分は」

「残り半分は?」

「その早さが、今は危険です」

 

 昨日も似たようなことを言われた。帰る道を先に作ってから踏み込む。前に出るだけではなく、戻るためにもXM3を使う。分かっていたつもりだった。でも、実際に機体へ乗ると違った。

 

 取れる。

 間に合う。

 行ける。

 

 そう思った瞬間、身体が動いた。

 そして機体も、動いてしまった。

 

「XM3は、速瀬中尉の判断を疑ってくれません」

 

 神宮寺少佐は、ゆっくり言った。

 

「良い判断も、危ない判断も、そのまま機体に伝えます」

「……つまり、あたしが焦れば、機体も焦るってこと」

「はい」

 

 その言葉は、妙に胸に刺さった。

 焦る。

 水月はその単語を、しばらく心の中で転がした。

 

 焦っていたのだろうか。

 いや。

 焦っていたのだと思う。

 

 速くなりたかった。誰よりも早く、敵を倒したかった。誰かが死ぬ前に、間に合いたかった。間に合う力が欲しかった。そういう感情が、たぶんずっと自分の奥にあった。

 

 思い出すのは、もういない男の顔だった。

 鳴海孝之。

 名前を心の中で呼ぶだけで、胸の奥が少しだけ痛む。

 

 もっと早く動けていたら。

 もっと強ければ。

 もっと何かできていたら。

 

 そんな考えを、何度も捨てたはずだった。戦場で、過去に囚われた者から死ぬ。そう分かっている。それでも、XM3の速さは、嫌でもその考えを引きずり出した。

 

「速さだけでは、誰も救えません」

 

 神宮寺少佐が言った。

 水月は顔を上げた。

 その声は、責めているものではなかった。

 むしろ、痛みを知っている声だった。

 

「速く倒すことが必要な場面もあります。でも、速く前に出ることと、生きて帰ることは違います」

「……」

「自分は、皆さんに速く死んでほしくてXM3を教えているわけじゃありません」

 

 神宮寺少佐の拳が、わずかに震えている。

 

「帰ってきてほしいんです」

 

 その言葉に、制御室の空気が変わった。水月は、何も言えなかった。軽く茶化すこともできなかった。伊隅大尉も、宗像も、風間も、誰も口を挟まない。如月中尉は静かに目を伏せ、弥生中尉は神宮寺少佐の震える拳を見ていた。遙だけが、まっすぐに神宮寺少佐を見ている。

 

 帰ってきてほしい。

 その言葉は、戦術論ではない。

 OSの説明でもない。

 神宮寺真白という人間の、本音だった。

 

「……分かったわよ」

 

 水月は、小さく息を吐いた。

 

「次は、戻るところまで見せる」

 

 神宮寺少佐は、少しだけ表情を緩めた。

 

「お願いします」

「でも、制限ばっかりは嫌よ」

「制限はかけます」

「神宮寺少佐、意外と頑固ね」

「よく言われます」

 

 その返しに、水月は少しだけ笑った。まだ悔しい。まだ胸の奥はざわついている。でも、少しだけ熱が引いた。

 

 速さだけでは、誰も救えない。

 それを認めるのは悔しい。

 けれど。

 認めなければ、たぶん本当に誰かを失う。

 

 

11月1日 昼

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 涼宮 遙 >>

 

 遙は、午前の訓練ログを何度も見返していた。水月の動きは、確かに速かった。XM3との相性は、A-01の中でもかなり良い。反応速度、踏み込み、標的選択、射撃への移行。どれも従来OSより鋭くなっている。

 

 でも、同時に危うかった。

 

 水月が一歩前に出る。その一歩を支えるために、部隊全体が歪む。歪みを直すために、別の誰かが無理をする。それが積み重なれば、どこかで破綻する。XM3は、撃破数を増やすだけのOSではない。遙はログを見ながら、強くそう感じていた。

 

 退避の選択肢を増やせる。被弾直前の回避を間に合わせられる。味方の救援に行く余裕を作れる。崩れかけた隊列を、もう一度立て直せる。

 

 つまり。

 

「……帰ってくるためのOS」

 

 自分で呟いた言葉が、胸の奥に落ちる。水月は、速く敵を倒すことへ目が向きやすい。それは彼女の強さだ。でも、遙は違う。CPとして、戦場の全体を見る。誰が前に出たか、誰が遅れたか、どこに穴が空いたか、誰が帰ってこられるか、誰が帰ってこられないか。そこを見る。だから、XM3の別の意味が見えた。

 

 これは、速く殺すためのOSではない。

 帰ってくるためのOSだ。

 

「涼宮中尉」

 

 声をかけられ、遙は顔を上げた。

 神宮寺少佐が、少し離れたところに立っていた。手には資料。顔には疲労。それでも、目だけは真剣だった。

 

「少し、ログを見てもらってもいいですか」

「はい」

 

 遙は頷き、隣の端末を空ける。神宮寺少佐は、遠慮がちに隣へ座った。近くで見ると、やはり顔色が良くない。

 

「少佐、少し休んだ方がいいです」

「後で休みます」

「後で、は信用できません」

「……皆さん、最近厳しいですね」

「心配しているんです」

 

 遙がそう言うと、神宮寺少佐は少しだけ言葉に詰まった。自分が心配されることに、まだ慣れていないようだった。

 

「午前の訓練ですが」

 

 少佐は、話を戻すように端末を操作した。

 

「速瀬中尉の突出だけではなく、隊列復帰にかかる時間を評価項目に入れたいです」

「私も、その方がいいと思います」

 

 遙はすぐに頷いた。撃破数だけを見ると、水月はかなり優秀だ。でも、復帰まで含めると危うい場面が多い。神宮寺少佐もそれを分かっているのだろう。端末に表示されたログには、撃破判定の直後から隊列復帰までの秒数が赤く表示されていた。

 

「あと、茜も」

 

 神宮寺少佐の表情が、少し曇る。

 

「涼宮少尉も、ですか」

「水月を追おうとしています」

 

 遙は、少しだけ視線を落とした。水月の背中を追うこと自体は悪いことではない。でも、今の茜が同じ速度で動こうとすると、判断が追いつかない。A-01の中で遅れたくない。水月に追いつきたい。姉の自分にも、情けないところを見せたくない。たぶん、茜はそうやって焦っている。

 

 言葉にして、少しだけ胸が痛んだ。

 姉として。

 CPとして。

 遙は茜を見ている。

 でも、全部を助けることはできない。

 それは分かっている。

 

「真白さん」

 

 自然に名前で呼んでいた。

 神宮寺少佐は少し驚いたようにこちらを見る。

 遙は、自分でも少しだけ頬が熱くなるのを感じたが、そのまま続けた。

 

「XM3は、茜にも必要です。でも、急がせすぎると危ないと思います」

「はい」

「だから、茜には水月とは違う見方で教えてあげてください」

「違う見方……」

「速くなることではなく、帰ってくることを」

 

 神宮寺少佐は、しばらく黙っていた。

 それから、小さく頷いた。

 

「分かりました」

 

 その声は、疲れているのに、どこか安堵しているようにも聞こえた。遙は端末のログをもう一度見る。水月の突出、茜の遅れ、伊隅大尉の修正、宗像と柏木の穴埋め、築地、高原、麻倉の隊列修正。風間の安定、如月の若手補助、弥生の危険域制御。部隊全体の歪み。

 

 XM3は、それらを全部はっきりと浮かび上がらせる。

 隠れていた癖。

 隠れていた焦り。

 隠れていた痛み。

 それらを、速さという形で表に出してしまう。

 

「少佐」

「はい」

「これ、すごく怖いOSですね」

 

 神宮寺少佐は、静かに頷いた。

 

「はい。怖いです」

「でも、必要なんですね」

「必要です」

 

 迷いのない答えだった。遙は、その答えを聞いて思った。この人は、XM3を信じている。でも、盲信してはいない。怖いと分かった上で、それでも必要だと言っている。

 

 それは、きっと強さなのだろう。

 そして同時に、危うさでもある。

 

「真白さん」

「はい」

「帰ってくるためのOSなら、作った人も帰ってこないと駄目です」

 

 その言葉に、神宮寺少佐は目を瞬かせた。

 

「……自分も、ですか」

「はい」

「自分は、乗る側では……」

「乗る側でなくても、帰ってこないと駄目です」

 

 遙は、少しだけ強く言った。

 

「皆を帰したい人が、帰ってこない前提で動いたら駄目です」

 

 神宮寺少佐は、黙った。

 しばらくして、困ったように笑う。

 

「涼宮中尉は、優しいですね」

「優しいだけではありません」

「え?」

「CPとしての判断です」

 

 遙は、少しだけ微笑んだ。

 

「神宮寺少佐が倒れると、A-01の訓練計画に支障が出ます」

「急に現実的ですね……」

「現実ですから」

 

 そう返すと、神宮寺少佐は少しだけ笑った。

 その笑みを見て、遙は少し安心した。

 

 まだ笑えるなら、大丈夫。

 でも、見ていなければならない。

 この人は、きっと自分で限界を決めるのが下手だ。

 

 

11月1日 午後

横浜基地・シミュレーター室

<< 速瀬 水月 >>

 

 午後の訓練は、午前とはまったく違った。

 撃破数ではなく、隊列復帰。突出ではなく、戻り。敵を取った後、どの位置へ戻るか。誰の射線を空けるか。誰の退路を塞がないか。どのタイミングで突撃砲を構え直し、どの時点で隊列へ戻るか。

 

 それらが評価項目に入れられた。

 正直、面倒だった。

 だが、必要なのは分かっている。

 

『速瀬中尉、今の復帰は遅いです』

「分かってる!」

『分かっているなら、次は一歩手前で止めてください』

「言うじゃない、神宮寺少佐!」

『言います。教導官なので』

「開き直ったわね」

 

 水月は笑いながら、機体を戻す。敵を取る。戻る。味方の射線を空ける。もう一度踏み込む。戻る。今までの感覚とは違う。前に出続ける方が簡単だ。戻ることを前提に踏み込むのは、思ったより難しい。

 

 だが、少しずつ噛み合い始める。伊隅大尉の指示が入りやすくなる。宗像の誘導に乗れる。柏木が穴を埋めやすくなる。如月が若手の位置を整え、風間が射線を安定させる。弥生は危険域に寄りすぎず、ぎりぎりの一歩を一歩手前で止めていた。築地、高原、麻倉の動きも、午前よりは乱れにくい。茜も、まだ危なっかしいが、彼女なりに必死についてきている。

 

『水月、今のは良かった』

 

 遙の声が通信に入る。

 その一言に、水月は少しだけ口元を緩めた。

 

「ありがと」

 

 短く返す。戦場で、遙の声が聞こえる。それだけで、少し呼吸が整う。昔からそうだった。遙は、いつもどこかで自分を見ていた。そして、自分もどこかで遙の声を探していた。

 

 あの人を失ってから。

 鳴海孝之がいなくなってから。

 二人の関係は、言葉にしづらいものになった。

 痛みも、後悔も、言えなかった言葉も、全部残っている。

 

 でも今は。

 その声に、救われている。

 

「速さだけじゃない、か」

 

 水月は小さく呟いた。

 不知火が、もう一度踏み込む。

 

 今度は、戻る道を作ってから。

 撃つ。

 避ける。

 戻る。

 味方と並ぶ。

 

 そこまでが、一つの動き。

 

「……なるほどね」

 

 XM3は、前に出るためだけのものではない。

 帰ってくるためのもの。

 遙が見抜いた通りだった。

 そして、神宮寺少佐がずっと言っていたことでもある。

 

「神宮寺少佐」

 

 水月は通信を開いた。

 

『はい』

「次、もう一本」

『休憩を挟みます』

「いけるわよ」

『速瀬中尉』

 

 神宮寺少佐の声が少し低くなる。

 

『帰ってくるためのOSです』

「……はいはい。休憩します」

 

 水月は苦笑しながら、機体を停止させた。

 本当に頑固な教導官だ。

 

 でも。

 悪くない。

 

 

11月1日 夕方

横浜基地・シミュレーター制御室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 一日の訓練が終わった。

 A-01のXM3適応は、順調とは言えない。

 むしろ、問題だらけだった。

 

 入力が速すぎるせいで、判断がそのまま機体に出る。連携は崩れ、隊列の修正に余計な負荷がかかる。速瀬中尉は適応が早い分、突出しやすい。茜少尉は速瀬中尉を追おうとして、判断が遅れる。築地少尉、高原少尉、麻倉少尉は、速い隊列変化にまだ追いつききれない。

 

 如月中尉は周囲を見て支えようとする分、自分の好機を少し遅らせる。弥生中尉は死線を見極められる分、危険域へ近づきすぎる癖が残る。他の隊員も、それぞれの癖がXM3によって強調されていた。

 

 まさに、新型OSの罠だった。

 

 けれど、午後の最後には少しだけ変化があった。速瀬中尉が、戻る道を意識し始めた。遙中尉が、XM3を「帰ってくるためのOS」と言葉にしてくれた。伊隅大尉が、部隊単位での評価項目を組み直した。A-01は、ただ速くなるのではなく、生きて帰るための使い方へ目を向け始めている。

 

 それだけでも、今日の訓練には意味があった。

 

「神宮寺少佐」

 

 伊隅大尉が近づいてくる。

 

「はい」

「今日の結果を見て、XM3の危険性はよく分かりました」

「……はい」

「ですが、必要性も同時に確認できました」

 

 その言葉に、自分は顔を上げた。

 伊隅大尉は、静かに続ける。

 

「これは、使い方を間違えれば部隊を壊すOSです」

「はい」

「だが、使いこなせれば、帰ってこられる者を増やせる」

 

 胸の奥が、少し熱くなった。

 

「その方向で訓練計画を組み直します」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらです。今日の失敗は、実戦前に知るべき失敗でした」

 

 そう言って、伊隅大尉は速瀬中尉の方を見る。

 

「速瀬にも、良い薬になったでしょう」

 

 速瀬中尉は少し離れた場所で、遙中尉に何かを言われていた。いつものように軽口を返している。けれど、表情はどこか真剣だった。

 

 速さだけでは、誰も救えない。

 今日、その言葉が少しだけ速瀬中尉に届いたのかもしれない。

 

「神宮寺少佐ー」

 

 速瀬中尉がこちらを見た。

 

「明日もやるんでしょ?」

「はい」

「次はもっと上手く戻るわ」

「期待しています」

「そこは、もう少し柔らかく言いなさいよ」

「ええっと……無理せずお願いします」

「それはそれで弱い」

 

 遙中尉が小さく笑う。

 その光景を見て、自分は少しだけ息を吐いた。

 

 新潟戦まで、時間はない。

 まだ足りない。

 全然足りない。

 

 でも、A-01は進んでいる。失敗しながら。苦戦しながら。それでも、帰るための動きを覚え始めている。

 

 自分は端末に、今日の記録を保存した。

 

 XM3は魔法ではない。

 それは、今日A-01全員が理解した。魔法ではないからこそ、訓練で積み上げられる。怖さを知った上で、使い方を覚えられる。

 そう信じるしかなかった。

 

 A-01は、新型OSの罠を知った。速く動けること。早く敵を取れること。間に合うと思えてしまうこと。そのすべてが、生還へ繋がるとは限らないのだと。

 

 速瀬水月は、速さだけでは誰も救えないと知り始めた。

 

 その気づきが本当に試されるのは、BETAのいないシミュレーターの中ではない。

 

 十一月十一日。

 新潟の戦場で、だった。

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