マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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2026年7月15日 定期更新です!
そして遂にスケブ依頼していたイラストが届きました!!
描いてくださったのは、『マブラヴ オルタネイティヴ』本編コミカライズの作画を担当された蒔島梓先生にお願いしました。

真白の髪を上げた雰囲気や強化装備…ちょうど不知火の登場回と合わさって最高です。
このイラストに見合うような、ssを今後も目指していきます!

神宮寺真白と不知火

【挿絵表示】



第20話「白き少佐の不知火」

 11月2日 午後

国連軍横浜基地・訓練区画

<< 神宮寺 真白 >>

 

 午前のA-01訓練を終えたあと、自分は207Bの応急手当講習へ顔を出していた。

 銃創、破片傷、骨折、大量出血。戦場では救護班がすぐに来るとは限らない。倒れた仲間の命をつなぐには、その場にいる人間が動かなければならない。

 

「本日は、意識確認、気道確保、人工呼吸、胸骨圧迫、止血、固定、搬送まで行います」

 

 まりもさんが教卓の前で告げると、207Bの五人が一斉に姿勢を正した。自分もその隣へ座っていたが、珠瀬は何度もこちらを気にし、彩峰は露骨に不思議そうな目を向けている。

 

「……少佐も受けるんですか」

「自分も確認しておきたくて」

「変な少佐」

「自分でも少し思う」

 

 美琴が楽しそうに笑い、榊が小さく息を吐いた。

 

「鎧衣、講義前から騒がないで」

「まだ騒いでないよ?」

「もう騒いでいるでしょう」

 

 まりもさんが教卓を軽く叩く。

 

「雑談はそこまでです。まずは心肺蘇生の手本を示します」

 

 そう言って、なぜかこちらを見た。

 

「神宮寺少佐。傷病者役をお願いします」

「……自分ですか?」

 

 教室の空気が、一瞬だけ変わった。珠瀬は頬を赤くし、冥夜は妙に真剣な顔になる。彩峰が小さく呟いた。

 

「……近いやつ」

「彩峰」

 

 榊がすぐに注意する。

 美琴だけは、隠す気もなく目を輝かせていた。

 

「これは救命処置の講義です。恥ずかしさや遠慮で処置が遅れれば、それだけ生存率は下がります」

「はい!」

 

 自分も簡易マットへ仰向けになった。まりもさんは肩へ触れて意識確認を行い、額と顎へ手を添えて気道確保の姿勢を示す。訓練だと分かっていても、距離が近い。

 

 視界の端では、珠瀬が指の隙間から見ていた。

 榊は真面目な顔を保っているが、耳が赤い。

 冥夜はなぜか少し険しい。

 彩峰は一度も視線を逸らさない。

 

「人工呼吸は訓練用器具と人形で行います。今回は位置確認のみです」

 

 その説明に、自分を含めた何人かが同時に息を吐いた。

 

「胸骨圧迫は胸部中央へ両手を重ね、腕を伸ばして行います。速さだけでなく、位置と深さを一定に保ってください」

 

 まりもさんが手の位置と姿勢を示し、すぐに実演を終えた。

 

「神宮寺少佐、ご協力ありがとうございました」

「いえ……勉強になりました」

 

 身体を起こすと、207Bの視線が一斉に向いてくる。

 

「皆さん、これは講義ですからね」

「分かっています」

 

 榊の返事は妙に硬かった。

 

「分かってはいるのだが……」

 

 冥夜が小さく呟く。

 彩峰が続けた。

 

「……顔に出てた」

「忘れてください……」

 

 美琴が笑う。

 

「真白少佐、意外と分かりやすいね」

「本当に忘れてください」

 

 まりもさんが再び手を叩いた。

 

「次は訓練用人形を使います。各自、手順を省略せずに行ってください」

 

 207Bは意識確認、気道確保、胸骨圧迫、止血、固定を順に繰り返した。榊は正確さを優先し、冥夜は丁寧だが少し力が入る。彩峰は飲み込みが早い反面、手順を飛ばそうとする。珠瀬は緊張しながらも確認が丁寧で、美琴は感覚で覚える分、先走りやすかった。

 

 戦術機訓練とは違う。

 それでも、五人の性格はよく出ていた。

 

「実戦では、一度の迷いが命を左右します。今日の手順は必ず復習してください」

「はい!」

 

 講義が終わると、冥夜が救急資材を見ながら口を開いた。

 

「どれだけ機体を動かせても、負傷した仲間を前に何もできなければ意味がない」

「その通りね」

 

 榊も頷く。

 五人は、戦うためだけではなく、仲間を生きて帰すための技術を覚え始めていた。

 

「神宮寺少佐」

 

 まりもさんが資料を抱えて近づいてくる。

 

「知識を持っているだけで満足せず、自分の手で確認する姿勢は大切です」

「ありがとうございます」

「ただし、自分が助けられる側になる可能性も忘れないでください」

「……はい」

「周囲も、あなたを助けたいと思っています」

 

 その言葉に、少しだけ返事が遅れた。

 

 戦う力だけでは足りない。

 倒れた誰かの隣へ膝をつき、救護班が来るまで命をつなぐ。

 それもまた、未来を変えるための力なのだ。

 

 その時、胸元の端末が振動した。

 表示された送信者は、夕呼。

 

『講義が終わったら格納庫へ来なさい。見せるものがあるわ』

 

 嫌な予感がした。

 夕呼が「見せるものがある」と言う時、大抵は自分の想像よりも大きなものが待っている。

 

 

11月2日 夕方

国連軍横浜基地・格納庫

<< 神宮寺 真白 >>

 

 格納庫へ来るように言われること自体は、珍しくなかった。

 XM3の実機搭載調整、A-01用訓練機の確認、整備班との打ち合わせ。ここ数日はシミュレーター室だけでなく、整備区画へ顔を出す機会も増えている。

 

 だから最初は、いつもの用件だと思っていた。

 格納庫の整備ベイに、一機の不知火が立っているのを見るまでは。

 

「……え?」

 

 足が止まった。

 

 帝国製第三世代戦術機、不知火。シミュレーターでは何度も扱い、A-01の訓練機としても見慣れている。

 

 ただ、目の前の機体は、通常の訓練用不知火とは少し違っていた。

 

 整備ベイ中央の固定架台に立つ機体は、国連軍仕様の落ち着いた塗装を基調としている。派手な専用色ではない。それでも胸部装甲、両肩、脚部には細い白の識別ラインが引かれていた。

 

 右肩には、小さなヴァルキリーズ章。

 胴体側面には、仮登録番号が表示されている。

 

 JM-01。

 

 見間違いではない。

 

「……香月博士」

「何?」

「まさかとは思いますけど、あれは何ですか?」

「見て分からない?」

「不知火です」

「正解」

「そこまでは分かります」

 

 夕呼は白衣のポケットへ手を入れたまま、面白そうに笑っていた。

 

「なら、話は早いじゃない。あなた用よ」

「……自分用?」

「正式には、XM3評価用不知火。A-01預かり扱い、仮登録JM-01。名称が長いから、好きに呼びなさい」

「呼び方以前に、聞いていません」

「今教えたわ」

「そういう問題では……」

 

 もう一度、不知火を見上げる。

 

 自分用の戦術機。

 その言葉が、頭の中でうまく形にならなかった。

 

 シミュレーターでは何度も不知火を動かしている。白銀武から引き継いだ経験と身体感覚のおかげで操縦でき、A-01へのXM3教導も行っている。いつか実機に乗る可能性があることも、理解していたつもりだった。

 

 だが、実際に自分のために調整された機体が目の前へ現れると、話が違う。

 これは画面の中のデータではない。

 人が乗る兵器だ。

 

 壊れれば、死ぬ。

 判断を間違えれば、自分だけでなく周囲も巻き込む。

 

「……自分も、乗るんですね」

 

 口から落ちた声は、思っていたより小さかった。

 夕呼は、わずかに目を細めた。

 

「その可能性を捨てられるほど、人類には余裕がないわ」

 

 分かっていた。

 改めて言われると重いだけだ。

 

 XM3を知り、戦術機を動かせる。因果導体としての性質を持ち、A-01、207B、近衛の訓練にも関わっている。そんな自分を戦場へ出さずに済むほど、この世界は優しくない。

 

「A-01への教導だけでは足りないわ。明日から、あなた自身の実機訓練も始める」

「……はい」

「シミュレーターと実機は違う。XM3を実機へ搭載した場合、機体負荷、整備負荷、衛士への反動、すべてのデータが必要になる」

「それで、自分が乗るんですね」

「あなたの機体で、あなたが取るデータが必要なのよ」

 

 研究者としての冷静な言葉だった。

 それでも、自分を戦場へ出すだけではなく、出したあとに帰ってこられるよう準備しているのだと思いたかった。

 

「勘違いしないで。これはまだ、専用機と呼べるものではないわ。白い識別ラインも仮登録番号も、整備と運用上の区別をつけるためよ」

「はい」

「でも、あなたが初めて実機訓練で使用する機体であることは間違いない」

 

 最初の機体。

 その言葉が胸へ重く落ちる。

 

 後に別の形へつながる可能性はあっても、これはまだ白刃ではない。特別な装備も、専用兵装もない。国連軍仕様の不知火へ、XM3α版と白い識別ラインを加えた評価機だ。

 

 それでも、自分が初めて命を預けるかもしれない戦術機だった。

 

「整備担当も紹介しておくわ」

 

 夕呼が整備ベイの足元へ視線を向ける。

 機材ケースの横から、一人の女性が姿を現した。整備服の腰には工具が並び、髪は邪魔にならないよう後ろでまとめている。頬には薄い油汚れが残っていた。

 

「浪花千歳。JM-01の初期調整を任せている整備担当よ」

「浪花千歳です」

 

 女性は軽く敬礼した。

 

「国連軍横浜基地、整備班所属。白い少佐さんの不知火を、しばらく面倒見ることになりました」

「神宮寺真白です。よろしくお願いします、浪花さん」

「千歳でええですよ。浪花やと、なんや機体番号みたいで落ち着かへんので」

「では、千歳さん」

「はい、白い少佐さん」

「その呼び方は固定なんですね……」

 

 千歳さんは答えず、不知火の脚部装甲を軽く叩いた。

 

「こいつは正式なA-01機やありません。あくまで、A-01預かりのXM3評価機です。せやから、右肩のヴァルキリーズ章も正式隊員機より小さくしてます」

「なるほど」

「ただ、マークが入っとる以上、あんたが無茶したらA-01の整備記録にも残ります」

「責任が重いですね……」

「重いですよ?」

 

 顔は笑っている。

 ただし、目は笑っていなかった。

 

「戦術機は、根性だけでは動きません。衛士がどれだけ気合いを入れても、関節が悲鳴を上げたら終わりです。跳躍ユニットの噴射系が焼けても、センサーが狂っても、それだけで死にます」

「はい」

「XM3はすごい。そこは認めます。けど、すごい動きができるいうことは、すごい壊れ方もするいうことです」

 

 新型OSの罠は、衛士の判断だけに現れるわけではない。入力が速くなれば、関節や駆動系へかかる負荷も増える。連続機動が可能になれば、跳躍ユニットや姿勢制御系を酷使する機会も増える。

 

 誰かが無理をすれば、その負荷は機体へ残り、最後には整備班へ渡される。

 

「……すみません」

 

 思わず謝ると、千歳さんは目を丸くした。

 

「なんで謝るんです?」

「XM3で、整備班の負担が増えるので」

「ああ。それは増えます」

「ですよね……」

「でも、負担が増えるからやめてくれ、とは言いません」

 

 千歳さんは不知火を見上げた。

 

「その負担で帰ってくる衛士が増えるなら、整備班は文句を言いながらでも直します」

 

 その言葉が胸に残った。

 

 衛士を送り出し、帰ってきた機体を直し、また送り出す。

 整備班は、その繰り返しを支えている。

 

「ただし、帰ってきたら必ず整備班へ顔を出してください。異音、違和感、無理をした箇所、全部話してもらいます」

「全部ですか?」

「全部です」

「隠した場合は?」

「工具でしばきます」

「工具で」

「比喩です」

「本当に?」

「八割くらい」

 

 明るいけれど、怖い。

 夕呼が横で楽しそうに笑っていた。

 

「良かったじゃない。頼もしい担当で」

「香月博士、絶対に面白がっていますよね」

「もちろん」

 

 否定しなかった。

 

 千歳さんは整備端末を操作し、JM-01の機体構成を表示する。

 

「ベースは国連軍仕様の不知火。OSは従来系統とXM3α版を切り替えられます。まだ完全固定はしてません」

「切り替え式なんですね」

「評価機ですから。従来OSとの比較データも必要です。今のところ機体負荷は許容範囲内ですけど、少佐さんがシミュレーター上の動きをそのまま実機でやったら、整備班全員が泣きます」

「気をつけます……」

「気をつけるだけやなく、記録してください」

 

 小型端末を渡された。

 画面には、操縦感覚、機体姿勢、関節の違和感、跳躍ユニットの反応、XM3使用時の入力差分を記録する項目が並んでいる。

 

「感覚的な内容でも構いません。機械の数値に出る前の違和感が大事な時もあります」

「分かりました」

「それと、機体に乗るなら整備班にも顔を覚えられときな」

「顔を、ですか?」

「この人は無茶する人やとか、違和感を黙って飲み込む人やとか、平気な顔で壊れかけて帰ってくる人やとか。乗る人間を知っとる方が、機体の癖も見つけやすいんです」

「最後のは、誰の話ですか」

「今のところ、白い少佐さん候補です」

「まだ乗ってもいないのに……」

「顔を見たら、だいたい分かります」

 

 遙中尉や伊隅大尉にも似たことを言われている。

 自分は、大丈夫ではない時ほど大丈夫そうに振る舞うらしい。

 

「……気をつけます」

「ええ返事です。でも、まだ信用はしてません」

「早いですね」

「信用は積み上げるもんです」

 

 千歳さんは、不知火の脚部へ視線を戻した。

 

「せやから、まずは帰ってくるところからです」

 

 帰ってくる。

 最近、何度も聞く言葉だった。

 

 A-01へのXM3教導。

 水月の突出。

 遙の管制。

 茜の支援位置。

 207Bの救命講習。

 そして、整備班が直す機体。

 

 XM3は衛士の判断を機体へつなぎ、救命処置は倒れた人間の命をつなぐ。そして整備された戦術機は、戦場へ出た衛士を基地まで連れ戻す。

 

 それぞれ役割は違う。

 けれど、目指している先は同じだった。

 

 そのすべてが、目の前の不知火へつながっている。

 

「……自分は」

 

 言葉が途中で止まった。

 自分は本当に、この機体へ乗るのか。画面の中ではなく、現実の戦場でBETAと戦うのか。

 

 不知火を見上げる。

 シミュレーターの画面で見るより、ずっと大きい。人が作った兵器であり、人を守るための刃。そして、多くの衛士が同じ形の機体へ命を預け、帰ってこなかった。

 

 白銀武なら、どう思っただろう。

 一瞬だけ浮かんだ考えを、自分で打ち消す。

 

 違う。

 自分は白銀武ではない。

 神宮寺真白として、この機体の前に立っている。

 

「香月博士」

「何?」

「実機訓練を始めることは、A-01の皆さんにも伝えるんですよね」

「当然よ。この機体はA-01預かりだもの」

「207Bには?」

「まりもから必要な範囲だけ伝えるわ」

「月詠さんは?」

「もう知ってる」

「……ですよね」

「霞も知ってるわよ」

「全部知られている……」

「あなた、自分がどれだけ管理対象になっているか、まだ分かってないの?」

「言い方が怖いです」

 

 夕呼が楽しそうに笑った。

 その時、格納庫の入口から複数の足音が近づいてきた。

 

「へぇ」

 

 聞き覚えのある声に振り返る。

 そこには伊隅大尉、速瀬中尉、遙中尉、宗像中尉、風間少尉、如月中尉、弥生中尉、臼杵少尉が立っていた。

 

「神宮寺少佐、とうとう専用機?」

 

 速瀬中尉が、白い識別ラインを見上げて笑う。

 

「正式には、A-01預かりのXM3評価機です」

 

 自分が答える前に、千歳さんが説明した。

 

「お、速瀬中尉さんですね。話は聞いてます。機体を壊しそうな動き第一候補」

「ちょっと待って。誰から聞いたのよ」

「訓練ログです」

「ログかぁ……」

 

 速瀬中尉は少し気まずそうに視線を逸らした。

 

「まあ、否定はできないけど」

「否定しないんですね……」

 

 風間少尉は、JM-01の脚部と整備端末を見比べている。

 

「XM3搭載部の安定性は?」

「先行入力まわりはだいぶ安定してます。ただ、連続機動時の関節負荷と噴射制御は、まだ実機データが足りません」

「やはり、そこが問題になりますか」

「なりますね。風間少尉さん、話が早くて助かります」

 

 技術的な話になると、風間少尉の目が少しだけ輝く。

 宗像中尉は、自分と不知火を交互に見ていた。

 

「白い識別ラインか。似合っているね、少佐殿」

「自分は、まだ乗ってもいません」

「でも、もう似合ってるよ」

「それは褒めていますか?」

「かなり」

 

 宗像中尉の「かなり」は、どこまで信用していいのか分からない。

 如月中尉も白いラインを見上げ、少し楽しそうに笑った。

 

「白き少佐の不知火、ね。本当にそれらしくなってきたわ」

「如月中尉まで、その呼び方をするんですか」

「似合っているもの」

「恥ずかしいです……」

 

 弥生中尉は眠たげな目で、白い識別ラインを追っていた。

 

「白い線。帰り道みたい」

「帰り道、ですか」

「目印は大事。戻る時に見失わない」

 

 短い言葉だった。

 それでも、妙な重さがあった。

 

 臼杵少尉は整備端末へ視線を落とし、既に仕事の顔になっている。

 

「JM-01の実機ログは、A-01各機のXM3評価データと比較する形になりますか」

「ええ」

 

 夕呼が答えた。

 

「神宮寺の単独データだけでは意味が薄い。A-01の機体と同一条件で比較し、入力速度、機体負荷、復帰時間の差を取るわ」

「了解しました。比較項目を整理します」

 

 伊隅大尉は、不知火の右肩にある小さなヴァルキリーズ章を見ていた。

 

「A-01預かり機、ですか」

「はい」

 

 千歳さんが頷く。

 

「正式なヴァルキリーズ機ではありません。ただ、A-01の教導とXM3評価に使う以上、整備記録上はこちらの預かりとして扱います」

 

 伊隅大尉は少し考え、静かに頷いた。

 

「了解しました。A-01としても、神宮寺少佐の機体運用には責任を持ちます」

「伊隅大尉……」

「当然です。あなたは我々の教導官で、今後は実機訓練にも参加する。ならば、我々も無関係ではいられません」

 

 ありがたい言葉だった。

 同時に、重い。

 

 自分の機体にA-01の章が入る。

 自分が無茶をすれば、A-01の責任にもなる。

 

 もう、自分は外側から助言するだけの人間ではない。

 

 遙中尉は、白い不知火を複雑そうな表情で見上げていた。

 

「涼宮中尉?」

「真白さん」

「はい」

「これも、帰ってくるための機体ですよね」

 

 その一言に、胸が詰まった。

 

「……はい」

「なら、乗る時は帰ってきてください」

「まだ実戦へ出ると決まったわけでは……」

「可能性があるなら、です」

 

 遙中尉の声は柔らかい。

 それでも、逃げ道はなかった。

 

「XM3は、帰ってくるためのOSだと真白さんが言いました。なら、作った人も、教える人も、乗る人も、帰ってこないと駄目です」

 

 以前にも言われた言葉だった。

 けれど、実機の不知火を前にして聞くと、重さが違った。

 

 自分は、小さく息を吸った。

 

「……はい。帰ってきます」

 

 口にした瞬間、その言葉が胸の中へ沈んだ。

 約束だった。

 簡単に破ってはいけない約束。

 

 速瀬中尉が口元を緩める。

 

「言ったわね、神宮寺少佐」

「言いました」

「じゃあ、機体を壊したら千歳さんに怒られて、帰ってこなかったら遙に怒られるわけね」

「どちらも怖いですね……」

「私は?」

 

 伊隅大尉が静かに口を挟む。

 

「伊隅大尉にも怒られます」

「よろしい」

 

 宗像中尉が笑った。

 

「逃げ道がどんどんなくなるね、少佐殿」

「最近、ずっとそんな感じです」

「少佐殿らしい」

 

 らしい、とは何なのだろう。

 それでも、不思議と嫌ではなかった。

 

 千歳さんが声を少し低くした。

 

「白い少佐さん」

「はい」

「こいつは、あんたを勝手に守ってはくれません。でも、あんたがちゃんと扱えば、帰るための足にはなってくれます」

 

 不知火の脚部装甲を軽く叩く。

 

「機体は道具です。でも、ただの道具やありません。命を預ける相棒です」

 

 相棒。

 その言葉で、目の前の不知火が少し違って見えた。

 

 兵器。

 XM3評価機。

 データ取得用の試験機。

 

 それだけではない。

 自分の命を預ける相手になるかもしれない。そして、自分を帰らせるために、多くの人が整備し、支え、送り出す。

 

「……よろしくお願いします」

 

 不知火を見上げ、小さく呟いた。

 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。

 

 不知火に、整備班に。

 A-01に、夕呼副指令に。

 あるいは、自分自身に。

 

 夕呼副指令が静かに笑う。

 

「感動しているところ悪いけど、明日から実機訓練よ」

「早いですね……」

「時間がないもの」

 

 その一言で、現実へ戻された。

 

 11月2日。

 新潟防衛戦は近い。

 

 A-01のXM3訓練。

 207Bの総合演習準備。

 近衛との共同調整。

 リンク因子サンプルの運用。

 そして、自分の不知火。

 

 すべてが、新潟へ向かって動いている。

 

「神宮寺少佐」

 

 伊隅大尉が言った。

 

「明日から、A-01も実機訓練の補助に入ります」

「お願いします」

「ただし、無理はさせません」

「……はい」

「千歳さん。神宮寺少佐が無茶をした場合は、こちらにも報告をお願いします」

「もちろんです」

 

 千歳さんは、にっこり笑った。

 

「整備班、A-01、香月博士。全部に報告します」

「逃げ場がない……」

 

 思わず呟くと、速瀬中尉が笑った。

 

「良かったじゃない。みんなに見守られて」

「見守りの圧が強いです」

「それだけ大事にされてるってことよ」

 

 その言葉に、少しだけ返事が遅れた。

 

 大事にされている。

 そう言われると困る。

 けれど、否定はできなかった。

 

 自分はもう、横浜基地の中で一人ではない。

 ありがたくて、少し怖い。

 それでも、前へ進む理由になる。

 

 もう一度、不知火を見上げる。

 白い識別ライン。

 小さなヴァルキリーズ章。

 仮登録、JM-01。

 

 それはまだ、専用機ではない。

 後の白刃でもない。

 ただ、A-01預かりのXM3評価用不知火に過ぎない。

 

 それでも、この機体と出会った瞬間、自分の立つ場所は一段、戦場へ近づいた。

 

 神宮寺真白は、もう教える側だけではいられない。

 明日からは、自分自身の身体でXM3を試し、自分の命を機体へ預けることになる。

 

 白い識別ラインを持つ不知火は、格納庫の整備灯の下で、静かに起動試験の時を待っていた。

 

第20話「白き少佐の不知火」 END

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