マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

39 / 39
2026年7月18日 定期更新です!
本当、最近暑くて溶けそうです…

今回は20.5話あの人の登場回です!


第20.5話「穂村愛美、観察記録」

11月2日 夕方

国連軍横浜基地・医務区画

<< 神宮寺 真白 >>

 

 自分用に調整された不知火――JM-01と対面したあと、夕呼から実機訓練前の検査を命じられた。

 

「明日から実機訓練に入るわ。今日は医務区画で検査を受けなさい」

 

 拒否権はなかった。正確には、拒否しても通らないと分かっていた。A-01預かりのXM3評価機を目の前にし、自分も教える側だけではいられず、実際に機体へ乗るのだと理解した直後である。その重さが胸に残ったまま、医務区画へ向かう足取りは自然と鈍くなった。

 

「……検査、多いなぁ」

 

 横浜基地へ来てから、身体検査、衛士適性、因果導体性、リンク因子、疲労や睡眠状態など、何度も調べられている。今回は実機訓練前の身体確認で、必要な処置なのは理解していた。

 

 それでも、医務区画は得意ではない。

 少佐相当の待遇を受けていても、自分は香月副司令管理下の重要隔離対象であり、普通の軍人以上に検査される立場だった。そして何より、自分自身がこの身体の仕組みを理解できていない。調べられるたびに、自分が普通の人間ではないと改めて突きつけられる気がした。

 

 医務区画の扉の前で一度息を整え、中へ入る。消毒液と薬品の匂い、白い壁、整然と並ぶ器具。戦場へ直結する基地の中にありながら、この区画だけは別の場所のように静かだった。

 

 受付で名前を告げると、奥の診察室へ案内された。

 

「神宮寺真白少佐ですね」

 

 柔らかな声に振り返る。

 白衣を着た女性が、穏やかな表情で立っていた。落ち着いた声と、患者を安心させるような微笑み。看護師として、ごく自然で丁寧な立ち振る舞いだった。

 

「本日の検査を担当します。穂村愛美です」

 

 その名前を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに冷えた。

 

 穂村愛美。

 自分は、この人を知っている。正確には、この世界に関する知識の中で、近づき方を誤れば危うい相手として記憶していた。

 

「……神宮寺真白です。よろしくお願いします」

 

 表情へ出さないように頭を下げる。

 穂村さんは微笑みを崩さず、自然に応じた。

 

「はい。よろしくお願いします、神宮寺少佐。では、こちらへどうぞ」

 

 声は本当に優しい。態度にも威圧感はなく、患者の緊張を和らげようとしているのが分かる。

 

 だからこそ、警戒した。

 この人が危ういのは、乱暴だからでも、悪意があるからでもない。相手の痛みに気づき、寄り添い、必要な距離まで自然に入り込めてしまうからだ。そういう相手ほど、こちらが一度気を許すと距離を戻すのが難しい。

 

 診察用の椅子へ座ると、穂村さんは端末を操作しながら検査内容を説明した。

 

「本日は、実機訓練前の身体状態、疲労蓄積、血液検査、神経反応値の簡易確認を行います。昨夜の睡眠時間はどれくらいですか?」

「……五時間くらいです」

 

 端末を操作していた手が、一瞬だけ止まった。

 

「五時間ですか。少ないですね」

「最近、少し忙しくて」

「少し、ですか?」

 

 責めているわけではない。

 それでも、曖昧な返事をそのまま通さない声だった。

 

「……かなり、かもしれません」

「正直でよろしいです」

 

 穂村さんは軽く笑い、続けて食事の回数や体調の変化を確認していく。

 

「食事は取れていますか?」

「一応、食べています」

「一応、というのは?」

「京塚さんに盛られるので……」

「それは良いことですね。ただ、誰かに用意されないと食べる量が減る、という意味にも聞こえます」

「……否定しづらいです」

 

 短い会話の中で、こちらの生活の癖まで拾われている。

 この人は、聞いた言葉だけではなく、言い方や間まで見ている。

 

「検温と血圧を確認します。腕を出してください」

「分かりました」

 

 袖をまくると、穂村さんの指が手首に触れた。体温を確かめるような丁寧な触れ方で、乱暴さはない。それなのに、必要以上に意識してしまった。

 

「緊張されていますか?」

「少し」

「医務区画が苦手ですか?」

「得意ではありません」

「検査そのものが嫌いなのでしょうか」

「それもあります」

「他には?」

 

 静かな問いだった。

 知っているからです、と答えることはできない。

 

「……自分の身体が、自分でもよく分からないので」

 

 嘘ではなかった。

 穂村さんは少し長くこちらを見たあと、静かに頷いた。

 

「それは不安になりますね」

 

 声音には同情を押しつける感じがなく、ただ事実を受け止めているようだった。

 その自然な優しさが、かえって警戒心を刺激する。

 

「大丈夫ですよ。できるだけ負担が少ないように進めます」

「……はい」

 

 穂村さんは自分の視線がわずかに逸れたことにも気づいたらしい。

 すぐに手を離し、半歩だけ距離を空けた。

 

「少し近かったでしょうか。患者さんによって、安心できる距離は違いますから」

「いえ……ありがとうございます」

 

 距離を取る判断が早い。

 こちらが拒絶の言葉を出す前に反応を読み、負担にならない位置まで下がる。それは看護師として高い能力なのだろう。

 

 ただ、身体の距離は離れても、視線までは離れていなかった。呼吸の間、指先の動き、表情の変化、声の揺れを、静かに観察されている感覚がある。

 

「神宮寺少佐は、我慢する癖がありますね」

「……よく言われます」

「痛みも、疲れも、不安も、自分の中へ押し込む傾向があるように見えます」

「そんなに分かりますか?」

「はい。かなり顔に出ています」

 

 遙中尉や伊隅大尉、月詠さん、京塚さん、千歳さんにも同じようなことを言われた。自分では隠しているつもりでも、周囲には思っている以上に伝わっているらしい。

 

「無理をしている人ほど、無理をしていないと言います。大丈夫ではない人ほど、大丈夫だと答えることも多いです」

 

 穂村さんの言葉は穏やかだが、逃げ道がない。

 柔らかく包まれているようで、そのまま動きを止められそうな感覚があった。

 

「穂村さん」

「はい」

「自分は、大丈夫です」

 

 口にした直後、失敗したと思った。

 穂村さんは少しだけ目を細める。

 

「今の説明の直後に、その答えを選ぶのですね」

「……すみません」

「謝る必要はありません。ただ、記録には残します」

「記録に?」

「自己申告と実際の疲労状態に差がある可能性、と記載します」

「夕呼にも報告されますか?」

「必要があれば共有されます」

「そうですか……」

 

 医務区画へ来た時点で、逃げ場など最初からないのだろう。

 

 

 その後の検査は、淡々と進んだ。血圧、脈拍、採血、神経反応、疲労蓄積。穂村さんの説明は分かりやすく、手際にも無駄がない。こちらの反応を確認しながら進めるため、痛みや不快感も最小限だった。

 

「少し採血しますね」

「はい」

 

 針が入ったが、ほとんど痛みはなかった。

 

「上手ですね」

 

 思わず口にすると、穂村さんは少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます。褒めてもらえると、やはり嬉しいものですね」

 

 その表情は、ごく普通の人のものだった。

 仕事を認められて嬉しそうにする、優秀な看護師。

 それを見て、警戒が少しだけ緩みかける。

 

 しかし、すぐに思い直した。

 

 今の穂村愛美に悪意はないのだろう。

 だからこそ、自分との相性が怖い。

 

 因果強化供給は、信頼や深い接触によって相手へ影響する。自分自身にも、人の感情を引き寄せるような説明しづらい性質がある。その力と、穂村さんの献身性や観察欲が噛み合った時、どこまで距離が近づくのか分からなかった。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「少し顔色が変わりました。何か気になることがありますか?」

「考え事をしていただけです」

「いつも、ですか?」

「たぶん」

「それは疲れますね」

 

 穂村さんは採血管を慎重に保管しながら、穏やかに続けた。

 

「考え続ける人には、思考を止められる場所が必要です」

「思考を止める場所……」

「はい。医務区画を、そういう場所の一つにしても構いませんよ」

 

 疲れた人間なら、寄りかかりたくなるような声だった。

 この人なら、何も言わなくても気づいてくれる。無理をすれば止め、痛みを隠しても見抜いてくれる。

 

 それは安心できる。

 同時に、危険でもあった。

 

 ここを、自分だけの休息場所にしてはいけない。

 穂村さんにとっても、自分にとっても。

 

「ありがとうございます」

 

 できるだけ自然に答える。

 

「でも、自分には他にも支えてくれる人がいますので」

 

 穂村さんの表情が、ほんの一瞬だけ止まった。

 視線の動きも呼吸も、すぐに元へ戻ったため、普通なら気づかなかったかもしれない。

 

「それは良いことですね。支えてくれる人は、大切にしてください」

「はい」

「ただ、医務区画を遠慮する必要もありません。私は担当記録を確認できますから、体調の変化があればすぐに対応できます」

 

 言葉としては何もおかしくない。

 担当看護師として当然の説明だ。

 それでも、「確認できます」という言葉が妙に耳へ残った。

 

「検査は以上です」

 

 穂村さんは端末を閉じた。

 

「疲労がかなり蓄積しています。実機訓練を中止するほどではありませんが、良い状態とも言えません。明日の訓練後にも再検査を受けてください」

「分かりました」

「今夜は睡眠時間を増やしてください」

「努力します」

「努力ではなく、実行してください」

 

 穏やかなまま、断定された。

 

「……はい」

「よろしいです」

 

 満足そうに微笑む姿だけを見れば、患者を気遣い、必要なことをきちんと伝える優秀な看護師だった。

 だからこそ、真白には扱いが難しい。

 

「穂村さん。今日はありがとうございました」

「こちらこそ。神宮寺少佐のことを、少し理解できた気がします」

「少し、ですか?」

「はい。ですが、継続して担当すれば、これからもっと分かると思います」

 

 その言葉に、胸の奥が再び冷えた。

 継続診療を意味するだけなのかもしれない。

 それでも、自分には別の意味まで含まれているように聞こえた。

 

「……ほどほどにお願いします」

「はい。ほどほどに」

 

 本当に伝わったかは分からない。

 

 医務区画を出る直前、穂村さんは扉の前まで見送りに来た。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「無理をしても、たぶん分かりますからね」

「……気をつけます」

「はい。気をつけてください」

 

 扉が閉じる。

 廊下へ出て、ようやく息を吐いた。

 

 検査そのものより、穂村愛美という人物と向き合う方が疲れた気がする。彼女は丁寧で、穏やかで、患者の異変を見逃さない。悪意で近づく人ではないからこそ、拒絶の仕方も難しい。

 

「……距離感、気をつけよう」

 

 誰に対しても優しく接すれば良いわけではない。相手を救いたいという気持ちが、距離を誤れば執着や依存に変わることもある。だからといって離れすぎれば、拒絶として傷つけてしまうかもしれない。

 

 穂村愛美との距離は、慎重に測らなければならない。

 そう考えながら、医務区画を離れた。

 

 

11月2日 夕方

国連軍横浜基地・医務区画

<< 穂村 愛美 >>

 

 神宮寺真白少佐。

 穂村愛美は検査記録を整理しながら、端末に表示された名前を見つめていた。

 

 二十歳。

 少佐相当待遇。

 香月副司令管理下。

 

 身体数値は通常の成人男性から大きく外れている。疲労耐性、回復力、神経反応、情報処理速度のどれも不自然に高い。一方で本人の自己評価は低く、疲労を自覚していながら、休む意思は弱かった。

 

「……不思議な人」

 

 穏やかで、他人へ気を遣う。

 しかし警戒心は強く、こちらが一歩近づけば、相手を傷つけない範囲で半歩下がる。完全には拒絶しないが、それも好意ではなく、拒絶によってこちらを傷つけないための配慮に見えた。

 

 医務区画が苦手なのか。

 自分を警戒しているのか。

 それとも、別の理由があるのか。

 

 まだ判断できない。

 

 ただ、一つだけは分かった。

 

「あの人、壊れそう」

 

 身体が強いから壊れないのではない。

 むしろ身体が保つ分、精神が限界を越えるまで動き続ける可能性がある。自分が倒れることより、周囲へ迷惑をかけることを恐れている人間の顔だった。

 

 穂村は端末へ検査結果を入力する。

 

 神宮寺真白少佐・実機訓練前検査記録。

 疲労蓄積あり。睡眠不足。自己申告と身体状態に差異。過剰な自己抑制および他者優先傾向あり。接触時に軽度の緊張反応を確認。言葉による安心提示には反応するが、過度な接近には警戒を示す。複数の支援者が存在する旨の発言あり。継続観察を要する。

 

「支えてくれる人がいる、か」

 

 それは良いことだ。

 人は一人では壊れやすい。支えてくれる人間がいるなら、その危険は下がる。

 

 だが、支えが多いからといって、必ずしも安心できるわけではない。支えられることへ慣れていない者は、周囲の心配さえ自分の負担として受け止めることがある。神宮寺真白少佐には、その傾向があるように見えた。

 

「ちゃんと、見ていないと」

 

 穂村は、記録欄の最後を確認する。

 

 ――継続観察を要する。

 

 医療従事者として、当然の判断だった。

 患者の無理を見逃さず、必要な時に止める。それ以上の意味はない。

 

 少なくとも今は、そう整理できた。

 

 端末を閉じる。

 医務区画の白い照明が、静かな室内と穂村の横顔を照らしていた。

 

 その日、穂村愛美の観察記録に、神宮寺真白の名が加わった。

 まだ一人の患者として。

 放っておけば壊れそうな、少し気になる患者として。

 

第20.5話「穂村愛美、観察記録」 END

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

マブラヴオルタネイティヴ〜願いそして望む者〜(作者:ガトリング餅)(原作:Muv-Luv)

武と純夏の幼なじみである服部 凪が8年前のBETAが居る世界に目覚め、色々と頑張るお話。▼そこで凪は様々な場面に出くわし、経験を得て何を願い望むのかのか……▼⬇Twit…Xのアカウントですゲームとかそんなのを投稿してます、生存確認的な奴です▼https://x.com/mochi02913


総合評価:22/評価:-.--/連載:8話/更新日時:2026年05月31日(日) 22:19 小説情報

マブラヴ・インサート IFルート集(作者:きのこ大三元)(原作:Muv-Luv)

これは、本編『マブラヴ・インサート…』とは異なる可能性を描くIFルート集です。▼完全に作者の息抜きとして作成しています。▼IFルート、番外編ですので気まぐれに更新していく予定です。▼本編では国連軍横浜基地に現れ、香月夕呼副司令の管理下に置かれた異物――神宮寺真白。▼しかし、もし彼を取り巻く世界が少しだけ違っていたら。▼もし夕呼副司令が、彼を“研究対象”ではな…


総合評価:14/評価:-.--/連載:5話/更新日時:2026年06月27日(土) 22:33 小説情報

Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger(作者:セントラル14)(原作:Muv-Luv)

はじめは"元の世界"に還りたいと願った。▼だがそれは叶わず、戦いが突きつけられる。▼戦いに身を任せ、戦い、戦い、戦い続けた。資源、食料、ヒト、全てをすり減らしながら。▼いつ死んだ? 何処で死んだ?▼はじまりに戻っていた。▼そこでも戦い、戦い、戦いだ。戦いに明け暮れるが、そこでは全てを失った。全てだ。▼力があっても、知識があっても、覚悟がそ…


総合評価:2176/評価:8.44/連載:58話/更新日時:2026年07月16日(木) 11:00 小説情報

Muv-Luv 戦場に咲く雷花(作者:マルク)(原作:Muv-Luv)

地球外生命体BETAによって地球は滅亡の危機に瀕していた。▼地球の管理神もまたその事実に苦しむ1柱である。▼ある日、神々の会合である議題が挙がった。▼転生者にやらせてみよう。▼その者を神の代行者として人類を救おう。▼しかし事は出来るだけゆっくりとだ。BETA側に神的存在がいないとも限らない。故に、事は静かに、慎ましく、エレガントに運ぶ事。▼作中の主人公がやっ…


総合評価:417/評価:7.94/短編:17話/更新日時:2026年07月04日(土) 18:00 小説情報

マブラヴ オルタネイティブー最良の未来を掴み取るためにー(作者:桜大尉)(原作:Muv-Luv)

白銀武は確かに世界の英雄だった、しかし武自身はそうとは思っていなかった。「身近な人を守れなくて何が英雄だ!」と。武は虚数空間の中で▼「やり直せるならもう一度.....次は誰も死なせない!次こそは最良の未来を掴み取ってみせる!!」と強く思った。▼これは英雄と呼ばれた1人の男が最良の未来を掴み取る「あいとゆうきのおとぎばなし」


総合評価:69/評価:-.--/連載:15話/更新日時:2026年04月24日(金) 22:56 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>