マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
11月1日 午前
国連軍横浜基地・シミュレーター室
<< 神宮寺 真白 >>
XM3は、魔法ではない。
昨日まで、自分は何度もそう説明してきた。先行入力、動作中断、連続機動。従来OSでは生まれていた一拍の遅れを減らし、衛士の判断をより早く機体へ反映させる。操縦桿の入力、ペダルの踏み込み、兵装選択、機体姿勢の復帰。それらが従来よりも短い間隔でつながるだけで、戦術機の運用は大きく変わる。
一瞬の差で死ぬ戦場なら、その一瞬を拾えるだけで生存率は変わる。
けれど。
それは、使いこなせればの話だ。
「速瀬中尉、前に出すぎです!」
自分の声が、通信回線を通ってシミュレーター室に響いた。管制モニターの中で、速瀬水月中尉の不知火が鋭く踏み込む。昨日まで従来OSで見ていた踏み込みとは、明らかに違う。制限版XM3――便宜上、XM3α版と呼んでいる調整版によって、彼女の判断と機体の動きの間にあった遅れが削られている。
速い。
本当に速い。
反応の速さ。判断の鋭さ。前へ出る覚悟。
それらが、XM3と噛み合っている。
だが、噛み合いすぎていた。
『取れる!』
速瀬中尉の声と同時に、不知火が仮想戦場の瓦礫を蹴った。脚部関節が沈み、跳躍ユニットの短い噴射で機体が横へ流れる。要撃級型の標的が前腕を振り下ろす前に、不知火はその側面へ回り込み、突撃砲の砲口を向けていた。
突撃砲が火を吹く。
仮想標的の装甲表示が赤く染まり、撃破判定がモニターに出る。
見事な動きだった。
だが、その瞬間、速瀬機の部隊マーカーが隊列から大きく外れた。
『水月、戻って!』
涼宮遙中尉の管制が入る。
『後続の進路、空いてる!』
『分かってる!』
速瀬中尉は即座に後退しようとする。だが、遅い。いや、機体の後退そのものは速い。問題は、判断が前に寄りすぎていることだった。取れると思った瞬間、身体が先に出る。XM3は、その判断を疑わずに機体へ伝える。
従来OSなら、ほんのわずかな入力の重さが制動になっていた。操縦桿の反応の遅れや、機体姿勢の戻りの鈍さが、結果的に踏み込みすぎを止めることもあった。けれど、XM3は違う。行けると思った瞬間、本当に行けてしまう。
だからこそ、戻る道を作る前に踏み込めば、戻れなくなる。
『伊隅大尉、右側抜けます!』
『宗像、柏木、穴を塞げ!』
『了解』
伊隅大尉の指示で、宗像中尉と柏木少尉がすぐに動く。崩れかけた隊列が、かろうじて戻る。だが、その修正で別の場所に負荷が出た。涼宮茜少尉の機体が一瞬遅れ、築地少尉が進路を譲ろうとして、逆に高原少尉の退路を狭める。高原少尉がそれを補おうとして、麻倉少尉の射線が細くなった。
臼杵少尉が堅実な機動で隙間を埋め、風間少尉が射撃姿勢を一拍遅らせて全体を支える。如月中尉は、若手側の動きを待ちすぎないよう短く通信を入れた。
『茜ちゃん、焦らない。築地ちゃん、一歩戻って』
弥生中尉は、ほとんど動かないまま、抜けてきた仮想標的の進路だけを潰した。
『死線、こっち』
短い言葉。
けれど、部隊の歪みがそこでようやく止まる。
「……やっぱり」
自分は制御卓の前で、拳を握った。XM3は個人を速くする。けれど、部隊全体がそれに追いつかなければ、速い一人が突出する。突出した一人を助けるために周囲が歪み、その歪みが連携を崩す。
戦術機が勝手に暴れるのではない。
衛士の判断が、速く、強く、機体に出すぎてしまう。
『シミュレーション、一時停止』
伊隅大尉の声が響いた。仮想戦場が止まり、管制モニターの中で赤いBETA反応と青い友軍識別信号が凍りついたように動きを止める。
シミュレーター室に、重い沈黙が落ちた。
◇
11月1日 午前
横浜基地・シミュレーター制御室
<< 速瀬 水月 >>
シミュレーター筐体から降りた瞬間、水月は自分の掌を見た。
強化装備の手袋越しでも、指先に残った感覚が分かる。
まだ震えている。
疲労ではない。
恐怖でもない。
むしろ、その逆に近い。
身体が、まだ動きたがっている。もっと踏み込める。もっと速く動ける。もっと敵を取れる。XM3を使った不知火は、今までの機体とは違った。重さが消えたわけではない。だが、考えた瞬間に機体が動く。今までなら一瞬遅れた動きが、滑るようにつながる。
踏み込める。
避けられる。
撃てる。
斬れる。
それが、とんでもなく気持ち悪くて。
そして、とんでもなく気持ちよかった。
「……危ないわね、これ」
自分で呟いた声は、思っていたよりも低かった。制御室では、伊隅大尉が訓練ログを確認している。神宮寺少佐は制御卓の端末を見ながら、少し青い顔をしていた。遙は管制席からこちらを見ている。心配そうな目。水月は、その視線から少しだけ目を逸らした。
「速瀬」
伊隅大尉の声が響く。
「はい」
「今の動き、撃破数だけを見れば悪くありません」
「……はい」
「だが、隊列から浮いた」
その言葉は、鋭かった。
「あなたの突出を補うために、宗像、柏木、築地、高原、麻倉の位置が崩れた。涼宮少尉も復帰判断が遅れた。如月と弥生が補正しなければ、部隊全体の被弾率はさらに上がっていた」
「……申し訳ありません」
水月は頭を下げた。反論はない。ログを見れば分かる。自分は速かった。敵も取れた。だが、部隊を乱した。それは、A-01の中核を担う衛士として許されない。
「速瀬中尉」
今度は、神宮寺少佐が口を開いた。
「はい」
「速瀬中尉は、XM3への適応がかなり早いです」
「褒めてるの?」
「半分は」
「残り半分は?」
「その早さが、今は危険です」
昨日も似たようなことを言われた。帰る道を先に作ってから踏み込む。前に出るだけではなく、戻るためにもXM3を使う。分かっていたつもりだった。でも、実際に機体へ乗ると違った。
取れる。
間に合う。
行ける。
そう思った瞬間、身体が動いた。
そして機体も、動いてしまった。
「XM3は、速瀬中尉の判断を疑ってくれません」
神宮寺少佐は、ゆっくり言った。
「良い判断も、危ない判断も、そのまま機体に伝えます」
「……つまり、あたしが焦れば、機体も焦るってこと」
「はい」
その言葉は、妙に胸に刺さった。
焦る。
水月はその単語を、しばらく心の中で転がした。
焦っていたのだろうか。
いや。
焦っていたのだと思う。
速くなりたかった。誰よりも早く、敵を倒したかった。誰かが死ぬ前に、間に合いたかった。間に合う力が欲しかった。そういう感情が、たぶんずっと自分の奥にあった。
思い出すのは、もういない男の顔だった。
鳴海孝之。
名前を心の中で呼ぶだけで、胸の奥が少しだけ痛む。
もっと早く動けていたら。
もっと強ければ。
もっと何かできていたら。
そんな考えを、何度も捨てたはずだった。戦場で、過去に囚われた者から死ぬ。そう分かっている。それでも、XM3の速さは、嫌でもその考えを引きずり出した。
「速さだけでは、誰も救えません」
神宮寺少佐が言った。
水月は顔を上げた。
その声は、責めているものではなかった。
むしろ、痛みを知っている声だった。
「速く倒すことが必要な場面もあります。でも、速く前に出ることと、生きて帰ることは違います」
「……」
「自分は、皆さんに速く死んでほしくてXM3を教えているわけじゃありません」
神宮寺少佐の拳が、わずかに震えている。
「帰ってきてほしいんです」
その言葉に、制御室の空気が変わった。水月は、何も言えなかった。軽く茶化すこともできなかった。伊隅大尉も、宗像も、風間も、誰も口を挟まない。如月中尉は静かに目を伏せ、弥生中尉は神宮寺少佐の震える拳を見ていた。遙だけが、まっすぐに神宮寺少佐を見ている。
帰ってきてほしい。
その言葉は、戦術論ではない。
OSの説明でもない。
神宮寺真白という人間の、本音だった。
「……分かったわよ」
水月は、小さく息を吐いた。
「次は、戻るところまで見せる」
神宮寺少佐は、少しだけ表情を緩めた。
「お願いします」
「でも、制限ばっかりは嫌よ」
「制限はかけます」
「神宮寺少佐、意外と頑固ね」
「よく言われます」
その返しに、水月は少しだけ笑った。まだ悔しい。まだ胸の奥はざわついている。でも、少しだけ熱が引いた。
速さだけでは、誰も救えない。
それを認めるのは悔しい。
けれど。
認めなければ、たぶん本当に誰かを失う。
◇
11月1日 昼
横浜基地・シミュレーター制御室
<< 涼宮 遙 >>
遙は、午前の訓練ログを何度も見返していた。水月の動きは、確かに速かった。XM3との相性は、A-01の中でもかなり良い。反応速度、踏み込み、標的選択、射撃への移行。どれも従来OSより鋭くなっている。
でも、同時に危うかった。
水月が一歩前に出る。その一歩を支えるために、部隊全体が歪む。歪みを直すために、別の誰かが無理をする。それが積み重なれば、どこかで破綻する。XM3は、撃破数を増やすだけのOSではない。遙はログを見ながら、強くそう感じていた。
退避の選択肢を増やせる。被弾直前の回避を間に合わせられる。味方の救援に行く余裕を作れる。崩れかけた隊列を、もう一度立て直せる。
つまり。
「……帰ってくるためのOS」
自分で呟いた言葉が、胸の奥に落ちる。水月は、速く敵を倒すことへ目が向きやすい。それは彼女の強さだ。でも、遙は違う。CPとして、戦場の全体を見る。誰が前に出たか、誰が遅れたか、どこに穴が空いたか、誰が帰ってこられるか、誰が帰ってこられないか。そこを見る。だから、XM3の別の意味が見えた。
これは、速く殺すためのOSではない。
帰ってくるためのOSだ。
「涼宮中尉」
声をかけられ、遙は顔を上げた。
神宮寺少佐が、少し離れたところに立っていた。手には資料。顔には疲労。それでも、目だけは真剣だった。
「少し、ログを見てもらってもいいですか」
「はい」
遙は頷き、隣の端末を空ける。神宮寺少佐は、遠慮がちに隣へ座った。近くで見ると、やはり顔色が良くない。
「少佐、少し休んだ方がいいです」
「後で休みます」
「後で、は信用できません」
「……皆さん、最近厳しいですね」
「心配しているんです」
遙がそう言うと、神宮寺少佐は少しだけ言葉に詰まった。自分が心配されることに、まだ慣れていないようだった。
「午前の訓練ですが」
少佐は、話を戻すように端末を操作した。
「速瀬中尉の突出だけではなく、隊列復帰にかかる時間を評価項目に入れたいです」
「私も、その方がいいと思います」
遙はすぐに頷いた。撃破数だけを見ると、水月はかなり優秀だ。でも、復帰まで含めると危うい場面が多い。神宮寺少佐もそれを分かっているのだろう。端末に表示されたログには、撃破判定の直後から隊列復帰までの秒数が赤く表示されていた。
「あと、茜も」
神宮寺少佐の表情が、少し曇る。
「涼宮少尉も、ですか」
「水月を追おうとしています」
遙は、少しだけ視線を落とした。水月の背中を追うこと自体は悪いことではない。でも、今の茜が同じ速度で動こうとすると、判断が追いつかない。A-01の中で遅れたくない。水月に追いつきたい。姉の自分にも、情けないところを見せたくない。たぶん、茜はそうやって焦っている。
言葉にして、少しだけ胸が痛んだ。
姉として。
CPとして。
遙は茜を見ている。
でも、全部を助けることはできない。
それは分かっている。
「真白さん」
自然に名前で呼んでいた。
神宮寺少佐は少し驚いたようにこちらを見る。
遙は、自分でも少しだけ頬が熱くなるのを感じたが、そのまま続けた。
「XM3は、茜にも必要です。でも、急がせすぎると危ないと思います」
「はい」
「だから、茜には水月とは違う見方で教えてあげてください」
「違う見方……」
「速くなることではなく、帰ってくることを」
神宮寺少佐は、しばらく黙っていた。
それから、小さく頷いた。
「分かりました」
その声は、疲れているのに、どこか安堵しているようにも聞こえた。遙は端末のログをもう一度見る。水月の突出、茜の遅れ、伊隅大尉の修正、宗像と柏木の穴埋め、築地、高原、麻倉の隊列修正。風間の安定、如月の若手補助、弥生の危険域制御。部隊全体の歪み。
XM3は、それらを全部はっきりと浮かび上がらせる。
隠れていた癖。
隠れていた焦り。
隠れていた痛み。
それらを、速さという形で表に出してしまう。
「少佐」
「はい」
「これ、すごく怖いOSですね」
神宮寺少佐は、静かに頷いた。
「はい。怖いです」
「でも、必要なんですね」
「必要です」
迷いのない答えだった。遙は、その答えを聞いて思った。この人は、XM3を信じている。でも、盲信してはいない。怖いと分かった上で、それでも必要だと言っている。
それは、きっと強さなのだろう。
そして同時に、危うさでもある。
「真白さん」
「はい」
「帰ってくるためのOSなら、作った人も帰ってこないと駄目です」
その言葉に、神宮寺少佐は目を瞬かせた。
「……自分も、ですか」
「はい」
「自分は、乗る側では……」
「乗る側でなくても、帰ってこないと駄目です」
遙は、少しだけ強く言った。
「皆を帰したい人が、帰ってこない前提で動いたら駄目です」
神宮寺少佐は、黙った。
しばらくして、困ったように笑う。
「涼宮中尉は、優しいですね」
「優しいだけではありません」
「え?」
「CPとしての判断です」
遙は、少しだけ微笑んだ。
「神宮寺少佐が倒れると、A-01の訓練計画に支障が出ます」
「急に現実的ですね……」
「現実ですから」
そう返すと、神宮寺少佐は少しだけ笑った。
その笑みを見て、遙は少し安心した。
まだ笑えるなら、大丈夫。
でも、見ていなければならない。
この人は、きっと自分で限界を決めるのが下手だ。
◇
11月1日 午後
横浜基地・シミュレーター室
<< 速瀬 水月 >>
午後の訓練は、午前とはまったく違った。
撃破数ではなく、隊列復帰。突出ではなく、戻り。敵を取った後、どの位置へ戻るか。誰の射線を空けるか。誰の退路を塞がないか。どのタイミングで突撃砲を構え直し、どの時点で隊列へ戻るか。
それらが評価項目に入れられた。
正直、面倒だった。
だが、必要なのは分かっている。
『速瀬中尉、今の復帰は遅いです』
「分かってる!」
『分かっているなら、次は一歩手前で止めてください』
「言うじゃない、神宮寺少佐!」
『言います。教導官なので』
「開き直ったわね」
水月は笑いながら、機体を戻す。敵を取る。戻る。味方の射線を空ける。もう一度踏み込む。戻る。今までの感覚とは違う。前に出続ける方が簡単だ。戻ることを前提に踏み込むのは、思ったより難しい。
だが、少しずつ噛み合い始める。伊隅大尉の指示が入りやすくなる。宗像の誘導に乗れる。柏木が穴を埋めやすくなる。如月が若手の位置を整え、風間が射線を安定させる。弥生は危険域に寄りすぎず、ぎりぎりの一歩を一歩手前で止めていた。築地、高原、麻倉の動きも、午前よりは乱れにくい。茜も、まだ危なっかしいが、彼女なりに必死についてきている。
『水月、今のは良かった』
遙の声が通信に入る。
その一言に、水月は少しだけ口元を緩めた。
「ありがと」
短く返す。戦場で、遙の声が聞こえる。それだけで、少し呼吸が整う。昔からそうだった。遙は、いつもどこかで自分を見ていた。そして、自分もどこかで遙の声を探していた。
あの人を失ってから。
鳴海孝之がいなくなってから。
二人の関係は、言葉にしづらいものになった。
痛みも、後悔も、言えなかった言葉も、全部残っている。
でも今は。
その声に、救われている。
「速さだけじゃない、か」
水月は小さく呟いた。
不知火が、もう一度踏み込む。
今度は、戻る道を作ってから。
撃つ。
避ける。
戻る。
味方と並ぶ。
そこまでが、一つの動き。
「……なるほどね」
XM3は、前に出るためだけのものではない。
帰ってくるためのもの。
遙が見抜いた通りだった。
そして、神宮寺少佐がずっと言っていたことでもある。
「神宮寺少佐」
水月は通信を開いた。
『はい』
「次、もう一本」
『休憩を挟みます』
「いけるわよ」
『速瀬中尉』
神宮寺少佐の声が少し低くなる。
『帰ってくるためのOSです』
「……はいはい。休憩します」
水月は苦笑しながら、機体を停止させた。
本当に頑固な教導官だ。
でも。
悪くない。
◇
11月1日 夕方
横浜基地・シミュレーター制御室
<< 神宮寺 真白 >>
一日の訓練が終わった。
A-01のXM3適応は、順調とは言えない。
むしろ、問題だらけだった。
入力が速すぎるせいで、判断がそのまま機体に出る。連携は崩れ、隊列の修正に余計な負荷がかかる。速瀬中尉は適応が早い分、突出しやすい。茜少尉は速瀬中尉を追おうとして、判断が遅れる。築地少尉、高原少尉、麻倉少尉は、速い隊列変化にまだ追いつききれない。
如月中尉は周囲を見て支えようとする分、自分の好機を少し遅らせる。弥生中尉は死線を見極められる分、危険域へ近づきすぎる癖が残る。他の隊員も、それぞれの癖がXM3によって強調されていた。
まさに、新型OSの罠だった。
けれど、午後の最後には少しだけ変化があった。速瀬中尉が、戻る道を意識し始めた。遙中尉が、XM3を「帰ってくるためのOS」と言葉にしてくれた。伊隅大尉が、部隊単位での評価項目を組み直した。A-01は、ただ速くなるのではなく、生きて帰るための使い方へ目を向け始めている。
それだけでも、今日の訓練には意味があった。
「神宮寺少佐」
伊隅大尉が近づいてくる。
「はい」
「今日の結果を見て、XM3の危険性はよく分かりました」
「……はい」
「ですが、必要性も同時に確認できました」
その言葉に、自分は顔を上げた。
伊隅大尉は、静かに続ける。
「これは、使い方を間違えれば部隊を壊すOSです」
「はい」
「だが、使いこなせれば、帰ってこられる者を増やせる」
胸の奥が、少し熱くなった。
「その方向で訓練計画を組み直します」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらです。今日の失敗は、実戦前に知るべき失敗でした」
そう言って、伊隅大尉は速瀬中尉の方を見る。
「速瀬にも、良い薬になったでしょう」
速瀬中尉は少し離れた場所で、遙中尉に何かを言われていた。いつものように軽口を返している。けれど、表情はどこか真剣だった。
速さだけでは、誰も救えない。
今日、その言葉が少しだけ速瀬中尉に届いたのかもしれない。
「神宮寺少佐ー」
速瀬中尉がこちらを見た。
「明日もやるんでしょ?」
「はい」
「次はもっと上手く戻るわ」
「期待しています」
「そこは、もう少し柔らかく言いなさいよ」
「ええっと……無理せずお願いします」
「それはそれで弱い」
遙中尉が小さく笑う。
その光景を見て、自分は少しだけ息を吐いた。
新潟戦まで、時間はない。
まだ足りない。
全然足りない。
でも、A-01は進んでいる。失敗しながら。苦戦しながら。それでも、帰るための動きを覚え始めている。
自分は端末に、今日の記録を保存した。
XM3は魔法ではない。
それは、今日A-01全員が理解した。魔法ではないからこそ、訓練で積み上げられる。怖さを知った上で、使い方を覚えられる。
そう信じるしかなかった。
A-01は、新型OSの罠を知った。速く動けること。早く敵を取れること。間に合うと思えてしまうこと。そのすべてが、生還へ繋がるとは限らないのだと。
速瀬水月は、速さだけでは誰も救えないと知り始めた。
その気づきが本当に試されるのは、BETAのいないシミュレーターの中ではない。
十一月十一日。
新潟の戦場で、だった。